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椅子選び行脚続けて結末は [2024年06月30日(Sun)]

fumihouse-2024-06-30T08_31_16-1-thumbnail2.jpgイスに座る。ソファに腰掛ける。フィット感、第一印象が大切だ。ホームセンターや家具屋を廻って椅子を選ぶ。座ったときの清涼感のようなもの、これが大事。エアコンの効きが適度なことからくる、涼しさに惑わされてはいけない。

座った瞬間に体と心が感じるもの。安堵感、収まり感、視線の向き方、尻や背に当たる面の感覚・・それらがしっくりいくかどうかが判断の基準となる。もちろん値段も考える。広いフロアに置いてある家具は小さく見える。メジャーを手に持ち、あらかじめ置く場所や必要なサイズは測っておくことは言うまでもない。

(ネジバナが可愛らしく、バランス良く捻れている)
虐めなき讒言憶測伝聞で [2024年06月29日(Sat)]

fumihouse-2024-06-29T20_12_26-1-thumbnail2.jpg讒言(ざんげん)、憶測、イジメを目的とした噂話・・・。人を悪意満載の伝聞でもって傷つける者は、古今東西掃いて捨てるほどいる。火のないところに煙は立たないと言いくるめて、偽の火を起こす。噂話の元をヒソヒソと耳打ちし、SNSで書きなぐる。対象の人はどうしてもそれが気になる。反証しようにも、録音録画といった利器がない時分は記憶に頼るしかないし、メモ類は不確かだ。そもそも、反論には莫大な手間と費用がかかる。そのエネルギーに値する苦労かと問われれば虚しい。

悪辣な者たちは手を変え品を変え、絶妙な言い回しで他人を言いくるめて騙し、善良なターゲットを奈落の底に落とす。なぜこんな理不尽な目に遭わなくてはならないのかと怒りが湧く。被害妄想的に精神を萎縮させてしまう人がいるのも無理はない。時と回数を重ねるほどに、イジメの当事者は図に乗ってくる。硬軟織り交ぜて、計略的に攻撃を仕掛けてくるだろう。牙を研いで計略を練る。被害に遭う人は、反論と抵抗を重ねるほどに消耗し、悪意の者の魔の手に落ちる。

かつて最高権力者の常套手段は、さも本人がやったかのように配下に噂を立てさせ、作りごとを本物として偽証させる。そして裁き追い落とす。権力の魔性、ここに至れりという次第。

現代でも本質は変わらない。証拠はなくても、「みんなが言っているから」と強弁し、反証が明快にされれば知らぬ存ぜぬでシラを切る。そのときには人々の関心は他所に移っており、何か妙な噂があったな!と、疑惑の印象のみを残す。権力者の思うツボである。

現代の権力者とは、いわば発言に影響力があり声の大きい悪意の人すべてと言ってよい。イジメをなくそう。謀略で苦しむ人を減らしたい。そのために機転の効いた賢明な人でなくてはならない。

(クチナシの芳香を嗅いでごらんなさい。悪意の者も悪辣な心を省みる余裕が出る、なことないか)
満たされて下の穴だよ気がついた [2024年06月28日(Fri)]

fumihouse-2024-06-28T08_09_34-1-thumbnail2.jpgやっちまった。昨夜法人の評議員会・理事会を無事に終えて、ホッとひと息、開放感に満たされて駅に到着した。列車に乗る前にトイレに行くと、なんとパンツのファスナーが開いている(かつては、社会の窓と言った)。最後に用を足したのが17時半、会が始まる前だ。それ以降2時間も下りたままだったことになる。

あれまぁ、恥ずかしい。パンツは白ベースの細いストライプの綿パン。ジッパーはしっかりとしたものでヨレてはないから、濃紺のブリーフは見えていなかったと思う(と希望的観測)。皆さんに説明するときは座ったままだったので見つけられてはいないだろう。まっこんなこともあると列車ではウトウトした次第。

(どうせ開くのなら、桔梗のほうがいい)
物はモノ経済価値を乗り越えて [2024年06月27日(Thu)]

fumihouse-2024-06-27T07_33_30-1-thumbnail2.jpg減価償却というのは、物の経済的な価値のみに着目した考え方で、年月の進行とともに価値が落ちて、やがてゼロになる。しかし、物というもののは、お金だけの価値にとどまらない。

