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哀調の軍歌は人を詩人にす [2020年09月30日(Wed)]

20200921_224043_compress8.jpg「露営の歌」(藪内喜一郎作詞/古関裕而作曲)は勇ましい歌詞である。だが、イ短調の響きによって望郷の念を呼び覚まされ、兵士は胸をつまらせたことだろう。

 勝ってくるぞと 勇ましく
 誓って故郷(くに)を 出たからは
 手柄立てずに 死なりょうか
 進軍喇叭(らっぱ) 聞くたびに
 瞼に浮かぶ 旗の波

朝ドラの『エール』で古山裕一がこの作曲を手掛けた。戦意高揚を目的としていながら、哀愁を帯びている。お国のため云々とは建前で、冷酷な国家を呪いイジメ体質の軍隊を嫌う。天皇陛下万歳と叫んで死地に向かっても、母や妻子を思って死んでも死にきれなかった彼らの思いを代弁したメロディだと思う。

古山は戦争協力者であることは間違いない。戦犯とされる可能性も十分あったことだと思う。それでも哀調の軍国歌謡をヒットさせることで、時代の波に巻き込まれながらも一矢を報いたと言えるのではないだろうか。

(小紫は一矢を報いるか。誰かを恨みに思うのではなく、ひたすら自らのために高貴な紫で秋を飾る)
貢献しそれらをもって人となす [2020年09月29日(Tue)]

DSC_1075~2(1).JPG≪人間にとって成長ないし発展とは、
 何に対して、何をもって、
 どのように貢献すべきかを
 自らが決定できるようになることである≫
       (ピーター・ドラッカー)

人間それぞれ自己を中心に同心円を描きながら世界は広がっていく。貢献は英語でcontribution。ラテン語の参加するが語源で、部族の構成員に寄与することだそうだ。〈貢〉はみつぐ。金や物を与えて助け、支配者に金品を差し上げること。〈献〉は捧げ奉る。生け贄や音楽を神仏を祭ることであるから、contributionとは感じが違うが、ともあれ、自分中心の勝手気ままではなく、他人のために自分の力と時間を使う発想ができるようになって、人間の成長は早まる。なかには年齢を経るにつれて後退していく人もまま見られるようだが・・。

(水染みのついた壁もまた、貢献する。暑さ寒さを遮り、安全と安心を守る)
クリックしあれよと国勢調査なり [2020年09月28日(Mon)]

20200927_194003.jpg今年は五年に一度の国勢調査。そろそろやってしまおうと思って、調査員から渡されていた調査票を手に取った。家人の一人ひとりについてマークシートを塗り込んでいくのか、それともネットで記載するのか。ネットにしてみた。IDとパスワードを説明用紙にあるとおりに入力し、マウスでクリックする。ものの5分であっけなく終わった。ああ!楽チン楽チン。
秋の風運動日和に変えないで [2020年09月27日(Sun)]

20200425_182255_resize_71.jpgきのうまでの曇りがちで時折強い雨が降る天気は一転し、風のない爽やかな秋晴れとなった。きょうは楽しい地区運動会………というのは仮の話で、気分は子供の頃までの話。新コロナのせいで運動会は数ヵ月前に中止が決まっている。

何年ぶりかで会う知り合いと言葉を交わす。同級生と年をとったねと笑顔で楽しく話す。自治会の代表が奮闘する姿に声援を送り、労をねぎらう………去年も雨で中止、一昨年もそうだったと思う。残念な一方で、ホッと安心する気分もある。選手決めの調整、当日のテント準備から慰労会に至るまで面倒だと思ってしまう。そうした気分は多くの人に共有されているようで、運動会など止めてしまえばいいと言う人も増えている。時代は徐々に変わってきている。

きのう、振り返りのPDCAには、Please, don’t change anything(どうか何も変えないでください)というパロディがあると紹介した。変えないで!と望んでも変わるものは変わる。構成が替わり、時代は変わる。保守的な姿勢で損するのは自分である。
変えないで変えたつもりが元木阿弥 [2020年09月26日(Sat)]

