CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

« 2021年04月 | Main | 2021年06月»
<< 2021年05月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
検索
検索語句
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新コメント
ふみハウス
心地よし父の胸にて寝入る子よ (02/05)
心地よし父の胸にて寝入る子よ (01/27) ふみハウス
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/26)
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/23) 駅伝ワクワクをとこ
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02)
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02) 食欲のをとこ
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (11/02) 正中館道場
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (10/28) 計算苦手をとこ
筋力と宇宙の闘い空間で (06/29) 計算する者
筋力と宇宙の闘い空間で (05/15)
https://blog.canpan.info/fumihouse/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/fumihouse/index2_0.xml
最新トラックバック
夢中なり弦の響きに書き忘れ [2021年05月31日(Mon)]

fumihouse-2021-05-31T23_28_56-1-thumbnail2.jpg今夜は夢中になってギタリストをしていたら、ブログとフェイスブックの更新を忘れていた。ということで、形だけ書いている。おやすみなさい、善き眠りを!

(ヤマボウシも眠りについたことだろう)
ネガティブは悪いばかりじゃないんだよ [2021年05月30日(Sun)]

fumihouse-2021-05-30T11_07_00-1-thumbnail2.jpg精神科医で帚木(ははきぎ)氏は述べる(聖教新聞5月29日付け「危機の時代を生きる」)。

コロナ禍によって社会全体で解決策が見えない状況にあって、ネガティブ・ケイパビリティ(負の能力)が重要であると。それは、≪難しい問題に拙速な理解で解決方法を見つけた気になるのではなく、解決をいったん棚に上げ、より発展的な深い理解に至るまで、じっくり模索し続ける――そうした“中ぶらりんの状態”を持ちこたえる能力≫だという。解決が直ちに見通せない困難に耐えるために、帚木氏は「目薬」という表現を使っている。

≪「目薬」とは、他者の見守りの目です。あなたの姿を私は見ていますよ、という眼のことです。これがあれば、苦労している人は、その苦しみに耐えられるものです。
 また、「目」から棒を一本引くと「日薬」です。時間をかけるということです。何事もすぐには解決しませんが、何とかしようとしているうちに、何とかなっていくものです。
 さらに、棒を一本引けば「口薬」です。「よく頑張っておられますね」という称賛や、ねぎらいの言葉です。≫

あるときは淡々とやり過ごし、別のあるときはルーティンをたゆまずに行い、ときには羽目を外して違うことをやってみる。誉める、誉められるという友好関係を保ちつつ、健康にも留意する。そして待つ。これがネガティブ・ケイパビリティなのですな。

(アザミの花を見るのも癒しの目薬になる?)
鬱鬱を晴らす手はこれ眠ること [2021年05月29日(Sat)]

fumihouse-2021-05-29T22_10_44-1-thumbnail2.jpg脳内の炎症が鬱病の原因だとする仮説が深まっている。数値化不能で不可解な心のせいだけで、病気が発症するのではないようだ。脳という器官が炎症を患う、つまり物理的な現象が鬱病の原因となる。

炎症を起こすのはストレッサー。ストレスが高まると炎症が起きる。炎症を治療することによって鬱症状も消える例が多いという。

問診に頼りがちな鬱病の治療と投薬効果の検証を、炎症マーカーの診断がとって代わるときが来るのかもしれない。四人に一人が生涯に一度は鬱病になるという。自殺問題にも不可避の治療である。

脳内の炎症は防ぐことはできない。毎日がストレスに満ちているからだ。しかし、睡眠でもって炎症を消去することはできる。しっかり寝ておこう。眠れる時に眠る。時間が惜しいように思えても寝る。落ち込んだら眠る。そんな心がけが必要だ。

(金糸梅をたたずんで見つめるというのもストレス解消によいかもしれないが、寝るのが一番)
静寂と厳か調べセゴビアと [2021年05月28日(Fri)]

fumihouse-2021-05-28T19_52_50-1-thumbnail2.jpgバリオスの『大聖堂〜第1楽章』。静寂が響きわたるかのよう、大宇宙の静けさを一所に集めたかのような音律。夜空は確かに静寂である。だが、喧騒の前哨を醸す(ビッグバンかも)。アルペジオのメロディが満天の星空に輝く1等星のように胸を貫く。夜景に佇む聖堂も神々しいのであろう。

バリオスの『大聖堂〜第2楽章』。厳かな和音で始まる。聖なるものと日常が交錯し、柔らかに両者が掛け合う。調和は穏やかさを表すだけではない。困難の峰が待ち構えているであろう。カオスもあるであろう。聖堂の大建築を彩るステンドグラスが、言葉にできない調べに震える。

バリオスの『大聖堂〜第V楽章』。端正で落ち着いた大人のたたずまいがある。低音を響かせて穏やかに弾き始めると、高音の速いパッセージが生きてくる。ほとんどが16分音符だが、慌てる曲ではない。静かに力強く奏でるうちに速くなってくる。でも落ち着いて、静寂と深い決意を表明するのである。やがて現れるビッグバンに全魂を込めてぶち当たる。

