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足台は2世紀前の大革新 [2021年01月31日(Sun)]

fumihouse-2021-01-31T18_42_28-1-thumbnail2.jpgクラシックギターを弾くには、支持用の器具が必要である。伝統的に足台を使う。伸縮式でX形に交わる四脚に左足を乗せて構える。足台を使うと体に近い位置にギターが保たれて姿勢が安定する。

中世のリュート奏者は立って演奏したそうだ。左手でネックを握り、右手はリュートの底部を腕で押さえながら指を動かす。18世紀まではギターも同じような状況で、せいぜい足を組むか、机にボディのお尻を乗せて構えたり、ストラップで支える程度であったらしい。

【足台】が発明されてギタリストの技量は格段に進歩した。ソルやタレガの名曲は足台なしでは満足に演奏できなかったであろう。ただ、長く足台を使うと疲れやすい。様々な支持具が今はある。わたしには商品名と器具名が判然としないが、上げてみたい。

【フットレスト】
スポンジを革に詰めた三角の枕状のものを左足太ももに乗せ、ギターを傾けて乗せる。通称は枕。

【ギターサポート】金属と一体化させた三角状のものに吸盤があり、ギターボディのサイド下に吸い付けて左足太ももに乗せる。

【エルゴプレイ】
ギターサポートは小さい三角のためにぐらつきやすい。それを改良して大きな三角で支えるのがエルゴプレイである。ギターの側面の上下4ヶ所に吸盤がついている。

【ギターレスト】
ギター側面をネジで挟み込んで固定し(ギターは傷つけない)、その棒の先に太ももにフィットする弧形具が付いている。吸盤式もある。従来はギターレストが最も安定して楽な姿勢で演奏できるとされていた。

【ギターリフト】
ドイツで生まれた新技術である。ギターの裏板に直接大きなアクリル板を吸盤で取り付けて、太ももに乗せる。抜群に安定し、かつ無理なく体のセンターにポジションがくるという。ギターが膝から浮かんで見えて不思議な感じ。ただ、重いと思う。持ち運びするにも大きい。

ギターは演奏姿勢が左右非対称でねじれ気味になる。良い姿勢を保つよう努めても、足台を長時間使っていると足が疲れ痺れる。イスに座って両足を地面に置いて均等に構えると疲れにくいのは確かだ。

ただ、わたしは思う。ロダンの名彫刻「考える人」を考えてみよう。 肘が反対側の膝に乗って前傾した体がねじれて、深い思索人が登場する。哲学する人は少々ねじれているのがカッコいい。音楽は哲学である。
寒い冬偏西風のせいなれば [2021年01月30日(Sat)]

fumihouse-2021-01-30T21_17_16-1-thumbnail2.jpg寒い冬だった。過去形で書いたのは、これで終わってほしいという願望からだ。偏西風が蛇行してシベリアの寒気団が日本列島に何度も押し寄せた。この週末も寒かった。北陸や東北、北海道では暴風雪に悩まされている。立春を過ぎたら2月。暖かめだと中期予報で伝えていた。そのとおりであってほしい。

コロナで頻繁に換気する。せっかく暖房で暖まった空気が逃げ出し、寒風が忍び寄る。うんざりする。職場ではスリッパは履かず、スニーカーにすると多少はしのげる。膝掛けを乗せて、時にはマフラーを巻く。本格的な春がやってくるまでは、机で事務処理するのが辛い季節である。

寒い冬よ。そろそろ北の国へ、お帰りください。ひとをいじめ抜かないでくださいな。

(温かい光を発する照明のもと、ゆるりと家に籠ってぬくぬくした暖房に包まれて過ごしたい)
古臭い不易のものよ新しき [2021年01月29日(Fri)]

fumihouse-2021-01-29T17_30_19-1-thumbnail2.jpg変わらないものは古臭くなるのか。変化の激しい現代にあっては、ネットによって新しい情報が飛び交う。情報はすぐに古びて忘れ去られる。そんな情報に翻弄されるばかりだと疲れてしまう。

(作曲家でピアニストの山中惇史氏の言葉)≪クラシック音楽は、楽譜に沿った忠実な演奏が求められる。その奏法は何百年も変わらない。「変わらないから面白いのです」と▼クラシックの名曲には、偉大な音楽家たちの“魂”が息づいている。魂の力は、時を経ても衰えない。そこに迫ろうとする限り、楽器や演奏者が変わっても人々を魅了し続けるだろう≫ (2020年6月30日付け聖教新聞,名字の言)

解釈は演奏者それぞれで、速さや強さ、音の質感が異なっていく。感情やイメージをのせて音楽を奏でる。新解釈によって表現が変わったとしても、その曲の根源は不動である。そして小さな差異に新しみが宿る。

数百年間続く老舗企業がある。ずっと同じものを作り、サービスするところもあれば、商売の内容を徐々に変えて新基軸を出す企業も多い。表現に新奇なものはなく落ち着きを保つ不易。時に応じて斬新な趣を発揮する流行。どちらにせよ、企業としてのアイデンティティは一貫している。変わらないからこそ、古臭さとは無縁のものとなる。

