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節分を前に降るのは遅い雪 [2020年01月31日(Fri)]

fumihouse-2020-01-31T08_18_37-1.jpgこの冬、初めて
この冬、白いもの
この冬、風に舞う妖精
裸の木立にわびしい空の鈍色
立春を前に松江に雪降る朝
浪花節涙ほろりと義理人情 [2020年01月30日(Thu)]

fumihouse-2020-01-30T18_37_34-1.jpg手塚治虫がかつて、流行っていた宇宙戦艦ヤマトに関して、こんな感じで嘆いたそうである。

【浪花節】のヤマトが若い人に支持されている。科学の進歩によって明るい未来を招きたいと思って漫画を描いた自分としては、それを否定されたような気分だ。浪花節的な発想から日本は太平洋戦争を突っ走った。日本人はまだ懲りないのだろうか、と。

江戸の上方で流行った浪花節。今は浪曲というが、落語や講談に比べて影は薄い。義理人情を思考の中核として、多分にウエットで多感な物語である。おセンチで勧善懲悪で、自己犠牲のお涙ちょうだい物語(だと思う)。

日本人が汗と血で築いた大陸の開拓地、戦友が戦った末に海に沈み英霊となってあの世から日本を按じている。かの人々の意志を無にしてはならない。満蒙の大地も南洋の島々も死守しなければならない・・・その論理は確かに浪花節だ。決して科学的なものではない。

結果として三百数十万という日本人(植民地から徴発された人々も含む)の命が失われた。戦争指導者の愚である。もちろん世論の多くが熱烈に支持したこともある。

言動のベースが義理人情を重んじ通俗的で情緒的である浪花節的なるもの・・・そんな物語、映像は誰もが大好きだ。わたしもほろりと涙を流すことがある。手塚治虫の嘆きは今も続いている。

(桜色のシクラメンは浪花節? 別に何でもないさ)
命ありかけがえのない守る人 [2020年01月29日(Wed)]

fumihouse-2020-01-29T18_41_29-1.jpgゲートキーパー(gatekeeper)とは、門番や踏切番のことを言うが、近頃は自殺(自死)を防ぐとして期待を寄せられる。

自死するおそれがある人に注意を払い、早期に対応する。何らかの危険を示すサインに気がついたら、声をかけ話を聴き、専門家につないで、その後も寄り添って見守る。当然、自死関連の正しい知識はある程度知っておかなければならない。

かつて3万人を超えていた自死者が、2万人を割ったと発表されたが、交通事故の4倍もの人が苦しんだ末に死を選ぶ。膨大な数である。ゲートキーパーは気づいたときから、それなりに出来る。わたしは鈍感な性格をしているが、わたしなりに配慮しなくてはなるまいと思う。

(葉牡丹も繊細に見れば、グラデーションに彩られた葉のヒダも、乗った水玉もそれなりに美しい)
三国志舞台の袖で広がって [2020年01月28日(Tue)]

fumihouse-2020-01-28T18_21_30-1.jpg武漢といえば三国志の世界。漢の再興を期し劉備は知恵袋の諸葛孔明を迎えようとした。一度二度、足を運んだにもかかわらず孔明は断る。そんなヤツ捨て置け!と張飛は怒ったが、粘って三度目に事は成就した。孔明の住んでいたのが武漢の辺り。「三顧の礼」の由来である。

魏の曹操と呉の周瑜が乾坤一擲の戦いをして、蜀の孔明が一枚噛んだ「赤壁の戦い」。吉川英治『三国志』でも、映画『レッドクリフ』でも熱く描かれている。これも武漢にある長江の岸辺だ。

武漢が揺れている。新型コロナウイルスによる肺炎が日に日に拡大していく。公共交通を停止して都市を封鎖したことで、多くの中国人もその深刻さに目を見開いた。春節のどんちゃん騒ぎは自粛して、海外渡航も原則禁止となったようだ。景気の先行きが思いやられるが、背に腹は代えられない。

中国当局発表の患者数、死亡者数は眉唾ものだという話も多い。感染しても症状が出ず知らぬ間に感染をまき散らす場合も多かろう。パンデミックという言葉はまだ聞かれないが、遅くない将来、新聞のトップを飾る不安を感じる。そうならないことを祈る。