20200921_224417_compress54.jpg先日、振り返りの手法を三つ書きました。PDCA(計画→実行→評価→改善)、KPT(継続点+問題点→改善点)、YWT(やった→わかった→取り組み)ですが、PDCAサイクルにはパロディがあります。

Please, don’t change anything.(どうか何も変えないでください)。略して「PDCA」。

「改善したらいいかもしれないけど、それまでの労力を考えると…」そんなボヤキや言い訳が聞こえます。わたしだって、この一週間何かしら意識してやったかというと、自信はないですね。

(ニラの花も盛りを過ぎ、小さな花びらがちらほら欠けて陰りが見える)
仕事師に読まれ方など気にしない [2020年09月25日(Fri)]

20200921_224159_compress14.jpg「菅原さん」は、〈すがわらさん〉又は〈すがはらさん〉と読めるのに、「菅さん」のことは〈かんさん〉と読んでしまいがちです。

菅 直人(かん なおと)という爽快な響きで分かりやすい名の総理大臣(名前は爽快だがイラ菅と呼ばれた)がいただけに、新総理は間違えられやすい。名前も義偉(よしひで)で読みづらいですね。しかも第99代の内閣総理大臣ときたから、記念すべき100代は誰だろう?と期待されてしまうのも玉に瑕。

基本的に安倍政権を継承し、各論を実行する仕事師内閣だとも称されています。目立つキャッチも使わない。それはそれでよし。新コロナ収束後の日本をいかにつくり、世界に発信していくか。健康に気をつけてがんばってほしいですね。

(菅総理は安倍色を残し、マリーゴールドは夏の名残りの紅色を陽光にさらす)
明日には風が吹く吹く如何にせむ [2020年09月24日(Thu)]

20200921_224136_compress19.jpg【あしたはあしたの風が吹く】
成るようになるさ、と無責任を絵に描いた言葉のように思われているが、まんざら悪くない。

じっと止まっていれば風を感じることはない。が、歩けば弱いながらも風を切る。すなわち何かに着手すれば風は起きる。変化がある。開き直って覚悟をもって「明日の風」に臨む決意を説いた諺だ。

明日の風はわからない。大きな嵐に巻き込まれてしまうかもしれない。そんな世にあっても、小さな動きであっても自ら動けば風は起こせる。明日は明日の風を吹かす!

(明日も風に吹かれて揺れるであろうメタセコイヤ)
やったことわかったことを振り返り [2020年09月23日(Wed)]

20200809_131358_compress68.jpg何事も振り返りが大切だ。出来事や実行したことを整理して客観的に反芻する。終わった、やれやれで済ませてしまうと、次につながる学びは得られにくい。

昔から言われるのが、PDCA(Plan-Do-Check-Action)。短くしてPDS(Plan-Do--See)。計画し実行したら評価して、また実行の繰り返し。その振り返りによって業務を改善していく。プランや目標を具体的に設定することは言うまでもない。

KPT法という手法もある。Keep(継続すべきこと)、Problem(問題だと思うこと)。二つに分類し、それからTry(改善していくこと)をまとめる。この順で振り返っていくといものだ。

最後がYWT法。これは日本語の頭文字のイニシャルなので憶えやすい。Y(やったこと)、W(わかったこと)、T(取り組むこと)。この3つのステップで振り返る。日本能率協会が提唱したのだそうだ。わかりやすいとはいえ、実践し続けていくのは難しい。

Y(やったこと)をすべて書き出す。終わったことにひと安心し、何をやったか思い出せないことは、ままあること。

それを踏まえて、W(わかったこと)。何を学んだのか、どんな気づきがあったのか。書き出すのは面倒くさい。微に入り細を穿つようにして深掘りするのは面倒くさい。

最後にT(取り組むこと)。Wでしっかり洗い出せていれば、あとは易しい。

振り返り ※※※※ 続けることが大事だ。ボッーとして忘れがちなんだな、これが。本気で振り返ろうとしたときには、メモすることを忘れないようにしたいものだね。

(振り返るとそこには灯りに透けたカーテンがある)
でェすゥまッすゥと語尾を変えたらいかがかな [2020年09月22日(Tue)]

