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雪面をサクッと歩け子供の心 [2020年12月31日(Thu)]

fumihouse-2020-12-31T13_52_25-1-thumbnail2.jpgサクッサク、と音がして雪面を歩きます。降ったばかりの新雪は気持ちがよい。長靴を通して雪が摩擦する感触を楽しみました。クルマの轍近くだと硬めになってザクッかな。ところによっては、キュッキュとしたり、ズクッズク。30センチを超えると異世界となり生活に支障が生じますが、我が家の積雪20センチ程度なら雪景色を楽しんで余裕です。

朝からBSチャンネルが見られなくなりました。パラボラアンテナが雪で塞がれたからです。屋根に出るのは危ないので雪玉をぶつけました。その距離5mほど。40個くらい投げたでしょうか。半分も当たりませんが、何とか雪を落とすことができました。テレビ復活です。

昨夕からしんしんと降り積もり、軽めの雪だったのでどこまで積もるか不安もありましたが、この程度ですんでよかった。雪国では雪かきに汗を流す人が多いことでしょう。どうぞお気をつけて!

元旦にかけてさらに降る予報も出ています。読者の皆さま、どうぞご自愛くださいね。良い年をお迎えください。
年の暮れ寒波襲来ときを待つ [2020年12月30日(Wed)]

fumihouse-2020-12-30T08_43_26-1-thumbnail2.jpg今夜から二度目の雪景色となりそうだ。今は暖かいが午後から大寒波襲来。大晦日の朝寒くて目が覚めるのかもしれない。雪明かりで真っ暗な中にも白んだ朝を迎えることになりそうだ。

年始の客は来ない。年始に行くこともない。映画館で恒例の元旦映画を観る程度になることだろう(大雪となれば外出不能)。そしてテレビ漬け、ギター漬け、少し読書と少し家事の年始となることだろう。

ともあれ先々週の大雪では、雪国の人ですら困ったどか雪が降った。今回は少しは穏やかに降ってほしいと思いつつ、予報は数年に一度の大寒気。ドカンと降られると身動きすらままならない。

今年も残すところあと2日。コロナ禍も交えて意義ある年が過ぎた、と大晦日の夜を迎えたい。

(きのうまでの空。風ひとつない穏やかさ。昨夜から雨。やがて雪)
暮れていくあと三日で新年か [2020年12月29日(Tue)]

fumihouse-2020-12-29T10_24_06-1-thumbnail2.jpg2020年が暮れる。新コロナとともに暮れていく。緊急事態宣言が出たころ、いま思えばチョロかった。感染数の記録更新が続き、事態は抜き差しならない状況にある。飲んで食って騒いで、という危機意識のない行動で感染する人が多いようだ。まだまだ他人事なのだ。幅広い業種で休業する。繁華街や駅に人の姿が減る静かな正月がやってくる。

マスクを着けて人との距離をとる。新しい生活様式は浸透した。在宅勤務も当たり前となり3密を回避する。GoToトラベルは停止された。パンデミックはどこまで続くのか。ワクチンが出回るまでに時間はかかる。

東京五輪とパラリンピックが延期された。観客を入れて開催できるや否や。1年は大きい。代表を辞退し引退を決めた選手もいる。新コロナの影響は超弩級に計り知れない。高校野球の甲子園が春夏ともに中止となったのは残念である。高校総体も軒並み中止、プロスポーツ界も同様で、無観客で燃えられない試合も多かったことだろう。

菅首相はたたき上げということで発足当初は人気があったが、籠りがちな性格か、国民に訴えかけようとはせず、学術会議の任命拒否問題もあって淵なし沼のような暗い印象を持たれる。新コロナ対策ではGoToキャンペーンの取り扱いをめぐって非難が絶えない。

学校関係はオンライン授業が盛んになった。目の前に生徒が先生がいない、隔靴掻痒の思いをもつ人が多かろう。式典類は中止もしくは縮小し、修学旅行や運動会も大変動となった。

九州の記録的豪雨では多くの犠牲が出た。短時間に記録にない激しい雨が降る。気象変動の問題は喫緊の解決すべき課題となった。避難所の運営では感染防止に関係者は忙殺され、これものっぴきならない課題だ。

米大統領にバイデンが確定したが、これも新コロナ対策を軽視したトランプに反発した動きか。感染防止のために多くが郵便投票を利用したが、大規模な不正があったと空砲をぶちかましたトランプの往生際が悪過ぎる。黒人差別の解消を訴えた社会運動の広まりにもトランプは反したし、核兵器禁止条約など歯牙にもかけないのさ。日本政府の冷ややかな対応も併せて不満を感じる。

藤井聡太七段が棋聖と王位の二冠を獲得したのは、良い話題だった。これも外出自粛の中で静かに自分の将棋を振り返ったことが奏功したようだ。はやぶさ2から小惑星の砂が帰還したのも喜ばしかった。

映画『鬼滅の刃』日本での映画史上最高の興業収入を挙げ、漫画も完結して出版業界を盛り上げる。関連グッズの販売も好調だ(私もボトルガムを買った)。新コロナの巣籠もり需要と言えようか。