(この格子縞のような模様。これも不易なものの代表格だ)
色々のマスクかざして抗ウイルス [2021年01月28日(Thu)]

fumihouse-2021-01-28T20_15_36-1-thumbnail2.jpg新コロナとの闘いは尽きない。手洗い、消毒、3密回避・・・見えない敵に怠りない。かつてマスク姿は花粉・黄砂アレルギーや風邪の防止、医療従事者の常備、そしてコミュ障気味であることを示していたが(もちろん咳エチケットも)、常態と化し、マスクをしない人には違和感すらある。時代は激変した。

 純白のマスクを楯として会へり  野見山ひふみ


センター試験あらため大学入学共通テストが先日あった。大学入学試験はこれからも続く。受験生諸君、健闘を祈る。

 純白のマスクぞ深く受験行  岸風三楼


口元が見えないだけに表情は読み取りにくい。初見の人だと顔のイメージが湧かなくて、これも困る。いつまでこんな生活が続くことやら……。

 マスクしてをる人の眼を読みにけり  上野泰春潮


反対にこちらの不都合な顔をカモフラージュする効果はありそうだ。

 浮かぬ顔悟られまひぞマスクして  大宮良夫
 マスクして隠さふべしや身の疲れ  林翔


声が通らないことが一番のストレスか。布地に邪魔されて声が出しにくい。もちろん相手の声も聞き取りにくい。声が変わったようにも聞こえる。

 マスクとりその人のその声となる  板場武郎

(立体型マスクの尾根を隔ててコントラストが美しい)
お宝を探してあれこれ幾十年 [2021年01月27日(Wed)]

fumihouse-2021-01-27T20_32_58-1-thumbnail2.jpg小学生の文集を読んだ。主題は「宝物」。制限字数が1人3行、わずか50字ほどだ。ずばり自分のお宝の核心をついた作文となっている。

低学年は石、キーホルダー、ぬいぐるみ、人形、おもちゃ、水色のドレス、靴、ゲーム、猫、バット、サッカーボールなど、いかにも幼い子にありそうな感じだ。なかには、お母さん、妹、友だち、家の神さまというのもある。おませさんか、よく本を読んだり、ふだんから親に言い聞かされているのかもしれない。

中学年、高学年になると多彩になってくる。平和や自分の部屋、家族や友だちが続いている。品物はむしろ少ない。書くときに周囲の様子をうかがって右習えした可能性もあるが、人間というもの、精神的な絆を重視するのは大人に近づいている証拠だ。さあ、その大人。あなたにとって宝物って何ですか?

(杏仁豆腐に乗っているクコの実も、人によっては宝物かもしれないな)
音楽の力を込めてとき築く [2021年01月26日(Tue)]

fumihouse-2021-01-26T07_01_13-1-thumbnail2.jpgピアニストの清塚信也氏がこう述べている(「音楽シナプス」2020.12.24付け日本海新聞)

≪どうやって音楽が人類を支えていけるか。それをどうしても考えてしまう(中略)音楽家は音楽文化を築き、人々を鼓舞し、寄り添い、支える。音楽は人々の危機を支え、音楽も危機を乗り越えるたびに"成長"してきた。
 だから、コロナ禍もきっと一緒に成長できると思っている。いや、成長しなくてはならない。クラシックの歴代の作曲家がつくり上げてきた歴史にのっとって、われわれもバトンを受け取らなくてはならない。真の音楽家は、今、燃えているはずだ≫

勇気を与え、悲しみを癒やす。時には、常識すらも問いかけて洗い直す。大上段に構えなくても、気楽に楽しみことだって大切だ。ここでいう音楽とはクラシックの世界にとどまらない。ポップスもロックも邦楽などエスニックな音楽もすべて含めて、この世に満たされて存在する音楽。音楽には大きな力がある。
調弦は音叉かメーターどっちする [2021年01月25日(Mon)]

fumihouse-2021-01-25T18_44_54-1-thumbnail2.jpgギターの調弦をする際に、かつては音叉を使った。周波数が440ヘルツ。第5弦をラ(A)に合わせる。どちらかというとギターは音程が低めで聞き映えしないということで、442ヘルツの高めに設定することもある(わたしには区別がつかないが)。

何十年ぶりかでギターを再開した際に、音叉を楽器店に買いに行った。今どき珍しいですね、と言われた。かつてチューニングメーターはあるにはあったが、台座式の大きめのやつで他の音にも反応して使いにくかった。音叉と耳を鍛えることが一番だと思っていたので、迷いなく音叉を買ったが、音程が合わなくて四苦八苦。耳はすっかり衰えていた。

ギターのヘッドの先にクリップで挟むと、そのギターだけの音を拾うということを知って、早速ネットで買い求めた。楽チンだ。目盛りに合わせるだけでよい。音が見える化されてるなんて、ステキだと思った。精度の問題もあり、この3年弱で3台目を遍歴して使っている。

