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嬰と変エイやと変に力入れ [2021年02月25日(Thu)]

20210221_194154.jpg【嬰】とは不思議な漢字。産まれたばかりの赤ん坊を嬰児というが、ほとんどお目にかからない字である。かつて貨幣として使われた子安貝の象形に女の字を加えて、女性の首飾りを指した。そこから「めぐらす」「まとう」「うなじに掛ける」の意味を持つようになったという。

なぜ嬰の字が気になるかというと、嬰○長調、変○短調などの調名があるからだ。調べてみると馴染みのないこの嬰の字を使った意味が分かる。

ハ長調に対し、嬰ハ長調は全音に♯を付けて半音階上げる。変ハ長調は♭を付けて半音下げる。明治時代に西洋音楽を取り入れた際に、先人達は半音上げる♯を「嬰」、表半音下げる♭を「変」と名付けた。

雅楽では中国から入った五音音階があるという。ド=宮、レ=商、ミ=角、ソ=徴、ラ=羽の5音だが、昔の人は音が少なくてメロディの変化に乏しいと感じて、新たな音を足したというのだ。それが嬰商で、レの半音上。もうひとつが嬰羽で、ラの半音上となる。

その歴史があったから、明治の頃に#を嬰、♭を変と名付けたわけだ。ということで、ギターをベースにして音楽理論を教える楽典を学んでいる。というか、苦悶している。なかなか分からなくて。まっ先は長い。

(ショッピングセンターの壁にあるオブジェは、一部だけだと、楽典のように意味不明である)
黙食は黙って食べよ強制し [2021年02月24日(Wed)]

20210221_194033.jpg【黙食】は辞書にはない。黙って食べる。咀嚼しながらおしゃべりするのは楽しいが、飛沫が飛び散る。新コロナのウイルスを撒き散らして感染の恐れがある。いま黙って食べることが推奨されている。

思えば、「黙」を頭に置く熟語は、あまり多くない。「黙」で始まる言葉を逆引き辞書で調べると次のとおり。

黙考、黙殺、黙視、黙読、黙認、黙秘、黙許、黙示、黙然、黙想、黙思、黙諾、黙祷、黙拝、黙念、黙従といったところ。黙黙と静かに内面に目を向けて自己を深める。他人には干渉せずに自分に傾注していく、そんなイメージが湧いてくる。

新コロナ対策が今後も必要であるならば(おそらくずっと)、黙食という言葉も辞書に載ることだろう。人間が万物の霊長として地球一の種となったのは、強いからではない。力を合わせて集団の力で繁栄してきた。

その歴史を黙考すれば、しゃべり言葉が必要だ。黙読や黙祷、黙視はあったとしても、黙食は楽しい場を異質なものに変えてしまう。食べることは楽しいこと。そう感じられない食には潤いがない。

(クロッカスは黙黙と咲く。だが、見る者に春を訴えて雄弁である)
あれやこれとんとごぶさたやりたいな [2021年02月23日(Tue)]

fumihouse-2021-02-23T14_54_49-1-thumbnail2.jpgとんとごぶさたしている、居酒屋。
居酒屋で飲む生ビール。ぷはぁ〜〜旨い! 食が進み会話も弾ける。楽しい時間は刻々と過ぎていく。もう一年以上もごぶさただ。料亭へ行くのもランチタイムに行くばかりだから、酒は飲まない。酒を飲んで適度にテンションを上げるっていいなあ。

とんとごぶさたしている、ハグ。
よくやった!と握手を求め、相手によってはハグをする。信愛の情が湧いてきて何とも言えない高揚感。ふだんは会釈や礼で済ませるだけに、相手と触れ合って互いの健闘を祝す。ハグするのっていいなあ。

とんとごぶさたしている、旅。
旅行する。クルマで列車で観光バスで、飛行機に乗って。景勝地や絶景を眺めて目に焼きつける。美味しく珍しい食べ物に舌鼓をうって、暖かい布団でぐっすり眠る。あちこちを観て回る、人とふれあう。旅行するっていいなあ。

とんとごぶさたしている、映画館。
きょうは元旦以来の映画を見た。『名探偵コナン 緋色の不在証明』は、4月に公開される「緋色の弾丸」を前に、キーとなる赤井一家を紹介する特別総集編と銘打つ。感染対策は十分だ。映画っていいなあ。

