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手の運び清流がゆく自然体 [2022年11月30日(Wed)]

fumihouse-2022-11-30T18_30_14-1-thumbnail2.jfif近頃ギターを弾いて気がつくことがある。右足の踵が上ってしまうのだ。身体が自然とリズムをとるのかもしれないが、良いことではない。楽器が動く。すなわち軸がブレてミスタッチの確率が高まる。きっと余分なところに力が入っている。曲もある程度完成に近づくと変な癖がついたままだと、よろしくはない。早いうちにヘンなものは取り去りたい。練習の際、特に新しく始めた曲こそ、身体の使い方を意識していきたいと思う。

踵を上げるだけではない。肩にも腕にも首や腰にも、もちろん指も。無理な使い方をしていることに気づいていないだけかもしれない。幸いにギターが原因のガチガチの肩こりはないけれど、リラックスして楽器を構えられるのが一番だ。

身体の使い方が上手になると、譜面を読んで運指を確認し、曲を作っていく時間を短縮することができるという。もちろん、難曲の運指でも無理なく克服できるから、いいことずくめとなる。音色や表現を磨いて、さらに(少しは、か?)ギターが上手くなっていきたいものだ。

(斐伊川の上流の流れのように、ごく自然に、あるがままに流れる演奏をしたいもの)
移りゆく言葉と世間知らんけど [2022年11月29日(Tue)]

fumihouse-2022-11-29T17_33_50-1-thumbnail2.jfif【知らんけど】
新語・流行語大賞にノミネートされている。明確な根拠や確信を持っているわけではないけれど、何か言っちゃった、ちょっと言い訳的な感じでマイルドにしとこ、のような軽いタッチで使われる。「あの店つぶれるってよ、知らんけど」 そんなふうに責任を回避しながらも、ノリノリの会話で使われる。おそらく、いや絶対、関西で生まれた「知らんけど」。わが家でも使われていてビックリした。

かつて一斉を風靡した、語尾上げと同様な無責任仕様ではあるが、ボケとツッコミの関西らしい使い方だと思う。いまや、まっ使っとけば何とか繋げるでしょ?的な雰囲気で使われている。

深刻な言葉を和らげて、不確かな情報でも楽しみつつ責任は回避しておく・・・という態度は時代にマッチしているのだろう。言われた相手も曖昧に共感することもできて便利だ。

ただし、ゴリゴリの差別主義者が使うと、聞き捨てならぬことになる。聞きかじりや単なる想像で、弱い立場の人や困難にある人に対し、クソミソに悪口を言う。最後に「知らんけど」とやられたら、とんでもない。責任回避にもならないけれど、当人はそれっきり忘れてしまう。もしくは責任逃れをして追及を逃れる。差別されたほうは堪らない。悲しみでドン底まで落ちる。

ありがたくない話題で留保条件をつけたような共感を受けたとしても、気分はよろしくない。曖昧模糊とした会話にノリを持ち込みたい時代の気分は分からないではないけれど、わたしはたぶん使わないと思う。知らんけど。

(山茶花は曖昧な咲きぶりはしない。私はここにいる、と強烈に木枯らしのなか主張する)
ため息はスポーツにあり平和なり [2022年11月28日(Mon)]

fumihouse-2022-11-28T07_33_28-1-thumbnail2.jfifNHKラジオ朝のニュース。実況のシーンを細かく伝え、アナウンサーの声が裏返ったところも印象深い。トップニュースが終わって時計を見ると、すでに5分経過していた。

言うまでもなく、ワールドカップの日本対コスタリカの一戦である。多くの人のため息が聞こえたであろう。あれだけ攻めて攻めまくって、後半ただの一度のシュートで決められたとあっては、逆転負けを喫したのに等しい。

それでも勝ち点は3ある。ドイツに負けてコスタリカに勝つ。それも同じ勝ち点3。その想定は森保監督には織り込み済みだったと思う。切り替えて、次のスペイン戦に臨んでくれるはずだ。外野の非難は如何ともしがたいが、選手たちはSNSを見ないほうがよろしかろう。

それにしても、トップニュースで5分。日本は平和でよろしい。むろん問題山積ではあるが・・。

(ヤツデの花。銀箔を貼り付けたような花の先が可愛らしい)
上達感共鳴共振満足感 [2022年11月27日(Sun)]

fumihouse-2022-11-27T21_39_32-1-thumbnail2.jfif二人のミニコンサートは終わりました。準備を始めた時点では、まだまだ先のこと、余裕でしたが、3ヶ月はあれよという間にやってきました。上達を感じられず、一回一回の練習がゴールに程遠い感覚がある時もあります。短い練習ながら、集中し繰り返して弱点を補強できた時もありました。

まっ、そんなことを言っていても、その刻限は近づいて、そして終わってしまいました。所詮は楽しむためのこと。足し算で考えていけばいいのです。いい音が出た、いい掛け合いが演奏できた、和音が美しく響いた・・そうした喜びを重ねていけばアマチュア音楽家としての喜びは十分です。ワクワク、ドキドキしてまいりましょう。