アグスティン・バリオスは南米パラグアイの卓越したギタリスト。よいギター曲もたくさん残している。バリオスの曲には詩心があり、芳醇な響きを醸し出す。

難曲ではあるが、バリオスの『大聖堂』に挑戦中。目標はセゴビアが弾くようなバリオスにすること。生前は確執のあった両者。特にセゴビアはバリオスの演奏も曲も認めなかったという。素晴らしい曲なのに、セゴビアが弾いていたら、曲の値打ちはさらに増しただろうに残念だ。だから私がセゴビアのように大聖堂を弾く。と夢想している。

(川辺に咲くセンダンの価値を認めよ。空を飛ぶ風車のようで美なり)
空眺め皆既は怪奇快気せよ [2021年05月27日(Thu)]

fumihouse-2021-05-27T20_03_20-1-thumbnail2.jpgスーパームーンの皆既月食は見られなかった。満月ならば普通は曇っていても、月のありかくらいは分かるが、昨夜はそれすらも判別できなかった。雨降り並みの濃い曇り空であった。

欠ける前から赤銅色に染められて月食は神秘的。ましてや大きなスーパームーンならば、眺めて飽きない1時間になったと思うが残念だ。今夜は月が見えるかな? 昨夜は騒がれて気疲れがして、いくぶん痩せ細った月が見えるかもしれないな。

(月の代わりできないが、マツバギクでもどうぞ)
星空と源氏のひかり蛍かな [2021年05月26日(Wed)]

fumihouse-2021-05-26T07_41_07-1-thumbnail2.jpg蛍の季節だ。柔らかい光をゆったりと点滅させるゲンジボタル。ゆっくり飛んで幽玄の美を伝える。23日の日曜日に初めてお目見えした。星は出ていなかったが、高く飛び立つと夜空の星に同化しそうで可愛いヤツ。誰でも守ってやりたいと思う。

日本の夏が始まった。同時に長梅雨で大雨と土砂災害に注意せよと気象台。被害が出ませんように・・・。まずは今夜、皆既月食を楽しもう。

(初夏を彩るブラシの木の花)
一瞬の静寂いとう謎読み手 [2021年05月25日(Tue)]

fumihouse-2021-05-25T17_54_33-1-thumbnail2.jpg朝の通勤電車に乗っていると、新聞を読みながら体を動かしてばかりの人を見かける。そわそわと落ち着かない。

新聞を読む。広げて半分に畳んで紙面に目をこらす。10秒もたたないうちに動く。めくって次のページにいく。置くこと数秒で動く。元に戻ったり先へ進んだりと、紙面に集中する感じがなく、見出しとリードしか読まないのではないかと思う(よほどの速読術の持ち主か)。畳んで読み終わったかと思ったら、取り上げてまた開く。かなわんなぁこりゃ。

そういう輩はたいてい半分にしか畳まない。広げるたびに新聞紙と一緒に肘も広げるから、隣に座った者はたまらない。よって、混んでいても4人掛けの隣席には敬遠して誰も座らない。隣でなくとも動きが気になって、こちらが落ち着かない。かなわんなぁこりゃ。

(紫陽花がデンと咲くように、オジサンよ落ち着いてくれたまえ)
安来にてイチゴと演奏楽しんで [2021年05月24日(Mon)]

fumihouse-2021-05-24T18_36_38-1-thumbnail2.jpg安来のアルテピアでベートーヴェンの交響曲第4番と6番(田園)を聴いてきた。なかうみ交響楽団が精力的に行う連続演奏会の三回目。初めて聴いた4番は興味深かった。

序奏部は沼にはまりそうに暗いが、やがて明るく展開しエネルギーが満ちてくる。恋人たちの掛け合いを感じさせるような愛の調べもあった。イキイキと心が弾む。気分よくなって目を閉じたら、心地よい眠りに落ちたのはご愛敬。生の音楽っていいなあ。ウトウトするのも贅沢な時間だ。

終演後オープンカフェでイチゴパフェを食べた。安来は苺の産地につき、完熟した苺をふんだんに使ってある。イチゴをたっぷり張り付けて落ちこぼれそうな外観。よく熟れて甘い半切り苺を食べ進めると生クリームに覆われた大きなアイスがお目見えする。中程にシリアルが引いてある。下には乳精で混ぜ込んだ酸っぱいヨーグルト。スライスしたイチゴを容器の壁面に目一杯張りつけてある。上で食べたイチゴとは違う味わいなのがいい。苺より甘いアイスクリームを食べた後には、スライスイチゴが酸っぱく感じる。ヨーグルトにも影響を受けて、舌の感覚が変わるのも原因だろう。税込みで千円余りと高くはあるが、演奏会も含めて贅沢な価値ある時間を過ごした。
新時代アフターコロナ早く来い [2021年05月23日(Sun)]

fumihouse-2021-05-23T15_20_09-1-thumbnail2.jpg去年のきょう、「今年をA.D.元年と名付け」ると書きました。一昨年までは、before CORONAでB.C.となり、コロナ終息後はafter diseaseでA.D.。