6弦はミ(E)、第5弦ラ(A)、4弦レ(D)、3弦ソ(G)、2弦シ(B)、1弦ミ(E)と順番にペグ(糸巻き)を回して、はい終わり。ただし便利さにかまけて頼りきりになると、電池が切れたり壊れたら手も足も出ないことになる。耳は鍛えよう。チューニングメーターには微妙な狂いがあるものだから、第5弦のラ(A)を音叉やピアノに合わせることにも慣れておかなくてはね。
この道はいつか来た道行き帰り [2021年01月24日(Sun)]

fumihouse-2021-01-24T15_01_49-1-thumbnail2.jpgこの道は来た道、同じ道・・・でも道に迷いそうになったことありませんか。行き慣れた道であれば全く問題はありません。初めての道でも、目印が明快であれば迷うことはないでしょう。

往復するということは、角度が180°反対になるわけで、景色は様変わりします。曲がるべき角を曲がらない。似た建物に惑わされて違う筋に入り込むのはありそうなこと。まして霧が出たり雪が積もっていたりすれば分かっていたつもりでも光景は激変します。

山で遭難するケースは疲れのせいもありますが、180°反対になることで分岐を誤ったり、一本道でも環境が変わると正しい道を見失うことが原因です。

ヘンゼルとグレーテルは森の奥に連れられた時、光る白い石を道しるべにして家にたどり着いきました。二度目はパンの切れ端を落としましたが鳥に食べられて万事休す、帰宅はかないません。現代はGPSがあります。最後は地図アプリに頼るとしても、目印を頭に入れておくのが簡単でいいでしょう。

迷子になる心配は置くとしても、往路と復路を眺める際には違う視点で楽しむことができます。箱根駅伝だって二日目の復路は、さぞや違う景色となることでしょう。

(この道はいつか来た道。今年もバレンタイン商戦が始まった)
雪中の四人の友と春を待つ [2021年01月23日(Sat)]

fumihouse-2021-01-23T16_48_50-1-thumbnail2.jpg雪中の四友(せっちゅうのしゆう)。水仙にはお目にかかっていないが、海岸端にはたくさん咲いていることだろう。下を向いてナルシシズムに浸る花。

山茶花は晩秋からずっと咲き乱れる。多く見かけるのは赤色。ずっとそこにあるので、馴染んでしまって新鮮味がない。この厳冬にいくぶん元気がない花。

今年に入ってから職場の庭に白梅が咲いた。近寄っても香りは感じない。寒くなり過ぎて匂いが出てこないのか。そもそも花がまばらで香りの量が少ないのか。厳寒期に咲く、ひと足早い春を感じさせる花。

わが家の蝋梅。芳しい香りで幸せを感じさせて、蝋細工のように鈍く光って咲いている。何度も雪をかぶったせいだろうか。シャキシャキした風合いがなくなった花。

雪中の四友が、文字どおり雪にまみれるこの冬。もうすぐ立春。早いとこ、春の訪れを感じさせてくれ。
正月が終わると忽然豆となる [2021年01月22日(Fri)]

fumihouse-2021-01-22T06_47_36-1-thumbnail2.jpg節分が近い。炒り豆の季節がやってきた。なぜ炒った豆なのか。生の大豆では食べられないから、ではなくて「射る」から。何を射るのか。「魔」である。魔の目を魔滅させる。だから語呂合わせで豆を撒いて食べる。そして「マメ」になる。

わたしは炒り豆が大好きだ。おやつに食べて、食後のもの足りないときに食べて、茶を飲んでコーヒーも一緒に。なかでもナンメの豆が好きだ。南目製粉は創業から200年以上という松江の老舗であり、この時季がくると国産100%の「ナンメのいり大豆」がスーパーに出回る。先週200g入りを買い込んだ(実は12袋も)。

ナンメの豆は硬いので、歯の悪い人には勧められない。一般の節分豆は食べやすく、おそらく圧力をかけて柔らかくしてある。それも悪くはないが、ナンメの豆は噛めば噛むほど味が出て香ばしく美味しい。食べ出すと止められない。至福の時を楽しんでいる。
ホワイトにブルーと濃紺出発だ [2021年01月21日(Thu)]

fumihouse-2021-01-21T20_25_24-1-thumbnail2.jpgホワイトシャツにブルーのタイを絞め、濃紺のスーツ、濃紺のコートに身を固める。ジル婦人は品のいいブルーのワンピースとコートに身を包んでいる。赤いカーペットを踏みしめて歓呼に応える姿は若々しい。ホワイトハウスと空の青に映えて美しい光景だ。ハリス副大統領まで青紫の服で民主党カラーに染めている。

私に投票しなかった人のためにも職務を全うする、アメリカに生じた分断を解消する、と決意を述べたジョー・バイデン新大統領。前の大統領(名前は忘れた)が作り出した分断と秩序破壊。嘘八百をならべたてて、敵とみなした者を徹底攻撃する。あの男が退場したからといって元の鞘には戻らない。半数近くの国民が支持したのだから。アメリカ第一主義は甘い蜜の味。