(とんとごぶさたしている、太陽の季節、花のある風景。すぐそこに来ている)
自由とは難しきものアイウエオ [2021年02月22日(Mon)]

fumihouse-2021-02-22T22_38_18-1-thumbnail2.jpg【自由】とは難しい。自由にやりなさいと言われて適当にやると、テキトーは駄目となじられる。適度にやりなさいと。

他人に迷惑をかけるのを意に介さず、意のままに振る舞うことは許されない。それをワガママと言う。自由と秩序維持を両立させなければならぬ。楽器の演奏だって、リズムも音程も自由に弾いていては音楽にならない。それを下手と言う。俳句や短歌が素晴らしいのは、字数や季語といった制約があるからだ。

ルールという一定の枠に収めていくことで様式美を生み出す。一度は収めてから枠の外へ。そこに破が生じて何ものかが産まれる。それまでは勝手気ままを廃さねばならぬ。ぐんと力を貯めておけ。すると自由自在になっていく。自由になれば、楽しくなること間違いなし。

ただし自由とは得られたと思った瞬間には失われがちだ。自らの意思で不断に求めていくこと、他からの支配を受けず、自律的な精神で求め続けないと、やがて忽然と消えていく。

(紅梅だって自由に咲いているように見えて、自然界の摂理に縛られて咲いて実をならす)
しゃかりきに人の為なり力出す [2021年02月21日(Sun)]

fumihouse-2021-02-21T19_35_56-1-thumbnail2.jpg【しゃかりき】って何だ? 「しゃかりきになって働く」と言うように、必死にがむしゃらに髪振り乱して突き進むイメージがある。ひょっとして、釈迦力? ゴータマ・ブッダの仏力か? と思って調べるとそのとおり。

釈迦のイメージは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」で定着したと思う。極楽の蓮池のほとりにたたずんで、お釈迦様は一度だけ善良な行いをしたカンダタを地獄から救おうとした・・・。

この釈尊は鷹揚で悠然とゆったり落ち着いている。こちらが柔ならば、釈迦力は剛である。周囲をなぎ倒すように遮二無二進む。

釈迦はどんな人生を送ったのか。悟りを開くまでは苦行の連続で、ガリガリに痩せ衰えたことだろう。悟達後はどうか。蓮池のほとりにたたずむように穏やかであったろうか。そんなことはない。悟りの内容を誰かに説法しようかどうか、迷ったはずである。法悦に独りだけ浸りたいと迷ったかもしれない。しかし人々に法を説く道を選んだ。苦難の道である。

生老病死に苦しむ庶民を救おうと、説法し、悩みの主の言葉に耳を傾け、全力で励ました。穏やかに常に微笑みを浮かべるだけだったはずがない。苦悩の大きさに怯みそうになったこともあるだろう。飢えて死にそうな親子を悲嘆にくれて送ったこともあるだろう。命も狙われて危険もかいくぐった。

釈迦は全ての人に幸せの種を植えようと、全力で誠心誠意闘争した。非暴力によって闘った。偉大な人格によって多くの人に力を与えた。それが釈迦力。釈尊への尊崇の表れが「しゃかりき」なんだろうと思う。

釈尊は言ったにちがいない。怯むな、逃げ腰になるな、物怖じするな、怠惰になるな、浮き足立つな・・気力を弱めないよう体も鍛えなさい、健康を保ちなさいと。しゃかりきになって明日も顔晴ろう。

(しゃかりきになって働いたあとは、柔らかい温かな布団にくるまってぐっすり眠れ)
懐かしい温泉津の里に登る窯 [2021年02月20日(Sat)]

fumihouse-2021-02-20T21_15_44-1-thumbnail2.jpg温泉津焼は江戸時代に窯が開かれた。特に幕末から昭和にかけて数多く生産されたという。「はんど」という名前の茶色の水瓶が代表的である。水瓶を使う家は今やない。我が家では傘立て用に置いてある。水道が普及するまでは、この大きな瓶が温泉津港から全国へ船で運ばれて行ったことだろう。すり鉢や壺類も有名だ。石見銀山が産する銀とともに積み出されて、盛んな交易で栄えた。

