• もっと見る

« 2024年01月 | Main | 2024年03月»
<< 2024年02月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    
検索
検索語句
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新コメント
ふみハウス
よき冬日空輝いて玉磨く (03/30) 男子寮でお世話になりました
よき冬日空輝いて玉磨く (01/20) ふみハウス
年月日いつのことやら過去記す (06/10) 小笠原 由紀子
年月日いつのことやら過去記す (05/09) YM
崩れてく正しく着けてもマスクなり (04/21) 錦織 孝
箱根まで100キロつなぐ襷なり (01/03) ふみハウス
心地よし父の胸にて寝入る子よ (02/05)
心地よし父の胸にて寝入る子よ (01/27) ふみハウス
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/26)
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/23)
https://blog.canpan.info/fumihouse/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/fumihouse/index2_0.xml
最新トラックバック
行ってみよ古代ローマのかの国へ [2024年02月29日(Thu)]

fumihouse-2024-02-29T19_03_25-1-thumbnail2.jpg昔からイタリアの形は、長靴に似ていると言われる。シチリア島はさしずめ、蹴り上げたサッカーボールか。ゴム長靴ではなく、ヒールの高いブーツ。お洒落の国、サッカーの国、イタリアだけのことはある。日本地図を眺めていると、東京都の輪郭がイタリアに似ていると思う。ただし、ヒールが二重になった変形ブーツではあるが。じっくり眺めると、意地の悪い老魔女の横顔に見えてきた。町田市の出っぱりがカギ鼻に見え、大田区の飛び出した部分が尖った顎である。奥多摩は魔法使いの山高帽子か。行ったことのないイタリア、行ってみたいなかの国へ。

(竜骨のような雲を渡ればイタリアに達するか。なわけはない)
見守られ椿の里に春が来る [2024年02月28日(Wed)]

fumihouse-2024-02-28T08_11_49-1-thumbnail2.jpgきょうは通常であれば二月最終日。幸い明日もある。二月は短い上に、祝日が2日あり仕事をするにはさらに短くなる(週末や祝日に働く人は別だが)。二月は厳冬期で春一番などもあって交通機関も乱れる(この冬はなかったが)。そこに今年はオリンピックイヤー、閏年である。明日は2月29日。きょう28日も含めて、二月の掉尾を飾ろう。

(終盤に入った椿たちも見守ってくれる)
植えたまえ心に種を花が咲く [2024年02月27日(Tue)]

fumihouse-2024-02-27T19_07_27-1-thumbnail2.jpg≪心に植えた
 花は、
 いつか歩き出す。≫
と、アース ミュージック&エコロジーのポスターが語る。

心に植えよう、優しく温かい眼差し。
心に植えよう、またとない夕暮れの景色。
心に植えよう、豊かな文章の切れ端。
心に植えよう、負けじ魂でつかみ取った勝利の味わい。
心に植えよう、熱くたぎるメロディとリズム。
心に植えよう、漆黒の空と満天の星。
心に植えよう、ともに歩いた日々。

花の種となって、咲く。そして歩いていく。他の人をも喜ばせ、幸せにしていくだろう。

(大根もまた植えられたタネ。太く美味しく実った)
見るほどに時間貧乏コマーシャル [2024年02月26日(Mon)]

fumihouse-2024-02-26T19_14_15-1-thumbnail2.jpg久しぶりにフェイスブックのタイムラインを流して見て驚いた。6割以上がコマーシャルである。若者が離れていることもあろうが、多くの人が発信しないのが理由だと思う。見ることさえも、多くはしなくなった。私だって毎日発信するけれども、他の人の書き込みを丹念に見ることはない。ついショート映像でも見始めたらドツボにはまって時間を無駄にする。そんな生活から離れたいと思う人が増えたのだ。

トラッキングの設定によって好まれそうな広告や広告的タイムラインがたくさん表示されることもあるだろう。無料で使うからにはコマーシャル協力という対価を支払わなければならない。人生、思っているほど時間はない。

