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馬車馬は覆い外して外を見よ [2022年04月30日(Sat)]

fumihouse-2022-04-30T11_59_06-1-thumbnail2.jpg【馬車馬のように働く】
今や観光地にしかいない馬車馬ではあるが、実際馬車馬とはどれだけ働くんだろう、と思って調べてみたら間違っていた。過労死ラインを過ぎるくらいものすごく働く意味だと思っていたが、左右を顧みないで一目散に突進することなのだそうだ。周囲を見回す余裕がないという点では猪突猛進に近い。

馬車馬には目の横に覆いを被せて左右が見えないようにして、馭者(ぎょしゃ)の指令のままに走る、歩く、止まるを繰り返す。そこから脇目もふらずに一途に働くことを喩えたようだ。

周りの状況を見せないように目の前だけ見て働かせる。あるいは自身がそう仕向けることも含めて、状況を客観的に判断することを削いでいくのは危険な働き方である。

一時は馬車馬のように働いてでも仕事を覚え、状況打開に動き、一途に守りたい生活、支えたい何かに貢献することも必要だ。だが限度がある。一時が過ぎたら、目の覆いを取り外そう。

(白い芋カタバミ。道ばたの花を眺めて馬車馬から脱しよう)
幸あれと彼岸の方に語りかけ [2022年04月29日(Fri)]

fumihouse-2022-04-29T12_51_17-1-thumbnail2.jpg葬儀に参列できなかった方の弔問に向かった。柔らかで繊細、少し恥ずかしがり屋ではあったが、知的な笑顔がステキな人だった。遺骨の前には、わたしのイメージのままの遺影が飾ってある。仏前で追善回向のお題目をお送り申し上げた。

息子さんご夫妻と故人の思い出に花が咲き、それぞれの近況を報告しあう、よき時間が流れていく。そうした語り合いがあるのも、あの方のおかげだと感謝申し上げたい。

大宇宙にとけ込んだあの方の生命。わたしは今ここに生きている。彼此の違いはあれども、幸あれと願う。そして共にがんばろう!

(今あの方には、ホットリップスの一組を贈りたい気分。以前亡くなられたご主人と、仲の良いご夫婦だった)
きょうあした少しはあたま空っぽに [2022年04月28日(Thu)]

fumihouse-2022-04-28T19_57_54-1-thumbnail2.jpg【明日】
「あした」と読むか、「あす」なのか。迷う場面がある。どっちでもよいことが多いが、字感が異なって面白い。さすがに「みょうにち」と読むと、堅くなってよほど格式ばってくる。

「あした」は次の日を意味する。日が明けるから明日。子どもが覚えるのは、まずこれから。翌日全部を指すのは「あす」も同じと知る。少し大人になると、次の日の朝も「あした」だと教えられる。

「あす」は次の日全体を意味する。あしたより肩苦しい感じがする。近い将来の意味でも使う。明日の日本と言ったら、十年二十年の後にも範囲が及ぶ。

常用漢字表での正式な読みは「あす」だそうだ。まあどうでもいいこと。明日(あす、あした)から連休。明日(あす)の世界のことでも考えようか。

(紅白のハナミズキは何を考える? あしたは何個の花を開かせようか)
家事に楽こどものためと思いきり [2022年04月27日(Wed)]

fumihouse-2022-04-27T19_54_50-1-thumbnail2.jpgパナソニックが食洗機を売り出したとき、売れなかったそうだ。松下幸之助のうたう「女性を家事から解放したい」という理念に沿う商品であったにもかかわらず、なかなか売れない。最新の技術が家事を楽にするという訴えが届かなかった。

調べてみると、家事がラクになると罪悪感を感じてしまう実態が実はあったのだそうだ。子育て世代には、愛情をもって子育てをやることを手抜きすると思ってしまう節があったのだ。社会全体がそのように仕向けてきた罪もある。罪というか、当時は当然のことだったのだ。