(いま武漢にはどんな花が咲いていることやら)
徳ありて勝ちを名乗るは龍なれば [2020年01月27日(Mon)]

fumihouse-2020-01-27T18_30_37-1.jpg大相撲初場所での幕尻・徳勝龍。千秋楽結びの一番で大関を倒して堂々の初優勝。勝ち名乗りを受ける前から泣き顔となり、しゃくり上げていた。一転優勝インタビューでは、「自分なんかが優勝していいんでしょうか?」と会場を沸かせた。

周りから優勝について言われて、どう思ったかと振られて、「意識することなく・・うそです。めっちゃ意識してました」と大笑いをとった。

再び涙目になったのは、場所中に亡くなられた近畿大の恩師が話題になったときだった。「監督が見てくれてたんじゃなくて、一緒に土俵で戦ってくれた」気がすると。

奈良県出身で幕内優勝は98年ぶり。快挙を称えられると「大変なことをやってしまいました」と爆笑の渦。年齢についても前向きだった。「もう33歳じゃなくて、まだ33歳だと思って頑張ります」と。見物客から納得の声が上がる。

さらに上はどこを目指すかと問われて、顔をクチャとして困った顔をした。「いやもう、行けるところまで行きたいです」。これもよし。

自分らしく気合の入った相撲を続けたいと抱負を述べ、父母への感謝を表して、ほほえましく徳勝龍は締めた。近年にない素晴らしい優勝インタビューだと思う。

(節分豆が相撲をとっている。炒られて包装されて、さっきまで私の手元にあったが、すでに噛み砕かれて胃に収まっている)
リベンジを言い換えチャレンジいかがかな [2020年01月26日(Sun)]

fumihouse-2020-01-26T09_30_53-1.jpg【リベンジ】

松坂大輔が雪辱を果たす意味で使ってから、多くの人の口から出るようになった。1999年の新語・流行語大賞を受けている。

借りを返して次こそ勝つ、という強い決意を示す言葉であるが、未だに違和感がぬぐえない。復讐する、報復する・・・強い遺恨の気持ちが入っている。仇討ちして息の根を止めてやる!というような暗さを感じる。

世間が使う文脈では、再挑戦して次は正々堂々と勝ってやるという意味である。となれば語感が似ている【チャレンジ】と言うのがふさわしい。
ウサギとは勇敢なりし人守る [2020年01月25日(Sat)]

fumihouse-2020-01-25T22_28_20-1.jpg映画『ジョジョ・ラビット』では、臆病な少年ジョジョが内なる声を聞き励まされて士気を鼓舞した。妄想と共に生活していたと言ってもよい。妄想上の友人はなんとヒトラー。彼はヒトラーユーゲントに加入し、兵役の真似事で戦争遂行を担っていた(本人も多くの大人も大真面目だが)。

冒頭にザ・ビートルズの『抱きしめたい』が流れる。

Oh yeah, I’ll tell you something / I think you’ll understand / When I’ll say that something / I want to hold your hand
ねぇ、君に言っておきたいことがある/君はわかってくれるだろうよ/でもね、君の手を握りながら話をしてもいいかな

初恋の男の子が相手に告白するときの(おそらく年上)甘い関係を初期のビートルズが歌った。ジョジョにとって、年上の女の子はエルサ。

エルサはジョジョの母ロージー(スカーレット・ヨハンソン)に匿われたユダヤ人で、それを見つけたジョジョはヒトラーユーゲントの義務として告発しようとしたが、巷間言われるようにユダヤ人は悪逆でも角の生えた悪魔でもない。やがて恋心が芽生える。幼い初恋が『抱きしめたい』に表現されていたのだろう。

一方でナチスは不正や悪徳そのもの。集団の空気で束縛して反体制派は公開処刑すらしていった。もちろんユダヤ人や障碍者は収容所送りである。残虐で不実、人間性の欠片もないナチスの実態を、ジョジョや酒飲み大尉の姿から映画は暴いていく。

母は処刑された。父は海外に出て反体制活動をしていた(たぶん戻って来ない)。ジョジョはエルサとともにどんな戦後を送っていくのだろう。アメリカから与えられた自由な空気を「抱きしめ」て満喫しただろうか。

(ジョジョよ、冬咲きチューリップのように真っ直ぐ育てや)
選んでるみんなそうしているがいい [2020年01月24日(Fri)]

fumihouse-2020-01-24T18_41_33-1.jpg「みなさん、買われてますよ」「みんな、そうしてる」と言われると、つい食指が動くのが日本人というものだ。たくさんの選択肢があるように思えても、つい引かれてしまうのは、日本人の専売特許ではないらしい。