(スマホにがんじがらめにされる時間は減らして、初春の福寿草を楽しもう)
トロくても咲き誇れやと幼きボク [2024年02月25日(Sun)]

fumihouse-2024-02-25T11_50_46-1-thumbnail2.jpg保育園に通っている子。ポッチャリした角顔で、愛嬌がある子。わたしが側を通るとハイタッチを求めるのが可愛らしい。笑顔を浮かべていることが多い男の子。髪型は幼い子らしい短めのカット。その子が孫に似ている。年は同じ4歳で、年に1、2回しか会わない孫の面影を感じる。

体操や遊戯の様子や子ども同士のやり取りをチラチラ見ていると、目から鼻へ抜ける感じはなく、トロい感じの様子が見て取れる子だ。その子が泣いていた。悲しく静かに泣いていた。他の子にいじわるされたのか、工作で思うに任せぬ状況があったのか、理由は知らないが泣いていた。窓越しに目が合って手を振ってやったが、収まるわけがない。

孫に似ていると思っていたのだが、あの子のその姿はわたしだった。かつての幼いわたしだった。周囲の空気が動いている、何か変化が起きている、友だちもザワザワしている、だがどんな状況か飲み込めない、ボクはどうしたらいいんだ・・・そんな戸惑いを感じていた昔のことが蘇った。いつものことだったのか、時折か、憶えてはいないけれど、わたしもトロい奴だった。分からないなりに悲哀感を抱える時間があったように思う。彼を見て、過去の自分を振り返る。彼のこと、そして孫のことが愛おしく思えた。

(陽光を浴びる西洋水仙のように咲き誇れ。己のままに、意のままに)
先祖への感謝系統娘へと [2024年02月24日(Sat)]

fumihouse-2024-02-24T17_46_07-1-thumbnail2.jpg前列に座る父が後列にいる娘(高校生くらい)に向かって、葬式はご先祖への感謝だからね、と。そんなテレビコマーシャルをある葬祭会館がやっている。

「先祖」という言葉に違和感がある。先祖または祖先というのは、直系の血縁者で既に物故した人のことを言うが、ここ数日で亡くなった祖母や祖父、父母のことを祖先とは言えない。一緒に暮らした、もしくは一緒でなくても長期休みで会うたびに時間を共有した人たちのことを、亡くなって何年経ったとしても「祖先」とは呼べないと思う。

「感謝」するのは亡くなられたその当事者へ。在りし日の面影をたどり、その人を知る者同士が思い出を反芻する。そして冥福を祈る。それが葬式である。また続く法要が持つ重要な意味でもある。だから「葬式はおばあちゃん(おじいちゃん)への感謝だからね」なのである。

(感謝したいあの人に、早春のクロッカスを手向けよう)
分かるのか分かる分からぬ聞いてるか [2024年02月23日(Fri)]

fumihouse-2024-02-23T23_02_17-1-thumbnail2.jpgゲーテ曰く。

 人はみな、わかることだけ聞いている。
 (格言と反省)

確かにそのとおり。理解の及ばないことには頭が及ばない。難しいところは端折っていく。分かりたいところだけ抽出して分かったつもりのこともある。そして自分の世界をつくるのだ。

(クロッカスの季節。彼らは分かるのか、それとも感じるだけなのか)
三無主義四無と五無でシラケてる [2024年02月22日(Thu)]

fumihouse-2024-02-22T20_06_20-1-thumbnail2.jpg若い頃、三無主義というのがあった。今の50代半ばから60代後半までが当事者で、わたしも世代的に当てはまる。無気力、無責任、無関心の三つ。しらけ世代とも言われた。勢いづいて、無感動が加わり、やがて挨拶もろくにできない奴らだと無作法が加わって、五無主義になったらしい。わたしが知るのは四無主義までだ。