パナソニックは考えを練り直す。「子どもと一緒にいられる時間を長くする道具」とキャッチを提案したのだ。食洗機を使って楽になることは、手抜きしているどころか、子育てに力を入れている証明と転換したのである。

今やパナソニックは食洗機市場をほぼ独占しているという。逆転の発想によってどれだけ状況が変化していくか、世の中に一石を投じることが出来るか。そんなことを示す好例である。

(白いハナミズキも、何かにつけて楽をしたがっていることはあるまいか)
進化してみんなで一緒に報連相 [2022年04月26日(Tue)]

fumihouse-2022-04-26T18_24_15-1-thumbnail2.jpg「報連相」は今やだれもが知る常識となった。そこに進化形が登場しているそうだ。

ほうれんそうの「おひたし」。
 ・怒らない
 ・否定しない
 ・助ける
 ・指示する
最後の指示する段階で、ボケたこと言われたら堪忍袋の緒が切れそうになろうが、じっと我慢の子。

頑張り過ぎたと思ったら「きくな」。
 ・気にせず休む
 ・苦しいと言う
 ・なるべく無理しない
これが出来るかどうかは環境による。パワハラ環境が常態化した職場ならば、即追い込まれる。

仕事人にとって良くないのは「ちんげんさい」。
 ・沈黙
 ・限界まで言わない
 ・最後まで我慢

なるほどね。参考にさせていただきます。
吸う自由煙草なんぞは欲しがらない [2022年04月25日(Mon)]

fumihouse-2022-04-25T17_41_51-1-thumbnail2.jpgわたしに空気を吸う自由を与えてくれまいか。
どうか空気をちょうだいな。
空気を吸うのは誰でも自由って言わんでほしい。
きれいな空気を吸いたいんじゃよ。
籠もった熱い空気ではない。
不織布に隔てられた空気じゃない。
マスクをせずとも何ら後ろめたさのない環境がほしいのだよ。
きょうの松江は28℃?
外に出ると暑さに慣れない体は悲鳴を上げる。
口周りを覆うだけで体感温度はグッと上がる。
どうかわたしに自由な空気を与えてくださいな。

(木香薔薇だって綺麗な空気と水の環境のもとで、素敵に咲きたいと望んでいるんだ)
先へ行けカモンカモンと前進む [2022年04月24日(Sun)]

fumihouse-2022-04-24T22_06_53-1-thumbnail2.jpg映画『カモン カモン』はモノクロではあるが、美しいヒューマンドラマであった。日本語で「こっちにおいで!」の場面で「come on」が使われるが、その意味はしっかり行け!という感じ。私という一人称が主体ではなく、あなたが前に踏み出せ!という二人称が主体となってあなたの背中を押す感じだろうか。

ネットを見すぎると眠らないとか、甘いものを食べすぎると興奮してしまう、ADHD気味のジェシーは叔父のジョニーを困らせ続けた。信頼できる大人かどうかを試すかのように、ジェシーは周りを振り回す。二人が歩み寄り信頼関係が定まったときに、ジェシーは名言を残して母のもとに帰っていった。

「自分の思ったことは起こらない。未来は考えもしないことが起きる。だから先へ進むしかない」

前へ先へ、カモンカモン。モノクロの世界は白黒。カラーはなくても想像せよ、モノやコト、ヒトに心を置いて温かな気持ちで接しなさいと言われたように思える。良い映画であった。

(大根の花が、カモンカモン)
盗賊が恋して幻想甘い春 [2022年04月23日(Sat)]

fumihouse-2022-04-23T20_34_37-1-thumbnail2.jpgわたしが演奏したのは、バロック期ヴァイスの『ファンタジー』、そしてカタロニア民謡『盗賊の歌』の2曲。現段階の力からして7割の出来だろうか。まずまずの内容だ。