使ううちに使いやすくなる。使い方を熟知し、便利なやり方を編み出し、思いがけない利用法を知る。色のカスレや擦り切れ、傷すらも味わいとなり、愛着が生まれる。自分に馴染んで、自分だけの物という感覚が生まれて使うたびに喜びを見いだす。経済的価値を超えて、プライスレスな価値を生む。物というのは面白い。

(珈琲カップもまた、喫茶店の重要なアイテムである。服部珈琲にて)
歴史とは推理小説裏表 [2024年06月26日(Wed)]

fumihouse-2024-06-26T17_43_07-1-thumbnail2.jpgアガサ・クリスティの『葬儀を終えて』(加賀山卓朗訳)の2回目を読み進めている。すでに犯人が分かっている視点から見ると、伏線がいくつも張ってあったことに気づく。あれこれとヒントが散りばめられている。何気なく、ほとんど読み飛ばしていたところに、フムフムと頷ける記述がある。同時に犯人以外の者に疑わしい目を向けさせる記述もそれなりに確からしい。読者が真犯人を探り当てられないのは当然だ。騙されるのも無理はない。

歴史番組や史上の考察には「イフ」があって面白い。◯◯してたら天下を取れたのにとか、□□しなかったなら命を落とさなかったと考えるのは楽しいゲームである。過去の事実として知る現代人にとっては自明の事柄で、なんでそうするか? 愚かだな! と思うのは勝手であり、浅はかである。歴史の波の中で彼ら彼女らは必死の思いで当時の世を泳いだ。結果として歴史のとおりに動いたが、当時はどう転ぶかは計り知れないことだからだ。歴史を学ぶというのは、推理小説を結末から読むのに似ている。

(狂い咲きした山吹の花は、真犯人を知っている)
梅雨空に一週間の長雨か [2024年06月25日(Tue)]

fumihouse-2024-06-25T12_51_31-1-thumbnail2.jpg梅雨は遅れに遅れた上に忽然とやってきた。各地に激しい風雨をもらたした。先週末から気象注意報、警報が繰り返し提供され、今後も油断禁物の状況が続くらしい。遅かった分まとめて降るのは困る。梅雨はしとしと雨でなくてはいけない。

雨が降り出したのは土曜22日の13時過ぎ。しばらく雨が少なかったので、紫陽花をはじめとして夏の花々は元気なかったが、この雨で俄然力を取り戻した。植物を育てる恵みの雨なら甘雨と呼んでもよいが、小雨はすぐに篠突く雨が地面を叩いて警報が発令された。

出雲地方で日曜夕方まで雨は降り続き、断続的に強い雨足がうるさかった。不思議なもので、わずか一日雨が途切れずに続くと、あたかも1週間ずっと降っているかのような錯覚を起こす。反対に気持ちのよい晴れは3日続いても、崩れるともう雨か、と落胆させる。

さあ今日もはっきりしない天気が続く。しかも蒸して体は十分暑さに順化していない。酷熱の夏本番に備えて体と心を作っておかなくてはならないな。

(ランタナが咲いている。ピンクと黄の色合いを少しずつ替えながらを夏を乗り切る)
紫陽花と楽しみ忘れず微笑んで [2024年06月24日(Mon)]

fumihouse-2024-06-24T17_30_18-1-thumbnail2.jpg梅雨ですなあ。紫陽花がイキイキしてきましたよ。元気な梅雨の花に負けず、輝きたいですなあ。雨が続きジトジトして強風も吹き荒れたりすると(松江城では巨大松が倒壊)、気分は全開というわけにはいきませんが、口角を上げてニコッと微笑みを絶やさないようにね。
赤ちゃんを抱いて幸せコウノトリ [2024年06月23日(Sun)]

fumihouse-2024-06-23T21_06_30-1-thumbnail2.jpg特別天然記念物コウノトリは幸福の鳥。兵庫・豊岡で放鳥されたコウノトリは島根・雲南でも営巣している。豊かな自然環境や里山、田畑が確保されているシンボルでもある。雲南市では、幸せを運ぶコウノトリと共生するまちづくりを進めており、個体は着実に増えているようだ。

梅雨に入った昨日、雲南市と出雲市との境にある水田で6、7羽のコウノトリを見かけた。近くにいるシラサギやアオサギはクルマを近づけると羽ばたいて去っていくが、コウノトリは逃げる素振りを見せない。じっとこちらを眺める様子も見て取れた。