ノーベル経済学賞を受賞したセイラー氏が提唱したのがナッジ理論。ナッジ(nudge)とは、肘で軽く突くという意味だそうだが、背中を少し押されるだけで人間の行動は変っていく。強制されたわけではなく、さりげなく誘導されて、自分が選択したように思えるところが味噌らしい。小便器に的があると当てようとして狙うから、結果として便器の周りが汚れないのもナッジ理論だそうだ。

毎日は選択の連続である。何を食べようかと店を選ぶとき、テレビのチャンネルを合わせるとき、待ち時間で手持ちぶさたのとき、書類のフォーマットを記入するとき・・・人生の岐路に立つなどと大袈裟でなくとも、日常はすべて選択で成り立つ。ナッジ理論は、先入観や習慣、環境を意図的に利用するものだそうだ。決してカネや不利益で誘導するものではない。

わたしだって帰りの列車に乗ったときに、こうして文を書くのも書かぬのも自由なのではあるけれど、書くことを選んでいる。これはナッジではなく、単なる習慣にすぎない。
狭すぎてキリ立てすらも出来かねる [2020年01月23日(Thu)]

fumihouse-2020-01-23T18_23_46-1.jpg【立錐の余地もない】
この言葉が突如気になった。秦国が他の六国を滅ぼして中華統一を果たした。滅ぼされた王族の子孫が暮らす土地などないと、秦の宰相・呂不韋(漫画キングダムに出てきた悪辣な男)が表現したという。

錐(きり)を立てる隙間すらない? そんなアホな。会場が超満員となって立錐の余地もないと言う。満員電車が乗車率300%になったとしても、錐の10本や20本入るってもんだ。中国人特有の大袈裟な表現なのだろうと思う。

よく言われるのが、李白の詩にある「白髪三千丈」。あまりに愁い過ぎて白髪が異常に伸びたとか。9キロメートルとはこれいかに? 化け物だ。

(伸びた白髪ではない。芭蕉の葉っぱの筋である)
体感の頭からくる冬の朝 [2020年01月22日(Wed)]

fumihouse-2020-01-22T08_07_44-1.jpg頭が痛い。きのう帽子を職場に忘れてしまった。コートを着てマフラーを巻いて手袋をしていても、頭を防寒しないと今朝は寒さでズキズキする。帽子の有る無しで体感温度は2℃も違うという。松江の気温が0℃。駐車中のクルマのフロントガラスは凍りついている。街路のツツジには霜が降りて白い。でも今は晴れているのが気持ちがよい。良い一日にしたいものだ。
不正とは機会と動機与えてる [2020年01月21日(Tue)]

fumihouse-2020-01-21T17_20_22-1.jpgひとはなぜ不正をするか。『不正のトライアングル理論』というのを知った。米国の犯罪学者クレッシーのリスク論である。トライアングルは次の3つからなる。

【1】機会
不正の実行が可能となる立場や環境。権限が一人に集中してチェックが働かないと、きっとバレないという意識が生じる。

【2】動機
不正を誘因する個人的問題や組織事情。借金などの困りごと、パワハラや高いノルマの辛さ、処遇への不満が動機となる。

【3】正当化
良心の呵責を乗り越える自己正当化。最初は小さな出来心で、借りるだけと自分に言い訳するようなケース。

組織が徹底的に内部統制したつもりでも抜け道はある。困った状態になると職員は思い悩む。周囲が親身に相談を受ける態勢があればいいが、目の前に人参がぶら下がって動機は完結。魔が差して正当化し不正実行まで、あと一歩。

性悪説でも性善説でもなく、人間の本性は弱い存在であり、機会があれば悪いことをしてしまう、性弱説の観点が必要だという。誰にも因子はある。だからこそ大変なときに、ちょっと困ってて・・と相談できる環境がほしい。これはメンタルのリスク管理にも通じることだ。思いやりをもって相互が接することのできる職場環境をつくっていきたい。

(ひとの行動は連鎖し、組織も連鎖して変化を続けていく)
大寒にちょこっと寒し豆を食う [2020年01月20日(Mon)]

fumihouse-2020-01-20T12_41_02-1.jpgきょうは大寒。未明から降り続いた雪は強風を伴い吹き溜まりには20センチ以上の積雪。暖冬に油断してタイヤ交換を怠った車が立往生して道路は大渋滞・・・てなことはない。身体はきのうに比べて温度差を感じ、室内と外を比べて寒いと口は文句を言う。寒いのは寒いのだが、この暖冬はどうしたことか。

