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いざなって生死を分ける言の葉よ [2025年01月31日(Fri)]

fumihouse-2025-01-31T13_05_36-1-thumbnail2.jpg米国首都郊外で起こった旅客機と軍ヘリとの衝突。事故からわずか半日で生存者はないとして、救出から遺体収容へフェーズを移したと現地消防当局者が述べた。厳寒の川に墜落したことを考えれば生存の可能性はゼロに近い。しかし遺体収容はその時点で半分も進んでいない。日本では考えられない思考である。精神構造の違いと言ってもいい。

一方で埼玉・八潮で起こった道路陥没事故。トラックに乗ったまま転落した70代男性と連絡が取れなくなってから2日以上。運転席が土砂で埋まり水没していることを考えれば生存の可能性はほとんどゼロだ。しかし、日本では「収容」とは決して言わない。「救助」である。救助のため重機を入れるスロープを作る工事が始まったとのこと。男性を発見→救助→メディカルチェック→心肺停止確認。その過程を経てはじめて「遺体」となるのである。

言霊の国、日本らしいと思う。収容と表現した時点で死を意味する。言葉の力によって対象者を死に追いやるという発想である。欧米と日本、明らかに精神構造が異なることがよく分かる。ともあれ、ご遺体の収容と事故原因究明、そして関連するトラブルも早く収束するよう願っている。

(フロントへ行くか、風呂に向かうのか、はたまたレストランか。矢印は言葉と同様に人をいざなう)
納得と承認と鼓舞あすを見よ [2025年01月30日(Thu)]

fumihouse-2025-01-30T17_15_58-1-thumbnail2.jpg山本五十六の言葉にこうある。前段はとても有名だ。試しに模範を見せ、筋道立てて説明し、じゃ君もと試させて、いいところを見つけて褒めてやる。そうして始めて人間とはやる気を出すものだという教えである。

≪やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば人は動かじ≫

後段は次のとおりだ。人を如何に育てるか、実りある人生に導けるのか、含蓄深くかつ納得のいく言葉である。

≪話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず
 やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず≫

部下を育てることはもちろん、子に対しても通ずる。そして自分自身を鼓舞するにも、有益だと思う。

(山本五十六な言葉には、本物(本革)の質感があり、使うほどに光沢を増す)
ガマの穂を一体化させ白うさぎ [2025年01月29日(Wed)]

fumihouse-2025-01-29T08_10_40-1-thumbnail2.jpg因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)の日本神話は、子どもなら誰でも知っている。神話とは知らなくとも、白うさぎは有名だ。

 大国主命(オオクニヌシノミコト)の兄弟たちが因幡の国を通りかかったところ、体の皮を剥かれて泣く一匹のうさぎがいた。意地悪な連中は海水を浴びて風に当たるとよいと騙した。ウサギの傷はさらに痛んで悲痛な声を上げていたところに、後からイジワル兄さんたちに大荷物を背負わされた大黒さま(=大国主命)が通りかかった。兎は顛末を話し始めた(大黒はよほど温かい雰囲気を醸していたのだろう)。

 隠岐の島に住んでいた私は一度本土へ渡ってみたかった。泳がずにすむ方法を考えたところ、ワニ(サメ)を利用しようと一計を案じた。私はワニにどちらの仲間が多いか比べようと話を持ちかけて、まんまとワニの背中を飛び跳ねてこちらの岸がもう少しというところで、やーい騙されたな、と笑った。怒ったワニは私の皮を剥いた。ここを通った神たちに言われたとおりにしたら、前よりもっと痛くなった。エーン・・。

 大黒さまは言った。なんてかわいそうに! すぐに真水で体を洗い、それから蒲(がま)の穂を摘んできて揉みほぐし、その上に寝転びなさい、と。うさぎは川に浸かり、集めた蒲の花の上に寝転んだ。すると、うさぎの体から毛が生えはじめ、すっかり元の白うさぎに戻りましたとさ。