わたしが使っているのが、中央の丸口から放射が渦を巻くようにして釉薬がかかる一輪挿し。白色と萌黄色の淡いコントラストがなんとも上品で好ましい。椿窯(登り窯)のA氏の手になるもので、わたしのお気に入りである。執務机の上にあって、生けた白梅の枝で和ませてくれる。

草の芽、木の芽が萌え出るのはもうじきだ。山が笑い、春野にスプリンググリーンが満ちていく。A氏の一輪挿しは春を先駆けて、わたしの目を楽しませる。
フリースはポリエステルの一種なり [2021年02月19日(Fri)]

fumihouse-2021-02-19T20_34_01-1-thumbnail2.jpgフリースって何だ? 二十年前に登場して、いつの間にか、衣服の代表格として世間を席巻している。

フリース(fleece)は、ポリエチレン・テレフタラートというポリエステルの一種の繊維素材だそうだ。柔らかく起毛して軽くて温かい。洗濯が簡単ですぐ乾く。強度もある。40年ほど前にアメリカの衣料メーカーが開発したという。日本ではユニクロが二千円ほどで売り出して世間の寵児となった。

服の世界は日進月歩。環境にも優しい素材がこれからも登場するにちがいない。

(フリースではなくウール地のカーディガン。私たちは衣服に包まれて生きている)
中退は世紀の称号始まりて [2021年02月18日(Thu)]

fumihouse-2021-02-18T13_51_28-1-thumbnail2.jpg王位・棋聖の二冠、藤井聡太が高校を中退した。卒業まで残すところ2ヶ月。それでも名古屋大教育学部付属高を自主退学したのは、将棋に専念したい気持ちが強いのが理由だと。

もったいないことだと思う。高校の卒業資格を得られないことが、もったいない? ほとんど義務教育化した高校を最低でも卒業しないという選択がもったいない? 

いや違う。藤井にとって高卒の資格が無くとも、今ですら王位、棋聖の二冠という称号がある。今後どこまで勝利の実績を積み上げるのか、想像もつかない。藤井にとって将棋に専念するのはもっともなことで、デメリットはない。

もったいないのは高校のほうである。藤井という稀代のナンバーワン棋士が卒業名簿に名を連ねることが、どれだけ学校の箔をつけることか。学校の評価が高まることは間違いない。

まっいいか。天下の名古屋大学、その付属高校である。藤井が在籍したというだけで、すでに十分かもしれない。

副校長は、いろんな生徒が活躍の場をたくさん持っている、彼のことをずっと応援し続けると言っている。退路を断って将棋という修羅場に身を置く覚悟を固めた藤井二冠。将来が楽しみな若者である。

(ハクモクレンのつぼみが大きくなった。いまは雪をかぶっていることだろう。今朝の積雪10センチあまり)
プランタンぷらぷら歩いてやってくる [2021年02月17日(Wed)]

fumihouse-2021-02-17T19_41_14-1-thumbnail2.jpg寒の戻りである。各地で強風が吹き荒れ、明日にかけて雪が多い見込み。関東方面で春一番が吹き、こちらでも暖かい青空が続いていただけに、体にこたえる。名残雪程度の雪ですんでほしい。

逃げる二月、早くも後半となっている。春は一歩ずつやってくる。前三後一でやってくる。三寒四温で震えても雨水は温もっていく。季節はめぐる。冬が終われば春がくる。これが地球の摂理なり。

春よ来い。スプリング パズ カム。春三月はあれよというまにやってくる。

(花咲き乱れる爛漫の季節の前哨としてスイセンが咲く)
日々精進五感を束ね弾くギター [2021年02月16日(Tue)]

fumihouse-2021-02-16T15_08_48-1-thumbnail2.jpgプロギタリストの福田進一氏はこう言っている。

≪ギターは、音を弾く部分とも、出している部分とも身体が触れているでしょう。それから(中略)身体全体で振動を受け止めている。自分の体で受け止めている振動と、耳で聞いてる音、指の先に伝わってくる感覚、あらゆる五感をまとめて脳で味わえるのがギターなんですね≫

「あらゆる五感をまとめて脳で味わえるのがギター」。言い得て妙だと思う。もちろん氏は、耳をそばだてて自分の音を聴き、フレットを押す左指を目で確かめ、左右の指や身体で抱える楽器の感触も楽しむ。なおかつ、表面板を舌で舐めて、木製クラフトの匂いをかぎ分けて、ギターを弾きなさいと言っているのではない。五感、すなわち心身ともに自分の持てる力を注いで、研ぎ澄ませて奏でる音楽。それがギターという楽器の魅力につながる、と言われているのだと思う。

