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切り裂かれ諸刃の刃SNS [2020年05月30日(Sat)]

20200419_122050_resize_22.jpg若いプロレスラーが命を絶った事件。犯人はSNS。匿名で書き込まれる罵詈雑言、そして個別に発せられる心を切り裂くダイレクトメッセージ。それらが彼女を蝕んだ。

当の恋愛&青春リアリティー番組はネット配信もされ、見ず知らずの男女6人が共同生活するのを売りに注目された(らしい)。制作会社の意図的な誘導や撮り直しもあったようだから、台本なしという触れ込みはウソで、人気を博するためのヤラセも頻繁だったのだろう。

各国のリアリティー番組でも出演者の自殺は引きも切らないという。編集で切り張りされ、ヤラセで歪曲される番組によって出演者自身が傷つき、世間に誤解されて落ち込む。結果としての自殺。

誹謗中傷されるのが嫌なら出演しなければいい、降りればいいと言うのは簡単だ。生活するためにギャラが必要だろうし、有名になりたい欲もある。罵詈雑言を読まなければいいとも言えるが、怖いもの見たさがあるのかもしれない。SNSを止めることもできるが、善意の励ましメッセージまで見られなくなる。その狭間で心が折れてしまったのだろうか。

犯人はSNSと書いたが、勝手にコンピュータがやるわけではない。誰かの揚げ足をとって困らせたいという輩、ストレスを溜め込んで捌け口を求める奴、軽いノリで悪口仲間に加わるフリーライダー・・・それらが相乗的に責め立てて正義漢を気どる。言葉の刃が被害者を切り裂く。無益で無慈悲である。

総務大臣は、匿名で他人を誹謗中傷できないよう発信者の特定を容易にするというが、卑怯者は手を代え品を代え、許しがたい行為を続けていくだろう。もちろん誰もがそうした生命の傾向性は持つものだ。人権侵害をしない、許さない人の輪を多数派にしていかなければならない。

(人間には、誹謗を楽しむ残虐な心もあれば、空豆の白い花のように純粋無垢な心もある)
Q加えLGBT多様なり [2020年05月29日(Fri)]

20200419_122807_resize_70.jpgLGBTはよく知られるようになった。レズビアン、ゲイ、バイセクシャル(両性好き)、トランスジェンダー(心と体の性が一致しない)の頭文字をとった性的少数者の総称。

さらにLGBTQという略称を初めて知った。Qはクエスチョニングだという。性的指向や性自認を決めかねる人を意味するようだ。Xジェンダーとも言う。

LGBの3者は性的指向である(嗜好ではない)。Tはジェンダー・アイデンティティの事柄だ。Xジェンダーと言われても私には想像すらできないが、かつては表に出なかったことが実に多様になった。驚きである。それはそれで淡々と認めればよろしい。

(芝桜には実はならないように見えるが、性の違いはあるのだろうか)
SNS自由とルールを問答し [2020年05月28日(Thu)]

20200506_192953_compress68.jpg生きることは自由。どう生きようが自由ではあるが、勝手気ままを自由とは言わない。横暴で勝手気ままに振る舞う独裁者は人びとを地獄に落とす。

トランプ米大統領はツイッター社を恫喝した。ツイートで政治を進め、事前人事まで発表するこの大統領に対し、同社は内容の真偽確認を促す警告マークを表示した。これに腹を立てたのである。

ソーシャルメディア企業が政治的に偏向し、保守派の見解を全面的に封じ込めていると考えるトランプ。今後厳しく規制する、もしくは閉鎖するという脅しである。もとはと言えば、いくつかの州が行っている郵送投票が不正であり、不正選挙につながると根拠なくツイートしたのはどこのどいつだったやら。なかでもカリフォルニア州知事だけを取り上げて攻め立てたのである。そこでツイッター社が警告を出した。

≪ルールというのは、「これさえ守ればあとは自由」というように、「自由」とワンセットになっているのです。(中略)「何でも好き勝手にやっていい」ということが自由だとしたら、無茶苦茶なことになってしまいます。人間というものは総じて自分の利益を最優先する傾向があるわけですが、「自分の利益のことしか考えない力の強い人」が一人いたら、複数の人間からなる社会における自由はもうアウトになります≫ (『友だち幻想〜人と人とのつながりを考える』菅野仁著,ちくまプリマー新書,2008年)

新自由主義に加えて個人の価値や人格を認めない“偉い大統領”を冠したアメリカという大国。早いところこの人を権力の座から追い落としてほしいものである。

(横暴で無教養な大統領に対して、髭のオヤジも怒っているぞ)
高速でコロナ終息いかぬもの [2020年05月27日(Wed)]

