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昼下がり竹の子折った瑞々し [2021年06月30日(Wed)]

20210629_080232.jpg竹の子 折った
筍ではない 大きく育った竹の子ども
高さは2m もちろん食べられない
ゆらゆら揺らして 最後のヒト押し
ぽっきっと折れて 断面くっきり
竹は木でもない 草でもない
節を境にぽっきり折れた
中身は空洞で 強くて軽い
ひとは多くを竹で作ってきた
笛 筒 箱 竿 筆 筏 笠 櫛
なんと 笑いまで竹冠なのは面白い
竹は笑いの元なのか 竹をタネにして笑おうよ
折った竹の子
水や養分が通る管や節々までが瑞々しい
もう一月たてば この竹一人前になっただろう

(三寸ほどだったかぐや姫は数ヵ月で成人した。成長の速さという点で月の人というよりは、竹の精そのもの)
本番で己は苦しみ他人は関せず [2021年06月29日(Tue)]

20210629_080205.jpg【本番】
放送や演劇、音楽の業界では、実際にオンエアや撮影、公演を行うことである。そこから、ぶっつけ本番という言葉が出来たのだと思う。広く一般には、練習段階でもリハーサルでもない、本式に事に臨むことを言う。エロチックなところでは、風俗やポルノで性行為を指す用語でもある。

ギタリストにとって本番とは何か。プロギタリストはリサイタルもあろうが、趣味で弾く者にとっては人前で弾くことが本番である。ふだんは一人で練習する。難しい箇所を重点的にさらい、時折通して弾いてみる。弾けなければ根をつめて繰り返す。暗譜もして、楽譜を頭に入れる(それが理想だが現実は指が憶えるばかり)。

レッスンを受ける人であれば、先生の前で弾くのも本番であろう。上手く弾こうと力んでも、思うようにはいかない。前の一人であっても平常ではないと緊張するものなのだ。

やがて発表会やサロン的な雰囲気で人前に出る。常の8割方の実力が出せたら上出来だ。こんなはずじゃない! 悔しくても何とか弾き終えると、良かったと拍手やお誉めの言葉。追従なのか、慰めなのかはわからないが、自分は知っている。ヘタクソだったのが。

でも、気にすることはない。また機会はある。そして、何よりも他人だって自分のことで精一杯で、人の演奏なんてあんまり気にしてないものなのさ。

(可憐なネジバナが咲いている。彼らの季節、本番である。好ましい淡いピンク)
励まして力をいだせ週初め [2021年06月28日(Mon)]

20210627_112155.jpg【励む】
気持ちを奮い起こしてものごとに取り組む。その努力によって、顕在化していない我が力を奮い起こすことにもつながる。

【励ます】は、元気づけて気持ちが奮い立つようにしてあげる。自ずと語気は激しくなりがちだ。たいていは、がんばろう!

旧字は勵。左の()は、削り取られた崖の象形と蠍(さそり)の象形だそうだ。蠍の毒針のように鋭くなるよう刃物を研ぐ砥石の意。(力)は力強い腕の象形で強く磨く意。

きょうは月曜日。土日にリフレッシュしたとはいえ、ブルーがかった週の始まり。しかも蒸して日射しもそこそこ厳しい。励み励ます一日でありたい。

(白と黒のコンビネーション。明明白白たる白と黒。曖昧模糊を排す)
思い出を振り返る朝きのうきょう [2021年06月27日(Sun)]

20210526_125231.jpg起きがけにフェイスブックで「思い出」メニューを見るのが習慣となっている。昨年のきょう、一昨年のきょう、という具合に、7年か8年前までさかのぼることができる。ほぼ毎日書き上げてきた、いわばご褒美でもある。そこで気がついた。きのうは書いていない。溜まってしまった書類や作業をあれこれを片付けて、忙しくしているうちに忘れていた(もちろんギターもたっぷり弾く)。

心のもちかた一つで、美しいものを美しく感じ、何かを書きたいという欲が出る。一方で、心が閉じていれば見逃してしまう。ゲーテはこう言っている。

 こころが開いているときだけ
 この世は美しい
 おまえの心がふさいでいたときには
 おまえは何も見ることができなかったのだ

きのうだって美しいと思うものを見聞きした。心が動く経験をした。しかし、言葉をつむぐ気持ちが起きなかった。ただそれだけだ。きょうから再び心を世界に開いていくのだぞ、と思う。

(へんてつもない紫片喰(むらさきかたばみ)もまた美しい)
解答を上手く収めてマス埋める [2021年06月25日(Fri)]

