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マスクにて飛沫を防げ皆一緒 [2020年10月28日(Wed)]

20201027_221955.jpgマスクには、飛沫に含まれたCOVID-19ウイルスを防御する機能が十分あることがわかった。東京大学などの研究チームの成果が先週報じられた。もうマスクなしでは過ごせない(もっとも今や社会的圧力を感じて常時付けざるをえないが)。

チームはマネキンの頭部を使い、新コロナのウイルスを吹き出すのが一つ。50センチ離れた向かいには人工呼吸器をつけたマネキンを置いた。医療用のN95マスク、不織布のサージカルマスク、綿マスクの3種類でウイルス吸い込み量を比較した。

飛沫を吸い込まない効果としては、布マスクで17%減、サージカルマスクで47%減、N95は79%減であった。飛沫を出さない効果としては、布マスクとサージカルマスクのいずれも70%以上減った。両方がマスクを着ければ防止効果は高まるが、ゼロにはならない。

ウイルスを吸い込まない、吸い込ませないためには、皆マスクをした上で、フィジカル・ディスタンスを保つ、消毒手洗いの励行が不可欠である。新コロナとの闘争は当分続いていく。

(カーテン布を垂らすだけでウイルスを遮断できたら嬉しいのに)
明治以来とりあえず使うものとする [2020年10月27日(Tue)]

20201025_130922.jpg法令用語はやたらと七面倒くさい。島根県総務部の法制執務入門によると、「〜とする」「〜するものとする」には、違いがあるのだそうだ。

【とする】
 法令上創設的に宣言するとともに拘束的な意味を持たせようとする場合に用いる。

【するものとする】
 行政機関に一定の行為を義務付ける場合に用いる。「しなければならない」という意味に近いが、若干のゆとりがもたせてあって、断定的に拘束するというよりは、ある原則なり方針なりを示す場合に用いる。
 義務を課す相手が行政機関である場合には、原則を示せばそれに従って行動することが期待されるので、やんわりとした形で義務付けを表現している。
 解釈として、合理的な理由があればしなくてもよいという意味も出てくる。 (引用以上)

「するものとする」は「とする」に比べて押しつけがましさが弱いのだろう。婉曲に言いつつも、ちゃんとやってね! という役所的ニュアンスを伝える(相手次第で伝わらないかも)絶妙な言い回しである。相手によっても、こちらの都合によっても千変万化。言葉って便利なものだが、考え方によっては無責任で煙に巻くようなこんな言い方、いつまで続けるの? 明治以来伝わるこの流れ、なくしてもいいんじゃない?

(つわぶきの花はくっきりとしたレモンイエロー。煙に巻くような中途半端さはない)
整理して整頓してる躾あり [2020年10月26日(Mon)]

20201024_150948.jpg製造業や建設業の現場で見られる「5S」は、整理・整頓・清掃・清潔・躾。同類の言葉を並べて、5つ揃えたいがための語呂合わせかと思いきや、そうではないようだ。

[整理]とは不要なものを処分すること。[整頓]は片付けを適切に行うこと。整理して残したものを整えておくことだ。整理と整頓との区別は間違いやすい。[清掃]は職場内や自分の周囲を掃除すること。[清潔]は整理・整頓・清掃を続けてやることで職場環境をきれいに保つこと。身だしなみの清潔もある。なるほどなるほど。

[躾]だけはこの枠に入らないような違和感があるが、業務上のルールきちんと守ったり挨拶をきちんとすることなのだそうだ。5Sの職場にいれば、誰でも気持ちがよい。作業が効率化し、士気が高まり、安全面でも申し分ない。すると、躾とは整理・整頓・清掃・清潔を束ねる要の位置にあるということか。なるほどなるほど、深いね。
鉛筆を買って喜ぶメモ魔あり [2020年10月25日(Sun)]