20200503_105018_compress7.jpg高速で吹き出す風。コンビニやファミレスのトイレに設置してあるハンドドライヤーという機械(エアータオルともいう)をわたしは使わない。細菌やウイルスを拡散するからである。濡れた手を数秒で乾かすこの機械を以前は重宝していたが、この数年使わなくなった。

このたびのコロナ禍でどこも使用を中止している。どの店もクラスターの発生は抑えたい。悪評判を立てたくないのは当然だ。ペーパータオルもコストがかかる。それでなくても客は減り、席詰めの間隔を広げるなどの措置で収益は落ちる。

よって、風と共に去りぬ水滴は布と共に乾きぬ、ことになる。さて、映画館はいつになったら解禁されるものやら。

(艶やかに白いハナミズキ。艶やかな女優の主演映画を見たいものさ)
パトロン脚長おじさんあらあらら [2020年05月26日(Tue)]

20200519_154001_resize_35.jpg『あしながおじさん』を読んだのは初めてのこと。著者のウェブスターが女性であることも知らなかった。百年以上前に出版されたこの本(谷口由美子 訳)で、ここまでワクワクできるとは思いもよらず。

孤児院のリペット院長との陰気なやり取りが続くことを覚悟していたが、早々にジュディは大学に送られ、存分に羽を伸ばし、天国のような学生生活を謳歌する。孤児院出身だと周囲には明かせなかったが、彼女は天性の明るさと好奇心、粘り強さでもって成績優秀な女子学生となり、やがて小説家として出世していく。それを援助したのが、あしながおじさん。顔も素性も表さないおじさんに、ジュディとともに私も歯噛みした。ほとんど全編がジュディの手紙で、あらゆる手紙文の形式を網羅したかのような楽しませ方だった。結末がまた微笑ましく、日本語訳も素晴らしい。

ADHDを思わせるような手紙の振幅。喜んで悲しむ、楽しんで怒る、上気して落ち込む・・・。ジュディの感情はジェットコースターのように下りたり上ったりを繰り返す。ADHDでないことは、彼女が努力家で勉学を楽しみ、友人とも仲良くやっていることでわかる。若い、特に快活な女の子はこんなところかもしれない。

日本だけのことか、欧米でも共通のことかは知らないが、「あしなが育英会」など遺児奨学金の出資者を束ねる団体がある。この作品によって実に多くの子供たちが助けられたことと思う。

(水玉模様のひとつの一つにも、喜びや悲しみがあるかもしれない)
きょうだいを持って自身の行き先を [2020年05月25日(Mon)]

20200514_211626_compress25.jpg【きょうだい児】という言葉を知った。自分の兄弟姉妹に、障碍者がいる人のことをいう。

親は障碍のあるきょうだいに手を取られて、自分をかまってくれない。無視というほどではないにしても、きょうだい児は寂しい思いをしている。親も大変なんだから、自分がなんやかんやと言って困らせたくない。甘えたいのに、言いたいこともあるのに我慢している。相談できる人もいない。孤立感を抱えているところに、きょうだいのことでからかわれて傷つく経験もする。きょうだい児の悩みは尽きないのである。

きょうだいは障碍をもっていて可愛いそうだ。かといって哀れんでばかりで接するのはしんどい。枠に押し付けられた義務感にがんじがらめになっていく。きょうだいを嫌いになる子もいるようだ。世間的に引け目に感じる必要などないのに、そんなきょうだいがいることで悶々と悩む。親も大変だし、きょうだいも快適そうではない。自分もたいそう不自由だ。この生活がずっと続くのか、と不安を抱えていくのは生きづらい。

人によっては、きょうだい児は幸せになってはいけないと考えることがあるそうだが、きょうだいと一緒に生きるか、関わりを最小限にして別に生きるか。それを決めるのは、きょうだい児自身。自分の人生の選択権は自分にあると、大上段に構えてやっと自分を納得させる。どの道を行くかを選択しても、必ず心に引っかかる。それは家族だから、血の呪縛だから・・・きょうだい児って大変だ。
占いで動きのきっかけ作ろうか [2020年05月24日(Sun)]

20200428_124608_compress85.jpg占いなど見たこともないが、docomoのマイマガジンで、きょう5月24日(日)の星座占いがふと目についたので開いてみた。

12星座のうち、牡羊座の全体運は1位なのだそうだ。「ネットの口コミを参考にすると、お得な情報をゲットできそう。スマートフォンや鞄を新調してみて」と書いてある。以下次のとおり。

○恋愛運/二人きりの時間を作ってみて。愛が深まりそう。
○仕事運/難航していた仕事が終わりそう。新たなスキルが身に付くかも。
○金運/使っていない物は処分をして。リフレッシュができて、金運もアップしそう。
○ラッキーカラー/イエロー
○ラッキーアイテム/週刊誌
○お助けアクション/ストレッチをしてみよう。

