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ポロシャツはパンツインなり暑苦し [2024年05月31日(Fri)]

fumihouse-2024-05-31T19_53_18-1-thumbnail2.jpgクールビズではポロシャツが定番だが、シャツをパンツの上に出すか、パンツの中に入れるか、悩むところだ。ビジネスシーンでは、パンツインが原則だと思っているが、周りを見るとそうでもない。パンツインはカッコ悪いとおもう向きもあろうが、きちんとした印象を出すには、シャツの裾はズボンに入れたほうがいい。仕事中に限らないが、シャツが出ていると場合によっては裾が引っかかり危ない場面もあったりする。

薄手のブレザーを羽織れば、セミフォーマルとしても十分やっていける。ベルトを付けてパンツインしたポロシャツで夏を乗り切ろう。ただし、脅威の暑い盛りには、パンツインなんて言ってられない。そんな夏が今年もやってくる。

(爽やかだったミカンの花も今は終わり、ほんの豆粒果実が少しずつ大きくなっていく)
関西の虫が騒ぐぞねえ来てや [2024年05月30日(Thu)]

fumihouse-2024-05-30T18_02_05-1-thumbnail2.jpg来てな/やりな/書きな/会いな/行くな/植えな/置くな/あんな/そんな/こんな/どんな/噛みな/聞くな/来るな/蹴るな/多摩菜/ナズナ/でんな/つかな/解かな/泣くな/抜かな/のかな/はめな/弾かな/吹かな/変な/ホンな/巻かな/見てな/剥かな/持つな/ゆかな/よしな/寄りな/させな/馬鹿な/真っ赤な/アホな/

松江駅に貼ってあったポスターで「来てな」というフレーズが目に入ったので(内容は見ていない)、バスに乗り込んで衝動的に3文字で「な」で終わる句をあげてみた。

「◯◯せな、あかん」的な大阪弁のノリ、「◯◯するな」という禁止の句、「◯◯してな」という願う句、野菜類の「菜」や「な」で終わる人名、こんなやあんなに限定された。帰りにじっくりポスターを眺めてみると、「来てな!大阪」だった。道理で大阪弁のノリなわけだ。大阪、もう1年以上ご無沙汰だ。ところで、なんで「来てや!」にせーへんかったんやろ?

(大阪にもドクダミの花が咲いていることだろう)
多妻なり一夫交えて仄か夜 [2024年05月29日(Wed)]

fumihouse-2024-05-29T19_19_36-1-thumbnail2.jpg通い婚する貴族たち。一夫多妻の平安時代。いやそうでもない。相性を探るために男性が夜這いして女性と関係を結ぶことを思えば、多夫多妻とまでは言えないまでも、性愛関係が多角的と言ってもよい平安時代。

大河ドラマ『光る君へ』では、上の兄が二人とも次々に死にライバルの甥たちを蹴落として、無欲だった三男・藤原道長が権力の頂点に上り詰めた。まひろ一筋と思いきや、結局二人の妻を持った道長。身分違いのまひろには妻の芽はなかった。

とはいえ、有名な和歌ほどに権勢に躍る様子は道長には見えない。権力の魔性に魅入られそうな気配はない。権力の亡者となるのはもっと後のことか。それともこのドラマでは、まひろとの約束(人々に幸を)を守リ続ける青年らしい息吹を保ち続けるのだろうか。

  この世をば 我が世とぞ思ふ
  望月の 欠けたることも なしと思へば

この歌の道長とドラマの道長には大きな隔たりがある。ドラマはどうなっていくものやら。わたしにとって、『アンチヒーロー』と併せて楽しみな日曜夜である。

(金糸梅が満開である。この世の春(もう夏だが)を謳歌している)
応援す皆それぞれがたからもの [2024年05月28日(Tue)]

fumihouse-2024-05-28T08_25_28-1-thumbnail2.jpg≪誰もが、誰かの、
  たからもの。≫
とは、島根県のイメージをアピールするポスターの文面。最後に、≪いいけん、島根県≫で締める。紋切り型ではあるが、気持ちは伝わってくる。いや、常套句(じょうとうく)で手垢のついた表現を使っているからこそ、無骨とも言える故郷への思いが伝わってくるではないか。

≪どんなに時代が変わっても、受け継いでいきたい/それは、人のつながり、あたたかさ/さりげないけど、ほっとかない/互いの顔が見える、人間味あふれる関わりが心地いい/今を見つめ、未来に想いをはせる/そんな心を、ときに優しくつつみ、ときにそっと背中を押す/大切に育んできた“つながる力”は、/自分のサイズで、一生懸命生きる人を応援してくれる/未来への原動力/人が人のたからもの/誰もが誰かの応援団≫

