お洒落で見栄っぱりの王女がいた。たいそうな美貌の主であり、気品も備えた誇り高いプリンセスであった。専属のデザイナーがおり、王女の身につける衣服は女性たちの垂涎(すいぜん)の的。意外にも彼女はお高く止まったところがなく、国民に好かれる人柄であったので、服飾のニューモードはもちろん、彼女の一挙手一投足がニュースになったと言ってもよい。
そこに新型コロナウイルスの感染拡大。ワクチンを接種する人は増えてはいたが、予防にマスクは不可欠。この国では公衆の場でマスクを装着しなければ罰がある。破った者は禁固一週間の仕置きとなるのだ。
彼女もマスクを設えた。場面や服装ごとに最適なデザインのものを付け、マスクってこんなに素敵なの?と人々は王女の装いを楽しんだ。
整った鼻梁、スッキリとしたフェイスライン、弓なりの形のいい眉、染みのない透き通った肌……非の打ち所がない王女の面持ち。だが、彼女は不満だった。マスクで隠されてしまうことが。もちろんマスクで鼻から下を隠したことにより、大きく澄んだ目が際立ち、富士額と艶やかな髪が彼女の美しさを強調したことは言うまでもない。
ある日一人の仕立屋がやってきた。この世に一つとない珍しいマスクを作れると触れ込んだ。王女は矢も盾もたまらず仕立屋を呼んだ。
「私だけのオリジナルマスクを作ってちょうだい」
「承知いたしました。王女さまにだけ似合う極上のマスクを作って差し上げます」
数日後マスクは完成した。仕立屋は言う。
「素晴らしい出来映えでございます。天女の衣のように軽い布で仕立て、不思議なことに愚か者には見えないのでございますよ。もちろん王女さまにはご覧いただけていると思います」
「このマスク、どうやって着けたらいいのかしら?」
王女が頼むと仕立屋は重々しい手付きでマスクを王女に着けた。次々とマスクをとっかえひっかえした。
側近や大臣たちは口々に言う。
「王女さま、なんとも素敵なマスクでございます。パステルカラーがきらめいて、この世のものとは思えません」
誰もが不思議なマスクを着けた王女を誉めそやした。
王女は言った。
「キレイだわ。それに圧迫感もなくて付けていることを忘れそう。いい仕事振りね。たくさん褒美をとらせます」
王様は言う。
「プリンセスのためにパレードを催そうぞ。皆が喜ぶだろう」
王女はもちろん王様まで有頂天になって、パレードは決行された。
パレードでは人々は終始、プリンセスのマスクとファッション、そして美貌を称賛した。ところが中盤になって一人の子どもが大声で叫んだ。
「王女様はマスク着けてない!」と。広場は騒然となった。
この後、叫んだ子どもが捕まったのか、それとも王女が法によって裁かれたのか、あるいは詐欺師が暴露されたのかは、想像におまかせする。
(王女の美しさに比ぶべくもないムクゲの花。普通だからこそ良い。花は見栄を張らない。早くマスクを外したい)