銅鐸を再発見して嬉しかろ [2022年10月31日(Mon)]
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加茂岩倉遺跡の秘話がありました。出土した銅鐸は39個。大きな銅鐸の中に小銅鐸が入れ子になっていたわけですが、数が合いません。大が20個、小が19個です。大きい方のすべてに、小が入っていた土砂の跡があったといいますから、発見当時にも小は20個あったはずです。 農道工事の現場から加茂町教育委員会(雲南市の合併前)に発見の報があったのが金曜日の夕方。担当者が現場に行ったのが月曜日。土日の二日間は銅鐸は現場にそのまま置いてありました。そのときに持ち去られた可能性が高いと増田氏はおっしゃいました。機会があるたびに氏はアピールしています。名乗り出なくていいから歴博の入口に「ごめんなさい」と置き手紙して、そっと銅鐸を置いてくれたらうれしい、と。一同大笑でしたが、消えた銅鐸が「発見」されるよう願っています。 青銅器の種類は増えて、大きく派手になって、銅剣や銅矛は実用から祭器へと変わっていきました。荒神谷青銅器は祭祀で使い込まれた跡はなく、製造から埋められるまでの期間は短かったようです。なぜ埋めたのか、大きな気象災害があったのか、鉄器が普及して青銅器の持つ力が衰えたのか、何か一大事が起こったのか・・・悠久のロマンに想像を巡らすのも楽しいことでしょう。 (古代にも茶の花は咲いたでしょうか。茶は室町期に大陸から伝わったようですから、咲いていなかったわけです。では、山茶花は?) |



