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駄目じゃない折る前告げよ父に向け [2022年05月31日(Tue)]

fumihouse-2022-05-31T18_06_37-1-thumbnail2.jpg≪「喜びや感謝の言葉は、母さんに伝えればいい。反対に、お前が“俺はもう駄目だ”と心が折れた時は、必ず、父さんに連絡をよこしなさい」と▼順調な時よりも、苦悶の渦中の時こそ、必要としてほしい――そう思い思われるかは、人間関係の深さを測る一つの物差しだろう≫ (聖教新聞「名字の言」2022年5月30日)

わたしは、息子や娘にそう言って送り出してやれなかった(そんな考えすら浮かばなかったが)。この文に出会って、なるほどな、さすがだなと思う。

子どもたちの様子は直接聞くよりは妻から間接的に聞くことが多い。面と向かって、最近どうだ?と聞いても会話は弾まない。意に反して警戒されるのがオチだ。そもそも会話の糸口を掴むのが下手なのだ。正面切って状況を尋ねるのは少々気恥ずかしいこともある。

その点妻は、世のお母さんにも言えることだと思うが、会話のキャッチボールを愉快にやり取りする術に長けている。そのひと言に真髄を読み取って的確に状態を把握する。さすがである。その妻から話を聞いて子どもたちの様子を知るのである。

「苦悶の渦中の時こそ、必要と」されるか否か、父としての試金石となる。次回会ったときに「心が折れそうなときは」と告げよう。よっぽど肩肘張った会話になるとは思うが・・・。

(疲れたときはハーブの黄色を眺めるもよし、煎じて飲むもよし)
障害と健常の違い考えて [2022年05月30日(Mon)]

fumihouse-2022-05-30T19_09_29-1-thumbnail2.jpg【障害者と健常者】
前から違和感を持っている。障害のことを、障碍と書こうが、障がいと漢字と仮名で混ぜ書きしようが、同じこと。健常者とは「常に健やか」なのか。反対に障害者は「健やかでない」のか。そもそも障害の故に、健康な状態にはなりえないのだろうか・・・。

障害者基本法においては、障害者を「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」と定義している。

障害者権利条約の定義は、「長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な障害を有する者であって、様々な障壁との相互作用により他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げられることのあるもの」としている。

となると、こうした定義から除外されるが健常者となりそうだが、そうは問屋が卸さない。「相当な制限を受ける」「参加することを妨げられる」というケースはあまたあり、時間の経過や周囲の状況によって支援が必要になってくる。障害と健常の間には無限のグラデーションがある。

年をとって心身が不自由になる・・・病気やケガによって日常生活に多大な支障を及ぼす・・・。支援が必要になるのは、人の数だけあると言ってもよい。誰でも人は「常に健やか」でいることは稀だ。常になにがしかの困難に直面する。

障害に備え、障害を恐れず、障害に立ち向かい、障害と和する。健康な状態を望み、健康になるよう互いに助け合い、無限のグラデーションをより良く生きる。そうした志向で生きていくことに、尊厳ある生き方は体現されるのだと思う。

(いろんな形の花がある。いろんな色合い、大きさ、人気の具合もいろいろだ)
巡らせて見上げた先に夏が来た [2022年05月29日(Sun)]

fumihouse-2022-05-29T21_23_42-1-thumbnail2.jpg大熊座の尻尾の曲線(つまり北斗七星のヒシャクの柄の方)に導かれて、線を伸ばすと牛飼座のアークトゥルスがある。めぼしい星が少ない春の夜空にあっては、その赤さ、明るさが際立つ。さらに曲線にのせて南に目を転ずると乙女座の主星、白いスピカ。右にはひしゃげた四角形の烏座が見える。

東の空には夏のベガが見えている。琴座の主星、別の名を織り姫星。やがて天の川をまたぐ(渡ると言うべきか?)白鳥座が見えるようになり、ベガの対岸には鷲座のアルタイル、つまり牽牛星である。七夕に向かって、夏に向かって、夜の星たちも季節を巡らせていく。

(星? いやいや、島根県が開発した紫陽花の「銀河」)
前進か停滞なしの退歩かな [2022年05月28日(Sat)]

fumihouse-2022-05-28T17_06_06-1-thumbnail2.jpg≪はじめようと思えば
 はじまるナニカ。
  停滞コワイ。前進タノシイ。≫

若い女性を対象とするブランド、earth music & ecologyの店頭ポスターのコピーである。何かしら始めようかと思う。まだ着手はしていないけれど気持ちが動いた。気持ちが動けば何かが変わる。実行に移せばさらに変わる、大きな変化だ。動け、動かせと言っている。

停滞という留まる状態はないと思う。退歩しているんだ、きっと。前進するか退歩するか、その二者択一。上昇か下降か、その二者択一。進むことは楽しい。波浪を巻き起こすけれども、目的が明快であれば苦しくはない。さあ始めよう!