金運では、昨日特別給付金の申請書を投函した。カラーのうちイエローが一番好きだ。ストレッチは毎日15分ほどやっている。仕事運が面白い。これを機会に「新たなスキル」を身に付けようかなあ。

(カラスノエンドウは今は実をつけている。子供の頃は草笛を作ったものだ)
蔓延し暦を転じた新コロナ [2020年05月23日(Sat)]

fumihouse-2020-05-23T09_06_16-1.jpg今年は西暦2020年。A.D.2020年とも書きます。A.D.はラテン語でAnno Domin(神の年)の略だそうです。2020年前はB.C.1年です。キリスト誕生前でB.C.(before Christ)。これはなぜか英語。

さて今年をA.D.元年と名付けます。いやいや、令和でしょ? いや違うか、令和2年だ・・・というなかれ。今年がA.D.元年ならば、去年はB.C.1年です。西暦の話ではありません。

A.D.は、after diseaseです。新型コロナウイルスという病原によって引き起こされる疾患が社会に不健全な状態を巻き起こし世界を震撼させました。今年が元年です。それ以前は、before CORONA(B.C.)となるわけです。

緊急事態宣言は解除されても第二波、第三波の可能性は高い。新しい生活様式が求められ、それに慣れた人びとは病気の恐れがなくなっても、昔には戻らない。まさに時代が変換したのです。

(有史以前にも野原一面に咲く花が見られたことでしょう)
身体が意識を変える人変わる [2020年05月22日(Fri)]

fumihouse-2020-05-22T21_06_39-1.jpg≪身体が意識を変える
 悪い習慣も身体が変えてくれる≫

フランスの哲学者、メルロ=ポンティの言葉だそうです。気が乗らない、動くのが億劫だ、やろうと思っても出来ない・・・。そんなことはよくあるものです。苦手意識がある、失敗した経験がある、ほかの人が上手にやるのを見た・・・。

ポンティは言っています。気乗りのしない意識を変えるのは身体であると。思い切って、ちょびっとでいいからやってみる。着手して身体が動けば意識も変わる、と。

ゲーテも言いました。
≪今日手をつけないものが明日仕上がったためしはなし。一日だに無駄にできない。できることから決心をつけ、勇気を出してむんずと掴まえる≫ (ファウスト第1部)

さあ、明日からやってみますか。いや、明日では遅い、今からですよ。

(唐撫子も身体性を持つのかも。ピンクに身体を染めて、見て見て!と主張する)
色褪せて埃まみれて負けまいと [2020年05月21日(Thu)]

fumihouse-2020-05-21T12_52_24-1.jpg希望は色褪せる。希望は埃にまみれる。希望は砕ける・・・・そうしないための方法はただ一つ。日々新たにすること。ひたすら磨き続けること。あきらめず繕って補うこと。それしかない。

(紫蘭だって綺麗に咲きたいと願っている(はず)。そんなん、シランって言うかな)
濃厚なフェロモン満載シイの木よ [2020年05月20日(Wed)]

fumihouse-2020-05-20T21_06_38-1.jpg初夏の匂いが降ってきた。どこからか渡ってくる濃厚な匂い。新生の木の薫り。シイの木の花が咲いた。スダジイやマテバシイ、ブナ科の樹木の花である。数週間遅れて栗の花が咲いて似た匂いを発する。

樹冠を広く覆う萌黄色の輝き。あちこちで第二の新緑とも言うべき淡いクリーム色が目立つ。そこから発信されるフェロモン満載、初夏の匂い。離れた場所にあっても風に乗って運ばれる。人によっては臭いと嫌うが、私はまんざらでもない。風のない夜の闇にどこからとなく来た匂いが充満していると、夏への移り変わりを感じる。

とはいえ、今日は再び冷えた。明日も冷える。風邪をひかないようにいたしましょう。

(紅ウツギもまた初夏の花)
負けないは勝つことの異名諦めず [2020年05月19日(Tue)]

fumihouse-2020-05-19T21_12_24-1.jpg映画『インビクタス - 負けざる者たち』は、南アフリカで開かれた1995年ラグビーW杯で白人と黒人の混成チームが快進撃を見せ、南アフリカの新生の象徴となったことを描いている。国づくりの礎はネルソン・マンデラ、黒人初代大統領である。その言動に何度も涙をぬぐった。

そのマンデラが繰り返し口にする言葉がある。英国の詩人ウィリアム・ヘンリーの「インビクタス - 負けざる者たち」の詩なのだそうだ。

≪私が我が運命の支配者
 私が我が魂の指揮官なのだ≫

どこかへ行ってみたいと望む、スケジュールなどの壁がある、諦めるのか。何かを始めてみた、邪魔が入った、やらない理由にして自分を納得させるのか、工夫してやってみるか。「私は我が運命の支配者、我が魂の指揮官」ならば怯まずに進んでみよう。3ヶ月後、ひとつの勝負が見えてくる。