20200419_130448_resize_8.jpg昨年あたりから気になる語尾がある。「・・です」「・・ます」に違和感があるのだ。〔で〕や〔ま〕を強く発音し、〔す〕に向かって力を抜く。表記すれば、「でェすゥ」「まッすゥ」という感じになる。

同類の言い方で、「・・であり、・・」と連用形でつなげていく場合、「あァりィ」の両音とも強める発音をしているようだ。

ふつうの会話で使われない。会議や朝礼などオフィシャルであらたまった感じでしゃべる場での話ぶりである。

一昔前は語尾を上げるイントネーションが流行った。体言止めでも上げる。謙譲の面持ちと自信なさげな言いぶりで、相手に受け入れやすい雰囲気を出したいという意図が感じられた。

島根県の児童相談所と関係する職場の職員から発せられるのを発見したので、児相由来の発音だと思っていた。しかし、わかたけ学園改築工事の説明会で建設事業者が話をされて、うち一人がその語法を使っていた。テレビでもどこかの地方の誰かが使っており驚いた。すでに全国区? どなたか、この言葉使い、気になりませんか。そんなことどうでもいいですか? わたしには、気になりまッすゥ。
日常に漢字の真価どこにある [2020年09月21日(Mon)]

20200602_112929_compress91.jpg国連総会が始まったようである。コロナ時代にあって国連のシンカが問われる、とニュースは伝える。シンカはどの漢字が当たるのか。

進化、深化、新化、臣下、新価、神化、神火(神聖な炎)、心火(激しい怒りや憎悪)、真仮(まこと&かり)、真果(子房が肥大した果実)

もちろん正解は「真価」だが、同音異義語が多いのは日本語の難しいところだ。もし漢字を無くして、表音文字のひらがなとカタカナだけにしたとしたら、言葉の区別がつかなくて、真意を図りかねて誤解を招くばかりか、やがて使用頻度の少ない言葉そのものが消えていくだろう。文字と共に概念まで無くなって、語彙は乏しくなる。

同じことを韓国はやった。かつてはハングル(表音文字)と漢字(表意文字)を並記していたのだが、もう何十年も漢字教育をしなくなっている。若い世代で李承晩ラインの頃の“古文書”を読める者は少なかろう。反日の当局の言うままに洗脳されていく。いいことなのか、悪いことなのか。
客席は倒す残すで気をつかう [2020年09月20日(Sun)]

DSC_1627~2(1).JPG夜行バスを運行するある会社が、リクライニングシートを倒す・倒さないでトラブルを起こさないよう、どんな知恵をしぼったかとクイズ番組に出た。答えは、あらかじめシートを倒しておくこと。家族の中でわたしだけ正解したので鼻が高い。

今は思う。いっそのこと、特急列車も新幹線も、リクライニングシートを使うすべての客席でやったらいいと思う(飛行機は除く)。始めから倒してあれば倒して使いたい人は安心だし、立てたい客は遠慮なく立てればよろしい。忖度無用、声かけ無用ですべては丸く収まりそうなものだ。
幸福にアランの言うこと聞いてみよ [2020年09月19日(Sat)]

20200506_192920_compress76.jpgアランは『幸福論』(串田孫一・中村雄二郎訳)で述べている。常に上機嫌であれと。

≪私は上機嫌をおすすめしたい。これこそ、贈ったりもらったりすべきものだろう。これこそ、世の人すべてを、そしてまず贈り主を豊かにする真の礼儀である。それこそ、交換することによって増大する宝物である。
(中略)親切な言葉、感謝の言葉を言うことだ。冷淡な馬鹿者に対しても親切にすることだ。
(中略)こうして、上機嫌の波はあなたの周囲にひろがり、あらゆる物事を、あなた自身をも、軽やかにするだろう。その影響するところは限りない≫ 

ふとした他人とのやり取りで腹を立てることは茶飯事である。悪意もあれば誤解もある。陰気なさざ波が広がり、むっつりと苦虫を噛みつぶしたような顔つきをする。無愛想は連鎖する。相手にも、自分のこの瞬間にも。さっき抱いていたはずの幸せ感は跡形もない。