互いが互いの財となって人生を生き抜く。故郷を思い、Uターン者を募る。新しい故郷として選びませんか、とIターン者を呼び込む。互いが互いの財となって、人生を生き抜く。その朴訥(ぼくとつ)さをもって人口減少化に抗することが島根の戦略である、きっと。

(ブラシの木の花が満開だ。雨に抗せず雄しべを落とす)
拠点にて憩い交わり学びの場 [2024年05月27日(Mon)]

fumihouse-2024-05-27T10_06_34-1-thumbnail2.jpg令和6年度の開始にあたり、荘原コミュニティセンターが職員一同で挨拶文『センターのごあいさつ』を出されていて、こんなフレーズがあった。

≪地域の皆様の「憩いの場」「交流の場」 「学習の場」として、皆様に愛されるコミセンとなるよう努めてまいりますので、変わらぬご理解とご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます≫

なるほど、「憩い」「交流」「学習」か。コミセンに行って憩う。来場者や職員と交流する。そして学習する。憩いの場で人びとに交わり、人というものの温かさを知り、人生善き哉と学ぶ。交流の場で憩いのひとときを過ごし、新しい知見に触れて楽しみつつ学ぶ。学びの場で憩う有り難さにひたり、交流によって学びを深める。

3つの要素が相乗効果を成して地域に笑顔を広げる基点となる。素晴らしいじゃないですか。敷居が高いなんて気にするなかれ。温かく迎えてくれる。心開く体験に身を委ねよう。来るのは高齢者ばかりだと敬遠することなかれ。智慧と人情に触れよう。自ずと我が身も開かれる。若者よ、友を引き連れておいでなさい。

(荘原コミセンのバラたちも、温かく迎えてくれるだろう)
流す大健康思う色よろし [2024年05月26日(Sun)]

fumihouse-2024-05-26T08_28_22-1-thumbnail2.jpgTOTOの事業所用トイレにある流すためのボタンは、「流す大」(FLUSH)と「流す小」(LIGHT FLUSH)と文字表示され、大きな渦巻きと小さな渦巻きの印が付いている。

ふと思った。「大流す」「小流す」ではどうだろう? これでは、大便と小便が俗物的に目に浮かぶようで、印象がよろしくない。「流す(何を?あえて言うなら)大」ということで、TOTOのやり方がよろしいようで。

(消臭剤を使うとすれば、ラベンダーがよろしい)
笑顔にて町の存亡尽くしけり [2024年05月25日(Sat)]

『新プロジェクトX〜挑戦者たち』
放送を今夕見た。吉元さん、奥田さん、そして大江さん(現町長の故か、スタジオ出演なし)。海士の三羽烏がカッコいい。隠岐弁のありのまま、苦労をにじませながらも笑顔満載で語る姿に心が踊った。

財政破綻と人口減少、そして隠岐島前高校の廃止の危機。職員の給与カットを皮切りに問題解決に当たってこられた役場の方々や町民の皆さんの姿を目にして胸が熱くなった。

開発モノではないこうした番組構成は珍しいと思う。開発したもの、建設したものはそこで終わりだが、この度はずっと続く町の運営に関してのもの。いろんな目が注がれるだろう。今後の町運営に関してお茶ノ子祭々というわけにはいかない。これからも団結して頑張ってほしい。
人すぐに出来る出来ない相談よ [2024年05月24日(Fri)]

fumihouse-2024-05-24T18_00_14-1-thumbnail2.jpgある事業所の建物の角に表示があった。
 ≪お客様駐車場 / 道路入ってすぐ≫

「すぐ」が気になって示された道路を歩いてみたが、それらしい駐車場は見当たらない。20mほど歩いて引き返した。「すぐ」ってなんだろう。

辞書的に言えば、距離が近いこと、時間をかけずに到着できることだ。容易に見つけられるという意味も含まれる。クルマで行けばほんの1分であっても、歩けば10分近くかかるだろう。この場合は駐車するわけで、クルマのスピードにすれば相当の距離を「すぐ」と言っても課題表示ではない。

慣れた人なら「すぐ」であっても、不案内な人には「すぐ」見つけられるとは限らない。ここは例えば「まっすぐに進み50m右手(看板あり)」と記すのが親切だ、と思った次第。

(バラの美は分かりやすい。「すぐ」に美として誰にでも認識できる)
轟いて心の内は目に見えず [2024年05月23日(Thu)]

fumihouse-2024-05-23T08_11_19-1-thumbnail2.jpg感情は目に見えない。
心の奥底に秘められて表に出ない。
感情を推し量ることはできる。
真のそのものは、当事者ですら分からない
現れたかと思えば、消えて跡形もない。
当事者にとっても不可解なり。
目は口ほどに物を言う、
そのとおりだ。
言葉で感情を表す、
口調で表わす、
目で感情を宿す、
恐怖に遭えば鳥肌が立つ。
それでも感情はとらえどころがない。
まっ人それぞれがとらえどころがなく、見えないのだ。