それでも米国の結束に向けて明快なメッセージは出した。早々と温暖化対策のパリ協定やWHOに復帰した。連邦政府内でのマスクの着用を義務づけたり、イスラム教国からの入国制限を止める大統領令を発した。新大統領の船出が順当なものとなりますように。
アメリカが認める庭園島根あり [2021年01月20日(Wed)]

fumihouse-2021-01-20T19_49_51-1-thumbnail2.jpgアメリカの日本庭園専門誌の2020年ランキングで足立美術館が堂々の一位に輝いた。18年連続の快挙である。日本庭園の質や調和、ホスピタリティなどの観点から選考される。いつもながら島根県の庭園は質が高い。50位のうちに7庭園がランクインしている。

3位/皆美館(松江)、25位/由志園(松江)、26位/長楽園(松江)、27位/康国寺(出雲)、42位/佳翠苑皆美(松江)、44位/さぎの湯荘(安来)

どうぞ島根においでください。新コロナを引き連れて来られるのは困るが、温泉宿泊で楽しんでいってくださいな。幸い島根は、新コロナによる死者は希有なことにゼロ。安心してご賞味あれ。
ワセリンとヴァセリンの違い知ってるかい [2021年01月19日(Tue)]

fumihouse-2021-01-19T22_12_11-1-thumbnail2.jpg近頃、ワセリンを使っている。効能書きに、自然由来で肌に優しいとあり違和感があった。ワセリンは石油製品。化石燃料たる石油は大昔に生物だったから、自然由来と言えるのかもしれないが、鉱物であるからして体に優しくない印象をもつ。天然成分は体に優しく、人工物や鉱物は良くないというステレオタイプがある。トリカブトや毒キノコ、フグ毒。これらが人体に優しいと言えようか。アレルギー反応を起こす物も多い。

白色ワセリンは石油から抽出された油脂の純度を高めて出来ている。無香料で保湿効果が高い。肌の乾燥を改善するらしい。使ったことがなかったが、先日使いだした。ずっとハンドクリームを使っていたが、手を洗うたびに落ちる。何度も何度も塗らなくてはならない。しかもなかなかの香りだ。ワセリンは保湿ガードで肌を守ってくれるので、一度の手洗いでは潤いが落ちきらないし匂いもない。

わたしは乾燥肌である。しかもギターの弦を繰り返し押さえ弾くうちに、荒れ気味だ。ハンドクリームは諦めて白色ワセリンを使ってみたら、実にいい。アメリカのヴァセリン・ブランドが出来てから150年たつそうだ。もう少し、ワセリンの効能を体験してみたい。

(何事も加減が大事。珈琲だって飲み過ぎると体に悪そうだ)
あいうえおあかさたなはまやらわんわ [2021年01月18日(Mon)]

fumihouse-2021-01-18T22_15_01-1-thumbnail2.jpgあーあ、あいうえお
 かっか、かきくけこ
  さっさ、さしすせそ
たらたら、たちつてと
 なになに、なにぬねの
  はっは、はひふへほ
まあまあ、まみむめも
 やあやあ、やいゆえよ
  らんらん、らりるれろ
わくわく、わゐうゑヲ
 ん?

(きょうはきのうに続き、雪の散らつく寒い日だ、と思っていたが、昼下がりから7、8センチの積雪に見舞われた)
異常かな検査検査で年が明け [2021年01月17日(Sun)]

fumihouse-2021-01-17T08_47_53-1-thumbnail2.jpg毎日何万人もの人がPCR検査を受ける。鼻の奥から長い綿棒で検体を採る。増幅させてCOVID-19が検出されるや否や。精度は約70%程度だとか。残りの3割は陽性が出ても実は陰性で、反対に陰性でも罹患しているという結果になる。陰性の場合でも、しばらくは様子見が必要だ。

大がかりな検査機器を要しない抗原検査というのがある。ウイルスの抗体を用いて抗原(ウイルスが持つ特有のタンパク質)を検出する簡易検査。検体として多めに唾を取る。精度はPCR検査より劣るが、2時間ほどで結果が出る。

抗体検査もある。ウイルスに感染すると血液中に抗体ができる。抗体の有無を調べて過去の感染を知る。今ウイルスに感染中か否かは明確でない。ワクチンを打ったことで抗体ができた場合にも陽性となる。

先日まで、簡易検査とは、抗体の有無を調べる検査だと誤解していたので、備忘録として記す。
人生に出来ることならやれるはず [2021年01月16日(Sat)]

fumihouse-2021-01-16T11_33_50-1-thumbnail2.jpg文豪ゲーテは、人生には二種類しかないと言っている。

 できるけれどもしない。
 したいけれどもできない。

ゲーテに背中を押されて、出来ることをやりきって、きょうもがんばろう。まずは着手すること。さすれば、弾みがついてトントン拍子に、ことは運ぶはず。

(牡丹の花を初めて見た人にとっては未知のもの。黄色い花粉が毒を含んでいやしないかと勘ぐるかもしれない。まずはじっくり、たっぷり眺めてみることだ)
直会を心置きなくする時よ [2021年01月15日(Fri)]

fumihouse-2021-01-15T19_29_53-1-thumbnail2.jpg直会(なおらい)とは、本来祭事が終わってのち、神前に供えた酒や肴を下げて参列者がやる宴のことであるが、出雲地方では行事のあとの打ち上げも直会ということが多い。