近頃の若いもんはどうだかこうだか、言うつもりはない。われわれの世代だって、三無、四無を脱したかというと、そうでもなかろう。好きなものには気力が充溢し、切羽詰まれば責任を果たす懸命さは生まれ、利害があれば関心だって高まる。ひとによって感動のツボは異なるものだ。

日本人的な一般論で十把一絡げにすることはなるまいし、人それぞれ考えも行動様式も異なる。それでも人々が全体として行動し、思考する総和が組織を形作り、国力を示していくことには違いない。

(オオイヌノフグリだって総和すればナニガシかの力を発揮する)
女高生震え生脚いたましや [2024年02月21日(Wed)]

fumihouse-2024-02-21T18_04_54-1-thumbnail2.jpg女子高校生は痛ましい。真冬にあっても短めのソックスにスカートを履く。ひとによっては下に体育で使うトレパンを履いているが、多くは風にさらされて生脚。ストッキングやタイツも履いていない。学校による虐待と言ってもいいくらいだ。本人たちは好きでやってると言うかもしれないし、痩せ我慢かもしれないが。

もちろん、コートやタイツが校則で許されていないわけはなかろうが、彼女らはファッションとして、外套は羽織らず、せいぜいマフラーまで。スカートをミニにして履きこなすのも流行や周囲に合わせたものだし、生脚もその一環かもしれない。それにしても寒そうに見えることこの上ない(風邪をひく者も多かろう)。

パンツスタイルの女子もいるので、ズボンが禁止されていることはなかろうが、ジェンダーの問題や性被害の恐れを考えると、当局は男女同一スタイルへ舵を切ってもいいと思う。

(草苺の白い花は可愛らしい。これが咲くほど暖かくなればミニスカートは快適かもね)
メチャクチャにグチャグチャしてる言葉なり [2024年02月20日(Tue)]

fumihouse-2024-02-24T17_46_07-1-thumbnail2.jpg【目茶苦茶と無茶苦茶】
むちゃいい、メチャいい、よく使うが、意味は異なるのだろうか。目茶苦茶は、目に茶葉が入って痛くてたまらない、お茶なんか懲りごりだと思った男の話が語源となっており、無茶苦茶は茶葉不足で困っていた定食屋のオヤジが、入荷したはいいけれど苦すぎる茶で困った話が元になっている(なわけはない)。

両者とも、道理に合わないことや程度が極端であるとか、乱暴な様子を表しているが、違いがよく分からない。当たり前に使われすぎて、「とっても」程度の意味しか持たせられていないのが普通だ。

調べてみると、■めちゃくちゃ■は、結果として悪い状態になったことを意味し、●むちゃくちゃ●は、そもそも原因に無理がある時に使うらしい。

■寝坊したせいで、一日のスケジュールがめちゃくちゃになった。
■買ったばかりの服なのに、洗濯の仕方を間違えてめちゃくちゃになった。
●むちゃくちゃな勉強の仕方をする。
●むちゃくちゃな取引を持ち掛けてきた。
(『違いは.net』による)

元は悪いことに使う言葉だったものが、今では、めちゃくちゃ仲が良いとか、いいことにも使う(ここ数十年のこと)。善悪両面に意味で拡大していくのは、「結構です」とか、「大丈夫です」とかと同じ傾向だ。言葉って、メッチャ面白いね。

(オレンジがかった黄のムッチャいいでしょ)
ハイハニー贈りあっては楽しんで [2024年02月19日(Mon)]

fumihouse-2024-02-19T18_26_37-1-thumbnail2.jpg聖バレンタインデーの起源はともかく、日本では半世紀前に女性から男性へ想いを伝えるために、チョコを介したイベントが広まりました。片思いから両思いへの期待を込めて告白したのです。恋人同士でもそれをやり、義理チョコが職場を席巻すると、互恵的な日本の贈答文化として定着したように見えました。

しかし、商魂たくましい商売人に踊らされるのに嫌気が差したのか、告白のタネがSNSに移ったのかは知りませんが、義理チョコは姿を潜め、自分への褒美として高級チョコを口にする人が増えました(たぶん)。