門脇康一ギター教室スプリングコンサートは、教室の生徒たちが練習の成果を発表するために設けられた機会である。半年に一回というのは少ないようにみえて、弾きたい曲を決めて、譜読みをし、何度も繰り返して定着させていく。音が違っていたり、より良いタッチをレッスンで指導されて、改めてそれも定着させる。長めの曲になると一朝一夕には身につかず、完成までにかなりの時間がかかる。試しに人前で弾いてみて思いのほか弾けない場合もあり、行ったり来たりの繰り返しだ。半年はあれよという間に過ぎていく。

自分以外の生徒の演奏を聞くのもいいもんだ。岡目八目とも言う。ああしたらいいのにな、と思う一方で自分がその曲を弾く立場になれば同じ失敗をするのかもしれない。

帰ってすぐに練習をしたくなってくる。たくさん課題も見つかった。私たちはこうして際限のない、永久に終わることのない試練に立ち向かっていくのである。だのに人生は有限なり。あーあ。

(すぐれたギターほど美しいものは他に考えられない/ショパン 優れたフラワーアレンジメントもまた他には替えられない)
記憶とはしまって出して仕舞うもの [2022年04月22日(Fri)]

fumihouse-2022-04-22T17_43_22-1-thumbnail2.jpgわたしは短期記憶に弱い。特に耳から聞くと頭に残らない。認知症予備軍にならないよう、せいぜい気をつけたいが、できるだけ聞いたことをメモするよう努めている。

聴覚からの情報が蓄積されないということは、すなわち耳学問ができないということ。耳学問ができるタイプをうらやましく感じる。聞き出した情報を頭の引き出しに整理して、思うがままに取り出して会話を潤滑に進めていく。必要ならばその場で取材をしたり、随時調べて知識を豊富にする。

ところが私はどうだ。話が展開するうちに、聞いたはずの情報が頭をスルーして残っていない。挙句果てに、えぇっと何だったかな?と聞き直したりし相手は興ざめる。聞いたこと自体を忘れていたら認知症の入口だ。短期記憶に弱いなんて言ってられやしない。

(ドウダンツツジの花の袋に記憶をしまう。しまったままで取り出せないならお仕舞だ)
そもそもが言わずとしれた非認知よ [2022年04月21日(Thu)]

fumihouse-2022-04-21T19_03_05-1-thumbnail2.jpgある保育研修会に参加した人の感想が目に止まった。
@「そもそも論」が保育の改善、向上には絶対必要ということを学んだ。

「そもそも」とは、これいかに? 講師がどう説いたのかはわからないが、親以外の他者が関わる保育というものの「発端」を解説したのだろうか。違うような気がする。保育というものの意義を改めて受講生に考えさせ、「いったい全体」何のために保育事業があるのか、その存在意義は何だろう、と説き起こしたのに相違ない。自分がやっている事柄の意味をじっくりと考えたとき、その人の思索や工夫の芽は育ち、楽しさを感じていけるのに違いない。

A非認知能力がこれからの社会を生きるのに必要不可欠ということがわかった。

認知症という病名が知れ渡った昨今、非認知能力というと、認知できないことの能力ととらえてしまって矛盾する(実は認知に非ざる能力なのたが)。協調性や積極性、コミュニケーション力といった数値化しにくい能力のことだそうだ。粘り強いかどうか、リーダーシップを発揮できるのか、レジリエンス力はどうか・・・そうした非認知能力がすべての人に必要なのだなと思った次第。

(白一色にほんのピンクを混ぜた芝桜。これに感動するのも非認知能力なのかもしれない)
夏休み宿題かかえ感想文 [2022年04月20日(Wed)]

fumihouse-2022-04-20T17_46_24-1-thumbnail2.jpg読書感想文が嫌いだった。夏休みの宿題であることが多く、その他折々に課されるやつである。読んだ感想を素直に書けばいい、主人公になって心に浮かんだ気分を描いていけばいい。簡単だよ? と教師は言った。