直会が懐かしい。すっかり疎遠となった。去年の2月からやっていない。宴会をすれば酒が入って声が大きくなって唾の飛沫が飛ぶ。人数が多いと遠い人にも聞こえるように声音は高まる。目に見えないウイルスを持った人にそれをやられたら、一座は累卵の危うきにある。

直会は、祭りが終わってもとの生活に戻るきっかけにもなる行事である。早くコロナ禍に怯えるときが過ぎて、思うがままに直会がしたいなあ。
人生は楽だ楽しい追い求め [2021年01月14日(Thu)]

fumihouse-2021-01-14T13_16_53-1-thumbnail2.jpg【楽】の字を見ていたら、ふーんと思った。「楽しい」と「らく」が同居しているんだな。どんぐりをつけた楽器の象形から、音楽を意味する「楽」が成り立ち、派生して「たのしい」の意味も表すようになったそうだ。

楽しいときは、思ったとおりに物事が動いて心地よい状態だ。順調に事が進み、満足感があり、楽しくないわけがない。いつまでも続いてほしいと感じるものだ。面倒なことに着手せず、好きなことに執着し過ぎると危険水域に入るが、再開することを待ち望みつつも、やるべきことをやり切っておくと、心置きなく好きに没入できる。

なにごとも楽にできるのがいい。簡単がいい。気持ちがいいし、体にも負担が少ない。金も困らない程度にあったほうがもちろん楽だ。心身の不調が治まると誰でも落ち着き、楽になる。

音楽を奏でる「楽」は、音を出す道具を使って、組み合わせた音を通して人の心を動かすことを意味する。他人を感動させるためには、自ら新鮮な気持ちで演奏することが大切だ。そのためにも日々技量を高める努力を怠ってはならない。それもまた、楽しい。

ともあれ、人類の歴史は「楽」や「楽しい」を追い求めたことに尽きると思う。負の遺産も残すが、歴史は「楽」を原動力にして発展してきたことは間違いない。

(大根島の牡丹の花を観賞するのも楽しい)
ふっくらと福来雀が跳び行かむ [2021年01月13日(Wed)]

fumihouse-2021-01-13T13_11_42-1-thumbnail2.jpgふくら雀が雪の上を跳ねている。寒い冬なのに丸々太っているかと思いきや、さにあらず。膨らんでいるから、ふくら雀。寒さ対策なのだそうだ。全身の羽毛をふくらませて空気の層で体を暖める。

女性には常識のようだが、わたしは知らなかった帯の結び方、ふくら雀。袋帯で両側に角を出し二枚扇にした結んだもの。振り袖に使う若い女性向けの帯結びだそうだ。

縁起の良さから福良雀とか、福来雀と字を当てることもある。雀は稲が熟した頃に米を食い荒らす害鳥だが、害虫を食べるので益鳥でもある。さらに厄をついばむとも言われる。

雪に乗る雀をよく見ると、ボサボサした膨らみが寝癖のようで可愛らしい。顔の中でも真ん中下に目があり、赤ちゃんのような童顔がまた可愛い。食べ物が乏しい冬季。彼らも必死に生き延びようとしている。可愛らしいのは人間から見ての話でしかない。

(ふくら雀の姿は凍った池にも見えた)
マンネリか賀状交換生きてるしるし [2021年01月12日(Tue)]

fumihouse-2021-01-12T19_33_12-1-thumbnail2.jpg年末のことだが、こんなメールをくださった方がいる。

≪人生の区切りが来た時に、「これで年賀状から足を洗います」という、
 お終いの年賀状をいただくことが多くなりました。
 どうしてそうするんだろうと考えてしまいます。
 人生の区切りが来た時、これから年賀状を大切にします。だと思うんです。
 ぼくはそんな気持ちで年賀状を書きます。
 これから、年賀状が届くってことは、生きてるぞ〜とのお知らせなんです≫

わたしも、お仕舞い年賀を毎年何通か受け取るが、わたしも出し続けたいと思う。忙しくてもスケジュールを空けて、その人とやりたいことをやり、語り合いたい。そんな機会を作るためにも年賀状を出す。

いろんな年賀状がある。印刷の文字だけで味気ないものがある。慣習的に義理で出された賀状もあって、来年は交換無用かと思うこともあったが、それはそれでよし、と今は思う。遅れてきた賀状ほど意外と生活のあれこれが書いてあって嬉しく思うときもある。これからも年賀状を出そう。