女性から告白しては下品だという通念が揺らぎ、恋愛の主導権を女が取ることもある、そして恋愛なんて面倒なことしないという気風も広まって、女性は自由になりました。恋愛に足を突っこむのは怖いとか、関心を持たない思う男が増えてきたとも言われ、無婚化が進行しています。10年後はどんな社会になるのでしょうね。

(ハニー!と言って椿を贈る。そんな人いないね)
絵本読み昔を思う山の際 [2024年02月18日(Sun)]

fumihouse-2024-02-18T20_50_23-1-thumbnail2.jpg笑ってしまう。こども園で夕刻の迎えを待っている子どもたちが遊戯室で気ままに遊んでいた。絵本を持ってきた2歳児がいたので、座り込んで読んだ。珍しいオジサンが来たと思ったのだろう。4、5人が集まってきた。

何年ぶりかの読み聞かせ。子どもに指を使って指し示したのはいいけれど、絵ではなくて文字を指していた。読めないのにね。数行読んだところで気がついた。ひとりニカッと笑って改めた。

読み聞かせはおもしろい。難しくもある。速度は遅すぎも速すぎず、抑揚も含めて緩急が必要だ。少々の読み違いは構わないが、訥々は困る。流暢に読みつつも、絵の面白さを示してやりたい。楽しい絵は強調して見せてやりたいし、主人公の気持ちにもなりきりたい。だから疲れる。かつて息子や娘に風呂上がりにたんまり読んでは、一緒になってともに寝入っだものだ。

(梅が満開だ。春は曙、やうやう白くなりゆく山際の白梅)
9時過ぎて22分に望む空 [2024年02月17日(Sat)]

fumihouse-2024-02-17T20_44_10-1-thumbnail2.jpg【9時22分】
JAXAのH3ロケット2号機は無事に打ち上げられた。なによりだ。1年前の失敗を乗り越えて、地球を周回させる軌道に到達することができた。なぜ、9時22分なのだろうか。区切りよく9時とか10時にすればよいのに、と思うのは私ばかりではあるまい。あるいは、天候や風の具合から判断して「概ね何時」と設定するのも一案ではないかと思う。

会議の開始時間を中途半端な時間に設定すると、物珍しさも手伝って遅刻する人がいなくなるという話を聞いたことがある。13時57分開始、なんて知らせると、いかにもその2、3分の間に何か重要なことがありそうだと思わせてくれるではないか。

さて、国際的に苛烈に激化する宇宙開発競争にあって、日本が高い技術力を誇ったH2Aではあるが、もう推力が十分ではないし、コストも高すぎるという。H3は宇宙ビジネスで海外に対抗する日本の新しい切り札となっていく。それだけに去年の失敗は痛かった。

「9時22分」に戻るが、飛行機や他の宇宙衛星の飛行時間と軌道をあらかじめ計算、予測した上で、万が一の衝突を避けるためにその時間を設定したのかもしれない。大空と宇宙は莫大に広い。しかし思いがけなく狭いものでもある。

(春の大空にH3ロケット2号機はどんな軌跡を残していったのだろうか。この空は一週間前の空。今日は雲一つなかった)
春一番適度な風に安心せい [2024年02月16日(Fri)]

fumihouse-2024-02-16T08_27_30-1-thumbnail2.jpg暖かい南風というわけではなかったが、春一番が吹いた。西寄りの風で昼間の暖かさに比べると寒さを感じたが、春一番だ。風速10メートルを超えなかったようだが、春一番らしい急風だった。気象庁は九州、四国、関東にのみ春一番宣言を出したが、島根でも春一番だったと勝手に認定してしまう。

きょうは一転、寒さがぶり返して、コートを着込みマフラーも手袋も着けている。次の暖かさが来たらサクラが開花していくかもしれない。史上最速のサクラ宣言が出たら、さぞ世の中はびっくりするだろう。

