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考えてコマーシャルには異常あり [2024年10月31日(Thu)]

fumihouse-2024-10-31T17_13_41-1-thumbnail2.jpg藤原竜也主演のフジテレビ系の『全領域異常解決室』を見ていた。コマーシャルになってしばらくして、ヘラヘラ笑ってしまった。ドラマと完全にタイアップしているではないか。主役の藤原が脇役の役者と絡んで、情報の重要さを強調しており、番組のスポンサーである「SKYSEA」を宣伝する内容だった。以前から藤原はこの会社と契約しており、SKYSEAの認知度は高い。

ドラマの主演者がその枠のコマーシャルに出るというのはよくあるが、ドラマの続きであると錯覚させるかのような展開は初めて見た。なかなか考えるものだね。

(セイタカアワダチソウはピークを過ぎた模様。目立つ存在ではあるが、秋の主役にはなれない)
10ごとに扉を開けるひとなれば [2024年10月30日(Wed)]

fumihouse-2024-10-30T17_32_45-1-thumbnail2.jpg竹内まりあの名曲『人生の扉』は、歳を重ねることの喜びをバラードでしっとりと聴かせる。手放しで喜ぶのではない。衰えることも考慮に入れた諦観というか、覚悟も垣間みえる。意訳してみた。勝手ながらこれも楽しい。

 I say it's fun to be twenty
  そう、20代は楽しい
 You say it's great to be thirty
  30代はすごいって、あなた
 And they say it's lovely to be forty
  みんな言う、40になると気持ちいいって
 But I feel it's nice to be fifty
  50だって、なかなかのもんだよ
 I say it's fine to be sixty
  60になる、いいねって言いたい
 You say it's alright to be seventy
  70だって悪くないって、あなた
 And they say still good to be eighty
  80になってもまだまだって、みんな言う
 But I'll maybe live over ninety
  90を迎えてもお迎えは先だよ、たぶん

誰もが輝く何かを持っている、味わい深い何物かを。むろん自身が劣化していくのは哀しい。キツイことだって増える。それでも歳を取るのは悪くない。列車から見る今夕の宍道湖の夕焼け、あと何度見ることだろう。終わりはいずれ来る。だから今が輝く。だから矢のように過ぎていく「人生の扉」を次々と開いていくのだ。

(秋の日に光るピラカンサスもまた、植物の扉を開く)
剥げ剥げのメッキ忘れて励むんだ [2024年10月29日(Tue)]

fumihouse-2024-10-29T17_55_38-1-thumbnail2.jpg【メッキが剥げる】
万年筆のメッキが剥げてきた。2008年に鳥取の万年筆博士でオーダーしたエボナイト製のもの。週末には使わないが、平日は必ずキャップを開ける。キャップの端の押さえの金輪のメッキ。その金色が輝きを失ってきた。出っ張りにキズがついているのだ。「HAKASE JAPAN 1934」と刻印してある。書き味は健在で、極太14金のペン先からは気持ちよくインクが流れる。メッキは剥げてきても書くことが楽しい。

メッキが剥げるには、別の意味がある。本性が露わになり、他人によく見せかけたことの上辺が見透かされたことだ。わたし自身のメッキも剥げてきた。いや、ハゲハゲのヨレヨレだ。まっ、糊塗する必要はない。ありのまま出来ることは出来る、力に余ることは無理しない。人を頼ってしてもらおうっと。

(ヨレヨレの柿の葉っぱ。もうじき落ちるであろう)
冷えた雨薄暮あれよと冬を呼ぶ [2024年10月28日(Mon)]

fumihouse-2024-10-28T17_44_07-1-thumbnail2.jpgワイシャツ、スーツ姿で出勤した。先週までのチノパンツ、半袖ポロシャツ、スニーカー、薄手上着姿とは異なり、ネクタイを半年ぶりに締めた(葬儀を除く)、真新しいやつだ。締め方を忘れた。正確に言えば、長さの微妙なさじ加減を忘れて結び直した。時間がかかってしょうがない。

秋の色が深まる。今日のように朝から冷たい雨模様だと、一気に晩秋の景色となる。雲が垂れ込めて薄暗い。薄暮は短くてあれよという間に夜となる。風も吹いている。これが冷たくなるのはいつだろう。この大型台風が過ぎ去る頃には、冬の風を感じるようになるのかもしれない。