(オオキンケイギクも停滞していない。外来危惧種として警戒され、抜根を奨励されているが、その強さと美しさで着実に前進している)
マスク掛け規制緩和が望ましく [2022年05月27日(Fri)]

fumihouse-2022-05-27T16_41_45-1-thumbnail2.jpg「屋外で会話が少なければマスクは必要なし」との、専門家会合の意見を受けて、わたしもマスクを外している。昼は暑くなってきたが、幸いに蒸し暑さを感じることはない。しかしマスクを掛けると顔全体が真夏モードとなる。少しでも外せる時間があるのはありがたい。会合やイベントの集合制限も相当緩和されてきたので、マスク緩和でお茶を濁すことなく、次のステップに進んでほしい。

新型コロナは感染症法において、結核が位置する2類と同等の扱いである、新型インフルエンザ等感染症とされている。これを5類に格下げして、ふつうのインフルエンザと同様にしてほしいのだ。感染して熱が出たら、即休んで医師に診てもらう。治ったら日常に復帰し、周囲の人も検査を受ける必要はない……早くそうなって日常を取り戻したい。オミクロン株の重症化率は低いだけに、もう潮時と思うのだ。

入院勧告や就業制限する役目を持つ医療機関や保健所の負担は軽くなる。休園、休校が相次いで負担感が極限に達している事業者や保護者にも福音となる。一方で、公費では治療費を負担してくれない。自己負担となると受診控えが起きて、感染をむやみに広げる恐れがある。

政府の考えは、時期尚早。タイミングをどう見計らうのか。早いところ梶を切ってくれることを願う。そうしないと、島根のように濃厚接触に関する定義と疫学調査をやたら厳しくする地域では、ますます不安と不満が増すではないか。なんとかしてくれや!

(美女柳も規制が緩くなることを願っていますぞ)
日が差して春夏秋冬麗しき [2022年05月26日(Thu)]

fumihouse-2022-05-26T20_00_59-1-thumbnail2.jpg【真春日】
きのうはこの夏一番の暑さ(もう夏と言ってもよい)。摂氏29度の夏日であった。25度以上あると夏日と言うのは常識だ。真夏日は、日中の最高気温が30度を超える日で、35度を超えると「猛暑日」となるのも今や当然のこと。

反対に、冬日は最低気温が0度を下回る日のことで、最高気温までも0度を下回ると、「真冬日」というのも常識だろうが、ここ何年かは真冬日を経験したことがない。

昔は観測気温に着目することはせず、夏日とは、夏の強い日ざし、あるいは夏の暑い日を意味した。冬日も同様、冬の太陽や短い冬の一日を示した。

さて、冬日や夏日があるならば、春日と秋日もあっていいじゃないか。春らしい、うららかで散歩に出たくなるような日和が、春日だ。秋らしい、キリッと空気が締まって厳しい冬の前触れのような日。しかし日は差しているのが秋日である。なかでも最も春らしい、秋らしい一日を、真春日と真秋日と呼ぶことにする。いかがかな?

(春日に咲いて、芳しさを醸し出すセンダン)
恋と愛失うことと得ることと [2022年05月25日(Wed)]

fumihouse-2022-05-25T20_35_10-1-thumbnail2.jpg【失恋】
多義な言葉である。辞書によっては、恋する思いが相手に通じなかったり拒絶されること、としか書いてない。少年期の失恋といえば、誰かを好きになって(たいていは同級生)、告白して(周りが囃し立てる場合あり)、あえなく沈没、それが失恋・・・みたいな固定観念があるが、そんな単純なもんでもない。

愛し合う状態のままで終わるケースがある。死別もあれば、行方不明による生き別れもあるだろう。周囲の力によって引き裂かれて、分かれ別れという場合はかわいそう。多くは強いショックを受け、深い悲しみに沈む。辛い失恋である。

人によってはスレ違いが高じて別れる。ハニーな気持ちが薄れ、欠点が目について我慢ならなくなる。このままでは可愛さ余って憎さ百倍、憎悪するようになる前に、別れを選択する場合もあるだろう。気持ちは二転三転、整理のできない失恋と言える。

失恋は人それぞれ、十人十色。失恋には縁がないと言うなかれ。誰かに賭けた期待を裏切られ、信頼する人からの裏切り、好きなスターの逮捕劇・・・これらも擬似失恋なのではなかろうか。

(エゴの木の花が咲いている。エゴイズム満載の恋愛では嫌われる。与え与えられる関係であってはじめて、恋愛も高められていく)
スイートに家族を紡ぐ物語 [2022年05月24日(Tue)]

fumihouse-2022-05-24T20_02_18-1-thumbnail2.jpg題名の『スイート・ホーム』の章立ての最初が「スイート・ホーム」。ゴッホやルソーといった大家の生涯にサスペンスタッチで迫ったり、ピカソのゲルニカの生い立ちに新解釈を交えるアート探究者としての面持ちとは異なる小説であった。小さなしあわせを丁寧に積み上げて、幸福の形を見せてくれる優しい構成であった。自然と目頭が熱くなる。