20201021_174004.jpgステッドラーの鉛筆を買った。ドイツのSTEADTLERは、文具や製図用品、画材を取扱う文具メーカーである。文房具屋に行くとふと馴染みの鉛筆が目に入った。しかも12B。六角形の軸のうち黒い芯が7割くらいを占めている。いま持っている2本のステッドラーが9Bで、画材屋で買った。メモしたりアンダーラインを引く目的で使っているが、その滑らかさと紙に馴染んでいく様子、そして鮮やかなブルーが好きだ。

今回買ったのが12B。今まで以上に滑らかに紙上を動いていくのが嬉しい。落とすと折れやすいのが玉に瑕だが注意あるのみ。ネットで調べるとこのシリーズは、一番硬いのが10H。最も柔らかいのがこの12Bで、24の硬度があるようだ。大事にしつつ、たっぷり使ってやろうと思う。

(ステッドラーのブルーを思わす、しばらく前の青空。淡い雲を貫く飛行機の痕跡)
アイビーの創始した人TPO [2020年10月24日(Sat)]

20201010_172504.jpg石津謙介氏といえば、VANの創業者でアイビールックの生みの親として知られています。TPOという言葉を広めたとしても有名です。

TPOは、Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合)の頭文字からなります。その昔は「時と場合に応じて」とか、「ドレスコードを守って」と表現していたものを、石津氏が「TPOをわきまえて」と表現したわけです。今ではファッションにとどまらず、ビジネスから円滑な人間関係に至るまでマナーを考える際に広く用いられます。

石津氏が広めた言葉にはほかにも、「カジュアル」「Tシャツ」「トレーナー」「ステンカラーコート」などあるそうです。凄いデザイナーだったのですね。

(VANジャケットのアイビールックスタイルに、赤い薔薇が似合いそう)
縄を張り虚勢を張って生きるなかれ [2020年10月23日(Fri)]

20201021_174033.jpg【縄張り】とは、縄を張って建物の位置を定めること、もしくは敷地の境界を決めることであるが、縄張り争いという表現が大手を振るように、暴力団など反社会的集団の勢力範囲をもっぱら示すようになっている。

動物一般にとって生きる上で食糧を確保し、日々の営みを成り立たせるためには、テリトリーが必要である。植物も同様、増えすぎてしまってはかえって滅びへの道をたどる。そのテリトリーが縄張りであるが、人間は縄張りの概念を広げた。広げるのも適度な加減にしてほしいものだね。

(花にだって縄張りはある。勢力を広げ根を張って生きていく)
広告が変わるよ変わる今昔 [2020年10月22日(Thu)]

20201010_172603.jpgテレビ広告費は2兆円弱。その王座をネット広告が奪ったと電通が発表した。家族団欒の中心にテレビが鎮座する・・・そんな時代があったが、遠い昔のこと。情報の取り方が多様化し、ネットでパーソナル化したためにテレビの地位も落ちた。視聴しない傾向も顕著である。

YouTubeを見ていると関連する項目がズラリ並んで再生の順番を待ち、自動再生にしておくと合間に広告が流れる。テンションが高く耳障りなものだから、スキップまであと何秒の表示を見計らって飛ぶ。長い映像だと途中に広告が入ったりして鬱陶しい。広告を表示しないよう料金を払うシステムもあるが、そこまではしない。

企業や個人のサイトを見ても、あちこちに広告のリンクが目につく。一度見ると、これでもか!という具合にその広告が追いかけてくる。わたしも広告で欲しいものがあったから(乗せられて)、注文したことがある。テレビ広告では主な視聴者の年代を考慮して広告主を探したりはするが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる式になりがちだ。ネット広告はポイントを絞った効率的なやり方だと思う。

(花の芯に向けて焦点を絞ってシャッターを押す)
自暴自棄捨てて鉢なら捨てた人生 [2020年10月21日(Wed)]

20200927_103314.jpg【捨て鉢】
どうにでもなれ! もういやだっ!という気持ち。自暴自棄になることありません? 失敗してお目玉を食らい、自業自得とはいえ、他に責任を転嫁したりして、くしゃくしゃした気持ちを抱えている。捨て鉢を態度にあらわす人に甘えがあるのはもちろんのことです。