(ちょうど今時分、ガマの穂が熟成してくる。揉みほぐすと(なかなか時間がかかる)モクモクと無数の種と毛が湧き出してくる。白うさぎの羽毛に見えてきた。何度遊んでも面白いが、風向きによっては羽毛だらけになる。夏にはフランクフルトソーセージにしか見えなかったのに)
瞬間を捉えて宿す宇宙かな [2025年01月28日(Tue)]

fumihouse-2025-01-28T08_07_50-1-thumbnail2.jpg≪流れていた水は、二度と戻ってこない。今、目の前にある水は流れることをやめず、連続した動きでありながら、それは瞬間瞬間の出来事として積み上げられている≫

『流水間断無(奥入瀬渓流)』は圧巻の画で、六双の屏風に描かれた大作である。幅6メートルはあろうか。島根県立美術館で開催中の『平山郁夫_未来へのキャラバン』における最大の展示品である。使われる色は白と緑と茶のみ。微細な色使いはあるが、その3色で奥入瀬のひんやりした深緑と豊かな水量を表現して、見る者を立ち止まらせる。

宇宙は永遠の昔から存在し、流れる水の如く「間断無」き営みを繰り返してきた。「瞬間瞬間の出来事」全てを宿し、粛々と冷厳な事実を今も飲み込んでいる。その宇宙の厳しさと暖かさを包含するものを感じた。

(撮影可とされていた、岩に彫り込んだガンダーラの仏像。盗っ人たちが剥ぎ取って二束三文?で売りさばくのであろう。破壊され散逸していく文化を少しでも守ろうと、平山氏は私財を投じてきた)
巴戦2連勝なら優勝さ [2025年01月27日(Mon)]

fumihouse-2025-01-27T08_07_03-1.MP~2-thumbnail2.jpg大相撲初場所は優勝決定戦が巴戦になった。豊昇龍は、金峰山を破り、続いて王鵬に対しても大関相撲で堂々と寄り切った。

優勝インタビューで、取組前の気持ちは「これで逃したくないと燃えてました」と。また「何も考えずに自分の相撲を取りたいと思いましたが、疲れました」と笑いをとった。綱取りの場所となるが、優勝できでどうかと問われ「すごく嬉しいです」と満面の笑みを浮かべた。横綱審議会が招集されるようだが、どうかの問いには「しっかり、いちから頑張ります。応援してくださる方々に感謝いっぱいです」と締めた。

元横綱朝青龍に風貌や取り口が似ている。動じない堂々とした横綱に、そして愛嬌もマックスな横綱になってほしい。

(豹のように俊敏で虎視眈々と勝機を狙うスナイパーであれ)
高速で口をクチュクチュすっきりと [2025年01月26日(Sun)]

fumihouse-2025-01-26T11_21_27-1-thumbnail2.jpg「高速うがい」というのがあるらしい。

口に水を含んで閉じ、前歯の裏に水を強くぶつける。高速で(1秒に3回)10回ほどゆすぐ。次に水を左に偏らせ奥歯に強くぶつける、右側も同様に。頬も速く動かす。短い時間で効果的に口の中を清潔にできるだけでなく、口周りの筋肉を鍛えられるという。確かに疲れる。特に左右は頬が動きにくい。いいトレーニングになりそうだ。

ところで、口をゆすぐのと、うがいはどう異なるのだろうか。わたしの観念としては、口ゆすぎは口中だけでクチュクチュ、うがいは喉の奥までガラガラ。だから、「高速うがい」ではなくて「高速ゆすぎ」というのが適切ではないかと思う。

【嗽】を調べると(OK漢字辞典)、この字には口をすすぐのと、うがいをするの両者の意味があるようなので、どちらでもよさそうだ。「氵」は「流れる水」の象形。「束」は「たきぎを束ねる」象形。「欠」は「人が口を開ける」象形だそうだ。「水を口で束ねて(含んで)すすぐ」のが漱の字だ。

ともあれ今日からさっそく高速嗽をすることにしよう。

(シンビジウムの花は、奇っ怪な化け物の口に見えてくる)
芸術と文学小説天然形 [2025年01月25日(Sat)]

fumihouse-2025-01-25T22_45_43-1-thumbnail2.jpg≪文学とは何か。
 文章による芸術表現である。
 小説とは何か。
 文学のうちの、物語による芸術表現である。
 では、芸術とは何か。
 人間の営みを含む、天然の人為的再現である。≫
 浅田次郎