20210621_134643.jpg現代国語の試験。上手く解答できなかった。中身は忘れたが、500字程度にまとめる文章題で趣旨一貫した文を書けないばかりか、最後の結論を書こうとしたら時間切れ。残念な夢であった。

これも毎週見ている『ドラゴン桜』の影響かと思う。東大専科の面々の合否や如何、物語の結末が楽しみだ。

夢のこと。日々散文は書き続けてきてはいるから、気軽に書き始めて適当なところでけりをつけることはやっていても、出題者が求める解を導き納得させるというのは難しいと思った次第。

(夢は覚めたらそこまでだが、カボチャの花はやがて実りがある)
幸いに健康なるぞ日々歩む [2021年06月24日(Thu)]

20210619_143910.jpgゴミを捨てようと椅子を反転させて後ろを向いた。あっ違う、ゴミ箱は斜め右前の数歩先にあるんだった。3ヶ月前まではその位置にあった。からだが憶えている、というか、こんな簡単なことまで間違えてしまうとは、習慣は不思議なものよと思う。

いつもそうだというわけではない。たまたま今日のわたしの振る舞いに、ニヤッとした。勤務先が変わって間もなく3ヶ月。まだ初心者を脱しきれず当惑の毎日が続く。それでも、子どもの陣取りゲームのように少しずつ歩みは進んでいる。

健康でありたい、心身ともに。そして家族も友人も職場の面々も地域の人々も、またそうあってほしい。周囲が健康で穏やかに過ごしてくれることは、わたしにとっても幸いなるかな。

(爽やかな色、紫露草。雨を欲しがっている)
休んだり休ませたりで木は偉大 [2021年06月23日(Wed)]

20210618_184527.jpg『休』
人が木に寄り掛かって、ゆるりとした姿の象形が休む。転じて、心も体も休まって安息の気分となる。よって「幸い」の意味も表すようになった。

木陰に入ると、そよりと風が頬を撫でる。気持ちがよい。このまま動きたくないとは思うが、移動しなければならぬ。安息の時間は短いが、少しはエネルギーが充填される。

反対から見れば、人を休めてくれるのが「木」。日本はどちらかと言えば木を切る文化。巨木信仰もあるが、町中や人里の大木は、枝が邪魔、折れたら危ない、根っこがわるさをする……と言われて嫌われがちだ。しかし、木は人間の拠りどころなり。大切にしてやろう。

(ピークは過ぎたが、合歓木(ネムノキ)は結構な巨木になる)
踏ん張れや負けずにきっと芽は出るぞ [2021年06月22日(Tue)]

20210617_175428.jpg鬱を患う人が「頑張ってください」と言われると、「これ以上どう頑張れって言うのか」と感じるそうだ。

頑張るは、頑な(かたくな)に、頬を張り歯を食いしばって前を向こうと奮闘している状態だ。励ましや応援の言葉が「頑張れ」なのだが、両者の思いは一致しない。激励したつもりが相手を追い詰めては不幸だ。

励ますにあたって日本語は語彙が貧しい。要は相手のあるがままを受け入れて傾聴の態度を貫くことが一番だ。でも何か言葉がほしいと思っていたが、あった。

『踏ん張れ』である。踏ん張りどころで、グッと力を込めて、こらえる、耐える、負けない。くじけないよう、もう少しやってみよう。あるいは日薬で時を待つのが踏ん張れだろうか。

音では「がんばれ」だが、『顔晴れ』とあて字するのもいい。歯を食いしばると頬の筋肉が強ばるが、そこで意識してニッと口角を上げる。苦り切った笑顔になるだろう。心からの笑顔には遠い。でも、泣く行為によってますます悲しくなることと同様に、苦い笑いであっても笑う形をつくることによって、違う面が見えてきて、きっと踏ん張ろうと思えてくるにちがいない。

(大金鶏菊の黄は元気の出る色。外来種で日本の在来種を駆逐するからけしからんと言われても、呵呵大笑しているぞ)
時を集め文明集積ヒトの道 [2021年06月21日(Mon)]

20210619_144034.jpg無数の時は積み重なって時間は過ぎていく。時間とは人間が産み出した最大最高の発明であろうかと思う。動物は待ったとしても、時間を計って計略的に行動をとることはない。本能的に生きる。植物も遺伝子情報に従って花を咲かせる。

ヒトには時刻があり暦があって、時の流れを意識して生きる。それがどれだけ技術の進歩を促し、精神活動にメリハリを与えてきたことか。大変な発明であると思う。

狩猟が成功しないと家族は飢えて死ぬ。この一両日が勝負だ……締め切りに間に合わないと巨額のビジネスが失敗する……明後日には王様の元に戻らないと人質になった友は殺される(メロスだった)。ともあれ、ヒトは締め切りを意識して頑張ることによって能力を拡大してきた。時間とは文明を飛躍的に進歩させた源泉である。