あの当時は今年からA.D.とするつもりでしたがとんでもない。第4波と呼ばれる波は、島根にとって格別な大波です(とは言っても1日10人を越えることはめったにありませんが)。死亡者ゼロ、感染者累計数は鳥取に次いで二番目で、全国一の安全地帯と言っていいでしょう。でもこれからのことはわかりません。

between CORONAとすると、これもまたB.C.となるではありませんか。ということでB.C.は当分続きそうです。いったん変わってしまった生活様式はおいそれと元には戻らないでしょう。B.C.から、いずれはA.D.へ。時代が転換していきます。

(紫蘭が咲いています。人間界のことなんて知らんぷりです)
砂糖入れ甘さにまみれ疲れとる [2021年05月22日(Sat)]

fumihouse-2021-05-22T21_13_24-1-thumbnail2.jpg紅茶は砂糖を入れて飲む。レモンやミルクを使ったり、ストレートで飲む場合もあるが、緑茶や麦茶には砂糖を入れない。諸外国では珈琲も含めて、茶には砂糖を入れるのが普通だと聞く。オーストラリアでホームステイした時に、日本茶のティーバッグが用意されていたが、現地の皆さんは砂糖を入れたと思う。

数世紀前まで砂糖は高価だったから、上流階級が富裕であることを誇示するために砂糖をたくさん入れたそうだ。特に紅茶についてはイギリスが発祥で、甘い紅茶や珈琲は英国貴族のステータスを示した。誰でも砂糖が手に入るようになってからも、砂糖を入れる飲み方は残った。

日本料理は総じて薄味である。日本人の舌は素材が持つ旨味を感知しやすいともいう。室町時代に中国から入ったときは薬として飲んでいたわけだし、茶の湯の文化は茶の素の味わいを楽しむ。だから日本人は苦味も含めて、珈琲(この場合コーヒーより珈琲だ)や紅茶の微妙な味わいを楽しむことができるとしておこう。

食べ過ぎ飲み過ぎはよくないが、甘い飲み物、菓子類は疲れを取ってくれる。幸せな気分になれる。わたしはたいていブラックやストレートで飲むが、たまにはミルクも砂糖もたっぷり入れるのもいいな。ついでに初体験として、緑茶や麦茶に砂糖を入れて飲んでみよっと。

(砂糖をたっぷりまぶしてナガミヒナゲシを食べることはない)
ルール無視マナーではない厳罰よ [2021年05月21日(Fri)]

fumihouse-2021-05-21T18_57_52-1-thumbnail2.jpgルールとマナーは混同される。ルールとは、一定社会の構成員が守るべき規則であり、強制力がある。罰を課すこともできる。

一方でマナーは、行儀作法や流儀をさす。強制はできない筋合いだ。やれば好感をもたれて気持ちいいよ、と言える程度のことである。「マナー違反」という言葉が使われるが、筋違いだと思う。社会の規範を守れない輩に対しては、ルール違反をとがめるべきなのだ。

大相撲夏場所で大関・朝乃山が途中休場した。新コロナ感染防止対策のガイドライン(日本相撲協会のルール)に違反し、場所前に勝手に外出して接待を伴う飲食店で酒を飲んだかどで、休場を余儀なくされた。

支援者にそそのかされて、ちょっとならいいと軽率に出かけたものだろうか。少しマナーに反したかもな、程度の甘ちゃん大関に対し、協会はルールとして厳しく対処することと思う。コンプライアンス無視の大関に手を下さなかったとあっては、相撲協会は面目丸つぶれだからだ。二場所以上休場すれば大関陥落。去年あれほど横綱に近い存在であったのに、もったいないことだ。

(薔薇はルールとして咲くのか、マナーか。どちらでもない、単に自然界の摂理に従う。摂理というならルールかも)
ガム噛んで変顔もしてマスク下 [2021年05月20日(Thu)]

fumihouse-2021-05-20T18_01_28-1-thumbnail2.jpg先日、舌の筋力を高めるために咀嚼を増やすよう書いた。ガムもいい。何度も何度も噛む。噛みすぎて時々口内まで噛んで血の味ガムになるのが玉に瑕ではあるが、ガムはいい。唾液もたっぷり出て口内がきれいになる。一石二鳥だ。

マスクをしている今、変顔するのもいいそうだ。口を開ける、べろを出す、口を歪める、鼻の穴を膨らます、下唇を突き出す、鼻の下を伸ばす・・・クルマに乗ったらさっそくやってみよう。声も出したらストレス解消になるかもしれぬ。もちろん一人のときだけにしておく。

(長いまつ毛(雄しべ)が魅力的な美女柳)
ワクチンをすぐに打つかと聞かれたら [2021年05月19日(Wed)]

fumihouse-2021-05-19T16_41_49-1-thumbnail2.jpg新コロナワクチンの対象でない者が、接種抜け駆けをしたと騒がれている。先日はどこそこの市で、選に漏れた民間企業会長夫妻に特別に接種させようとしたかどで非難の合唱が起こり、市当局は謝罪して取り消した。寄付など貢献著しい民間企業。法人税もたくさん納めているだろう。恩に着せてもっと貢献してもらおうという腹づもりは悪くないと思う。市長の裁量の範囲である。