左右の異なる動きでもって音を出す。優しく温かみの深い楽器ではあるが、思うがままに鳴ってはくれない。内面で望む音の理想と外界にたれ流される現実の音の隔たりは大きいが、音楽とは人間の知覚を総合して編み出す芸術であるならば、わたしの望みの一端は叶えられると信じたい。

(紅梅もまた五感を研ぎ澄ませて美を感じたい。ほのかな梅林の香りを楽しんだ)
黄や紫春告げ花のお出ましだい [2021年02月15日(Mon)]

fumihouse-2021-02-15T07_14_53-1-thumbnail2.jpg春を告げるクロッカスが咲いた。暖かくなって一気に咲いた。黄砂の淡い空とともに、黄地に濃い茶の縦縞のクロッカス。

美少年クロカスの化身である。ニンフに恋したクロカス。歌と踊りが上手な少年、若くて美しい妖精、二人はむつまじい。ギリシャ神が嫉妬したのか、それとも無垢な愛を永久に残そうとしたのか、クロカスをクロッカスに、ニンフをイチイにしたという。

わが家のクロッカスは黄色の二種、紫色があり、毎年楽しませてくれる。咲き始めは冬。満開になるころに早春となり、終わるころには梅が満開となる。

明日からは寒気が戻る。暴雪もあるかもしれないと予報官は告げる。黄のクロッカスの花言葉は「私を信じて」。春は必ずやって来る。きょうも一期一会の出会いを感謝しつつ過ごす一日でありたい。
地が震えあの日の記憶甦る [2021年02月14日(Sun)]

fumihouse-2021-02-14T19_47_23-1-thumbnail2.jpg昨夜福島、宮城で大きな地震があった。強さがマグニチュード7.3、最大震度は6強。10年前の東日本大震災はM9.0、最大震度7の大地震であった。今回幸いに死亡者はなく、津波もなかったが、ケガをされた方は百人以上。あの時の恐怖が甦ってしまって一晩中眠れなかった人は数えきれないだろう。東日本大震災の余震とされるが、地球のタイムスパンから見れば10年はほんの一瞬。改めて自然災害の恐ろしさを知る。今回の地震にも名前が付けられるのだろう。

明後日から冬型の気圧配置で冷え込むという。物理的、心理的に被害を受けられた方々が早く日常に戻れるよう、これ以上被害が広がらないよう祈っています。

(雪中の四友のうちの一つ、水仙は慎ましやかに下向きだが、太陽のもと堂々と咲いている)
恋人か家族のためか聖なる日 [2021年02月13日(Sat)]

fumihouse-2021-02-13T08_46_38-1-thumbnail2.jpg聖バレンティヌス殉教の日、2月14日に恋人たちはカードを交換したという。クリスマスカードのように相互に贈り合う。女性から男性にチョコを贈る2・14バレンタインデーが広まったのは50年前。日本独自のチョコ文化である。

生真面目にチョコ=意中の人に愛を告白という意義に加えて、2・14は変わっていく。お世話になっている人へ感謝を込める要素が登場した。義理チョコだ。やがて半強制化し、倍返しが必要な3月のホワイトデーもあって男女とも嫌になる。数年前にGODIVAは、日本は義理チョコを止めようとキャンペーンを張った。

チョコ市場を支えるのは、女性同士の友情を確かめ合う友チョコ。自分で買って自分で食べるご褒美チョコ。家族用にファミチョコを準備する人も増えてきた。もちろん恋人には相当高いチョコを贈って愛を確かめ合う。原点は今でも残る。

デパートやスーパーの特設売場はチョコ、チョコ、チョコ。見ていると飽きない、驚きは尽きない。日本人は一人年間2キロ食べるようだから、相当チョコ好きだとみえる。珍しいチョコが販売されるため、通販で買って楽しむスイーツ男子もいるということだ。わたしもチョコは大好きだ。口に含んで、幸せいっぱい、疲れを癒そう 。