簡単なわけないだろ! ボクは主人公じゃないし、じぶんの気持ちなんてどう表現すりゃいいのか? いつも頭を抱えていた。

クラスの友達がアドバイスしてくれた。「最初にあらすじを書く。なるべく字数をかせいでおけよ。最後に自分の感じたことを少し書いたらいい」

「主人公の○○はとてもいい人だと思いました」とか、「ぼくもそうなりたいと思いました」などと、チンケな文を、たった一文か二文書いてお仕舞いにしていた記憶がある。中学生になるとあまりにツマランので筋などくそくらえで、心に浮かんだよしなしごとを適当にあげつらって読後感を書くようになった。その転機をわたしは憶えていない。

(私はウマノアシガタ。陽光に誘われて伸びやかに花を広げた。私を雑草と見る向きもあるが、この光沢感はなかなか高級感あるでしょ? 日持ちは悪いけど一輪挿しに刺したら気持ちがいいよ。でも気をつけて!私には毒があるから)
新鮮にさっきと今は違うもの [2022年04月19日(Tue)]

fumihouse-2022-04-19T12_29_20-1-thumbnail2.jpg 心臓から送り出された新鮮な血液は
 十数秒で全身をめぐる
 わたしはさっきのわたしではない
 そしてあなたも
 わたしたちはいつも新しい

   いま始まる 新しいいま/川崎洋

午前八時の太陽が車内を明るく染めて、暑さまで感じる。きょうが始まった。きのうと同じ太陽のようでも、異なる太陽がそこにある。血液も同じこと。一部の血液細胞が入れ替わったとしても、一見すればきのうと同じ血。しかし清新な空気や養分を取り入れて「新鮮な血液」となって体内を元気に廻る。わたしもあなたも、きのうまでのわたしとあなたではない。

(清新な血液のようなキリシマツツジの赤みも、去年とは異なる)
つがいかなツバメ巣作り春の声 [2022年04月18日(Mon)]

fumihouse-2022-04-18T18_05_49-1-thumbnail2.jpg燕の初鳴きが4月11日。一週間過ぎて、つがいができて、巣作りが始まった。高めのアルトの声(雲雀に声質が似る)、複雑な節回し、ひと節の終わりには赤ちゃんが唇を突き出してブーとするような可愛らしい声。盛んに宙を舞い、コウモリのように左右上下に方向を変えていく。電線や屋根に止まるとじっと動かずこちらをうかがっている。燕が巣を作ると泥や糞の処理など大変なケースも多いけれども、満を持して春本番が来た。

(シャガが咲いた。来週からゴールデンウイーク)
備後にて高まる鷹の物語 [2022年04月17日(Sun)]

fumihouse-2022-04-17T21_23_42-1-thumbnail2.jpgトンビが鷹を生んだと称されたヤス(阿部寛)、その子アキラ(北村匠海)の物語である。映画『とんび』では、親子ともに鷹であったとの盟友の言葉が印象に残る。盟友は母を亡くしたアキラを皆で育てた者の一人で、アキラが連れてきた婚約者ユミをヤスに認めさせるために一芝居を打つ。備後言葉で荒っぽいやり取りの後、ヤスはユミを良い嫁だと言葉にしてアキラを安心させる。はまりようがビンゴ!という感じで涙を誘われた。

親に育てられることのなかったヤスは荒っぽい運搬人である。愛妻が幼いアキラを残して死んだ。すぐに手が出て喧嘩の絶えないヤスであったが、周囲の人に愛された。失った妻への愛に代えて息子へありったけに注いだが、不器用なヤスとアニラとのやり取りはいつもぎこちなかった。それでも不器用さ故に高ぶる気持ちが伝わって、周りの者がヤスをカバーしていく人情物語は心地よかった。

エキストラの演技や北村匠海のカツラ、役者の若づくりなど不自然な点は多かったが、備後国(広島の福山あたりか、それとも岡山か)の昭和の街や人情の雰囲気をよく出していた。