次の章「あしたのレシピ」に移ると、情景が異なった。登場人物も違う。なんだ、そうか、短編集なんだ、もう別の物語なんだと気がついて、少し残念な思いがした。ところが、読み進むうちに宝塚の高台にあるケーキ店「スイート・ホーム」に関わる人々のエピソード集だということが分かって、俄然物語に没入していった。

温かい。すべてが温かい。家族の人間模様、スイート・ホームの店舗に関わる人々、困難を乗り越える姿、小さなそして深い思いやりの数々、舞台となっている宝塚の高台、夕暮れの穏やかな光景・・・。文章までも読む者を優しく整えていく。あちらこちらで涙腺が刺激された。読んで幸せ、いい物語。素敵な時間を過ごすっていいもんだ。

(カモミール・ティーを飲みながら、お気に入りのケーキを食べて読むと、さらに深い感激で満たされることだろう)
書き言葉気になるならないどっちかな [2022年05月23日(Mon)]

fumihouse-2022-05-23T19_12_52-1-thumbnail2.jpg気になる書き言葉がある。ワープロが普及して以降に散見されるようになった漢字の使い方である。

○そういう風に
辞書的には間違ってはいないが、感覚として馴染めない、カゼと読んでしまいそうだし、下の「そう言う」と同種だと思うので、わたしは使わない。。

○そう言うこと
彼はそう言った、とは書いてもよいが、ここは平仮名でいくべきでしょう。「いう」とは、話し言葉を指しているのではないのだから。

○〜して下さい
「して下さる」というへりくだった言い方から生じたのだろうか。字数の制約があって字を減らしたいと思うときにしか、わたしは使わない。

○〜して欲しい
肉欲、食欲、読書欲……そうした具体的な何かが欲しいというときに使いたいのが「欲しい」。慾と書いたほうが相応しいと思われる場面で使いたい漢字だ。あっさりと「してちょうだい」と頼むときには相応しくないような気がするんだ。なもんで使わない。

○その通りです、別紙の通り
通りとは、道筋の名前、もしくはどこそこを貫いて通る道のことをいうのであって、本町通りとか、竹下通りと使うのが相応しい。わたしは使いたくない。

(ニゲラの咲く通りに立つと、そういうふうに夏がくるのが分かる。穏やかな夏になってほしい、いや、なってください)
浦島は年をとったりうらめしや [2022年05月22日(Sun)]

fumihouse-2022-05-22T09_35_36-1-thumbnail2.jpg年を取ることは悲哀である。年少期も青年も壮年も、それなりに悲しみに満ちている。しかし、まだ伸びしろがあり、経験も十分活かせる点で救いがある。年を取ると伸びしろがない? 経験を活かせない? 一概には言えないが、心身ともに衰える、しかも日進月歩の世の中についていけないことが多くなる。

もちろん抗うことは出来るし、一筋の光に万感の思いを込めて体験して生活を深めることは出来る。それでも、体力がない、金だって思うに任せない。家族や友人も減っていく。日々格闘しても悲哀がヒタヒタと身辺を侵していく。

ラジオを聞いてきたら、「逆玉手箱」という言葉に出会った。浦島太郎にそれを持たせたらどうかという発想である。目的地に着いたので話の展開はわからないので、想像してみるに、竜宮城から帰ってきたら故郷は別世界になっていた。何世代か過ぎて誰も知り合いがいない。一人ぼっちになることは分かっている。だのに、なぜ玉手箱を与えたのか。反対に煙とともに若返る逆玉手箱を与えるべきだった・・・。

玉手箱を与えてしまったら悲哀は一層増すばかり。世話をしてくれる親族だって見つからないかもしれない。恨めしさが募ったであろう。乙姫が魔法を使うのであれば、同じことなら若返らせてあげたかった。若さはエネルギー。友を作り、家族を作る。過去は思い出として胸にしまい込み、新しい環境に馴染んでいく。浦島太郎の物語はハッピーエンドとなるに違いない。

(蛍の初見は5月18日。そろりと捕まえて指先に乗せた。飛び立った瞬間)
ワクワクの土曜は金曜取り代わり [2022年05月21日(Sat)]

fumihouse-2022-05-21T20_57_45-1-thumbnail2.jpgかつて、土曜日の夜はルンルンだった。半ドンの仕事が終わり、買い物や映画鑑賞。喫茶店で本読みに熱中するもよし。スナックで酔って大騒ぎすることもあった。心躍る時間を過ごして夜ふかしすることはざらだった。明日は日曜日。ウキウキは続く。朝から何しようかと思うとワクワクは止まらず、たいてい朝早くに目覚めたものだった。

時間はたっぷりある。ウキウキしながら過ごす。何かに没入して、ふと気がつくと夕方。焦ってくる。わかっちゃいるけど明日は月曜日。仕事が始まる。トキメキは消え失せて、テレビのサザエさん症候群なる言葉が生まれたこともある。