レジ袋が有料化されて、我が家のごみ捨て袋が不足して少し困り気味であることも付け加えておこう。
静けさを楽しむ正月稀なこと [2020年12月28日(Mon)]

fumihouse-2020-12-28T12_03_14-1-thumbnail2.jpg内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室が(長い組織名!)、新型コロナウイルス感染症対策分科会(これも長い)の提言を紹介する形で、官公庁の職員向けに年末年始における忘年会・新年会・帰省等の留意事項を通知した。云く。

≪我々の社会は新型コロナウイルス感染症が流行してから初めての冬を迎えることになります。
 年末年始は我々の社会にとって特別な時期です。特に、半年以上、つらい思いをされてきた多くの皆さんは、年末年始こそは、お酒を酌み交わし、親族や親しい友人たちと旧交を温めたいと考えていると思います。≫

まさにそのとおりだ。しかし年末年始の大交流によって感染はさらに拡大する。医療も物流も通常業務の継続にも黄信号赤信号が点る。通知は冒頭で、各行政組織においては職員が≪年末年始を静かに過ごすための工夫を徹底するようお願いします≫と訴えている。

ヨーロッパ由来の変異種も入ってきた。明日から正月休み。たった六日間ではあるが、静かな生活が始まる。

(双葉柄の服でお洒落して宴会しましょうか? いやいやとんでもない)
手紙書き最後にサイン花押かな [2020年12月27日(Sun)]

fumihouse-2020-12-27T12_35_19-1-thumbnail2.jpg大河ドラマ『麒麟がくる』で足利将軍義昭が書状を認めていた。信長を討つため武田信玄と通じたのである。書状の最後に花押を書いた。

花押とは文書の名前とともに書く署名であるが、のちには印章が主になった。漢字を合体したり、草木や動物を図案化したものがある。手紙の主が確かに当人ですよ、という一種の証明である。いまで言えば暗証番号のようなものだ。

本人が書いたとはいえ、書くたびに微妙に形は変わる。上手に書けば書状の偽造はたやすい。伊達政宗の鶺鴒(せきれい)が有名である。政宗は鶺鴒の目に針を刺して目を作った。一揆を裏で操っていたのではないかと秀吉に疑われたのを、目がないことを証明して疑いを解いた。花押、古き時代の残映である。

(花押ではない。障子紙を透かして見ただけ)
事業者と業者の違い天と地と [2020年12月26日(Sat)]

fumihouse-2020-12-26T16_55_02-1-thumbnail2.jpg「業者」と呼ばれること。特に中小企業者に多いと思う(そもそも大企業は業者と言われない)。この言葉は事業者を不快にさせる。特に公務員は取引のある中小民間企業のことを業者と呼ぶ。

民間企業は下請の企業を業者とは呼ばない。取引先とか協力会社と言うところからして、公務員は事業者を対等の関係とはみていない。

対等ではないことを知ってか知らずか、丁寧に「業者さん」と呼ぶ者は多い。だが本質は変わっていない。差別的な表現だとわたしは思う。

民間事業者を「業者」と呼ぶ団体が別にある。NHKである。ニュースで報じる際に、宅配業者、食品業者、製造業者・・・とアナウンサーは原稿を読む。ただし放送業界のことは業者とは報じない。放送事業者である。自分たちはあくまでも事業者なのだ。

公務員、あるいは公務的職場の職員は、一担当者であっても、予算の執行権を持ち、民間事業者がへりくだってくる。少々ムリな注文もイヤな顔をせずに聞いてくれる。一見気持ちのよいことではあるが、公務員を傲慢にしていく。心していかなければならない。
霜に焼け体下から痒みくる [2020年12月25日(Fri)]

fumihouse-2020-12-25T19_11_23-1-thumbnail2.jpg「しもやけ」になると、手や足の指が血行障害となり、膨れて硬く痒くなる。耳たぶもまれにかかる。漢字で「霜焼け」とは風流なネーミングである。先日の寒波が来たときにかかった。足の第二、第三、第四、第五指の上部と指間がむずがゆい。マッサージすると痛いが、血行が改善されて多少ましになる。

入浴時に温水と冷水に交互につけてマッサージするといいのだが、つい忘れるし、だいたい寒いこの時季に湯船から上がりたくない。そこでテレビながらで、その箇所を揉んでマッサージする。それが効いたのか、ひどくはなっていない。皮膚科に行くと、ビタミンEの配合された内服薬や軟膏を処方されるようだが、医者に診てもらったことはない。

暖まるとジンジンする。足を挙げたり揉んだりすると血が通って痛くて熱い。もちろん痒みは強まる。それでも明日のことを考えてマッサージする日々である。

(もやもやと痒い、熱い、膨らんでいる)
並んだら電子決済できなくて [2020年12月24日(Thu)]

fumihouse-2020-12-24T15_57_10-1-thumbnail2.jpgスーパーのレジに並んだ。買うのは電池とチョコの2点。10点以下&電子決済はこちらに、と誘導してあるレジには二人の客が待っている。このレジはいつも速く終わるので、電子決済のスマホ画面を用意して待つ。