一方で時間は大きなストレスの元ともなる。精神的に追い詰められて、辛く悲しいことにもなる。ヒトは時を刻んで利益を得た代わりに、多くのものを失ったのは間違いない。

(ダリアが咲いている。これも膨大な時を経て遺伝子が為した労作)
マーカーにシールを使いドレミファソ [2021年06月20日(Sun)]

20210620_073303.jpgフレット・マーカーを売ってるなんて、知らなかった。フェイスブックの投稿で知った。クラシックギターはボディまで12フレット、ボディにくい込んで、ふつうは19フレットまである。

手指の感覚で、ここは何フレットの音程は何々、というふうに身に付いているプロクラスならまだしも、我々には及びがたい。フレット・マーカーを5、7フレットに貼っておくと(わたしの場合10も)、運指のガイドとして役に立つ。

最初は100円ショップで売っている銀色丸型シールを貼っていた。やがてシリコン製の動物立体シール(やはり100円ショップ)を貼ったのだが、知らぬ間に取れたり、ずれたりしてしまう。いまはマスキングテープ状に巻いた六角型シールを使う。2センチはあって大きいが、気に入っている。自分にしか見えないものだ。好きな物を貼ればよろしいかと思う。

耐久性はどうかというと、練習するたびにクロスで拭くから半年程度で剥げてしまう。そしたら貼り直す。次はどの模様になるか、それも楽しみだ。

(わたしが使うシール。和風の図柄が気に入っている)
尻の尻尻は尻だよ尻を振る [2021年06月19日(Sat)]

fumihouse-2021-06-19T20_19_57-1-thumbnail2.jpg【尻】が気になった。体の尻ではなく、[言葉尻をとらえる]といった尻の慣用句のことだ。実に多い。

[尻に付い]て、人の後ろについていくのは楽だ。考えなくてもすむが、一人残されると[尻に火が付く]。慌てて逃げて[尻に帆を掛け]ても困る。締めくくりがなくなって[尻も結ばぬ糸]では御粗末だ。

じっと動かなければ安全か。[尻が重い]のはつまらない。[尻を押す]、[尻を叩く]、それから[尻を上げる]のでは魅力はないね。他人の[尻馬に乗る]のは無分別。他人の振り見て[猿の尻笑い]などしては意地汚い。

かといって[尻が軽い]のも、すぐに忘れる[尻から抜ける]のも、人から信頼されない。[尻を落ち着ける]、[尻を据える]そんな態度がよろしかろう。[尻が暖まる]、[尻が長い]そんな人は訪問先では喜ばれないよ。上手く運んでいても[喜んで尻餅をつく]と失敗を招く。

[尻がこそばゆい]ような誉め言葉に踊らされて、誰かのしくじりの処理を任されて[尻が来た]んじゃたいへんだ。[尻ぬぐい]はごめんだが、ときには[尻を絡げる]頑張りが必要だ。[尻を持ち込ん]で、誰かの責任を声を荒らげて問うのも大人げない。

隠しごとをしてはいずれ[尻が割れる]ことになるし、[頭隠して尻隠さず]になりがちだ。油断すると誰かに[尻毛を抜か]れることになりかねない。[尻(けつ)をまくっ]て居直って、[尻が青い]なんて言わさせまい。[酒買って尻切られ]て、恩を仇で返されてもじっと耐え、[尻の持って行き場がない]と思ったら、家族に[尻をはしょっ]てもいいから端無を聴いてもらおうよ。
 
家では[尻に敷かれ]ておとなしく、[穴の穴が小さい]と言われても穏やかに笑っている。[軽い返事に重い尻]てなことでは当てにされないよ。たまには[帳尻を合わせる]こともあってよい。たいていは[頭でっかち尻つぼみ]になりがちだけどね。まっ家では[尻の毛まで抜かれる]ことなどないから、ごゆるりと。

尻は尻でもホントの尻は、年を取ると筋肉が落ちる。なかでも尻(太股も)は目立ってしまうからだ。無理せず筋トレでもしましょうかね。

(少し尻が重そうな葵の花。赤くてもアオイ、これ、不思議なり)
考えて技術を磨き皆がよし [2021年06月18日(Fri)]

fumihouse-2021-06-18T18_42_58-1-thumbnail2.jpg考えることは難しい。思考をつなげて考える、人の関連で考える、制度や組織の変遷を踏まえて考える、経験に照らして考える……毎日は考えることばかりであるが、考える起点が「点」であるうちは、つながりにくい。せめて「線」であってほしい。「面」や「立体」であれば、なおありがたい。つながり同士の接点が少ないとくっつけない。それどころか、関係することにすら気づけないものだ。