(霜降りのゴージャスな椿。ホワイトチョコをあしらった、こんなデザインのチョコもあるかもしれない)
奇をてらいカナで記した自治体名 [2021年02月12日(Fri)]

fumihouse-2021-02-12T19_14_48-1-thumbnail2.jpgひらがな、カタカナだけで表記された市町は次のとおり。漢字との混ぜ書きは除いたが、こんなにあるなんて知らなかった。41もある。むつ市やいわき市、つくば市、えびの市など以外は、平成の大合併でできたものがほとんどだ。

驚いたことに、中国地方には一つもない。ふーんという感じ。個人的には雨後の筍のように生まれた、カナ表記の市町名は好かない。縁起のいい字を使って、歴史的経過も踏まえながら漢字表記してあるのが好ましい。最大のひながな名のさいたま市。埼玉と書いて、さきたまと読ませればよかったのに・・・。

北海道/えりも町、せたな町、むかわ町、ニセコ町
青森/むつ市、つがる市、おいらせ町
秋田/にかほ市
福島/いわき市
茨城/つくば市、ひたちなか市、かすみがうら市、つくばみらい市
栃木/さくら市
群馬/みどり市、みなかみ町
埼玉/さいたま市、ときがわ町
千葉/いすみ市
石川/かほく市
福井/あわら市、おおい町
愛知/みよし市、あま市
三重/いなべ市
兵庫/たつの市
和歌山/かつらぎ町、みなべ町、すさみ町
香川/さぬき市、まんのう町
徳島/つるぎ町
高知/いの町
福岡/うきは市、みやこ町、みやま市
佐賀/みやき町
熊本/あさぎり町
宮崎/えびの市
鹿児島/さつま町
沖縄/うるま市

(どこの市町にも椿の花が咲いていることだろう。皇帝ダリアのように天に向かって咲く椿。名前は知らない)
黄砂舞いメジロも舞って音連れて [2021年02月11日(Thu)]

fumihouse-2021-02-11T17_22_28-1-thumbnail2.jpg黄砂が飛んでいるようです。遠くの山が霞みます。太陽光もいくぶん薄日となっていました。春が来たようですね。もちろん寒の戻りもあるでしょう。来週水曜に雪が降る予報ですが、積もりはしないでしょう。コロナ禍にあっても嬉しい春の到来です。

黄砂は主に、石英、長石、雲母など石の成分です。直径は1μm(マイクロメートル/1000分の1mm)〜30μmだそうです。2.5μm以下の黄砂は、PM2.5ということになります。

ではPM2.5の主成分は何か。硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、亜鉛、アルミニウムなど2.5μm以下の微小粒子です。いかにもからだに悪そうな感じですね。

黄砂の飛来が多い日は救急搬送数が増え、アレルギー疾患、呼吸器系疾患、心疾患、脳卒中が増える統計があるそうです。当然死亡リスクも高まります。マスクやメガネは手放せそうにありません。

(春のおとずれは春の「音連れ」。メジロのつがいが楽しげに紅梅をついばんでいました)
ひとは皆考え抜いて生き抜くと [2021年02月10日(Wed)]

fumihouse-2021-02-10T21_29_07-1-thumbnail2.jpg考えることは簡単だ。誰もがいつも何かしら考えている。メールにどんな返信をしようかな、きょうの予定は何だったかな、昼御飯は何を食べようか、右へ行くか左の道を選ぶか、テレビのどのチャンネルを選ぶか・・・。ひとは皆毎日を考えることで生きている。

しかし、考え抜くことは難しい。考えることは意外に続かない。飽きる、疲れる、邪魔が入って考えが途切れる・・・何らかの原因があって中断し、いつの間にか霧のように消えていく。考え抜くためには、体力が必要だ。知的な体力とも言えるし、脳内のブドウ糖をたっぷり使うのはもちろん、からだ全体の筋力や柔軟性も体力となる。

さらに言葉が必要である。考えを言語化してステップを上るようにして考えを積み重ねる。語彙がたくさんないと、考えはストップする。そこまでだ。言葉を鍛えよう。からだを鍛えよう。脳を自在に扱おう(まっ無理だけどね)。
立って見る座って見るか映画館 [2021年02月09日(Tue)]

fumihouse-2021-02-09T20_13_47-1-thumbnail2.jpg映画は立って観たい。なぜなら寝てしまうから。立っていればさすがに寝入ることはない。眠ってしまって後悔しない。でも疲れるから無理だよなぁ。それに後ろの人に叱られる。