演奏曲は次のとおりでした(わたしが弾いたのは■)。
■モーツァルトの魔笛の主題による変奏
□大聖堂
■アルハンブラの思い出
■□太陽がいっぱい(合奏)
□カヴァティーナ
■鐘の音
アンコールとして、
□11月のある日
■愛のロマンス(禁じられた遊び)

クラシックギターの音色を響かす。胸に響く。心の回転木馬を巡らせる。心の歌を歌う。20名弱の方々を前に、無心に演奏に集中し、共鳴していただけた時間になったと信じます。

共鳴といえば、ワールドカップのコスタリカ戦。共感のうねりは広がっても、大歓喜の共鳴にまでは至りませんでした。残念。

(会場のカフェ・ローチに夏に咲いていたランタナ。今もまだ健在なり)
もしかしてひょっとしてなら万が一 [2022年11月26日(Sat)]

fumihouse-2022-11-26T08_08_05-1-thumbnail2.jfif【ひょっとして】
わたしの口癖です。ひょんなことで口癖となっていることが発覚しました。妻に指摘されるまで知らなかったのですが、思えばよく使っています。会話の筋を転換したり、相手のことを予測するときに、「ひょっとして」を使うようです。

「もしかして」とか、「万が一」、「可能性を考えるとね」というふうに言葉を振り向けるよりは、「ひょっ」という軽い語感がいい。軽快に相手を乗せられるような気がしませんか? 会話が円やかに進んでいったらいい。思いがけない人と雑談になって楽しい時間が過ごせたら幸いですね。

ひょっとしたら、あなたにも多くの口癖があるんではないですか。きっとあると思いますよ。

(ひょっとして、コンクリート電柱を伝うツタの紅葉? ひょっとしなくても、そうだよ)
探しもの見つけて嬉し黒い革 [2022年11月25日(Fri)]

fumihouse-2022-11-25T08_04_43-1-thumbnail2.jfif先日ファイルが丸一日行方不明だったことを書いた。昨日は別の探しものをした。朝のバスから降りて手袋をはめようとすると、右のがない。ポケットを丹念に探したが、ない。鞄を開いて入念に見たが、ない。

どこで落としたのか、考えた。今朝駅まで行くときに両手に着けていた。ポケットに入れた。列車の中でほろりと落ちたのか。それともバス停に向かうまでに落としたのだろうか。ポケットに入れたままだったかなあ、それとも着けた? うーん、思い出せない。バスの座席で落としたのか? ともあれバスの終点に向かって速足で歩いた。

幸いに降りたバス停から2つ先が終点なので、松江市営バスは次の発車まで時間をつぶしていた。車外で煙草を吸って休憩している運転手に尋ねた。「手袋を落と・・」と言うやいなや、「あっ黒いの」と運転手は返し、急いで煙草を吸い殻入れに押し込んで、車内へ取って返した。私の黒手袋は無事に帰ってきた。あーよかった。

人生の半分は探しものをしている、と言った人がいる。なるほど、そうだ。書類や品物、あれこれと探しものは多い。快適や満足を求めて、相性の合う人を求めて、さらに幸福を求めて、モノやらコトに当たっていく毎日。人生の半分、いや人生のすべては幸せ探しでできている。

(晩秋の空から光をもらい輝く紅葉もまた、美を求めて生を全うする)
攻防に命を掛けてブルー行く [2022年11月24日(Thu)]

fumihouse-2022-11-24T07_44_01-1-thumbnail2.jfifゴール前の攻防はおよそ次の4つ。
1 カウンターで一気呵成に攻める(得点もしくは失敗)
2 1で攻められる
3 ゴール前の混戦もしくはセットプレーから、ごちゃまぜ状態で攻める(得点もしくは失敗)
4 3で攻められる

ワールドカップカタール大会。元世界王者ドイツと対戦した。前半開始まもなく、前田が放ったカウンターシュート。わずかにオフサイドとなったが、完璧なまでに美しいゴールであった。

ただし、そのあとはドイツに責められっぱなしで、やがてゴールキーパーの権田がファール。ペナルティキックで先取された。ほとんどドイツにボールを支配される展開で、この先無惨な結果を見ることもあるまいと思った。ゆっくり風呂を楽しんだあとテレビを見ると、後半は展開が変わっていた。日本が矢継ぎ早に攻めている。

堂安がこぼれ球を鋭く押し込んでゴール。数分後には浅野がロングパスを受け見事にドリブルで持ち込んで、蹴り込んでシュート。いずれもゴール前1の攻撃で小気味いい。怒涛のドイツの責をしのいで、2対1で逆転勝利。お見事! サッカーファンならずとも興奮した。