(ナンジャモンジャの花は季節という枠組みに従って咲く。春を汝の指揮官として咲く)
セゴビアが励ます日本の60年 [2020年05月19日(Tue)]

fumihouse-2020-05-19T00_37_22-1.jpgアンドレス・セゴビアの1959年東京コンサートのCDを聴いています。戦後14年、日本の復興期、高度経済成長期が始まった頃とはいえ、まだ戦争の爪痕は残ります。グラン・ソロのアレグロ(フェルナンド・ソル作曲)など鳥肌が立ち、聴くうちに勇気が出てきます。セゴビアは当時の日本人をこう励ましています。

悩み多き日々に格闘することは大事だよ。でも悩みにとらわれてはいかん。希望をもって勇敢に邁進せよ。日本は素晴らしい国だ。みんな頑張れよ・・・と。

素晴らしい演奏に固唾を飲んで全身を耳にして聞き惚れる聴衆の気配が漂っています。聴衆にも熱い息吹を感じます。日本のギター界をつくっていこう、音楽を創造しよう、世界の日本にするんだ・・・と。それから61年。もう生きている人はほんのわずかでしょう。当のセゴビアも鬼籍に入っています。60年前の熱い時代の息吹を感じながら聴いています。

(蜜柑の花は地味だが、柑橘の芳香があたりに充満する。良い実をつけよう、大きくなろうという意欲に溢れている)
美しい可能な限り鍛練を [2020年05月17日(Sun)]

fumihouse-2020-05-17T18_35_32-1.jpgもう亡くなって30年以上になるが、巨匠アンドレス・セゴビアが述べている。「客観的に言えば、ギターは人類が創造した中で最も美しい楽器だと思います」と。

コンサートホールでは音が小さくてもなお、クラシックギターは他の楽器にない美しく繊細な音が出せる。音に魅入られて深淵に立ち入ろうとすると、思いがけず障壁は厚い。あの豊潤な響きが出せないのに歯噛みする。なぜ鍵盤楽器が出来たかといえば、弦楽器が難しいからなのだ。左右の手指を同調させるのは大変なのだ。まっ、下手くそな私はそれなりの進歩を楽しんでいる。

セゴビアが言った「最も美しい楽器」の所以は音と響きの豊かさだが、実に多彩な表現技法がある。

アポヤンドは、弾いたあとに隣の弦に寄り掛かる弾き方。ギターらしい深い音色が出る。アルアイレは上の弦に寄り掛からないが、タッチが熟達するとアポヤンドに近い音で響く。アルペジオは分散和音。フォークギターでもやるが、細いスチール弦とナイロン弦とを比べると音色の豊かさが断然違う。

ストロークは一気に弦を渡る。フォークギターのように上下にジャカジャカとかき鳴らすこともあれば、親指で柔らかく下ろすストロークもある。ストロークでも激しいラスギャードは情熱のフラメンコ。小指から順に人差し指までバネを弾くように力強く流していく。

根本のブリッジ近くを弾くと硬質な音で緊張し、サウンドホールまで上ってくると柔らかで甘い音となる。ビブラートをかけると音が震えて情感までが揺れてくる。ハーモニクスは宇宙的。1オクターブ高い倍音が響いて不思議な世界が醸し出される。

ピチカートは飛び石を渡るよう。右手の平の付け根をブリッジに乗せて弦をミュートさせると音程つきでボンと伸びない鈍い音が出る。タンボーラはパーカッション。右手親指の側面でブリッジを叩くと打楽器になって楽しい。タバレットも打楽器だ。6弦を持ち上げて5弦に交差させて押さえると小太鼓の音になる。

クラシックギター(昔はガットギターと言った)は伴奏で歌や他の楽器と合わすこともあれば、独奏するとメロディと伴奏が一体化する。ベートーベンが「ギターは小さなオーケストラ」と言ったとおり、音楽としては多様な表現力を持つ。ただし腕が必要だ。頑張ろっと。

(ギターの胴のくぼみを思わせるハナミズキ)
身体を離して拡げる文明観 [2020年05月16日(Sat)]

fumihouse-2020-05-16T08_35_34-1.jpgWHOがソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)を言い換えている。

WHO曰く。感染防止のために人との間隔を取る意味合いであるのに、ソーシャルには「社交」の意味があることから、他人と疎遠になるという誤ったイメージが広がるのを恐れる、と。言い換えは「フィジカル・ディスタンシング(身体的距離の確保)」。