その気づきを与えてくれるのが指導であるが、俺についてこい式では人は育たない。なぜなら指示待ちになってしまうからだ。指示待ちとは、自分では考えないこと。指示をこなすまでしか成長できない。かつての体育会系のように、頭ごなしにシゴく姿はないとは思うが、意味を理解して進まないことには伸びる可能性は低い。何ごとも必死に食らいついていけば芽は出る。

やがて楽しくなる。やる気も出る。完遂したときの達成感も得られる。相乗効果で受け身から能動へ変わっていく。そうなることを信じて奮闘する毎日である。

わたしが勤務するこども園にあって、最大のステークホルダーは子ども。次いで親御さん。子育て支援を直接行うのが保育教諭や言語聴覚士、作業療法士、看護師、医師、心理療法士などの専門職種の面々だ。彼ら彼女ら(女性率は8割を超える)がいかに力を発揮できるか、良いパフォーマンスを前面に出せるかどうか。

経営も安定させつつ、子どもたちの笑顔を満開にする。ひいては親も素敵な生活を送れる。そのための下支えをするのが事務方の使命と考える。そのためにも疲労困憊することは避けつつ、今週も頑張った(けどトホホ)。

(濃いブルーの紫陽花が雨に濡れている。彼らもまた人を喜ばすという使命に燃える)
赤と青声も雅に磯の鵯 [2021年06月17日(Thu)]

fumihouse-2021-06-17T18_26_09-1-thumbnail2.jpgイソヒヨドリが鳴いていた。ふだんの鳴きぶりよりもずっと喧しい。が、澄んだ美しい声。ビルの庇下から隣のビルへ。二羽がつるみあって鳴きあっている。恋が成就したものか。独りごちてはメスを呼び続けたオスに連れ合いができたものだろう。お二人さん、お幸せにね。似合いのカップル、がんばれや。

イソヒヨドリは美声だ天使の声だ。節を回して高らかに歌う声に心惹かれる。多彩な鳴き声、短音長音組み合わせて音程自由。リズムも多様で一つとして同じものはないかもしれない。が、イソヒヨドリと分かるあの美声。澄み切った声は遠くへ遠くへ、響き渡る。

イソヒヨドリよ、深い色彩で雅な小鳥よ。明日もまた聴かせておくれ。わたしは心洗われ爽やかになる。

(オヤジビオラは姦しいか? いや静かににぎやかだ)
最期には死ぬ必定や終わりあり [2021年06月16日(Wed)]

fumihouse-2021-06-16T17_38_44-1-thumbnail2.jpgACPという概念があることを知った。アドバンス・ケア・プランニング。別名「人生会議」という。

……大切にしていることは何か、信頼できる人は誰か、医療やケアに関わるチームに信頼できる人も交えて話し合う、その結果を周囲に伝えて共有する、心身の状態により意思は変わるので繰り返し考えて話し合う……。

厚生労働省が音頭をとって人生会議の普及を図ろうとしている。生き方や価値観、大切なことである。そんな大層などないと言うお年寄りも多いだろうが、必ずある。どこで暮らすのか、何を食べたいのか、どんな経験を積んでいまに至るのか、何が得意だったのか……考えてみることはたくさんある。そこに人生会議の意味がある。

自分らしく暮らし続ける。そして最期を迎える。自分や家族の最期だなんて縁起でもないと考えてしまう人はまだ多いかもしれない。でも、忘れてはならないことだ。人間は必ず死ぬ。100%死ぬ。となれば、それが目前になったとき、事故や病気で意思表示できなくなったとき、周囲が混乱することは必定である。元気なうちから、もしもを考えてみよう。

(ザクロの花は何を考えるのか。考えない。ただ良い実を実らすことを考える)
選ばれて買わされ買った服なれば [2021年06月15日(Tue)]

fumihouse-2021-06-15T18_35_06-1-thumbnail2.jpg服を買いにいく。目についた洋服が、買って買ってと主張する。いい感じ、試しに袖を通す、鏡に映す、悪くない、少し高いな、まっいいや。支払いを済ませる。満足することもあり、後で別なあれにすればよかったと後悔することもある。求めるものとは若干違うけれど値段も手頃だし、まっいいか。妥協する。そんなときは、たいてい後で臍を噛む。