(マーガレットはまとまって野に生える。一本立ちした白い群生が目立ち、盛りの季節を迎えている)
素っ頓狂トンチンカンと音が鳴り [2024年05月22日(Wed)]

fumihouse-2024-05-22T20_54_44-1-thumbnail2.jpg【頓珍漢(とんちんかん)】
ふと気になった。何かの音から作られたオノマトペだと思うが何だろう。見当違いだったり、間の抜けた言動で受け答えしてしまった時にピッタリな表現だ。

辞書で調べると、鍛冶屋の相槌(あいづち)の音に漢字を当てたものだという。刀などの大きめの物を打つ時には、複数で「トンテンカン」と槌を振るう。当然だが打つ音はそろわない。間抜けしているように思えるが、鍛冶の場合は均等に金属を均すことが必要であり、合わないことを称して「トンチンカン」というのは、鍛冶屋さんにとって不本意であろう。

緊張した場面や気が焦るときに頓珍漢なさまを見せてしまうことがある。その場は気恥ずかしい程度だが、あとで振り返るとやましい気分になって、身が固くなることがある。物事にあたってはしっかり準備していかないといけないね。

てなことを書いたが、今夜はバスに乗りそこねてしまった。正確に言えば、時刻表を1時間読み違えて、来ないはずのバスを待ってヤキモキし、乗るのは不可能な列車に乗ろうと期待して焦って損をした。頓珍漢とはこのことなり。

(焦らず腐らず弛まず、進もうよ。太陽の輝きで松葉菊も見ているぞ)
水鏡水野の里に緑際立つ [2024年05月21日(Tue)]

fumihouse-2024-05-21T21_00_02-1-thumbnail2.jpg日本の農村がもっとも美しい季節である。田植え前に耕起して均して水を張る。田は水鏡となって太陽を反射し輝く。紫外線は強まってはいるが、初夏の反射光はまだそれほどでもない。雲と空のキラメキを映して山の緑も際立つ。風が吹けばさざ波が立って水面が揺れる。一様には波立たず、うねって波が跳ね回る。田植えが済むと水張りの量は減るが、カエルが十分鳴くほどの水は湛えられている。苗が大きくなるまで水鏡は輝き続ける。

夜となれば街灯や店舗の明かりを映して、これまた風情がある。風が全くなければ星まで映しこ。今夜は太ってきた十三夜の月を映していることだろう。雲は多いが、それもなかなかのもの。

(マンテマはこの季節を彩る花。赤と白のグラデーションはなかなかのもの。田圃の周囲に多く生えている)
何かしら生みの苦しみ人育て [2024年05月20日(Mon)]

fumihouse-2024-05-20T19_29_01-1-thumbnail2.jpg上川外相の “失言問題” にマスコミが騒ぐ。わたしは失言だとは思わない。静岡県知事選の応援演説で女性支持者に呼びかけて、この人を知事としてうまずして何が女性か、と述べただけのこと。求めても子どもを産めない女性を非難する意図など毛頭ない。報道やSNSが加熱するのは捏造と言ってもいいくらいだ。

その発言が女性たちやカップルを傷つけるというが、その論を進めるならば、こどもの日の行事を報道するのは遠慮願いたい。なぜなら子どもが得られない人もいるからだ。母の日のキャンペーンは止めるべきだ。なぜなら母がいない人もいるのだから・・・そんな話は荒唐無稽、マスコミよ、大概にせいや。

こうした言葉狩りや非難合戦で、得をするのは誰だろう。自民党の次期総裁候補と目される上川氏を追い落としたい誰かか? 落ち目の自民党をさらに叩きたい野党か? SNSサイトで過激な言葉を浴びせることによって溜飲を下げる者たちか? いずれにせよ、物言えば唇寒しとなって、人々が公的に言葉を発しなくなっていく。健全な社会ではないと思うね。

(過激で執拗な攻撃をした者たちは、数週間たてばどこ吹く風でシレっとするだろう。煙の木のように掴み所がない)
創作の国字をひねる老若や [2024年05月19日(Sun)]

fumihouse-2024-05-19T22_08_57-1-thumbnail2.jpg創作漢字コンテスト(産経新聞社主催)は面白い。

「色」の上部にある「ク」を数字の「7」に変え、【虹】と読ませるナイスアイデア。小学1年生の作である。コロナがまだ厳しい時分、地球に大きな虹がかかってほしいという願いをこめたという。

【床】の「木」の横棒を波線にして【床上浸水】
【侍】人偏の縦棒をJにして【サムライジャパン】
【八】に濁点代わりの七を2つ入れて【バナナ】
【円】の横棒を斜め上にして【円高】
【袖】の下に「一」を置いて、文字どおり【袖の下】
【汗】に濁点を付けて【汗だく】
【音】の「日」を「目」に代えて【手話】