(皇帝ダリアのように、鮮やかに爽快に天高く、侍ブルーが勝った)
老け役も山茶花散って50億 [2022年11月23日(Wed)]

fumihouse-2022-11-23T22_12_29-1-thumbnail2.jfifあの女優がお母さん役をやるようになったとか、こんな老け役ができる年齢になったんだとか、思うことがある。どんなに美貌輝く人も年をとる。容色は衰える。むろん年相応の風格と美を備えていく人も多い。しかし毎年確実に歳を重ねていく。人が年をとるとは不思議なことよ。いや、不思議でもなんでもない自然の摂理。

西暦も歳を重ねて2022年、もうすぐ2023年。ひとは寿命を迎え、1年1年の積み重ねで千年、万年、億年が過ぎていく。温暖化で人類やら他の生物が死滅したとしても永遠に太陽を周回するはずの地球ですらも、50億年たてば太陽に飲み込まれて消滅する。だからこそ、今を大切にしよう。

(鮮やかにピンクの山茶花。数日経てば散っていく)
何ですか探しものなら何処ですか [2022年11月22日(Tue)]

fumihouse-2022-11-22T18_39_43-1-thumbnail2.jpg昨日は行方不明になったファイルを探しあぐねて、疲れが倍増した一日だった。しらみつぶしに探す。机の上、引き出しの中、共有ファイル棚やケースの中、、、、、ない、ない。法人の規定を一冊に集めた厚さ3センチほどのファイル。わたし専用のもので、週末にある理事会で一部改正する予定の記事に書き込んでいる大事なものだった。

心配してくれる事務室の職員もまた、満遍なく何度も重ねて繰り返し、探してくださった。見つからない、分からない、どうなってるんだ。こども園の中も探した。こんなとこにあるわけがない、と思えるところも一つひとつつぶしていった。ない、ない。

ホントはあのファイルはわたしの幻想で、実は存在していなかったのではないかとさえ感じた。悪魔の証明に近づいていくような気がした。

【悪魔の証明】とは、存在しないことを証明するとか、疑惑が事実でないことを証明することを意味する。「ない」ことを完全に明らかにすることは難しい。「ある」ことならば対象を見つければよい。しかし、「ない」ことの証拠を示すことはできない。探し方が十分でないとか、単に未発見であるだけかもしれないからだ。だから悪魔の証明。

ひと晩経ってわたしは、手書きの張り紙をした。「困っています」と書いてファイルの特徴を書いて、園内にいる職員が朝通過するところに貼った。1時間後「これですか?」と持ってきてくれた職員がいた。あらぬところにあった模様。欣喜雀躍して受け取った。誰が持って行っただとか、どんな状況だったかとか、一切詮索しなかった。きょうは仕事がはかどった。道筋が少し見えた。パソコンも軽快に動いてくれて嬉しい一日だった。

(晩秋の空から光をもらって輝く、高揚した、いやいや紅葉した、ブルーベリーの葉)
凱歌聞く勝利振り上げヤーヤーヤー [2022年11月21日(Mon)]

fumihouse-2022-11-21T18_25_06-1-thumbnail2.jpg【凱歌】
戦いに勝った。そこでうたわれる兵士たちの喜びの歌が、凱歌だ。まずは勝ち鬨(どき)。戦いの勝ちが確定してあげる、鬨(とき)の声。手を振り上げてエイエイオーと叫ぶのがお馴染みだ。

凱は、豈と几とからなる表意象形文字。上方に飾りのついた太鼓の象形(戦いに勝った喜びの音楽の意)と祭りに用いる机の象形であり、戦いに勝って祭り喜ぶことを意味する(さっき調べた)。

勝ち戦であっても、無傷であることはまれだ。兵は傷つき、将は疲弊する。下級将官は先頭に立つから死傷率も高い。戦いに勝つとは厳しいことなのだ。味方の屍を乗り越えて、攻めなければならないこともあっただろう。戦勝の裏には悲しみが溢れている。酸いも甘いも噛み分けて凱歌はある。

(春からこの秋にかけて、酸いも甘いも噛み分けてきた、ハゼの葉っぱ)
ワクワクと不安交えてステージよ [2022年11月20日(Sun)]

fumihouse-2022-11-20T21_05_06-1-thumbnail2.jpgいよいよ発表会の日は来た。演奏することにワクワクする気持ちがある。一方で不安もある。心配な箇所がいくつもあるが、まな板の鯉。なるようにしかならない。命を取られるわけではない。気負わずにわたしの音を奏でるだけだ。

門脇ギター教室オータムコンサート。私が演奏したのは、ベートーベンと同時代のソルが作曲した『モーツァルトの魔笛の主題による変奏曲』。

みなさんの温かい目があった。助けてもいただいた。演奏順があと5、6人となった時点で客席から控室に移ってギターケースを開けて仰天した。なんと第1弦が切れていたのだ。切れないはずの1弦。予備はない。幸いに習い始めて間もないお一人が、どうぞ使ってと、提供してくださって事なきを得た。見守られながら、演奏を無事に終えた。

