• もっと見る

« 2021年06月 | Main | 2021年08月»
<< 2021年07月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
検索
検索語句
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新コメント
https://blog.canpan.info/fumihouse/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/fumihouse/index2_0.xml
最新トラックバック
かくありたい願望だけが大なりて [2021年07月31日(Sat)]

fumihouse-2021-07-31T09_36_16-1-thumbnail2.jpg危機管理というものは、組織にあっても個人にあっても重要だが、危機が目前に迫ったとき人はノー天気になりがちだ。希望的観測をするからだ。第一、自分が自然災害や疾病、動乱によって心身と生活をかき乱されることを想像するなんて縁起でもない!という感覚がまず起こる。

リスクを最小限に見積もって、というか起こってくれるなよ!と単に願って様子を見るだけで動かない、もしくは漫然と動く。よくある話だ。多分大丈夫さ、という全く根拠のない希望に支配されていく。甘く目論んだツケはやってくる。災害や事故は容赦はしない。人間はあとで、こんなはずではなかったとホゾを噛むものなのだ。

≪「かくありたい」という願望は、人の心の中で「かくあるべし」と変化し、一瞬ののちには「かくある」と断定されてしまう≫(浅田次郎『真夜中の対話』SKYWARD December 2015)

(決戦に向かう柔道家もまた(偽物だが)、危機管理をして万全の態勢で臨む)
飯粒を食うか潰すか今むかし [2021年07月30日(Fri)]

fumihouse-2021-07-30T15_25_05-1-thumbnail2.jpg飯粒は食うものだが、昔は貼っていた。1粒手にとって、紙の端にのせてグイッとつぶす。もう一方の紙を押しつけて完了。飯のデンプン質が紙の繊維をつなぐ糊の役目を果たした。凸凹するのが欠点だ。

古い家の障子紙を貼る際は、カスが残らない程度まで冷飯をグツグツ煮て作る糊を使っていたはずだ。製品化されるとガラスビンの容器に入り、プラスチック容器に変わっていったのだろう。小学生の頃の学用品にはプラスチックの円筒の器に入っていたが、やがてチューブに入った糊が定番となった。

さらにスティック糊が登場する。手が汚れにくい、均等に塗れる、カートリッジで交換できる。テープ糊を使ったときは、なるほど!こんなに進化したかと驚いた。出回るようになって20年ほどになるだろうか。これこそ、手を汚さない究極の糊と言えるだろう(わたしは専らスティック糊)。

紙と紙を引っ付けるには、グリップがあり、セロハンテープ、ビニールテープ、ガムテープなどたくさんあり、よりどりみどりだ。事務用品の進化は著しい。
呼んでいるメダルよメダルこっち来い [2021年07月29日(Thu)]

fumihouse-2021-07-29T20_22_38-1-thumbnail2.jpgメダルラッシュは続く。コロナ禍で各国の一線級が来日しなかったのか。そんなことはない。超一流がこぞって来ているわけで、日本人アスリートの頑張りの証拠であろう。地の利も得て(なかでも高温多湿に慣れていることは大きい)、メダリストに刺激を受けて選手がさらに燃えていくことは想像に難くない。プラスの連鎖が始まった。もちろん失意の予選落ちもある。そうした選手へも温かい眼差しを送りたい。

≪100分の1秒を縮めるため、1センチを伸ばすため、選手はトレーニングを積み重ねる。一方、競技は一瞬で終わる。数年の努力をたった一瞬で測られる――無情であり、不条理でさえある。だからこそ、最後は自分を信じるしかない。極限まで研ぎ澄まされた肉体と精神が結合し、昇華する時、震えるような感動が舞い降りる▼多くのアスリートが目指してきたオリンピック。コロナ禍の中、東京に集ってくれた選手への敬意と称賛だけは、ホスト国として忘れないでいたい≫ (聖教新聞名字の言/2021年7月23日)

TOKYO2020に出場するまでに血のにじむ努力をしてきた多くのアスリートたち。至高の技と体力と頭脳を携えてTOKYOまでやってきてくれた選手たち。半端な気持ちで嫌オリンピック気分を撒き散らしてはいけないと思う。もっとも毎日メダル獲得が報道されるたびに五輪グッズが飛ぶように売れていくという。なんと現金な日本人。

(最後まで諦めないアスリートたちを称えるひまわり)
歌がある心震わせうた歌う [2021年07月28日(Wed)]

fumihouse-2021-07-28T19_17_31-1-thumbnail2.jpg人の声は最強の楽器だと思う。人間の言葉という歌詞がある。歌詞でメッセージを伝え、歌曲でもって情感を表現することができる。これを最強と言わずして何と言おうか。しかも衣装も艶やかにバンド構成も豪華になればさらに強い。無伴奏のアカペラや独唱だって魅力的だ。人間の声の幅は人の数だけあるからだ。むろん下手くそだったり、テクニックの裏付けのない歌はごめんこうむりたい。

歌詞のない器楽曲はどうなのか。歌詞はなくても歌はある。その楽器がもつ音色を生かして気持ちを乗せて歌う。メロディだけでも感動がある。歌詞がないのはマイナスというばかりではない。音だけで聴くと発想が広がっていく。具体的に歌詞が示す方向に誘導されなくても、想像を羽ばたかせて人間は感動できる。外国語の歌詞であっても、いい歌には誰もが感動する。