(空にぽっかり穴が。夜早いうちに身体をもたげるようになった春の星座、獅子座に似ている)
用を足し用事済ませてスッキリす [2024年02月15日(Thu)]

fumihouse-2024-02-15T18_02_23-1-thumbnail2.jpg【用を足す】
不思議な言葉だと思った。用事をすませるという文字どおりの意味から、ウンチやシッコをするまでに転じている。

いろんな「用事」がある。その用を達するために頭を使い、体を動かし、会話をし、パソコンをうつ。結果として何らかの目的が達せられる。それを大便や小便をする意味にまで特化して用いる。日本的にざっくりとした謙譲表現だ。

なぜ「用を足す」のか。用事があったり、トイレに行きたいという状態は心理的に満足できない状況にあり、それを達成するならば、満足できる。だから「足す」と言うのだ、とネットの解説を見た。不満足から満足へ(一時のものでしかないが)、すなわち足らず(不足)から満たす(満足)へ乗り移るのだな。なるほど。

(XLサイズはたいていの人の体を包んで満たす。サイズ感が悪ければ心理的には満たされないが)
マスクして花粉隔てて春喫す [2024年02月14日(Wed)]

fumihouse-2024-02-14T07_34_09-1-thumbnail2.jpg今朝は10度超えてますね
コート脱ぎました
きのうはコートのライナーを取ったのですが
きょうはコートを置いてきました
厳冬二月、のはず
疾風迅雷で春がやってきています
一気呵成に春です
近所の庭に福寿草の蕾が見えました
昼間の気温上昇で開ききることでしょう
疾風怒濤に春が来たということは
花粉もたくさん飛ぶということ
マスクしてます
外を歩くときは不快ですが
花粉症発現防止のため
やむを得ません
春の陽気にマスク
悲しい風物詩となりました
でも春はうれしい
きょうはどんなことがあるんだろう
いやいや、どんな一日かは、わたし次第

(夕方に天気は崩れる予報だが、今の晴れ間を楽しもう)
忘れても生きる毎日春陽気 [2024年02月13日(Tue)]

fumihouse-2024-02-13T08_10_54-1-thumbnail2.jpg昔からよく忘れる。目的の場所に行ったのに、何しに来たんだっけ? と元いたところへ戻る・・・置いたはずの書類が見当たらなくて引っかき回し、辺りがぐしゃぐしゃになる・・・列車やバスに傘やスマホ、給料の入った鞄まで忘れる(これは大昔)・・・初めて書いたと思っていたのに数年前のブログ記事に同内容のものを見つける・・・。枚挙にいとまがない。

ゲーテ曰く。

 若い時は、興味が散漫なため忘れっぽく、
 年をとると、興味の欠乏のため忘れっぽい。

周囲に大迷惑をかけるようになると病的だが、生活するうち忘れることは茶飯事であたりまえのこと。人間は忘れるために生きている。

(今朝は大いに冷え込んだ。霜が降り、薄氷が張った。昼間は春の陽気に包まれるという)
もらい事故歩く人なら右側に [2024年02月12日(Mon)]

fumihouse-2024-02-12T21_53_56-1-thumbnail2.jpg歩道のない道路は右側を歩くようにしている。なぜなら左通行は危ないから。縁石で仕切られたり、段差のある歩道は、車の侵入を防いでくれるが(絶対ではない)、歩道のない道路で左側を歩くうちに後ろから当てられたら堪らない。右側であっても対向車が衝突してくるおそれはあるが、目で見えるだけに避けることもできる。しかし後ろには目がついていない。以前漫然と運転していた高齢者が通学中の小学生をなぎ倒す事故が報じられたが、優良ドライバーばかりではないことを考えると、右側がリスクが低い。

明日から春の暖かさがやって来る。陽気に誘われて気が緩む運転者も増えるだろう。花が咲き雲が多彩になって明るい日々となる。そんな平和であるべき日中に交通事故にあって泣きをみるよりは、何事もなく終わる一日を過ごしたい。