なかなか進まない。よく見ると二人ともカゴにてんこ盛りの商品。しかも小銭をじゃらじゃらとかき集めて店員に渡している。並ぶときに確かめなかったのが悪いと諦めた。

隣のふつうのレジは次々と流れていく。今さら乗り換えはできない。じっと我慢の子。明るいうちに家に帰るつもりだったのだが、1キロの道のりを歩くうちに夜道となった。

(きょうはクリスマスイブ。キリスト教徒でなくてもワクワクするもので、スーパーにはツリーがあちこち)
イベントに冬場忘れて楽しめや [2020年12月23日(Wed)]

fumihouse-2020-12-23T13_15_26-1-thumbnail2.jpg今年は冬至が21日だった。昼間が最も短いとはいうが、松江の日の入りは16時59分で、最も早い12月初旬に比べれば4分ほど遅くなったので終業時に少しだけ明るい。朝のほうは、日の出は大晦日から1月中旬まで7時17分となり遅くなる。寒さも増して朝起きるのがつらい。

今日は冷え込みも緩んで、太陽が弱いながらも暖かく照らしてくれて助かる。暗くて寒いこの時季に太陽が照るとありがたい。この季節だけは、太平洋側や瀬戸内の気候がうらやましい。

クリスマスがある。正月の大賑わいもある。旧正月を祝う人たちもいれば、節分には恵方巻きで楽しむ。バレンタインデーではドンチャン騒ぎ。あげくの果てにはホワイトデーで愛情返し。息つく暇もなく誰もが(ほんと?)、寒さを忘れて春を待つ。たちまち梅だ、椿だ、桜だ。爛漫の春を楽しめる。

冬季の喧騒は冬季うつ病を防止するためには不可欠だと思う。人と会う、語り合う、同じ場所で過ごす、笑う、行動する・・・季節の変化が人間に与える影響は大きいだけに楽しいことが必要なのだ。この冬は大人しく過ごせと、コロナ対策。心を病む人が増えないことを祈る。

(食べるのも楽しみなり。美味しいパンが食べたい)
色彩を広げて小さなオケに魅了され [2020年12月22日(Tue)]

fumihouse-2020-12-22T18_12_03-1-thumbnail2.jpg『ギターは小さなオーケストラのようで無限の色彩がある』とはベートーベンの言葉。

消え入る微細な儚さを表現したあとには、ダイナミックに観客を震わす演奏もできる。柔らかく甘い音、硬い緊張感のある音、響かせずくぐもらせた音、ネックを叩いて音階のある不思議な音、金属弦を絡ませて打楽器風、速いパッセージの音階、トレモロ・・・その他たくさん。指爪の角度でも音は変わる。自在に駆使すると多彩な表現が可能だ。

一方で本物のオーケストラはどうか。管楽器がフルート、ピッコロ、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーン、テューバ。打楽器がティンパニ類。弦楽器楽がヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。個性豊かで大音量も出る楽器ばかり。構成によっては百名近くの奏者による音楽は圧巻だ。

「ギターは小さなオーケストラ/無限の色彩」というには少し無理があるが、身体をギターの胴に引っ付けて生身の身体で演奏する。気持ちが音に反映していく。距離が近いほど豊穣な響きが輝いて、聴く人をロマンチックな気分にさせてくれる。もちろん奏者自身も気持ちいい。技量レベルに応じてではあるが、コロナ禍の外出規制があるなかで、ギターを楽しむことは無上の喜びである。
思い出そう志村けんさん在りし日を [2020年12月21日(Mon)]

fumihouse-2020-12-21T19_13_34-1-thumbnail2.jpgウェルテル効果は、有名人の自殺に影響される者が増えることです。反対にパパゲーノ効果は、自殺を思いとどまるよう心理的に影響を与えます。前者はゲーテの『若きウェルテルの悩み』を読んで死ぬ若者がいたこと、後者はモーツァルトの歌劇『魔笛』の脇役が励まされたことが元になっています。両者とも18世紀に人気を博しました。

『志村けん効果』という言葉ができたかどうかは知りませんが、3月に彼が亡くなったことがコロナ禍は自分のことだという認識を世に広めました。続いて4月に岡江久美子さんが亡くなられたことも効果に拍車をかけました。だからゴールデンウィークに人々は出掛けずに大人しくしていたのです。

今の第三波は第一波とは比べものにならないほど山が大きくなっています。犠牲者も日々増えます。しかし自分だけは大丈夫だという正常化の偏見に犯された人々が、マスクを外して食べながら喋る、鼻マスクでくしゃみをして飛沫を飛ばしています。志村けんさんが新型コロナウイルスの犠牲になったことを改めて思い出そうではないですか。

(ウイルスは氷の割れ目にも隠れている。ただ見えないだけなのだ)
冷静に共存させて熱き君 [2020年12月20日(Sun)]

fumihouse-2020-12-20T13_46_34-1-thumbnail2.jpg全国高校駅伝はきょう12月20日に号砲が鳴り、都大路を高校生たちが今まさに駆け抜けている。男子の部に出雲工業高校が参加できなくて残念であるが、代表の座を射止めた平田高校が健闘してくれるよう願う。

スポーツ全般に言えることであるが、本番では気分が高まらないといけない。高過ぎたら冷静さを失うので、冷静に燃えなければならない。「ホットハート、クールヘッド」という言葉のとおりである。気持ちはテンション高く、対戦者を目で射抜き、対戦型でない場合も自己という最大の難敵に挑む。心は熱く、頭脳は冷徹でなければ勝利はおぼつかない。