歌詞がついていようが、メロディだけであろうと、いい歌曲は素晴らしい。いい器楽曲は何度でも聴きたくなる。要は「そこに愛はあるんか?」、いや違う、そこに「歌」があるかどうかが全てなのだ(愛も絶対に確必要だ)。
涼やかに明るく慈悲に歯切れよい [2021年07月27日(Tue)]

fumihouse-2021-07-27T18_13_28-1-thumbnail2.jpg増田明美の解説が好きだ。涼やかに明るくて歯切れのよい声。かといってテンションが高く不快になることはない。相手を思いやる温かさに満ちて、取材で得た対象者の良い点を逃さず述べる。用意周到に視聴者を楽しませてくれる。

専門のマラソンに限らない。陸上全般、他のスポーツにおいて、選手の趣味や好物など細かい情報を調べ上げて解説に盛り込む。五輪開会式ではNHKラジオの解説までやってのけた。アナウンサーが調べた情報を上回る量で、ほうッと感心させてくれる。205国・地域の選手が東京に集まったことの晴れがましさが十分伝わった。ニッチな情報収集は自前で行っているとのこと。4年前には朝ドラ『ひよっこ』のナレーションに起用されて、有村架純の可愛らしさを倍増させた。

情報を披露するだけでなく、褒めるところが素晴らしい。相方が感心していると、得意げにはなるが、図に乗る感じはない。さらに調子よく情報を提示して座を盛り上げる。素晴らしい解説者だと思う。

(涼やかに明るくて歯切れよい、今日の出雲・キララビーチ)
矜持たり柔道主審の立ち姿 [2021年07月26日(Mon)]

fumihouse-2021-07-26T18_44_59-1-thumbnail2.jpg柔道の試合開始直前。主審が独り立っている。すくっと立つ姿が美しい。背筋が伸びて元柔道家たる矜持を示す。カメラワークの上手なところもあろうが、絵になるあの姿は柔道の美を象徴するように思う。

礼に始まり礼に終わる・・柔よく剛を制す・・自他共栄など嘉納治五郎が創始した講道館柔道は世界を魅了した。サッカー並みに広がったという説もある。単に取っ組み合いの力比べではない、柔道の魅力は、競技の終わり方にも表れている。

選手同士が礼をし、審判にも敬意を表する。互いの健闘を称えあい、握手し、さらには抱き合う。勝者を称賛し、敗者は悔し涙にもくれる。潔く美しい競技だと思う。静かに畳を降りる場合もあれば、ガッツポーズを繰り返しても違和感はない。

阿部兄妹がそろって金メダル、高藤も金。渡名喜も銀の栄光。そして今夜はどうなるのだろうか。女子57キロ級の芳田、男子73キロ級の大野。ともに準決勝へ駒を進めた模様だが、決着はいかに? 今夜もテレビ漬けになり、あの審判の美を目に焼きつける。

(熱く焼けたあと、見事な造形を示す壺。そして東京は暑過ぎる。テニスではジョコビッチをはじめとして日程変更を願い出たという)
新品のイビツとなったタイヤなれば [2021年07月25日(Sun)]

fumihouse-2021-07-25T19_55_56-1-thumbnail2.jpg自家用車のタイヤが新品になった。4本のうち1本だけ新品というイビツさ。パンクさせてしまってダメにしたのだ。風切り音に違和感があった。橋の欄干の反射音だと思って、気になったがすぐに忘れた。だいぶん走った。帰宅時にガタツキが大きいような気がしたが、帰ったら忘れていた。翌朝左後ろのタイヤがペシャンコになっていた。ホイール回りには太くて白い丸筋あり。長らく空気圧が低い状態で走った証拠だそうだ。冬用タイヤに替えて販売店に行く。そして交換。

もったいないことをした。二年間使ったダンロップのタイヤ。そこに加わったヨコハマの1本。いびつな構成で当面はやっていく。このタイヤを替えるときには新車を買うことになるのだろう。次はまちがいなく電気自動車になる。

(エキナセアというそうな。西洋菊の系統だ)
東京に2020やってきた [2021年07月24日(Sat)]

fumihouse-2021-07-24T21_32_10-1-thumbnail2.jpg東京2020開会式、橋本聖子会⻑の挨拶に感銘を受けた。全選手、各国来賓、世界の人々に対して心のこもった言葉が並んだ。

五輪史上初の延期、コロナ禍の厳しい状況を踏まえ、困難を克服しようとする全ての人への敬意をこめ、東日本大震災にあたって世界中から受けた温かい振る舞いへの感謝を表した。世界中が困難に直面する昨今、再びスポーツの力、オリンピックの持つ意義を問い、平和への祈りを捧げる。

ときに嗚咽しそうになることに堪えながらも、メダリストらしくアスリートへ励ましを贈り、≪世界の全てのアスリートを誇りに思います。そして讃えたいと思います≫と述べた。