出雲はトキの町。分散飼育されている、これも特別天然記念物のトキが放鳥されるのはいつのことだろう。実現すれば、雲南のコウノトリと出雲のトキが、片や白と黒、片や白と鴇色(淡いくすんだピンク)でもって、我々の目の前で共演してくれる日が来るだろう。
終わりブル可能か不可能ちはやぶる [2024年06月22日(Sat)]

fumihouse-2024-06-22T08_29_37-1-thumbnail2.jpg“ブル” で終わるカタカナ語がよく使われる。SDGs絡みで「サステーナブル」がトップバッターだ。持続可能、環境や次代への負担を最小限に留めたい。そして「フレキシブル」、しなやかで柔軟なことはこれからの時代に不可欠。

ブルは「able」。◯◯できるという意味だが、昨夜金曜ロードショーでやっていた、ミッション「インポッシブル」ではトム・クルーズのアクションに魅入られる。イーサン・ハントが本物ならば「インクレディブル」、信じがたい。

「アンプレヤブル」はゴルフの世界。木の根元などショットが困難な場合に1打罰して救済を受ける。「リバーシブル」、表裏両面仕立ての服は気分転換によろしい。「ウォッシャブル」、かつてはクリーニングオンリーだったものが、繊維と織り方の進歩で洗濯機でオーケーが増えてきた。

「アカウンタブル」、政治資金規正法で混乱した自民党の裏金問題。説明責任が強く問われる。政治にはカネが不可欠だから「アンタッチャブル」な問題などど言えるわけがない。

その他思いつくままに、ヴェジタブル、ギャンブル、テーブル、レ・ミゼラブル、ルーブル、ファーブル、オードブル。ableとは関係ないけどオチャラケに。

「ファンブル」、◯◯できるableが語源かどうかは知らないが、野手が掴んだボールを地面に落とすこと。この投稿はファンブル? それともジャッグル? エラーかな? こんな話題にあなたは、高ブル? それともくだらないと、ブルブル?

(合歓木(ネムノキ)が満開を白とピンクのグラデーションで扇のような形をした花木があちこちに咲いている)
アンタレス夾竹桃と並び咲く [2024年06月21日(Fri)]

fumihouse-2024-06-21T08_08_35-1-thumbnail2.jpgこのスッキリした空気はなんだ。空は青く山の木々はクッキリ見える。昨日は薄曇りでドンヨリして南風が吹き、ジトジトと湿っぽくて暑苦しかった。

昨夕がこんなふうに晴れていたらよかったのに・・・。さそり座の1等星、赤色巨星アンタレスが月に隠れたはずだが、昨夜は厚い雲に覆われて月の鈍い光しか見られなかった。アンタレス食は不発に終わった。

空には満天の星があるのに、なぜ昨夜は注目されたのか。満天の星も明る過ぎる月光に照らされて見えやしないからだ。月は満ちるとマイナス12等級。全天一明るい冬のシリウスですらマイナス1.4等ほどだから、暗い星などくそくらえ、月には敵わない。アンタレスなら肉眼でも雰囲気が分かったはずだから残念だ。

夏の空は実際の季節を先取りしていた。暗くなる20時頃には夏の大三角形が東の空高く上り、さそり座も半身を出す。今夜もスッキリした空が続くならば、梅雨前直前の天の川が見られるかもしれない。

(第一期の満開期を迎えた夾竹桃。このピンクは炎熱の街路では暑苦しく感じる)
返信で弾む会話に心地よし [2024年06月20日(Thu)]

fumihouse-2024-06-20T18_20_16-1-thumbnail2.jpgメールなり、SNSなり、誰かからのメッセージをもらうのは嬉しい(悪意ある呪いのメッセージは願い下げ)。

一方で返信するのは難儀である。見たらたちまち返せる場合は問題ない。ノッた状態で送信するのはむしろ喜びだ。しかし、直ちに食指が動かなかったときには、時間というクッションを置くわけで、だんだん壁が高くなる。早く返さなくちゃと気が焦り、逆に気乗りしなくなる。気の利いた表現で飾らなくてはならないなどど考えたりすると、余計に面倒になって後ろ向きになる。

