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上を向きお上りさんの歩く街 [2019年12月05日(Thu)]

IMG_20171115_160813.jpg【お上りさん】

今はすっかり使われなくなった言葉だが、わたしには温かい印象だ。高度成長時代、働き口を求めて地方からたくさんの若者が移住した。多くの中年族が出稼ぎにやってきた。田舎から物見遊山に、一度は東京っていう大都会を体験してみたかった。

みんなが東京にやってくる。田舎者が上り列車に乗ってやってくる。物珍しい高いビルに目が行く、やたらと目立つ看板にひかれる。おのずと上を向いて歩くことになる。ほーっ、はぁ、へぇーと思わず声が出る。お上りさんの出来上がり。

お上りさんをバカにする向きもあったかもしれないが、日本のふるさと各地からやってくる人の波。新生日本をつくった人びとの力。日本の未来は手放しで明るかった。

(お上りさんには荒く塗った白壁もまた珍しかったにちがいない)
勇壮なコミカル称え大笑い [2019年12月04日(Wed)]

IMG_20170503_132304.jpgムノツィル・ブラスで笑った。笑える金管七重奏団が松江にやってきた。トランペットとトロンボーン、チューバの3種の楽器だけと思いきや、歌あり、思わぬ楽器の鳴らしかたあり、リコーダーあり、おもちゃあり、足踏みあり、口笛あり、咀嚼音あり、口を膨らますブーイングあり、叫びあり、ため息あり、そして常にコントあり。

酔いしれよ、顔をしかめよ、笑われよ、楽しめや。思い思いの衣装で舞台に上がれや、靴はお洒落であれ、滑らかに歩けや、心安らかにステップを踏めや、戦え前進だ、怖さを吹き飛ばして行けや進めよ、大股で歩けや、韻を感じて踊れや。

ブラスの力強いハーモニーと弾むテンポに感心し、大いに笑った夕方のひととき。ジャズ的なスイングするパフォーマンスを存分に楽しんだ。
ずんずんと寒い冬ならさあ歩こ [2019年12月03日(Tue)]

DSC_1584~3.JPG邁進した一日だった。かといって、迫り来る敵をなぎ倒し獅子奮迅に戦った一日だというわけではない。淡々と粘り強く(ときに溜め息をつきながら)、事務を進めた一日だった。朝は雲が垂れ込める曇り空だったが、やがて太陽が顔を出し気持ちのいい昼間。こんな日の夕方は歩くのがよい。

ずんずんと大股で歩く。地面の突起や傾斜を感じながら歩く。吹く風を頬に受けて歩く。舞う木の葉を横目に見てさざめく川面を眺めて歩く。マフラーが暖かいことを感じながら歩く。今夜の予定を考えつつ歩く。帰宅を急ぐクルマの車列に照らされながら歩く。宵の明星が雲間に見えることを喜びながら歩く。膝を痛めていた頃はこんなにできなかったことを心に述懐しながら有り難がって歩く。バス停を3つ4つ早めに降りて歩く(わたしの乗る松江循環線は一律210円なので念のため)。思いつきをスマホに書き込んで一時止まる・・・。

特に雨や小雪舞う日が多い日本海側の冬には気分は沈みがちになるので、歩くことによってリズムを作ることができる。わたしにとって歩くとは精神安定剤である。

(近所になっていたレモンもまた、コロコロと転がりたがっているにちがいない)
光芒の草に亡の字幽玄に [2019年12月02日(Mon)]

DSC_1239~2.JPG舞台の照明で、サスと言われるものがある。スモークを焚いて光の道筋を見せる。幻想的な光景になる。微少な粒子が空気中を漂って光が当たると、白濁した真っすぐな道が見える。チンダル現象というそうである。

気象用語では光芒という。冬場の日本海側でよく見られる。雲の合間から漏れ出た太陽光が、雲になりきらない水蒸気群に当たって光の束となっていく。白い雲、灰色の雲、薄青い空、遠くに霞む緑や海面と合わさると、太陽を中心に三方、四方にビームが広がり、後光が差したようになる。特に夕方だと自然界の芸術そのものだ。

本格的な冬が来たようだ。日照時間も年間で最も少ない季節。低気圧と高気圧の攻防戦が日々ある。栄枯盛衰、国や地域にも興亡があるように、弘法にも筆の誤り、優れた人も時に間違うように・・・・心が塞ぎがちな冬場には、芸術家の工房を訪れてみるのもいいかもしれないなぁ。

(光芒ではないが、牡丹園の由志園の夜光を浴びたディスプレイ)
油断なく師走を駆けてゆく人よ [2019年12月01日(Sun)]

DSC_1580~3.JPG 喪中につき新年のご挨拶を失礼させていただいます
 ◯◯が□月■日に△歳で永眠いたしました
 平素のご厚情に深く感謝いたしますとともに
 明年も変わらぬご交誼のほどをお願い申し上げます

と、年賀欠礼のハガキが来るようになってきた。12月は始まった。歳末に向けてあれやこれやとやるべきことは多い。面倒なことは後回しにして、やりたいことだけをやってしまう。なばかりか、別にやらなくてもいいことまで、思わずやってしまうということも人間の常。12月の第一週を油断なく過ごしたい。

(青空に映える銀杏の黄色は油断なし)