(菊の季節はこれからだ。小春日和の菊花展を眺めることが出来るだろうか)
顧みて後悔ばかりの人生よ [2024年10月27日(Sun)]

fumihouse-2024-10-27T22_27_29-1-thumbnail2.jpg人生は後悔によって出来ている。今日の山陰中央新報の全面広告に示された飲酒運転常習者の手記。見つからなければよいと続けてきた犯罪の末に死亡事故を起こした。悔やんでも身をすりつぶすほどの気持ちに苛まれても、元には戻らない。使い勝手がいいからと資金収支報告を怠り、皆さんご一緒にとばかりに党をあげて不正に加担し、選挙で大敗の見込み。後悔しているだろう。二千万円の県支部交付金にしても時期を少しずらすだけで手荒い洗礼を受けなくても済んだであろう。自民党本部の事務担当者は頭を掻きむしっているかもしれない。

休日の仕事帰りに焦って鎖フェンスを乗り越えようとしたらつまづいてコケて頭や手首を打って痛い目を見たのは今夜の私。暗い夜道で歩きスマホをして1.5m下の川に落ちたのは6年前の私。幸いに大事には至らなかったが(ただし頭を打った今夜は一応注意)、ああしていタラ、こうしていなけレバという後悔の思いが何度も頭を巡っていく。

誰しも同じこと。後悔のあとに会心の成果が出てくるかもしれないし、不幸な出来事の次には良いことも巡ってくる。禍福は糾える縄の如しとは言うが、あらかじめ考えること、鉄砲玉のごとく飛び出さないこと、いい加減にしないこと。心していかなければ、後悔が先行してしまう。そうはなりたくないものだ。

(後悔に打ちのめされてばかりでは、路端のつわぶきに気づくこともできない)
焦らないバスの遅れや切り替えや [2024年10月26日(Sat)]

fumihouse-2024-10-26T22_03_35-1-thumbnail2.jpgバスが早く来ることはない、定刻に合わせて途中で時間調整してくれるから。問題なのは遅くなること。道路の混み具合によって遅れる。天気は大きな理由のひとつ。雨になると通勤通学で送り迎えがあって車が増える。乗降客が多かったり手間がかかることによって、乗口のステップ辺りに立つ者がいる、邪魔だ。お年寄りや体が不自由な人が乗り降りするには時間がかかることも計算に入れなくてはいけない。事故も不可抗力としてよくある話。バスが遅れると次の時間に間に合うかどうか心配になる、特に列車の時間。まっ遅れたときは仕方がない。焦らない焦らない。本が読めると思って気持ちを切り替えよう。

(伸びやかに伸びたスプレー菊。開く可能性がまだまだいっぱい)
滑ってはシートベルトが離れゆく [2024年10月25日(Fri)]

fumihouse-2024-10-25T18_32_24-1-thumbnail2.jpg車に乗り込む。時間が迫っていて気が急く。エンジンをかけてシートベルトに手を伸ばす。手が滑った、失敗。もう一度引っ張る。今度は強く引きすぎたようでロックがかかって手が離れた。三度目の正直で、ゆっくりめに引っ張り出した。今度はうまくいった。焦りは禁物。いいことはない。ゆったりと周りをよく見て心を鎮めて! といえども私を含め、多くは焦ってばかりいる。

シートベルトは二度三度と失敗したところで、わずか2、3秒の違いというものだ。大したことはない。信号で足止めを食らったように思えても、あざなえる縄のようにトントン拍子に進めることもある。心を落ち着かせるマジナイをもとう。なんといっても安全第一で。事故を起こしたら元も子もない。

(ユリオプスデージーは焦らない。じっくり咲き始めて、長く咲き続ける)
中年の代謝は不思議太りやす [2024年10月24日(Thu)]

fumihouse-2024-10-24T20_18_27-1-thumbnail2.jpg代謝は下がる。年齢とともに基礎代謝は落ちて、運動量の低下とも相まって、太りやすい身体になる。若い頃と同じように食べていると、体はどんどん巨大化し着る服に困り、疲れやすく体力低下を嘆くことになる・・・。常識だと思っていたが、違うことが分かった。NHKの『代謝のトリセツ』によると、基礎代謝は20代から60代まで変化がないようなのだ。どんなに筋肉を付ける努力をしても痩せるには役立たない。活動代謝を増やし、食べ過ぎないようガマンするのは難しい。

列車の時間が迫ったので結論までしか見ることができなかった。食べる際に「エネルギー密度を心がける」のが食べても太らない秘訣なのだそうだ。体積あたりのエネルギー量を少なくするということか。同じ量を食べて量的な満足度は変わらなくても、エネルギー密度が低ければ痩せられるのか? 野菜などカロリーが少ないものでもって体積を増やし、噛む回数を増やしていけば空気も合わさって密度はぐんぐん低くなる(多分)。まずは30回噛むよう努めてみようと思う。番組の続きを誰か教えてくれないだろうか。