とはいえ、思い通りにならずに、深く落ち込んだ人に、甘えるな! と厳しく言い渡すのも酷です。破れかぶれな気分に拍車をかけてしまってはあとが大変です。もうヤケクソだ! やけのやんぱちっ! と行動されたら目も当てられません。

捨て鉢の語源は、坊さんがする托鉢だそうです。布施してもらうための鉢を捨ててしまうのです。辛い修行に耐えかねて止めてしまう。これを「鉢を捨てる」と表現しました。ここから転じて「捨て鉢」。捨て鉢はいけません。じっと堪えて運が転じるのを待つ。禍福は糾える縄の如し、ですよ。

(ヒャクニチソウは捨て鉢にならない。たんたんと咲いて人を喜ばす)
かじかんで手指さすってはよ動け [2020年10月20日(Tue)]

20201011_210606.jpg今朝の室内温度が16℃。1ヶ月前とは大違い、今より10度高かった。手がかじかんでいる。漢字では【悴む】と書く。言うまでもなく、寒さで手足が凍えてしまって思うように動かない状態だ。ひどくなると箸すら持てない。もちろんギターだって思うように弾けない(寒さ以前の問題か)。

【悴】の立心偏を取ると卒。漢字の成り立ちは、死に装束の襟元の象形だそうで、転じて「おわる」を意味する卒となった。

手が悴むと作業したり、食べたり、書くことが困難になる。すると気持ちが萎える。思うにまかせぬ指や手がもどかしくて如何ともしがたい。擦ってもなかなか元に戻らない。おそらくそうした心の動きが、もうダメだという諦めの気分を生じさせるところから、【悴む】の字が生まれたのではないかと想像した。

(ランタナの季節ももうじき、終わる)
エンジン音突如変わって一大事 [2020年10月19日(Mon)]

20201004_180246.jpgクルマを走らせているとエンジン音が突如変わって大きくなった。回転数が異常に上がっている。一大事!

ウインカーを左に出して道路脇に寄せようとアクセルを緩めたところで気がついた。このクルマではない、飛行機が上を飛んでいたのだ。出雲空港に着陸するため高度を落とした機体から発せられるエンジン音。着陸前でスピードダウンしているとはいえ、巨大なエンジンだ。真上から大きな音がするのを私は間違えたのだ。ホッと安心。再びアクセルをふかす。飛行機のテールランプが見える。無事に着陸しそうだ。

新コロナの影響で一時は便数が極端に減っていたが、ほぼ元に戻った。だが旅客数は? 収益が大幅に減っていると聞く。日本航空が安定して経営されることを望む。JALカードのポイントも使いたいしね。

(飛行機の白い機体ではない。単なるモルタルの塗り壁)
マーカーの黄色で染まり目立つ秋 [2020年10月18日(Sun)]

fumihouse-2020-10-18T08_11_50-1-thumbnail2.jpgカラーマーカーを使う。資料の中でもポイントになるところに色を塗って目立たせる。色はたくさんあるが、黄の蛍光色がいい。目立つ色だからポイントを絞りやすいのがいい。マーカーを塗った紙を白黒コピーしても色が写らないのがいい。マーカー全般に言えることだが、乾かないうちにページを閉じたり、触れたりすると色移りする難点はあるが……。

ところで、マイクロソフトWordにはマーカー機能がある。黒塗りすると文字を隠すことができる。PDF化するときれいな文書を作ることもできるが、注意が必要だ。

PDFデータで黒塗りの部分をコピーして、ほかに貼り付けるとあら不思議。隠したはずの文字がお目見えする。機密は守られない。紙に印刷してからスキャンしてPDFに変換しなくてはならない。ご注意あれ!