気に入って何度も着回す服もあれば、タンスの奥に忘れてしまうものもある。最初は満足でも、やがて好みが変わることもある。第一、流行らなくなって着るのが恥ずかしいと思う代物もある(流行を追う人間ではないが)。買った後でサイズ感がいま一つで残念なときもあれば、体型の変化で着られなくなる服もある。

服なしでは一日たりとも生きられないだけに、服とは長い付き合いになる。だから、これからも買って買ってと主張する服を選んでやろうと思う。

(スモークツリーが咲いている。服の流行は煙のように移りゆく)
全身の運動前にストレッチ [2021年06月14日(Mon)]

fumihouse-2021-06-14T10_25_53-1-thumbnail2.jpg週末のギタ弾こ会(ミニ発表会)を終えた夜、左親指の付け根が痛いことに気がついた。鈍い痛みで指を動かすと不快感がある。練習のやり過ぎだと思った。その晩はギターを触らずに早く寝た。翌朝痛みは手首に移動した。

左親指はネック裏に当てる程度にして、小指から人差し指の4指の重さを生かして弦に軽く当ててリラックス!と言われるが、如何せん力が入る。ネックを握りしめてしまうのだ。力むと指使いが硬くなって動かしづらいとわかっていても、力が入る。脱力して自在にギターを操れるようにしたいものだ。

考えてみると、演奏とは立派な運動である。椅子に座って構える。実に静的でおとなしい雰囲気ではあるが、譜面や指の運びを目で確かめ、右指は小指以外は弾弦にフル稼働し、左指手は押弦するのにてんやわんやである。足は踏ん張り、腰は演奏姿勢を保つために伸びている。リズムをとろうとして体は揺れる。全身運動にちがいない。

にも関わらず、準備運動をしていない。これからは練習の前に、指や手首、肩や体幹を曲げたり捻ったりしておこうと決意した。ほんの1分心がけるだけで長いギターライフを楽しめるにちがいない。幸いに今は痛みは半分になった。
詩があってふと見渡せば詩は満ちて [2021年06月13日(Sun)]

fumihouse-2021-06-13T22_05_03-1-thumbnail2.jpgこの世は詩に満ちている。詩とは何か。簡潔な言葉で表現したものやこと、こころである。短歌、俳句、川柳、漢詩、自由詩、楽曲の歌詞などいろいろ。表される情景であれ、心情であれ、よい詩歌は人を豊かにし、ビジョンを示し、ほっとさせてくれて、生きるよすがとなる。人間の目を通して描くからには、そこに精神性が表れ出て文学となる。単なる記号としての言語を超えていく。韻文となってリズムを刻めば、心にも刻まれる。メロディとともに気持ちを鼓舞する。間をとって朗読すれば、想像の翼が広がる。

詩のない楽曲はどうなのか。これもまた詩である。音色や楽器の種別で詩心が表現される。その詩に励まされ、人はエネルギーに満ちていく。この世は詩に満ちている。

(詩心に満ちた?赤詰め草)
生産性落とすの簡単ひと困り [2021年06月12日(Sat)]

fumihouse-2021-06-12T22_19_30-1-thumbnail2.jpg事務仕事の生産性を落とすのは簡単だ。次のことを各部署のトップが忠実に実行すればよい。なかにはこれが最善だと信じて行う確信犯もいて始末に困る。

・前の会議で決まったことを蒸し返す
・起案文書のアラを探して書き直せと命ずる
・完璧であることが重要だと主張する
・規則を厳密にし例外を許さない
・協議するメンバーを多くし会議をやたら増やす
・ペーパーワークを増やしてうんざりさせる
・言い回しの言葉尻をとらえて文句をつける
・細かいルールを成文化し長いマニュアルを読ませる
その他たくさん

日本人が得意なのは、丁寧に隙を突かれないよう何十にもチェックをかけてたくさんの時間を費やすことだ。そのままでは組織人が本来すべき重要な仕事に直ちに着手できない。その状況をつくっていくのは管理者の仕事である。

(ホットリップスが穏やかに楽しげに咲いている)
ローマには不思議な数字あったのさ [2021年06月11日(Fri)]

fumihouse-2021-06-11T18_25_59-1-thumbnail2.jpgローマ数字は、時計の文字盤や論文の章だてに使われることが多い。オシャレではあるが、通常使うにはせいぜい X までだと思う。W と Y を間違えやすくなるからだ。絵本『たのしいローマ数字(デビッド.A.アドラー)』で初めて知ったことがたくさんある。