上映時間ギリギリに駆け込む。クルマを運転しながら間に合うだろうかと気をもみ、信号停止が多いとイライラし、駐車場でもたついたりすれば、なぜもっと早く準備しなかったのかと自分を恨む。チケットを買ってトイレに行き、席に座る。放心して疲れがどっと出る。眠くなるじゃないですか。

昨夜は床につく時間が遅かった。睡眠不足で入場すれば、やっぱり眠くなるのも道理では? ましてや場内は暗い。眠らないほうが可笑しいくらいなもんですよ。

ゆったりした音楽が流れ、心が弾むシーンがある。気持ちいいなぁ、思わず目を閉じて感慨にひたる。すると寝てしまうんだなぁ。自分では一瞬と思っていても、シーンが飛んでしまう。わたしはどこか遠くへ行っていた。いやぁ残念。

どんなに感動的な映画を観賞していても、映画館には眠る魔物が棲んでいる。ご注意あれ。

ホームシアターは贅沢としても、家で録画かDVDを見ればいいと言われるかもしれないが、ダメなんだなぁこれが。日常が周囲にある環境では、画面に集中できない。電話がかかり、来客があり、いつもと同じ家具調度類がそこにある。映画は非日常の体験。やはり見る環境もそうであってほしいのだ。

非日常で、かつリラックスする映画館という場。これ以上眠りに誘われる環境はないと思いませんか?

(座席で眠っていると、映画に出てくる街角のシルエットが夢に登場するかもしれないな)
好ましい記憶は消えて後悔が [2021年02月08日(Mon)]

fumihouse-2021-02-08T12_49_52-1-thumbnail2.jpg好ましい出来事や思い出を反芻するのは楽しい。ときに思わずほくそ笑んでしまうと周囲に場違いで、慌てて真顔を戻すことがある。

一方で悪い思い出はどうか。ああしておけばよかった。なんであの時あんなこと言ったんだろうと臍(ほぞ)を噛む(思い出とは言わず、辛い記憶だが)。どちらが心に強く刻まれるのか。残念だが悪い方であろう。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)は強い精神的ストレスがダメージとして残り、時間がたっても強いマイナス感情を呼び起こす。災害、事故、暴力などに起因する恐怖や後悔が幾度となく押し寄せて当人を悩ます。

JOC臨時評議員会で女性差別発言をしたオリンピック組織委員会会長(失言というよりも真意であろうが)。海外のメディアから始まり、国内外で総スカンを食っている。だが辞めない、辞めさせられない。

発言をその場で聞いてしまった出席委員。非難が始まってからでは、あとの祭り。後悔でもって当の委員たちは苦しんでいる(たぶん)。なぜあのとき「それは違う、女性たちに謝罪しなさい」と毅然と反論しなかったのか、元総理に歯向かう勇気が湧かなかったのか、空気に飲まれて唯々諾々と従ってしまったのか・・・何度も反芻して苦しまざるをえない。

あの会議の出席者には、やってもらわねばならないことがあるとは思うが、苦い記憶に苦しめられる人よ。良い思い出は忘れやすいものだよ。だから、母の暖かい手、慈愛のこもった言葉。恋人や友人からの優しい眼差しと励ましの言葉。多くの人との関わりの中で得てきた心に染み入る温かさ。これを思い出して、苦い記憶を追い出そうではないか。

(フキノトウだって苦い。苦いけれども春を呼ぶ甘い前哨)
同一の自分は何処に解離性 [2021年02月07日(Sun)]

fumihouse-2021-02-07T13_55_25-1-thumbnail2.jpg解離性同一性障害は別名、多重人格障害といい、ジキルとハイドが代名詞である。自分の中に複数の人格が現れて、人格の一体性が欠落する。生活には大きな支障が出る。ジキルとハイドは二人だが、4人も5人も人格を抱えるケースも珍しくないという。

自分とは何だろう。それでなくとも迷い多き日々にあって、自己のアイデンティティが一つに確立しないなんて考えたくもないことだ。人格者のジキル、野卑なハイド。人格だけではなく、体型も変ってしまうようだから、厳密には多重人格障害とは言えないが、まっいいだろう。

多重人格ほどでなくても、解離性障害は、自分が自分であるという感覚が失われている状態なのだそうだ。ある出来事の記憶が丸ごと抜け落ちたり、ふと気がつくと知らない場所にいるなどの症状があるという。辛い体験によるダメージを避けるために、無意識が行う防衛反応だと考えられている。