(黄の太陽を無数に乗せて、今や秋を代表する花となったセイタカアワダチソウ)
無防備に歯医者に散髪横になる [2020年10月17日(Sat)]

fumihouse-2020-10-17T18_40_19-1-thumbnail2.jpg診察台を倒される。明かりで照らされて口を大きく開く。指や歯科器具で口の中をゴチャゴチャされる。歯周を探針すると異常はないようだが、チクチク痛い。上手に磨けていると誉められはしても、半年間に歯石は付着し珈琲のシブも沈着する。超音波の機械で歯石を除去する。痛い。歯が削れるんじゃないかと不安になるが大丈夫らしい。歯石を取ったら研磨してフロスで仕上げる。スッキリした。

散髪をする。理髪台に座ってマントを巻かれる。刃物を使われながら髪をバサバサ切られていく。ハサミは危ない、剃刀も怖い。彼らプロに命を委ねるようなものだ。顔剃りで横になっているとグッスリ眠っていた。洗髪をして乾かし整えると男前の一丁出来上がり。頭が軽くなった。スッキリした。

きょう一日で歯科治療も理髪もやった。どちらも無防備な姿である。あまり人目には晒したくない。暗殺団の手にかかれば私の命はいともたやすく消えるだろう。私たちは無防備を引き換えにして健康と快適を手に入れる。

(芙蓉の花は無防備に咲くのだろう。だが数を頼りに、絶えることはない)
健気にも鏡にへばり付く奴よ [2020年10月16日(Fri)]

fumihouse-2020-10-16T07_01_25-1-thumbnail2.jpgヤツは健気だ。わたしが帰ろうとすると、奴は運転席側のドアにしがみついた。走り出せばすぐに振り落とせるだろうと思っていた。しばらく走ってから見ると、なんと奴はドアミラーの内側にへばり付いている。風を受けにくいよう鏡に姿勢を低くして無事でいやがる。

『ミッション:インポッシブル』でトム・クルーズが軍用機のハッチに取り付いて任務を遂行するシーンを思い出した。信号待ちで窓を開けて口と舌をすぼめて吹いたが落ちない。健気なヤツだ。愛着が湧いた。

ショッピングセンターに着いたので駐車場の端っこにクルマを停めた。指で下に落とした。草むらまで無事にたどり着けるだろうか。心配になった。運んでやろうとしたのだが、鎌首をもたげて上体を捻って攻撃してくる。痛い、離した。ひとり行くがよい。うい奴、蟷螂め。

(藤の花咲く草地を求めよ、うい奴よ)
明日もまたやる気を保つ半端なり [2020年10月15日(Thu)]

fumihouse-2020-10-15T07_09_02-1-thumbnail2.jpgやる気を保つには中途半端がよいということだ。しっかりやり切って半端ではない状態を積み重ねることによって、知識技能は向上すると考えるのが普通だと思うのだが、その心は如何に?

作業にしろ練習にしろ、日々のそれを仕舞いにする際には、区切りのよいところまでやってしまうと、満足してモチベーションが一旦落ちるのだそうだ。10分20分完成させるまでやるのが望ましいと思いがちであるが、決めた時間が来たらスパッと止める。納得いかないモヤモヤした気分が残る。だから、翌日再開する時にはやる気が充満しているという具合だ。

なるほど確かにそうかもしれない。近頃は定時になったら打ち合わせが続いていない限り、書類は閉じて机の隅に目立たないように置くか、そのまま引き出しに入れてサッと帰る。翌朝はパッと開くだけで再開できる(パソコンをスリープモードにしたら楽なのだが許されていない)。「半端じゃない」数年前に流行った言葉だが、半端もまた理にかなったことなのだと分かった。ただしチームでやる作業は別物だが。

(ケイトウの花も理にかなった時季に適切に咲く)
気合い入れじゃんけん勝つぞ勝ってやる [2020年10月14日(Wed)]

fumihouse-2020-10-14T13_29_13-1-thumbnail2.jpgじゃんけんは気合いである。相手を見据え、張りのある合の手を入れて全力で差し出す。グーチョキパーのどれを出すかは、繕わず感じたままを出す。だが必ず勝ってみせるという意志を全身に表して勝負する。確率として相手を負かす回数が増えると思う。私の体験からはそうだ。

千回実験してみれば証明できるだろう。初めは何気なしにグーチョキパーをやって勝つ・引き分け・負けの数を集計する。次は気合いを入れ直して声を張り上げて勝つ気でやる。後者の勝率が高いだろう。もちろん私にそんな実験をする根気はない。誰かやってみてくれませんか。