わたしが座右の銘としている「悠々と急げ」というのも少し似ている。目標に向かって急がなければならない、焦りは禁物、沈着さを失わずに総合的に俯瞰した視点を忘れず、着々と歩みを進める。

スポーツだけにとどまらない。すべてのことに関して「ホットハート、クールヘッド」「悠々と急げ」は言えることなのだ。

(眼鏡の奥には冷静沈着にして温かい眼が宿っていますように)
リモートの会議もどきは用を為す [2020年12月19日(Sat)]

fumihouse-2020-12-19T08_30_10-1-thumbnail2.jpgオフィシャルなリモート会議に参加した。初の在宅勤務で我が家のパソコンを使ってのもの。なかなか愉快であり楽チンでもあった。

会議では見えない参加者の顔が見える。会議を主催する場合は前方から全体を見回す位置にあるとはいえ、説明する手前、隈無く見渡す余裕はなく難しい。Zoomを使っての会議だと正面からの顔かたちや表情が見える。退屈そうにしていたり、大あくびをすればてきめんに分かってしまう。説明のうまい人はカメラ目線で上手に話していて感心した。相手もこちらを見ているかと思うと、変な動作はできないので、ピシッとした気分になる。

機材の扱いに慣れない人はバレバレだ。ミュート機能を使わず、周囲の音や雑談をだだ漏れさせる程度ではあるが。私は自分の説明中に家電話の呼び出し音が鳴り出して焦った(その旨断って、家人が出るまで鳴らし続けた)。

マスクがなくても許される環境下(独りでいるなど)の人はマスクを外そうと提案はしたが、複数でそこにいる人もいて、全員の顔を見ることはかなわなかった。知った人も初対面の人も、マスク無しの顔を拝見したいものだ。次に会ったとしても、多分わからない。マスクを着けると顔と人の認知機能がぐんと落ちる。困ったものだ。

本来は会場で会議をやってそのまま懇親会に突入する予定であったのだが、それは叶わず次の機会に持ち越しとなった。懐かしい顔もたくさんあったのに残念だ。
立ち往生引くも進むもなんのその [2020年12月18日(Fri)]

fumihouse-2020-12-18T17_46_45-1-thumbnail2.jpg関越自動車道でクルマの立ち往生が2日以上も続いている。ニュースを見るにつけ、すわ一大事という時に自分のクルマは大丈夫かと考えた人は多いだろう。わたしがクルマに常備している物は次のとおり。

雪かき用のスポンジが付いたスクイーズ、プラスチックシャベル(この雪用に先日買った)、傘、大きめの膝掛けフリース、ガム、マスク、CD数枚、小銭、軍手、小さい段ボール箱くらいしかない。さらに言えば、仕事用に持って動くリュックに、白湯入り水筒、チョコ、使い古し封筒、新聞、財布・小銭入れ、リップスティック、ハンドクリーム、小懐中電灯、カットバンが入っている。非常用としては明らかに足りないので何が必要だろうか。

夜通し以上の閉じ込めに備えて、布団、毛布、クッション、防寒着は何着か持ち歩きたい。水ペットボトル5リットル、炭酸水や珈琲・紅茶など好みのものを3リットル、コップは他の人に分けたり替え用に5個、菓子パン類10個、乾パンやチョコ類はいくらあってもいいだろう。大きめの保温ポット2個あると食料を確保できる。

ティッシュ2箱、ウエットティッシュ2セット、携帯用トイレ30回分、携帯電話充電機、ガソリン携行缶は欲しいね。退屈しのぎに本を2冊、漫画20冊、ゲーム機、ピンポン玉、ゴムボール、空気ボール。双眼鏡があると遠くの様子がわかるし、天体望遠鏡で星空を眺める暇もある。こうなったら普通自動車では間に合わない。ワゴン車を購入しよう・・・。

冗談はここまで。関越道では千台以上が動けなかったというが、夜通しの除雪作業のおかげで解消に向かっているということだ。難儀して閉じ込められた人はもちろん、作業に当たった方々もたいへんにお疲れさまでした。それにしても1日で1mを超えるとは恐ろしいまでの大雪。

(クリスマスの時季だからクルマにツリーを積んで出掛けるのはいかがかな)
一億円カッコいいねと丸眼鏡 [2020年12月17日(Thu)]

fumihouse-2020-12-17T20_08_32-1-thumbnail2.jpg山本由伸投手。オリックスの1億円プレーヤーである。弱冠22歳にして6千万円増の1億5千万円でサインした。試合数が少ない中で8勝4敗、防御率2・2の好成績である。投球するとき眼鏡ではないが、インタビューの背広姿ではラウンド型の丸眼鏡をかけている。実にカッコいい。

私がかけている眼鏡も山本とは少し違うが、ラウンド型丸眼鏡。買ってから二年九ヶ月たって少し傷んできて、テンプルの金メッキが一部はげた。大事には使っている。片手では掛け外しをせず、両手で大切に扱う。二日に一回は中性洗剤をほんの少しつけて水で洗う。寝る際には眼鏡ケースに入れて、不測の事態が起こらないよう気をつかっている。使ううちに傷むのはやむを得ない。今まで一番気にいったものだと思う。使いやすくて汚れにくい。でも、山本の眼鏡を見たら新しい相棒が欲しくなってきた。

