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桜咲く咲いた咲いたと勇み行く [2022年03月31日(Thu)]

fumihouse-2022-03-31T18_49_54-1-thumbnail2.jpg咲クヨ咲クヨト 花ガ咲ク
寒サ戻ッテ雨デ震エタ 今日ノ花
杏ニ辛夷 白木蓮 水仙 グレープヒアシンス
薄桃色ノヒアシンスモ 小綺麗デ良ロシカロ
咲イタ咲イタ 桜ガ三分 週末オソラク満開ダ
休眠打破ノ寒サヲ堪エテ 硬ク締マッタ蕾ガ開ク
明日ハ晴レルゾ 乱舞スル
桜狂イデ 人ハ踊ルヤ 心ヲ乱ス
行ッテシマッタ一月ニ 二月ハ逃ゲタ サヨオナラ
三月ヨ オ前マデ去ルノダナ
明日ハ年度ノ替ワリニテ
去ル人アレバ 出会イモアルサ
春ガ来タ来タ オオ春ダ

(ヒアシンス 君もなかなか いい味だしてるぞ)
初鳴きて春は爛漫いまここに [2022年03月30日(Wed)]

fumihouse-2022-03-30T19_51_18-1-thumbnail2.jpg鶯の初鳴きを聴いたのが月曜日の朝。きょうは水曜日で、2日立つと少し上手になった。通常わたしたちが認識している鶯の鳴き声を、ホオーーゥ・ホケキョウー、としておこう。月曜日は、ホーケッとか、ホーキッキョと聞こえた。バラついて安定しない。

今朝はサマになっていた。ホー・ホケキョと鶯らしく囀(さえず)る。練習を重ねて彼らは熟練の域に達する。大した奴らだ。二月の寒空の元では、囀りすらなかったことを思うと、鶯にとって春は待ち焦がれた季節。恋もしたいし、縄張りも主張したい。鳴き方にも精が出る。

さて、2月はどんなふうに鳴いていたかというと、地鳴きだ。鶯は人が舌打ちを等間隔でするように、ツゥツゥツゥ・・と鳴く。ロマンもクソもないツゥツゥ。やはり季節は春がいい。

(鶯は繁みで鳴くから姿は見えない。コブシの開放的な枝には止まらないだろう)
早出来の蛍火散らしお墓かな [2022年03月29日(Tue)]

fumihouse-2022-03-29T06_50_28-1-thumbnail2.jpg幼稚園に通う頃、墓地に乱舞する蛍の絵を描いたことがある。子どものわたしとしては、なかなかだった。バックを濃い藍色で塗り込めて、乾かしてから黄色で描いた大小の光。墓石は真っ黒にしただろうか。構図は憶えていないが、会心の出来だったと思う。

絵を見た担任は眉をひそめた。語気を強めて、ハカ? 参観のための作品だったから、そのまま掲示された。お母さんたちも、その絵について何かコソコソと話し合っていた。

面談で担任は母に、暗い子だと言った。今であれば人権意識が問われるが、当時はそんな配慮などない。あけすけに思ったことを言う時代だったが、決して暗い子ではない。人生の陰影が分かる早出来の子どもと言ってほしかったね。もちろんその女、顔も名前も憶えていない。学校入学前に一年ほど通った幼稚園の思い出である。

(墓場の絵や写真ではなく、ソメイヨシノに先駆けて元気に咲いていた杏をご覧あれ)
春色が世間を染めてサクラかな [2022年03月28日(Mon)]

fumihouse-2022-03-28T17_29_50-1-thumbnail2.jpg強風の土曜日、ポカポカ陽気の日曜日を経て今日は月曜日。松江駅構内から仕事先までの道のりを歩いた。松江のソメイヨシノは昨日開花している。

桜木や花桃や杏の薄紅色、水仙の黄色。若芽が薄く色づいて木々や山を染める。若い女性たちはコートを脱いで、せいぜい薄手の春物を着て、長めで色あい鮮やかなワンピースやスカートを身に着けている。春の喜びに溢れているではないか。

恥ずかしくなった。わたしは黒いコート(さすがにライナーは取り外している)に厚手のブレザーとパンツ、ニットのベストまで着ている。冬の出で立ちに恥ずかしさを感じる。あしたはコートを置いて家を出よう。

(薄いスカートに美しいシルエットを与えるペチコート。そんな具合のペチコート水仙も、春を楽しんで咲いている)
薬石の効なく人は亡くなりゆく [2022年03月27日(Sun)]

fumihouse-2022-03-27T18_03_47-1-thumbnail2.jpg【薬石の効なく】

かつて職場で入院して療養ののちに亡くなられた場合に、弔事回覧でこうした言い回しがあった。治療の甲斐なく帰らぬ人となったことへの悔恨の気持ちがある。「薬」は薬草、「石」は鉱物から生成される薬のことかとばかり思っていたが、辞書を引くと、石は鍼の意だそうだ。