(メロンの網の目のように勝ち負けの場合分けはあるのか。いや勝つか負けるか引き分けか3種のみ)
一塩と誤解したなり一入を [2020年10月13日(Tue)]

fumihouse-2020-10-13T18_07_42-1-thumbnail2.jpg【ひとしお】を[一入]と書くなんて、知らなかった。塩をひと摘まみ入れることで[一塩]、料理がより一層美味しくなるのが語源だと想像していたが違っていた。

何を「一回入れる」のか。染め物なのだそうだ。青は藍より出でて藍より青しと言うとおり、布を藍染めする際に染料に浸すたびに青く染まっていく。諺の意味とは離れるが、[一入]するたびに色が鮮やかに出てくるわけだ。

[一入]ではふつう読めないから、程度を表す副詞として思いをより強めて表現するために、[ひとしお]と用いるようになったということだ。新しい言葉を知る。知らなかった意味を理解する。感慨もひとしおである。

(美しく咲く薔薇を見て、喜びもひとしおなり)
形式の赤外線に人並ぶ [2020年10月12日(Mon)]

fumihouse-2020-10-12T19_32_59-1-thumbnail2.jpg非接触型の体温計で来場者受付をした。コミュニティセンターの文化祭でのこと。いろいろな反応があるのが面白い。

体を前に預けて計測しやすいようにする人はありがたい。引きがねを引いてピッと音がして計測完了。額にかかる髪を手でかきあげてくれる人も多い。簡単に済ますことができる。ご苦労さまですの嬉しい一言があったりもする。

こちらが机を隔てて体を折り曲げて手を伸ばしているのに、お構いなく突っ立っている無神経な者もいる。仏頂面でウンともスンとも言わない。反対に近づき過ぎて機械に額にくっ付けようとする者もいて面倒だ。

何か怖いものを向けられたかのように恐れる幼児。嫌がって顔をそむける。抱いた父が、大丈夫と言って反対側を向けてくれても、またそむける。やむを得ん、手のひらで計った(低めになる)。撃たれそうな恐怖を感じるのだろうか。

赤外線を放射して測る仕組みだから、髪がかかっていたり、遠かったり、接触しているとちゃんと測れない。誤差も大きくて、あてになるとは言いがたいが、どこでもやっているからご一緒にやることに意味がある。一応体調の具合も姓名、住所とともに書いてもらいはするが、この形式主義に陥りがちな現状はご愛敬。
轟いて響いて渡る車の列 [2020年10月11日(Sun)]

fumihouse-2020-10-11T20_56_59-1-thumbnail2.jpg【轟く】
車3つで、とどろく。スゴい漢字である。幾百、幾千の車が動いて音と振動が大地に響き渡る。

車の字を横にすると、車軸の両サイドに車輪があり、荷や人を載せる車台の象形となっている。字画の多さもまたごっつい印象を深める。轟く車は暴走族の大型バイクと爆音を撒き散らす改造車か?

いやいや戦争であろう。しかも中国古代国々が擁する軍備や食糧を運ぶ車が列を連ねる戦争。攻撃用の兵器を詰んだ巨大な戦車が急ぎ進む。土煙を立てて人馬と共に進むその轟音が鳴り響く。住む場所が戦場となってしまって、荷車に家財道具を載せて逃げ惑う庶民の悲鳴が聞こえる。それも轟きに拍車をかける。轟という字には戦争の匂いがある。

(大山渓谷の流れが轟いた先週日曜のこと。ギター三昧のあの日が懐かしい)
朝ドラのまとめ素晴らし泣き笑い [2020年10月10日(Sat)]

fumihouse-2020-10-10T17_22_07-1-thumbnail2.jpg朝ドラ「エール」は毎週土曜日に、朝ドラおじさんこと、バナナマン日村がその週5日分をダイジェストしてくれる。働き方改革でもって放送日が1日減ったということなのだが、このまとめ方が実にいい。