(メガネではないが、ボタンの目が二つ)
朝イチを忘れ去ってはまたあした [2020年12月16日(Wed)]

fumihouse-2020-12-16T07_24_18-1-thumbnail2.jpgきのうは朝イチ番で、前日に雪起こしの雷鳴とともに真冬がきたことを書いた。夜にかけて大雪となり、職場の対応やら、家の雪かきやらで忙しくなると予想して早めに書いたのだ。

予報は鳥取以東には当たったが、島根の沿岸部には当てはまらず幸いであった。いつものように帰宅し、ぬくぬくと暖房下でテレビを見ていたら、朝イチで書いたことをすっかり忘れていた。

人権標語の、「誰か」のことじゃない、というのについて書いた。カンパンブログに送信し、同じ内容でFacebookに転載しようとしたところで気がついた。朝イチで書いていたことを。

トホホのトホホ、今ここにそれを書いて、きょう12月16日分は終わり。よもや二日続けて二回更新することはあるまい。

(シクラメンは原語はサイクルから出ている。繰り返し花が咲く。わたしのブログのように)
誰かでないあなた自身のことなれば [2020年12月15日(Tue)]

fumihouse-2020-12-15T20_04_25-1-thumbnail2.jpg「誰か」のこと
  じゃない。

このキャッチコピーは12月10日の人権の日。それまでの一週間が人権週間。それをアピールするポスターである。

お下げ髪の女の子が大きな鏡を待って立っている。上半身は隠れて見えない。鏡に写っているのは女の子の上半身。しかも後ろ姿・・・。

誰かほかの人のことじゃないよ。あなたが狙われているんだよ。イジられて、イジメられるのはあなたなんですよ。気をつけて! 人のふり見て我がふり直せ、あなただって心ない噂話で誰かを傷つけたことがあるんじゃないかい。気をつけるんだよ。

そんな意味を込めて作ったポスターだろうか。暗いところで見たらオカルトチックで背筋が寒くなる。イジメられたら寒いどころではない。誰か別の人ではない、わたし自身のことなのだ。人権侵害を受けるのも、人権被害に泣いてしまうのも。

(寒さに負けずにキレイに咲き続けるユリオプスデージー)
雪起こし雷鳴とともに真冬きた [2020年12月15日(Tue)]

fumihouse-2020-12-15T07_19_04-1-thumbnail2.jpg日曜日の夜は雷鳴があった。ピカッと始まった雷は、数秒後にゴロゴロと遠くからやってきて回転をあげる。雪起こしである。この冬初めての強い冬型の気圧配置となった。出雲地方でも月曜日昼から冷たい雨に混じって幾度か霙が降った。

銀世界・・クルマ周辺の雪をかいて・・そろそろ運転して職場へ向かう・・とイメージしていたが、さにあらず。瓦屋根のくぼみにうっすらと雪が積もる程度で朝を迎えた。寒波は明後日まで続くと天気予報。今の気温が2℃。北国のひとにとっては大したことはないが、私には十分寒い。滑りやすくもなるから注意が必要だ。

諸志よ、健やかであれ。滑らず、新コロナにも気をつけてまいりましょう。

(寒い日々ではあるが、パンジーは元気。咲けや薫れや、春を待つ。受験生諸君、がまんの日々を耐え抜けや)
障碍を乗りこえ乗りこえ坂上る [2020年12月14日(Mon)]

fumihouse-2020-12-14T18_48_57-1-thumbnail2.jpg「障害」という言葉を、島根県では「障がい」と記します。害の字には害虫などのイメージが強いことから、関係者の要請をうけて障がいと改めました。徹底するのなら「しょうがい」とした方が、より良いと思います。なぜなら、障の字にも遮断し阻むものという負の意味があるからです。

いずれにせよ、字に染みついたイメージというものは人それぞれ、社会情勢や時と場合によっても刻々と変わるものですから、目くじらを立てる必要はないと私は思います。

その障碍(私はもっぱらこう書く)ですが、人間には誰しも障碍があります。こう書くと驚かれるかもしれませんね。障碍というと知的な障碍があり、身体が不自由な障碍もあります。また、発達障害もあります。

誰にも得意ではないことがあります。算数がイヤだ、パソコンのキーボードは避けたい、あの人は苦手だ、音程が取りづらくて歌が苦手だ、高所恐怖症だってそうです。誰しも同じ、人間は万能ではありえません。小さなものから大きなものまで、ハンディキャップをそれぞれが持っているのです。

自分の力で乗り越えるべき課題もありますが、社会的に合理的な配慮が必要な場合にそれをするのは当然のことです。不得意に挑戦することで充実した人生に向かいます。周りが手助けしながら、その人の一見不可能な目標を達成できることもたくさんあります。広い意味での障碍を克服しながら、誰もが生きる希望を見出だす。これもSDGsの発想につながりますね。

(赤と緑。クリスマスの色合いのポインセチアが店先に並ぶ。クリスマス商戦が華やか)
使うけどとっても怖い反面教師 [2020年12月13日(Sun)]

fumihouse-2020-12-13T09_53_38-1-thumbnail2.jpg【反面教師】
毛沢東が言葉の出どころであるが、元は反面教員。悪い見本として、そうあってはならない戒めとされる。物事にも人にも使われる。