(大東・赤川の河川敷横にある河津桜がほんの数輪咲いていた。3月には満開を迎るだろう)
のど自慢不快な音に終了す [2024年02月11日(Sun)]

fumihouse-2024-02-11T21_24_38-1-thumbnail2.jpgきょう日曜日のNHKのど自慢。始まって15分が過ぎたとき、緊急地震速報の不快音がテレビを揺るがした。松江の島根県民会館で行われていた生中継は中断した。その後、石川県珠洲市と能登町で震度4を記録したと報じられ、中山アナウンサー(かつて松江局勤務)が報道を続けた。津波の心配はないと判ったがニュースは続き、松江のど自慢は中止された。歌唱中の人、これから歌う人、残念がったことであろう。歌い終わった人も番組が成立せず、これもまた残念だ。地球の猛威には逆らえない。震度4でも何度も痛めつけられた石川の大地や建物には脅威となる。緊急ニュースで番組中止はやむを得ないとしても、生放送だから敗者復活は難しいだろうなあ。知り合いの顔も見えていたのに残念だ。

(空の下で地震は起こる。空の下に人間も存在する。歌もまた空に向かう)
パープルを命の糧に叫びゆけ [2024年02月10日(Sat)]

fumihouse-2024-02-10T21_25_38-1-thumbnail2.jpgこのミュージカル映画をみた人の多くがインスパイアされるに違いない。抑圧を受ける生活を送らざるをえない、常に不全感を抱えながら生きている、ルーティンに縛られて身動きできない、しがらみにがんじがらめになっている・・・そうした辛さを感じている多くの人が、まず一歩を踏み出そうと勇気を出していける。

映画『カラー・パープル』でセリーは歌った。「私は美しい、私は今ここに生きている」と、誇り高く自己を肯定する様子はゾクゾクと勇気湧き立つ。セリーの最大の支援者であったシュグ。ブルースのスター歌手としてシュグは歌う。「あなたの中にあるシュグを出すんだ、あなたも持っている。そのボタンを押すんだ」と。涙が止まらない。

舞台は黒人差別まっただなかのアメリカ南部。黒人男性が女性を虐げることも著しい。そんなシビアな条件下からすれば、生半可な閉塞感などクソ食らえと言われるかもしれないが、誰もが自身の「ボタン」を押して目覚めて戦い、新しい地平を開くのだ。そんなエネルギーを自身に感じた時間であった。性暴力やDVに悩む女性にもきっと力となっている。

(身の内に忍ばせている黄金をつまびらかにせよ。発出釦を押すのだ)
忘れたも嘘をついたも情けなし [2024年02月09日(Fri)]

fumihouse-2024-02-09T18_31_59-1-thumbnail2.jpg忘れたとすれば情けない。嘘をついたなら輪をかけて情けない。犯罪的ですらある。今は関係を断っていると言うが、盛山文科相と統一教会との関係は深い。答弁は不快。公的な会合に参加して写真もあり、選挙の推薦を受けて推薦確認書にサインをしている。それを「したかもしれない、軽率だった」とはお粗末至極。政治家としてというより、人間として不甲斐ない男。自分の愚かさと罪を小出しに認めるのは、往生際が悪いってもんだ。
 
「内容をよく読むことなくサインしたのかもしれない。軽率だった」と述べたが、選挙の応援という彼にとって最大の利害が絡む案件を確認しないなんて考えようがない。そんな男が「説明責任を果たし」「文科相の職責を全う」できようか。そんな疑惑の主はさっさと政治の世界から退場するがいい。追及をのらりくらりとかわす岸田総理も大して違いはない。