人は記憶や意識がまとまっているから自分なのであって、それを失くすとアイデンティティは崩れる。自分が自分で失くなっていく恐怖を、認知症のお年寄りも感じている。まだらボケという言葉があるとおり、常に認知症患者は我を失っているわけではないのだ。解離性の患者も同様に、ふと我に戻ったときに、大きな不安に襲われよう。

過去の記憶から一部が抜け落ちたり、知覚の何がしかを感じなくなったら、どんなに悲しいことか、苦しいことか。信用してもらえず演技だと思われることもあって、症状をさらに悪化させてしまう。結果として尋常ではない行動をとってしまうのも分からないではない。

小説「ジキル博士とハイド氏」を読むと、何かしら感慨深い。私が私であることは当たり前だと思っていても、実は微妙なバランスの上に立った「私」であることを忘れてはならない。

(花を見て撮ったのは「私」。では私の本性はどこにある?)
左足第2趾爪が剥がれたり [2021年02月06日(Sat)]

fumihouse-2021-02-06T19_42_23-1-thumbnail2.jpg足の爪が死にかけている。左足の第2趾(手でいうところの人差し指)の爪を切った時に、ぐらつくことがわかった。いつの頃からか白く濁って隆起しており、水虫になっていやしまいかと心配していたのだが、爪のトラブルで生え変わるところなのだろう。

爪はだいたい半年で入れ替わるから、この数ヶ月のうちに何らかのトラブルがあったはずなのだが、全く記憶がない。足の指を詰めたとか、足先を強烈に打ったとかいう痛い目に遭った覚えがない。

今朝なにげなしに足を見たところ、爪がない。正確に言えば短くなっている。ぐらついた死んだ部分がはがれて失くなっていた。痛みは全然ない。どこへ行ったのやら。自然と落ちて靴下の中にでも潜んでいるかもしれない。

左足第2趾の爪がキレイになったのか。いや醜い。それでなくてもわたしの足の爪は形が悪いのだが、短いやつが三分の二ほど生えて、先半分は丸く隆起している。まともになるまでは、もう半年ほどかかる。

(わたしの足指の写真を載せるような無粋なことはしない。この花は何というのだろう)
雪が溶け春を待つとき心浮く [2021年02月05日(Fri)]

fumihouse-2021-02-05T07_01_41-1-thumbnail2.jpgなぞなぞで「氷がとけると水になる。雪がとけると何になる」。答えは知れわたっているが「春になる」。雪の深い地域の人々の実感でもあろう。雪どけが待ち遠しい、春よ早く来い!という願いを感じる。冬は必ず春となる思いで、今も根雪と格闘されているはずだ。

解けないうちにさらに降り積もる雪。根雪となって、暖かい日が続いて解けるか? 期待も空しく再び降る雪。半分溶けてまた凍り、次の雪が重なる。怨めしい冬の季語でもある。

根雪の定義があるそうだ。積雪後30日以上残っていること。気象庁の統計では「長期積雪」という名前がついている。

氷が溶けても春になる。極寒の地に住む人々の実感でもあろう。しかしシベリアのツンドラ地帯では永久凍土が溶け始めて、氷の奥に押し込められていたメタンガスが揮発して、地球温暖化に拍車がかかるとも聞く。溶けてはいけないものもあるのだ。

(根雪ではない。年明けに積もった雪を除雪車がかいて、溶けかけた汚い雪)
マスクして鼻の奥から白いもの [2021年02月04日(Thu)]

fumihouse-2021-02-04T21_46_56-1-thumbnail2.jpg尾籠な話になるが書く。鼻くそが白くなった。だいたいは、黒みを帯びた薄緑色と言えるだろう。ところが今は白い。ミルク色と言ってもいい。汚れていない理由はただ一つ。四六時中マスクを着けているからだ。マスクが空気中の埃をこし取って綺麗な状態で呼吸器に届けてくれる。鼻毛がゴミを濾し取る必要がない。だから鼻くそが白いのだ。

理由はもう一つあった。コロナリスクを避けたいと、風邪をひかないように努めていることだ。風邪をひいて体調が悪くなると初めは透明な粘度の低い鼻水が出て、やがて黄色くドロドロしたものにかわる。それが鼻くそとして排出されると黄色に黒みを帯びて汚い。マスクを着けてばかりなのは辛いけど、悪いことばかりではない。