どれもこれも、なるほどと唸らせてくれる。わたしも考えてみよう。二番煎じだが、【円高】の斜め上棒を斜め下にして、今の【円安】を表してみよう。いいアイデアが浮かんだら、またいずれ。

(【麦】の「久」を「一」にして、【刈り取り後】はいかが)
コブハクチョウ健気に湖渡るとき [2024年05月18日(Sat)]

fumihouse-2024-05-18T21_54_13-1-thumbnail2.jpgヒナがかえったのを見たのは先週の土曜日。一週間たってどうなったのか。あの一羽は無事に育っているのか、他の卵はどうなったのか・・・。

宍道湖岸・JR来待駅近くの岸辺まで車を走らせた。一羽のコブ白鳥が卵を抱いている。キョロキョロと警戒しあっちへ行けとばかりに威嚇する。だが、ヒナともう1羽の姿はそばにない。周辺に目を凝らすと50m離れた岸辺に2羽はいた。親鳥はヒナを見守って50センチと離れない。ヒナは可愛く健気に泳いでいる。毛が生えそろい色も幾分白っぽくなったようだ。上空にはトンビが飛んでおり、虎視眈々と狙っているようにも見えて、気が休まらないだろう。強い信頼が両者を結びつけている。

2週間ほど前に卵は5個あった。一羽がかえり、残りは4つ。うまくかえるや否や。親鳥たちよ、頑張ってくれたまえ。
育ちゆく天文少年コンコース [2024年05月17日(Fri)]

fumihouse-2024-05-17T20_15_57-1-thumbnail2.jpg星空を見るにいい季節がやってきた。残業を終えて松江駅前まで来ると、4人のおじさんグループが星空観測会をやっていた。口径10センチほどの屈折式光学望遠鏡をコンコース広げ、月にレンズを向けていた。

「何か食でもあるんですか?」と聞くと、
「ええ、ガンマ星の星食があります。4等で暗いですけど」
「獅子座ですか?」獅子座はアルファ星の1等星のレグルスしか知らないが、ガンマ星というのは3番目に明るい星なのであろう。
「そうです。どうぞご覧ください」
そんなやり取りをして望遠鏡を見せてもらった。

上弦の月を数日過ぎた太りつつある月(月齢は9.3だそうだ)。端境には太陽光が当たってくっきりとクレーターが見える。海の部分は暗く平らだ。大気の乱れで画像は揺れているが、迫力ある月面に目を見張った。

「いいもの見せていただきました。ありがとうございます」と辞し、コンビニに入る。

少年の頃から星に魅せられた人たちであろう。天文少年であることを継続して天体観測を楽しんでいる。こうして人々に見せるボランティアにも手を伸ばして立派だと思う。わたしが天文少年だったのは今や昔のこと。ただし星空を見て、季節ごとの星空を楽しむ程度のことはする。広大な宇宙を見て、生命もまた偉大であることを知る。

(夕暮れのあとには美しい星空が待っている。米子・皆生温泉にて)
変わりゆく天気に人に世の中よ [2024年05月16日(Thu)]

fumihouse-2024-05-16T07_35_37-1-thumbnail2.jpg気持ちのよい朝だった。五月晴れを予感させる穏やかな陽ざし。風はなく、山も野もくっきりと見えている。新芽が木々をおおい、山全体がほわっと膨らんだように見える山笑ふ季節は終わったが、千変万化の新緑が春紅葉となり、さらにスダジイの花でもって第2の新緑を迎えたかのような彩りを経て、今や山は大笑い。日本の里山がもっとも美しい季節である。びわの袋掛けがすんだ菜園もあるようだ。

穏やかだったのは1時間前までのことで、今は疾風が吹いている。海も怒濤となるであろう。日本海沖を寒冷渦が移動して荒れ模様となると天気予報。JRも運休の可能性を示唆する。天気は変わる。夜には台風並みの寒冷渦も過ぎ去って再び晴れの予報。列車が動いて無事に帰れますように・・・。

(ヤマボウシも風に揺れていた)
今はもう老いも若きもリュックかな [2024年05月15日(Wed)]

fumihouse-2024-05-15T17_51_20-1-thumbnail2.jpg【リュックサック】
日本語では背嚢(はいのう)。かつては子どものものだった。ナイロン素材で軽くてカラフル。学校へはランドセル、遠足はリュックサックを使うのが定番だった。平常で大人が使う選択肢はなかった、幼稚に感じていたから。もちろん山へ登る人たちは丈夫で大きなリュックを使ったが、あれは特別。