人間の営みは天然である。なるほどそのとおりだ。人為は作為的なものであり、天然(自然)という宇宙が万物に作用するものの一環だ。すなわち、地球環境の破壊、戦乱の乱発、幸不幸、良悪も含めてすべては天然なのだ。もちろん人類が滅びるかもしれないという私たちにとって重大事であっても同じこと。宇宙のほんのひとつのエピソードにしか過ぎない。ならば文学を読もう、芸術の一端に触れよう。いまを心豊かに生きるのだ。

(なまこ壁もまた、芸術の一環だ)
機嫌良しあなたもわたしも良い気分 [2025年01月24日(Fri)]

fumihouse-2025-01-24T07_41_18-1-thumbnail2.jpg≪大人が整えるべき最優先の身だしなみは「機嫌が良いこと」です≫ という言葉に出会った。確かに確かにそのとおり。実に範となる態度であり人生訓だと思う。

そもそも、他を利するのみでなく、自分にも益がある。上機嫌は周りを軽やかにし、こちらにも返ってくる。ノッてくる。楽しくなって再び上機嫌。

むろん良い循環は永久には続かないけれども、性向として上機嫌を保つ心根があれば、上機嫌でいられる可能性は高い。さぁきょうも上機嫌でいこう。

(上機嫌とはいかないが、黄砂にまみれた空)
峰々に薄く広がる霞空 [2025年01月23日(Thu)]

fumihouse-2025-01-23T12_27_39-1-thumbnail2.jpg遠くが見えにくい。山の峰々が霞んでいる。春霞か、春の靄(もや)か。まるで花粉や黄砂が空を覆っているかの風情。ちと早い気はするが、関東地方では花粉飛散情報があるし、PM2.5でも飛んでいるのだろうか。通年の今時分には節分荒れで風雪厳しい季節ではあるが、今年は幸い寒さに苦しめられていない。

花粉情報には早いかもしれないが、花粉症のひとは早めにどうぞ。黄砂だって人体には悪影響がある。わたしも支障がないようにマスクで予防する。

(春霞か春靄がかかり、蝋梅は狼狽してピント外れ)
紅マフラー分かれ偲ぶは彼の音色 [2025年01月22日(Wed)]

fumihouse-2025-01-22T17_17_22-1-thumbnail2.jpg同年の友が亡くなった。突然死んでしまった。時折会って友好を確かめあい、年末近くまでメッセージをやりとりしていた。それが突然の訃報。悲しさよりもポッカリ心に穴が空いた。苦しかったろうか。苦しみを感じる間もなく逝ってしまったのか。

誰びとも死は免れることはできず、人と人との関係も終いには死が分かつ。条理であるとはいえ、不条理に思えて仕方がない。友はもう帰らない。冥福を祈りつつ彼の分まで生き抜くのだ。合掌

(彼にはポインセチアのような、明るい紅のマフラーが似合いそうだ)
日かげる金仲良しランデブー [2025年01月21日(Tue)]

fumihouse-2025-01-21T17_12_57-1-thumbnail2.jpg金星が太陽から離れてきたので、夜半近くまで勇姿を眺めることができる。煌々と月に次いで堂々と明るさを振りまく。すぐそばには土星。黄みがかった1等ほどの明るさだが、金星には比べれば慎ましい。両者は仲良くランデブー。

今夜の天気は曇りの予報。雲が欠けたら双眼鏡を持ち出して眺めてみることにしよう。手ブレをなくして、少しは欠けた宵の明星を見ることができるだろう(土星の輪は望遠鏡でないと無理)。

(土星の黄みがかった色は白菜の花ほど明るくない)
まあ待って松が松江で待つ末に [2025年01月20日(Mon)]

fumihouse-2025-01-20T08_02_06-1-thumbnail2.jpg待つ。何事かを待つ、何者かを待つ。どんな反応なのか、結果はどうなのか、良いのか悪いのか・・・様々な場合がある。期待にあふれて待つこともあろう。不安に押しつぶされそうにして待つこともあるだろう。