一方、ハワイ島やカシミール地方では大雪だというし、オーストラリアでは灼熱の夏でユーカリが自然発火して消火に大わらわしていたものだが一転大雨が降っているとか。いったいぜんたい、地球はどうなってしまうのだろう。

かといって為すすべなく、わたしは炒り豆を食っている。節分用に売り出されている大豆を買ってきて常に手近に置いてある。ボリボリかじっては大豆の甘味を楽しんでいる。

この時季、立春の前後で必ず節分荒れがある。あまりに寒くて、日常が破壊されるほどの積雪は困るが、少しは白い景色を見てみたいものだ。

(日本水仙の季節がやって来た。恥ずかしがりのナルキッソスは、うつむき加減)
何事もいいね!ひと言表せず [2020年01月19日(Sun)]

fumihouse-2020-01-19T17_19_18-1.jpgフェイスブックは以前、読者が反応する際にコメントと「いいね!」だけだった。4年くらい前に「超いいね!」「うけるね」「すごいね」「悲しいね」「ひどいね」の6パターンに増えた。いいね!だけでは気持ちを表せないと考えたのだろう。

1月4日に友人を亡くしたことを書いた。それに対して、「悲しいね」を57人、「いいね!」を36人、「すごいね」を2人からいただいている。悲しい出来事なのに、いいね!とは何事だと、人によっては思われるかもしれない。

でも違うのだ。亡くした友と過去に交した言葉や交遊、輝いた日々に思いを馳せ、亡くなりはしたけれど、青春の煌めきは消えないんだよ、と励ましてくださっている(と思う)。その輝き自体がすごいことなんだと認めてくださっているはずだ。読者が何らか反応しようとすれば、6パターンでは到底表しきれないのだ。

なもんで結論。一定のパターンでは示しきれず百人百様の反応があるとするならば、いいね!だけでいいのではないかな?
1ミリも一寸もまたわずかなり [2020年01月18日(Sat)]

fumihouse-2020-01-18T13_45_58-1.jpg1ミリでも前に進むとか、1ミリたりとも許さないと表現されることが増えた。かつては、1ミリではなく一寸と言ったはずだ。

親指と人差し指の間を空けて、一寸(3センチ)だとけっこう広いように見えるが、1ミリだと狭い。蟻のはい出る隙間も許さないぞ、少しでも頑張るぞ! そんな感じをよく表しており、わたしは使ったことがないが、悪くないと思う。

かといって、わずかなことを例える際に、一寸が1ミリにとって変わられたわけではない。「1ミリのばし」「1ミリきざみ」「1ミリ先は闇」「1ミリ先の光陰軽んずべからず」「1ミリの虫にも五分の魂」 これじゃ変だよね。

(暖かい冬が続いて1ミリどころか、1メートルごとに春が近づきそうな気配。しかしセンター試験の今日明日は冷える)
前進し?を供えて幸せに [2020年01月17日(Fri)]

fumihouse-2020-01-17T08_08_27-1.jpg【福(aj】は、示偏のネ(示)が神に供え物を捧げる台を象形している。右側は神に献じた酒樽。福とは、神に酒をささげ幸せになるよう祈るさまを示している。

【福子】という人がいる。ふくこの他に、さきこ、さちこ、としこ、とみこ、よしこ。なんとまあ、たくさんの福子さんがいることよ。どうかお幸せに!

幸福とは前進の異名。前進することが阻まれる状況にあっても、諦めなければ幸福はすぐそこにある。

(春菊を入れて家族で鍋をつつく。これも幸せの一つのかたち)
何故でなく何処からと聴いて弾ませる [2020年01月16日(Thu)]

fumihouse-2020-01-16T18_14_43-1.jpg去年9月末に書いた。「なんでそう思う?」と尋ねてしまうと詰問になる。「どこから?」と問いかけるとよい。なんらかの事物から自分の思う一端を述べて足りるから言葉に出しやすいと。それ以降実践の機会に恵まれていない、というよりは忘れてしまって、たぶん変わらず「なんで?」を連発したのではないかと反省している。

考えを述べよと言うと重くなる。エピソードを引き出して相手に話してもらい、その人しか体験していない面白い話を聴く。明石家さんまが名人芸をみせてくれるとおりだ。

日常会話でも初対面の人でも、あるいは採用面接の場であっても、相手からどんなふうに、いい話を引き出すか、話を広げ深めていけるかどうか。投げかける質問にかかっている。