日本の諺「人のふり見て我がふり直せ」ほどマイルドではない。毛沢東は、絶対に真似させたくない劣悪な者や間違った者をあえて排除せず、組織内で留めて閑職に配置し、さらしものにして不格好な様子を見せて周囲への教育的効果を期待した。むしろ残酷なやり方だ。

毛沢東は、資本主義に毒されて誤った方向に向かう共産党組織を正しく導くとして、ここでは反面教師の理論を用いなかった。毛沢東は大躍進運動によって数千万と言われる餓死者を出した責任により、一旦は権力の中枢から遠ざけられていた。

少数の間違った人物が組織を牛耳っているために、党全体がおかしな状態になっている。そうした人物が増えすぎて反面教師にはなり得ない。よって排除し、自分が救世主となる・・・そのため自分は直接手を下さず、紅衛兵を中心とした若者世代全体を利用した。そして文化大革命。莫大な数の若者を手先として権力層に殴り込みをかけ、ほとんど神の座に返り咲いた。

結果として知識人や技術者が職を追われ、攻められ、狂い死にする者も多かった。毛沢東が死ぬまで暗い時代が続き、彼の陰湿な権謀術数によって中国の国力は低迷した(もちろん日本も含めた列強に虐げられた百年の負債も大きいが)・・・きょうはやけに大きくて暗い過去の話。
熱中し光陰の如く過ぎにけり [2020年12月12日(Sat)]

fumihouse-2020-12-12T22_37_32-1-thumbnail2.jpg門脇康一ギターリサイタル。プロギタリストとして活動された50年を記念するコンサートは、盛況のうちに終演した。氏はパンフレットにこう記された。「またたく間に50周年を迎えたような不思議な感覚におそわれています。今も本当だろうか50年もなんて・・」

熱中して過ごす光陰は矢のごとく過ぎ去っていく。それは去り往くだけではない。技と力、心根の優しさも含めて人の心に染みとおる。生きる光陰に鮮やかな虹を残して人びとの心に感動を刻む。

多くの困難はあったであろうが、氏にとって「ギターの音はめくる快感で片時も離すことができない麻薬のようなものです。それはまた自分の心を全て打ち明けることのできる親友」だったという。楽器を通して音楽を奏で、聴く者の魂をも鳴らすべく、今後も益々活躍なさる。

人間は生身である。だから100周年はない。しかし、氏の魂から溢れ出るギターへの愛情、音楽への傾注、誰をも音楽を好きにさせようとする意欲・・・その共鳴が人を巻き込み、100年200年と続いていくことは間違いない。そのためにも、まずは60周年に向かって、門脇先生、どうぞお元気で!
人生を賭けて何事成し遂げて [2020年12月11日(Fri)]

fumihouse-2020-12-11T20_54_27-1-thumbnail2.jpg人生を賭けて○○に取り組む、というフレーズを朝のニュースの特集で耳にした。「賭ける」ってなんだろう。

勝負事の世界はもちろんだが、勝った者、当たった者はゴッソリ取っていく。負ければ金品を巻き上げられ、大切なものを失う。一か八かの大勝負に取り組んでいるということだ。人生のうちに○○が占める位置は大きい。なかなか出来ないことのように思える。

でも、考えてみていただきたい。誰だって膨大な時間を何事かに費やす。趣味を10年続ければ、1日1時間で3650時間。1日8時間働けば週休二日10年で2万時間。恋人同士で週一5時間デートすれば2年で甘く520時間。一日1時間読書すれば年間で百冊は軽い。

それだけ時間を「掛ける」ということは、意識するしないにかかわらず、人生を賭けることにほかならないと思う。

人生とは時間である。人生は何十年かの時間でのみ構成されており、時間以外にない。努力を続けても何十年、無為に過ごしても何十年。人生は終わり行く。人生とは「駆ける」間にあれよと過ぎていく。人と人とを「架ける」橋になっていくのも素敵なことだ。

ただし、必要なものが抜け、努力が足りない状態は好ましくない。為すべきことをせず、おろそかになると人生は「欠ける」ので御用心。
目くじら立てたら鯨がやってきた [2020年12月10日(Thu)]

fumihouse-2020-12-10T21_58_27-1-thumbnail2.jpg【目くじら】は立てるもの。目尻をつり上げて怒った目つきを向ける。目角を上げて化粧すれば、悪魔的に余程キツイ印象になる。くじらは鯨にあらず。目くじらは目尻のことで、目くじりとも言うそうだ。それがなまって目くじら。

目くじらを立てるとは、比喩として小さなミスや欠点をことさらに非難し、あらを探すもの。些細なことがらにケチを付けるわけで、立てる当人の人間的器が小さいことを示す悪口だ。

そんな細かいことに目くじらを立てるなんて、と言えば相手を明らかに軽蔑している。日常でもニュースの話題でも頭にくることは多々あるけれど、まっそんなに目くじらを立てずにやりたいね。

(目くじら立てずに穏やかに花を眺める)
刃向け鬼滅目指して次代かな [2020年12月09日(Wed)]

fumihouse-2020-12-09T13_49_45-1-thumbnail2.jpg実写と見まがうばかりの背景。森や草原の輝き、スカイブルーと雲、蒸気機関車が疾走する力感・・・手間をかけた造りに感心した。一面に広がる白詰め草の花も綺麗だったが時代考証は? 白詰め草(クローバー)が船荷の緩衝材として日本に伝えられたのは幕末で、物語の設定である大正時代にそこまで広がったのだろうか? まっそんなことはどうでもいい。日本映画界史上最大のメガヒット(洋画も含め)『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を楽しんだ。