(八重桜。ヤスとアキラもともに眺めたことだろう)
新学期停車混雑若葉かな [2022年04月16日(Sat)]

fumihouse-2022-04-16T21_55_27-1-thumbnail2.jpg「出入口付近は大変混雑しますので、奥までお詰めいただくようお願いします」と駅の改札やホームで放送している。ズバリ言えばよいではないか。

「あなたが、なかでも高校生くん、あなたが入口で立ち止まったままだから次の乗客が入れなくて困ってるんです。挙句の果てに時間どおり発車できない。さっさと奥に詰めて、あるいは空いた席に座って混雑緩和に協力してくださいよ」

サービス事業者としてそんな口ぶりはさすがにできないが、松江駅に向かう朝の通勤列車は新学期開始以来、遅れてばかりいる。松江の一つ手前の乃木駅で発車が遅れる。学生が戻ってきたこと、新入生が勝手がわからなくて出入りに戸惑っていることもあるだろう。松江駅への到着が3分くらいは遅くなっている。そのせいでバスへの乗り換えに余裕がない。なんとかしてやってくれ給え。

(チューリップのようにスカッとした弯曲面で電車を走らせよう)
寒空に終電ほろ酔い勇む足 [2022年04月16日(Sat)]

fumihouse-2022-04-16T00_17_21-1-thumbnail2.jpg終電に夜酒懐かし若き日の
  並み居る先輩すべて我が師よ

(数年ぶりの酒を飲んでの終電。時節柄ドンチャンはやらない。静かに語り合う。若い頃酒席で先輩や友と語って血湧き肉躍り、決意をたぎらせた頃を思い出した)
粘り勝ち冬を必ず春とする [2022年04月14日(Thu)]

fumihouse-2022-04-14T08_10_58-1-thumbnail2.jpg寒さ厳しき季節には、冬は必ず春となる。厳しき人生にあってもじっと耐えて、冬は必ず春となる。

厳しい環境や悩みをポジティブに捉えられる人は、こんなふうに言う。冬を必ず春とする。祈りも込めた強い意志の力で周りを変えていく。着実な実践と戦略、そして誠意でもって、冬を春へと転換していく。

粘り強く懸命な人の手にかかれば、冬はきっと春となる。意志と行動でもって環境は変わっていくのだ。

(桜の大木の下で風に揺れ乱舞する菜の花。三刀屋川沿いの土手に植えられた桜並木も粘り強く世間を変えてきた)
いろんな日集めて今を過ごしてる [2022年04月13日(Wed)]

fumihouse-2022-04-13T18_50_16-1-thumbnail2.jpgいろんな朝 いろんな昼 いろんな夜 集めて一日がある
様々な一日 小綺麗な一日 長くて堪らない一日 それでも 一週間は過ぎる
万全の第一週 急展開の第二週 気落ちの第三週 まあ落ち込むな 月の終わりを締めていこう
寒かった一ヶ月 寒暖差激しい一ヶ月 遊び呆けた一ヶ月 すぐに半年過ぎていく

今年もあれよという間に4ヶ月 来たる夏と秋もそうであろう
来年はどうなるのか そんなことは誰も知らぬ ましてあるとは限らぬ有限な命
一生は露の如くに消えていく 儚いといえば儚い
それでも有限だからこそ 今が輝くことを忘れまい
新入生わたしはどこの誰かいな [2022年04月12日(Tue)]

fumihouse-2022-04-12T19_32_58-1-thumbnail2.jpg世の中は 桜が咲いて 笑ひ声  正岡子規
 ときをりの 風のつめたき 櫻かな  久保田万太郎
遅月の ほのぼのとして 桜かな  原 石鼎
 徐ろに 眼を移しつつ 初桜  高浜虚子
けふまでの 日はけふ捨てて 初桜  加賀千代女
 さくら木に さくら一杯に つきにけり  室生犀星
酔人の 理屈をかしき 桜かな  野村喜舟
 八重桜 たわゝに咲いて 大月夜  高橋淡路女
さくら散る 教科書眠け 新入生  ふみハウス