今は週休二日。土曜日の夜に、あと一日しかないと考えてか、残念な気分になってくる。近頃ハナキンという言葉は使わなくなったけれど、金曜日が今一番輝いている。

(初夏に咲く白いトベラは、土曜日の陽光を浴びて、鳥取砂丘コナン空港の導入路を甘い香りに包んでいた)
販促と求人の技学びたし [2022年05月20日(Fri)]

fumihouse-2022-05-20T19_00_51-1-thumbnail2.jpgあるサイトで以前、「3つもやれば十分変わります!100個の売るワザ」という販促ノウハウを紹介していた。惜しげもなく100個もだ。目下、保育士や保育教諭、看護師、言語聴覚士など求人仕事に奔走する当方にとって、物やサービスを売る仕事とは少し毛色は異なるとはいえ、とても刺激になる内容だ。近いうちに学生説明会も行う予定がある。

■五感を刺激するブランドをつくる/嗅覚を刺激して売る/心地よくなるBGMを流す/ブランドに合ったテーマ曲をつくる/ブランドメッセージを発信する/セクシーな広告をつくる/顧客の話をトコトン聞く/キラー・フレーズを持つ/雑談のスキルを磨く

ステキな園の歌はある。が、それ以上は自信がない。「社会福祉法人つわぶき」のブランド感を出すのだ。セクシー、うーん必要かも。

■ファンを社員として雇用する/臨場感あふれる写真、赤ちゃんの写真を使う/紙媒体は重く厚くする/シンプルな書体を使う/ときには複雑な表現を用いる

かつての園児が就職する年代にもなっている。どう訴えるか、表現するか、相手をその気にさせるのか。腕の見せどころ(でも腕がない)。

■必ず2回握手する/顧客には右側から話しかける/いつも笑顔を絶やさない/自信満々で説得する/最初に小さな頼みごとをする

握手か、やりたいなあ。もういい加減感染対策としては許される範囲ではなかろうか。頼みごと、うーん、つわぶきの評判でも聞いてみようかな。

■顧客の意表をつく言葉を使う/シンプルなキャッチフレーズを使う/イメージしやすいネーミングをする/形容詞で躍動感を出す/ストーリー仕立ての広告をつくる/「お客様の声」をドンドン掲載する/言いたいことは簡潔に伝える/ロマンチックなアプローチをする/最新情報を提供する/顧客の欲望を肯定する/クレームには真摯に対応する/ミスをきちんと謝罪する

私たちは真摯に児童福祉と障碍福祉に邁進していますとアピールするのはもちろんのこと、他の法人や施設とは違う味わいを持っている。それを出していきたいと思う。

■選択肢をむやみに増やさない/感情的な広告をつくる/ウェブサイトの第一印象をよくする/画像や動画をドンドン搭載する/年配者にわかりやすい表示をする/顧客の想像力を刺激する/メッセージは中央に載せる/親しみやすいキャラクターをつくる

ウェブ対策も大事だ。ホームページのリニューアルも怠ってはなりませぬぞ。まずは週末、しっかりとリフレッシュして月曜日に臨むこととしましょうか。

(アザミの花もしっかりと主張している)
読み取って出会い頭の2秒の勝負 [2022年05月19日(Thu)]

fumihouse-2022-05-19T18_35_36-1-thumbnail2.jpg2秒は一瞬だ。一瞬のようなもの。あれよと言う間に過ぎる。たった2秒の印象から、言葉には出ない相手の状態や性格を判断することができるという。確かに、そんな気がしてきた。

音声を抜き顔の表情だけにして喋る動画を、4千を超える人に見せて実験したという。あるサンプルは「親しみやすい・真面目」と一様に評価された。またあるものは誰もから「頼りにならない」と書かれた。たった2秒の動画にもかかわらず。何たる不思議さ。

メラビアンの法則ではないが、見た目は大事だ。目や頬の筋肉、口の開き方などに表れる表情によって読み取られる印象には多くのものがある。一番大事なのが最初の2秒というのだから、揺るがせにしてはいけない。2秒を見落とすと、顔や表情に操作が及んで判別が出来なくなるのだという。

誰かに会ったとき、雑談でも面と向かった話し合いをするときも、最初の2秒に注意を払おう。落ち着いて目を凝らすことで、きっと話の方向も推測できるし、リードしてウインウインの関係に持っていくことも出来るようになるに違いない。

(赤い薔薇を見た瞬間から2秒に着目しても得るところはないか。いや美しさが目に焼き付く)
月は丸欠けてもまあるい月なれば [2022年05月18日(Wed)]

fumihouse-2022-05-18T19_24_54-1-thumbnail2.jpg今夜月齢はどのくらいだろう。週末に満月だったので、だいぶん欠けてきたことだろう。唱歌ではこう歌った。

♪出た出た 月が
 まあるい まあるい まん丸い
 盆のような 月が♪

今朝は快便だった。スッキリとして職場に向かった。仕事はすっきりとはいかなかったのが残念。替え歌を作ろう。尾籠な話題で失礼!

♪出た出た ウンチ
 茶と黒 黄色の混合体
 バナナのような ウンチ♪

2番はこんな歌詞だそうだ。知らなかった。

♪隠れた 雲に
 黒い黒い 真っ黒い
 墨のような 雲に♪

再び替え歌を。失礼の二乗!