対象年齢以下の首長や当局幹部が接種するのはどうか。島根・雲南市長や副市長が優先接種を受けて非難されている。雲南病院の設置者として出入りがあると理由を述べても世間は納得していない。

茨城県の町ではキャンセル分を埋めるために町長や副町長、教育長、役場の看護師や保健師が接種を受けて反省を迫られた。兵庫の町でも町幹部が受けて非難されている。まだ接種を受けていない高齢者などへの配慮が足りなかったと皆さん頭を下げた(一部強弁する者もいるが)。

ワクチンの供給が進まないことや、予約システムが悪いことへのフラストレーションがあるのは間違いない。ただ、誰もがこの数ヵ月のうちに受けるはずのものなのだ。一方でマスコミは予約者が現れなかったり、温度管理の不備で廃棄したというケースにも鋭い言説を浴びせる。マッチポンプはよろしくない。

優先接種、めくじら立てることか? とわたしは思う。かといって矢面に立たされたとしたら、平身低頭するだろうとも思う。ならば、ルールを決めておけばよい。ワクチンが余りそうになったら、会場の周辺で、あらかじめ登録した人や事業所(公的機関含む)に声をかけて早いもの順で接種する。文句言うなよ!と。

(ミカンの花は文句を言わない)
暗黙に数の知高めボケ予防 [2021年05月18日(Tue)]

fumihouse-2021-05-18T18_32_10-1-thumbnail2.jpgドラマ『ドラゴン桜』で桜木(阿部寛)が、算数の不得意は小学二年生に始まる、基礎計算を徹底して励み、数の暗黙知を獲得せよと、スパルタトレーニングを始めた。

わたしも高校から数学の苦手意識が強くなった。暗算が遅い、位取りを間違えてケアレスミスをする。数の暗黙知が足らなかったのだと今になって思う。年を取ると頭が鈍くなるだけでなく、パソコンに計算させることの多いこと。さらに鈍ってしまうのも無理はない。

遅いけど取り組もう。まずはクルマのナンバーを4つ足す、掛ける。さらにメイクテンという遊びがある。ナンバープレートに書かれた4桁の数字を四則計算で操作して10をつくるというものだ。少しは頭がすっきりするだろうよ。

(数の暗黙知が高まると、無数に咲いて見えるラベンダーの花の数を当てることができるかもしれない)
開けるなよ口は閉じてが体に良し [2021年05月17日(Mon)]

fumihouse-2021-05-17T18_16_11-1-thumbnail2.jpgマスクを掛け続けると呼吸が苦しくなることがある。中央部(下唇の前にある)の針金をグイッと曲げて唇との隙間を開ける。それでも暑苦しいときは、しばし外す。もちろんしゃべらない。苦しく思っても口呼吸はしない。口呼吸は良くないと聞くからだ。鼻の空気清浄機能が生かせず、病原体をいとも簡単に体に取り込む。

だいたい口半開きは間抜けに見える。半開きで様になるのはモデルさんだけだと思う。ところが、口呼吸のリスクを犯してしまうのは何故か。舌の筋力が低下しているのが原因らしい。

筋力が落ちると、卵3個分もの重みがある舌を支えられなくなって、重みで口が自然と開いてしまうのだそうだ。舌の筋力の低下は咀嚼回数が減ったことに多くの理由があるとされ、噛めばかむほど舌は鍛えられるのに、現代人は柔らかい物を好み、早食い傾向にあるから、ますます咀嚼が減る。

さらに、マスクで口元が隠れたために、会話の中で表情を作る必要がなくなっている。舌の筋力は鍛えられないでいると。習慣化すると怖いことになるぞ。

さて、今夜から咀嚼回数最低20回を目指す。咀嚼中に食べ物を追加して口に放り込むことをせずに、咀嚼して飲み込む、そして箸を口に運ぶ。そうすれば回数を稼げるに違いない。

(どこか舌を想像させる豆の花)
カメラにて過去の姿を確かめて [2021年05月16日(Sun)]

fumihouse-2021-05-16T21_00_24-1-thumbnail2.jpg職場の監視カメラ(近頃は安心カメラという呼び名もあるらしい)を確認する機会があった。小さな子を預かるこども園では、犯罪抑止のためも含めて、各所の状態を確認するには不可欠のものである。

目的の場所に設置されたカメラに目指す日時を指定して映像を確認する。職員が行き来し、子どもが遊び始めた。当たり前のことであるが、過去の一時を切り取った映像である。その時間は過ぎ去って、いまは存在しない。不思議な感覚があった。

十年、二十年経つとこの映像が残っていたとしても、誰が誰だかわからなくなるだろう。さらに百年も経てば歴史的な資料となる、一世紀前の保育の現場ということで。大きく変わっているに違いない。