(宍道湖の湖面の先には何がある。ひとがいる。今は知己がなくても、いずれ睦みあう人だっている)
音楽は心の健康つま弾いて [2021年01月11日(Mon)]

fumihouse-2021-01-11T10_48_51-1-thumbnail2.jpgギタリストの浜野茂樹氏が、メルマガでこう述べられている。

≪世の中を見るとコロナの影響は/まだまだ引きずりそうですが/マスクや手洗いなど必要な対処は行いながら、/出来ることを見極めて行動することも/大事じゃないかなと思っています。
 もちろん妙な油断や無茶はいけませんが/萎縮しすぎると免疫力も落ちそうですからね。
 音楽は心の健康に役立つものですし、/幸いクラシックギターの演奏スタイルって/感染拡大に繋がる要素は少ないはずです。
 ですので、今年もより一層/ギターや音楽を楽しんでいきましょう^^ ≫

今日は成人の日(軒並み中止のところが多いが)で、三連休の最終日。もちろん出勤される方も多いが、わたしは急ぎの外出はない。寒さも少しだけ緩んでいる。

雪は昨日掻いたし(これから降っても掻くほどの積雪はないであろう)、午後には遠くの友人たちとオンライン新年会を予定している。それまでギターの練習にいそしむことにしようかね。

(いまの太陽。太陽が元気になってくれなくては困る)
巣籠もりで歌舞伎の黒衣感じけり [2021年01月10日(Sun)]

fumihouse-2021-01-10T11_42_09-1-thumbnail2.jpg雪で巣籠もり中。1年あまり前に上演された新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』を録画で観た。ナウシカは尾上菊之助が演ずる。たくさん登場している黒子が面白い(正しくは黒衣と書いてクロゴと読む。黒子はホクロのこと)。

演技や舞台進行を助け、多くがベール付きの黒頭巾など黒づくめの衣装を身に付けることから黒衣。「見えない」「そこに居ないことになっている」という約束事のもとに舞台を動き回る。

意味が転じて、表には名を出さないで裏方に徹する人を意味するようになった。さらに、黒幕やフィクサーといった闇の要素も入った言葉になった。

行事や会議の進行中に、会の主催者が場内のカーテン開閉をしたり、次の場面の準備やカメラ撮影を行うことがある。その際、静かな会場に気後れしたためか、腰を屈め、手刀を切るようにして会場内を横切る人がいる。目立たないようにしているつもりだろうが、反対にこれが実によく目立つ。黒衣を着ていなくても会議関係者は黒衣なのだ。堂々とすたすたと歩こうではないか。黒衣の美学と言えるかもしれない。

(昨夜から積もった新雪は10センチほど。各地で大雪の被害が出ている。このくらいにしてくれんかね)
クソッタレ気持ちなだめてキーボード [2021年01月09日(Sat)]

fumihouse-2021-01-09T11_01_24-1-thumbnail2.jpg某友人曰く。

 くそー。
 忙しい時に限って、パソコンがおかしい!

そうそう、そんなものだ。急いでる! 早く起動して! なにグズグズしてる?! さっさとしてよ! 入力するうちにフリーズしたよ? どうなってんだよ! イライラさせんな・・・。気持ちはよーく分かるよ。

情報機器を使うときに、悔しいことがある。パソコンのソフト、スマホのアプリの使い方を忘れるのが一つ。一度使ったにもかかわらず忘れることの悔しさ。またマニュアルをみて作業するのは面倒くさい。

二つ目はデータが消える悔しさ。数十分、場合によっては何時間もの努力が水の泡。作業途中で保存しておかなかったのが悪いのだが、気を取り直して作業を再開すれば記憶も新しく復活の目はある。が、労力が惜しい。その時間があったなら別なことが出来たのに。残念だ。5分おきに再保存することにしている。

カッカせずに、まっ再起動してみるなりなんなり、再びキーボードかタッチパネルに向かおうかね。友よ (^o^)/
書くことと弾くこと似たり疲れるな [2021年01月08日(Fri)]

fumihouse-2021-01-08T07_25_34-1-thumbnail2.jpg年の瀬29日に年賀状を投函した。文面を作って印刷し、喪中など送らない人を除いて宛名を印刷(ここまで2日かかった)。相手を思い浮かべながら、ひと言書いて投函(これにも半日)。

ひと言書きながら思った。太いボールペンが楽だ。軽く握る。筆圧も軽く、ペンが滑るにまかせる。つい力を込めてしまうと、親指の爪が人差し指の腹に食い込んで痛い(ギタリストの爪は長いのだ)。改めて力を抜いて書き進める。理にかなった動作で筆記すると疲れない。楽だ。

ギターの演奏も同じだと改めて思う。思うように左手で押さえられない、音がビビる、指が広がらない・・力が入る。思いとは裏腹に音は悪くなる。思いきって脱力してフワッと弦を押さえると上手くいく。安定してできるよう幾度も繰り返すが、そもそも指先の皮がカチコチに硬くなるようではダメなのだ。