数日前のテレビで、40年前の渋谷スクランブル交差点の様子を放映していた。リュックサックはない。手ぶらもしくは手持ちカバン。片肩がけのショルダーバッグも目についた。ズリ落ちやすく、タスキに掛けてもサマにならない。紐を短くして手に持ったものだった。今は主流がリュックだ。

40年前の映像で目立つのが黒髪。茶髪はおらず、メッシュ染めなどもちろんない。聖子ちゃんヘアの主がたくさんいたが、染める者はいない。時代の流れとは大きなものよ。

(バラもまた、時代の流れで品種改良されて今の姿がある)
往復の返事待たせてお粗末よ [2024年05月14日(Tue)]

fumihouse-2024-05-14T19_19_23-1-thumbnail2.jpg笑ってしまう。往復葉書の返信文である。

 この度はご応募 ありがとうございます。
 下記の通り、申込受付いたしました。
 当日は本はがきをご持参いただき ご来場ください。
  人数 3  番号 003
 出雲市災害復興活動展
 実行委員会事務局(以下、出雲市が委託するNPO法人の住所・電話番号を記載)

応募は古風な往復葉書でしかできなかった。周知のチラシは自治会経由の回覧方式で、わたしの手元にはなく、今となってはホームページで確認するしかない。この葉書では、いつ、どこで、誰が出演して、そもそもどんな内容か皆目わからない。ホームページでおさらいすると、復興記念コンサートは、北陵高校吹奏楽部、自衛隊音楽隊、在日米軍楽隊、愛と地球と競売人が出演し、5月19日(日)午後2時から4時半まで出雲市民会館で行われる。

回覧板を見たのが4月始め。締切は4月19日で、往復葉書を投函したのが4月5日。待てど暮らせど返信はなく、大型連休後の5月7日に届いた。消印は5月1日。出雲郵便局は消印しておきながら翌5月2日に配達せず、連休後というのもおそまつだ。

そもそも投函が遅すぎたのだ。どんな神経をしているのやら想像に余る。どうしようもない事情が生じたのか? いや、あのお粗末な文面をスタンプにするのが遅れたくらいが原因だろうが、出雲市も委託先を間違えている。わたしは別の予定が入ったので行けない。気が向いたら家族2人に行ってもらうことにしよう。

(今の季節の風物詩。アザミの花が凛と咲いている)
衆人に振る舞い活動教えたい [2024年05月13日(Mon)]

fumihouse-2024-05-13T15_03_49-1-thumbnail2.jpg山陰中央新報こだま欄が、わたしの投稿を載せてくれた。新聞社は著作権が自社にあると言うが、わたしにも同等に権利はあるので、ここに掲載する。「客」という表現が客商売の新聞社としては気に触るのだろう。「人」と代えられていた。わたしにとっては客は客でしかない。

≪平日は松江市営バスを利用します。通勤通学では客が多く、朝は立った客で混雑します。降りる客にとっては邪魔になってしょうがない、雨で傘を持つとさらに大変です。
 途中から乗り込んだ私は、失礼!を連発して空いた席に座ります。荷物を席に置く客も膝に乗せて譲ってくれます。が、かなりの人が入口付近に滞留します。混雑に拍車がかかります。空いた席に座らない、2人がけに1人しか座らないことの弊害です。
 隣に座られたくない、狭い座席で知らぬ者と体を接したくない、友達が立っているのに座れないという気持ちはわかりますが、混んでいる時はなるべく座るよう心がけましょう。それだけで混み具合は和らぎます。急な揺れによる転倒や事故も避けられるでしょう。特に高校生へ啓発が必要ですね。
 安全と混雑緩和のため座ってほしい、荷物を座席に置かないで!と、掲示したり放送することによって改善できるのではないでしょうか。検討をお願いします。≫

「高校生へ啓発が必要」と書いたが、中年男も高齢女性も荷物を置いている。通路側に座って2人前を独占する会社員もいて、座るな!モード満載である。衆人での振る舞いを少しだけ考えてくれたら助かる。

(えんどう豆も、開いた口が塞がらない)
再会にイベント楽し春の空 [2024年05月12日(Sun)]

fumihouse-2024-05-12T22_06_27-1-thumbnail2.jpgイベントごとがある
待ちに待ったイベントに臨む
その数時間、その何日か
前もって準備を怠らない
ワクワクと時を待つ
心配つつも連携を取り時を待つ
その人に会って
その時を楽しむ
そしてお楽しみの時間は終わる
別れる
再会を約束する
振り返る
十分楽しめただろうか
相手にも楽しんでもらえただろうか
撮った写真を整理して交換して
その時間を反芻する
SNSで連絡を取る
その繰り返しの中に
イベントごとの全体が現れる
イベントはその場限りではない
次につながる前哨となって
わたしたちを楽します