(キウイの食べ過ぎはきっと太るので、果物にも注意)
爽やかな選挙日和になりたし今日は [2024年10月23日(Wed)]

fumihouse-2024-10-23T19_51_11-1-thumbnail2.jpgきょうは爽やかな天気とはならず、朝から小雨になった。わたし自身の期日前投票を終えて行った先は、出雲市内の特別養護老人ホーム。不在者投票施設として指定されたこのホームで、投票に立ち会うためである(有償ボランティア)。不在者投票管理者(施設長)が、事務従事者と代理投票補助者とともに執行する不在者投票に立ち会うのが投票立会人。

投票場所(会議室)へ車椅子か歩行器でもって来られた入所者に、事務者が分かりやすく説明する。投票用紙と封筒を交付し、介護者や代理投票補助者となった施設職員が、記載テーブルに移るのだが、選挙公報の助けを借りないと記入出来ない。スッと記載できる人は一人もいなかった。まずは島根第2選挙区の候補者名。予想以上に時間がかかる。誰に投票するか「わからん」と大声で言う人、「あんた適当に書いて」と頼む人、いろいろだ。職員はうまく言い含めて本人に選ばせておられた。

書いた投票用紙は内封筒に入れて封をする(糊付き)。さらに外封筒に入れて封をする。候補者名だけでなく選挙人が自署しなくはならないのも障壁である。しかも3回。選挙区、比例区、裁判官審査。ご本人にとっては難儀なことが続く。見守りつつアドバイスも行いながら、無事に終わることができてひと安心。

特養入所者は介護度3以上だから、居室へ入って立ち会うケースもあるだろうと思っていたが、皆無であった。認知症のゆえ、選挙だという認識もなく投票する意欲もない方が多いとのこと。だから投票者の割合も低いらしい。

お願いして施設内を見学させていただき、施設長さんとさまざま語り合う時間を持つことができた。職員の皆さん方のホスピタリティも心地よく、施設をあとにすることができた。天気は回復方向に向かった。
動けるか列車が止まる足止め無念 [2024年10月22日(Tue)]

fumihouse-2024-10-22T17_44_28-1-thumbnail2.jpg低い雲がゆっくり動いている。区切られた雲々の下の峰から空が覗いている。少しだけ青空も見える。西の空には夕陽の明かりが差している。穏やかそうに見えても大気は荒れている模様。宮崎県では線状降水帯の発生のおそれがあるという。

JR西日本は今夕から明日にかけて、運転取り止めの可能性があると発した。低気圧の影響で、大雨や強風が見込まれているからだと。御免こうむりたいが、自然の力の前には人間は無力だ。被害を受けないよう用心あるべし。列車だって早めに対処して、まだ大丈夫そうなのにさっさと止めてしまう。こちらも影響を受けないよう、早め早めに動きを決めよう(もしくは動かない)。
神無月外気下がって冬寒ず [2024年10月21日(Mon)]

fumihouse-2024-10-21T17_47_14-1-thumbnail2.jpg気温は26℃予報。午後からは曇っても朝から晴れ間が広がると聞いて、ポロシャツ(もちろん半袖)、薄手のチノパンツ、薄手の夏ジャケットを羽織って出かけた。歩く分には申し分ないが、事務仕事をする際、上着を脱ぐと寒かった。かといって着ると窮屈だ。ポロシャツでは寒いような気がしてジャケットをひざ掛けにするとちょうどよい。午後も後半に入ると夏のチノパンが堪える。寒い。明日は薄手ではないパンツにしよう。バスと列車内は軽く冷房が入っている。寒いような気がしたが、客の人いきれと熱でちょうどよいようだ。服装に悩む難しい時季である。

(金木犀が終わる頃に銀木犀が咲き始めた)
候補者の横顔隠す陣営か [2024年10月20日(Sun)]

fumihouse-2024-11-02T18_26_31-1-thumbnail2.jpg山陰中央新報をみて驚いた。衆議院選挙の島根1区2区、鳥取1区2区、それぞれの候補者の政策を日替わりで掲載しているが、石破総理大臣(鳥取1区)は期限までに提出がなかったとして全て空欄になっていた。きのうは原発新増設の可否、きょうは防災対策、ともに空。

「私はこんな人」として候補者の横顔を伝えるための質問がきのうは載った。山陰の好きなところ、尊敬する人物(就職面接でやったら普通はNGだ)、好きな音楽、好きな本や食べ物、趣味、子供の頃の夢、自分の性格を一言で、100万円あったら何に使うなど質問と回答が並ぶ中で、ただ一人空。