きょうもまた、薬石効なく永眠した人がいたことであろう。お悔やみ申し上げる。年間の死亡者が日本で約130万人。一日平均3560人。これだけ多くの人が亡くなっていくのは諸行無常。しかし、終わりがあるからそ、今が輝く。
春嵐風に吹かれて嘆き節 [2022年03月26日(Sat)]

fumihouse-2022-03-26T19_42_42-1-thumbnail2.jpg今日は台風並みの春の嵐。駐車場でドアをあおられて隣のクルマにぶつけた人が、たくさんいたのではないだろうか。多分55人くらいかなぁ。

突発的に強風が来て半開きのドアが広がった、開けて出るときに手で抑えきれなくて隣のクルマのドアを擦った、ドアに押された何か硬い物が相手のクルマを傷つけた・・・そんな災害である。保険会社のサポート電話が幾度も鳴ったことだろう。

実はわたしもその一人。職場の駐車場に止めた。助手席と後部座席の両方に荷物を置いていた。ひとつずつ片付ければいいものを、前のドアを開けたまま後ろのカバンを出そうとした。そこに突風、大きな音がした。隣のクルマにはドアに縦長の打ち跡。夢であってくれ、と願ったが後の祭り。ひとつ横のスペースに停めていたならば・・荷物を一箇所にまとめていたならば・・・ドアを閉めて荷物を片付けていれば・・・タラレバはいくらでも出てくる。クルマの持ち主の同僚に謝罪し、事故処理のために保険会社に電話をした。トホホの椿事なり。

(花桃もきょうの風に強く吹かれていたことであろう。でもドアは打たない)
会いたいを 乗せて想いがつながって [2022年03月25日(Fri)]

fumihouse-2022-03-25T18_40_48-1-thumbnail2.jpg≪会いたいを のせて 想いを つないで走る≫

 会いたかった、ずっとずっと。
 みんなみんな、会うことが
 チカラになっているんだ。
 会えば気持ちがあったまる。
 笑顔がひろがっていく。
 列車はみんなの想いをのせて走る。

JR西日本は遠回しに旅を勧める。列車に乗って移動してほしい。目的地に到達してほしい。当初の目的を果たしてほしい。何よりも人に会ってほしい。喜んだ顔を見せあってほしい。分かれあとの日常に力を得てほしい。想いを届けあい言葉に出して語りあってほしい。笑顔であってほしい。幸せであってほしい・・・小さくてもいい、旅を通して【会いたい】【触れあいたい】という想いを遂げてよと望んでいる。誰しも同じ。わたしも同じこと。

(春を待ちわびた白い沈丁花が、触れあいたいと言っている)
ステップで危うくドアが背に当たり [2022年03月24日(Thu)]

fumihouse-2022-03-24T18_50_22-1-thumbnail2.jpg前に立つ男の図体が大きかったこともあるが、私がドアステップに立つやいなや、バスのドアが閉まって背中をかすめた。松江市営バスの運転士は恐縮してマイクを通じて二度謝罪した。私は最後尾に座ってから、どうもないよと、手を上げた。降車する際も「当たりませんでしたか? 申し訳ございません」と謝られた。

息子が乳児の頃、数ヶ月入院したことがあった。東京・世田谷で乗った都営バスのことを思い出す。妻は毎日病院へ通ったので定期券を持っていた。先に降りた妻の後で、私は番号札と料金の小銭を運賃箱に投入した。三十代の運転手は「一人分かよ?」と無礼な言葉。「定期見せたでしょ?」。舌打ちの音がした。ドアステップから一歩前へ進んだと同時にドアが閉まり、わたしの右腕を強く打った。奴は憂さ晴らしを私に向けたのだ。何らかの被害を受けた他の客もいたかもしれない。

あの無体さに比べれば、松江市営バスの礼儀正しいこと。もとより松江市営バスの評判はすこぶる良い。運転、案内、配慮、清潔さ、どれも善くて、運転手に高い公徳心やサービス精神が備わっていると言われている。それでも10年前に比べれば質は落ちた。降車時にうんともすんとも言わない者がいたことがあるし、高校の前で降りるはずの高校生を取り残したまま発車したこともある。人手不足はここにも及んでいると感じた次第。
喪主席と毛沢東がかぶさった [2022年03月23日(Wed)]

fumihouse-2022-03-23T18_36_24-1-thumbnail2.jpg葬儀に参列した際、「喪主席」の文字が「毛主席」と見えてしまった。中華人民共和国の立役者である毛沢東である。

一貫して革命の中枢にいたわけではなく、権力の階段をのし上がった強者。ライバルを蹴落とすばかりか陰惨なやり方で除いた猛者。大躍進運動に失敗し何千万もの人民を餓死に追いやってトップの座を追われたのも束の間、文化大革命で若者のエネルギーを利用して神として再誕した風雲児。耄碌して死ぬまで神であり続け有為な人材を億の単位で蕩尽した大悪人。