内容はともかく、待つことは大事です。そして待つことは素敵な時間です。良い結果を求めて待ちましょう。そう、待つことは信じることなのです。

(椿も待っていた。咲くのに最適な時を待っていた)
知っている知らないことに思い馳せ [2025年01月19日(Sun)]

fumihouse-2025-01-19T12_43_10-1-thumbnail2.jpg聖教新聞の漫画「続・花の三丁目地区_はなさん(まっとふくしま作)」にこんなネーム(セリフ)があった。

≪自分が知ってることが
 全てだと思っちゃいけないよ
 ・・・
 一生勉強したって
 知らないことのほうが多いんだからね
 ・・・
 人間関係も同じよね
 相手のことを知りたいと思うところからしか
 その人に対する想像力は働かない≫

まさしく首肯するものである。自身の知っていることは少ない。図書館の書架を眺め回し、興味ありそうな本を取り出す。本屋に行って丹念に棚に目をやる。ネット通販であれこれ検索する。膨大な著書がありどれを選んでいいか分からない。時間は有限であり全てに手を出すわけにはいかない。知の集積に唖然としつつ、あげくの果てに何も選ばず館外へ出てしまうこともある。

対人関係においても、この人こんな一面があったのかと思うことは多い。普段は本音をさらさずに平穏に暮らすうちこんなものかと思っていたら、キレたりして意外な人物像をみることがある。勉強すること、そして想像すること、大事だよね。

(きょうも天気良し。小春日和で気持ちがよろしい。飛行機雲が交差する)
受験生日差し応援さくら咲け [2025年01月18日(Sat)]

fumihouse-2025-01-18T20_15_24-1-thumbnail2.jpg≪日差しが受験生を応援≫とは、ウェザーニュースのきょうの天気概況を伝えた文の表題である。

今朝は雲一つない晴天となった。その分冷え込んで薄氷が張ったが、キリリとした空気が青く澄んだ空に突き刺さる。吸い込む空気が体全体を引き締める。実に気持ちの良い晴天だった(奇跡的)。

きょうは大学入試共通テストの初日。交通機関の混乱もなく、暖かい「日差しに応援」されて、受験生は会場への道を急いだことであろう。共通一次試験に始まりセンター試験においても、1月のこの週は風雪で荒れるのが当たり前のような気がしていたが、今年の受験生は幸せである。あすもがんばってくれたまえ。サクラ咲かせよ、受験生。

(晴天に、青々とした葉っぱと金柑の実が映えていた)
代謝して刮目希望あすを見よ [2025年01月17日(Fri)]

fumihouse-2025-01-17T18_06_04-1-thumbnail2.jpg≪想う、
 ときには足をとめ。≫

法務省の社会を明るくする運動のポスターである。

≪誰だって、すぐには本音を話せない。
 誰だって、すぐには希望を抱けない。
 誰だって、すぐには変わることができない。
(中略)
 私たちの「待つ時間」は、
 きっと誰かの「変わっていく時間」。≫

吉川英治の三国志を読んだときに、「男子三日見ざれば刮目して見よ」という言葉に触れた。刮目とは眼を見開いてみること。別に男子に限らない。すべてのひとは変わっていく、変われる、新陳代謝を繰り返す、決意して新たな地平に立つ。明日のわたしは今日のわたしではない。週末に向けて意気込んでいきたい。

(刮目しなくても十分綺麗な山茶花類の挿し花)
おっとりか押っ取り刀の傘出して [2025年01月16日(Thu)]

fumihouse-2025-01-16T19_27_52-1-thumbnail2.jpg今朝は寒かった。暖房のない室内は5℃。雪国の人に言わせれば、これしきで寒いとはワガママな!と言われそうだが、暖かい布団から出てしまうと誰だって寒いのだ。

きょうは一日、小雪がちらつき小雨に変わり時折晴れ間が広がる、典型的な冬型の天気だった。この時季思うのである。雨よりも雪がマシだと。ずんずんザンザンとドカ雪になると別だが、少々であれば雪がいい。傘は差さなくてすむ。帽子とコートさえ着けていれば軽くしのげる。