過去は帰らない。未来は現在に、厳正はたちまちに過去に変わって戻らない。いまを大切にしよう。

(この菜の花はすでに終わってしまった)
さん付けてホントに敬意表すか [2021年05月15日(Sat)]

fumihouse-2021-05-15T18_27_04-1-thumbnail2.jpg女優の上白石萌歌が、自身大ファンであるバンド「スピッツ」に対して、さん付けしなかったということで賛否両論があったようだ。

「スピッツさん」ではなく「スピッツ」。上白石を非難する者は、呼び捨て呼ばわりがよろしくないと苦言を呈する。当のスピッツは「スピッツさん」と呼ばれるのが嫌なようで、上白石はそこを承知の上でそう発言したのだろうと好感を持つ者もいる。

今やバンド名だけではない。自治体の会議でも多くはさん付けをしていた。東京都さんとか、大阪市さんと呼ぶのである。わたしは嫌いだったから、東京都の方とか、大阪市の○○さんと、出席者本人に対して敬称を付けていた。地図にもさん付けが登場している。当店を示すために、セブンイレブンさんとか、農協さんと記すのである。わたしは馬鹿馬鹿しく思う。

プロ野球選手に対して放送の際に、あるいは新聞紙上でさん付けするのと同じだからである。彼らが尊厳ある一人の人間であることは間違いないが、プロ野球の世界にあっては記号であり、固有名詞である。記事や映像でそのプレーを報じるときに、さん付けは不自然で気持ち悪い。

専門とする活動以外で記事に取り上げる場合は、個人名にさんを付けることには反対しないし、対談するときに相手を呼び捨てにすることはむしろ乱暴である。その場合もグループ名はさん付けしないほうが、わたしには自然体に思える。尊敬を表現するならば、敬語をちゃんと使い、内容にも気を遣えばよろしい。

これはどのプロ選手にも言えることであり、歌手にも商店名にも自治体名にも同様のことなのだ。丁寧に言っておけば、とりあえず非難されなくてすむという安全パイの考え方は安易だ。

不必要なまでに丁寧に言葉を飾りたくる。さん付けだけではなく、「させていただく」を連発する人もそうした意識を持つのだろう。テレビのトークでも、そのオンパレードで辟易してしまう。炎上や各種のハラスメントを避ける工夫かもしれないが、使いすぎは言葉の美を損ねる。

言葉は生きている。世に連れて移り変わるものではあるが、美しく使いたいものである。

(シラーもそれなりに美しく咲いている)
雨降って記録はいらぬ梅雨入りか [2021年05月14日(Fri)]

fumihouse-2021-05-14T18_50_04-1-thumbnail2.jpg気象庁が発表した1か月予報によると、記録的に早く梅雨入りするということだ。太平洋にある夏の高気圧が強まって、梅雨前線を押し上げて、本州付近に前線が停滞して雨が増える。五月晴れにはとんとお目にかけれなくなってしまうのだ。

きょうの予報は晴れであったが、どんよりと曇る時間が多かった。しかも風が湿って、風薫る季節とはほど遠い。花が爛漫と陽光のもと咲き誇る季節をもっと楽しみたかった。

明日から雨の予報。日曜日から火曜日にかけては局地的に大雨の恐れがあるという。そのまま梅雨入りか? 梅雨前線が停滞したら、気分まで日々のあれこれまで停滞してはいけないよ。

(雨が降るとクチナシの香りはどうなるのだろう)
走馬灯影絵くるくる回ってく [2021年05月13日(Thu)]

fumihouse-2021-05-13T20_12_01-1-thumbnail2.jpg【走馬灯】
走馬灯のように脳裏を思い出が駆け巡る、と形容される。ウソである。臨終に臨んで、もしくは危急に及んで人生の情景が一瞬にして反芻されるとも言われるが、死に際に立ったことがないから、それがウソというのではない。比喩として走馬灯を持ち出したことが、そもそも誤りだと思う。

走馬灯は、内枠の影絵が回転して外枠に映るよう細工されているが、絵は単純そのものである。馬などの動くものの影が駆け回るように回転するだけだ。頭の中を駆け巡る記憶を例えたというが、記憶は単純に一様ではない。走馬灯では例えに無理がある。今で言えば、YouTubeの映像ようにと表現したほうが実体に合っている。

ただ、駆け回る影絵がロマンチックで、走馬灯という言葉の響きもよい。だから人口に膾炙するうちに慣用句となっていったのかもしれない。まんざら悪くない言葉だ。

(春は走馬灯のように駆け下り、梅雨は目前にある。白いモッコウバラもすでに終わった)
儲けたり損なったりして悲喜の相 [2021年05月12日(Wed)]

fumihouse-2021-05-12T16_19_23-1-thumbnail2.jpgトヨタ自動車が儲けている。新コロナの影響で大打撃を受けたが、アメリカや中国の需要が持ち直し、販売を回復させた。決算では最終利益が2兆円を超えるという。

一方で、日産自動車や三菱自動車は振るわず、大きな赤字を出している。続いていた販売不振に加えて感染拡大による落ち込みは痛い。日産の場合は、疫病神ではあったがゴーンが逃げてしまったのは、意外にツキまで逃がしてしまったのかもしれない。