少年・竈門炭治郎が鬼と戦う前半の山場はあるが、クライマックスは柱(鬼滅を目指す人間界のグループリーダー)の煉獄杏寿郎の戦いぶりにある。驚嘆のスピードと強さ、お茶目さも加えて、魅力的なエピソードを散りばめる。強い者は弱い者のために強さを用いてこそ価値があること、次世代を育てその犠牲となるのも現リーダーの責務であること、に頷いた。さらに「ここにいる人を誰も死なせない」という鬼殺隊員たちの一貫した思想は、SDGsの思想「誰も置き去りにしない」のフレーズを思わせて胸が熱くなる。

家族を鬼に惨殺され、生き残ったものの鬼化した妹を人に戻すため、炭治郎は鬼と戦う。少年の立ち位置はわかりやすい。新コロナという“鬼”にやり込められた人々がその代償として、鬼殺隊員たちに共感するのがヒットの原因かもしれないが、煉獄を倒した鬼は命を長らえた。戦いはどこまで続くのか、この物語も新コロナも果ては見えない。

鬼と人では価値観が違うという台詞が多くあった。人間同士であっても価値観は違う。この映画が最上と評価する人もいれば、つまらないと酷評するのも価値観だ。

(首を切られて倒れた鬼は、虹のように跡形もなく消える)
ニオイとは食べる要の五感なり [2020年12月08日(Tue)]

fumihouse-2020-12-08T18_00_49-1-thumbnail2.jpg新コロナに感染すると嗅覚障害が起き、ニオイを感じない後遺症が出るという。先週NHKが報じたところによると、8月に新コロナに感染した50代女性は、鼻水と発熱のあと2、3日たって鼻が利かなくなった。軽症と診断されて1週間入院し陰性になったが今も戻らない。ニオイを失ったせいで精神的に不安定になり、耳鳴りや不眠に悩む。食事を楽しめないため、一時体重が10キロほど減ったという。甘く見てはいけないのだ。

料理を目の前にして、ああ美味しそう!と嗅ぐときのニオイだけではない。口に入れて咀嚼した際に鼻の奥から逆流してくるニオイ。これも美味しく食べられる秘密なのだ。だから嗅覚を失えば味も変になる。たいへんなことだ。

厚労省では臭いを感じなくなる症状の広がりや原因、精神的な影響も調査するという。食事の楽しみを取り戻せるよう原因を究明してほしい。かかってしまった人は仕方がないとしても、まだかかっていない私たちはしっかり予防に努めてまいりたい。

(菊のほのかな香りも感じられなくなるとは悲しいかな)
幾つもの10を掛けたらべらぼうだい [2020年12月07日(Mon)]

fumihouse-2020-12-07T21_05_20-1-thumbnail2.jpg数の単位はおもしろい。仏典から引用して江戸時代の学者が作ったという。実際に使うこともないだろうが、壮大なスケールに遊び心を感じる。

 1 一
 10 十
 10の2乗 百
 10の3乗 千
 10の4乗 万
 10の8乗 億
 10の12乗 兆
 10の16乗 京
 10の20乗 垓
 10の24乗 穰
 10の28乗 溝
 10の32乗 澗
 10の36乗 正
 10の40乗 載
 10の44乗 極
 10の48乗 恒河沙(ごうがしゃ)
 10の56乗 阿僧祇(あそうぎ)
 10の64乗 那由他(なゆた)
 10の72乗 不可思議
 10の80乗 無量
 10の88乗 大数

数の単位には宇宙の無限がある。人間のロマンが想像の翼を広げる。

(珈琲に浮かぶ泡粒にも宇宙のロマンを感じない?)
アニメキャラ上位をとって架空勝ち [2020年12月06日(Sun)]

fumihouse-2020-12-06T12_28_23-1-thumbnail2.jpg大人気のアニメキャラクターが上位を独占するなかで、身近な大人がランクインする結果になった。ベネッセコーポレーションが小学生に対して行った「憧れの人」意識調査では、竈門炭治郎を筆頭に鬼滅の刃のキャラクターが軒並みトップ10に登場した。鬼滅にそこまで一網打尽にくくられるというのは多様性という点で心配がある。

身近なところで、2位にお母さん、4位に先生、5位がお父さん。さまざまな母、父、教師がいるにしても、よく健闘していると思う。ただ、身近に触れる大人がその程度に絞られる時代だというのも心配だ。安全配慮でもって、子どもたちが行動を共にしたり、おしゃべりする大人の数は昔に比べると激減している。

皆が知る架空のアニメキャラと身近すぎる大人モデルが示された今回の発表に不安を感じた。

(人間とはさまざまな方向から光を当てて当てられて育つもの)
大食いで駆け込むトイレ尾籠かな [2020年12月05日(Sat)]

fumihouse-2020-12-05T16_07_36-1-thumbnail2.jpg食事をするとトイレに行きたくなる。特に大食いをした後はそうなりがちだ。きょう昼は豚肉しゃぶしゃぶを食べてきたのだが、今は二度目のトイレに入っている。