≪自らを信じて、一心に進んできた、これまで皆さんが描いてきた軌跡は、自分自身の未来に、大きな、そしてかけがえのない宝物になります≫

スポーツの力で希望を呼び起こし、世界を結ぶことが出来る、アスリートの活躍を待つ世界のために、この舞台を最後まで全力で支える決意は世界の人にトドイタと思う。

「より速く、より高く、より強く」とうたわれてきた五輪のモットーに加えて、今回は「共に(together)」が入ったという。異形の五輪・TOKYO2020が始まった。

(きのう夕方、出雲の夕焼け空。赤く焼けてオリンピックを祝う)
五輪の日青空すべて東京に [2021年07月23日(Fri)]

fumihouse-2021-07-23T19_01_58-1-thumbnail2.jpg1964年、東京五輪開幕の日。実況中継の名言があった。NHKアナウンサー・北出清五郎が発したものである。

「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような、素晴らしい秋日和でございます」と。あの時は10月10日、秋晴れの良き日和であった。今回の東京五輪は暑い盛り。気象が苛烈になってただではすまない恐怖の暑さ。そこに新コロナの感染恐怖が重なる。無観客で行われる異例の大会。復興五輪、コロナ克服五輪ともなれなかった残念な大会。それでも、『2020東京』では新しい名文句が誕生することを期待している。

(きょうの松江の空)
鍛練し左親指統括す [2021年07月22日(Thu)]

fumihouse-2021-07-22T14_58_31-1-thumbnail2.jpgギタリストの福田進一氏はこう言っている。

≪弦を押さえるという行為=親指とそれ以外の指でネックと弦を挟む、という考えを捨てなさい。しっかりとした指先の一点に、左腕の重みがかかることによって、スムーズなポジション移動、俊敏で柔軟なテクニックが生まれる≫

よくわかる! でも出来ない! 難しいフレーズ、なかなか憶えられないフレーズを幾度も弾く。すると左親指の第2関節が強ばってダルい。「弦を押さえる=親指とそれ以外の指でネックと弦を挟」んで、しかもおもいっきりやってる証拠。福田氏はそれをしりぞけるよう助言する。

≪指の中心軸がブレないように6弦第1フレットから人差し指1、中指2、薬指3、小指4をセットする。腕の重みが各指先に感じられたら合格≫

これは出来るのだ。重みを感じられる。だが、実際に音を出す段になると力が入ってヘトヘトになる。途端に不合格だ。この彼我の差はなんだ。修練の差であり、才能の差にちがいない。

腕の重みが指先に伝わるのを自然に感じられるには時間がかかる。力を入れずとも、弦を押さえて音がちゃんと出る。親指が弦を押さえることはまずないが、親指は手指、腕、体全体のエネルギーを支える基盤となる。左の親指を鍛練しよう。
キリストの弟子ら名前を残したり [2021年07月21日(Wed)]

fumihouse-2021-07-21T22_48_13-1-thumbnail2.jpgイエス・キリストの弟子と欧米人の名前には共通項が多い。というか、お手本として名付けたからそうなるのだ。息子娘たちに使徒の力を呼び寄せ、幸福な人生を送ってほしいという願いなのだろう。

日本人の命名だって、漢字の意味や画数、響きにこだわり、我が子に良き名前をつけてやりたいと願う。なにしろ最初のプレゼントだから当然のことだ。

イエスの十二使徒と現代の名前(そのまま読む場合もある)は次のとおり。
【ペトロ】ピーター、ペテロ
【アンデレ】アンドリュー、アンデレ、アンディ
【ヤコブ】ジェイコブ、ジェームズ、ジミー、ジャック、ジャクソン、ジョンソン
【ヨハネ】ジョン、ジョニー
【フィリポ】フィリップ
【バルトロマイ】?
【トマス】トーマス 、トニー、トム、トミー
【マタイ】?
【タダイ】?
【シモン】サイモン
【ユダ】裏切り者につき人気はない

12使徒ではないけれど、聖書の登場人物に由来するものが多くある。
天使【ミカエル】からマイケル、ミッシェル、ミッキー、マイク
イエスの母【マリヤ】からメアリー、メリー、モリー

聖人の【パウロ】、【ルカ】、【マルコ】からは、ポール やルーク、 マーク といった名が生まれた。キリスト教最初の殉教者 【ステパノ】はステファン、スティーブン、スティーブとなって広がった。
夏バテか副反応か眠いのだ [2021年07月20日(Tue)]

fumihouse-2021-07-20T17_59_58-1-thumbnail2.jpgワクチン注射はわずか数十秒で終わった。医師から問診票に書いたアレルギー薬の確認があり、この薬で起こしたアレルギーではなく、痒みや蕁麻疹が起こるのを軽減するための薬であることを説明すると、じゃ打ちましょうと。

回転イスを右に半回転。左の半袖をめくって浅く針を差す。痛みを感じることなく終わった。事務方が1回目予防接種済証(5cm×2.5cmのシール)をワクチン接種券(クーポン券)に貼ってくれて、経過観察として15時47分まで安静にしてお待ちくださいと、指示されペーパーが渡される。

今夕から夜にかけて激しい運動を避け、注射部位をこすらないようにとする注意書をもらう。紙の裏には次の予約はきょうと同じ出雲徳洲会病院で8月9日(月)15時45分だと書き込んである。