プーチンのヤツめ。毛沢東に倣おうとするのか。プーチンにはカリスマ性はない。しかし、四半世紀に渡る絶大な権力の主。そしてKGBを操った暗躍の歴史。今も国内向けの情報戦では、多くの国民を引きつけている。ロシア人はまだプーチンを信じている。

攻められる、権力を奪われる、絶対権力者の末路は厳しい、周囲に信頼できる人物が誰もいない・・・かくて妄想が膨れ上がり、生物兵器をウクライナの支援国、西側(おそらくそんな認識)が使うかもしれない、使うに違いない、もう使っている。やられる前に殺ってしまえ、やるんだ、正当防衛だ・・・これ以上プーチンの妄想と虚言が広がることなく、ウクライナ戦争が収束することを祈っている。

(我が家に並び立った核弾頭のような紫のクロッカス蕾。プーチンよ、絶対に核に手を出してはいけないよ)
転勤後おうちへ帰ると子どもたち [2022年03月22日(Tue)]

fumihouse-2022-03-22T21_28_34-1-thumbnail2.jpg【おうちへ帰る】
幼かった我が子が言った言葉である。転勤して数年間、他地域に暮らし、子どもたちは成長した。再び転勤し実家に戻った。帰ってのちに我が子が「おうちに帰りたい」と言った。

慣れ親しんだ宿舎暮らし。彼らにとっては世界のすべてだ。保育園の環境も公園も近所の人々も無くなってしまい、生活は振り出しに戻る。じじ、ばぱはいるが、これまではたまに会って楽しく遊んでくれたり、物を買ってくれたりする存在だった。あくまで生活は別だった。それが常に目の前にいることが不思議だったのに違いない。

それは私も同じようなこと。転勤は楽しみがある一方で、ストレスに満ちたものでもあった。わたしの転勤はもうない(はずだ)。10日もすれば、世の中は転勤大移動の季節を迎える。

(ツルニチニチソウが草むらに咲き始めた。けっこう長く咲く。5枚の花びらが均等に捻れて、まるで風車)
目を向けて春の日和に山笑う [2022年03月21日(Mon)]

fumihouse-2022-03-21T11_11_47-1-thumbnail2.jpg山が笑っていた。曇天の寒空の朝。島根半島・北山山系に目をやると笑っていた。ほわっと柔らかい薄色の山色。冬の殺風景な山肌に淡い色が差した。暖かい日差しはなくても春の色だ。

時間に責め立てられて、予定にがんじがらめになって、他からも用事を持ちこまれて、頭が真っ白になって、あたふたドギマギして、どうしたらいいかと考えこんで、過ぎていくこの3月弥生。鬱病の発症も多い。自殺防止月間でもある。

山は笑った。同調して私もあなたも笑おう。笑ってる場合じゃない!と言う勿れ(菅田将暉主演『ミステリと言う勿れ』も最終回が近いなあと、ふと思う)。口角を上げよう! 頬を張って笑顔を作ろう! ハハハと嘘笑いをやってみよう! きっと良き方向に転じていくから。

(きっと白木蓮があの山でも芽吹いているに違いない)
料金表坊主の頭はカネばかり [2022年03月20日(Sun)]

fumihouse-2022-03-20T14_54_05-1-thumbnail2.jpg知的な瞬発力がないことを恥じた。坊主はこう言った。「原さん、葬式はこれで何回目ですか?」 場違いな言葉に違和感があったが、「5回目です」としぶしぶ応えた。自治会長として葬儀のお世話をするのは確かに5回目だし、その坊主とは4度目の対面だ。

遺族を目の前にして発すべき言葉ではない。いかにも亡くなったおじいさんが迷惑のもとであるかのような、非難がましい言いぶりとなる。ニコニコして言うから余計たちが悪い。

「ご住職! 遺族の目の前で言うことではないですよ」と言ってやりたいところだが、あとから出てくる知恵。機転を利かせた受け応えが出来なかったことを残念に思う。

恥じる、まっそこまでのことではない。そんな人は頭の廻りが速いことで失言も重ねるであろうし、こんな時はああ言おうとか考えて疲れてしまう。恥じることはない。あるがままでよし。

葬儀終了後、坊主は布施が足らなかったようで「請求」してきた。読経料として「料金料」を作っておけばいいのに、と思うのは私ばかりではあるまい。信仰心の現れとしてお坊様に差し上げる「布施」。ビジネスの対価として利潤を求める「料金」。商売と化した彼らの根性が見え透いた。
二兎を追え三兎も追って求めよと [2022年03月19日(Sat)]

fumihouse-2022-03-19T19_54_04-1-thumbnail2.jpg【二兎を追う者は一兎をも得ず】
二つのことを同時にやろうとすると失敗する。そのとおりである。しかし日常は、二兎どころか、三兎も四兎も追うのが当たり前のことだ。