「T」「U」「V」「W」「X」「Y」はそれ一文字でアラビア数字の1、2、3、4、5、6を表すものだと思っていたが違っていた。TとXだけは確かにそうだが、UはTが2つ合わさっており、VはTが3つ合わさっている。要はTを足して2や3になるというのだ。

WはXの前にTがあるのでマイナス1して4。YはXに1を足すから6。ZはXに1を2つ足すので7。[はXに1を3つ足して8。\は](10)からマイナス1して9。いちいち考えなくてはならなくて面倒だ。

L=50、C=100、D=500、M=1000。これらを駆使して数を表す。桁が上がると四角で囲ったりして対応するそうだ。使い慣れたとしても、位取りのことを考えるとアラビア数字が遥かに便利である。

叡智の塊のような古代ローマではあるが、こと生活に根付いた科学や技術はアラビア、すなわちイスラム文明に軍配が上がる。

(昼咲き月見草が好きだ。淡いピンクに黄のおしべ。花肌は透き通って儚い。パラボラアンテナのような曲線がよろしい)
上着着て通勤電車にバスの旅 [2021年06月10日(Thu)]

fumihouse-2021-06-10T08_20_46-1-thumbnail2.jpgきょうの予報は気温32℃。初めての真夏日になりそうだ。上着を置いて家を出た。紺のチノパンツに黒のスニーカー、ブルーのポロシャツに紺のハンチング帽、紺のリュックの出で立ちである。外で会議をすることはなし、来客で丁重なるもてなしをする必要もなし、ポケットに詰めこむ荷物があるわけでなし。第一きょうは暑すぎて、手に持って歩くばかりだと思ったからだ。ところが、上着を着ないで歩くと半分裸でいるような気分になって落ち着かない。

電車やバスに乗ると激しい冷えがときにあって上着は手放せないが、きょうは着てこなかった。夏向きのごく薄手の上着ではあってもなくてはならない夏のアイテムとなっている。

(カーネーションは着飾って艶やかである)
陣取りに負けじ魂子の心 [2021年06月09日(Wed)]

fumihouse-2021-06-09T16_43_50-1-thumbnail2.jpg子どもの頃やった陣取りゲームがある。土の広場(たいていは誰かの家の庭)に目一杯に四角を書く。角にそれぞれが基礎陣地をつくる。角に親指を置いて小指を広げて弧を描く。手の大きな上級生が有利だった。

小さめの石を弧内に置いて順に弾く。3回で自陣に戻すと直線で結んで陣地が広がる。失敗すると次の順番を待つ。最初はちびちびと慎重に弾く。陣が広がるうちに第1投を思いきって打てる。ただし四角い境界をはみ出して外へ出たり、相手陣に飛び込むと無効となる。

境界と自陣が広げた指で届くようになればしめたもの。線を引いて狭いほうの空間は陣に組み込むことができる。あれよというまにゲームの終局は近い。

上級生相手が多かったから大抵は負けた。ときには勝った。負けじ魂でもって人差し指で石を弾く練習をしたり、良い石を拾い集めたおかげで、たまに勝てたのが懐かしい。

(スプレー菊の同心円のように、陣取りは広がっていかない)
サーバント下に上にと忙しい [2021年06月08日(Tue)]

fumihouse-2021-06-08T18_21_12-1-thumbnail2.jpg「サーバント・リーダーシップ」というあり方がある。リーダーが上から命じて組織を引っ張るのではなく、リーダー自らが社会に貢献する奉仕の姿勢を示すべきだと言うのである。まずは、部下に対して奉仕し、共に歩む姿勢を示すと。初めて聞いた。

ふつう組織はピラミッド形であらわす。上意下達で号令一下、各部署が目標に向かう姿がイメージしやすい。サーバント型は逆ピラミッド形となる。トップは部下の心を汲み取りながら、必要なサポートをしてジリジリッと目標に向かう。リーダーは頂点に君臨するのではなく、一番低い所にいて目配りして部下を支えるのである。

部下の上、逆ピラミッドの上には何があるか。社会が求める希望であり、欲求がある。それを満たすために働くのが組織体の使命であるとして、トップは部下を鼓舞する。部下は上役の顔色をうかがうことなく、社会貢献に関心が高くなる。

トップがいつも地面に這いつくばることはないだろう。ときには先頭になって進軍の先頭を行き銃弾を浴びるかもしれない。対外的に会社をアピールして社員の誇りを呼び覚ますであろう。逆ピラミッドだけでなく、一時のピラミッドも現出するだろう。資生堂は「世界中の女性を美しく」というビジョンを掲げ、逆ピラミッド組織を構築して発展したという。