長崎原爆の日、わたしは2回目の新型コロナウイルスワクチン接種を終えて、対策が完了する。いや、むしろそれからだ。接種してどれだけ防御できるのか、感染を広げないかは十分解明されていない。依然として慎重な行動が必要である。

15分間様子を見て異常なし。帰宅して30分を過ぎるころに注射部位に疼くような痛みがある。ほんの軽いものだ。1時間たつと左の手首に疼きが移る。夜になって注射部位から下が重痛くなってきた。狭い範囲の筋肉痛である。身体が異物を感じて防衛反応を取り始めているのであろう。

朝からは筋肉痛が左上腕部に広がった。肩が重い。左手でものを取ろうとすると一瞬後悔する。午後になると瞼も重くなってきた。これも副反応ってやつだろうか。単に眠いのだ。夏の疲れ、第一波がやってきた。

(ミヤコワスレの花は様子を見るうちに盛りを終える。いまは来年咲く準備に余念がない、というか暑さに耐えている)
ご時世ではだかの王女マスク着け [2021年07月19日(Mon)]

fumihouse-2021-07-19T17_54_17-1-thumbnail2.jpgお洒落で見栄っぱりの王女がいた。たいそうな美貌の主であり、気品も備えた誇り高いプリンセスであった。専属のデザイナーがおり、王女の身につける衣服は女性たちの垂涎(すいぜん)の的。意外にも彼女はお高く止まったところがなく、国民に好かれる人柄であったので、服飾のニューモードはもちろん、彼女の一挙手一投足がニュースになったと言ってもよい。

そこに新型コロナウイルスの感染拡大。ワクチンを接種する人は増えてはいたが、予防にマスクは不可欠。この国では公衆の場でマスクを装着しなければ罰がある。破った者は禁固一週間の仕置きとなるのだ。

彼女もマスクを設えた。場面や服装ごとに最適なデザインのものを付け、マスクってこんなに素敵なの?と人々は王女の装いを楽しんだ。

整った鼻梁、スッキリとしたフェイスライン、弓なりの形のいい眉、染みのない透き通った肌……非の打ち所がない王女の面持ち。だが、彼女は不満だった。マスクで隠されてしまうことが。もちろんマスクで鼻から下を隠したことにより、大きく澄んだ目が際立ち、富士額と艶やかな髪が彼女の美しさを強調したことは言うまでもない。

ある日一人の仕立屋がやってきた。この世に一つとない珍しいマスクを作れると触れ込んだ。王女は矢も盾もたまらず仕立屋を呼んだ。
「私だけのオリジナルマスクを作ってちょうだい」
「承知いたしました。王女さまにだけ似合う極上のマスクを作って差し上げます」

数日後マスクは完成した。仕立屋は言う。
「素晴らしい出来映えでございます。天女の衣のように軽い布で仕立て、不思議なことに愚か者には見えないのでございますよ。もちろん王女さまにはご覧いただけていると思います」

「このマスク、どうやって着けたらいいのかしら?」
王女が頼むと仕立屋は重々しい手付きでマスクを王女に着けた。次々とマスクをとっかえひっかえした。

側近や大臣たちは口々に言う。
「王女さま、なんとも素敵なマスクでございます。パステルカラーがきらめいて、この世のものとは思えません」
誰もが不思議なマスクを着けた王女を誉めそやした。

王女は言った。
「キレイだわ。それに圧迫感もなくて付けていることを忘れそう。いい仕事振りね。たくさん褒美をとらせます」
王様は言う。
「プリンセスのためにパレードを催そうぞ。皆が喜ぶだろう」
王女はもちろん王様まで有頂天になって、パレードは決行された。

パレードでは人々は終始、プリンセスのマスクとファッション、そして美貌を称賛した。ところが中盤になって一人の子どもが大声で叫んだ。
「王女様はマスク着けてない!」と。広場は騒然となった。

この後、叫んだ子どもが捕まったのか、それとも王女が法によって裁かれたのか、あるいは詐欺師が暴露されたのかは、想像におまかせする。

(王女の美しさに比ぶべくもないムクゲの花。普通だからこそ良い。花は見栄を張らない。早くマスクを外したい)
山と海お相撲さんの名を呼んで [2021年07月18日(Sun)]

fumihouse-2021-07-18T08_51_32-1-thumbnail2.jpg山、川、海、といえば、力士の四股名に入る文字の定番である。故郷の懐かしい風景を思い出しながら苦しい稽古に耐え、出世して故郷に錦を飾ることを目標にがんばる。家族や地元の人も期待に胸を弾ませて毎場所を祈り観戦する。その象徴が山、川、海である。

それが定番ではなくなっているようだ。十両と幕内で勘定してみた。71人中『山』は7人。不祥事で謹慎中、大関陥落確実な朝乃山を筆頭に、豊山、松鳳山など。琴勝峰もよしとしよう。富士だって古里の山々をイメージした命名だろうから、5を加えて12人。横綱候補の照ノ富士が代表格だ。

『海』はどうか。島根期待の星だった隠岐の海をはじめとして御嶽海、志摩ノ海などいるが、6人。鳥取出身の石浦も故郷の因幡の浜にちなむ名だろうから勘定に入れて7とする。