列車に乗って音楽を聴きながら本を読む。クルマを運転しながら戯曲の台詞を練習する(これは映画を「ドライブ・マイ・カー」の主人公)。テレビを見ながら新聞を読む・・・私たちは、ながら族である。常に何兎も追っている。

息をしながら歩く。心臓を動かしながら的を射る。便意を堪えながら講義する・・・生命活動上の無意識活動も含めて、いくつも並行しながら物事を行っている。日常において人間は何だかんだと同時に進行させ管理して生活している。二兎も三兎も追うことだ。求めれば与えられん。

(春は何兎も追っている。そして春の花を独り占め。もちろん木瓜の花もまた)
苦しみも悩みも生きて生きぬこう [2022年03月18日(Fri)]

fumihouse-2022-03-18T21_31_39-1-thumbnail2.jpg苦労したこと それは力となる
悩みを転じよ それは智慧に昇華する
悲しみ嘆いたこと それはきっと優しさだ
いちばん苦しんだすべて それはきっと幸せになれる証

(クロッカス、きっと見てくれている)
寒空に髪をなびかせ若い人 [2022年03月17日(Thu)]

fumihouse-2022-03-17T18_17_17-1-thumbnail2.jpg寒さがぶり返した。リュック姿の女子高生が歩いている。長めの髪が風になびく。スニーカーを履き、歩みを進めるたびに体が上下動する。左腕を跳ね上げるようにして手を振るので、美しい歩行姿ではない。しかし、躍動し漲る若さがある。ルンルンと生活を楽しんでいるのであろう。若々しい。時折視線をあちこちにやっては何かを眺めている。好奇心の表れか。これも若さの証拠なり。

すぐ近くを歩く女性。年の頃は三十過ぎか。長めの髪が風になびく。手持ちのバッグを右手に持って小股足早に歩く。すり足で歩くかの風情で頭が上下に揺れない。視線は前方約3mの道路上に置いたまま。日常に埋もれているのであろう。首を前へ傾げている。癖を直し、2センチほど首を直立させるだけで、さぞや美しい歩行姿となろうに残念だ(後ろ姿しか見ていない)。

(ミモザの鮮やかな黄。二人とは一切関係のないことでございます)
娘さん認知高齢コンコース [2022年03月16日(Wed)]

fumihouse-2022-03-16T17_23_21-1-thumbnail2.jpg松江駅のコンコース。バス停から落下音と小さな悲鳴を聞き、引き返した。高齢女性がひっくり返っている。傍らには娘とおぼしき中年女性が、母を引き起こそうと屈んでいる。横には四輪の手押し車。駆け寄り助けの手を伸ばす。高年男性も駆けつけた。高校生男子まで手を貸してくれる。なかなかの青年なり。ベンチに座ってもらった。高齢女性はモゴモゴ言うが聞き取れない。認知症が進んでいると見た。

娘さんの説明によれば、松江日赤まで行こうと思う、さっきまで松江市立病院で診察を受けた、これから日赤にバスで行く・・・出かけ始めはヨイヨイだったかもしれない。疲れる。混乱する。待つ。折り返しのバスに青息吐息で乗る。松江駅で乗り換えようとしたが、体力の限界が来た・・・そんな想像をした。

バスには乗れそうもなさそうだ。娘さんに承諾をとってタクシー乗り場まで80mほど走った。事情を話して、タクシーをバスターミナルまで入れてもらった。娘さんと二人してほとんど棒状態になった高齢女性を後部座席に乗せた。あとは運転手さん、よろしく。別れて列車のホームに向かった。ひと汗かいた。しかし娘さんにとって難行の1日はまだ終わっていない。健闘を祈る。

(大犬のフグリでも見て春を満喫してくれたまえ)
時間割甘いはずだよチョコレート [2022年03月15日(Tue)]

fumihouse-2022-03-15T19_16_17-1-thumbnail2.jpg見積もりが甘い。よくあるいつものことだ。相手方に到着予定時間を伝える際、ついつい最短で述べてしまうとか、仕事の仕上がり時期を言う際にも甘さが出がちだ。すると焦る。見通しが甘いのだ。いいかっこしい、というのもあるだろう。やっぱり間に合いませんでした、と後で言い分けするほうが、ずっとカッコ悪いと思うのだが。甘いのはチョコだけにしてくれ。

今夕も甘かった。仕事を終えるタイミングが悪くて、いつものバスに乗り遅れた。なもんで、今一本遅い列車に乗ったところ。一本ならいいじゃない、と言う勿れ。山陰本線は朝夕の稼ぎ時でも1時間に2本、その他は1本。さらにダイヤ改正で1時間半も普通列車の便がない改悪があった。1本に泣いてしまうのである。まっ、チョコでも食べて落ち着こう。