食べ放題だったものだから、薄くスライスされたロースやバラ肉にツミレ、キノコ(奥出雲産の舞茸と椎茸が特に美味しい)、キャベツ、レタス、小松菜、玉ねぎ、白ねぎ。〆には雑炊とラーメン。そしてアイスクリームに珈琲。お腹いっぱい、しこたま食べた。

すぐにトイレに駆け込むということは食べたものが消化もせずに出ていくのか? そんなわけはない。単細胞生物ではないのだから・・・。

ただ、こんな循環はあるだろう。食べる→消化器官が活発になり腸の蠕動が激しくなる→便が押し出されて便意を催す・・・。健康な体で幸いではあるが、礼儀をわきまえない尾籠な話で恐縮である。

(スーパーマーケットに並ぶ美味しそうな林檎は、咀嚼され食べられて栄養素を取られて、最後は便となって排出される)
万年筆万年青年使う日々 [2020年12月04日(Fri)]

fumihouse-2020-12-04T18_23_32-1-thumbnail2.jpg万年筆を使う。とくに太めのやつが気持ちいい。毛筆も太く細く操ることはできるが、使い慣れなくて難しい。極太万年筆は欠点すらも、個性的に仕上げてくれる。紙質を問わない。紙にペン先をのせるとじわっとインクが広がって味わいがでる。筆圧や軸の向きによって凹凸や濃い薄いが出てくる。わたしの文字を優しく包んで字の欠点を補う。

「万年筆」だなんて、前時代的な名が今も通用するのがいい。インクを補給しなくてはならないのに万年筆。ずっと書き続けられるというならば、ボールペンこそ万年筆と言うにふさわしいが、万年筆というのは素敵に響く。字面もよい。万年筆はやっぱり万年筆だ。わたしの字もなかなかだね!と自己満にひたりながら、きょうも万年筆を使う。

(本文と写真とはまったく関連がございません。悪しからず)
師走かな清しこの夜星光り [2020年12月03日(Thu)]

fumihouse-2020-12-03T20_34_08-1-thumbnail2.jpgクリスマスキャロルの「きよしこの夜」は、オーストリアのグルーバーが二百年前に作曲した。元はギターの伴奏で作曲されたという。

クリスマスイヴの前日、教会のオルガンが壊れて音が出なくなった。クリスマスに歌う賛美歌の伴奏ができない、たいへんだ。急遽作詞家のヨゼフはStille Nacht(英語名 Silent night)を書き上げ、グルーバーに手近にあるギターで伴奏できる曲をつくるよう依頼した。重層な教会でギターを弾いても誰も喜んでくれないとグルーバーは懸念したが、意外や意外好評を博し、今やクリスマスキャロルの代表歌となって世界に広がる。

そんなことを聞くと、ギターで「きよしこの夜」を演奏するのも悪くないと思う。練習にいそしむことにしよう。
門を出て笑い来るは福の神 [2020年12月02日(Wed)]

fumihouse-2020-12-02T13_24_05-1-thumbnail2.jpg【笑う門には福来たる】
笑っていれば自ずと幸せになれる。そんな甘っちょろい意味ではない。へらへらと追従笑いなどしていたら、幸せのほうから逃げていく。鼻で笑うイジメの主が、心から幸福気分でいられるわけがない。

笑うことは健康の元、とは真実である。寄席や漫才で笑うもよし。テレビで大笑いするもよし。日常会話で高らかに笑う。歓迎すべきことだ。

笑いとストレスには相関関係がある。笑うとすっきりストレス解消。誰もが実感するところ。1日1回は大きく笑う毎日でありたい。しかし、意外と笑ってはいないものだ。失敗に苦笑いし、他人を冷笑し鼻で笑う。相手の言っている意味を理解しかねて薄笑いでごまかす・・・笑ってはいても健康には遠い。

笑顔の種を見つける。心を和ませる話題を提供する。呵々大笑とまではいかないかもしれないが、ほほ笑みを交わし合う。はにかむ笑顔も悪くない。笑いでもって心も体も健康になろう。その門に福が待ちかまえている。

(怒る人よ、そう目くじら立てずにサザンカでも見て気持ちを和らげようよ)
無人なり無慈悲な振る舞い憐れなり [2020年12月01日(Tue)]

fumihouse-2020-12-01T20_15_37-1-thumbnail2.jpg目の不自由な60代男性がホームから転落し列車に轢かれた。先日起こった痛ましい死亡事件だ。東京メトロ東西線の東陽町駅は「無人駅」だった。大都会の地下鉄駅で、そんなわけはないと言われるかもしれない。「無人」なのだ。

ホームドアは設置されていても、運用は始まっていない開いた状態だ(閉めたら大変。電車に乗れない)。そのホームで歩く白杖を持った目の不自由な人。周囲には多くの人間がいたはずだ。スマホに夢中で気がつかない人間も多かろうが、少しだけ注意を向ければ危険は察知できるはずだ。分かっても声をかけない、手も貸さない。なんと無慈悲な人間たちか。当時の東陽町駅は「無人」だったのだ。憐れなり。

(八手の花が咲いている。太陽が触手を伸ばすように咲いている。目の不自由な人に手を貸そう、一本でよいから)