なんと『川』は一人もいない。せせらぎに足を付けてバシャッバシャとはしゃいだ思い出。河口にたたずみ、水平線の向こうにある見果てぬ夢に向かう……そんな経験は若い力士にはないのかもしれない。

(昨夕の美しい夕焼け雲。『雲』はどうか。十両以上には一人もいない。雰囲気近いところでは霧馬山と天空海)
目覚めたら見慣れぬ風景乗り過ぎよ [2021年07月17日(Sat)]

fumihouse-2021-07-17T09_38_12-1-thumbnail2.jpg目が覚めてふと外を見渡すと見慣れない光景
乗り過ごし よく眠った
降りるべき駅を過ぎて5分も眠った
たいていは到着の数分前には目が開く
よく眠っていた
ブログを書いてフェイスブックに投稿して
読み差しの本がなかったから目を閉じた
すぐには眠れなかったが
目をつむったまま疲れを取ろうとした
いつか眠っていた
夢をみていたかもしれない
折り返しの列車が来るまで缶コーヒーを飲んだ
数年ぶりの乗り過ごし
まあこんなこともある

(白いアベリアは乗り過ごすことはない)
傘さして悠然と歩く濡れもよし [2021年07月16日(Fri)]

fumihouse-2021-07-16T18_04_52-1-thumbnail2.jpg傘をさす 当然歩く 当然濡れる
横殴りの雨ならびしょびしょ
おとなしい雨でもずんずん歩くと足は濡れる
霧雨でも濡れる 漂って顔まで濡れる
ビーチパラソル級ならば濡れないかもしれない
邪魔でしょうがない
帽子はオススメ 少しの雨なら傘なしでよし
濡れるのがイヤだからみんなクルマに乗るんだよ
濡れるのは乙なもんだと腹が座らない
ずんずん歩くと気持ちがよい
少々濡れても気持ちがよい
豪雨は別だ 特別警報とまではいかなくても
1時間雨量50ミリとなると傘は役にたたない
そんなときは家に籠るか、早々に避難場所へ

(数日前に入道雲は豪雨を降らせ、JRはかなり遅れた)
人竜を人流というコロナ禍で [2021年07月15日(Thu)]

fumihouse-2021-07-15T17_59_00-1-thumbnail2.jpg【人流】
どこか居心地の悪い、変な語感がある。人竜という化け物がどこかにいそうな雰囲気だし、新型コロナウイルスがまさにそれ。「物流」に対比して出来た言葉であろう。ふつうなら、人込み、人出、旅客、行楽などと表現するのだろうが、コロナ禍にあって頻繁に使われるようになった。

辞書には、人の移動を伴う一連の動静、人々の流動や動線。と説明があった。社会科学的用語なのであろう。移送手段を使ってどこかに出かけ、目的の行為をする。ごく当たり前の行為を意識せずに自由にやれる時はいつになったらくるものやら・・。

(人流とは無縁なヒルガオが暑い最中でも咲いている)
飲食は人間生きる文化なり [2021年07月14日(Wed)]

fumihouse-2021-07-14T18_03_08-1-thumbnail2.jpgコロナ禍で飲食店の廃業があとを立たない。緊急事態宣言地域や蔓延防止等重点措置地域のそれはもちろんだが、多くの飲食店が苦境下にある。

衣食住の中でも、直接命をつなぐ食。飲食店は胃を満たすだけでなく、同時に心も満足させる。家族や友人との交流を図り、ふだんとは異なる環境で五感が開放されていく。不味かったり、コストパフォーマンスが悪かったりして、期待に反することもあるが、外食は楽しい。

飲食店にとっては夜の単価は高いから儲け代となる。酒を飲んでくれればさらに儲かる。それを封印されてしまえば廃業は目と鼻の先。しかも休業要請に応じても交付金が遅延するとなると苦しい。

動物を見よ。調理するものはいない。偶然に発酵したり、生の状態とは異なる食べ方をしたとしても、人類のように調理する能力を持つものはない。文化は人間だけが獲得した叡智である。

美味しい素材を多種多様な文化で味付けして提供する外食産業が滅びるわけはない。そうなったとしたら、人間は生の肉を食らう動物に近づいてしまう……ことはないが、外食産業を衰退させてはならない。

(綿飴のような風合いの、これ何だったかなあ。春が浅い頃、この芽を剥いて食べると甘かった)
大雨の次は熱中症注意 [2021年07月13日(Tue)]

fumihouse-2021-07-13T18_31_18-1-thumbnail2.jpg明日の島根は注意せよ、と熱中症警戒アラートが出された。14日は熱中症の危険性が極めて高い気象状況になるとのこと。暑さ指数(WBGT)の見込みは、松江で30、出雲では31。31以上は危険である。気温、湿度、日射量などから予測された指数から考えて、明日は1日家に籠ろうかと思ったが、そうは問屋が卸さない。明日もみっちり仕事をしよう。

(夏椿のように爽やかな気候が続くと嬉しいが、もうない、秋までは)
きょうもまた余裕の休日朝早し [2021年07月12日(Mon)]

fumihouse-2021-07-12T14_35_16-1-thumbnail2.jpg休日の朝もいつもと同じ時間に目が覚める。ガバッと起きる。スッキリのときもあれば、気だるいときもある。ともかく布団から出る。