(松江・京店の石畳のハート印。いずれの再会を祝う心のマーク)
磯にいた孤高に鳴いた歌姫や [2024年05月11日(Sat)]

fumihouse-2024-05-11T22_03_37-1-thumbnail2.jpgビルの高見にとまって鳴く鳥・イソヒヨドリ。あるときはピヨピヨ、ときにピューリリ、さらにピュリピュル。変幻自在に澄んで明るい音で鳴く。磨き上げた美しい声だ。魔法の声か、天使のささやきか。首回りは臙脂色、胸から背にかけオリエンタルブルー。鮮やかで弾む色だ。春の始めから鳴き、暑さが高まると鳴りを潜める。涼しくなってくると再び姿を表す。しばらくは歌姫・イソヒヨドリで楽しめる。

(イソヒヨドリは、エゴの木の花が咲く町中で鳴いていた)
煙なし火のある所に火は立たず [2024年05月10日(Fri)]

fumihouse-2024-05-10T21_41_18-1-thumbnail2.jpg火のない所に煙は立たない、という。意図的に悪意でひとを傷つける者は、火のない所に偽りの煙を立てて後に「火のない所に煙は立たないというからねぇ」と、偽りを糊塗して正当化する。

栃木・那須町の河川敷で社長夫妻の焼かれた遺体が見つかった事件では、娘の内縁の夫が経営を巡ったトラブルがもとで、大金を投入して殺させ遺体を遺棄させたことで収斂したところだが、事件全容が見えない時点では、どんな社長夫妻だったのか、やり手だったんだろうが殺されるような原因があったんだろうとか、腹黒いところがあったんだろうとか言って、「火のない所に煙は立たないからねぇ」と疑ったに違いない。わたしもその一人だ。

きっといわく付きだったかもしれないと多くの人が思うと、火のない所に煙が立っていく。火も煙も存在しなくてもウワサ話に尾ひれがついてウソが拡大していく。そのことで被害者は大きな被害をこうむる。単に被害を受けただけなのに、疑いをかけられて、汚い言葉をかけられて、SNSて誹謗中傷されて二次被害を受けていく。

火のない所に煙を立ててはならない。そのことで他人を傷つける権利など誰も持ってはいけないのだ。

(白い紫蘭を「クロ」と言いくるめてはいけない)
いいですかこうしているよ友ならば [2024年05月09日(Thu)]

fumihouse-2024-05-09T15_37_19-1-thumbnail2.jpg「いいですか?」と言って四人がけボックス席の4人目として座った。若い女の子3人が楽しげに話していた。座ると唐突に「友だちができないんですよ」と、隣の子が話しかけてきた。

「いるじゃん、こうして!」とわたし。
「高校からの同級生だし」
「それこそ大切な友だち。大事にしなさいね」とオヤジ。
向かいの二人はニコニコして聞いていた。

その後わたしは本読みに入り、3人は(学生だろう)他愛なくおしゃべりを続けた。列車の騒音で会話の中身は途切れ途切れにしか聞こえてこない(滑舌がよくないこともある)。

乃木駅に到着。
降りていく3人に「君たち、学生?」と聞く。
「はい、県大です」と。わたしが応える暇もなく、
「また会いましょう」と一人が言って降りていった。

集団の気安さもあるだろうが、他人に、しかも見ず知らずのオヤジに声をかけられるパワーに恐れ入った。ウイーク・タイズと言われる緩やかなつながりを付ける能力があるのだろう。ストロング・タイズの濃密な関係のなかで辛いことがあったとしても、緩やかな関係を形づくって、きっとレジリエンスしていくに違いない。

島根県立大学への通学、はては保育科だろうか。それならば、ぜひつわぶきこども園で働いてほしいなぁと思った。

(紫蘭なら、辛そうにしている仲間に対して「シラン」なんて言わない)
ルビをうつ誰でも読めて楽しいよ [2024年05月08日(Wed)]

fumihouse-2024-05-08T17_52_38-1-thumbnail2.jpg平仮名でルビを振る。大事なことだ。その文章を読む人の知的レベルはさまざまで、読めないやつは読むな!てな傲岸さを感じる文もたまにある。近頃はパソコンやスマホが簡便に変換してくれるせいで、難読漢字が増えてきた印象があるけれども、ルビを振れるソフトが増えているので出来るだけその機能を使いたい。

難読の最たるものは人名であろう。地名や歴史的な使用漢字も同類だ。多くの書籍や新聞は一度振ればそこまでで、二度目、三度目は振らない。これが困る。いちいち記憶していない。なんて読むんだったかな、と思って前のページを目で追うが、見つからないことがしょっちゅうだ。

その点聖教新聞はすごい。何度でも、これでもかと振ってくれるから、読みやすい。知っている漢字なら幾度も振る必要はないという向きもあろうが、漢字や文章に対する知識や教養の程度は人それぞれであり、そもそもルビは振ってあっても邪魔にはならない。