(接客にあっても同じことが言える。バーゲンで客の購買欲が増すかどうか、店員の質問力にかかっている)
講習の目的はただ救急す [2020年01月15日(Wed)]

fumihouse-2020-01-15T18_24_45-1.jpg救命講習を受けたので備忘録として記す。講師陣は松江南消防署の救急隊員。講習開始時は5,6名であったが、途中連絡が入り、救急車は出動し、残る2名で講習を続けられた。松江消防本部で年間9千件近く出動するという。

3人一組で胸骨圧迫30回と人工呼吸2回をセットで3回ずつ。みっちりやったので身についた気がする(わたしは人工呼吸で鼻をつまむ動作を忘れがち)。AEDも3人がそれぞれ装着して、質疑応答も心置きなくやった。

119番通報から救急車が到着するまで平均8分。心臓が停止し血液が届かなくなって脳細胞が死滅し始めるのが3分。救命するためにはこの時間が大切だ。死線呼吸はふだんの呼吸ではない。蘇生法を始める。胸骨圧迫は1分間に110回から120回。速いペースで圧し続ける。肋骨が折れても躊躇せずに続ける。骨折はあとで治せるが、心臓の生き死にはその瞬間にかかっている。出血や嘔吐物があるとき、口を覆うハンカチ類がないときは、人工呼吸は省略してよい。

胸骨圧迫は疲れると深さが足りなくなる(5センチは必要)ので、胸骨圧迫と人工呼吸の5セット(約2分)をやったら交代すること。救急車出動を要請してもらったり、AEDを持ってきてもらうよう頼んだ人には、この場所に帰ってきてもらうことが大事である。

AEDが到着したらパッドを貼るが、粘着力が強い。焦って2枚がくっつくと剥がれない。落ち着いてシールを剥がして隙間なく肌に貼る。次にもう1枚を剥がしてから貼る。胸右上用と脇左下用に区別はない。濡れていたり汗をかいている時は水気をとり、体毛が濃い場合は粘着テープでビリッと剥がし抜くか、ハサミで切る。下着は脱がすか、ハサミで切る。ネックレスは取らなくてもよいが、パッドに当たらないようずらす。ペースメーカーを装着していたり(胸に膨らみ)、ケガがある場合は5センチ程度は離して貼る。

AEDは蘇生のきっかけであり、主たる手段ではない。胸骨圧迫が一番大事。心電図解析や電気ショックのときは患者から離れるが、それ以外は圧迫処置を続ける。パッドはそのままにして剥がさない。救急車を待つ時間は長く感じるが、蘇生法を継続させ救急隊につなげてほしいと。

何かが喉につまった場合の対処も教えていただいた。声が出なくても、指で喉をはさむ仕草を誰もしているはず。まず、咳を出させて異物を出す。出なければ救急車をともかく呼ぶ。

背部叩打法(背中を掌で強く叩く)と腹部突き上げ法(背後から鳩尾に拳をおき、両手でぐいっと持ち上げる)を交互にやる。やがて意識がなくなれば、心肺蘇生法に移る。いざ!という場に遭遇すればやるしかないが、そんなことはないことを祈っている。

(正月の青空と金柑の実。晴れやかであれ、健やかでありたい)
依存してあるべきこの世はお互い様 [2020年01月14日(Tue)]

fumihouse-2020-01-14T08_14_58-1.jpg【依存】をどう読むか。ふつうは「いぞん」だ。アルコール依存、ギャンブル依存、買い物依存など、対象となるモノやコトに病的に寄りかかった状態、依存症である。

「いそん」とも読む。他のものに頼ることによって成り立ち、実体が規定されることだ。持ちつ持たれつで、必ずしも悪いイメージに塗り込められてはいない。辞書の上で、両者の解釈は明快ではないようなのだが、いぞん と いそん は違うように思う。

それがなんだというのかって? いや何でもない。ただ気になっただけ。ある事や物が存在することによって、他の事や物の状態を左右する関係。これはどこにでもあることだ。いや、この世の全てがそうだと言っても過言ではない。

(編み込んだセーターも機械に いそん し、着てくれる人がいてはじめて成り立つ)
さあ動け前へ進めとゲーテ言う [2020年01月13日(Mon)]

DSC_1589~4.JPGゲーテは言っている。

 生きているあいだ何事も先へのばすな、
 きみの生は、行為また行為であれ

三ヶ日に戻ったかのような賑やかしで各地の成人式を伝えるニュースバラエティ、ヘンリー王子夫妻が英国王室から出奔?、そしてフェイスブックのタイムラインにかまけて、テレビの前に陣取っていてはいけない。