しかし雨だといただけない。押っ取り刀でリュックから折り畳み傘を取り出す。家に帰ったら水気を拭いて乾くまで広げておいてやらねばならぬ。面倒くさいったらありゃしない。

(足立美術館の赤松の肌が陽を浴びていい色を出している。やっぱり晴れるのがいい)
原爆の父を称すは苦悩なり [2025年01月15日(Wed)]

fumihouse-2025-01-15T17_44_20-1-thumbnail2.jpg≪世界はこの日を記憶するだろう≫とは、映画『オッペンハイマー』で原爆の父ロバート・オッペンハイマーが、開発拠点のロスアラモスにおいて、開発関係者の前で述べた第一声である。

世界は1945年8月6日の広島原爆の日を、8月9日の長崎原爆の日を、その言葉のとおり記憶した。だが、米国人の多くは長引く戦争を終わらせ、米国人の多くの命を死なさずにすんだことの記念日として捉えている。原爆の被害の悲惨さに目をつぶり、決して人類存亡の危機を見据えることはない。

オッペンハイマーは苦悩した。水爆の開発、続く核兵器の開発競争、そして再び実戦で使われてしまうことを。だが、学術的関心から作り上げてしまった暴力装置を実際に使ってみたいという人の欲望は留まることをしない。彼はとんでもないパンドラの箱を開けてしまったのだ。

(センリョウの実。被団協がノーベル平和賞を受けたこと、そしてその積み重ねられた活動は、値センキンなり)
何ゆえに深める頭脳なにぬねの [2025年01月14日(Tue)]

fumihouse-2025-01-14T17_49_37-1-thumbnail2.jpg精神科医の樺沢紫苑氏がこう述べている。「なぜ?」を自分で解決できる人は成長のスピードが速い、と。

なぜうまくいかないか、なぜこうなるのか?を放置せず、突き詰められると、その先に気付きを見い出せると。解決して乗り越えられること、それは成長・・・。

思えば、なぜをほったらかしにしてきた。別のところに逃げているうちに忘れることもよくある。たまたま別の解決法が見つかったりする場合もあるが稀なこと。ネットでポチッと検索する手間すらも怠ったことを反省する。調べるために本を深掘りすることもしなかったなあ。それでも遅いことなんてないさ。これから思い立ったらすぐに調べてみる、聞いてみる、考えてみる・・その習慣を付けていこう。そして何よりも後回しにしないことを忘れまい。

(描かれた可愛らしいカップル。ラブラブなうちは何故?よりは、語り合う触れ合うことが優先事項)
成人と成年式でけじめ付け [2025年01月13日(Mon)]

fumihouse-2025-01-13T20_58_22-1-thumbnail2.jpgきょうは成人の日。成人年齢が18歳に下がり、選挙や契約が自分で出来るようになったのが3年ほど前だったが、成人ってなんだっけ。あれは成年?

法律的には「成年」を使うようだ。広い意味での大人を表現するには従来の「成人」でよろしい模様。混乱を避けるためだろうか。かつての成人式と呼ばれた式典は、「二十歳のつどい」と今は言われる。地方都市は帰省者に配慮して、3連休中日の昨日に式を行ったところが多い。

かつては、暴れる成人式が報道されていたが、派手さは残しつつも、怖い印象はすっかり鳴りを潜めた。これを成熟ととるか、活力の低下とみるか、どちらだろう。
圧高し火の玉咳を鎮めたし [2025年01月12日(Sun)]

fumihouse-2025-01-12T09_01_19-1-thumbnail2.jpgわたしの咳は圧が高いのだそうだ。だから耳障りなだけでなく、耳が痛いと。かつて息子が乳幼児だった頃、わたしが咳をするたびに火がついた。ガン泣きさせていた。

いま風邪を引いている。長引く咳と鼻水に対し薬を処方してもらったので改善の兆しはあるが、発作的に強い咳が出る。まずは風邪を引かないことだが、クシャミも含めて咳をする場合は咳エチケットを守るようにしよう。マスクを掛けておくこと。腕と肘で咳を遮断すること。

わたしの咳は乾いた咳である。空気を強く押し出す空気ガンのようなものなので、大きな音になりがちだ。咳をする際、無意識に力が入っているようなので、口を大きく開けてゆっくりと咳をするといいらしい。気をつけてみよう。