5日分見た人はもちろんだが、初めて見る人にも的確に一週間の流れと見せ所が伝わる。DVD録画で毎夜楽しむ私が見ても、再び泣ける、笑える。あらすじだけでなく、感動のシーンまで15分に過不足なく詰めてくる。日村のコメントも含めて編集していく技。さすがプロの仕事ぶりである。

古山裕一と古山音の物語は悲しい戦争の終盤に差し掛かった。来週の予告では、若者を音楽で戦争に駆り立てた責任を感じるシーンがある。夫婦の物語に注目したい。
人新世ニューノーマルが闊歩する [2020年10月09日(Fri)]

fumihouse-2020-10-09T19_56_48-1-thumbnail2.jpg地質時代で区切ると現代までの1万年は沖積世と言うが、人類が破竹の発展を遂げた時代である。同時に氷河期が終わり、温暖化が始まった時代でもある。地質学会は認めていないが、人新世(じんしんせい)と言う人が増えてきた。人類が地球の生態系に重大な影響を与え、地球の主として振る舞い始めたことに着目したものだ。

その人新世に存在感を増すのが、新コロナである。こいつのせいでニューノーマルが珍しくなくなった。新しい常識が君臨している。家庭でも仕事でも地域でも趣味の世界でも、日常が変わった。マスクをしたり距離を保ったりという物理的な日常にとどまらず、気持ちの置き場所まで重点ポイントが変化してしまった。

4年前の10月9日にこんなことを書いている。題して「水入らず」。酒席で上司から部下へ献杯する際に、昔は杯洗をやっていた。口をつけた盃を水で洗って相手に差し出す。やがて相手が使った盃だからこそ親愛の情が示せると皆が思った。すなわちそれが「水入らず」。

コロナ禍の今日、もうない。収束したとしてもしたくない、させたくない。新常態としての2020年、世界は変わった。誰も経験していない。誰も新世界を想像できない世の中だ。
不作為の理由を述べよ述べられない [2020年10月08日(Thu)]

fumihouse-2020-10-08T13_16_25-1-thumbnail2.jpgおよそ人間の行為には理由がある。行為をしない不作為も含めて。理由を述べられない訳は二つ。子供のように夢中だったので分からない、忘れてしまったというのが一つ。もう一つは秘密につき理由が言えない、言いたくない場合だ。

日本学術会議の会員候補6人を排除した案件。首相の人事権により総合的・俯瞰的に判断したとのみ応え、理由を全く明かそうとしない。誰が見ても、言いたくないのだなと分かる。

安倍元首相は立つ鳥跡を濁し、疑惑に蓋をしたまま去っていきはしたが、8年近くにわたり日本のトップとして世界を渡り歩いた。アベノマスクで味噌を付けはしても、経済政策のキャッチとしてアベノミクスほか優れた造語を作ったおかげで、日本の知名度は上がった。身長が高くて声も張り出すので見映えがよい。

菅さんは、苦労人、立志伝中の人物ということで就任当初は話題となったが、陰険で策謀家、説明を尽くさない人という評価を固定させてしまうのだろうか。今後、短命で地味な総理が再び使い回されそうな気配を感じてしまって、日本のためにはよろしくない。

(秋風の吹く伯耆大山の中の原。早くも首相に秋風か?)
蝉時雨消えて病葉残りけり [2020年10月07日(Wed)]

fumihouse-2020-10-07T07_06_12-1-thumbnail2.jpg先週金曜日まではセミが鳴いていた。ツクツクボウシが切れ切れに鳴いた。週末から消えた。夏は終わったのだ。

ファーブルは蝉の声をこう書いている。≪この世界にうまれたうれしさと、自分がこうして生きていることのたのしさを表すために、うたっているような気がするのだ≫(『ファーブル昆虫記』奥本大三郎訳)。

ファーブルの考察は、オスとメスが交尾するために鳴くと決めつけないところがいい。ギャンギャンジージー鳴きわめくと言わずに「うたう」という(訳の妙とも言えるが)。観察して彼らの身に入り込むようにセミになって考える。セミは夏の芸術だと日本人のようなことを言う。