巣ごもり需要で好景気にわく業界がある一方で、苦悩の縁に沈む業種もある。同じ業界でも百人百様。悲喜こもごもの物語が生まれている。多くの企業や法人がこの苦境を脱してくれるよう願っている。

(野外に出ると春の匂いが充満している。スダジイの花の匂いが鼻の奥を圧するが、このころに満開を迎えるのが紅うつぎ)
気を留めノマドの民よ永遠に [2021年05月11日(Tue)]

fumihouse-2021-05-11T18_38_34-1-thumbnail2.jpg放浪の民がノマド。ノマドランドの主たちは、高齢者で不景気によって住み慣れた地を離れざるをえず、車上にすべてを詰めこんで、日雇い仕事で糊口をしのぐ。金獅子賞受賞の映画『ノマドランド』はそうした生活を描き取る。

解雇故に自宅を手放さざるをえなくなった結果の放浪は哀しくはあるが、助け合いの緩いネットワークがある。主人公ファーンはすでに定住を求めなくなっていた。ファーンが気持ちを許した男がノマドを止めて家族の元に帰った。彼から家族に迎え入れたいと申し入れがあった。彼女も心地よく家族の一員として何日か過ごしたにもかかわらず、突然に出奔する。もう定住はしないと決めていたのだろう。

彼女の故郷は結婚して夫と住んだネバダの鉱山の町。産業が失くなり誰も住まなくなった町。亡夫と過ごした思い出の廃屋で気持ちを確かめる。困難は多くとも、死ぬまで車上で放浪生活を続けることに決めたのだ。

静謐で美しく広いアメリカ大陸の景色、その環境に見合った美しい音楽。心地よさにうとうとしたのは、昨夜の夜更かしのせいかもしれない。たぶん私はノマドに同調できなかった。だから眠ってしまったのかもしれない。故郷や定住を大事に思って住み続けるか、その地に魂魄は留めてもともかく捨てて放浪の旅に出るのか。故郷に対する気持ちは人それぞれだ。

(ノマドランドには、こんなに絢爛な芍薬は咲かないだろう)
基礎練は美しく弾く基本なり [2021年05月10日(Mon)]

fumihouse-2021-05-10T18_37_00-1-thumbnail2.jpgギターの基礎練習、略して基礎レン。嫌う人は比較的多いが、わたしは好きだ。単調にみえてギターの音色の深さがよく分かる。なによりも、続けるほどに上達が目にみえるのが嬉しい。ギタリストの鈴木大介氏がブログでこう述べている(「僕はなんで基礎練習ばかりし続けているのか」2020年4月18日)。

≪ギターを演奏するテクノロジーは遥かに進化しましたし、楽器も格段に弾きやすく鳴りやすくなっていますから、昔のような練習は必要がないのかもしれません。
 ではなぜ僕が基礎練習をし続けるかというと、やはり昔のギタリストの様式に、より強い憧れを感じるからです(中略)アンドレス・セゴビアの絶頂期は60代でしたし、ナルシソ・イエペスも最晩年まで研鑽を積んで変化し続けていました。
(中略)
 基礎練習より曲の練習に時間をかけるべきだという意見もあります。曲から難しい場所を抽出して基礎練習に役立てることもできます。
 しかしながら、スケールやタッチ、左手の動きの正確さ、そして脱力と単純なことに秀でていれば、演奏は格段によく聴こえるようになります≫と、嬉しいことをおっしゃる。

こんなエピソードも記されている。アイスダンスショーで、あるプロスケーターが≪突出してスケーティングが美し≫かった。≪彼女はただ滑っているだけでちょっと尋常ではない美しさだった≫というのである。これは余程基礎の滑りを重ねて修練した技なのだろう。規定演技というのは失くなったが、スケーティングの甲乙を判定した。跳んでなんぼ、回転してなんぼの現在の得点構成では出てこない、美しさという目盛り。そんなスケーターは立っただけでも佇まいが絵になるに違いない。

≪やはり、演奏家であるからには、それぞれの人が持っている技量の美しさや音色の素晴らしさを伝えたいもの。ですから、その人が弾いたら何を弾いたって美しい、というサウンドの高級感、というか、スペシャルさを突き詰めるのが僕の基礎練習の目的です≫

さあ、基礎練習を続けよう。でも曲も暗譜して演奏手順を頭に入れなければ、新しい曲は弾けない。こちらもゆるがせにはできない。

(優美なクレマチス。絵のようにある宅の庭を飾っていた)
人混みにマスク防御で風邪引かず [2021年05月09日(Sun)]

fumihouse-2021-05-09T09_38_21-1-thumbnail2.jpg大型連休明けには体調を崩すことが多かったと思います。年度末や新年度早々の仕事で疲れがたまったところに、連休で羽を伸ばした反動も出て風邪をひくのでする。わたしもかつてはそうでした。咳が怒涛に喉を苦しめ、鼻水がだらだら流れてマスクを濡らす。内科や総合診療科の医師に聞いて、風邪の原因になる行動を集約したそうです。

