
■胸や腹に心が宿るとするならば、クラシックギターは「心の歌」を表すにふさわしい。胸に当て胴で支えて爪弾けば、豊穣な歌がロマンチックに響く。その心の歌を先日米子で聴いてきた。門脇康一氏と細川卓也氏によるジョイントコンサート。バロック時代から現代ポプュラー音楽まで、魅力ある弦の歌を楽しんだ。
細川氏は弱音に真骨頂を発揮する。空気の層を串刺して透明な音がまっすぐ届く。門脇氏は低音に力がある。親指が蝶のように舞い高音を引き立てる。門脇氏は細川氏の師匠だそうだ。二重奏では師弟の会話が聞こえるかのようだった。特にラルゴ&ロンド(カルリ作曲)では、見事な掛け合いに引きこまれる。
「ごきげんよう」「調子はどう?」「そこそこです」「その音いいね!」「でしょ?」「私もなかなかだよ」「お互い精進してきたねえ!」二人の声が聞こえてきそうだ。音楽とは楽しむことなり、と改めて感じる。
クラシックギターは他のギターに比べて地味だが、多彩な表現ができる。繊細でクリアな音、緊張を呼ぶ硬い音、毛色の異なるドラム音、くぐもらせた音、ネックを叩いて不思議な音、絡めた弦で打楽器風、高速のトレモロ。オクターブ高いハーモニクスには静寂な宇宙を感じられる。消え入って儚さを表したあとに、ダイナミックに相手を震わす演奏もできる。透き通る甘い音色には恋する過去を思い出し(もちろん今の恋でも)、色彩感ある音色でもって内面を豊かに表現する。
聴くだけでも十分魅了されるものだが、自分で音を出すと魅力は倍加する。難しくて歯噛みする一方、上手になっていく喜びは何ものにも代えがたい。ギターでもって「心の歌」を奏でる人が増えるよう願っている。■
以上、『ギターで心の歌を』と題して日本海新聞が『散歩道』という投稿欄に載せてくれたものだ。新聞社は著作権は当社にある、とホームページ上で言うが、わたしにも同等に権利はある。ので、ここに掲載する。謝礼として送られてきた図書券が過剰包装の上に、添付文の一つもないことが印象深い(働き方改革か?)。