(沈丁花の花が咲いた。芳しい香りを吸って落ち着こう)
キョウチクトウ夏の花なり可憐なり [2022年03月14日(Mon)]

fumihouse-2022-03-14T10_59_49-1-thumbnail2.jpgキョウチクトウは夏の花。街路に公園に多く植えられた可愛い花だ。ひらひらして花が可愛いのでマリネにして食べてみた【ウソ!】。甘美な味だ【なわけはない!】。公園に弁当を持ってミニ遠足に出た。箸を忘れたので枝を切って箸がわりにした【大嘘!子どもを死なせた親がいる!】。

キョウチクトウを剪定した。ノコギリとナタでごしごし切って、暑いから半袖半ズボン姿【即入院!ビニール手袋、ゴーグル、マスクを付け、服装は露出ゼロで!猛毒は花、茎、葉、根すべてに含まれる】。一本は根こそぎ切り倒し、幹と根は枝葉と一緒に燃やした【トンでもない!火で燃やしたら毒の煙】。

キョウチクトウは、夏の青い空によく映える。暑さに強く、大気汚染や病気にも負けず枯れにくい。強い生命力で、原爆投下後の広島に初めて咲いた花だという。苛烈な環境で超然として咲く。花は入れ替わり立ち替わり、初夏から初秋まで長く咲く。管理しやすいから公園などに植えられてきた。主はピンクだが、白や黄色、オレンジ色もある。葉は細長く竹の葉を濃く厚くした感じ。だから夾竹桃。

夾竹桃に含まれる毒は、青酸カリより強いというオレアンドリンで死に至る。開花した夾竹桃は特に危険だという。注意しよう。樹液が触れたり体内に取りこんだ場合は、中毒症状が出る前に迷わず病院へ。

(食べたことないけど、葉牡丹は苦味があって美味しいかもよ)
運転すマイカー静かに激しくと [2022年03月13日(Sun)]

fumihouse-2022-03-13T07_34_24-1-thumbnail2.jpg夫婦のまぐわいが終わったシーンが始まり。逆光で妻の顔はほとんど見えない。映画『ドライブ・マイ・カー』は重いものを残した。

何度もシーンや台詞を反芻する。チェーホフの多言語劇中劇の台詞と相まって気づきが生じる。反面気楽さもある。あるがままでいい、心すべきは現実を見つめること。心の奥深く立ち入って己と対話せよ。他者はコントロール不能。制御できるのは己が心のみ。他者のすべてを見通せるわけはない。ほとんどは謎で葛藤だらけだ。他者はあるがままに認めよ。アンビバレントな感情や事実も現実と認めよ。楽になる。己も見つめやすくなるんだよ・・・と言われ続けたような気がした。

広島の広い街路。色づいた紅葉。瀬戸内の穏やかな海。それに象徴されて映画は静けさに満ちていた。同時に緊張感に満ちて眠気を催さない。登場人物の台詞とチェーホフの戯曲が激しくぶち当たる。

秘密裏に死んだ妻の喪失を抱えたまま生きている、舞台俳優兼演出家の家福(西島秀俊)。やむを得ないとはいえ置き去りにしたことで母を亡くした、若い専属ドライバーの女(三浦透子)。二人が「出会って」、はからずも己を開示し過去を振り返ることで、それぞれが逃げずに「向き合って」、自身に「出会う」。そして喪失感が希望に変わる物語である。

心を開き合う二人を仲介するのが、大切な「マイ・カー」赤いサーブ。美しいフォルム。亡き妻の形見である。今は消えたブランドということで喪失を代弁する。そのサーブが静かな景色の中をひた走るのは、ロードムービーとしての真骨頂である。

懸命に生きれば死んだとき神が褒めてくれる、というエンディングの長台詞が、韓国手話で字幕で示された。主役の家福に向けられたものであるが、劇中の舞台俳優へ、映画劇中の広島の観客へ、映画のスタッフやキャストへ、全観客への言葉でもある。そして全世界の人々へ。プーチンも含めた侵略国ロシアの人々へ、苦しむウクライナの民衆へも向けられた言葉ともなるであろう。凄惨な末路であっても、たぶん神は大丈夫と褒めてくれるだろう。が、せめて幸福を感じつつ生涯の舞台を終えたいとするのは万人の願いである。

人生は演じること。ホンネもタテマエも演技の一部でしかない。日々織り成す生活は、己が紡ぎだす物語なのだ。
迫られて青息吐息捌く道 [2022年03月12日(Sat)]

fumihouse-2022-03-12T13_57_49-1-thumbnail2.jpg押し寄せる難局に悩む。さばく端から起こる難しい問題に対処する。難局と言えないまでも数が多ければ時間がかかり疲れが増す。当人にとっては難局でも、他の人にとってはちょちょいのさいさいで簡単なこと。青息吐息だった当人にとっても数年たてば些事になるかもしれない。人間は成長していく。