何事もそうだが、機先を制した対応こそ望ましい。後手後手に回ると上手くいかないもので、気鬱にもなってしまう。明日は金曜日、休み前の心地よい状態を保ちたいものだ。

(決然とした梅雨前の青空のように、ノッた状態でメッセージを贈ろう)
耳すます車中の気配目を閉じて [2024年06月19日(Wed)]

fumihouse-2024-06-19T17_28_41-1-thumbnail2.jpgバスに乗る。目を閉じる。音を聞いてみる。

客(高校生)の話し声や笑い/肉声録音の案内放送/くすんだ声の運転手の案内/バスの振動/誰かが鼻をすする音/座席や器類がきしむ音/運転の操作音/とまるを知らせるチァイム音/空調設備の排出音/ブレーキ音/対向車の疾走音とタイヤが回る音/ドアの開閉音/パトカーのサイレン

自分の欠伸まで聞こえた。これ以上目をつむると眠ってしまいそう。まぁいろんな音があるもんだ。次は静かな環境でやってみよう。

(青空に飛んでいきそうな山帽子風車。トンボの目のようにいい形をしている)
独りごち眠る快楽に明日もまた [2024年06月18日(Tue)]

fumihouse-2024-06-18T21_36_09-1-thumbnail2.jpg嫌なことがあった、いいこともあった一日。さあ、寝よう。眠ることは最良のストレス解消、最大の潤滑油。嫌なことはマイルドにして記憶の底に沈め、いいことは折々に思い出す心のよすが。

明日は明日の風が吹く。明後日もまた別の風が吹くであろう。同じ吹くなら素敵な風が吹きますように。おやすみなさい、またあした、と独りごつ。

(アイビーの壁がそそり立つ。青々と輝く夏の色)
あれやこれ日々は蝸牛だ歩み行け [2024年06月17日(Mon)]

fumihouse-2024-06-17T16_54_20-1-thumbnail2.jpg今日やることを記したノートを見返した。朝一番で書き出す。やるべきこと、やりたいこと。終わったらチェックする。新たに生じたら書き足す。電話内容もここにメモするし、誰かが書いてくれた不在時メモも貼り付ける。出来なかったことはマーカーで目立たせて翌日以降に持ち越す。

目的の記述を見つけるところまで遡ったが、それぞれの日にやった、あるいはやらなかった仕事を振り返ることができる。苦闘したことも、達成して嬉しかったことも思い出される。転記し忘れてやりそこねた課題が見つかったりして慌てたりもする。

遅々として仕事が進まない、思うに任せぬ毎日だと感じていても、あれやこれやと業務はそれなりに進んでいく。それを喜ぼう。

(沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす。沙羅(ナツツバキ)は、朝咲いて夕には落ちる)
沈黙と苦い笑いに罪を知れ [2024年06月16日(Sun)]

fumihouse-2024-06-16T20_50_36-1-thumbnail2.jpg【沈黙は同意、笑いは共犯】
上野千鶴子氏は講演でこう述べられた。沈黙は金などとうそぶいてはいけない、そんな時代は過ぎたと思った。セクハラ、パワハラ発言の”現行犯“を目前にしたとき沈黙はNGである。ましてや苦笑いで済ませてしまったならば同類である。

男女平等社会の到来には今なお長い年月がかかるようで、先日発表された世界ランキングでも日本は先進国中最下位に甘んじた。ジェンダーの問題は、LGBTのことも相まって複雑化の様相を呈する。しかし、その本質は、古い体質のまま温存されている男たちの問題である。

島根県立男女共同参画センターあすてらすで、上野氏は「どこまで来た?日本のジェンダー平等〜変えてきたこと、変えられなかったこと〜」と題して、満員の聴衆に向かって楽しくも考えさせられる講演をされた。

上野氏の話は痛快である。古い男たちへはもちろんだが、行動しない、あるいは躊躇する女性たちにも痛烈だ。今までのことはともかくとして、参加した女性たちの背中を強く押したに違いない。男たちへも声を上げよと届いただろう。

女子大生2人、男子高専生1人がパネリストとして登壇し、氏へ率直な疑問や感想をぶつけ、ウイットに富んだ厳しめの切り返しにタジタジとなっていた。著書のサイン会では長い行列ができ、力を得た人びとがそれぞれの地元へ帰っていった。さぁガンバれ! もちろん私も。

(その日、海の家ささきで食べた巨大な穴子天丼はそそり立っていた。今日の講演を聴いて多くの女性が声を上げるはずだ。少数だが男たちもそりゃ違う!と問題提起をするであろう)
紫外線日焼けシミしわビタミンD [2024年06月15日(Sat)]

fumihouse-2024-06-15T11_23_07-1-thumbnail2.jpg紫外線への対策を多くの人が心がける。日焼けやシミ・シワ、たるみを防ぎ美肌を保つために、白内障や皮膚ガンといった病を防止するために。それとは裏腹であるが、ビタミンDに欠ける人が、特に女性が増えているという。