ともあれ、風邪を早く治すこと、のどが乾燥しないように水分補給を忘れないようにして咳を鎮めよう

(ヴィオラと蝋梅が春の香りを運んでくる)
日本画と日本庭園安来にて [2025年01月11日(Sat)]

fumihouse-2025-01-11T22_00_45-1-thumbnail2.jpg世界一の日本庭園。その雪景色を求めて、足立美術館に行った。出雲の平地で積雪が2、3センチ。安来は10センチ以上はあろうと期待していたが、ほんの5センチほど。それでも到着する直前に降ったであろう雪が、借景の山並みにかかっていい感じ。園内はうっすらと白いベールがかかっていつもと異なる趣。11時過ぎるとずっと晴天。山の雪はほとんど解けた。いい時に行ったものだ。

定番の横山大観。冬は始めて来たので、観たことのない大観の冬のコレクションを楽しめた。ここで絵を見るたびに、微妙な色の変化でもって繊細に表現する日本画の美しさを感じることができる。

そして思う。掛け軸や屏風のコンパクトなこと。掛け軸は丸めて季節ごとに床の間を飾る。屏風はブラインドの役割も兼ねて座敷内を飾る。交換する際は畳んで収納できる。日本の知的な文化だと思った。
不調冬たまにお疲れ生になれ [2025年01月10日(Fri)]

fumihouse-2025-01-10T22_39_58-1-thumbnail2.jpg冬季鬱の季節。気分がどんよりしがちで、天気と同様に(太平洋側は異なるが)、不調になりがちだ。寒い、雨が降ることが多く雪も舞う。沈む気分で外へ出たくない。やる気が出ないから何事も後回しにしがちだ(わたしは)。

ウインター・ブルーともいう。季節性感情障害と呼ばれるらしい。早く春が来てほしい。中休みとなるクリスマスや正月のお楽しみは終わってしまった。しかも厳冬期だから、寒さの底はこれからだ。今日は大雪で列車も止まった(大山鳴動して鼠一匹だったが)。

日照時間が短い、天気が悪いと日も差さない。セロトニンが脳内で不足するのだろう。不安を抑え、気分を高めるセロトニン。睡眠や覚醒のリズムを調節するメラトニンにも影響を与えるらしい。不調が出るのも不思議はない。

できるだけ体を動かそう。食べ過ぎないようにしよう。休みだからといって生活リズムを崩さないようにしよう。バランス良く食べよう。不調を感じたら信頼できる人に話を聞いてもらおう。そして、よく眠ることだ。

(まるまるとポットマム。元気の出る黄色でいっぱい)
サザンカやハンドクリーム指まとう [2025年01月09日(Thu)]

fumihouse-2025-01-09T19_20_16-1-thumbnail2.jpg太平洋側ほどではないが、空気が乾燥している。わが家の湿度計も40%台、ときには30台になることもある。指先がかさつき、ささくれだって皮が剥けてくる。手荒れのシーズンである。ハンドクリームが欠かせない。

同時にインフルエンザなど感染症が流行る。手洗いもせっせとやらなくてはならない。せっかく塗ったハンドクリームが落ちる。面倒だ、なんて言ってると別の災禍が降りかかる。ともかく頻繁に手の保湿をしてやるしかない。

ハンドクリームには塗り方があるという。
1 ゴシゴシ擦り込むのはいけない。強い力で擦り込むと肌を刺激し過ぎてよくない。優しく丁寧に!

2 適量は多め。少量を延ばすと肌を剃って良くないという。チューブタイプならば人差し指の指先から第1関節までが目安だと。意外に多い。

3 手が冷たい状態で塗ると肌になじまない。塗る前に手を温めるとか、クリームを手に乗せて温めるのだそうだ。

手荒れで皮が剥けたわたしの手指をいたわってやろう。そんなもんで、適所にニベアを置き、鞄にはワセリンを忍ばせている。

(指を、乙女サザンカのような滑らかさにしてやりたい)
新年に地平見出す朝日かな [2025年01月08日(Wed)]

fumihouse-2025-01-08T18_01_50-1-thumbnail2.jpg盗撮の「やり手」が逮捕されたという。三重県在住の30代の男。商業施設のエスカレーターなどで女性のスカートの中をスマホで撮影し、5年も前から600回以上の罪を犯し続けていたという。知人らとSNSで動画をやりとりしたというから悪質だ。別の盗撮事件で捕まった者から芋づる式にみつかって御用となった。