苦しい戦局を報告する将校へのナポレオンの言葉。

 状況? 何が状況だ。俺が状況をつくるのだ

状況という環境に呑み込まれたとき、可能性の扉は狭まる。客観視は必要でも、リーダーと構成員がどんな意志を持ち行動するか。その総和が組織の浮沈を決する。ホイットマンの『草の葉』に有名な一節がある。

 さあ、出発しよう! 悪戦苦闘を突き抜けて!
 決められた決勝点は取り消すことができないのだ。

決められた決勝点に勝利するとは、一区切り、一日の終わり、一ヶ月の締め、一年の枠の中で状況に抗して精一杯やったことの証であろう。努力のしがいがあるというものさ。

(クロッカスだって難局を乗り越えて咲く、きっと)
11年記憶の底から湧き出させ [2022年03月11日(Fri)]

fumihouse-2022-03-11T20_05_11-1-thumbnail2.jpg太陽と地球の運行によって刻まれた11年という時間に意味はない。淡々と過ぎゆいたのみ。しかし人間の精神性のゆえに意義はかたちとなり、深い鎮魂の想いが広がる。あの厄災から11年。

大変な体験は風化する。被災の事実が忘れ去られ、被災者は悲しい想いをする。防災に必要な知識も忘れ去られて、同じ轍を踏むことになりかねない。風化は悪いことばかりではない。辛い記憶が薄れていけば心の深傷は癒される。

教訓となる体験は濾過される。ある時はしんどい部分だけが抽出されて辛さが増幅するが、反対に温かい情けに出会い、深く心に感謝を残す。濾過するとは純化することにもつながる。悲しみを祈りに転換して、明日に向かうエネルギーを沸き立たせる。

震災で亡くなられた方々の冥福を祈る。そして今も苦闘する方々が日向の道を歩いてくださることを祈る。合掌

(あの日は今日とは異なり、どんより曇っていた。歳月は過ぎゆく、天気は繰り返す。天災もまた)
ピノキオは嘘をつくたび男前 [2022年03月10日(Thu)]

fumihouse-2022-03-10T18_31_03-1-thumbnail2.jpg【ピノキオ効果】
嘘をつくと鼻が伸びるピノキオ。人が嘘をつくと鼻や鼻の下を触ったり、こすったりするという。ピノキオ効果と言う。

嘘をつくと顔、なかでも鼻の温度が上がるから思わず鼻をさすると言われる。また、ある化学物質が放出されて鼻の内部が炎症を起こし痒くなるから鼻をいじるという説もある。鼻が充血して膨らんで痒くなるという説もある。さらに、温度が上昇するのは額で、鼻は逆に低くなるという研究結果もあり、いずれにせよ、なぜ鼻を触りたくなるのかのメカニズムははっきりしない。ともかく嘘をつくときには、鼻に気をつけよう。嘘も方便だからね。

近頃はマスクのせいで、鼻が押さえつけられ蒸れて痒くなりがちだ。ついつい鼻に手が伸びる。嘘の片棒を担ぐとして非難される鼻。鼻はかわいそう。

(姫踊り子草も鼻のひとつ。いやちがった、花のひとつ。今朝は霜で白くなった)
残念だ弾けなくなるとは残念です [2022年03月09日(Wed)]

fumihouse-2022-03-09T18_24_57-1-thumbnail2.jpgギターライフにおいて、曲を弾けなくなるメカニズムは次のとおり。

楽譜を読み、運指を憶えて、確実に押さえて爪弾けるようになる。曲想を整えて、自己満足だけでなく、他者にも聴いてもらえる。自分なりのレベルで曲が完成だ。そのたびにレパートリーが増えていいことじゃないか、と思うことなかれ。

次の曲にかかると前の曲を弾かなくなる。たまに弾いてみると技量が落ちている。暗譜していたはずの運指もところどころ忘れている。楽譜を取り出して再確認すればいいものの、そのままにしているとそれっきり。たまに忽然と思い出すこともあって安心するのだが、繰り返し根をつめて練習しないから、また忘れる。すると億劫になって敬遠するようになる。

2か月弾かないと、頭も手指もすっかり忘れてしまってメカニズムが完成する。新曲がマスター出来ていれば、幸いに新レパートリーは構成できる。前から弾ける曲で、かつ大好きな曲は2日と置かず弾くから忘れない。それも含めてやれぱ何曲かは弾けるものだ。しかし苦労して身につけたあの名曲を弾かなくなるなんて、なんてもったいないことか。

(葉牡丹こと、色葉キャベツ(わたしの命名)も一朝一夕には綺麗にならない。懇切な育て上げあってのこと)
イベントに終わりよければすべてよし [2022年03月08日(Tue)]

fumihouse-2022-03-08T18_48_11-1-thumbnail2.jpg【ピーク・エンドの法則】
終わりよければすべてよし、といった風情である。何らかの事柄が記憶や印象に残るのは、場面が最も盛り上がり気分も高ぶったピークであること。そして最終盤のイベント(エンド)も心に印象付けられるのだそうだ。