かまびすしかった夏は終わった。クマゼミが、アブラゼミが、ミンミンゼミが、ニイニイゼミが歌わなくなった木立。少々寂しく思う。

(しばらく前までは蝉がうるさかったであろう、大山のブナの林。夏の日差しに傷んだ病葉。やがて黄葉となり使命を終える)
秋の日は釣瓶落としに暮れていく [2020年10月06日(Tue)]

fumihouse-2020-10-06T18_36_21-1-thumbnail2.jpg秋の日は釣瓶落とし
その言葉のとおりの夕べ
松江の日の入り時間は18時43分
空気が澄んで乱反射が少ないか
日の入り前から木陰ではうっすら暗い
茜色の雲は西の低い空にほんの少し
朱に染まる空の範囲は狭い
ブルーから紺へ 漆黒の夜色は近い
西の空一番星は春のアークトウルス
南には仲よく木星と土星
30分もしないうちに辺りはすっかり暗くなり
散歩するには灯りが欲しい
朝も暗くなって起きづらい 気温も低くなった
秋分から二週間 夏の気配は消えて秋の色が染まる

(菊芋の花は清々しい)
ありがとう教師に伝えてよろしくね [2020年10月05日(Mon)]

fumihouse-2020-10-05T18_29_29-1-thumbnail2.jpgきょうはユネスコの「世界教師デー」。20年の歴史でしかないが、世界の多くの国が「教師の日」を定めているという。日本で定着しないのは何故だろう。私もGoogle検索の扉絵の[教師の日2020]で始めて知った。一般社団法人教師の日普及委員会が示したスローガンは、「先生、ありがとう」を日本中に である。

昔に比べて教師の社会的地位は落ちている。かつては先生というだけで尊敬されたし、出雲では成績の優れた子に対し常套的に「あんたは先生になるかね?」とおばちゃんたちは聞いたものだった。それは昔の話。今は人次第、行動次第。しかも性的倒錯教師(ほんのほんの一部)の報道によって、教師がいかがわしいイメージで見られるのは気の毒である。

もちろん、先生と言われるほどの馬鹿でなし という言葉もまだ生きている。自戒を促したい。教師の座に胡座をかくのではなく、常に自己の成長を期していってもらいたい。

日本の教師は主要先進国の中でもダントツに働いているという。膨大な事務作業や部活動の指導、保護者対応など授業以外に費やす時間が多い。燃え尽きる教師も増えているそうで、教師のモチベーションを高めるためにも、学校教育の仕組みの働き方改革が求められる。

教師の質が落ちれば日本の将来は危うい。教師に感謝を伝えてモチベーションや質のアップにつなげていくこと・・・賛成である。感謝され、褒められると悪い気はしない。豚も褒めれば木に登る という諺もある。別に揶揄したつもりはないので念のため(私の親族にも教師が多い)。

世界の先生たちよ! いつもありがとう。地球の未来はあなた方にかかっていると言ってもよい。きょう10月5日は、教師の日。先生方重ねてありがとう!
大山のギター三昧鳥さえずり [2020年10月04日(Sun)]

fumihouse-2020-10-04T20_48_44-1-thumbnail2.jpg鳥取県の観光ポスターが面白い。知事の発想が豊かな証拠だが、松葉ガニ漁獲量日本一から蟹取県、星が美しく見える県として星取県。大山の国民宿舎で見つけたポスターは、

 [記録]に残る旅 #写真で撮りたくなる体験

として、カメラのファインダーのデザインをベースに大山の星空、大山の雲海、大山の樹氷、大山のブナ林を美しく配置している。

あいにく昨日の夕方以降、伯耆大山の険しい峰々の姿は見えず、中の原スキー場から上は雲に覆われている。ギター講習会に参加された皆さんは早朝の散策に向かわれたが、わたしはギターの練習三昧を続けた。開けた窓から聞こえる小鳥のさえずりが美しい。風に混じってトレッキングに向かう人の声が聞こえる。そこにわたしのギターの音色が加わって、好ましい大山の朝は過ぎていった。