ビタミンDはカルシウムやリンを吸収し、カルシウムの血中濃度を保つ働きがあるが、なぜ欠乏するのか。日焼け止め剤の多用と外に出るのを過度に避けることにより、日光浴が不足するのが原因らしい。また、魚介類やきのこ類といったビタミンDを含む食材の不足もある。ビタミンDが欠けると骨粗鬆症になったり、ホルモン分泌のバランスが保たれなくなっていく。

必要な紫外線は北緯35度近辺で、真冬は30分、真夏で3、4分だそうだ。そして食事のバランスを保つこと。紫外線を避け過ぎて不健康であっては美容にとっても本末転倒。ご注意めされよ。さあ、きょうも外へ出よう。

(アフリカン・デージー(オステオスペルマム)もまた、外で元気に咲いている。雨が欲しい模様)
改まる一気呵成にあらたまれ [2024年06月14日(Fri)]

fumihouse-2024-06-14T18_25_28-1-thumbnail2.jpg年が明けると全ては改まる。それは気分だけのこと。片付かない机の上はそのまんま。汚れた鞄は変わらない。拭き忘れた床は相変わらず気になって仕方がない。

週が改まる。明けて月曜日が来ても仕事はそのまんま。内容が熟成したり練度が増したりすることがあるかもしれない、自分以外の原因で状況がマシになることがあるかもしれない。そんな幸運はあまりないし、事務処理の遅れは自分で取り戻すしかない。

まっ来週も乱雑な状態で仕事を始めるしかないな。ともあれ、週末は気分転換をはかり、楽しみつつも家でやるべきことに傾注しよう。来週の風は勝手に吹いてくる。

(葵が元気に咲いている。シロイのにアオイとは如何)
最悪か終わり悪けりゃなんとかせい [2024年06月13日(Thu)]

fumihouse-2024-06-13T19_24_04-1-thumbnail2.jpg終わり良ければ全て良し、と言われるとおりにはなかなかいかないもので、一日の仕事の最終盤でトラブルに巻き込まれると、気分が台無し、徒労感に苛まされる。

ならば、午前中にはあんなことがあった。何人かで大笑いした。よい知らせがあって胸をなでおろした・・・いろいろ良いことだって思い出すことができる。まんざらでもない一日だったと思い直そう。

それならいいが、その良いことの結果として一日の終わりの徒労に満ちた結末が因果関係としてあったら目も当てられない。でもまっ、これも一日のあり方、一つの一日なり。明日は明日の風が吹く。

(柔らかい光の元でゆったり過ごしたのは先週の土曜日。まっいろんな一日があるもんさ)
安全か黄色の手旗誰使う [2024年06月12日(Wed)]

fumihouse-2024-06-12T17_33_13-1-thumbnail2.jpg小学生以来だが、横断旗を使った。職場の近くの三叉路交差点の横断歩道の両サイドに黄色い旗が4本ずつ置かれたが、誰も使った形跡がない。そこで使ってみた。ふだんは手に守った帽子を高く上げて、少しだけ車道に踏み出し、運転手の顔を見ながら目の動きを制して、スピードを緩めたら足早に渡る。

今夕は手旗を持ったのだが、丸まったまま広がってくれず、その状態で旗を揚げたら、両方から来るクルマが停まってくれたので、これも足早に渡った。できた小学生ならば、ここで礼の一つでもしそうなものだが、私はもちろんしない。気恥ずかしさがあったせいか、渡るときの姿勢は背中が丸まっていた。手旗の真似をすることないのにね。

(丸まった旗は、このガーベラよりは人工的な黄色だった)
喜んで悲しんでもまた時は過ぎ [2024年06月11日(Tue)]

fumihouse-2024-06-11T08_02_20-1-thumbnail2.jpgゲーテはこう言っている。
≪喜んで事をなし、なされた事を喜ぶ人は、幸福である≫(格言と反省)

そのとおりである。しかし、「事を為す」に当たって如何に使役されることが多いことやら。「喜んで」為すことが能わず感情がソッポを向いていることやら。「為された事」を喜ぶどころか、当事者意識もないうちにヤラされていることの多さ。不平不満がタラタラ、ため息の繰り返し・・・。