確かにそう思う。人間は社会的動物。ひと同士が助け合い、競争し合い、励まし合い、蹴落とし合い、尊敬し合い、軽蔑し合う・・・。良きにつけ悪しきにつけ、複数のひとが関わりあうことで社会を形づくり、文明を進歩させてきた。「社会的距離をとる」と表現してしまうと、社会を崩壊させて、人間が本能的に保ってきた実益を拒否するような語感があるではないか。

新しい生活様式では身体的距離を保ちたいものだが、物理的に離れることは心理的にも遠くなりがちである。幸いに私たちには言葉がある。言葉を伝える文明の利器もたくさんある。工夫して新コロナを封じ込めよう。

(道端でシラーをしかと見つめよう。ただし地下茎部分は有毒だとか。フィジカル・ディスタンスをとろう)
乾いてて寒くて湿る週末や [2020年05月15日(Fri)]

fumihouse-2020-05-15T21_15_10-1.jpg乾いている。乾燥注意報が出ている。近ごろ手がカサカサになる。手を洗う回数が増えて乾く。石鹸で念入りに洗うと、さらに乾く。時折ハンドクリームを使うが、焼け石に水、乾燥肌に乳液? 状態だ。

寒くなっている。寒冷前線が張ってきて冷たい空気が降りてきた。半袖とベストでは寒さを感じるので薄手の上着を羽織った。新緑の山並みが垂れ込めた雲に覆われた。やがて雨が降りだした午後。

湿っている。ジメジメではないが、適度な湿り気で乾いた木々や草が喜んでいる。シュレーゲル雨蛙が鳴き出した。キュルキュルコロコロと一匹が鳴き出した。やがて近くで呼応する同類。掛け合って仲間を求める。

(万華鏡はアジサイ界のプリンス。島根県生まれの王子さま。母の日にはたくさんプレゼントに使われたことだろう)
欲少な需要は忽然消えていく [2020年05月14日(Thu)]

fumihouse-2020-05-14T18_35_47-1.jpg山陰中央新報の見出し、『需要蒸発 底見えず』に目を引かれた。新コロナ感染拡大が続く現状にあって、自動車業界の需要が落ち込んでいる様を現している。業務用自動車は、物流業界以外はあまり動いていない。自家用車は特に都会にあっては、これだけ家に篭るようになると、不要不急そのもの。新しい需要は生まれそうにない。まさに需要は蒸発した。経済は人間の欲で動いていることが改めてわかる。いま人類が持つ欲はただひとつ。早くコロナ禍が終息してほしいと。

(人類始まって以来最大の経済的不況がやってくる。しかし花は淡々と変わらずに咲いている)
マスク顔どんな姿か顔見せて [2020年05月13日(Wed)]

fumihouse-2020-05-13T21_09_03-1.jpgマスク顔が当たり前になった。初対面からずっとマスク顔しか見ていない人がいる。困るのだ。どんな表情でしゃべっているのか、顔にどんな感情が出ているのか、判断できない。

よく知っている人は目の表情で十分推し量れるが、知らない人はそうもいかない。しかもマスクを通した声はくぐもって聞き取りにくい。ゴムで頬が引っ張られて口は十分開いていない。本来その人が持つ声を知らないままに付き合っているのである。自ずと人柄も分かりにくい。

堪らなく暑い時季は間もなくやってくる。口や鼻に熱がこもる。息がしにくい。熱中症の危険は高まる。島根の緊急事態宣言は解除される見込みだが、3密自粛の現状は変わらないだろう。私たちはマスク顔でずっと交流することになる。あーあ。

(道端の雑草もさまざまな表情で語りかけてくれる)
怯えさせ想像させて支配する [2020年05月12日(Tue)]

fumihouse-2020-05-12T20_46_43-1.jpg恐怖政治の独裁者 と いじめのモンスター。この両者は似ている。

前者は秘密警察を使って逮捕し、投獄して拷問する。暗殺も辞さない。暴力によって意に沿わない者を弾圧する暗黒政治。密告は奨励され、人々を相互監視の状態に追い込む。壁に耳あり障子に目あり。ないかもしれないが、常に恐怖の霧に包まれて気が休まることはない。

後者は対象を悲嘆に暮れさす。配下も使って、無視し、ものを隠し、薄ら笑いで不審がらせ、陰湿な言葉の暴力もふるう。いじめられた者は恨む。悔しくて歯噛みする。数々の出来事がフラッシュバックして天を仰ぐ。思い出すたびズタズタに心が張り裂け、泥沼にはまる。次に狙われるのはいつかと怯える。

独裁者もモンスターも、四六時中監視して縛っているわけではない。しかし、一度強力な被害者意識を植えつけると、相手方は勝手に見えない恐怖に怯え続けてくれる。奴らにとっては思う壺の状態なのだ。