あれまあ、地元紙をここまで軽視するとは驚きだ。本人は全国を駆け回っている、超忙しいのは当然のこと。地元事務所は何をしているのか。本人に代わって応えるのが当然ではないか。それでなくとも、総裁選とは異なる口上が続いて評判を落としているのに、こんなふうな対応でいいのだろうかと、関係者が危機感を持たないのが不思議だ。勝つのは勝つだろうが、圧倒的多数で勝ってはじめて首相の力を示威できる。本人も含めて陣営が追い詰められているのかもしれない。石破首相危うし。

(砂糖を溶かした少し甘めの茶でも飲んで仕切り直したらいかがかな)
明日は死ぬどうせ死ぬなら永遠に [2024年10月19日(Sat)]

fumihouse-2024-10-19T23_17_52-1-thumbnail2.jpgLive as if you were to die tomorrow; learn as if you were to live forever.(明日死ぬかのように生きよ、永遠に生きるかのように学べ)

マハトマ・ガンジーの言葉として巷間伝えられる。明日は死んでしまうかもしれない。懸命に生きよう。決して焦ることなく何度も繰り返し飽くことなき努力で学ぶことを止めてはならない。学び尽くすことは永遠にできないだろうが、きょうも何かを学ぶことが出来たと信じたい。

(織物もまた、繊維を繰り返し何度でも折り込んで、素敵な服が出来上がる)
決戦を迎えて残り九日よ [2024年10月18日(Fri)]

fumihouse-2024-10-18T19_37_48-1-thumbnail2.jpg島根1区のポスター掲示板である。なんと前代未聞のことで、候補者すべてが女性である。故細田博之議員の後継候補を補選で破って半年前に衆議院に選出された立憲民主党亀井さん。自民党の中国比例区の現職議員で鞍替えの高階さん。共産党村穂さん。3人が短い選挙戦に奮闘している。私には選挙権がないが(島根2区だから)、誰が栄冠を勝ち取るのか、注目している。

選挙には公約がある、個人と政党それぞれに。政党は大枠を定めるが、地域的な事情が異なり得意分野もあるので候補者には独自性が出る。どんなに立派で市民の生活を豊かにする公約であっても、実現性に乏しければ絵に描いた餅。官僚も巻き込んで政治活動に邁進することのできる与党の候補は当然有利となる。野党であっても、その行動力と構想力、人格でもって政策を実現できる政治家もいようが、野党ではなかなか難しい。

政治は相対的なもの。絶対に正しいということはない。よりマシなほうに賭けて票を投ずるという点で、軽いギャンブルに似ている。政党と各候補者の過去の実績を眺めて比較検討する。重要なことだが面倒くさい。そこで人や政党をエイヤと選んで投票する、誰かにお願いされて義理と人情で投票する、そもそも投票には行かない。いろんな人がいるが、近ごろ棄権する人が増えた。ゲームだと思って投票し、その候補がその後どう動くかを検証するのも楽しかろう。

よりマシという点で、私は公明党。25年四半世紀という長い期間自民党と連立を組み、庶民の目線に立って政治をやりくりし、重大な困難を抱える人々に寄り添って政策を進めてきた。事故や災害があればいの一番に現場に駆けつけ、地方政府も併せて政治を動かす。公明党議員たちの行動力は尊敬に値する。原水爆禁止条約の批准に向けて、渋る自民党を動かす素振りが見えてこないのは不満だが、私は公明党。市議、県議、国会議員の約3千人(女性議員の割合も高い)がスクラムを組んで日々闘っている。
思い出のどっと疲れは気力湧く [2024年10月17日(Thu)]

fumihouse-2024-10-17T18_43_43-1-thumbnail2.jpgどっと疲れた
みなが帰っていった
賑やかだった
三姉妹が夫婦そろい踏みで父母に会った
遠くからやってきた
老いた両親と楽しく語り合った
笑い転げともに食事をした
部屋で果物をつまんで交流した
義父がいみじくも述懐した
正月がいっぺんに来たようなもんや
そのとおりだと思った
駅伝で母校を応援した
美術品の数々をじっくり鑑賞した
出雲神話の里をドライブして廻った
観光地を巡った
両親の看取りについて心砕くこともあった
宿に泊まり舌鼓を打った
出雲に来るなど滅多にない
千年のイリュージョンも楽しんでもらえた
あちこちへの出入りや移動 半端ない多さ
なんせ正月が来たんだ
身体は消耗するさ
気疲れもする
決して徒労ではない
思い出深い意義ある3連休であった

(客人が去ると雨になった。別れの涙か、両親が老いてなお元気でいることの喜びか。翌日は再び晴れて満月1日前の大きな月)
退職後生まれ変わって社会貢献 [2024年10月16日(Wed)]

fumihouse-2024-10-16T18_15_03-1-thumbnail2.jpg少子高齢社会においては既存のあらゆる組織が危機に瀕すると言ってよいだろう。島根県職員退職者会も例に漏れない。先日行われた出雲支部の定期総会では、このように議案に謳われた。