(大山のブナ林に流れる渓流の脇に咲く大文字草。ここ川床にはかつて集落があったようだ。天保の年号を記した墓標がある)
山麓でギター漬けなりらりるれろ [2020年10月03日(Sat)]

fumihouse-2020-10-03T12_15_11-1-thumbnail2.jpg伯耆大山の山麓に来ている。大山ギター講習会、別な言葉で言えば発表会と演奏会を兼ねたギター合宿に参加するためである。ホテルに缶詰めになってプロのレッスンを受け、コンサートを楽しみ、個人発表をする。自分でソロ曲を選び、アンサンブルは指定された曲から自由にパートを選ぶ。土曜の昼から日曜日の昼にかけてクラシックギター漬けの24時間。ワクワクしている。もちろん、新コロナ対策は万全。心置きなく楽しむことにしよう。

(大山に咲く蕎麦の花ではないが、この辺りにも栽培されているかな?)
愛の名にギター奏でて距離縮め [2020年10月02日(Fri)]

fumihouse-2020-10-02T20_05_40-1-thumbnail2.jpg女性の名前のついた楽曲が気になる。ベートーベンの『エリーゼのために』、ポール・マッカートニー『ミッシェル』、ジョン・レノン『オー ヨーコ』、村下孝蔵『ゆうこ』、サザン『いとしのエリー』・・・いくらでもある。いずれも愛しいひとに捧げ熱い愛を語る。

近世までサロンの主役として重宝されたギターはどうか。これまた、あるある。

タレガの『アデリータ』は、弟子アデーラに親しみを込めた愛称だ。有名な『ラグリマ』は、惚れ込んだ(40歳近く年下だが)愛弟子ホセフィナ・ロブレドにのみ与えられた。『アルハンブラの想い出』もパトロンだったコンチャ夫人に献呈されている。

『フリア・フロリダ』は、バリオスがコスタリカで出会った女性に対して、花のように美しいフリア、と歌い上げる。『マリア・ルイサ』は、サグレラスがアルゼンチン人の若い女流ギタリストのマリア・ルイサ・アニードに捧げた。

ピアノに押されて一時は凋落したが、19世紀の終わりになってタレガは、高い技巧から名曲を編曲したり作曲したりして、次世代に弟子を引き継いだ。リョベートやセゴビアの登場によってギターは完全復活した。

ギターの響きは甘く、変化させる音色で興味を引く。好きな異性、中でも男性から女性に愛を告げるのにふさわしい。至近距離で愛の歌を奏でられると心が揺さぶられ、自ずと愛情が増幅したに違いない。昔の作曲者の多くは演奏家であり、各地のサロンで引っ張りだこだっただけではなく、ギターでもって甘く口説く姿もたくさん見られたのではなかろうか。

(甘くて淡いピンクが好ましい溝蕎麦(ミゾソバ)も満開になっている。蕎麦に似ているが愛の実はならない)
道筋は幸せ軌道を示すもの [2020年10月01日(Thu)]

fumihouse-2020-10-01T18_25_47-1-thumbnail2.jpgビッグデータは道筋を示さない。巨大で複雑なデータを集積させて論理によって処理されるビッグデータは、思考の道筋を提供しそうなものだが何故か。コンピュータの処理過程が膨大すぎて、人間が理解できる範囲を超えているからである。

AI(人工知能)は学ぶ。人間の脳と同じく試行錯誤して最適解に近づいていく。細かな人間の指示がなくとも、ビッグデータから規則性や特徴を割り出して分析する。人間の神経回路を真似たディープラーニングの手法を使っているという。

論理の精度は格段に上がった。ネットの検索エンジンは5年前とは比較にならないほど目的に速く達する。音声認識も正確で、トンチンカンな単語変換はほとんどない。囲碁や将棋、チェス。人間はすでにAIに敵わない。

どんなに幾億千万の場合分けをして最適な回答を探しだしたとしても、そこには道筋が示されない。人間の幸福をもたらすかどうかが見えてこない。道筋が分からなければ、幸せへの期待感が出てこないではないか。物語がないのだ。感覚的にはそれでいいの? と思ってしまうのだ。

(花は美の論理を示さない。ただ、美の感覚を伝える)