先延ばしするな! 行為の連続であれ!とゲーテが言うとおり。きょうの行動を開始しよう。

(熟したトマトはきょうの太陽のようだ)
日々に気をつけて生きるは私たち [2020年01月12日(Sun)]

fumihouse-2020-01-12T10_39_44-1.jpg【お気をつけください】【気をつけて】と私たちは注意をうながす。【気をつけ】は直立不動の姿勢を命ずる号令である。つけるべき気とは何だろう。

気が小さいといえば性格をさし、気がはやるのは意欲が前のめりになっている。彼女に気がある?と心が動くと恋が始まる。気が沈んだり、気が楽になるのは情緒。気を失うと意識がなくなるし、気がつけと配慮や注意力に変化が生じる。気が緩むとき、油断となり不測の事態に巻き込まれそうだ。気の抜けたビールでは祝杯をあげられない。山や海、自然空間には目には見えない気が満ちている。緊迫した雰囲気の場からは逃げ出したくなる。

気を一言で気持ちと言ってしまってはつまらない。含みの多い言葉である。漢方では体内を巡る生命力の根源とされる。

気を使った句が多いこと。気が合う、気が多い、気が置けない、気が重い、気が利く、気が気でない、気が知れない、気が進まない、気が立つ、気が詰まる、気が紛れる、気が若い、気に掛ける、気に食わない、気に病む、気は心、気もそぞろ、気を遣う、気を取り直す、気を吐く、気を回す、気を許す・・。ああ、気が遠くなりそうだ。

(ユリノキの実は冬の間、直立不動で気をつけしている)
マルシェにてキレイになってと志す [2020年01月11日(Sat)]

DSC_1603~2.JPG2020ひかわキレイマルシェで綺麗になる。女の人だけ? いやそうではありません。オーガニックの農産物、こだわりの手芸品や美味しいもの、身につけるもので綺麗になる要素はもちろんありますが、この地域にあるいいものを見つける場であり、頑張っている人との出会いを演出する場が、ひかわキレイマルシェです。

具体的には、出雲・斐川の荘原コミュニティセンターで年一回開かれている、簡単に言えばエントリーして参加する自由市です。荘原自慢のマルシェはこの春、6回目を迎えます。

昨年は30あまりの個人と団体が店開きしました。今月中に実行委員会では出店の呼びかけを始めます。荘原というローカルを軸にして、ここに住む私たちがいいところを探して好きになる。昨年集めたアンケート「好きスキ・荘原、好きになる」にも通底する考えです。出雲・荘原という環境に暮らすのならば、色メガネで見て、あれもない、これもつまらないと呪いの言葉を撒き散らすのではなく、前向きにいきましょうよ。

いわゆる市民としての覚醒した意識と誇りをもって、我が街を築いていきたいと思う当事者たちが実行委員会で頑張っています。年末にやったタウンミーティングでもそうした方々が頼もしい態度と意志を表明されました。誰かがやってくれるのではない、私がやるんだとしなやかに考える人びとの陣列で、荘原で何かが変わっていきます。

(2020ひかわキレイマルシェでは米俵は売らないけれど、コメや米製品は売りますよ)
110番適度に使えや皆のため [2020年01月10日(Fri)]

DSC_1588~3.JPGきょうは110番の日。この語呂合わせは分かりやすい。警察は言う。事件・事故が発生した時は迷わず110番してほしいが不要不急や悪戯は困る、変な通報が集中するとホントの緊急通報を受けられなくなる、緊急でなければ警察相談専用の#9110を使ってほしいと。

昨年警察が受けた110番通報のうち2割は緊急でなかったという。「携帯を機種変更したので試しに」とか、「酔っ払ったのでパトカーで送れ」「ゴキブリをなんとかして」「きょうは何日?」といったものもあった。「信号機を設置して」という要望もある。何でも来い? いやそれは困る。

「救急車は何番か」といった問い合わせがあるということだから、110番は119番よりもずっと知られているわけだ。1月19日は119番の日? 119番に電話して聞いてみようか? 冗談さ!