どんなに組織でも同じだと思う。誰かの役に立つという喜びをミッションの軸にする。それを組織全体に十分伝えて共有する。そして迷いが出たときのために、気軽に相談できる柔らかな人間関係を形成する。こうすれば、内燃して逞しく動く組織人はできる。むろん大変な労作業ではある。

(時計の針を正確に刻むのも労作業。時計草は10時11分30秒を指している)
太陽が至る季節だ夏至近し [2021年06月07日(Mon)]

fumihouse-2021-06-07T18_37_12-1-thumbnail2.jpg朝から真夏を思わせる太陽が照りつけた。日向のクルマに乗ると熱くなった空気が体を燃やす。今年の夏至は6月21日。梅雨明けには遠いが、暑さの本番が始まる。

「夏至」とは、夏が至るのか(ごく当たりまえ)、夏を至らせるのか(誰が? 天が)、それとも、夏に至らせるのか(誰が誰に? そんなん知らん)。あるいは、夏で至らせる?(夏に喜びの極致があるのかも?反動として疲れも極致)。

もともと「至」には、1年中でもっとも日の短い日と長い日の意味があるようである。夏至と冬至を対比して書き分けただけなのかもしれない。北半球では太陽の南中高度が最も高く昼間が最も長くなる。

週末から雨になる。梅雨は長く続く。過ぎた雨降りとなりませんように。かといって日照りもひどくなりませんように。

(母の日プレゼントをターゲットに花屋では5月初旬に紫陽花を売るが、本来は今の時季がふさわしい)
行ってみてキレイマルシェで満足し [2021年06月06日(Sun)]

fumihouse-2021-06-06T22_22_46-1-thumbnail2.jpg『ひかわキレイマルシェ』は、思いのほか来場者が多かった。午前10時の開会前には二百人くらいの待ち行列ができていた。わたしの役割は駐車場への誘導。用意した4箇所が満杯になり、出るクルマを判断しながら来場のクルマを導くのに神経をすり減らした。四苦八苦の一時間であった。

みんな待ってたんだと思う。コロナ対策で出入口を限定し、検温と連絡先を登録してもらう。気温が上がるなかでマスクは外せない。制約された環境ではあったが、賑やかしがあって知人と出会い、出店者との交流がある。食べ物や小物、野菜や花が売られるお楽しみの機会を待っていたのだ。

インスタグラムで紹介して拡散もされたので若い女性や家族連れが多かった。二年前(去年は中止)と比べて出店者数は斐川町内に絞ったので21店舗と少なかったが、適度な風がある中、薄曇りで出やすい天気でもあった。

スタッフに提供された昼食は美味しいミンチカレーで、添え物としてカリフラワー(淡いグリーン)やネギ、アスパラガスの揚げたのや、ミニトマトがあって見映えも素敵な昼食で満足した。

斐川・荘原の「ここにあるモノ・ヒト・コトの良さに気付いてほしい。そして、お互いの距離が必要な今だからこそ、人と人との結びつきをなくしてはならない」。そうした実行委員さんたちの思いをくみ取った盛況な一日であった。

(荘原コミュニティセンターの構内に植えられたビオラの髭おやじも笑顔だったかのよう)
座らずに迷惑なこと立ち人よ [2021年06月05日(Sat)]

fumihouse-2021-06-05T15_38_39-1-thumbnail2.jpgバスで通勤している。座らずに立つ人がなぜか多い。しかも乗車口に近いところに立つものだから、邪魔でしょうがない。客の出入りを妨げて、背負ったリュックが座った客の(つまり私の)体に当たって不快で堪らない。雨が降ると濡れた傘がかさばんで車内はさらに狭くなる。なぜ立つのか? 想像してみた。

1 乗車口は入ってすぐにそこにある。奥に向かうのが面倒
2 座るより立つのが好きだ。揺れる車内で立ってトレーニング
3 座席に座ると、隣の人と身体接触があってイヤだ。話しかけられてもイヤだ
4 学校で立たされ続けてきたので慣れている
5 事故があったり緊急事態に一刻も速く脱出する
6 理由などどうでもいい。とにかく立ちたい

1と3がもっともな理由であろう。下車するときに邪魔でしょうがない。どんなに二人掛けの席で片方が空いていても座らない。私は背負うリュックをぶち当てて、失礼!と断りつつも、肩を押し当てて道を開けて進む。これでもやっぱり座らないんだろうなあ。