≪組織の充実・強化を現実のものにするためには、会員数の増加を図ることが肝要で(中略)新会員獲得増に向かっていかに魅力のある組織にするか、大きな課題であります≫

死亡や退会(終活や施設入所の故)が増えていること、さらに組織に属することの抵抗感が強い風潮が≪大きな流れとなり物の考え方の変化≫があると、議案氏は述べている。ざっくり計算すると、退職者のうち入会するのは三分の一もないのではなかろうか。魅力ある組織にするための妙案があるわけではない。せいぜい退職前にアピールを重ねる程度しかないだろう。

付和雷同の強かった昔なら、「皆さんご一緒に」「あの人も入会されたよ」として自然に誘導できたろうが、今はもうアメにはならない。組織に帰属するのがイヤだ、宮仕えの身で拘束されてきて再び島根県の組織の一員となるのは御免被りたいと考えるのも無理はない。

ただ思うのである。大部分が中小企業という島根において県職員であったことは、給与面で相当のアドバンテージになってきた。かつては「県庁のダンさん(旦那)」という言葉も存在した。社会的な地位という点でも、それなりに享受してきたはずではないか。

県の職員として仕事面で社会貢献してきたであろうことは認める。そうした恩をそこで断ち切らずに、もう一度島根県民のために社会のために、ひと肌脱いでもいいんじゃない? 情けは人の為ならずという。他人のために活動することは巡り巡って自身の身を助けることにもなる。わずかでも社会的貢献をするによって喜ぶ人々の姿を見ようではないか。そこに自身の喜びを湧き立たせようではないか。

もちろん退職者会に入ることが直接の社会貢献になるわけではない。それでも現実社会に目を向け幾多の問題に解決を見い出す何らかの活動を行うきっかけになるとは思う。そのためにも退職者会の活動は親睦に留まっていてはいけない。社会活動に目を向けていかなければ、誰も相手にしてくれないと思う。

(この時代にあっても、足立美術館の十分に手入れされた赤松たちは、年間何十万人もの鑑賞者によって眺められ、美術館は栄えていくだろう)
大切なひと時忘れずじゃあまたね [2024年10月15日(Tue)]

fumihouse-2024-10-15T23_31_16-1-thumbnail2.jpgじゃあまたね!と別れる
次に会うのは、一週間後、一年後、数年後
もう二度と会えないこともある
今生の別れがくるかもしれない
じゃあ行ってきます!と出かける
無事に帰ればよし
不慮の事故で会えないことだってある
だからこそ、今が大事
大切な人との大切な時間を慈しもう
終わりがあるからこそ
今は輝く

(じゃあまた来るよと、よく手入れをされた足立美術館の赤松に別れを告げる)
朝ドラと録画の日々が終わるとき [2024年10月14日(Mon)]

fumihouse-2024-10-14T20_49_11-1-thumbnail2.jpg2021年の朝ドラ『おかえりモネ』あたりから、録画した番組を仕事から帰宅後に見る。テレビの前に座ることを楽しみにして繰り返してきた。同年後半の『カムカムエヴリバディ』もそうだった。次の『ちむどんどん』は途中で投げ出したが、2022年後半の『舞い上がれ!』、2023年『らんまん』と『ブギウギ』、2024年前半の『虎に翼』を欠かさず見てきた。そして今月から『おむすび』。2週間ほど見たけれどテンポ感が合わない、登場人物たちのやな感じが拭えなくて、先週で断念した。止めたと思うと気が楽になった。帰ってから寝るまでの貴重な時間を費やすことがなくなると思うと、どこかうれしい。

(コスモスの咲く秋が来た。どこかうれしい)
金木犀ようやく香り舞い降りて [2024年10月13日(Sun)]

fumihouse-2024-10-13T21_36_59-1-thumbnail2.jpg木犀や駅伝前夜香りゆく
ケータイは胸ポケ移動手持ちかな [2024年10月12日(Sat)]

fumihouse-2024-10-12T21_56_17-1-thumbnail2.jpgかつてケータイ電話は、スーツのズボンの右側ポケットに入るかどうかを判断にして買ったものだった。右側にはたいてい入れ子の小ポケットがある。タバコを入れる設計の名残である(もちろんタバコは入れなかった)。小さいケータイがよかった。薄すぎると強度に心配があったので中くらいのを選んだものだ。