似ている。恐怖に支配されている今に似ている。ワクチンは出来ていない。対症療法としての抗ウィルス薬も不十分。姿の見えないウイルスそれ自体が変幻して私たちに恐怖を与える。恐怖政治の独裁者も、いじめモンスターも生んではいけない。負けてはいけない。新コロナを封じ込めよう。

(ストロベリーキャンドル (紅花つめくさ)は地獄の業火で人を焼かない。緩く穏やかな春を彩る)
出張はひとの心の癒しなり [2020年05月11日(Mon)]

fumihouse-2020-05-11T20_59_42-1.jpg57都道府県のうち16県は出張で初めて足を踏み入れました。公用の出張で行かせてもらった私の都道府県紀行は、三分の一が出張で成り立っています。ありがたい話。かつて島根県に59市町村があった時代に(今は19市町村)、全市町村に行けたのも出張があったおかげです。

不要不急の移動をしない緊急事態宣言下では、自粛警察も含めて、なかなかの強制力で環境閉鎖を進めてきました。よほど必要で喫緊でなければ動きません。出張もありません。

出張で会議に行く。泊まりがけで各地から集った人々と酒を酌み交わす。むろん今は3密でできません。帰りまでの時間を使って有名どころの観光地に立ち寄る。土産物を買い、当地の風物や人情に触れる。移動距離が多いと疲れはしますが、思い出が刻まれます。もうできないでしょう。

不要不急かもしれません。しかし、楽しみが広がり、経験値を増し、人生を豊かにしてきたことは間違いありません。新しい生活様式とやらでは、出掛けるのではなく、メールやテレビ電話で用事をすますようになるでしょう。残念ですね、やむを得ないとはいいながら・・・。

(赤ツメクサは、全国津々浦々の野に咲いていることだろう)
パチンコの喧騒楽しむ依存症 [2020年05月10日(Sun)]

fumihouse-2020-05-10T08_53_24-1.jpgオレはパチンコ大好きオヤジだ。世間では依存症っていう名前の病気らしいが、好きなもんは好き!でいいだろ。玉が入ったときの快感がなんとも言えねえ。パチンコ屋のやかましさも気分が上がるな。台に向かうとワクワクして良いことが起きそうな気がする。勝ったときは最高だよ。大負けすると落ち込むけどな。生活費に困るけど親の年金でなんとかやってるよ。

オレは年とった両親といっしょに暮らしている。仕事帰りに「趣味を楽しむ」のが好きだ。日雇いの仕事が減ってきて、新型コロナとやらが流行ったせいだ。稼ぎは少ないながら、台に向かうのが楽しみで細々とやってるんだ。

この前なじみのパチンコ屋へ行ったら閉まってるじゃないか。コロナで自粛だとさ。近くの店もおんなじだった。でも、東京都が嬉しいことをしてくれた。休業要請に応じない店を公表するんだとさ。こちとらネットは使わねえ、ガラケーでググるとやらもしない。東京が店の名前を教えてくれたおかげで、台にありつけた。なじみの顔も見えたぜ。奴らも台を求めて流れるパチンコ難民だな。

もうすぐ10万円もらえるそうじゃないか。世帯主のオレの口座に振り込まれると30万。親は半分ボケたようなもんだから、これで今までの負けを取り返す。悪いとは思うけど、わかっちゃいるけど止められない。これが依存症ってやつなんだろうな。

(パチンコの代わりに、ラベンダーの薫りでも嗅いだらいかがかな)
篭る日にギター抱えて音を聴く [2020年05月09日(Sat)]

fumihouse-2020-05-09T21_56_18-1.jpg一歩も外へ出ない1日だった。雨がしとしと降っていたこともある。ステイホームが続いている。おかげで本も読んだが、ギターの練習がたくさんできた。アルハンブラ宮殿の思い出(タレガ作曲)のうまく弾けないところを集中して練習もした。小品の名曲を楽譜から選んで弾いてみることもした。ガットギターの音色が心地よく響く。コストの舟歌、ヘンツェのノクターン。初見だがそれなりに曲になる。楽しい。もちろん、暗譜して何度も弾いて曲想をつけてはじめて人前で演奏できる。柔らかくて甘い音、芯のある情念を廃した音、ブリッジ寄りに硬質な音、ハーモニクスの宇宙的な音・・・クラシックギターを奏でるのは面白い、飽きない。明日も同じように過ごしたいとは思うが、そうは問屋が卸さない。

(さりげなく咲く春菊の花。固くなった葉を食べることはもはやできない。春に咲くから春菊なのだなあ)
田園に激突十字路地獄見る [2020年05月08日(Fri)]

fumihouse-2020-05-08T19_55_45-1.jpg交通安全講習で、【コリジョンコース現象】を習った。事実としては知っていたが、その名を知らなかった。備忘録として書く。