いや、無事ではなかった。曲の最終局で変な呼吸をしたのかもしれない。気管に異変。咳き込んだ。リズムが崩れたが、なんとか最後まで弾き終えた。途中、半音ズレるミスを2回もやってしまったが、止まることなく弾き通した。

熱演だったとか、何かを伝えようとするひたむきさが伝わるとか、有り難い感想をいただいた。自分らしく弾けたとは思う。力まないで、楽しんで・・を目指したが、それはかなわなかった。しかし、一生懸命さが溢れた、好ましい演奏であったと信じたい。

(会場の鳥取県立ビッグで並行して行われた よなご公共交通ふれあいフェスタにはたくさんの家族連れが押し寄せた。屋台やキッチンカーも長蛇の列)
支障あり分からぬ言葉つかうなよ [2022年11月19日(Sat)]

fumihouse-2022-11-19T14_47_11-1-thumbnail2.jpg今週始めに列車が遅れたアナウンスで、「異音を感知したため」が聞き取れなかったと述べたが、昨夜も同じ松江駅でもっと特殊な言葉に出会った。女の声の電子音で親しみやすい感じだったが、○○が聞き取れないのだ。

「お客さまに列車の遅れについてご案内いたします。18時43分に警察から、荒島・揖屋駅間で車が線路を○○しているとの通報があったため、同区間で列車の運転を見合わせています。なお、運転再開見込みは現在確認中で、ご利用のお客さまには大変ご迷惑をおかけいたします」

クルマが線路をふさいで運転できないことは分かるが、何だろう。「軌条して」か? 軌条って線路のことだ。線路の上に線路があるのはおかしい。あるいは騎乗? 騎乗位というエロチックな体勢にしか使わない言葉だから、これもない。何度か聞くうちに「ししょうして」と言っている。ネットで調べてわかった。「支障して」だった。

鉄道オタクであれば知っているかもしれないが、ふつうの客に「支障」はないぞ。その言葉の使い方こそ支障がある。そう、支障するのではなくて、支障があるのだ。「車が線路に入って、支障をきたしてるので運転再開までお待ちください」でいいのに、JRか、列車業界かは知らないが、特殊な世界にしか通じない言葉を使うなんて信じがたい。専門家というやつは、どうしてこうも自分の領域にしか通用しない特殊な隠語を使うのだろう。こんなオフィシャルな場では、特に日本語を正しく使ってほしいものだ。

(敷き詰められたような落ち葉。言葉もまた、次々と世に広がって消えていく)
鉛筆をはさんで笑うドパっとな [2022年11月18日(Fri)]

fumihouse-2022-11-18T07_39_57-1-thumbnail2.jpg≪鏡の前に立って、笑顔を作る。人はな、楽しいから笑うんやないんやて。笑うから、楽しくなるねん。割り箸ても鉛筆でも、なんでもええから、試しに一本口に挟んで、にーって笑ったまま漫画でも読んでみぃ。おもろくなるで。そうするとな、脳にドーパミンっていうのが、出るんやて。すごいやろ!≫ (『ライオンのおやつ』小川糸著)

瀬戸内の海にあるホスピス「ライオンの家」に入居し、最期の日々を輝かせた雫の物語。命が輝き、出会いが煌めき、全てに慈しみの感情が湧いてくる。死んだらどうなる?という不安に応えてくれる魂魄のこもった小説だ。

さて、一回笑うと免疫力が高まり、3時間効力があるのだそうだ。ニガ笑いや含み笑いではダメ。声を上げて高笑いでなくては効果はないという。何年か前からやっているが、あざ笑うような嘲笑になってしまう(わたしがやると)。それでもいい。声を出して顔を崩して大きな笑いをする。人混みや列車の中では出来ない。1人クルマを運転するときだけだ。

ドーパミンやオキシトシン、たくさんの脳内物質を出して幸せになろうよ。最期は必ず来る。誰にでも来る。穏やかにその時を迎えられるように。

(晩秋のススキは穂を広げて風に吹かれ種を飛ばす。次の命がつながっていく)
ミサイルが味方攻撃ほにゃららら [2022年11月17日(Thu)]

fumihouse-2022-11-17T18_47_04-1-thumbnail2.jpgポーランドに落ちたロシア製のミサイル。ロシアは発射を否定し、ウクライナはロシアの仕業だと非難する。いずれにせよ、NATO加盟国に故意が否かにかかわらず攻撃され、民間に死者が出た。偶発的な事件が全面戦争の引き金となるのは第一次世界大戦の例を述べるまでもなく、大きな恐れだ。

アメリカもNATOも、軌道からしてウクライナの迎撃ミサイルが誤って国境を越えた可能性が高いと言っている。ウクライナのゼレンスキー大統領は手厳しくロシアを罵倒するが、ここは矛先をおさめてポーランドに謝罪することが望ましい。さらには・・・プーチンさんごめんなさい、あなたを非難したのは誤りでした、でもそちらの攻撃から我が国を守ろうとした結果です、どうかこの戦争を終結させて、ウクライナから撤退してください、お願いします・・・