(紫陽花も適度な間隙があったほうが見目麗しい)
偶発を計画的にチャレンジす [2021年06月04日(Fri)]

fumihouse-2021-06-04T18_39_11-1-thumbnail2.jpg計画的偶発性理論という考え方を知った。ジョン・クランボルツ氏(スタンフォード大学教授)のキャリア理論である(東洋経済オンライン6月3日号)。計画と偶発という一見矛盾した概念が同居するのが面白い。

人が仕事のキャリアを積み上げる際に、8割までは予期しない出来事や偶然の出会いによって決定されるそうだ。すなわちそれは偶発性だ。ただ、偶然を消極的に待つのではなく積極的に行動する。目前に生じた偶然かもしれない出来事にエイヤッと乗りかえていく。するとその偶然は、もはや偶然ではない。自ら意図した計画的なキャリアアップとなるのである。

なるほど、と思う。キャリアでなくとも、運命を切り開く人は慎重に考えつつも果敢に行動する。宿命論として自らの人生を受け身となって嘆くのではなく、周辺の変化も取り入れながら諦めず前進する。根元的な価値観は大切にしながらも、自ら変化することを厭わない。新しいチャンスを生かす人生でありたい。

(花が咲くのは計画的か偶発か。きっとどちらもあり、だと思う。種が遺伝子に組み込んだ計画と、天気や気分に応じてあるがままに咲く)
笑顔とは無償の空気向上器 [2021年06月03日(Thu)]

fumihouse-2021-06-03T18_32_11-1-thumbnail2.jpg笑顔測定器があるそうだ。顧客と会う前にチェックして好感度を高める。あるいはメンタルヘルスのために自己診断用として使う。笑顔が増えれば幸福感も増す。自分によし、他人にもよし。

測定器のカメラに笑顔(ひとによっては笑顔らしきもの)を向けると、目や口の動きから度合いを判別する。笑顔度合が大となったら嬉しいだろうな。小の結果となったら落ち込むだろうか。

航空会社の客室乗務員が笑顔測定アプリを使い始めたという。笑顔で乗客との信頼感を形づくり、気品をも演出できる。コロナ禍が終息した暁には大きな力となるだろう。

マスクをつけると表情が乏しくなる。口許が抑えられて動かしにくい。見られていないせいか、口がだらしなく開いてしまうひとも多いという。笑い声だって抑制気味になる。アプリを作ったのは資生堂。笑顔が科学化された。おもしろい時代になったものだ。

(ドクダミの花は、これでも満面の笑顔で咲いたつもりなのかもしれないぞ)
気障かなあ人前に出て気に障る [2021年06月02日(Wed)]

fumihouse-2021-06-02T18_34_53-1-thumbnail2.jpg【気障】
「きざ」と読むとは知らなかった。通常は「キザ」とカタカナ書きにする。気障り(きざわり)の略だという。weblio国語辞典には3つの釈が載っている。

「1 服装や言動などが気どっていて嫌な感じをもたせること。また、そのさま」
「2 気にかかること。心配なこと。また、そのさま」
「3 不快な感じを起こさせること。また、そのさま」

元は2から始まったのであろう。生きていると様々に気に障ることがある。自分のこと、自然現象、社会の出来事。なかでも一番の障りは他人のことであろう。やがて、跳んだ格好で表れた奴がいる。本人は洒落者のつもりで高級ブランドに身を包み、仕草や話し方も決まっているつもりでも、周囲はいけ好かない。それらを3の意味で使ったと想像する。さらに一般的に気どった人を揶揄して1になったのではなかろうか。

(ガザニアが気障に咲いている、ことはない。あるがままに天真爛漫に咲く)
青天は晴天曇天雨ののち [2021年06月01日(Tue)]

fumihouse-2021-06-01T22_05_24-1-thumbnail2.jpg大河ドラマ「青天を衝け」で徳川慶喜の重臣・平岡円四郎(堤真一)が暗殺された。円四郎ロスの声がある。ネットには番組冒頭に解説で登場する徳川家康(北大路欣也)と共演して!との願いがあるという。

過激な水戸藩士の目の敵にされた円四郎。台本にはどこまであったかはしらないが、最期まで江戸弁の気っ風のよさ、爽やかであった。未練だって実直に表現した。最後の言葉は妻やす(木村佳乃)の名前であった。慶喜は悲嘆にくれた。

天狗党という過激攘夷派。対する守旧派。両者による内乱で水戸藩の人材は枯渇した。慶喜は後ろ楯を失くし孤立していったのであろう。水戸藩が保たれていたならば幕末維新は違っていたにちがいない。

(キウイの花は幕末には咲いていない。ニュージーランドの出だと思っていたが、中国原産だとか。ニュージーランドのシンボル鳥キーウィに似た、このフルーツは戦後日本に入ってきた)