やがてスマートフォンになった。パンツのポケットには入らなくなった。入らないことはないが、ズボンに入れると不格好だ。歩き回るうちに、ぶつけて壊す心配もあった。判断の基準がシャツの胸ポケットに入るかどうかに代わった。ポケットによるが、大きなものは入らない。入ってもはみ出して落ちそうになる。

時代は変わり、スマホでやることが増えた。小さめのスマホでは目に悪い、使いにくい。胸ポケットに入るかどうかより、操作がしやすいかどうかを考えなくてはならない。胸ポケットには収まらないけれど、どうするか。手で持つ、ストラップを付けて首から吊るす、ミニバッグを持ち歩く。次にスマホを買い替えたら、胸ポケットに入れてコンパクトに持ち歩くことは諦めなくてはならないかもね。

(スマホを胸ポケットに入れることは、ガーベラを胸ポケットに刺すほど簡単にはいかない)
秋風と澄んだ秋空楽しみて [2024年10月11日(Fri)]

fumihouse-2024-10-11T11_21_00-1-thumbnail2.jpg昨夕バス停に向かう道
あの匂いが降ってきた
遅れていた金木犀の薫
高台からやってくる香
暮れなずむ間もなく夜
秋の日は釣瓶が落ちる
暑さが過ぎた狂った夏
秋も変調に次ぐ変調か
きっと短いに違いない
涼やかな季節楽しもう

(湿地に秋の色がやってきた。ミゾソバのピンクがいつもながら可愛らしい)
ばったりと出会う姿は老いの道 [2024年10月10日(Thu)]

fumihouse-2024-10-10T19_24_41-1-thumbnail2.jpg仕事帰りの知人に出会った。階段を降りてくる姿はすでに老人。腰が曲がって歩く姿がおぼつかない。数ヶ月前にばったり会った時に闘病中であると聞いた。仕事を続けるのはしんどかろう。痛みもあるかもしれない。かつて元気だった頃、飲んだ席で口角泡を飛ばしたことを思い出す。その面影はないが、穏やかな笑みをたたえ、いい雰囲気を醸している。しんどいからといって仕事を辞めてしまっては一気に老け、身体は衰える。それに抗うためにも頑張ってほしい。

若くはありたいが、着実に老いの道を進む。せめて健康でありたいが、ひとたび病魔に魅入られれば坂道を転がり落ちる。運次第でもある。苦悩は増える。それでも楽しみはある。彼もわたしも老いていく。でも負けない。

(トケイソウが秋の時を刻む。この秋は短い、心して楽しめよ、と言っている。人生の秋も待ってはくれない)
言い訳で甘い汁なりサラリーマン [2024年10月09日(Wed)]

fumihouse-2024-10-09T17_33_48-1-thumbnail2.jpg売り込みのファクシミリがたまに来る。甘ったれ社員の特徴を上げている。社員教育の手法を売り込む営業である。

・給料はもらえるものと思っている
・仕事や人の判断を好き嫌いでする
・言われたことをこなしているだけ
・平気で「やらない言い訳」をする
・仕事の範囲を勝手に決めてしまう
・自分を棚に上げグチや文句を言う

管理者の立場になると確かに頷ける。つまるところ、そうした社員は会社が自分の保護者だと思っている、という主張である。それを適切に指導するのが仕事でしょ?と言われそうだが、専門分野に踏み込んで文句を言おうものなら返り討ちにあうかもしれない。認識不足のまま非難すればパワハラの恐れだってある。せいぜい勤務態度を咎める程度でしかない。

さらにファクシミリ氏は述べる。
・中途半端な「ぱなし仕事」が多い
・現状満足して成長が止まっている

わたしに向かって言われているような気がしてきた。いかんいかん。まっ、頑張り過ぎないようにガンバロウ。

(茄子のミネラルを摂って頭と体をクリアにいたしましょう)
バスが行く発進止めるな待ったれや [2024年10月08日(Tue)]

fumihouse-2024-10-08T18_06_49-1-thumbnail2.jpgバスが右折の合図をして停留所から本線へ出ようとしている。何台もの車がバスの右側を通って進んでいく。なかなか出られない。定刻は過ぎて遅れがある。バスの運転手はヤキモキしているだろうか。それともこんなもんだと諦めの心境か。

乗用車の運転者よ聞け! 道路交通法には、停留所に止まる路線バスが右方向指示器を出して発進の合図をしている時には止まって譲れ、と定められているだろう? 教習所で習っただろ? バス1台やり過ごしたところで到着時間は変わりはしないのに、なぜルールを守らぬか。

もちろんバスの後続になった場合は、いかなる場合でも先に行ってはいけないというわけではない。右ウインカーが出ていなかったら、さっさとお先にどうぞ! ほんの少しのゆとりを示すだけで、乗客の(わたしの)気持ちは安らぐんだけれどねよ。頼むから法律を守ってよ。