(芝桜は地面をキャンパスにして、色とりどり咲き乱れる)
パーフェクト27個にあと八つ [2022年04月11日(Mon)]

fumihouse-2022-04-11T22_10_44-1-thumbnail2.jpgロッテ・佐々木朗希投手、二十歳での快挙。それ以上に凄いと思ったのは、完全試合を達成したプロ野球投手は過去に15人もいたこと。28年前に巨人の槙原が広島を相手に達成して以来だそうだが、ヒットもホームランもなし。もちろん四死球やエラーもなし。だからこそパーフェクトというのだが、全くもって凄いことだ。

20歳5カ月の史上最年少での達成。13者連続奪三振でプロ野球新記録。1試合19奪三振。もう一つ三振を取っていれば20でプロ野球史上最多記録なのだが、そもそもアウトの数は27。とんでもない記録だ。これで米メジャーが目をつける。貴重な日本の人材がアメリカに流れていく。
人はみな人間となって生きていく [2022年04月10日(Sun)]

fumihouse-2022-04-10T22_53_46-1-thumbnail2.jpg人は弱い。だから人間となった。人と人が集まって社会を形成し、人間となった。考古学的にはそうであろう。

コミュニティは単に生き延びるためにあるのではない。励まし励まされ、応援し応援される。相互の交換が生きる力を伸ばしていく。絆は、ある時は「きずな」、別のある時は「ほだし」となる不思議なもの。ヤマアラシのジレンマでもって適度な距離を保つ。

くびきとなることを恐れて個人化が進む。血縁、地縁、職場、どれもが個別化して気楽なほうに動く。一方で、いざというとき、個人は裸となってリスクに晒される。社会全体が危機に陥ったとき、「きずな」が人に安心を与える。柔らかな繋がり、ホッとできる居場所に安心を覚える。

危機が去れば都会化が再び進行し、気楽が前に出る。「ほだし」は嫌われて個人主義が横行する。決して悪いことではないが、脆弱さは免れない。道具や機械、制度や仕組みが便利になって個人は助けを受けなくても生き延びることができる。

それでは危険だ。人と人、相互の交換が生きる力となっていく。背中を押されていくものだ。伸ばる力は人間社会なくしてはありえないであろう。それが生きる喜びである。
来し方の先は短し胸いっぱい [2022年04月09日(Sat)]

fumihouse-2022-04-09T08_16_30-1-thumbnail2.jpg年配の方々と一緒に作業する機会があった。率直に言うと、お年寄りは先が短い。人生の残りは少ないのに、ゆったりと急がない。残り時間を気にせずに、のんびり緩やかにやる。四方山話に花を咲かせ、あくせくせずにエンジョイしている。急いでいるのはこっちだ。時間がないないと焦っている。

皆さん、失礼ながら心身の衰えもある。スローペースでことが進むという要素もある。しかし、ジリジリすることもなく、話をしながら作業を愛でている。

もっと楽しめや! 急いだところでどれだけ楽しみが増えるのやら・・・と考えて生きるのも悪くないと思った次第。
自画自賛膝は真っ直ぐ春速く [2022年04月08日(Fri)]

fumihouse-2022-04-08T20_28_08-1-thumbnail2.jpg歩くのが速くなった
コートの長い裾に邪魔されない
足がまっすぐに伸びていく
街路のウインドウに映して歩く
蹴り出した足先が前に行ききって着地する
そのスピードが小気味よい
膝は伸びて弾んでいる
上下動も少なく左右のブレはない
理想的だと自画自賛
風雨がないという条件で歩くに理想の季節
空は青い 宍道湖は静か
満開を過ぎた桜が長らく美しさを保っている
風がない 雨が降らない
こんな長持ちの桜を近年見ない
春を喜べないウクライナの人々に見せてあげたい
侵略の片棒を担がされ憎まれロシア人民にも哀悼
桜が持ち込む平和の空気よ 世界に広がれ