そんな生活は「幸福」か? なわけはない。かといって逃げるが勝ちなのか? 変革する力があるならば、挑んでみるがよい。歯を食いしばりつつも、口角を上げて微笑んで、自らの生命を奮い立たせるがいいだろう。

(ヒメフクロは小ぶりな花でも情緒がある。人参に似た葉っぱだが、食べたらどうなるか)
梅雨未だ雨のち晴れの週替わり [2024年06月10日(Mon)]

fumihouse-2024-06-10T08_02_45-1-thumbnail2.jpg土曜日には激しめに降った雨。昨日は曇り時々小雨の一日だった。止んだと思いきや、夜中に雨が屋根を弾く音が聞こえた。月曜朝、起きると爽やかな空、空気は澄んでいる。深緑がくっきりと見え、太陽が眩しい。北山山系には小粒の雲がかかって絵画のようでもある。微風で湿気は感じない、涼しく適度だ。昼の予想は松江で27℃だが、暑さにうだることはないだろう。今週の天気は曇り混じりの晴れの予報。しばらく梅雨入りはないように思える。

同じ朝はない。同じ雲はない。時は刻々と移り変わり、同じ時間を過ごすこともない。ルーティンの繰り返しに思えても誰もが移り変わっていく。ほんの少し異なる朝に、今まで見たことのない雲を見て、仕事をし、生活を重ねていく。さあ、今週も少しの変化を求めて顔晴ろう。

(ミノムシ君もきっと穏やかな朝を迎えている。ひょっとしてもう孵ったのかもしれない)
人形と街と家族と世界なり [2024年06月09日(Sun)]

fumihouse-2024-06-09T10_37_06-1-thumbnail2.jpg野ア千愛季氏の創作人形展を観てきた。平和と平穏を希求する、鬼気迫る思いがビシビシと伝わってきた。創作の動機について氏はこう記している。

≪私は理不尽な暴力を散々憎んで、理不尽な暴力に抵抗することもできず、ただうちのめされるしかないことに納得できなかった。私は抵抗したかった(中略)私はあらゆる方向からの暴力を憎んでいた。敵とされている国からの暴力、自分が住んでいる場所からの暴力、いっしょに遊ぶいじめっ子たちからの暴力。私は「暴力」に抵抗するのだ。その抵抗の手段が「武装」という「暴力」であってはならない。武装は本当の本当に最後の手段でなくてはならない。「表現活動」で抵抗しよう。銃の引き金を引くのをちゅうちょするような作品を作ろう。いじめっ子が私に悪さをするのをためらうような絵を描こう。何も変わらなくても、抵抗することに意味がある≫

暴力でもって問題解決の手段にしてはいけない。戦争という究極の悪の暴力を求めてはならない・・そうした強い気持ちが伝わってくる。細密で丁寧な人形の造りに驚嘆することは当然のことだが、人形の表情と姿勢に思いがこもっている。

≪話しつづけて。
 コミュニケーションをとりつづけて。
 どんなに無意味に思えても。
 対話できている間は戦争はおこらないから。
 それはひとつ屋根の下に暮らす家族も同じ≫

戦争はどこか遠く離れた世界にあるのではない。身近な環境の延長線上あり、まずは小さな対話を軽視しないことから始めようと思った。

地域の逸材である野崎さんを応援していきたい。人形展は出雲かんべの里(松江市大庭町)6月16日(日)まで。入場無料(自由意志の寄付求む)。インスタグラムでも投稿多数。https://www.instagram.com/stories/nozaki_chiaki/3385864009575496468?utm_source=ig_story_item_share&igsh=MWJ0M2U5c2c3eXhndw==

(出雲かんべの里にはザクロの花が咲いていた。強いオレンジ色に黄のコントラスト、実のように硬質のツボミが野崎氏の作風をイメージさせる)
ノリノリに海苔を巻いたりホクホクよ [2024年06月08日(Sat)]

fumihouse-2024-06-08T08_01_35-1-thumbnail2.jpg海苔のパッケージ説明書を読んで、海苔の規格というのを知った。海苔の養殖は江戸・大森で始まり、加工は浅草が担い、浅草海苔は全国に名声を広げたそうだ。昭和40年代にサイズが全国統一されたという。