てな感じで全世界に発信すれば、間違いなく世論は味方するだろう。憎きロシアではあるが、ここはそのプライドを捨てて、より強固な支援体制をバックに付けるべきではないだろうか。
奏でたしアンサンブルと紅葉と [2022年11月16日(Wed)]

fumihouse-2022-11-16T18_11_46-1-thumbnail2.jpgギタリストの浜野茂樹氏がこう述べている。

≪「独奏は一人で行うアンサンブル」とよく言われますが、正にその通りだと思います。音楽の源流には諸説がありますが、 おそらくは豊作のお祝いだったり、あるいは宗教儀式のお祈りだったり、いずれにせよ人が集まったときに歌ったり踊ったりしたことから発達していったことでしょう。やがて、その中に特別上手い人が現れ名人芸のようなものを披露したことから独奏が発達したと思われます。それが「独奏は一人で行うアンサンブル」と言われる所以なわけですね≫

最初は木の枝で空洞のある幹を叩いて響かせた(のかも)。切断して動物の皮を張ったら太鼓になった。草笛にリード楽器の源流があり、筒に息を吹きかけて管楽器ができた。糸の張りの強弱で音程がわかったら弦楽器が登場する。リズムだけの音楽から和音を見つけて、アンサンブルの出来上がり。人類の楽しもうとする能力はすばらしい。

さらに浜野氏はこうも述べる。

≪特に、ギターのように独奏が得意な楽器は一人で完結できてしまうことが裏目に出てアンサンブル経験を積みにくい傾向もあるわけです。≫

なるほど、たしかにそうだ。わたしのギターソロが上達するようアンサンブルに目を向けよう。先月マリア・エステルのギター演奏会の前座で、シバの女王やイン・ザ・ムードの合奏でステージに立ったとき、実に楽しかった。

小さなデュエットでもいい、アンサンブルを楽しみたい。独奏するのがもっと楽しくなる。そして独創的な演奏になるのではなかろうか。私なりの解釈で正統に、かつロマンチックに。ただし、くれぐれも独走してはいけないよ。独りよがりになっては誰も寄りつきやしない。

(季節と木々と空が見事なアンサンブルを奏でた雲南・八重滝)
暗き夕異音感じて待たされて [2022年11月15日(Tue)]

fumihouse-2022-11-15T08_07_03-1-thumbnail2.jpg昨夕、帰りの列車が長らく止まった。駅で反対列車を待ったまま動かなくなった。ワンマンカーの運転手が放送で状況を伝える。

「反対列車が○○を○○したため点検しています。しばらくお待ちください」 何度か同じアナウンスを繰り返してくれるのだが、○○の部分が聞き取れない。発声がはっきりしないせいもあるが、一所懸命考えた。

4度目にやっと分かった。「異音を感知したため」であった。「異音」も「感知」も客にとっては馴染みのない、ふだんは使うことのない単語だと思う。しかし、車内状況を伝えるマニュアルには、当たり前のメッセージとして記されているのだろう。業界用語として何の疑問もなく使われる当然の言葉が、一般人にとっては?マークが付くことの一例が、ここにある。

30分待たされて列車運行は再開された。原因は明かされないし、分からなかったのかもしれない。いずれにせよ、ひと安心して帰路についた。

(苔むす石の上に落ちたもみじ葉も、じっくり眺めたことのない人には?マークが付くのかもしれない)
本を読み何度も読んで頭入る [2022年11月14日(Mon)]

fumihouse-2022-11-14T19_03_48-1-thumbnail2.jpg児童文学作家の松岡享子氏はこう述べる。

≪子どもの本の場合、新しい本―出版されたばかりの本―を追いかける必要はまったくありません。子ども自体が❛新しい❜のです。たとえ百年前に出版された本であっても、その子が初めて出会えば、それは、その子にとって❛新しい❜本なのですから。そして、読みつがれたという点からいえば、古ければ古いほど大勢の子どもたちのテストに耐えてきた❛つわもの❜といえるのです≫ (『子どもと本』松岡享子/岩波書店)

子どもへの読み聞かせ。わが子が幼い頃にたくさんやったものだ。たいていはお風呂上がりで、子どもの寝入りが上手くいくかどうかは、わたしの腕にかかっていた。本のリズムにしたがって楽しく読む・・恐ろしがらせて読む・・抑揚をつけてテキパキ読む・・やがて眠くなる。

大人にとっては1日の疲れが押し寄せてくる時間帯・・子どもより先に眠くなる・・ウトウトする。すると我が子は、袖をつかんで揺する・・絵本のセリフとは異なるデタラメを読む。すると子どもは、パパちがうと抗議する。何度も聴いて完全に頭に入っているのだ。だのに何度も、これ読んで!とせがむ。