(水仙もわたしの歩みを見ている、春を楽しんでいる)
頑張りたい頑張れないや春のバテ [2022年04月07日(Thu)]

fumihouse-2022-04-07T19_30_45-1-thumbnail2.jpgこれ以上、どう頑張ればいいんだ。教えてほしい。精一杯やっている。もう頑張れそうにない・・・とは、鬱病に陥った人の率直な嘆きであり、張り詰めた緊張が崩れもがく人の言葉であるという。

幸いにわたしはそこまで追い詰められたことはない。「ガンバレっ」と声をかけられれば、激励されて背中を押された気分になる。見守ってくれる人がいると思うと力になる。口先だけと分かっていたとしても悪くない。

日本語には人を励ますための語彙が乏しい。「頑張る」は、頑な(かたくな)に頬を張り歯を食いしばって奮闘している状態だ。宛て字の「顔晴れ」はいいかもしれない。必死になって歯を食いしばるうちに顎が疲れ筋肉が強ばる。意識してニッと口角を上げてみよう。きっと異なる視点を得られるさ。

新年度の仕事疲れ、気遣いをし過ぎたことによる疲れ、寒暖差による疲れ、バラエティ番組やユーチューブの見過ぎによる疲れ・・・心身に不調を来す。春バテという言葉もある。睡眠を十分に、読書や運動でリフレッシュし、気のおけない人との会話を楽しむなどして春バテを乗り切ろう。

(花ニラを眺めて疲れをとろうよ)
シュレーゲルイソヒヨドリとコロコロコロコ [2022年04月06日(Wed)]

fumihouse-2022-04-06T19_12_55-1-thumbnail2.jpg蛙の鳴き声を聞いたのが3月31日のこと。わたしにとっての初鳴きである。桜開花は早かったのに、雨蛙は少々遅め。自然界の摂理はどんなふうに働いているものやら。コロコロコと舌を転がすように愛らしく鳴き、リズミカルに演奏するようなのはシュレーゲルアオガエル。あんなふうに軽やかにギターを奏でたい。

街中では、イソヒヨドリ(磯鵯)が声を限りにさえずってきる。声を限りに、ではないな。余裕綽々で縄張りを主張し、余力をもって美しく響かせてメスを誘っている。空気と身体を調和させて軽やかに震わせていく天使の歌声。群青色と臙脂色した磯鵯の見栄えもよろしい。あんなふうに堂々とギターを響かせたい。

(桜を遠目に見てごく淡いピンクが少し濃い目になってくるのは、花が一部散って萼の濃いピンクが目立ってきた証拠。あとは下り坂の花見となる。満開の松江の桜の下にて)
ありがとうご免なさいと声かける [2022年04月05日(Tue)]

fumihouse-2022-04-05T19_16_25-1-thumbnail2.jpgアリガトウは 奇跡の言葉・・・
誕生日 憶えてくれたの ありがとう
落とし物 届けてくれて ありがとう
やり方を教えてくれたの ありがとう
相手をほっこりさせ 自らも温かくなる

ゴメンナサイは 緩和の言葉・・・
遅れてしまって ごめんなさい
壊してしまって ごめんなさい
破ってしまって ごめんなさい
なんだか悪いことばかり 言い方次第だよ

ドウイタシマシテは、大人の言葉・・・
誕生日 忘れちまったよ どういたしまして
落とし物 お互いさまだ どういたしまして
後輩を育ててちょうだい どういたしまして

(花海棠(ハナカイドウ)は形からすると林檎の系統。艶やかなピンクでもって、ひとの目を惑わす)
行く年来る年去る人よ [2022年04月04日(Mon)]

fumihouse-2022-04-04T18_30_13-1-thumbnail2.jpg【享年】
死亡時の年齢。葬儀でしか聞いたことがなく、位牌に書き入れる。たぶん葬式用語だ。元は「人が天から享(う)けた年数」だという。言い換えると、この世に生を受けていた年数。受けた年数と言うならば、誕生日を起点にした満年齢で表すのが正しいと思うのだが、数え年で勘定する。だから大抵は実年齢に2つ加えた歳となる。