(政治家のテイタラクに梅花も笑っているに違いない)
活用か利用かはっきりさせてみろ [2024年02月08日(Thu)]

fumihouse-2024-02-08T18_06_11-1-thumbnail2.jpg【利活用】
30年ほど前、上司と何かの文章を(内容は忘れた)、ああでもないこうでもないと操っているときのこと。彼が「りかつようするは、どう?」と発した。一瞬では漢字が思い浮かばなかった。目新しい言葉だった。わたしは、利用と活用の掛け合わせというのが気に入らなくて、首をひねった。結果、文には入れなかったような気がする。

2010年付けの実用日本語表現辞典では、「土地の利活用、ITの利活用といった具合に使われる、お役所言葉」と切り捨てる。しかし、2023年版は大進化を遂げている。

要約すると、「ある資源や物事を最大限に活用することで、その可能性を有効に使う行為。経済的な観点、社会的にも有益とされ、企業では人材のスキルや経験を最大に活用することで、組織の生産性を向上させる。個人においても自身の持つ能力や知識を利活用することで、生活の質を向上させる」という具合に、べた褒めしている。

未だに好きな言葉ではないが、言葉は進化していくもんだなあ。

(今朝の空は好天気を期待させたが、意に反して雲が垂れ込めた、薄い雲を通して春を感じさせはしたが)
卒中に恐ることなく生きていこ [2024年02月07日(Wed)]

fumihouse-2024-02-07T18_01_25-1-thumbnail2.jpg脳卒中に関し、病院へ行って診察を受けるべき指標というか、脳卒中の症状と対応のキーワードとして前から「FAST」と言われる。それに追加があったようだ。「be fast」。日本語にすれば「急ぐべし」。なるほど。

B は balanse。歩行障害があるか、まっすぐ歩けるか。
E は eyes。視野が欠けたり、二重に見えてないか。
F は face。顔面に麻痺がないか。
A は arm。両腕とも上がるか、手に異常はないか。
S は speech。ろれつが回らないとか、言葉が出てこない(後者だったら毎日だ)。
Tはtime。一刻も早く。

ともあれ、脳梗塞や脳内出血など脳卒中の疑いを持ったら、すぐに病院に行こう。連れて行こう。症状が収まったとしても危険は去ってはいない。様子を見ることなく、勇気を持って行動しよう。

(きのうの早朝の空のように、爽やかに涼やかに、そして明快に)
お笑いか躊躇か知らぬ注意書き [2024年02月06日(Tue)]

fumihouse-2024-02-06T08_08_24-1-thumbnail2.jpg山道で見つけた看板がおもしろい。

  迷惑です!
  ゴミ捨てないでね
   斐川町・出雲警察署

斐川町が出雲市と合併する前の古い看板であるが、笑ってしまった。「迷惑です!」とキッパリ言い切ったのはいいが、キツ過ぎたかな?と不安が生まれ、「捨てないでね」と優しくまとめた。もしくは、硬軟のコントラストに笑いをとろうとしたのだろうか。町役場や警察は嫌われたくないというためらいがあったのかもしれない。

ここは、笑いや躊躇で収めるべきではない。厳しくいかなくてはならない。怒りが表現されていなくては届かない。

「あんたそれでも人間か? ひとの心を取り戻せ!」
このぐらい言い切ってもいいんじゃない?
コチコチの冬よサヨナラ東風が吹く [2024年02月05日(Mon)]

fumihouse-2024-02-05T08_02_35-1-thumbnail2.jpg今日は一日雨が続くようだが、春が来た。昨日4日も金曜2日も東風(こち)が吹いた。冷たく肌を刺しはしたが、明らかに東から吹いてくる風。春が来た。

童謡『春よ来い』(作詞:相馬御風)はこう歌う(2番)。わが家の花桃はどうだろう。

  春よ来い 早く来い
  おうちの前の 桃の木の
  蕾もみんな ふくらんで
  はよ咲きたいと 待っている

春は一気に来ないのはもちろんだ。寄せては返し、私たちを喜ばせては冷え込んで気落ちさせる。前三後一で春はやって来る。殊に春待つ、北陸にもやって来る。はよやって来い、幸も引き連れてやって来い。