アランの言うとおりだ。幸福になりたいのなら、作った笑顔でもよい。上機嫌であれ! 鬱憤を晴らして積もった怒りを表に出す代わりに、まずニカッと口角を上げてみよう。
脱線し列車でなければ楽しかろう [2020年09月18日(Fri)]

20200513_211322_compress57.jpg話が本筋から離れて脱線することがある。悪いことだろうか。

目的を持ってまっしぐらに結論まで行かせることは意義あることだし、効率もいい。ビジネス会話はそれでなくてはならない。反対にギスギスして潤いがなくなるという要素もある。ビジネスライクにだって遊びがあってよい。そう、脱線は楽しいことなんだ。

脱線から思わぬ展開となって新しい発想が生まれる場合もある。本筋が重要なものでなければ、話はどこにでも転ぶ。そしてワクワクして止まらなくなる。ジェンダー論を振りかざすつもりはないが、女性は脱線を楽しみ、男は振り子を元に戻そうとする傾向にあるものだ。

話の脱線。時と場合によるが、本筋をおろそかにすることなく、適度に楽しもうではないか。コロナコロナでつまらぬ世になりつつあるからして、会話で楽しみたいものだね。
亭主とは元気で留守がいいものさ [2020年09月17日(Thu)]

20200715_210111_compress78.jpgNHKの『所さん!大変ですよ』で取材された人が、こう言った。

「亭主元気で留守がいい」というコトワザのとおり・・・

笑った。あの言葉は諺に昇格したのだな、と笑ってしまう。何十年か前のキンチョーのCMで大流行りしたコピーである。

夫は財布となって家にお金を入れてくれるだけでよい。夫は家にいない方が妻にとっては都合がいいという意味だ。名言中の名言と言えるのかもしれない。諺化してるのかもしれぬ。わたしはそう言われないようにガンバる!
自虐して神の世界も三密と [2020年09月16日(Wed)]

DSC_1535~2(1).JPGコメディ『秘密結社 鷹の爪団』による島根自虐カレンダー2021が出来た模様。題して「神在月は神さまたちが三密状態」。今年も笑えそうな気がする。

八百万の神々に身体はない。目にも見えない。声もない。言葉もしゃべらない。したがって人間的なコミュニケーションはできない。それでは、なぜ三密状態なのか。そんなことわからない。でもそこにある。そこにいる。だから三密にちがいない。

やがて来る神在月。この11月15日が新月で、旧暦十月の始まりである。ちと寒くなって観光客も少なめで寂しくはあるが、遠慮せずにGo To トラベルキャンペーンに乗ってやってきてほしい。客も引き連れて出雲へどうぞ。病疫はごめんこうむりますが・・・。
新しい生活様式姑息かな [2020年09月15日(Tue)]

DSC_1542~2(1).JPG朝日新聞の先週末の記事に、「新しい生活様式」に絡めて50代女性のこんな意見があった。

「恒久的に続くことを正当化するような『新しい』という言葉を使う姑息なお上のやり方が気に入らない」

中身はともかく、わたしが気になったのは【姑息】である。卑怯だと言い切るまでいかなくても、こせこせと意地の悪い性根を非難している。字感として、意地の悪い姑が息を潜めて嫁の様子を探りイビるような感じがある(そんな姑は絶滅?)。

本来は誤用だが、いまやほとんどの人が悪い意味で使う。姑はしばらく、息はやむという意味であり、一時しのぎして解決を先伸ばしにすることだ。古い習慣を改善せずにだましだまし物事を行う「因循姑息」には本来の意味が宿る。

「おのれ姑息なマネを……」と言って卑怯者を罵る時代劇の場面があったのかもしれない。言葉は時代につれ、流行に従い、移ろいゆく。
忽然と秋は来た来たここにある [2020年09月14日(Mon)]

20200914_180804.jpgこの梅雨は長かった。幸いに出雲は大雨の被害には遇わなかったけれども、各地で災害が続いた。7月末にやっと梅雨が明けたから、それまで灼熱に悩むことはなかった。この夏は酷暑に苦しめられる時間は少ないだろうと思った。

ところが暑かった。暑過ぎた。太平洋高気圧とシベリア高気圧が重なりあった上に、高い海水温で空気は熱くなった。地獄の沙汰も高気圧次第という夏だった。もう秋は来ないのじゃないかと疑いたくなるほどだった。