さも得意げに動画を見せびらかしていたのだろう。最初はびくびくしていても、やがて慣れる。見つかって捕まるかもしれないという恐れが、動画「鑑賞」に勝るようになり、おそらく動画を撮ること自体に快感を覚えるようになったのだろう。常習化して転落の図式が見えなくなっていく。このまま安泰が続いていくと錯覚したかもしれないが、そうは問屋が卸さない。悪事は発覚した。

犯罪ではないとしても、なあなあで継続しているものは多い。変えるエネルギーを考えるとしんどさが先に立つことだってある。悪事でないにしても慣習で続く無用の長物を断つ、そして新しい地平を見出す。そのためにも身の回りの整理を始めよう。

(始めてみれば、きっと鮮やかな明かりが見えてくるさ)
焼いた焼き餅赤白に [2025年01月07日(Tue)]

fumihouse-2025-01-07T17_28_25-1-thumbnail2.jpgこの正月、餅は食ったが焼いては食べなかった。雑煮か、レンジでチンして柔らかくなった餅を味付け海苔で巻いて食べた程度か。

さて、【焼き餅を焼く】という言葉は、焼いた餅をさらに焼くというのだから、真っ黒になるのにちがいない。「妬」を「やく」と読ませるとすれば字はダブらないが、嫉妬と憎悪にまみれた愛憎劇が進行し、黒黒した両者の関係を表すようで面白い。

語源として、嫉妬して顔が赤くなるのは焼いた餅が赤くなる様子に似ているからという説がある。ホント? 焼いた餅は赤くなるのは炭火で焼いたときか。焼き過ぎると焼けて火で赤くなり炭で黒くなるじゃないか。独占欲にかられると顔が膨らんで赤くなるからという説もあるが、激情にかられでもしない限り、青白くなるんじゃない?と思ったりする次第。まっ、今日は1月7日。腹を整えるための七草粥の日だ。大好きな粥をたっぷり食べよう。

(釣り鐘型のシクラメンの花びら。嫉妬して焼き餅を焼いたから赤くなった)
若手減り苦手減らせよ妙手あり [2025年01月06日(Mon)]

fumihouse-2025-01-06T17_15_07-1-thumbnail2.jpgわたしは若手である。荘原コミュニティセンターの各種活動において、参加者を眺め回してみると若手の部類となる。若い人はあまり活動に参加しないのが寂しい。楽しみとして動くうちに、社会的なムーブメントも起こす可能性はある(ようにも思う)。

島根県職員の退職者会においても一番の若手だ。退職者会に入らない退職者が多いことよ。県職員として大事にされたことがあろうし、その立場をあるときには享受したのではなかろうか。会を通じて社会貢献の活動に参じてもよいと思うのだが。

自治会の集まりにおいては長老たちが一線から退き、次世代があとを継ぐようにはなったが、後継ぎは外へ出たまま帰らないという家が多いことよ。そういったところは年寄りが残っておられるが、常会に出席するのもひと苦労という方が多くなった。なわけで、わたしは中堅どころより少し若いレベルだ。

わたしが若手であっていいわけはない。それはつまり、地域を背負って立つ後継がいないということなのだから。妙手はないものだろうか。ひとが協力して円滑に組織運営し、苦手なことはカバーしあって笑顔のたくさんある地域でありたい。君の手を借りたい。猫の手でもいい(なわけはない)。

(暖かくほんわりと、並んで仲良く進んでいこう)
日常をなんとはなしに感謝せよ [2025年01月05日(Sun)]

fumihouse-2025-01-05T19_59_52-1-thumbnail2.jpg日常とは、誰にとっても当たり前のこと。あることが当然で考えなくても出来ること、自然とやってしまうこと。それが日常というものだ。毎日のように起こるから、なんら奇異に感ずることもなく珍しくも何ともない。いつものこととしてやり過ごすことも多い。いつもの風景にひたっていれば刺激的ではなくても安らかでいられる。日常茶飯事というのは、ああまたか、と面倒に思うこともあるが、安心のもとでもある。