【全型】基本の大きさ 横19センチ✕縦21センチ
【半切】全型の半分 手巻き寿司用
【3切】全型を3等分 おにぎり用
【4切】全型を4等分 十字切りとタテ4等分がある
【6切】全型を6等分 ミニ手巻きにぴったり
【8切】全型を8等分 おかず用の海苔
【12切】全型を12等分 ホテルなどの朝食用
全型を10枚まとめると【1帖】というのだそうだ。

海苔には表と裏がある。ツルツル面が表、ザラザラ面が裏。手巻きするときは、ザラザラ面にご飯を乗せるのがいい。

(茹でた馬鈴薯を半切り海苔で巻いてホクホクして食べたい)
教えてよ叔父の推しかな惜しいかな [2024年06月07日(Fri)]

fumihouse-2024-06-07T18_55_17-1-thumbnail2.jpgへぇ〜そんな推しがあるんだと、きょう思った。事情で飼えないのだが、YouTubeで好きな犬や猫を見つけて映像を楽しんでいる人がいる。なるほど〜小まめに動向をアップするYouTuberのサイトなら、日替わりで様子を知ることができる。キャンキャンする犬を眺めて悦に入り、ニャーニャと甘える猫に癒される。実際に会うことができないとしても、それなりに楽しめる。新しい推しの形、新しいと思うのは私ばかりかもしれないが・・・。

(わたしが推すのはヒルザキツキミソウ。淡くてグラデーションの効いたピンクと黄色にあわせて、しなやかな曲線がパラボラアンテナのようで好ましい)
熱中症猛暑に日陰にアイスなり [2024年06月06日(Thu)]

fumihouse-2024-06-06T07_56_23-1-thumbnail2.jpg夏が来た。ここ数日は湿度が低めで快適な日中であるが(夜は寒く感じる)、今年もやっぱり猛暑だという。熱中症に備えなければならない。

まずは水分を補給して、暑さを避けること。かと言って、甘い飲料をやたらと飲んで冷房をガンガンにかけると、そのうち身体は悲鳴を上げる。

暑熱順化が必要なのだそうだ。暑さに体を慣れさせるトレーニング。30分ほどのウオーキングや15分程度のジョギングで汗をかく。風呂は汗が出るまで湯船につかる。こうした暑熱順化で酷暑に備えよう。

ともあれ、初期症状が出たらすぐに体を冷やすこと。めまい、体のだるさ、生あくび、立ちくらみ、多量の発汗、筋肉痛や頭痛などに気がついたら我慢しない。暑い場所から退避し、涼しい環境でたっぷり休息と水分を取る。たかが暑さ、されど暑さ。激暑に負けてなるものか。

(美女柳は暑さが本格化する頃にはその季節を終える。美女に過度な紫外線は禁物)
学習す無力感など捨てちまえ [2024年06月05日(Wed)]

fumihouse-2024-06-05T18_05_59-1-thumbnail2.jpg若者の無力感、無気力感情のことを「学習性無力感」と言うのだそうだ。もちろん若者に限らない。年寄りにもそんな感情があるし、長いものに巻かれよという日本人のメンタリティが似た位置にある。不愉快で不誠実な状況に抵抗を示さない。無力な自分を諦めることを下手に学んでしまって、習い性になるのは悲しい。

選挙において若年層の投票率が低い原因は、学習性無力感にあるという説がある。確かにそんな気がする。大人世代、高齢者にもその傾向はある。島根県の投票率はかつて8割を優に超えて9割近くに及び、全国一位を誇っていたが今は昔のこと。若者と同様に、投票したってどうせ変わらない、期待のできる候補者でもないし、田舎の投票を強制する目(圧力)もなくなったし、、、まっ投票なんてしなくても。そんな気分が年寄りも含めて世に蔓延している。

投票行動に限らないが、自分の声や行動で何かを変えられた経験を持ちにくくなっている。社会に対する自信が持てず、投票しないことが当たり前になっていく。すると他の人に全部決めてもらう、決められてしまうことに疑問を持たなくなる。自分の頭で考えず、自ら動かなくなると幸福感はぐっと落ちる。悲しいことだ。

(外来種オオキンケイギクもまた、自身の意思と力で繁茂して、世で嫌われるまでの地位を築いている)
小綺麗にお茶をしよっとゆとりかな [2024年06月04日(Tue)]

fumihouse-2024-06-04T17_44_40-1-thumbnail2.jpg小綺麗な店がある。お茶しよーっと入ろうと見たら茶店ではない、美容室だったというのはよくある話。喫茶店と美容室は似ている。中身はまったく異なるけれど、清潔感があってデザインに優れ人目を引く個性も感じられるかどうか。人通りのある場所に陣取っているかどうか。それが客を呼び込むためのポイントとなる。もちろん最重要点は珈琲が美味しいかどうか、技術が高いかどうかに間違いはないが、見た目やロケーションも重要だと思う。