しかし秋は来た。忽然とやってきた。すっかり秋だ。空気が違う。雲が変わった。空に叙情的なムードがある。短いかもしれない。去年のように長いかもしれない。ともあれ秋を楽しもう。
声優にプロと素人違いあり [2020年09月13日(Sun)]

20200602_113455_compress57.jpg映画『2分の1の魔法』のウェブの感想に、日本語吹替えの声優として素人を使うって感心しないというのがあった。コントやバラエティに出演する芸人を使ってほしくない、本物の俳優や声優がよいという意味だろう。わたしはその考えには与(くみ)しない。

日常私たちが生活する上で名優が演じるように会話をし、絵のような立ち居振舞いをするだろうか。そんなことはない。棒読みあり、気のない返事あり、相手に伝わらないコミュニケーションあり・・・不完全である。映画やドラマなどフィクションでは、そうあったらいいなあという最大公約数、たいていは監督や演出者のイメージで作られていく。完璧さを求めるのも一考だが、それはそれでよい。

コントや漫才は面白くしゃべくり続ける印象が強いが、実際は絶妙なリズムと間合いで出来ている。演技力も相当必要だ。そこに爆笑が生まれる。バラエティでもコメント内容と間合いの悪い芸人は淘汰されていく。出演の多い者は優れているということなのだ。つまり彼らは持って生まれた才能と近年の鍛練とによって、俳優や声優としての十分な技能も身についている。と、わたしは思う。

(花もまた、種としての才能と咲き誇ろうとする鍛練とによって人間を喜ばす)
新用語コロナ時代が到来す [2020年09月12日(Sat)]

DSC_1544~2(1).JPGNHKニュースで「コロナ時代」という言葉に出会った。まさにそのとおり。

この5月23日に書いたのは、今年をA.D.元年と名付け、去年はB.C.1年とするということ。A.D.は西暦ではなく、新コロナ後、すなわちafter disease(病患のあと)。B.C.はキリスト誕生前ではなく、新コロナ前、すなわちbefore Corona。

新型コロナウイルスという病原によって引き起こされる疾患が社会を不健全にし、世界を震撼させるようになって早くも半年。

日本で一日の感染者数が千人を下回りはしたが、油断はできない。日常が戻るには相当の期間がかかる。マスクを着けて不要不急の移動を避ける新しい日常も定着した。もう昔には戻らない、戻れない。コロナ以前とコロナ以後、まさに「コロナ時代」は到来した。
ジトジトとブルブル人はナゲクもの [2020年09月11日(Fri)]

20200911_084741.jpg雨がジトジト、二日でも降り続こうものなら、もう十日も雨模様が連続した気がして陰鬱になる。

極寒でブルブル、凍りつく手をさすって三日でも過ごそうものなら、一ヶ月も経った気がしてこの世の終わりかと嘆きたくなる。

猛暑でジンジン、炎天下と熱帯夜に苦しめられて一週間も経とうものなら、二ヶ月も耐えてきた気になってくしゃくしゃする。

不快になる天候が一定期間続くと、人は誰でも(わたしだけ?)マイナス感情がつのって天候を過大評価して悲観的になる。

反対に、春うららかな日射しに包まれると、この天気がずっと続いてほしいと願う。だが、二日たって雨が降りだすと、たった二日しか続かなかったと嘆く。

爽快な秋の空気に誘われて戸外を歩くと、元気が満たされて、いつもこうだったらよいと望む。だが、三日目に天気が崩れると、その短さを儚む。

人間とは勝手なものだ。が、それが人間だ。

(島根県自治研修所の空は、3週ぶりの雨でけぶっている)
その昔魔法に満ちた世界あり [2020年09月10日(Thu)]

20200609_181935_compress39.jpg「はるか昔、世界は魔法に溢れていた」というテープメッセージを父は幼子に残して死んだ。16歳になったとき、少年イアンへ渡された父のプレゼントは魔法の杖。邦題『2分の1の魔法』のとおり、魔法は半分失敗して父は下半身しか蘇らなかった。効力は24時間。宝石アイテムを手に入れ父を復活させて、父と語り合いたい。イアンは望みをたくさんリスト化した。