これからいくと、宿泊施設の朝御飯は重要だ。食後には身仕度を整えて旅館を出てエンドとなる。満足のいく朝食ならば、滞在全体が満足いくものになる。夕食が豪華でも朝が貧相ならば印象はダウンする。それ以外のイベントは少々手を抜いてもいいわけだ。

食事も映画も家族旅行でも、あるいは人との会話や会議も同じことが言えるのかもしれない。ピーク・エンドの法則を利用することができそうだ。特に終わり際、別れ際が大切ということになる。

(ピークとエンドに、ニッコリ笑顔は欠かせません)
語り合う短時間でも癒しなり [2022年03月07日(Mon)]

fumihouse-2022-03-07T14_38_02-1-thumbnail2.jpg誰かと語り合うことで元気になる。飾らず繕わず虚心坦懐に語ることで自身が見えてくる。決意も固まる。語り合うのは楽しい。聴くだけであったとしても、心置きない関係であれば負担にはならない。反対に聴いてもらうだけのこともある。それもホッとする。

揚げ足取りのひねくれ者を相手に選んではいけない。生命力は吸い取られ、嫌みな言葉に疑心暗鬼になり、元気は失われる。さらりと受け流して、その人の前から姿を消そう。君子危うきに近寄らず。さっさと逃げてしまうことだね。語れば語るだけ、聞けば聞くだけ、気持ちはささくれだっていく。時間の無駄だな。

(春色のクロッカスを見るのも、ホッとするものだ)
安心の笑顔のために犠牲あれ [2022年03月06日(Sun)]

fumihouse-2022-03-06T18_15_43-1-thumbnail2.jpg≪2022年、全人類に笑顔を捧ぐ≫
として、厳しい表情を浮かべて、いやそれ以上に、対象を睨み付けているのは、吉本興業の男性芸人たちである。

≪消防団に参加せよ。
 明日の笑顔は
 君たちに託された。
   消防団員募集中≫

ポスターでは「笑顔」と言いつつ、峻烈と言ってもいい険しい表情。アピールの中身と登場者の表情が相反している。

消防団の現状は厳しい。消防団とは消防本部と同列に各市町村に設置される消防機関である。非常時は消防署員と共に消防防災を担い、平時も地域住民の安全を守るために活動する。しかし団員数は毎年1万人規模で減少し、全国で80万人を切ろうとしている。一方で災害は多発し、激しくなっている。そうした状況を、お笑いの芸人たちに峻厳な表情を示すことで表現したものだろう。

消防団員の処遇等の検討は進み、報酬は36,500円(年額)を標準とし、一回ごとに出動報酬8,000円となった。加入を促す処遇の条件は整ったのか。

訓練ではパワハラ体質の上官(軍隊と同じ)の命令に服し、ビンタはないにしても、叱責や嫌みに耐える。号令の下作戦に従事するのは、軍隊と同質の組織であるからやむを得ないのか。

消防署員が火消しの大半を、いやすべてを担う。即時体制を取る職業署員が火事場に駆けつけ、遅れてやってくる消防団のポンプ車では施しようがないし、たいていは鎮火した後で到着するのだろう。大きな火事でも他の消防署から巨大ポンプ車の応援がある。消防団は見守って、野次馬整理がせいぜいなのはやむを得ないのか。

行方不明者を捜索するにあたっては警察と一緒に全面展開となるが、しんどい業務だと思う。勤め人として多くが地域の外に出るため、呼び出されて出動するのは、いつになるかが分からない。心理的な負担が多いのもやむを得ないのか。

カネの問題ではなさそうだ。公共のために頑張るという強い意思を育むことについて、団員となる青年(たいてい45歳以下)の意識を高めること以上に、組織態勢の問題も解決しなければならない課題だと思う。

(春の陽光に照らされたモクレンの芽。消防団組織も芽が膨らむようになってほしい)
有名人友だち申請やめとけや [2022年03月05日(Sat)]

fumihouse-2022-03-05T07_55_14-1-thumbnail2.jpgFacebookの「知り合いかも」の欄に女優の浜辺美波が出てくる。知り合いであるはずがない。得意ではないが挑戦してみる的な本人のコメントがあり、マネージャーがサポートしているようだ。

友達申請についてマネージャー氏曰く。「プロフィール写真に本人画像の無いもの、名前が本名で無いと思われるもの、タイムラインにご本人の投稿が無くいいねおやゆびサインやコメントの無いもの、品位を欠くと判断されるものは、私が却下しています」と。メッセンジャーに電話する奴、メッセージをたくさん送る奴、いるんだね、こんなのが。すべてブロックしていると。当然だ。