誰も起きていない静かな時間。ヒグラシが鳴き、やがてニイニイゼミに取って代わり、ウシ蛙も鳴いている。定番のストレッチをしながら音楽を聴く。テレビを付けてもよい。簡単に朝食をすませる。

暑くなるには少し時間がある。予定が特になければますますいい。ギターを取り出して基礎練をする。曲のおさらいをする。YouTubeを聞く。新聞を読む。本を読む・・時間は無限にありそうな錯覚に陥る。が、一日は速い。そして休日はいつの間にか明けていく。もっと時間が欲しいというもんだ。

(斑入りのドクダミが雨に濡れている。先週に続いての大雨。線状降水帯がまたもや発生した。土砂災害危険度の警戒レベル4。被害がないことを祈る)
蜩に季節が巡り響きあり [2021年07月11日(Sun)]

fumihouse-2021-07-11T09_34_02-1-thumbnail2.jpg【蜩(ヒグラシ)】
思わず「タイ」と読んでしまいそうな字。一週間前にヒグラシ登場。夏の中盤にかけて朝夕を彩り、異界の入口に立ったかのような幽玄さをあらわし、少し涼しげな雰囲気も演出してくれる。日本の美を象徴する(わたしはそう思っている)響きである。

ところで【蜩】。虫偏に周とはどんな成り立ちか? 【周】は、あまねく隅々まで広くゆき渡る意。象形文字としては、「方形の箱などの器物に彫刻が一面に施された」ところから「あまねく・ゆきわたる」を意味するようになったと(OK漢字辞典)。

季節がめぐり、暦が回る。誠実・親密の意味もある。周なる虫の蜩は、暑さが際立つようになると誠実に登場し、夏に親密だ。極雨のあとは酷暑。適度な加減してくれたまえ地球よ!

(ジャガイモの花とヒグラシ。まったく関係ございません。あえて言えばどちらも地球上のもの)
いくたびも猛威に翻弄列車通勤 [2021年07月10日(Sat)]

fumihouse-2021-07-10T12_01_16-1-thumbnail2.jpg自然の猛威に翻弄されて、JR西日本の松江通勤圏内では三日間列車が止まった。日常が帰ってきて(まだ雨は降りそうだが)嬉しい。

初日は休んだが、二日目三日目はクルマで通勤したので、改めてクルマ通勤と比較して、列車通勤の利点と欠点を考えてみたい。

【利点】
・乗ってしまえばのんびりできる、眠れる
・本や新聞が読め、スマホも使い放題
・出会った知人と話ができる
・JRの赤字解消に貢献できる
・CO2削減に貢献

【欠点】
・駅に行く手間と時間がかかり、雨や雪にさらされる
・ひどい雨や雪、風だと運休する
・待ち時間がある
・乗り過ごす恐れがある
・隣の客が不快なときがある

たいした比較にはならなかったが、これからも当面列車で通勤するつもりだ。

うって変わって、南九州では大雨特別警報が出されている。先日までの雨で「特別」はなかったような気がするが、雨の危険度を地図に落としたものに真っ黒がある。こちらでも濃い紫はあったと思うのだが、黒とは、よっぽどの状況だと気象庁が判断している。記者会見も行われた。無事を祈る。

(雨を受けて若草もすっかり生気を取り戻しただろう)
微量には舌を満足させられない [2021年07月09日(Fri)]

fumihouse-2021-07-09T21_32_19-1-thumbnail2.jpgおいしかった。食べ終わって紙カップの底にあるアイスクリームの最後のひとすくいを食べる……おいしかった。飲み終わって瓶の底にあるビールの最後の数滴を飲む……おいしかった。食べ終わって皿にある料理の最後のひとつぶを箸でつまんで口に入れる……

なぜか美味しくないんだなぁ、これが。量が少なくて舌が美味しさを感じるところにまで至らないのだろう。あるいは美味しさの飽和状態になってしまうのだろうか。

だから最後の微量を食べないように、飲まないようにしている……でも貧乏性なもので、ついついやってしまう。そして後悔する。

(食べかけのかき氷は、冷たさがほぐれて食べやすく美味しくなっていく)
自信あり確信を込めて投げ抜くぞ [2021年07月08日(Thu)]

fumihouse-2021-07-08T19_38_10-1-thumbnail2.jpg「きょうで、自信から確信に変わったと思います」とは、のちに平成の怪物と呼ばれた松坂大輔がイチローと初対戦し、3三振を奪ったときの名言である。その松坂が現役を引退した。

「リベンジ」という言葉が、復讐という重苦しく気鬱な存在から、今度こそ負けないぞ!という積極性のある言葉に変質したのは松坂の功績であろう。彼には多くの名言がある。ネットで調べたものだが、わたしのお気に入りを紹介したい。

「苦手なコースを攻めて打ちとっても、何にも面白くない。強打者が得意とするコースを突いて、それでも三振を取るのが本物のピッチャーです」
「諦めない。ただそれだけ」
「僕は夢は見ない。常に目標を掲げる」
「目標がその日その日を支配する。この教えを胸に、僕は新たな道を切り開きます」