国立国語研究所によると、享年○○歳と記すのは、本来は誤りのようだ。なぜなら、何年生きたのかというのが享年であるから、「歳」を付けないのが正しい。確かにそうだ。

まっ慣例によって儀礼は進行する。まして葬送の儀となると、どこそこではああだこうだ、と知恵や知識が普遍化しやすい。個人として主催する機会もめったにないし、倣って真似するのが無難ではある。

(スズランスイセンは下を向いて弔意を示す)
ショボショボと満天晴れを楽しめや [2022年04月03日(Sun)]

fumihouse-2022-04-03T18_48_42-1-thumbnail2.jpgヒリリ   チクチク  へらへら  きゅん

しんみり  つくづく  もやもや   あわわ

ひーこら  くしゅん  うるっ   ほろり

くよくよ  しおしお  すごすこ  しょぼん

とぼとぼ  へたへた  よれよれ  ぐーらぐら

(絢爛に咲いていた白木蓮だが、残滓となって骸となった)
さくら咲く三百キロの旅路なり [2022年04月02日(Sat)]

fumihouse-2022-04-02T19_12_37-1-thumbnail2.jpg益田までの150キロを往復した。長時間の運転は好きではないが、ドライブを楽しんで小さな旅の気分を味わえたのは、天気のおかげ。そして芽生えたばかりの新緑に加えて、ソメイヨシノや山桜の薄桃の彩色があったから。

6年ほど住んで子育てをした益田。下の子が生まれた益田日赤は建て替わって、街路もすっかり変わっていた。久しぶりに会いに行った友人は元気だった。鶏卵饅頭を土産に買った。現金決済のみで驚いた。娘の引越し荷物を下ろして、作業して、昼食をとって4時間の滞在でトンボ返り。

帰りに今、コメダ珈琲に寄って小倉ノワールのレギュラーを食べた。たっぷりのアイスクリーム、塗り込められた小倉あん、溢れるいちごソース。お腹が膨れた。また食べに来よう。

(浜田マリン大橋を、ゆうひパーク浜田から臨む。勿忘草色と言ってもいい空、群青色の海。桜はもうじき満開)
華やかに事の始めの四月なり [2022年04月01日(Fri)]

fumihouse-2022-04-01T07_01_33-1-thumbnail2.jpgカーリングにエキシビションが設けられることになった。2026年冬季オリンピック・イタリア大会(ミラノとコルティナダンペッツォで分散開催)から。明日IOCが正式に発表する。数日前の情報である。

ユニフォームとは異なる美しいドレスをそれぞれがまとい(動きやすいという条件付きだが)、一投ごとに観客に対し意図を述べ、異なる結果となった場合は次の作戦を練り直す旨、場内に向けて解説する。そうした読みには秘密事項的なものもあるわけで、最小限の範囲での開示に止める。

10エンドまでやらず5エンドで勝負を決する。なおざりの投球となっては面白味がないので、入場料を原資として賞金を出すという。選手も本気度がアップすることだろう。

エキシビションには銀メダリストチームは参加させない。なぜなら最も悔しいメダルだから。金メダルをかけて最後の大勝負に臨む。しかし撃沈・・・デリバリーのいくつかが悔やまれる・・あの時もっと強くスウィーピングしていたらよかった・・右のシューズの手入れが悪かったのか、思いがけず滑ってしまった・・・。ロコ・ソラーレの全員が今でも何かしらの後悔を抱えているに違いない。そうした悲しい気持ちにも配慮した。

金メダルを賭けて敗れた、悲しいあの銀。私は見たい。決勝戦で勝ちきって金メダルを獲得した日本チームがエキシビションマッチをすることを。

(ムスカリがあちこちに咲いて、エイプリルの気分を高めてくれる)