コリジョンの意味は激突。十勝型事故、田園型事故とも呼ばれる。平坦で広い田園コースの続く十勝平野で多発したことから名付けられた。自動車だけでなく、航空機同士の衝突もあるとか。もちろん霧や雲で遮られたわけではなく、視界は良好である。

人間の視覚は、動いているものに比べて停止しているものを見つけにくい。双方が同じスピードで交差点に近づくと、相手の車が視界に入っても止まっているように脳が認識してしまうのだそうだ。高速のまま進入して事故が起こる。特殊な錯覚ではなく全ての人に起きる。交通事故の死者に占める割合が1割というから驚きだ。

周囲が田畑で見通しはよく障害物はない。相手は見えているのだが、動いている事実は見えていない。恐ろしい事故を起こさないよう、交差点ではよくよく注意しておこう。

(紅群れ咲く躑躅の丘が美しいのは、錯覚ではない。歩くとツツジが薫る)
離れ過ぎ社会の距離とはこれいかに [2020年05月07日(Thu)]

fumihouse-2020-05-07T12_48_33-1.jpg新コロナ対策として、【社会的距離】という言葉が唐突に出回った。人類学者E.T.ホールによる「対人距離の分類」が元になっていると思う。

●密接距離 0cmから45cm/親密な距離。皮膚接触が可能。相手に触れたり、ささやくことができる。酒が入ると密になる。

●個体距離 45cmから120cm/親しい間柄で会話する距離。腕を伸ばせば相手に触れることが可能。お辞儀をしあう距離である。

●社会距離 120cmから360cm/会議・討議・ビジネスの距離。改まった用件を話したり、形式ばったビジネスライクな間合い。接触、飛沫感染を避けるために、親密な間柄でも2mを保つことになった。出来れば公衆距離が望ましいとも。

●公衆距離(公共距離) 360cm以上/講義・演説の距離。相手に個人を意識させない距離で、話す方は身振り手振りも必要になる。街中で接近しない距離でもある。

私たちは自分の領域を守って暮らしている。そこに知らない人が入ると不快や恐怖を感じ、親しい人であれば許す。これをパーソナル・スペースという。今回の社会的距離が定着すると社会のあり方、対人関係も変わってくるかもしれない。新しい生活様式とも言われ出した。変わるのは明らかだ。

(花ならば密接距離が可能。モッコウバラに近づくと安房郡香りを感じられる)
有り難し当たり前からもっと欲し [2020年05月06日(Wed)]

fumihouse-2020-05-06T09_09_34-1.jpgいいことがあると「有り難い」と思って感謝の心がわいてきます。それもずっと続くと「当たり前」になります。当たり前ながら感謝の気持ちは薄れ、やがて「もっともっと」と欲に目が眩みます。これは人間の習いと言えるでしょう。

【欲】。谷と欠からなるこの漢字。谷は「左右にせまる谷、その谷の口の象形」から容の字に転じ、物を入れる器となりました。欠は「人が口を開けている象形」から、食べ物を口に入れる、すなわち「ほしい」を意味します。【慾】と書くと、欲深い人間というものの宿痾(しゅくあ)さえ感じることができるでしょう。欲には際限がありません。森鷗外は『高瀬舟』で書き示しました。

≪人は(中略)万一の時に備える蓄がないと、少しでも蓄があったらと思う。蓄があっても、またその蓄がもっと多かったらと思う。かくのごとくに先から先へと考えてみれば、人はどこまで往って踏み止まることが出来るものやら分からない≫ 

ディケンズの『クリスマス・カロル』で、守銭奴スクルージは改心しました。強欲で冷たい人格を改めたのです。すると感謝の気持ちが広がり、生きることの喜びで満ちたのです。自分のためだけに向けられていた「欲」が、他人の幸せを願う「欲」に転じました。

もちろん欲があるからこそ人間は前へ進めます。夢を見続けるということは、欲を忘れないということですね。

(きのうはステイ・ファーム。焼いた草のなれの果て)
年月日いつのことやら過去記す [2020年05月05日(Tue)]

fumihouse-2020-05-05T08_05_09-1.jpg日本エアシステム(省略形JAS)は、かつて出雲空港に乗り入れた航空会社であるが、2004年に日本航空(JAL)が吸収。全日空(ANA)とあわせて三大航空の一翼を担っていたものの、航空業界の激変に飲み込まれた。東亜国内航空(TDA)と称した時代もある。

≪この夏、日本エアシステムが出雲〜札幌線を開設します。身近で気軽な北海道を感じてください≫

わが家の納屋に埃だらけの団扇があった。7月19日から8月31日まで週3便の就航を伝える広告である。当時は北海道へは羽田空港で乗り継いでいたのが、直行できるというので夏休みの北海道を楽しむひとが引きも切らず利用していたと思う。その当時がいつなのか、日付はあっても年がわからない。平成でも西暦でもかまわないが、年代がわからないのが残念だ。