新年の物珍しさや新鮮さも薄くなって、日常が戻ってきた。明日から本格的に仕事のひとも多かろう。よくある事であろうとも、定番の事柄であっても、その日常を大切にしていきたいと思う。

(ラナンキュラスもまた、日常の気配)
無のない草なし雑草なし [2025年01月04日(Sat)]

fumihouse-2025-01-04T23_55_55-1-thumbnail2.jpg「雑草という名の草はない」という言葉は、牧野富太郎のものとして伝えられる。植物への深い愛情が感じられる。その言葉を昭和天皇が発していたという説もある。どの草にも固有の名前と役割があり、無価値なものなど存在しないという思想。自然への敬意と同時に、すべての人間もかけがえのない存在だと捉えている点で名言である。誰にも通じる励ましの言葉だと思う。

(キャベツには似ているが、葉牡丹という立派な名前がある)
中つ国指輪闘争その前夜 [2025年01月03日(Fri)]

fumihouse-2025-01-03T19_18_26-1-thumbnail2.jpg『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』は、実写か精巧なCGか、そんな趣があるほど臨場感と躍動感にあふれるアニメ映画であった。あのロード・オブ・ザ・リングの200年前の世界を描き、悪の魔法使いやオークたちはまだ跳梁しない、人間同士の小競り合いが盛んだった頃の世界観のようだ。

無双の強さを持つローハンの王は、智に長けて武を頼みにしていただけに、醜悪な計略には弱かった。同族同士が争う種を蒔き、挙句の果ては国を滅ぼした。人間の哀しい性である。それでも王は王女ヘラを守り、後継へと育てた。そしてヘラはローハンの民を守るため、戦いきった。

あの指輪は登場しないが、オークや怪物(トロールか?)が出てくる。魔法使いサルマンも悪の手先になる前、アイゼンガルドに来た経緯も描かれた。続編はないだろうな〜。

(正月三が日、最終日もまた晴れた。喜ばしい新春の奇跡なり)
快走の箱根快晴ここ晴天 [2025年01月02日(Thu)]

fumihouse-2025-01-02T19_58_54-1-thumbnail2.jpg地元企業のコマーシャルに合わせて、トヨタ、前田道路、ノムラ、あいおいニッセイ同和損保、サンスター、三菱地所など名だたる大企業に、正月特別仕様のコマーシャルでもってサッポロビールやJRAが軒を連ねる。箱根駅伝は正月の一大イベントである。中継の合間には闇バイト防止、勇気をもって警察へ相談を!とアピールした。これだけ視聴率が高い番組だと闇に落ちかけた関係者がより戻してくれる可能性もある。

往路の結果は、青山学院大が最終5区で逆転して勝利を収めた。3強の残り、駒澤大は4位、今期三冠を狙う国学院大は6位に終わった。その一角に食い込んだのは中央大(2位)、早稲田大(3位)、そして母校・創価大(5位)であった。順当に行けば青山だが、復路がどう展開するか。楽しみな明日となった。

(元日から2日続けて奇跡的な晴天。今も冬の星座に交じって木星と火星がこうこうと輝いている)
改まる年の瀬年始響きあり [2025年01月01日(Wed)]

fumihouse-2025-01-01T23_06_31-1-thumbnail2.jpg華やかな喧騒、蛍の光の歌で「紅白歌合戦」が閉じられ、一転して静寂へ。「ゆく年くる年」の始まり。このコントラスト、見事な転回に気分が引きしまる。さすがNHKの演出。今回の舞台は奈良・長谷寺であった。

年が改まり心も改まる。改まりはするが、部屋の隅に積もった埃はそのままで、やり残した宿題はそのままだが、気持ちだけは改まる。残したあれこれはそのままだが、まっいいか。一年の計は元旦にあり。今年の抱負を広げなくちゃ。

(元日としては奇跡的に晴れた。朝から晩まで天気良し)