(119番は救急車だから赤い南天のイメージ。110番は冷静に白い南天か)
庭園に山水風月みる島根 [2020年01月09日(Thu)]

DSC_1631~2.JPG足立美術館がアメリカの日本庭園専門誌で、17年連続で日本一となった。いつものことで新鮮な感じはない。何でアメリカに権威づけられるのか?という気持ちはあるが、スゴいことだ。50位以内に島根県内の庭園が7つも入っている。

3位皆美館、25位由志園、28位長楽園、29位康国寺、35位佳翠苑皆美、45位さぎの湯荘

出雲市の康国寺と安来市のさぎの湯荘には行ったことがない。ぜひとも拝見したいと思う。また、益田市には雪舟作と伝えられる医光寺や萬福寺の庭園もある。観光客には穏やかな日和を選んで行ってみてほしい。庭から見る島根は、また違う魅力にあふれておりますぞ。

(日本庭園だからシクラメンはおそらく咲いてはいない)
春一番いやいや寒の入ったばかり [2020年01月08日(Wed)]

DSC_1589~4.JPG発達した低気圧が日本海に陣取り、暖気を招き寄せた。さらに全国的に暴風が吹いている。立春が過ぎていれば春一番であるが、まだ正月の8日。6日が小寒で、寒の入りになったばかり。まだ大寒だって控えているのに、春一番並みの暴風とはこれいかに。

列車は遅れている。濁った宍道湖は波が高い。海はさぞや大波が打ち寄せていることだろう。数日前の夕方にほんのわずかに霰が降った。一月前に霙が落ち葉の上に残っていた。雪らしい雪は見ていないこの冬。冬用タイヤも役に立っていない。まっ楽でいいんだが、自然の摂理に反したこのありさまに不安を感じるのは、わたしだけではあるまい。

(強風が雲を吹き飛ばした。でもまた雨が降る予報だ)
届けたい気持ちをのせて投函す [2020年01月07日(Tue)]

DSC_1589~4.JPGある方が日本郵便に提案していた。≪はがきという「モノ」を買ってもらうんじゃなくて、新年のあいさつ、暑中見舞いという、手紙を出すという「コト」を買ってもらうと考えないのか≫と。なるほど、そのとおりだ。

氏は、まず郵便局員が葉書を書くことで範を示してほしいと。日本郵政グループ、合わせて42万人が葉書を出すという行為を続け意志を示すことで、手紙文化を復活させてほしいと言う。

不便だからといって、年賀状や手紙を出さなくなった日本人の行動を取り戻す──現場で毎日郵便物を届ける仕事に関わる日本郵便の職員がやらなかったら誰がやる? と氏は力説した。

葉書を出す─先方から返事がくる(メールでもいい)─うれしい─わたしも郵便の良さを大切に思える一年にしてみたい。

(葉書に乗せた想いは、冬の雲間から射し込む光芒のように、受け取ったひとを照らす)
決められた決勝点なり日々つなぐ [2020年01月06日(Mon)]

DSC_1625~2.JPGある民間グループの機関紙に求められたので、800字余りで寄稿し、次のように締めくくった。

≪グループの運営は大変です。押し寄せる難局に悩む状況もあるのではないでしょうか。
 ナポレオンは云いました。「状況? 何が状況だ。俺が状況をつくるのだ」と。状況という環境に流されたとき可能性の扉は閉じます。客観視することは必要ですが、構成員がどんな意志を持ち行動するか。その総和が組織の浮沈を決します。きょうも進みましょう。
 詩人・ホイットマン『草の葉』の一節です。

 さあ、出発しよう! 悪戦苦闘を突き抜けて!
 決められた決勝点は取り消すことができないのだ≫

決められた決勝点とは何だろう。死ぬという終わりはそれぞれにあるが、死ねばそこまでという思想には他人任せの刹那的な響きがある。生命は続く、宇宙に循環すると考えると、いまの生をないがしろにはできない。因果が応報していくからだ。

決められた決勝点とは、一日の区切り、一月の締め、一年の枠の中で状況に抗して精一杯やったことの勝利の証であろう。一生涯が終わっても次の決勝点はやってくる。努力のしがいがあるというものさ。
始まりに挑む一年ここにあり [2020年01月05日(Sun)]

DSC_1459~2.JPG明日は新年の仕事始め。年末年始の9連休、楽しみもあり、悲しいこともあった。過去は戻らない、わたしたちは現在と未来に生きるが故に、前進あるのみ。挑んでいくうちに過去は生きてくる、未来は開ける。