彼はこれから新しいどんな野球人生を歩むのだろうか。松坂は甲子園で春夏連覇を達成した。その夏の地方大会が始まっている。

(怪物玉葱ではない、ただの我が家の玉葱)
線状に雲がウゾウゾ雨降らす [2021年07月07日(Wed)]

fumihouse-2021-07-07T17_31_53-1-thumbnail2.jpg【線状降水帯】
聞くだけなら甘美な響きがある。G線上のアリアから連想される豊かなメロディ、よい香水が醸し出す品格のようなもの。

現実は違う。朝から松江市付近では1時間に約100ミリの猛烈な雨が降り、記録的短時間大雨情報が出たと繰り返し報じられ、出雲市、松江市、雲南市では警戒レベル4の避難指示が発令されて、低いところ、地盤の危ういところに住む人は避難が求められた。

屋根を叩きつける雨の音に気がついて早朝に目覚めた。昨夜寝る前は降っていなかったが、早々に大雨警報は発せられていた。予報どおりの大雨だった。各地で小河川のオーバーフローがあり、小規模な崖崩れもある。

昼前に雨が止むとセミが鳴き出した。空が明るくなってこのまま終わるのかと思わされた。彦星と織姫は邂逅はできるのではないかと期待をもたせたが、天は容赦しない。夕方に向かって再び雨が強くなってきた。降り始めからの雨量が200ミリを超えて、土砂災害危険度情報が発せられた。

友人などから安否を問うメールをいただいた。だいたい次のような内容を第一報として返信した。「ありがとう。つつがなく過ごしてますが、出勤を阻まれました。列車が止まったので、待機しています」。結局JRは一日動かなかった。明日は元に戻るよう祈っている。

(G線上の香水を思い浮かべてしまいそうな木槿(むくげ)の花)
素を元に活力生ませそれぞれに [2021年07月06日(Tue)]

fumihouse-2021-07-06T18_09_26-1-thumbnail2.jpg元気の素といえば、活力源となる物事のことだ。人によってそれぞれ違う。気落ちすることがあっても元気の素をやったり、見たり聞いたり、口にすることによって元気回復の原動力となる。少々落ち込む出来事があったとしても、平常の気分へと持ち直す。

趣味の事柄を一途にやるのは元気の素にちがいない。やるべきことを放ったままの一途はいただけない。後悔や懺悔の気持ちを起こしては害悪だ。依存症まっしぐらである。元気の素は適度でなくてはならない。

意識が変わると、姿勢が良くなり背筋が伸びる。浅い呼吸が深くもなるだろう。大声を出して笑ったならば、きっと傷んだ心はいったん空になって、元気が充填されていく。快活な表情が戻ってこよう。

ただ、ショックの度合いが大き過ぎると、自分の元気の素を忘れてしまう。というか、やる気すら起こらなくなってしまう。そこでエイヤッとやってみればよし。できなければ、精神が鎮静するまで待つことになる。

まずは眠ることだろうか。食べることもいい。でも、グッスリとは眠れないかもしれない。食欲が湧かないかもしれない。自然な治癒力が引き出されて、再びバイタリティを呼び覚まされるよう願っている。

ちょうど今大災害に襲われた熱海の方々のはそんな状況にあるのだろう。強い雨よ、止め! 甘露となって辛い人びとを癒せ!

(黄、橙系統のビオラは元気の素になるかどうか)
締め切りと力加減と考えて [2021年07月05日(Mon)]

fumihouse-2021-07-05T18_02_11-1-thumbnail2.jpg期日を決めることは大切である。締め切りがあるからこそ人は頑張れる。ギター弾きとして人前で発表する本番にもそれは言える。だからこそ、練習に身が入る。上手くいかないことを嘆きつつも、工夫して壁を乗り越える。憶えて弾いて、弾けなくて憶え直して、表現が稚拙なのを悲観しながらも、繰り返して自分のものにしていく。

次のレッスン日が○日後であれば、それが締め切り。ミニ発表会がいついつとなれば、恥をかきたくないから必死になる。楽譜を読み込み、ギターのフレットを指に馴染ませ、音階で歌う。ユーチューブでプロの演奏を参考にする(自信をなくすことも多々)。若い頃にこんな環境があったら、忙しさに負けてギター弾きを止めなければよかったのに……という後悔に縛られつつも、今のこの時間を生かす。没頭するうちに時間は過ぎていく。

力が入り過ぎる。「楽に」と指導されても難しい。あくまで必要なところには力を入れて、そうでないところは楽にやらなければならないし、集中して懸命であっても指は軽く動くのが正しい。ときどき肩と腕をダランとさせてみて、脱力した感覚を取り戻していく。それを修練していくが、気がつけば腕も指もガチガチだ。肩凝りや関節痛にならないように注意して、締め切りの日を迎えよう。

(アべリアが道端に咲いている。力など入らずに自然体である)
オンライン同窓会なり無事祈る [2021年07月04日(Sun)]

fumihouse-2021-07-04T10_50_39-1-thumbnail2.jpg昨日夕方に高校のオンライン同窓会をズームで行った。参加者は6人と少数で、女性が1人で寂しかったが、一時間を楽しく交流できた。卒業以来という人同士もいて、昔の片鱗を探すのに苦労したと思う。