(ハナはハナでも、鼻くそより花のほうがよろしいようで)
物事の真偽はともかく在るを見よ [2021年02月03日(Wed)]

fumihouse-2021-02-03T12_20_27-1-thumbnail2.jpg意識していないと「物」は見えない。目の前にあることは見えるのが当たり前、と思うなかれ。意外と見えないものなのだ。関心がなければ眼に入っても見えるものではない。当然見えなかった「物」は記憶に残らないものだ。

傾向として男女の差があり、学生と職業人では違う。業態によって違うだろう。地域によっても異なる。置かれた環境や経歴、影響を受ける人や本、音楽など縁に触れて、人間はある「物」に関心を持ち、他には無関心となる。私たちは自分にとって意味のあるものを見て認識し、その中で世界をつくって暮らしているのだ。

人間と動物はもちろん大いに違う。動物でも種によって、各個体ごとに意味のあるものは異なる。同じ空間にいても環境はそれぞれが異なり、違う世界に生きている。実に面白い。

物体ですらそうなのだ。「事」であったり、「心」であれば、なおさら見えにくい。常に意識することは強めの精神作用。疲れてしまうものだから、いつもそんなではいられない。かといって鈍感なままでいては、気配りができない。ひとというものは難しいものよ。

(綺麗な花とても、心を失うほどに忙しくテンパっている者には見えない)
出会いとは億千万の胸騒ぎ [2021年02月02日(Tue)]

fumihouse-2021-02-02T19_32_44-1-thumbnail2.jpg昔は「たくさん」の形容として、八百を使った。嘘八百、江戸八百八町、大阪八百八橋、八百万の神といった言い回しで多数を示した。

スサノオノミコトが倒した八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は違うかもしれないが、八咫烏(やたがらす)、八咫鏡(やたのかがみ)など、八の数字にはデカイという意味の他に、聖なる縁起の良さがある。

当時は、万や億の単位を使うことはなかったであろう。コンピュータの記録容量で京(けい)が登場したが、それ以上はお目にかかったことがない。恒河沙だの那由他だの言えば、宇宙の果てまで行けそうだ。

いま「たくさん」の形容というと何だろう。百千万か、それとも郷ひろみの『2億4千万の瞳を』で市民権を得た「億千万」かもしれない。

♪出会いは億千万の胸騒ぎ/まばゆいくらいに/エキゾチック・ジャパン(作詞:売野雅勇)

現実に人間の手で数えられるのは10まで。11,12,13,14…と数えても500は超えられない。根気が尽きる。数え方はコンピュータに任せよう。

(宇宙に続く冬の青い空。異国の地で眺める空のようだ。海外旅行したいなあ)
見上げたし宇宙のダイヤ手の内に [2021年02月01日(Mon)]

fumihouse-2021-02-01T19_57_11-1-thumbnail2.jpg昨夜は久方ぶりに星を眺めた。曇りや雪、雨の日が続き、冬の星座を見る機会に恵まれない。もっとも、寒さに負けて外に出ないというのが正しい。ちょうど冬のダイヤモンドの季節。綺羅星のごとく1等星が並んで見ごたえがいっぱいだ。

全天一明るい恒星・おおいぬ座シリウスを基底にし、半時計回りにオリオン座のリゲルは青白い光を放つ。おうし座の赤いアルデバラン。頂点はぎょしゃ座の黄のカペラ。左に下がってふたご座のポルックスはきょうだいのカストルと仲がいい。白面の貴公子然とこいぬ座のプロキオン。長大な宇宙のダイヤモンドを差し上げます。どうぞ遠慮なく!

赤色巨星のベテルギウスはシリウスとプロキオンとセットになって冬の大三角形。オリオンのベルトに位置する3つ星も綺麗だし、アルデバランの近くにはプレヤデス星団がぼんやり青白い。

絢爛豪華な冬の星座を見るのは楽しい。でも寒いからほんの短時間、空に大きな線を引いて、巨大な天球に輝く星のきらめきを眺め、宇宙の広さを感じるのも悪くない。

(きのう日曜の昼は、蝋梅の鈍い花びらから透けて青空が見えるようだった。でもいまは雨降りで残念)