大人が読まずして、子どもは絵本に出会うことはありえない。もっともっと何度も何度も、読んでやればよかった、と今さら思っている。

(せがまれるから、花は咲くのか? いや自然のままに咲くダイヤモンド・リリー)
人の群れ紅葉見たし秋の空 [2022年11月12日(Sat)]

fumihouse-2022-11-12T23_13_45-1-thumbnail2.jpg秋晴れ 紅葉
赤や黄に 色づく
雲南・掛合 八重滝
錦繍 写真撮りまくり
スマホと現実は 異なるが
しっかり目に焼き付けて
夏日に迫る 暖かい日を楽しむ
人多し 秋のピーク きょうこの日
感じよし肯定言葉聞き言葉 [2022年11月11日(Fri)]

fumihouse-2022-11-11T19_11_56-1-thumbnail2.jpgいわゆる、感じのいい人がいる。共通する特徴があるそうだ。自ずと人から好かれ、コミュニケーション能力は高い。

まずは、言葉ではっきり伝えていること。察する、察せられるのを過度に期待せず、言葉で伝えて互いの考えをすり合わせることができること。

挨拶ができて、笑顔を欠かさないこと。ふだんの心がけで印象を好ましくできる。その人自身も好機嫌となって周りを気持ちよくさせられる。

聞き上手であること。誰でも自分の話をするのが好きだが、相手の話を聞くことに重きを置くと、心の距離が縮むという。聞き上手な人は相槌が一流である。バリエーションがあって適切なアクションができる。

肯定表現が多いこと。褒められると謙遜して、自分なんてダメダメと否定する人がいる。そんな人には話の接ぎ穂が見つからない。一般論でもけなすばかりの人との時間は心地よくない。肯定表現することは、相手の気持ちを気遣うことだ。

(感じのいい、ソメイヨシノの紅葉。きのうのものだが、枝から落ちて芝の上に横たわっているかもしれない)
一転し変わると分かる暮らしかな [2022年11月10日(Thu)]

fumihouse-2022-11-10T18_30_47-1-thumbnail2.jpg【変わる と 分かる】
ラジオを聞いていたらアナウンサーが間違えた。「刻々とわかる天気」と。すぐに訂正したが、おやっと思った。「かわる」と「わかる」は字を入れ替えただけなんだ。

分かると、変わる・・・経験のないことを知識として仕入れる。本を読んで新しく知る。他人に話を聞いて、そうなんだと膝をたたく。分かることは嬉しい。視界が広がる。目から鱗が落ちる。分かることを繰り返すうちに、あるいは段違いな分かる体験から、誰でも変わっていく。知りたくもないことが分かってマイナス作用もあるかもしれないが、ともかくものの見方が鋭くなって人生も味わい深くなる。分かると、変わる。ステキなことだ。

変わると、分かる・・・心持ちを変えて新しいことに対処する。困難なことに別の視点から臨む。常識を何ともなしに繰り返していたが、疑ってみたら思いもしなかった視界が開けてくる。あの人はこうなんだと固定観念で見ていたところを異なるアプローチをしてみる。思いがけない会話が進んで意外な一面を知ることもある。変わると、視野が広がる。何かが分かってくる。変わると、分かる。きっとステキな1日が過ごせる。

(トウネズミモチが秋の陽光に映える。紫の高貴な色)
第八波末広がりにさせまいと [2022年11月09日(Wed)]

fumihouse-2022-11-09T07_23_21-1-thumbnail2.jpg全国知事会長の平井知事が一昨日のインタビューで語ったそうだ。「第8波に入っているのではないかと思わざるを得ない」と。

「第8波に入っている」とは言い切れない(学識者によって権威づけられていない)ので、「ないか」と疑問形にする。さらに「思う」として個人的な見解であることを表明する。締めとして「ざるを得ない」と、否定の否定を持ってきた。究極の婉曲表現で、ニヤリと笑わざるを得ない。

ともあれ、年末年始にかけて、第8波に苦しめられることになる。以前ほどではないにしても、本人の体調や家族の状況により休む人が増える。インフルエンザが共闘してさらに私たちを攻める。心していかねばなるまい。

(山茶花が咲いている。白と淡いピンクの合わせ色、これが一番好きだ)
怪奇なり皆既月食快気なり [2022年11月08日(Tue)]

fumihouse-2022-11-08T20_11_13-1-thumbnail2.jpg熱いコーヒーを片手に庭へ
満月は幾分削られて
影が弧を描いて 地球の巨大さわかる
月の近くから光 消える直前2つに割れた流れ星
星が増えた 月が暗くなっていく
禿頭のオヤジ それともタオルを乗せた風呂オヤジ
金の光沢 夜空の神秘

エリック=カール『パパ、お月さまとって!』
ながーいハシゴで 月を取ってくれたパパ
モニカが月と遊ぶうち
月は小さくなって ぱっと消えた
19時16分頃 皆既月食 完成
丸い窓が夜空に開いている
梅干色というのか くすんだ朱色か
ウサギさんの影が黒黒している
ぱっとは消えない