(バス前進を阻むと奈落の底に行ってしまうぞ・・・これは高松伸氏設計のくにびきメッセ天井部だけどな)
美味しくて楽しく愉快に仕事する [2024年10月07日(Mon)]

fumihouse-2024-10-07T18_24_51-1-thumbnail2.jpgメルマガ『オクゴエ!』で北岡秀紀氏はこう述べる。

≪いつも言っていますが、「自分が亡くなるときに、どんなことで後悔しそうですか?」と考えた時、
「もっと家族と過ごせばよかった」
「もっと遊べばよかった」
「もっとやりたいことをやればよかった」
とは思うかもしれませんが…
「もっと働けばよかった」とは思わないはず。つまり、人は本質的に仕事なんてしたくないってこと。≫

ホントにそのとおり。さっさと短時間で仕事を片付けて、もっと家族と過ごそう。できるだけ有給休暇をとって遊ぼう。残業は最小限にしてやりたいことに時間を費やそう。そのうえで、氏はこう書いている。

≪もし今の仕事が楽しければラッキー。一方で楽しくなくてもOK。仕事に期待しすぎない。それが結果として「機嫌よく仕事をする」ことにつながります。≫

よし、明日も機嫌よく適度に楽しく仕事をしよう。楽しいからって、帰りのバスを逃してはならないぞ。

(機嫌がよいと林檎だって、きっともっとずっと、美味しくなるはずだ)
過ぎゆきて日没日暮れ夜中へと [2024年10月06日(Sun)]

fumihouse-2024-10-06T11_51_46-1-thumbnail2.jpgあと数時間もすれば
きょうも日が暮れる
日没を悔いなく
笑顔で見つめる
それが出来るよう
いまが頑張りどき
この秋に遅い遅かったぞ奴らのせい [2024年10月05日(Sat)]

fumihouse-2024-10-05T22_27_15-1-thumbnail2.jpg奴らのせいで金木犀が遅い
静かな夜に忽然と鼻をくすぐるはずなのに
木を見ても花が咲きそうな気配がない
奴らのせいだ

奴らのせいで曼珠沙華も遅かった
彼岸までに路端に散り咲くのが習わしなのに
今ごろ満開を迎えている 変なの
奴らのせいだ

奴らのせいで紅葉が危ない
木々は最後のエネルギーを発散させるはずなのに
葉はズタズタぼろぼろ欠落だらけ
奴らのせいだ

この夏の暑さ、際限のない暑さ
秋まで蹴飛ばしてしまった暑さの奴ら
10月も暑さを感じること、多々あり
奴らはいつまで居座るんだ

(ヤブランはいつもの秋を迎えているようだ)
仰角の15度目指しわが枕 [2024年10月04日(Fri)]

fumihouse-2024-10-04T18_12_19-1-thumbnail2.jpg仰角15度がポイント。仰向けに寝て、枕に頭を乗せて目線をまっすぐ向けた時に、垂直線から前方に15度傾くのが理想。調整すべき接点は首、後頭部の2か所。さらに寝返りを打ったときの側頭部を入れて3か所(寝返りは左右だから正確には4点)。寝返って横向きになった時に、胸の中央と鼻を結ぶ線が水平になるように調整してもらう。オーダー枕をつくり先日から愛用している。

長さは約60センチで形状は2種類。柔らかめ、硬め、中間どころの3種類。ごく柔らかいパイプがみっちり詰め込んであり、ふつうのプラスチックパイプのように凹凸が変わらない。自分にとって好ましい中間を選ぶ。ご店主から丁寧に説明を受けながら、首と後頭部に定規状の調節器を出し入れし、感覚として最もしっくりする高さをミリ単位で測定された。3日後に出来上がったマイ枕を愛用し始めている。

松江・古志原の『たにや〜ねむりの専門店』。觔斗雲のような雲から吊るされた円弧のブランコにバクが乗っている。バクは夢見心地か、それとも食べた夢をご馳走にして主に代わって心地よい時間を過ごしているのだろうか。良い夢も悪いのもバクにとってはご馳走かもしれないが、なかでも悪い夢は飼い主の気持ちを和らげ深い眠りに導くに違いない・・このデザインにはそんな発想があるのではないかと想像した。

私の職場が近所(実はお隣)ということもあり、「ねむりの専門店」と命名された奥さまも交えて、話が弾んだ。使用後少しだけ違和感があった。敷布団が異なることもあろうが、調整した際ポロシャツの襟が厚めだったこともあるのかもしれない。再調整をお願いしようと思う。アフターケアはいつでもやっていただける。バクの由来も含めて、お二人に尋ねてみようと思う。