人生の節目にあって苦闘する友がいる。むろん喜びもある。苦楽をともに思い合わせて、あざなえる縄の如しの禍福を抱えて、それぞれの人生航路を行く。

大洪水の被害も出ている(出雲は、も少し雨が欲しいが)。全国に散った他の同級生たちの動向や如何。健康と無事を願いたい。

(梅雨の末期の大雨が関東、東海方面の沿岸部を襲う。穏やかであれ、天気よ)
苦しくて蕩尽の夏二回目で [2021年07月03日(Sat)]

fumihouse-2021-07-03T10_03_23-1-thumbnail2.jpgきのうも苦しかった。悩み苦しんで鬱々としているわけではない(少しは悩んでいる)。息をするのが苦しくて堪らない。

不織布のマスク。鼻の針金を曲げて密着させて、真ん中の針金もグイッとやって隙間を作る。最初は平気でも鼻から出た空気で暖まる、暑くなる。鼻息で布が上下して鼻の穴に触れると、なおさら暑い。頭がぼおっとしてくる。

周囲に人がいなければ外して一息つく。話しかけられればマスクを付け直す。その繰り返しで疲労感が溜まっていく。エネルギーは貯まらずに蕩尽させるかのように疲れていく。終業前にはヘトヘトだ。去年もそうだった。

きょうはマスクを付けてない。家にいるうちは気軽に過ごしたい。だから誰かがウイルスを持ち込むと家庭内感染は簡単に起こるのだなあ。

(ラベンダー畑の日陰を選んで寝っ転がって、大きく深呼吸したいもんだ)
二千年古代出雲の夢をみた [2021年07月02日(Fri)]

fumihouse-2021-07-02T22_01_02-1-thumbnail2.jpg藤岡大拙氏が講演してくださった。わが地域の名士。言わずと知れた有名人。しかも謙譲の士にして人柄は温かく、話は分かりやすく楽しい。島根の宝といっても過言ではない藤岡先生の話を聞いて、1時間半はあれよという間に過ぎた。

演題は『出雲神話と荒神谷』。地方史学者としての立場から出雲神話をひもとき、ご自身の経験も交えながら、われわれ出雲人の琴線に触れるお話をいただいた。荘原コミセンまちづくり部として、先生には講演いただきたい趣旨を、次のように伝えている。

■日本の源流に連なる出雲神話。荒神谷遺跡をはじめ出雲の遺構と伝承が証明するかもしれない太古の謎。出雲神話のエピソードに大胆な仮説も交え、我が出雲の誇りを呼び覚ましてください■

無茶ぶりではあるが、先生は古事記や日本書紀、出雲風土記を引いて、いとも簡単にお応えくださった。

出雲の古代史は、大和朝廷の計略によって力を削がれていく過程である。それが神話として描かれたわけだが、出雲征伐の歴史は騙し討ちにまみれている。

大和の総司令官として倭健命(ヤマトタケルノミコト)は、九州征伐のあと出雲に立ち寄った。言葉巧みに出雲健(イズモタケル)に近づき、斐伊川で沐浴(川遊び)しようと誘いかけ、終いには騙して惨殺しする。あらかじめ自分の太刀を木刀に替え、出雲健に持たせて「いざ刀(たち)合はさむ」と斬りかかったというではないか。有力な豪族を失って出雲國は力を奪われていく。さぞや無念だったことだろう。

日本書紀では、さらに大和は神宝を奪う(剣か玉か?)。しかも謀略によって兄弟豪族であった出雲の振根(ふるね)と入根(いりね)を離間させる。終いに振根は入根を殺す。実に悔しいことだ。しかし、藤岡氏はおっしゃった。確かに敗北の歴史だが、出雲人は立派に郷土を築き上げ、今地域の可能性を最大限に発揮している、臆することはないと。

出雲國の中枢が斐伊川で川遊びできる距離だったということは、出雲風土記にえがく健部郷(たけるべのさと)は、荒神谷の近辺となる。すなわち二千年前には荘原地区の中に出雲勢力が栄えていたのだ。

荒神谷遺跡の大発見から37年。古代出雲が繁栄したことは立証された。いまだにコンプレックスを持つ向きもあるかもしれないが、荒神谷遺跡の本家だと思って堂々と自慢して、誇りをもって出雲に生きようと先生は締めくくられた。

(太古の昔もナツメの花は咲いていただろうか)
ニイニイと夏の始まり酷暑かな [2021年07月01日(Thu)]

fumihouse-2021-07-01T08_27_13-1-thumbnail2.jpgきのうはセミの初鳴き。駅で列車から降り立つと、懐かしい声、というか音が聞こえる。ニイニイゼミが鳴いている、というか羽を擦っている。

ニーニー、ジーン、キーンというか、なんとも形容できないが、初めての鳴き声であった。虫編に単と書いて「蝉」。文字どおりひとりぼっちのセミだったが、しっかりと間断なく鳴いている。やがて耳鳴りのごとく、耳について離れない。夏が始まった。どんな夏になるのやら。

(蝉とともに夏の定番、ノウゼンカズラが咲きだした)