寒い 部屋に戻った
40分後 再び外へ 月は消えた
これこそ 怪奇月食
いやいや 雲が広がってしまった
ぎりぎりの天体ショーを楽しめた

(朱に染まる月を見ていたら、牡丹の花を思い出した)
尽くしても言葉は枯れぬ秋の暮 [2022年11月07日(Mon)]

fumihouse-2022-11-07T18_33_38-1-thumbnail2.jpgかつて私の投稿に対して、言葉はいらないとコメントした人がいた。夕焼けだったか、何らかの美しい景色だったのか、記憶はない。

コメントに付け加えて言うならば、画像だっていらない。美しい光景を言葉で表す。描写した者の感性の一部でしかない。言葉にはすべてを示す力はない。景色を切り取って現したに過ぎないからだ。画像、映像にしても同じこと。生の光景を写し取った偽物である。そもそも、目で見たものを生と言うけれど、脳に写しとられて仮の像を結んだものでしかない。すべては本物ではないのだ。触ったり、匂いをかいだりしても、脳内で結ばれた仮の姿。

しかし人は言葉を使い、機器を駆使して、写し取り、他人に見てもらいたがる。自分の感性が何らかの影響を受けて、その感動を自分なりの視点でもって提示し直すことを好む。人は誰もが表現することで生きているからだ。さあ、感覚を磨いて語彙を増やして感覚を文章や像に反映させようではないか。

(食えもせず美しくもない、この犬蓼。これだって文の達人が筆を起こせば、絵にも描けない香りが立ち昇ってくるに違いない)
座ってる耳石の不動寝たきりに [2022年11月06日(Sun)]

fumihouse-2022-11-06T21_59_04-1-thumbnail2.jpgポップスデュオのカズンの民音コンサートで、ヒロシさんが教えてくれた。休憩の幕間に行われた軽いノリのアトラクション。ヒロシさんは宇宙旅行士が筋力の低下を防ぐため毎日2時間のトレーニングを欠かさないことを紹介した。それでも宇宙ステーションで生活するうちに地上に帰っても自分の足で立つことができない。厳しいリハビリが必要になる。

無重力だと耳石が動かない。耳石は内耳にあって平衡感覚を司るのだが、それが大きな意味を持つことがわかってきているらしい。NASAの研究によると、1時間座ったままだと22分寿命が縮まるということだ。無重力と同様の状態が座り続けることだそうだ。そこでヒロシさんは私たち観客を立たせて、22分のカバーができたと言って笑いを取った。

座りっぱなし、寝っぱなし。骨密度が低下する、代謝が不活発になる、認知機能は落ちる、循環機能ももちろん低下・・・など悪影響は多岐にわたる。耳石が動かないことがどんなメカニズムで身体を蝕むのかはよく知らないが、立ち上がろう。事務仕事で座ったままを防ぐ。ギター練習で長らく座り続けること。たまには立ち上がって別のことに目を向けて、身体を動かそう。気分転換にもなる。耳石を動かす。新しい認識である。

(欅の紅葉もきっと動きたがっている)
時旅行過去か未来か楽しみへ [2022年11月05日(Sat)]

fumihouse-2022-11-05T23_24_03-1-thumbnail2.jpgNHKのラジオをつけたら英語講座をやっていた。タイムマシンで行くとしたら、未来に行くか、過去に遡るか、どっちがいいか、と尋ねていた。

わたしはどっちか? 過去である。もう記憶があやふやになった、甘い記憶、楽しき経験、躍動した時間……それらを反芻してみたい。思い返しもしたくない記憶は他所に置いて、良き思い出だけを見てくればよろしい。

未来へ行くのは怖い。過疎化した地域はどうなっているのか。子どもたち、孫たち、さらに末代の未来は地球温暖化ののち、どのような影響を受けているのか。不安である。もちろん、夢のような世界が実現しているかもしれないが、まっそれはそれでよい。次代の人人に任せるしかないではないか。だから私は過去へ行く(行けるはずもあるまいが)。

(金木犀ほどの鮮やかさはないが、ヒイラギモクセイ(柊木犀)がいい匂い)
クラシックサロンでギター胸響く [2022年11月04日(Fri)]

fumihouse-2022-11-04T15_30_48-1-thumbnail2.jpg二人のミニコンサートを開きます。主催は山陰ギタ弾こ会。11月27日㈰ 14時、カフェ・ローチ(JR安来駅から1キロ米子寄り)。「二人」とはわたしと藤田さん。その日に向けて、渾身の練習の日々を続けています(思うにまかせませんが)。

・アルハンブラの思い出(タレガ)
・カヴァティーナ(マイヤーズ)
・モーツァルトの魔笛の主題による変奏(ソル)
・大聖堂(バリオス)
・鐘の音(ペルナンブコ)
・太陽がいっぱい(合奏)(ニノ・ロタ)