右手は速いパッセージだと力が入る。フォルテで大きく弾こうとしてもガチガチになる。右腕が疲れる。肩や首が凝る(近頃ましになったのは力が抜けてきた証拠)。小鳥をフワッと包むような感じを忘れないようにすると、伸びのあるいい音が響く。でも気がつくと力に支配されている。肩を上げ下げして脱力する。爪が長すぎても短すぎても加減で力が入る。

理にかなった動作とは言うが、足台に左足を置いてギターのくびれを乗せる。左手は上に、右手はくびれに乗せて下に。左右のバランスに欠けるこんな格好で疲れないわけはない。適度な休憩が必要である。そして左手と右手が一対になって柔らかく弾けるようになれば、名演奏は間違いない。もちろん永遠と思えるほど先は長い。

(軽やかに軽やかに、カスミ草のように軽やかに書いて、つま弾く)
屑と葛捨てる物でも口に入れ [2021年01月07日(Thu)]

fumihouse-2021-01-07T20_12_27-1-thumbnail2.jpg人間の屑という表現がある。使い方によっては人権上問題があるが、この場合は正当だと思う。

トランプ米大統領は人間のクズである。狂信的な支持者を煽動させて連邦議会議事堂の周囲を取り囲ませた。そして連中は侵入して議事をぶち壊し占拠した。馬鹿げたを通り越して人間のクズだ。

バイデン氏の大統領当選を正式に認定する手続き(あくまで形式上)が行われていた連邦議会への殴り込み。ほとんど暴動である。さすがに共和党政権にも良識はあるようで、ペンス副大統領など政権閣僚は法に基づいた大統領の即時免職について協議したという。

ああ、なんか葛餅が食べたくなってきた。トランプさんも甘い物でも食べて気を落ち着かせてくれないだろうか。
三国志おちゃらけさいさい大昔 [2021年01月06日(Wed)]

fumihouse-2021-01-06T22_32_08-1-thumbnail2.jpg映画「おちゃらけ・三國志」を12月半ばに楽しんだ。いや違った。『新解釈・三國志』だった。

べらんめえ調でギャグ満載、史実には沿っていたものの、おちゃらけた映画に怒った歴史ファンも多かっただろう。わたしはというと、前半はケラケラ笑ってはいたが、後半は飽きて眠る時間もあった。主演大泉洋(劉備玄徳役)のおちゃらけのアクが強すぎたせいだろうか。それとも義兄弟の関羽、張飛に魅力がなかったせいだろうか。桃園の誓いから赤壁の戦いまでをなぞる必要があってか、エピソードが中途半端だったからだろうか。

新解釈ではない。遊びまくるお楽しみ映画。これもこれでよい。映画はエンターテイメントなのだから。橋本環奈演ずる諸葛孔明(ムロツヨシ)の妻が面白い。孔明は叡智に優れてはいない。ハッタリは効かせても知恵はない。全ては妻の智謀を元に演じただけだと。そんなウソっぱちに、大いに笑えた映画であった。

江南随一の美女小喬が山本美月かぁ。彼女も美人だがイメージが違うなぁ。群雄から抜け出た董卓(佐藤次朗)を腑抜けにする美女貂蟬を渡辺直美が演じた。ダンスが楽しい。あの腰の動きすごいなぁ。などと、映画の楽しみ方はいろいろあるもんだ。

(この斑入り(ふいり)のツワブキがいい。黄色い太陽を透けて見せてくれるように輝いている。三國志とは何の関係もない)
広げたし知恵の地平が開けゆく [2021年01月05日(Tue)]

fumihouse-2021-01-05T06_55_21-1-thumbnail2.jpg朝日新聞の元旦号広告が目を引いた。名探偵コナンが虫メガネで足跡を探るイラストが大きい。

≪宇宙の秘密。大昔のこと。いのちの謎。
 解き明かしたいなら、
 本の中へ、探求に出かけよう。
 世界はいつも、大きな難事件だ。
 “知りたい” 想いがある人にだけ、
 世界は、そっと、
 真相を打ち明けてくれるよ。≫

そして最後に、小学館はこう訴える。
≪世界を探求したいなら、本を読もう。≫

本に書いてあることを鵜呑みにするのは危ういと、私は思う。自分の頭で考えつつも本や映像、画像を補助的に使うことが大切だ。だが、本や文章を読まないことには知の地平が広がらない。本を読もう。今年は読もう。短時間でも集中して読もう。

(元旦の空は広かった。知の地平も広げたい)
限定し集中的に対策を [2021年01月04日(Mon)]

fumihouse-2021-01-04T19_21_14-1-thumbnail2.jpg菅総理大臣は今朝の記者会見で、1都3県で感染が大きく広がる状況から緊急事態宣言を、限定的に集中的に行うことが効果的だと述べた。「限定的・集中的」、どこかで似たようなフレーズを聞いたなぁ。

「総合的・俯瞰的」である。総合的に判断するという言い回しはよく使われるが、高い見地から見下ろすという意味の俯瞰をつけて煙に巻こうとした。些事なことや偏見にとらわれず広い観点に立って「大局を見通す」とか、「大所高所から見る」とも言い換えることができるが、傲岸な上から目線の表現である。官僚の作文には「概ね(おおむね)」がよく使われるが、言葉を曖昧にして逃げを打つズルさあるが、総合的・俯瞰的ほど胡散くさくない。