♪隠れた 病気
 黒い黒い 真っ黒い
 タールのようなウンチ♪

健診を受けよう。できれば人間ドックを2年に一回は。まずは自分のために。そして大切な人のためにも受けよう。

(パラボラアンテナを想像させるヒルザキツキミソウ。昼に咲く、確かに。月見草に似て、確かに)
クチャクチャと咀嚼の音はいかがかな [2022年05月17日(Tue)]

fumihouse-2022-05-17T17_45_09-1-thumbnail2.jpg【クチャラー】
初めて知った単語だが、誰でも経験があるあの不快さ。クチャクチャ、ピチャピチャと咀嚼音を立てて食べる人のことである。

クチャラーは嫌われる。信じがたいことに、当人は音を響かせて周囲に得も言われぬ空気を漂わせていることに気がつかない。

そうした文化でありながらも日本では、蕎麦やうどんの麺と汁を吸う際に、ズルズル、ジュジュジュと音を立てることに頓着しない。西洋人から見れはさぞや不思議に思えることであろう。

韓国をはじめとした東洋の諸国では、音を立てるのは美味しいとアピールすることになるという。また、クチャクチャの理由のもう一つは、口に空気を入れて食べると料理がより美味しくなるからだとか。三十年も前に韓国へ行き、方々と交流した際にピチャピチャする音は聞こえなかったように思う。新婚旅行でガイドさんと丸4日過ごした時にも感じなかったので、真偽の程はわからない。

(どこからか、クチャクチャ音を出しそうなドイツアヤメ)
あるのかな無いのか矛盾ばかりなり [2022年05月16日(Mon)]

fumihouse-2022-05-16T19_14_07-1-thumbnail2.jpg【矛盾なし】
山梨県の山中で見つかった頭の骨は、3年前に行方不明になった女の子と母親とが親族関係にあることに矛盾はない・・・。役所言葉で分かりにくい表現は多々あるが、今回のは初めてお目にかかった。

矛盾はないけれども、完全に肯定はしていない。母親のはるか遠い親族の誰かがそこに骨を残した可能性がないこともない。そうした否定の否定によって、女の子の親族は1億分の1もないであろう望みをつないでいた。

「ないことはない」「思わないでもない」などという否定の否定は、ズバリ「ある」「思う」と断定できるのか。そうではない。100%言い切るまでの自信がないときにそんな言い回しをする。言葉とは不思議なものよ。

頭骨のDNA鑑定では矛盾なしとされたが、次に見つかった肩甲骨のDNA鑑定によって、最終的に不明女児であると断定された。家族の心は張り裂ける。さぞや無念であろう。合唱
銀と赤超大な力天を打つ [2022年05月15日(Sun)]

fumihouse-2022-05-15T20_01_46-1-thumbnail2.jpg背に哀愁。超巨人が持つペーソスを後ろ姿に感じて気になっていた。映画『シン・ウルトラマン』を観た。

「空想特撮映画」という昭和的タイトルバック。昭和ウルトラマンは、かき混ぜたコーヒーにフレッシュが渦を巻くようにして「ウルトラQ」の文字を「ウルトラマン」へ転換させていたが、今回は「シン・ゴジラ」から「シン・ウルトラマン」に替わった。ゾクゾクした。

長澤まさみのスリット入りのタイトスーツを下から覗くカメラアングル。操られ巨大化した姿で表情はないとはいえ、演出上問題ありと思ったが、2022年の技術で描く半世紀前の時代の気分を描いたということでよしとしよう。

昭和ウルトラマンよりずっと美しいフォルムに感動した。光沢のあるシルバーに赤くて太いライン。それでいて身をかがめるときの皺が着ぐるみのようで、浅見(長澤)を助けて地面に下ろす手が手袋のようで、昔の着ぐるみの雰囲気を出している。昭和ウルトラマンへのオマージュであろう。

超人の名に相応しい。スペシウム光線は地下深くまで掘り起こす巨大エネルギー。昭和ウルトラマンが放つ光線にそうしたエネルギーはなかった。そもそも昭和だったのかあれは……。あのころ科学的特捜隊員も電磁銃なんて使っていたなあ。弾丸ではなかった。

怪獣ならぬ過威獣の対策チームである過特対の隊員はユニフォームを着ず、スーツ姿であることが面白い。もちろん戦闘もしない。戦闘は自衛隊が担当する。過威獣銀座になってしまった日本国土で出現した過威獣をいくつか倒してきた実績も示されて、ウルトラマンなどヒーロー頼みの旧作とは変化が見える。

時代は問わず、昭和も令和も遠い未来もない。ただ、目下地球を蹂躙しているホモ・サピエンスがこのままでいいのかと、問いかけられた気がしたのはうがち過ぎだろうか。そうした葛藤が、光の国からやってきたウルトラマンの心に波風を立てたのだと思う。