(昨日の出雲市駅。陽光がきらめいて青い空。山が光り輝いた)
節分を過ぎて豆食い本格化 [2024年02月04日(Sun)]

fumihouse-2024-02-04T16_30_38-1-thumbnail2.jpg節分は終わったが炒り豆を食っている。買い込んだ豆を食うのは、これからが本番。口に放り込んでバキバキ、ズクズク、モニョモニョと、たっぷり噛んでペースト状になったのを飲み込む。個数がだいたい10個を超えると十分に噛み砕けない。まるまる1個を丸呑みすることはないが、量が多いと中途半端に砕けた豆が歯茎の前面に乗り込んでいく。噛んでいる時には舌触りと歯触りでは判別できないが、飲み込むときに喉越しでわかる、完全に糊状にならずに粒が残っていることが。まっいいさ。消化しなければ、粒が残って排泄されるだけのこと。炒り豆を食うおかげで、わたしの便通は快調だ。

(スマホのAiカメラは南目の炒り豆を「人物」と認識した。大口を開けた怖い人人に見えたのだろう)
節分の蕎麦が美味しい季節なり [2024年02月03日(Sat)]

fumihouse-2024-02-03T22_22_50-1-thumbnail2.jpg今日は節分。我が家の夕食は、きつね蕎麦を食べた。出雲では節分そばを食べる。この辺のスーパーではこの時季、節分そばのコーナーができる。節分に豆まきは、昔からの定番で全国的にやっていることと思う。この20年は関西地方に発する恵方巻も全国区になった。年年の良い方角など意識しないので、単に寿司の太巻食べでしかないが。

蕎麦処の信州でも節分そばを食べるそうだが、元々は旧暦の新年である立春を祝うもの。ということは、新暦となって以降は、節分そばが年越しそばに代わって一般的には衰退したということになるのだろう。しかし、そば処では根強く残っている。へぇーと思う。

(節分荒れというには一週間早かったが、雪をかいた駐車場の残雪が黒黒と汚れてきた)
電波にて自由自在な時を知る [2024年02月02日(Fri)]

fumihouse-2024-02-02T16_44_02-1-thumbnail2.jpg電波時計が普及したので、正確に時刻を知ることができる。以前はネットで標準時を表示しながら時計を合わせたものだった。安い掛け時計でも電波時計が当たり前の世の中になった。

西日本の場合、佐賀県にあるセシウム原子時計から発せられる標準電波を受信する。時計に内蔵されたアンテナが時刻やカレンダーを修正してくれるのだそうだ。

わたしの着けている腕時計は単なる自動巻につき、一週間で5秒くらい進む。進んで狂うくらいがちょうどいいと思っているが、刻み過ぎたら直す。スマホを時計代わりにしていることもあるが、ポケットから出して、開いてボタンを押すのは時間がかかる。瞬時に時刻を知りたい時には腕時計は重宝する。ウインクしたら目の前にバーチャルな時計が現れる時代が来るまでは腕時計は離せない。もう間近かもしれないけれど。

(今朝の雲の中にも標準電波が走っている)
牛乳で腹下しなし腹さする [2024年02月01日(Thu)]

fumihouse-2024-02-01T20_05_06-1-thumbnail2.jpg【A2ミルク】というのがある。たんぱく質β-カゼインが、全てA2タイプになる牛乳を出す牛から出るものだそうだ。ふつうの牛乳だと腹痛を起こす人も、A2牛乳であれば症状が起こらないらしい。ミルクで腹を下しやすい人には朗報だ。

A2ミルクなるものを近所のスーパーで見たことがない。そもそも置いてあったとしても気がつかないだけのことかもしれない。今度買い物に行った時には見逃さないように探してみよう。そして飲んでみるんだ。わたしはミルクで腹下しを起こさないタイプだから、せめて500CCは一気に飲まなくては、実験にならないな。

(ミルクを流し込んだかのような今朝の空、なわけはない)