総理はよほど、○○的を二つ三つ重ねると箔がつくと考える人のようだ。別に菅さんに限ったことではない。わたしだってその傾向がある。

(記者会見の内容を読むと、過ぎたクリスマスデコレーションを思い浮かべてしまう)
感染の世界にするまい生き延びよ [2021年01月03日(Sun)]

fumihouse-2021-01-03T10_33_40-1-thumbnail2.jpg元旦恒例の映画は、韓国の『新感染半島 ファイナル・ステージ』。あたりまえとは何だろうと考えた。「地獄から抜け出してやりたい」と、孫を救った祖父が死に際言った。一方で孫は、家族と一緒なのが一番、自分にとってこの世界は悪くない、と言った。穏やかで進歩を続けるあたりまえの世界に暮らした祖父と母。孫はゾンビによって無政府状態となった世界しか知らない。これがあたりまえ。闘争と怯えとが常態化した戦乱の世に、子どもたちを置いてはいけないという強い反戦思想も感じたところだ。

うーうー唸りながら人間の血肉を狂暴に貪り喰らい、超人的に(もう人間ではないが)走り飛び回るゾンビ。ウイルスが感染するとすぐに化け、銃で頭を撃たれてやっと死ぬ。いまのゾンビ像ができたのは半世紀前だそうだが、ヒトでないから残虐に殺しても問題はない。悪を成敗する爽快感を感じられる。

カーチェイスの迫力に体が硬くなった。終演後に指がガチガチになっていた。銃の乱射に加えて、女の子と母までカーアクションの主人公となり、ゾンビをなぎ倒し、撃ち殺すシーンはバイオレンス映画そのものだ。一方で母の情愛、肉親への愛、後悔の念にフラッシュバックするジョンソク・・・。人間ドラマもよく描いている。

主演のカン・ドンウォン(ジョンソク役)は伊藤健太郎に似たイケメンだ。伊藤はひき逃げ事故でもって謹慎中だが、このくらいのアクションはやってのけそうな気がする。復帰の芽はないものだろうか。

半島ごとロックダウンされた韓国(北朝鮮はセーフの模様)。物語のはじめの香港で半島から来たことが飲み屋で知られたときの差別。今も各地で卑劣な書き込みや遠巻きに避け嫌う差別の構造と同じである。

新コロナのCOVID-19ウイルスは感染拡大を続け、首都圏の知事が緊急事態宣言の再発動を求めるほど医療が危惧される。今までも大丈夫だったからこれからも、と考えがちな正常化バイアスを振り払っておかないと、将来もっと恐ろしいウイルスが発生したときが危ぶまれる。ゾンビは空想でかつ目に見えるが、真正のウイルスは見えない。見えない敵ほど恐ろしいものはない。

(ゾンビみたいに劣悪な環境では過ごしたくない。ぬくぬくと温かい衣服に包まれたい)
天晴れと往路優勝快走す [2021年01月02日(Sat)]

fumihouse-2021-01-02T14_11_19-1-thumbnail2.jpgサッポロビールは箱根駅伝のコマーシャルでこう述べた。

  大きな声で、エールを送りたくなる
  その言葉を、心に

祝杯というわけにはいかないが、母校創価大学が往路優勝。おめでとう! あわよくば3位を狙いたいというレベルだったが、駅伝部員の大活躍が嬉しい。

一区は空気を読むペースでつまらないレースだった。みんなで手を繋いで二区に襷を渡すつもりだろうかといぶかしんだが、二区からはデッドヒートが続き興味が尽きなかった。

創大の全選手がこの一年間の伸び代が素晴らしかったと聞く。明日は単独先頭で走る新鮮な喜びを噛み締めてほしい。他大学がぐんぐん追い上げてくるが、月に1000キロの走りを自主的に課してきたという選手たち。負けじ魂で襷を繋いでいってほしい。

(創大の諸君には甘いものを食べてゆっくりしてほしいが、走り終わった選手も明日の闘いがある)
元朝に改め決意の年始め [2021年01月01日(Fri)]

fumihouse-2021-01-01T20_57_51-1-thumbnail2.jpg2021年元旦。直接新年の挨拶をしたのは同居家族のみであるが、何人かとはSNSとメールで明けましておめでとうと交わした。一年の計は元旦にあり、決意に満ちたスタートとする。

なんとなく清澄な空気。どことなく厳かな気配。空まで荘厳なムード。感じたことのない荘重な雰囲気・・・・そんなこたぁない。変哲もないただの朝。単に冷たい冬の空気。改まったのは人間の精神活動にある。粛々と新年を寿ぐのは人にしかできない高尚な技。

私も含め皆さまの令和3年2021年が、新コロナの収束も含め活気に富んだステキな一年でありますように。

(元朝の食事は餅に岩海苔をのせた出雲の雑煮)