1位/人混み 2位/疲れと強いストレス 3位/乾燥した環境 4位/手洗いしない 5位/睡眠不足

普段から疲れがたまっているところへ、人混みに出て誰かからウイルスをもらう。友人と大騒ぎして病原体を撒き散らす。マスクは付けず、手洗いや消毒はしないでしょうから、感染症を患うのは当然のことです。

コロナ禍にあって人混みを避けたり、雑踏に出たとしてもマスクで防御するようになりました。普通の感染症で受診するケースが減ったと聞きます。日本人は平均して年4回くらい風邪をひくと言われていましたから大違いです。

かつては発症者の飛沫を防ぐ制御効果はあっても、受ける方の防御効果はエビデンスがないと言われましたが、この一年で防御できると十分検証されました。それでもCOVID-19の変異種は感染力が強い。油断するとたちまちやられます。感染注意のダブルチェックです。

(タンポポの穂が風に飛ばされて種を広げる。これは感染ではない)
ついたちの気持ち保って喜ばし [2021年05月08日(Sat)]

fumihouse-2021-05-08T10_12_11-1-thumbnail2.jpg月の初日を「ついたち」と言う。ふつか、みっかと続くのに何故か。「月が立つ=つきたち」から転じたそうな。旧暦で新月の日にその月は始まる。月が無い状態から少しずつ大きくなって満月に向かって明るくなる。月が夜間照明として重要だったその昔には、月が立つ喜ばしい日ととらえたのであろう。

五月ついたちは過ぎてもう8日。大型連休はあれよというまに慌ただしく過ぎていった。忙しい毎日であっても、「ついたち」だと思って心新たに出発すれば新鮮味のある生活となるが、そうは問屋が卸さない。せめて本物の月でも眺めて、ゆるりとしやようじゃないか。

きょうは月齢が26。あと4日で新月となる。月が立つ。
余韻あり白か黒とウイルスは [2021年05月07日(Fri)]

fumihouse-2021-05-07T07_36_02-1-thumbnail2.jpg大型連休の余韻にまだ浸っています。終わって残念です。外出はしたし、外食もしましたが、マスクは極力外さず、食事中も口が動いていないときは掛けたままでした。感染のリスクは最小限にしたつもりですが、感染力の強い変異種とやら、付け入れられてはいけません。自分は大丈夫と思うなかれ。

密閉は隙間なく閉じられた環境にあり、密集は隙間なく人が集まっており、密接は隙間なくくっついている。3密とは、いずれも人間同士が高密度の状態にあります。去年までは連休帰省を控えた単身赴任者が、今年はそれをやって家族に感染させたという例もあるようです。外で感染したりさせたりするのはある面偶発的ですが、家庭内では警戒が緩む。よって3条件を満たしやすい。見えない敵を相手にするのは苦しいことですね。

ウイルスは秘かに忍び寄り人の体に宿ります。難敵に英知で挑むときは今です。ワクチン接種が未だに人口の1%に満たない現状では、当面安心した生活はできないでしょう。変異種に対して効果があるかどうかという問題もあります。英知とは忍耐の同義、今はそう言えると思います。

(島根県の農業関係者の英知が産み出した、アジサイ万華鏡)
炎天下溶けてギターの壊すまい [2021年05月06日(Thu)]

fumihouse-2021-05-06T18_19_16-1-thumbnail2.jpg炎天下の自動車内にギターを置き去りにするのは致命的である。接着剤や塗装が溶けて、ときにはバラバラになる。そんな悲劇には遇いたくない。最高気温が24、25℃にまで上がるようになったこの時季、そろそろ心配だ。

何か目安があったら教えて、とファナ店長氏に以前尋ねたら、40度を超えたあたりから要注意だと。閉めきった車内はあれよというまに温度が上がる。直射日光が当たる座席よりは、トランクの中が安全なようだが注意せねばなるまい。

それにしても半袖で過ごしたくなることが、まだない。日中外に出れば直射を浴びてそんな気になることもあるが、室内では長袖が適当である。湿度が低めであることと、風が強いことが原因だろうか。いずれにせよ、酷暑は必ずやってくる。覚悟しとこうか。

(ギターを優しく覆って熱さをしのがせたくなるような布地)
名器なり名工冴えてオリベさん [2021年05月05日(Wed)]

fumihouse-2021-05-05T16_41_14-1-thumbnail2.jpgわたしの愛器、ホセ・オリベ(カリダッド・スプレマ/米国製)がいい音を出す。2年ほど前にファナ大阪で購入した。透明感のある甘い音であることに加えて、芯のある強い音にも感じ入っている。低音から高音に至るまでバランスのとれたクラシックギターだ。わたしが、さらに良い音を引き出したいとメールで述べると、店長はこうおっしゃる。「求めると得られます」と返信があった。まるで、求めよさらば与えられん、と福音書の如し。

いい音が出る条件は大ざっぱに言って三つある(わたしの分類で)。弦も含めて楽器が良品であること、右手のタッチが研ぎ澄まされていること、左手指が確実にフレットを捉えていること、この三つである。