常連となってしまえば、慣性でもって来てくれるだろうが、初見の客は見た目が重要である。チェーン店ならば、雰囲気は分かるという気安さから呼び込めるとしても、個人経営の店だったら最初が肝心。工夫の限りを店主は凝らすであろう。まっ、てなこと言っても近頃はネットで評判を探ってから行く人が増えたのもあって、様相が変わったのかもしれない。

(白色と薄黄色のスイカズラ。清楚な面持ち、お茶しよーっと誘ってみよう)
スダジイとクリにむせてる春と初夏 [2024年06月03日(Mon)]

fumihouse-2024-06-03T17_52_13-1-thumbnail2.jpgむせるほど濃厚な夏の臭いが降ってくるようになった。栗の花である。ひと月あまり前のスダジイほど強烈ではないが、栗もなかなかやってくれる。秋に向けて栗の実を生らす。スダジイは何を生らすか。どんぐりである。典型的な楕円形のどんぐりを生らして、ツキノワグマたちが飢えないようにしてくれたまえ。栗はどちらかというと人里に植えられているから、熊の出没は怖い。スダジイくんに頑張ってもらって、たわわに実をつけてほしいものである。

(栗の花はこちょこちょとくすぐる道具。猫じゃらしのようにも見えてくる)
日曜に人に非ずも暑さなり [2024年06月02日(Sun)]

fumihouse-2024-06-02T09_18_09-1-thumbnail2.jpgNHK日曜俳句に俳優が出演していた。【俳】の字が共通していて、おやっと思った。

OK漢字辞典で調べると、「俳」とはこっけいな動作で歌い舞い、神や人を慰め楽しませることを意味する。どちらかと言うと、現代では俳優よりは芸人のイメージである。戯言(ざれごと)を面白味のある歌にした連歌が生まれ、さらに季節を詠う俳句へと移り変わった。

あてもなく歩き廻ったり、ぶらつく意味もあるから、吟遊や吟行の言葉にも繋がる。忌まわしいイメージとなった徘徊もこの類いであろうか。

漢字の成り立ちとしては、人の象形としての人偏と、背を向け手を伸ばし左右に開いた「非」が、常識にそむいた一風変わったふるまいをすることを意味した。だが、この文字は「人に非ず」から、人が人たる所以を示す言葉に昇華した。

(園芸睡蓮は旺盛な繁殖力で在来の水生植物を追いやり生態系に悪影響があるという。花が美しいがゆえに、人に背く)
興隆の往時を偲ぶウツギなり [2024年06月01日(Sat)]

fumihouse-2024-06-01T22_25_04-1-thumbnail2.jpg荘原コミセンのまちづくり部主催で、フィールドワーク”荘原探検隊“を行った。蒸気船の乗船客で賑わった界隈(ラフカディオ・ハーンも降り立った)、物流の集積と分散と製造の拠点、旅館や寺や娯楽に人々を誘った街並み、斐伊川の支流として開削された新川(戦前に砂に埋まった)の経緯、大水害の歴史など多くを実地に学ぶことができた。

船便が鉄道に取って変わられ、さらに自動車の時代に代わっていくと、荘原は栄光の座から滑り落ちていった。往時の賑わいからは想像もできない今の静けさの中を歩いた。最後に講師の保科氏が結ばれた。

「荘原はかつての見る影もなく衰えました。しかしそれを嘆いていても始まらない。私たちが、また若い人たちが今を生きる一員として、これからの荘原を住みやすい、良いものにするよう努力しようじゃないですか」

そのとおりだと思う。往時の面影がない!と嘆くだけではなく、行政当局や既存の組織的力も借りながら、新しい力を集められるよう頑張っていきたい。そのための場として、昨年行った『タウンミーティング〜どうする荘原』に続き、今秋も老若が集まってワールドカフェを開催するつもりだ。再び大河ドラマのパロディを使わせてもらって、名付けて『光る荘原へ』。乞うご期待。

(荘原の通りに咲いていた梅花空木(バイカウツギ)。興隆を誇った往時にもこの花があったことだろう)