≪“忙しいからできない”と諦めるのはたやすい。そうせずに大変な状況の中でも、できることを見つけ、「これだけはやり抜こう」と挑んでいく。小さくてもそうした積み重ねが、時がたつほどに大きな差となる▼戸田先生は語った。「一番、勉強できたのは、電車の中と、トイレの中である。その気があれば、どこでもできる」。池田先生はこの言葉を紹介しつつ、「『あと5分、頑張ろう』『あと10分、頑張ろう』。それを繰り返せる人が勝つ」と若き友を励ました≫ (聖教新聞「名字の言」2019年10月4日付)

2020年は挑む年。戦いに挑む、自己との闘争に挑む一年が始まる。
愕然と友が逝くとき声もなし [2020年01月04日(Sat)]

DSC_1592~2.JPG元日。大切な友人を亡くした。知らせに唖然とした。長らく病気の療養で不自由だとは聞いていたが、一昨年の夏には一緒に酒を飲んだ。賑やかに話し込んだ。学生時代から豪気なやつだった。思いやり深く人情のわかる友だった。矢沢永吉が大好きで、12月には公演に行った様子をフェイスブックに書き込んでいた。わたしの投稿にも毎日、いいね!をくれた。12月30日もいいね!が入っていた。それが二日後にはこんな悲しみが待っているなんて思いもよらなかった。合掌

(彼の生命は宇宙とともにある。雲となって風になって空を駆けめぐる)
同窓会久しぶりだぜ顔顔顔 [2020年01月03日(Fri)]

DSC_1601~2.JPG久しぶりの同窓会。参加者がたくさんで賑やかな午後だった。年を隔てると顔が変わる、体型が変わる、雰囲気が変わる。変わるだけならいいが、誰なのかわからない人がいる。離れたところから隣の人に、あれは誰?と尋ねる。思い出した、なるほど大分変わったな。別の知らない人が近くに来た。思いきって尋ねる。わたしが名のってから名を聞く。ああ○○さん! 覚えていた。というか甦った。

次々と相手を替えて交歓する。手持ちぶさたの同級生を引き入れてグループにして話をふくらます。楽しい思い出深い時間が過ぎていった。次はいつから知らないが、元気でまた会おう!

(楽しい時間は時計の針とともに、あれよという間に過ぎる)
箱根まで100キロつなぐ襷なり [2020年01月02日(Thu)]

DSC_1596~2.JPG箱根駅伝・往路。5区間100キロ余りを、青山学院大が3年ぶりの往路優勝で飾った。風も弱く気温も適度で条件が良かったこともあり、好記録が続出した。

わが母校・創価大は、米満選手が1区で区間賞の走りで勢いをつけ、往路7位の大健闘を見せてくれた。明日の復路で踏ん張ればシード権を獲得することも十分可能だ。

誰にも調子の波はある。練習は試合のつもりで、試合は練習のようにしたいと思っても、強いプレッシャーが選手を苦しめる。襷に象徴されるチームの絆、支援の輪を信じてどの選手もがんばってほしい。

(出雲の青空に映える臘梅の花。箱根に向かう選手たちの目には富士山の姿がどう映っていたのだろうか)
強欲も愛の力もフォース持つ [2020年01月01日(Wed)]

DSC_1618~2.JPG恒例の元旦映画で観たのは『スターウォーズ』シリーズの完結編『スカイウオーカーの夜明け』。宇宙を制服するという強欲を愛の力が上回ったことで決着をみた。いずれも「フォース」がベースにある。力とは闇と光の両面を持っているのだ。

そのフォースを悪ではなく善的に利用するためには、血筋ではなく、意志が重要だと示したことは感慨深い。闇の帝王の絶対的強さより、強く結ばれた絆の力が勝るのは、「ハリー・ポッター」にも「ロード・オブ・ザ・リング」にも通じるテーマである。

エンドロールに流れる数多くのキャストやスタッフの名前。勇壮で大音量のテーマ曲を聞きながら名前を眺めていた。なんと多くの人の手によって超巨編が完結したことに感動する。縁もゆかりもない人びとではあるが、わたしが映画を観ることで感銘を呼び起こし、縁が結ばれることに不思議な感動を覚えた。これこそがフォースのエネルギーというものなのだろう。

完結編とは言うが、前回エピソード8の最後に出てきた少年。砂漠地帯に住み箒を念力で手に引き寄せたあの子は姿を見せなかった。ということは、エピソード10の構想があるということなのだろうか。楽しい想像が広がっていく。

(舞台はどこかのある小宇宙。スターウォーズには木以外の植物は登場したのだろうか)