クラシックギターの音色はなぜ胸に響くのでしょうか。その音色が心の回転木馬を巡らせると、言う人がいました。胸や腹に心が宿るとするならば、クラシックギターは「心の歌」を表すにふさわしい、と私はかつて書きました。

巨大な音は出なくとも豊穣な歌がロマンチックに響く……深い音色で心弾ませ、何かを呼び覚ます……ギターは撥弦楽器ですから音はすぐに減衰しますが、自分を見つめ、過去の愛おしい記憶をよみがえらる縁(よすが)に、その甘い音がなっていくと思うのです。ほんのわずかでもいい。無心に演奏に集中し、聴く人に共鳴してもらえる時間になるよう願っています(約1時間の演奏とおしゃべりです)。

コロナ対応のため、事前の人数掌握が必要です(総数は25名以下)。ご参加くださる方は、わたしまで一言お伝えください。
あらふしぎ増えるマスクがポケットに [2022年11月03日(Thu)]

fumihouse-2022-11-03T07_10_42-1-thumbnail2.jpg童謡『ふしぎなポケット』(まど・みちお作詞/渡辺茂作曲)は楽しい歌だ。替え歌にすると、現在のマスク事情が見えてくる。

 ポケットのなかには マスクがひとつ
(ポケットのなかには ビスケットがひとつ)

 よく朝みると マスクはふたつ
(ポケットをたたくと ビスケットはふたつ)

 もひと晩たつと マスクはみっつ
(もひとつたたくと ビスケットはみっつ)

 古びたマスクが ふえる不思議
(たたいてみるたび ビスケットはふえる)

ポケットに手をつっこむと、使い古しのマスクが左右に2枚。朝につけて出たマスクと合わせて3枚ということはさすがにないけれど、前の日に列車から降りてマスクを外して家路についたまま、捨てるのを忘れることはよくある。もちろん捨てる。職場に着いたら使い古しの封筒に入れて捨てる。

着けたり外したりを何度も繰り返すけれども、表側にも口側にも、菌やウイルスはたくさん付着している。外した場合は直ちに捨てよと言われるけれど、捨てたことはない。

(プラタナスを通して見る、抜けるような秋の青空。菌やウイルスなど、どこにも存在しないような錯覚におちいる)
右左できれば上逃げ立ち往生 [2022年11月02日(Wed)]

fumihouse-2022-11-02T07_25_50-1-thumbnail2.jpg【立ち往生】といえば弁慶。源義経が奥州・藤原氏の庇護を失って攻められて殺された。義経を守ろうとして、堂の前で矢衾となり、立ったまま事切れた。すなわち、立ち往生。弁慶の故事がこの言葉の語源だと思う。

立ち往生というと、渋滞や吹雪などによって動きがとれなくなるのが普通であるが、ソウルで起こった立ち往生では、進めないばかりか、文字どおり百数十人もの若者が命を落とした。痛ましい事故であった。

体重の6割程度の重みでも5分10分と続くと外傷性窒息で立ったままでも気を失うという。やがて肺の機能が弱まり呼吸が困難となって命を失う。

自発的に集まった若者たちを規制する当事者はいなかったというが、今後は密集イベントや参集が多数予測される際には、当局はよくよくの注意を促してくるであろう。

まずは自衛として密度が高すぎる場面に出くわしたら、退避することが大切だ。あの人垣の向こうに面白そうなことがある、と予測される場合でも好奇心は他所に置いて避けることを優先する人が増えると思う。

(黄に染まるイチョウの葉が密集している。この密度は何ら問題にはならない)
月が過ぎあの日あのときグルーブで [2022年11月01日(Tue)]

fumihouse-2022-11-01T08_02_39-1-thumbnail2.jpg現代ギター作曲家で演奏家のレオ・ブローウェル(今は作曲のみ)が作った『11月のある日』は、ギター弾きにとって定番とも言える、ロマンスある曲です。

ラシドードーミードー……と短調で始まると、哀調のあるうねりがグルーヴ感を醸し出します。哀愁なのにグルーブ? と思われるかもしれません。しかし演奏していると身体を揺らしたく感じがあるんです。哀しみと楽しさが同居していくんです。

それもそのはず、落ち着いたあとは一転して、ラテンのリズムが激しく鳴ってきます(ブローウェルはキューバ出身)。悲恋か惜別か。哀しみの前のまばゆい体験が、作曲者を揺るがしたのでしょう。

この曲は4年ほど前のギター教室発表会で弾きました。ギターを再開して半年経った頃ですから、難しい曲は弾けません。つまりこの曲は技術的にそれほど難しくないのです(もちろん上質な演奏をするのは困難ですが)。かつ美しい。多くの人が好むのは当然です。

この曲は映画音楽です。半世紀ほど前の同名タイトルのキューバ映画の主題曲だそうです。『11月のある日』とは、どんな一日だったのでしょうか。明日から11月。わたしなりの、11月のある一日をイメージしながら弾くことにします。

(11月といえば、見事な菊だな)