どんなに楽器が良くても、右手指の爪の磨きが悪かったり、左手指の押さえが甘くては良い音からは遠い。ギターの良さを引き出すためにも丁寧にかつ、しっかり弾き込んでやる。

待つだけでは良い音は降ってこない。懸命な鍛練が実を結ぶまで努力が必要だ。終わりはない。ひたむきさがなくてはならない。音を求め、練習を重ねる。こんな音を出したいとイメージすることも大事で、貪欲さを忘れてはならない。そのためにも誰かに聴いてもらおう。失敗したとしても再び挑む。

力をできるだけ少なく使って弾けるようにすると益々楽しくなりますよ、と店長氏。曲の途中でヘトヘトになるようじゃあいけないね。フワッと軽やかに素早く手指が動くようきょうも一歩ずつ進む。名器にふさわしい腕を持たねばなるまい。

(垣根の薔薇のように朗らかに演奏しよう)
オフィシャルに髭の男の歌いだす [2021年05月04日(Tue)]

fumihouse-2021-05-04T20_05_17-1-thumbnail2.jpgOffical髭男dismの歌『I LOVE...』を聴いて、その色彩感に唸った。

♪ 高まる愛の中 変わる心情の中
  燦然と輝く姿は
  まるで水槽の中に飛び込んで
  溶けた絵の具みたいな
  イレギュラー♪

水槽に溶ける絵の具。なるほど、様子を想像することはできる、しかしそんな表現をするなんて思いもよらない。透明な水槽の水にパレットから筆でとった絵の具を垂らす。水に付けてシャカシャカすると面白みはない。垂らして水の流れのままに色が渦を巻いたり水深くに落とし込んだりして広がっていくのを楽しみたい。色は何だろう。黄と紫か、赤と白もほしい。

「水槽の中に飛び込んで溶けた絵の具」と絵の具を能動的に扱っている。こりゃ大事件だ。絵の具が意思をもっている。絵の具は思いのままにうねって沈んで浮かんで、好みの色彩を描き出す。

Offical髭男dism・・・やるねっ。スゴいよ! 島根大学と松江高専出身の四人組。さらに健闘を祈る。

(Offical髭男dismの歌は、風に飛び込んで揺れる小手鞠のようにして響き渡る)
おしゃれするどこかへ誰かと出かけたし [2021年05月03日(Mon)]

fumihouse-2021-05-03T20_12_55-1-thumbnail2.jpg通販フェリシモの通販誌Live in Comfortは、冒頭に記す。

 おしゃれは
   どこかに
  連れていってくれる。

そうだね。おしゃれ大事だ。おしゃれしてどこかに出かける。出かけて人前に出るには、まずおしゃれ。自分が恥ずかしくないようにして、それがおしゃれ。いや違うな。何かするためにおしゃれするんじゃなくて、おしゃれしたから自分は動かされる。おしゃれが先か、目的が先か。ふつうは目的物が前に立つが、おしゃれは際もの。流行に応じて、気分に乗じて私を、どこかに連れていってくれる。

(黄色の服でおしゃれして出かけようか。その前に衣替えをしないとね)
セロトニンたっぷり出して勝ち誇れ [2021年05月02日(Sun)]

fumihouse-2021-05-02T22_07_52-1-thumbnail2.jpgうまくいく秘訣は何だろう。運がいいこと、素直で誠実であること、愛嬌があること、とわたしは思う。運がいいかどうかは自分では決められない? そう思うなかれ。自分はついていると思えばよい。

脳科学者の中野信子氏は言う。精神を安定させるセロトニンを放出させよう、楽観的に将来に向かっていこうと。そうだ、天気や目の前に起こったことには意味はないと思おう。というか、こちらの責任ではない。雨男だ女だとか言って、意味を付加してしまうのは人間の性というものだ。

強いポーズとストレスホルモンであるコルチゾールの値が下がる。すると海馬の働きが弱まって記憶力も低下する。男性ホルモンの分泌が減って、勝負への意欲が落ちると。そうだ、胸を張って立つ、遠く1キロ先を見据えるつもりで歩くんだ。

三日坊主であっても繰り返せば3週間たつと脳内でシナプスがつながって習慣化できるとも中野氏は述べる。弱気になってはならないと。そうだ、二日目に挫けてもまた繰り返せばよい。何度もやるんだ。強気でいけ。

(松江城に咲く雪が積もったように見えるヒトツバタゴ。別名はナンジャモンジャ。強気で満開を迎えた)
お元気で苦楽をともに気を楽に [2021年05月01日(Sat)]

fumihouse-2021-05-01T20_47_12-1-thumbnail2.jpgみなさん、元気でやっていますか?
風薫る五月です。
新緑みなぎる五月です。
新生活に入った人。もう慣れましたか?
気苦労も多いことでしょう。
どうぞご自愛ください。
五月病という言葉は聞かれなくなりました。
今は年中、その恐れがあります。
完璧は求めずに、気を楽にしていきましょうぞ。
禍福は糾える縄の如し。
苦楽ともに思い合わせてまいりましょう。

(漲る新緑の象徴はツツジだと思う。躑躅の乱舞をもって春は完成する)