□車の運転練習をする
□散歩する
□いっしょに笑う
□人生をともに生きる ・・・・・

おずおずとコミュニケーション障害と言えるほどのイアン。一方で兄はハチャメチャ冒険とゲーム好き。はた目には注意欠如多動症の極めつけに見える。周りに迷惑をかけてばかりの兄をイアンはろくでなしと表現した。兄のせいで父の復活は失敗に終わろうとしていた。リストを全て横線で消したイアン。

しかし彼は気がついた。父と母の愛を一身に受けて自分が大きくなってきたこと。そして兄は自分の成長を温かい目で見守ってくれていたこと。兄の恩は深い、ろくでなしなんかではない。兄にはいつも励まされていたじゃないかと感謝の思いが湧いてきた。リストは全てチェックすることができた。

父との出会いはほんのわずか。父との離別の儀式は終わったが、イアンは大きく変わった。友と語り友をリードし自信をもって生活を切り開いた。そこには感謝の念がベースにあった。

エンディングに流れたスキマスイッチの『全力少年』の歌詞が染みとおった。
  ♪あの頃の僕らはきっと
  全力で少年だった
  セカイを開くのは僕だ♪
映画見て本を読んだらスマホ無し [2020年09月09日(Wed)]

DSC_1619~3(1).JPG映画をひとり見るために家を出た。スマホを忘れたことに気がついたが、財布はあるので気にしないでいた。

映画を終え、ショッピングセンター内を歩く。昼食をとり珈琲を何杯もおかわりして文庫本を一冊読み切った。ふだんなら映画評を書くためにスマホに向かうが、今回はない。本読みに集中できた。

腕時計をつけることはめったにないので、時間がわからない。時間を忘れて買物に興じてほしいという意図だろうか、ショッピングセンターには時計がない。時計店まで行くか、店員にでも聞かない限り時間がわからない。スマホがないのはとても不便だ。

時計代わり、メモ、辞書、SNS投稿、個別メール送信、電話機、電卓、カレンダー、気象情報、メトロノームなど、スマホはライフラインのトップに躍り出ている。

(ときには煌々と宵闇を照らす灯火のように時計が必要な場合もあるだろう)
弾き始めイメージ指置き息をする [2020年09月08日(Tue)]

DSC_1615~4(1).JPG楽曲の弾き始めは難しい。発表会や練習会で、出だしの音でつまずいて弾き直す人の多いこと(わたしも含め)。ギターに限らない。人前で演奏するのは緊張する。特に弾き始めは失敗しやすい。こんなはずではなかったと焦り、進むにつれて腹が据わるどころかますます緊張して運指を忘れ、テンポが無茶苦茶、曲にならないこともある。

プロギタリストの山口莉奈氏が、曲の弾き始めに心掛ける3つのポイントを述べている。その上で、本番では練習でやった以上は出せない。よって毎日の練習でやることだと。習慣になると緊張した場面でもできるという。目指せ、弾き始めの安定感!

【1】テンポや曲の雰囲気をイメージ
唐突に弾き始めてはいけないようだ。曲の出だし、特にテンポを心の中で刻むこと。するとテンポに不安を抱えることがないという。

【2】右手、左手を準備をする
左手は弦に置いても、右指は宙にあるまま弾き始めることの多いこと。第一音で空振りしたことがある。右手もセットしておこう。

【3】息を吸う
弾き始めは必ず呼吸をしてから始める。無呼吸でスタートすると、最後までブレスを忘れがち。ギターは吹く楽器ではないから意識しないとブレスを忘れる。音楽に呼吸は不可欠。

(未来を見据えて今日も一歩前進)
見えなくて怖いものならいっとくれ [2020年09月07日(Mon)]