ルビの語源は宝石のルビーにあるそうだ。知らなかった。19世紀後半のイギリスでは、活版印刷の活字の大きさによって宝石の名をつけており、5.5ポイントの活字(要は小さい)はルビーと呼ばれたそうな。面白い話だね。

(磨いたルビーほど美しくはないが、ベニウツギの季節なり)
散り際に美醜や境花それぞれ [2024年05月07日(Tue)]

fumihouse-2024-05-07T18_40_32-1-thumbnail2.jpg散り際が美しい花は何だろう。桜が一番だろう。五葉の花びらがハラリと落ち、水面に浮かぶ姿は平安貴族がいかにも喜びそうだ。道路に落ちてゴミになる場合でも、縮んで乾燥して目立たず消え去る。ただし八重桜は除く。重い花は萎れて変色し少々見苦しい。こんなふうに盛りを過ぎると見栄えが悪い花は何だろう。

春の爛漫を群れて誇示するツツジが筆頭かもしれない。萎れて茶色く汚くなって、まとわりついて木から離れない。ツツジ(躑躅)でなくて、髑髏(ドクロ)と書いてやりたくもなる。

ハクモクレンも醜い。ベチョっと枝に寄り掛かる姿は、わたしが白い炎と称する満開前の輝かしさからは程遠い。カビでも生えて来そうな気配を醸し出す。

牡丹もそうだ。花の王と言われるだけあって、豪華絢爛な咲きぶりから転じて、花びらを二枚三枚と落とし、着崩れた着物の主を見るようになると可哀想。さらに萎れてしまうと、華やかさが際立っていただけに、コントラストが大きい。

咲く前の期待感は美なり、咲くも美、そして様々な姿で老いていくのも、また美と言えるのかもしれない。

(ジャーマンアイリスも、散り際はよろしくないようで)
華やかに終わりは寂し初夏休み [2024年05月06日(Mon)]

fumihouse-2024-05-06T12_10_37-1-thumbnail2.jpg始まりあれば終わりあり
いつか必ず終わるときがある
誰もが平等にもつ時間
そうではないと思えるときもあるが
一応均しく与えられている
始まったときには
永遠に続くように思えてうれしい
半ばになっても時間はたくさん残っている
気持ちのよい春の陽射し
世はきらめきに満ちている
最終日となった今ふと気がつく
ああもう終わりだ
あれもしたかったかあ
少し焦燥の念
大型連休が終わる
あしたから通常の仕事が再開
怒濤のスケジュールが目白押し

(カンパニュラ・ファンシーミーは、白と薄紫色のバイカラー)
薫る風連休蠢く人と季節 [2024年05月05日(Sun)]

fumihouse-2024-05-05T22_52_48-1-thumbnail2.jpg五月は風薫る季節。風に乗って何が薫るのか。薄色の新緑から青々と茂る深緑に移行した木々に吹き渡る風。爽やかな風そのものがかぐわしい。清々しい初夏の風に乗って、寒い時季を乗り越えた喜びとともに風が吹き抜けていく。まさに薫る風。揮発性の香り成分・フィットンチッドというやつを感じるのであろう。

花々が一斉に芽吹くが、匂う花はなんだろう。満開のツツジの丘に蝶が舞い踊り春を満喫する。新緑の匂いと混じり合ったツツジの匂いを満腔で味わう。

スダジイの若々しい匂い。男の放つあの体液の臭いを連想する。スダジイの細かい花が木の頂部を着飾る。第二の新緑と言えるほど陽光に輝き映えて美しい。山を見ているとダビングを繰り返した末にボヤケたビデオテープ(昔の話)のようで懐かしい。

輝く5月に盛りを迎えるのが薔薇。風に乗って届く香りに誘われ、それぞれの花弁の美しさを愛でる初夏の旅へ出かけて薔薇は香しい。もうじき梔子(クチナシ)の匂いが漂ってくるだろう。梅雨に突入する時季はクチナシ。楽しみにしておこう。

(今の季節はナガミヒナゲシが盛りを迎える。薄い紙細工のような花弁。宍道湖の夕日のようなオレンジ色)
半熟を積もり重ねて爛熟す [2024年05月04日(Sat)]

fumihouse-2024-05-04T19_37_52-1-thumbnail2.jpg大型連休は爛熟している。天気は爽やかな夏、空は青く、新緑は明るく熟れている。竹は枯れてヒラヒラと葉を落とす竹秋を迎えた。風はなく気温は高め。JR山陰線で米子駅へ着く頃には伯耆大山がくっきり見えた。

山陰ギターコンクールの初日。ジュニア部門(高校生以下)とシニア(55歳以上)、シルバー(70歳以上)が行われ、明日は中級、上級、プロフェッショナル部門の面々が技量を競う。