(菊の花を枕に詰めたらどうだろう。いい匂いはあるかもしれないが、深い眠りには誘われそうにない)
ギターとは静寂なもの心温む [2024年10月03日(Thu)]

fumihouse-2024-10-03T18_43_42-1-thumbnail2.jpgリサイタル『ギターと静寂』を出雲・ビッグハートの白のホールで鑑賞。クラシックギタリスト五十嵐紅さんのソロ・コンサートであった。

開演前のステージには何もない。椅子無し、足台無し、譜面台も無い。足台や譜面台がないのはわかるが、なぜ椅子がない? 氏が小さなギターを持って現れた時には目を見張った。19世紀ギター? ダボッとした短めのパンツにも目がいく。上もゆったり大きく長めのシャツを着ている。ギター以外は黒色。足元も黒のエナメル靴。へぇーこんなギタリストがいるんだ!とびっくりしながら演奏に耳を傾けた。

ギターはもともと音が小さい。しかも、氏の19世紀ギターは内部構造が現代仕様で響きが良いとはいえ、なにぶん小さい。大きな音は望めない。しかも、爪を使わない指頭奏法。指先を使うので爪で弾くほどにクリアで大きめの音は出ない。しかも、ストラップに掛けてギターを立ったまま演奏する。現代ギターは座って弾く。足台も使って安定させて演奏するようになった故、ギタリストの技量は格段に進歩したと言われる。氏は座らない。

だから半端なく違和感があった。私の未体験ゾーンに位置するギターリサイタルであった。しかし、それは演奏が始まるまでのこと。リズミカルにあるいは不規則に揺れる身体を通して、繊細で柔らかい、ギターの真髄と言えるまでの甘美な音が響く。ピアノシモに抜群の冴えというか、深淵な響きを感じる。正確な左手の押弦と右手の優しい弾弦から豊穣な音が柔らかく空気を震わせ、醸す静謐感に私は魅了された。150人ほどの聴衆も同じように思ったであろう。

氏は全て暗譜で譜面台を使わない。曲の解説もソラで静かに語る。マイクは使わない。御本人そのものが『ギターと静寂』であり、音楽を愛する静謐な姿に感動を覚えた。

曲はバッハ、同時代のヴァイス、ギター界のショパンたるタレガ、日本代表武満徹、ロマンチックで悲劇的な映画音楽を演奏された。閑静で心落ち着く曲ばかりであったと思う。来年も出雲で演奏するという(次回こそ出雲大社に行くと決意を述べた)。ぜひとも再びの演奏を聴きたい。

(静寂な佇まいで蕎麦の花が咲いている。収穫されて挽かれて麺にされて、美味しく食べられるのを泰然と待っている)
母息子雨に引かれて腕を組む [2024年10月02日(Wed)]

fumihouse-2024-10-02T10_02_01-1-thumbnail2.jpg雨の移動は大変です
雨が強めに降っています
久しぶりの雨
これからグッと涼しくなるようです
やっときた深まる秋を喜びたい
冬は遅めにきてほしい
母とともに月イチの病院に到着
足元がおぼつかない母ですから
わたしの傘を差し掛けます
差し込む雨で肩が濡れます
腕を組んだらと勧めました
照れた様子です
それでもわたしの腕につかまってくれました
初めてのことです
子どものころは
わたしが手を引かれて歩いたものですね
母親と親孝行の息子の刹那の時間

(10日ほど前の三瓶山は少し色づいていました。一気に紅葉が深まるでしょう)
月新た霧の進軍クマ出没 [2024年10月01日(Tue)]

fumihouse-2024-10-01T07_13_26-1-thumbnail2.jpg昨夕、景勝地・立久恵峡(出雲の奥座敷、紅葉と断崖に見事)で、成獣の熊1頭が目撃されたと、出雲市防災メールが届いた。暑かった夏が過ぎ(でも私は半袖)、冬眠に備えて熊は活動を広げる。

「クマは、早朝や夕暮れ時に活発に行動しますので、この時間帯は山林へ入らないようにするほか、通学・通勤には特にご注意ください」と防災氏。「クマ」は熊と漢字で表記するのが相応しい。どうしてもアニメの世界、かわいいクマさんをイメージしてしまうからだ。

宍道湖に目をやると、霧の進軍が始まった。秋の風物詩。湖面に発した霧が、北山山系の中腹までの低い位置を伝って松江から出雲へと流れてゆく。多分斐伊川の山間地から平野への出口にも霧が出ているはずだから、濃い霧同士が合体していることだろう。早い列車で出勤するのはまんざら悪くない。

(菊芋の花があちこちで満開だ。一方で山吹やブラシの木が狂い咲いている)