DSC_1532~3(1).JPG見えなくて怖いものって何だ?
今どきクイズにもなりゃしない。新型コロナウイルスに決まってる。
まっそうだな。まだあるだろ?
ほかのウイルスや病原菌だって怖いよね。
そうそう、人類の医学は感染症との戦いだ。それから?
うーん、風も怖いぞ。風に吹かれてビシビシなびく。
確かに、この台風10号の風は強かった。それから?
まだかい? 吹き返しの風が怖くて今日はすっかり疲れたよ。
疲れをとるために頭の体操だ。
そうだな〜。悪意なんてどうだい?
そのココロは?
根っからの意地悪は虎視眈々とターゲットを狙うと思わない?
そうねぇ、表向きはニコニコと愛想よく陰では害意の塊。
だろ、見えないだろ。
それから?
まだかい。怒りなんてどうだ?
なるほど、さっきまで機嫌よくしていた者が手のひらを返したように立腹する。見えないなあ。
だろだろ? 命の底に隠れていたんだよ。深呼吸して数を数えて6秒待つ。すーっと消えていくよ。
すーっと消えると言えば、見えないけれど怖いもの。お化け、これに決まり!

(この目に見えて美しいものをたくさん見たいものだね)
ガム噛んで口と心身鍛えよう [2020年09月06日(Sun)]

DSC_1122~2(1).JPGガムを噛む。力一杯噛むのでアゴが疲れる。味がなくなっても噛む。心身両面で効能があるという。

10分以上噛むと唾液が分泌する。口内をきれいにして口臭を予防する。せっかくキシリトールガムを噛んでも甘みを残したまま捨てると、別の糖分が歯に残ってしまうという。噛むなら10分以上を心がけたい。現代人の咀嚼は少ない。柔らかい食べ物も多く、早食いする。筋肉と脳を活性化するためにガムが有効だ。

アメリカのスポーツ選手が試合中にガムを噛むシーン。行儀が悪いととらえがちだが、脳の運動野を刺激して筋力もアップする。抗重力筋を鍛えバランス感覚を高める効力もある。ガムを噛みながら勉強したり仕事をするのも悪くないようだ。満腹中枢を刺激するので、食事前に空腹で困ったらガムがよい。ダイエットにもつながるし、表情筋を動かし口周りの筋肉を鍛えることもできる。

ガムを噛んで脳に血液が流れ込むと、脳は反射神経・記憶力・判断力・集中力を高める。認知症予防にも効果があるという。副交感神経を刺激しリンパ球が増えると免疫力もアップという具合にいいことずくめである。

咀嚼することで、幸せホルモンと言われるセロトニンが分泌される。落ち着いた穏やかな状態を保ったり、人に共感する脳の働きにもよい影響がある。

一日何回くらい噛むのがよいのか。3、4回がベストだという。口の片方に偏らないようにして歯に負担をかけないこと。10分噛むと1日30分以上。ながらガムを実践しよう。

(ガムの実ではない。オリーブの実)
ストレッチ数を重ねてからだ成る [2020年09月05日(Sat)]

20200825_011342_compress34.jpgわたしの体はストレッチで出来ている。朝起きて後ろ手に組み、ゆっくりと身体を沈め痛くなる直前まで屈める。腕は真上まで上がって心地よい。身体が目覚めていく。

さらに後屈をして、左右の曲げ、上体のひねりを数種、股関節や大腿部、下腿部の伸ばしを前後左右に数種、足首や膝、手首の屈伸もやる。座って曲げた足を絡めて尻を伸ばして終わり。15分弱かかる。

繰り返して数十年。元はと言えば、ゴルフの飛距離を伸ばしたいと始めたことだ。体が柔らかくなると関節の可動域が大きくなり、小さな筋肉の強化にもつながるという記事を読んだからだ。距離は伸びた。ラウンドで歩き続けても疲れにくくなった。当然スコアは飛躍的に良くなった。付随的に風邪をひきにくくなった。足をくじいてもダメージは少ない。体も軽くなって健康になった気がしている。

いまはゴルフはしない。しかしストレッチは残る。ゴルフのおかげでストレッチを始め、今わたしの体はストレッチで出来ている。

(しなやかなセーターの繊維はよく伸びて心地よい)
大変だタイヘンたいへん大変だ [2020年09月04日(Fri)]