(すくっと立つベニバナツメクサ。シン・ウルトラマンと比べるべくもない)
美しくこの身保ってしつけかな [2022年05月14日(Sat)]

fumihouse-2022-05-14T09_10_35-1-thumbnail2.jpg【躾】という字。嫌いだ。しつけること、そのものに嫌悪感を抱くのではない。縫い物のしつけ縫いから生じた言葉だろうが、とても重要なことだと思う。漢字が嫌いなのだ。

「身」が「美」しいと書く。まずは字体が悪い。筆やペンを使うとうまく収まらない。字形が悪いのだ。いかにも後で作りました、そんなにおいがする。もちろん漢字は古代中国の産。人間が作ったものではあるが、時代を経て具合よく馴染んでいく。それを感じない。ひょっとして近代になってのちの国産かもしれない。

身を美しく。身だけじゃないよな。身支度を整え、清潔にして人前に出る。整理整頓に努めて、情報を整理し、人付き合いにおいても節度を保っていく。ガムシャラになることはあっても、依存症にまでは陥らない。幼いころから適度な教育を受けて、長じては自ら律して生活を整えていく。人の心身すべてを美しくするものが、しつけだと思う。そうしたあり方を「身」と「美」でくくっていくことに無理を感じるので、嫌いだ。

と、ここまで想像して実際に辞書で調べてみよう。

デジタル大辞泉 デジタル大辞泉より
 しつけ【仕付け】《動詞「しつける」の連用形から。「躾」とも書く。「躾」は国字》礼儀作法をその人の身につくように教え込むこと。また、その礼儀作法。

なるほど国字か。思ったとおりだ。字の考案者はどんな気持ちでこの字を考えたものやら、聞いてみたいものだね。

(しつけよく並んだガザニアの花。小雨のなか閉じて、太陽に照らされるのを品よく待っている)
衣替えやがて灼熱ハヒフ夏 [2022年05月13日(Fri)]

fumihouse-2022-05-13T18_43_25-1-thumbnail2.jpgかつて6月1日が衣替えの日であった。それまではどんなに暑くても学生服を着続けた。暑い時は脱いでワイシャツ1枚になった。社会人になってからもネクタイを締めてスーツ姿だった。ネクタイをどんなに緩めても、暑くて暑くて堪らない。

やがてクールビズが当たり前になると、衣替えはゴールデンウイークが終わるとすぐにやってきた。しかも一斉にではなく、徐々に事務所が夏色に染まっていった。ネクタイを外すだけでなく、ポロシャツが推奨されるようになり、ごく薄い夏用上着を羽織る。なぜなら冷房車内や事務室が冷え過ぎていると、風邪を引きかねないからだ。

わたしは今日からポロシャツを着ている。雨が湿った空気を連れてくると時折寒い。そんなときは職場の公用ジャンバーを着る。列車に乗って今は薄手の上着。梅雨も間近に迫っている模様。灼熱地獄の真夏にもなるだろう。大汗かいて不快さに眉をひそめる。それでも願う。適度な夏よやって来い。

(真紅の薔薇。こんな夏なら願ったり)
病院はなんで行くのかやなこった [2022年05月12日(Thu)]

fumihouse-2022-05-12T18_03_13-1-thumbnail2.jpg病院へ行くことを嫌がる人がいます。いわゆる医者嫌いですが、毎月多額の健康保険料を納めているにもかかわらず、元を取ろうとせず、病院を避ける人。まっ分からなくもないですけどね。

忙しくて時間がない……もっともです。昼間の普通時間で働く人ならば、休みをとって行かなくてはなりません。面倒で大変なことです。でも早く治したほうがいいと思いませんか?

少々体がダルかったり痛かったりするけど、大したことない。医者にかかるまでもないさ……ごもっとも。ほんの風邪、だだの打撲と診断される可能性は高いかもしれません。しかし重病が隠れていたとしたらどうします? 後悔しますよ。

人間ドックで精密検査を要すると判定されたけど、いつもとおんなじ精検結果だし、どうせ異常なしの結論になるに決まっているさ……そうかもしれませんね。十中八九は異状なしかもしれません。しかし、残りの一、二に当てはまったとしたら大変ですよ。安心するためだと思って病院に予約を入れましょうよ。十分行く価値があると思いませんか。

病院の臭いが嫌いだと言う人いますよね。ぞんざいな対応をする医者に当たったことがあって嫌な思いをした人もいるでしょうよ。診察前に、検査のために、調剤を待って長く座ってなきゃいけない。それが嫌な人もいるでしょう。でも早期発見、早期治療が一番だと思いますけどね。

(バイカウツギもあなたの足が病院へ向くよう願っている)
見て見てとスマホの画面ゆらゆらと [2022年05月11日(Wed)]

fumihouse-2022-05-11T18_16_08-1-thumbnail2.jpgフェイスブックの画面が揺れている。見て見て!と主張して動く映像をクリックすれば、待ってましたとばかりに音付きで流れ出す。YouTubeとても同じこと。クリックしてよ!たっぷり見て頂戴な!と媚びを売る。