若くて美女。キュートにして蠱惑(こわく)的な趣もある将来性豊かな女優。SNSの集中砲火を浴びて、多分アカウントは閉鎖することになのだろうね。月10のドラマ『ドクターホワイト』。せめて、これを楽しみに見る程度に留めておきましょう。

(アイビーゼラニウムか? これもコケティッシュな魅力がある)
卒業の夢のまた夢春うらら [2022年03月04日(Fri)]

fumihouse-2022-03-04T07_32_08-1-thumbnail2.jpg高校を卒業した、母校の出雲高校。卒業したあとに母校になるのではないのか? 確かにそうだが、卒業したわたしは今の私。二度目の卒業らしい。おじさんの面持ちで、おっさん、おばさんの同級生の多くが参列している。式典なんか意味がないと反対する勢力がいたりして騒々しく、始まりが遅れた。

式典後、アトラクションがあった。謝恩会的な空気感があり楽しかったが、中身は忘れた。あれこれと顔が合って、懐かしく旧交を温めた。みんな、若くない。先生たちにも再会したが、昔のままだった。私たちより若い。

トイレにある男と一緒に行き、席への帰りは長い垂直の梯子を降りた。わたしは右の履き物を落とした(なぜか雪駄)。しまった!と思ったが遅い。遥か下には振り袖姿の同級生。目の前を掠めたが、幸いに当たりはしなかった。大慌てで梯子を降りて謝罪した。危なかった。同行の男も降りてきて、よかったよかったと言った。

そこでスマホの音で目が覚めた。さて、その男、確かに同級生だったのだが、顔が思い出せない。誰だったのだろう。明快な夢、そして一部不明快な夢。

(夢の中へ、夢から覚めて。菜の花畑の中へ。春はきた)
目覚まし音聞こえて残念もう朝か [2022年03月03日(Thu)]

fumihouse-2022-03-03T12_51_53-1-thumbnail2.jpg目覚ましの音が聞こえる。もう起きる時間か? 早すぎないか? しっかり眠った感覚がないぞ。そうか、昨夜は遅かった。まっいいや、幸い朝には強い。

眠くなれば椅子に座って目をつむればよし。いとも簡単に仮眠ができる。列車の揺れにまかせてウトウトするのも気持ちいい。貸切バスに揺られ、旅の思い出を反芻しながら疲れにまかせて眠るのも、またよし。

ぐっすりと夜の眠りで疲れを取るのは大切だ。楽しいのは短い眠り。寝過ぎると、ここはどこ?私はだれ? 状態になりかねないが、短かめの睡眠は実にいい。

効果は抜群だ。眠気がとれ、頭がシャキンとして活力が湧く。脳の活性化にもつながる。幼児にとって昼寝は、莫大な情報を一旦整理するために不可欠で、眠ることは育ちに貢献するそうだ。それで子どもは育っていく。大人は衰えてばかりとはいえ、衰退のスピードを緩めることはできる。眠りを確保し、しっかり楽しもう。

(クリスマスローズを見ていると眠気を催すか? そんなことはない。ただ、育てた人の懇切さを思う)
晩節にヘタって寂しネクタイや [2022年03月02日(Wed)]

fumihouse-2022-03-02T06_49_03-1-thumbnail2.jpgネクタイというもの。徐々にヘタってくる。剣の先が擦れたり、引っ掛かって糸が飛び出す。いつの間にか食べこぼしたり、原因不明による汚れで結び目あたりがよろしくない。模様が好きなもの、結びやすくて楽なもの、お気に入りの一品ほど傷みやすいものだ。心なしか色落ちもする。とても残念だ。

反対に使いにくかったり、意外に似合わなかったりすると、買った時に感じていたトキメキが失くなる。やがて締めなくなって忘れ去られてしまう。ネクタイの晩節を瀆さないよう、一年ほど前に整理した。捨てるもの、人にあげるもの。スッキリした。

(今のわたしのお気に入り。明るい黄土色が好ましい。鮮やかな色の模様もまた良し)
始まりをやってみてからこうなんだ [2022年03月01日(Tue)]

fumihouse-2022-03-01T12_56_43-1-thumbnail2.jpg≪はじまりは、こうなんだ。≫

受験シーズンも最終盤。今日は各地で公立高校の卒業式をやっている(あいにくの雨で気の毒)。受験生たちは、それぞれの結果を踏まえて進路を確定させていくことだろう。

冒頭のコピーは、甲南大学のオープンキャンパスを告げる列車中吊り広告のもの。4月10日に早くも始まる。始まりは甲南へ、まず来てみてほしいと。親元から放たれて、人生の始まりを感じよと。始まりを初体験することは勇気がいるが、やってみて感じてみようと。始めるって、こういうことなんだと納得してほしいと。春は体験の季節、まずは始めてみよう。そして、こうなんだと実感するんだね、みんなが。

(松江大橋の擬宝珠を前景に、昨日の青空。松江からも進学、就職で多くの若者が旅立つ)