20200506_193056_compress49.jpgそのとおりだ、なるほど、と思える言葉を聞いた。

  「大きく変わるチャンスを大変という」

【大変】というのは大きな異変や大事件を元は意味するが、ほとんど目にすることがない。事が重大であったり、大きく危うい様を示すことが多い。あるいは「仕事が大変だ」というふうに、苦労が甚だしかったり、普通の程度を甚だしく超えている様子を表す。別に甚だしくなくても、ちょっとキツイ程度の意味合いでも使われるから語彙としてはけっこう軽い。

大きく変わるから大変、それはチャンスの時。なるほどそのとおり。大事件なんてものでなくてもいい。小さくてもいい。めんどくさいと思ったり、気が乗らないと感じたり、やること多すぎでパニックになりそうなとき。それは大変大変、そこが踏ん張りどころ、大きく変わる好機となって明日を変えていく。ガンバろう!
答えとはいつもあるとは限らない [2020年09月03日(Thu)]

20200726_080521_compress33.jpgわかたけ学園の食堂には書の額がある。見事な筆で箴言(しんげん)が書いてある。

   答えが
  なくても
 問うことを
 やめること
 はできぬ

誰の言葉かは知らない。日本の学校教育に慣らされた私たちは、問われれば答えようとする。でもその答えは用意された絶対の正答である。自分で導くことができなければ答えを求める。しかし、答えなんてどこにも無い。そんなことは日常茶飯だ。答えがなければマルをつけてもらえない。褒美がないなら骨を折るまでもないと思いがちで、おのずと考えなくなる。

相手の意見を聞いたら、当たり障りなく「なるほど」と同意しておく性向もこうした私たちの姿であろう。考えを深めたり、新しい思考を産み出すためには「私は違う意見だね」「ホントにそうなの?」と応じてディスカッションすることが、正解のない問いを見いだし、未来を拓く元になるはずなのだが、私たちはそうした軋轢を好まない。

大人になってからの問題の多くは最適解が見つからない。箴言の主は「問うことをやめることはできぬ」と決意している。問うことは未来に向かうこと。現状に満足せず、自分を磨いていく営みである。

ネット検索して正解が出たように思えても、正解は実は遠い。その人の思考や判断の力を経て、答えのない問いを考えていくこと、諦めずに立ち向かって答えを導き出す作業とは哲学である。哲学しよう。

(この主も考えているぞ、たぶん)
肌にくる毎日マスクの生活で [2020年09月02日(Wed)]

20200902_071001.jpgマスクを掛け続けることで肌荒れに悩む人が増えているという。夏には汗をかく。強い紫外線を避けるために日焼け止めは必須。その上からマスクをつけて過ごす。おのずと肌トラブルに悩まされるという構図である。

吹き出物ができる。紐が擦れてかぶれて赤くなる。痒くて湿疹ができる・・・。マスク内が蒸れることで雑菌が繁殖してしまうことと、摩擦が生じることが原因だ。

マスクを着けると保湿される。夏はつまり蒸れてしまう。皮膚表面の角質に水分が満ちることになるが、マスクを外したとたん、ここぞとばかり蒸発すると、必要な水分までもなくなる。そして肌が乾燥してしまう。冬によくあるように、肌のバリア機能が下がり菌が繁殖しやすくなる。菌ばかりか紫外線の影響も受けやすくなるようだ。

マスクを着けた状態でしゃべると、だんだんズレてくる。その心理的ストレスは計りがたい。擦れる摩擦がまた肌トラブルの元。

先週下がった気温が昨日から上昇気味。台風も9号10号のせいか、湿気も多い。難儀な日が当分続く。ご自愛ください。

(不織布マスクのプリーツは冬場には何のことはないのだが、もう見たくない気分)
秋口はやはり暑くて閉口し [2020年09月01日(Tue)]

20200602_112952_compress34.jpg9月のカレンダーが開いた。新コロナに明け暮れたこの半年。年末までの4カ月も同じことが続くのだろう。この1ヶ月もまた暑いと予報されている。マスクを着けることのプレッシャーが続く。台風9号に代表される強烈台風も来続けるのだろうか。関東大震災は1923年9月1日のお昼どき。地球の機嫌はわからない。いつなんどき来るかも知れぬ。備えようにも覚悟のしようがない。それでも、成るようになると諦観して生きる。