備忘のために月日を書くことは多い。手紙を書いたり、伝言を残す際もそうだが、月日は書いても(時間までも)年まで書き記すことはあまりない。公文書はさすがに年月日を書くが、業務用の記録には意外と年まで記さない。その場はいい。

しかし、何年か経って見返すと、記憶の底に沈んでいつのことやらわからない。ましてや先人が作った文書ならなおさらのこと、平成のことなのか、昭和にさかのぼるのか、全く不明のことがしばしばある。未来の私のために、未来の誰かのために、年月日を記そうと思う。
10万円一律給付で景気浮く [2020年05月04日(Mon)]

fumihouse-2020-05-04T11_08_13-1.jpg橋下徹氏が10万円一律給付について、「スピードを重視するため一律申請とするが、給料がびた一文減らない国会議員、地方議員、公務員は受け取り禁止をルール化すべき」と述べて、賛否が割れている。

仮にそうなったとして、受け取りを禁じられたひと、自粛するひとが明らかになると、実際に困っている人が特定されるかもしれない。ネットで公になって詮索を受けるかもしれない、お前ホントに困ってんのか?と探られでもしたら、申請することを躊躇するだろう。手挙げ方式で給付するやり方では困っている人には届かない。公務員バッシングで人気取りなんて迷惑だ。

受け取りを自粛することが善しだという風潮ができれば、社会を分断することにもなろう。赤字国債が莫大になるという問題はあるが、皆が受け取ってさっさと消費しよう。この店はつぶれてほしくない、ずっと残ってほしいサービスなど、それぞれが判断して消費を広げることが制度の趣旨に沿っている。貯金はせずに誰もが使う、自分磨きのために使う、寄付もいいだろう。

今はお金が回らないことが問題なのだ。一律給付を実行した上で、困難に遭遇している方々には別の支援を進めればよいかと思う。困難を乗り越えるために。

(黄色いガザニアは太陽の花。陽光を浴びて自光するかのように輝く。きらびやかな勲章のようだ。別名 勲章菊)
有事にて戦い尽くせや公務員 [2020年05月03日(Sun)]

fumihouse-2020-05-03T10_47_05-1.jpgある公務員の弁。卓見です。「民間や個人で対応できない社会的課題に、あらゆる財源、人材、権限を投入して対処するのが行政の務め」であり、仕事がなくなる、大幅に収入が減るという方々が増えている中にあって公務員が身分保障されている意味は「本来は有事に対応できるように与えられたもの」だと。彼は新コロナ対策に日々追われる身ですが、今の状況は「公務員冥利に尽きる」と、意欲にあふれて邁進しています。

多くの市民が強烈なストレスと困難を抱えているこの「有事」が早く収束して、ウイルスの暗躍が一日も早く終息を祈っています。そして医療や衛生に従事し、物流や景気対策に励む労働者に幸あれ、と願っています。

(小手鞠が満開となった。外に出て手まりで自由に遊べる時はいつ来るのやら。手鞠で遊ぶなんて、ないか)
春が来て早くも一部は秋が来る [2020年05月02日(Sat)]

fumihouse-2020-05-02T12_46_45-1.jpg竹秋の季節だ。麦秋でもある。薫風薫る春にもかかわらず、秋とはこれいかに。

竹の葉が枯れてハラハラと落ち始め、新緑が濃くなる一方で竹林は異相となって茶化していく。山の色彩が対比的に美しい、生命力に満ちた季節だ。大麦が実って畑作地は茶に染まる。田んぼは水面が光って青空を映す鏡面になる。広い農地が最も美しい季節だ。

季節は移りゆく。世も動いていく。人間模様も変わる。もちろんウイルスと人間の位置関係も刻々と変わっていくはずだ。

(麦秋は進む。来週あたりから刈り取りが始まるだろう)
人間は世界覇者だが天地無用 [2020年05月01日(Fri)]

fumihouse-2020-05-01T19_53_12-1.jpg【不要不急】

すぐに必要とするものではなく、急いでもいない。いらないと言ってもよい。重要ではない、無用な事柄や状態ということだ。

不要不急の外出をひかえようと言われて、もう二月近くになるが、不要不急とは個人のとらえかた次第である。傍目には余計なことに見えていても、当人には差し迫った喫緊のやり残しだったり、買いたいものだったりするわけだ。

外出規制のストレスでどうしようもなく不快だ。爆発寸前まできている。そんな人に出かけるな!待て!たむろするな! と責め立てるのは情け容赦ない感じがする。不要不急だの、無用だの、これらの言葉が最小限になる世界が早くやって来てほしい。

(ツツジは大型連休のころに満開となり、百花繚乱の初夏の入りを寿ぐ。いつもはそうだが、今年はどうなることやら)