わたしは出場していないが、裏方として審査員の点数集計と賞状印刷を担当している。書き込まれた点数を短時間で2、3人が読み取り、パソコンに打ち込み、チェックして印刷し、再チェック。急ぎつつも気を遣うという背反する作業に疲れる。点数順に順位決めの数式がなく、昨年までは人力で順番を付けていたらしい。エクセルのRANK関数を四苦八苦して書き入れて、速く正確に出来るようになった。

余裕の時間帯には舞台の袖で出演者の演奏を聞いた。いい音を出す人がいる。いい演奏に度肝を抜かれる、というか自分もあんな音楽を奏でたいと思う。稚拙な演奏には、間違えても弾き直しをせずに流していけば、音楽が途切れずにもっとよくなるのに、と思うものもある。

昨年の今頃は思うに任せず、力不足を痛感したものだった。来年は出るつもりだ。ゆっくりと正確なタッチができるよう繰り返し、わたしの音楽を爛熟させるのだ。

(蒲公英もどきのブタナがあちらこちらに。可愛らしいがヨーロッパ原産で特定外来種に指定される)
憲法はコンスティテューション変えるとき [2024年05月03日(Fri)]

fumihouse-2024-05-03T22_04_46-1-thumbnail2.jpg今日は憲法記念日。盛り上がりには欠けるが、改憲するか否か議論は続く。

違憲状態のものは多い。自衛隊の存在が一番。自衛隊は明らかに戦力であり違反することは明らかだ。国防、災害救助に活躍する自衛隊員が憲法の埒外だなんて、あまりに屈折している。

GHQによって廃止されはしたが、一部の学校や団体では今も、「教育勅語」の理念に基づいて教育活動を行っている。これを規制することが必要だと思う。選挙制度のこと、緊急事態条項を定めることも必要だ。

憲法はコンスティテューション(constitution)。国の構成や構造、組織としてのあり方、骨組みであるから、本来はがっちりと枠をはめるのが憲法なのだが、日本国憲法の場合は茫漠たるグラデーションであり、中心軸がない。空気や雰囲気で解釈は時に異なる。だから戦後80年近くたって時代が変化していっても大きな問題は生じなかった。

日本国憲法は、改正が許されない不磨の大典ではない。誤りは正し、新しい概念は加えていくことが望ましい。そういう点で公明党が主張している「加憲」という考え方は相応しいと思う。

・地方自治体の権限拡大や自治の活性化
・教育を受ける権利を基本的権利として明記
・地球環境を守り持続可能な社会を実現させるために環境権を明記
・基本的人権の保障を強化するため、性的マイノリティや障害者、外国人など権利保護を明示

(松江駅改札には大輪の牡丹が咲く。花の構造は堂々としている)
突入し休み満喫いざ往かん [2024年05月02日(Thu)]

fumihouse-2024-05-02T19_39_10-1-thumbnail2.jpgバスから降りると、たまに擦れ違う中年男が晴れ晴れと笑顔を浮かべていた。家を出る前にいいことがあったのかもしれないし、昨夜の楽しい会話を思い出したのかもしれない。それとも明日からの4連休に胸が弾んで心待ちにする予定を思い浮かべていたことだろうか。

こちらはどんな顔をしていたことやら。無表情か、それともムスッと仏頂面だったのか。いかんイカンと口角を上げた。さあ顔晴ろうっと。早めに帰宅の途につこうと思っていたが、予定どおり仕事がはかどらず遅くなった。2時間遅れでバスに乗る。目指す列車に間に合いますやら。ともあれ、大型連休後半に突入だ。

(芝桜も終わった。ツツジも終わった。次は何の花が目に止まってくるだろう)
流されて明日に向かって撃て希望 [2024年05月01日(Wed)]

fumihouse-2024-05-01T17_49_29-1-thumbnail2.jpg≪「時は流れる、とわれわれは言う。しかしこれは正しくない。流れ進むのはわれわれであって、時ではない」(小沼文彦訳編)とはトルストイの言葉。現在という「時」を自分自身の意志で進んでいく。これが真実である≫
(聖教新聞「名字の言」2024.4.28付)

4月が終わり早くも5月へ。名字の言氏の引用文からすれば、4月はあれよという間に流れたのではない。わたしの意思によって時間が運営され、その能力の低さが原因で思うに任せぬ状況を招いている(と少し卑下)。時間に泳がされ、周囲を良好にコントロールできない不甲斐なさよ。結局誰もがそうだと思うが、私たちは時間を有効に使えず、どうしても状況に「流される」のである。流される度合いを少なくしたいものだ。

(日御碕神社に生っていた橘の実は、見るからに酸っぱそうだが、食べてみなければ分からない。しかしそれはできない相談だ)