ハリー・ポッターで読んだ写真が動く新聞記事、映像が喋る看板が描かれて、なるほどこれが魔法というものかと思った。やがて映画になると魔法の光景がスクリーンに現れた(もちろん架空だが)。今やスマホは当たり前の光景として、魔法を現実世界に現す。魔法に彩られた日常が楽しくないはずがない。

(風に揺れて麦の穂がなびいている。もうすぐ収穫、見て見て!と注文する)
おもむろに身体捻ってトラブルよ [2022年05月10日(Tue)]

fumihouse-2022-05-10T12_13_58-1-thumbnail2.jpgクルマを運転しながら後部座席の荷物を取る(むろん停車中)。シートベルトは柔らかめに身体を締めて、いざとなるとがっちりガードするイメージがあるが、これが意外と堅く締め上げている。身体を後ろに向けにくい。腰が動かないものだから、相当捻りを入れるものだから痛い。それどころか、腰がグキッとなったり胸の筋肉がつったりする。面倒くさがらずに、シートベルトを外してから手を伸ばしたいものだ。早起きは三文の得、ベルト外しは安全の大元。

(早春の頃の葉牡丹の花芽は実に美しかった。優美な曲線とグラデーション)
春盛りナンジャモンジャの雪が降る [2022年05月09日(Mon)]

fumihouse-2022-05-09T19_22_08-1-thumbnail2.jpgナンジャカンジャと 時間が流れていく
ありゃナンジャ? ただの雲
ナンジャカンジャと 季節も過ぎゆく
忍者でまちおこし 伊賀と甲賀じゃよ
間者を雇って諜報活動したのは大昔
関ジャニが解散?は何年か前 危機を克服
ジャニーズの天下は まだまだ続く
大相撲で勝ち力士 どんなもんじゃとしたり顔
散文の選者なら こんな投稿願い下げ
ほんじゃ またね

(ナンジャモンジャ(ひとつばたご)が咲いている。雪をかぶった風貌が涼やかじゃ)
配達に無事故を期して未明かな [2022年05月08日(Sun)]

fumihouse-2022-05-08T20_29_01-1-thumbnail2.jpg≪新聞を配ることは、
 気を配ること
 毎日、誰よりも早く起きる。
 朝というより、まだ夜中だ。
 台風の朝も、大雪の朝も配り続ける。
 毎日のご褒美は夜明けの空だ。
 普通の毎日が普通に始まるために、
 配達員は今日も走る。≫

山陰中央新報社は今年、創刊140年を迎えた。地域のニュースに配信社からの大きな記事、国際記事、経済記事等を加えて毎日の紙面が出来ている。印刷がされても、配達されない限りは多くの人の目には触れない。未明から始まって「台風の朝も、大雪の朝も」配達員の皆さんが配ってくださる。なんとありがたいことか。

新聞離れはある、ネットニュースで済ます人も多い。しかし山陰中央新報をはじめとして新聞なくしては世は成り立たない。暗いうちの配達は危険である。未明バイクに乗っていた人が巻き込まれた事故の記事がある。配達員ではないかと心配になるときがある。気を配って事故を避け、どうかご無事で!
満開にもうもう少しお楽しみ [2022年05月07日(Sat)]

fumihouse-2022-05-07T19_39_33-1-thumbnail2.jpg花が満開になる。もちろん見てて嬉しい、美しい。満開とは草花、花木のピークである。梅、桜、桃、杏、雪柳、ブルーベリー、椿………満開状態よりは、開いた花びらの隣にまだ蕾状態のものもあるのが美しい。もっと開いていく楽しみもあって、次々と花開く様子が期待されて眩い。

クロッカス、チューリップ、菜の花、ネモフィラ、芝桜、勿忘草……草花もまた開ききった姿より、あと少しで満開というところが美しい。腹八分ならぬ花八分である。眩しい陽光のもと、満開に向かう花を楽しみたい。

(ナニワイバラとは難波の茨。はて、イバラのトゲトゲは見えなかったような気がするが、見目麗しい花だ)
外向と内向の差はいかにせむ [2022年05月06日(Fri)]

fumihouse-2022-05-06T16_27_41-1-thumbnail2.jpg内向的な性格か、外向的かは視線でわかるそうだ。どちらが良いか悪いかということではない。個性に良し悪しはなく、適材適所の人材配置をするのが一番大事。

まず、話している間、相手を見つめる時間は外向性の人が長いそうだ。これは十分想像できる。営業活動で多くの人にアプローチしたり、自分から何かを仕掛けていく外交的な人が、相手からそうそう目を離すわけがない。

内向性の人の視線には特徴があるようだ。伏し目で左右に目が泳ぐ。かつ泳ぐ目の位置が低いという。確かに内向性の強い人と話をしていると、目が泳ぎ伏し目がちな人が多い。わたしだってズケズケと立ち入ってこちらを食い入るように見つめる人と話すのは苦手だし、よほど相手と対抗していく場でもない限り、アイコンタクトは短くなると思う。

