
悪意は狂気。悪意は恐怖。狂気は凶器。ハンドルは凶器。触らぬ神に祟りなし。しばらく経験したことがなかったが、悪意に満ちた人に遭遇した。
昨夜のこと、二車線の本道から交差点を右折した。そこにはバンタイプの白い車がおり、本道にズルズルはみ出して左折を始めていた(わたしと対面となる)。わたしの側の車線が狭いように感じたのは、はみ出ていたのと、相手がセンターラインにぎりぎりに進行していたからだと思うが、スピードを緩めて右折して先へ行った。すると大きなクラクション。その車は左折して行ってしまったので、構わず国道方面に向かい、国道付きの信号で右折車線で停車していた。すると左に付けた車から罵声が聞こえるではないか。あの車がUターンして追いかけてきたのだ。
冷房は付けずに窓を開けていたので、相手の声が聞こえた。「ショートカットするな! ジジイは運転能力が低いんだからさっさと免許返納しろ」という内容の罵声であった。わたしは一瞥し、「センターは越えてないと思うけど」と言った。相手は激昂して同じ内容を繰り返し始めたので窓を閉めた。やがて信号が青。こちらは右へ、あちらは大声を出していたようだが左折していった。
窓を開けていたのは幸いだった。そうでなければ車から降りてドアを開けたかもしれない。窓越しに呪いの言葉を吐いたおかげで、あの男は少し発散した。そしてあっちへ去ったのだ。
罵詈雑言を浴びせられて腹は立つが、呪いの言葉は反射して自らを傷つける。人を呪わば穴二つと言うとおり、強い悪意を抱くと呪詛が口をついて出る。気持ちがささくれ立ち、怒りが顔を歪める。相手を呪う言葉が自分に積もり積もっていく。本人は気がつかなくても、強いストレスが心身を責め立て、きっと寿命は縮まる。呪う本人は自分が強いつもりが、可哀相な境遇に落ちる。哀れなものだ。悪意は狂気。悪意は哀れ。
わたしに落ち度がなかったかといえば、確信はない。しかし反省もしている。ふだん運転の際に黄色信号で突っ込むことはないか。エコ運転をして車間を開け過ぎて後続車をイライラさせることはないか。本道に入るときのタイミングで無理をしていないか・・・いろいろ考えるべき点はある。安全に運転し、事故の確率を低くしたい。ああした悪意の人に絡まれることは御免被りたい。
(ムラサキシキブはささやかに咲く。地味だが秋には鮮やかに紫の玉を成らす)