で、きょうの文章の結論は?と尋ねられれば、別にこれ以上ありません、と伏し目がちに応えます。

(クロバナロウバイは外交的か内向的か、なわけはない)
どうだろう家族よ聴いて正直に [2022年05月05日(Thu)]

fumihouse-2022-05-05T21_31_06-1-thumbnail2.jpg山陰ギターコンクールで審査員の一人が講評しておっしゃった。家族の前で予行演習を繰り返すと良い。なぜなら、評価が正直でダメなところをダメと言い切ることが出来るから、と。

確かに家族に聞いてもらうと、あそこはああしたほうがいい、そこは何か違う感じがすると言って、直感的に厳しい目でみる観客になってくれる。そこから音を練り直すこともあった有り難い存在だ。

こんな講評もあった。指だけで暗譜してステージに上がる人がいる。上がって頭が真っ白になったときに破綻する。自分に合った暗譜を工夫してほしいと。具体的に教えてほしかったけど、安直は禁物だよね。

そしてもう一つ。バスが鳴ると楽器が響いていく。低音を磨いてほしいと。右親指を鍛えよう。鋭く、重く、そして柔らかに。

(連休の終わりとともに、躑躅が絢爛に咲く季節は終わり、夏と梅雨がやってくる)
コンクール気温上昇熱い春 [2022年05月04日(Wed)]

fumihouse-2022-05-04T23_26_29-1-thumbnail2.jpg柔らかも硬さも快なり弦響き
  切磋琢磨に黄金週間

(小手毬の丸みも快なり春連休)
コンクールガチガチドボンフラフラよ [2022年05月03日(Tue)]

fumihouse-2022-05-03T22_14_20-1-thumbnail2.jpg第30回の佳節を迎えた山陰ギターコンクール。初日のきょうはジュニアとシニア、シルバー部門が行われた。わたしは初参加。シニア部門でヴァイスのファンタジーホ短調を演奏した。

ほんの15分前の練習では難なく弾いていた箇所を間違える。空振りしたり、違う弦を弾いたりして、こんなはずじゃない!と思うことの連続であったが、ともかく止めない、流れをブチ切らないように努めて最後まで弾ききった。

わたしなりの情念を込めて訴えるものを感じていただけたとは思うが、いかんせんミスタッチが多過ぎて賞とは無縁。3年前のプロフェッショナル部門で優勝しプロ転向した宮川春菜さんのコンサートを聴いてから(異次元の音色、強弱のメリハリに驚愕)、用事もあったので審査結果を待たずに帰路についた。

帰宅後参加者から知らせがあった。なんと奨励賞をいただいたとか。3位までの入賞ではなく、さらに精進を望むという意味合いで選外ではあるが、それなりに評価されたということだ。もっとガンバロっと。

明日は中級、上級部門とプロフェッショナルの予選と本選がある。わたしは役員の一人として皆さんのお世話をする。明日も楽しいギター漬けの一日になる。

(コンクール会場の米子市公会堂近くに咲いていた、太陽の花ガザニア。明日も良い天気)
悪役と善玉居ます魔法界 [2022年05月02日(Mon)]

fumihouse-2022-05-02T19_01_20-1-thumbnail2.jpg映画『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』を観ると、魔法界とは全地球に裾野を広げた世界であることを認識させられた。ハリー・ポッターシリーズにも黒人やアジア系の生徒がいるにはいたし、フランスなど外国の魔法学校も描かれてはいたが、イメージはヨーロッパに限定されていた(少なくとも私は)。今回はアジアのある国が舞台に選ばれた。ファンタスティックのシリーズは残り2作。どんな世界観が広がっていくのだろうか。

ダンブルドアの宿敵、グリンデルバルドの役をスキャンダルのかどで下ろされたのはジョニー・デップ。代役は老獪な政治家のような風貌で少し気を削がれた。デップのほうがエキセントリックで狂気の雰囲気をたたえており残念に思う。ヴォルデモートに続く悪の系譜がどのように今後描かれるのか。楽しみは尽きない。

(天気予報にはなかった強めの雨が上がり、夕方の松江は広い青空。連休後半への期待も広がる)
エイヤアと行動起こす思いきる [2022年05月01日(Sun)]

fumihouse-2022-05-01T19_51_34-1-thumbnail2.jpg【不足行動】と【過剰行動】
やらなければならない課題があるのに、それに向かわず、別の楽しいことをしてしまうことがある。今やらなくてもいいのに逃げてしまう。一時的に離れても気持ちは縛られている。心から楽しめない。だったらすぐにやればいいのに、気が乗らない。誰にもよくある話だ。

行動科学では、やるべきだが着手できない課題のことを不足行動(ターゲット行動)という。反対に今やらなくてもいいのにやってしまうことを過剰行動(ライバル行動)という。

過剰行動に走ることは、はっきり言えば楽しい。刹那的に楽しいことばかりやり続けたら破綻してしまうけれども、適度にやっていきたいものだ。

不足行動をやりやすくするには、何か褒美があったり、自動的に出来るよう動機付けたりする方法がある。なんと言っても、エイヤアと思い切って着手するに限る。すると不思議なもので乗ってくるのだ。まつがんばろう!

(牡丹の季節。彼らもエイヤアと咲く)