『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』は1992年の映画。アル・パチーノが出るというから暴力シーンにドキドキするのかと思いきや、感動のドラマであった。
笑った、フランク(アル・パチーノ)が初めて笑った。あどけないが官能的な美女ドナがタンゴを踊ってみたいと応じたい時に見せたチャーミングな笑顔。それまでもフランクは笑った。しかし、ガハッと品なく大声を出し、相手を蔑む哄笑であり、自嘲するせせら笑いであった。そのフランクの笑顔に目を引かれた。ダンスは抜群。初心者のドナを鮮やかにリードしてホールの客やスタッフの喝采を浴びた。フランクは変わったのだ。二人の踊りを見守ったチャーリーの優しい眼差し。彼もフランクのために何かしたいと温かい気持ちになった。
事故で全盲となり退役した元軍人のフランク。記憶力は抜群で教養も深い。詩人でもある。女の唇とは、大きな砂漠を横断した後に飲む初めての赤ワインの味だと喩えた。ロマンと卑猥を兼ね備えた辛辣な詩人であるからして、あらゆる人を毒舌で不快にし、自ずと敬遠されて孤独な退役生活を送っていた。
懲罰委員会の場で窮地に立ったチャーリーをフランクは渾身の演説で救う。胸のすく論理展開、言葉は荒っぽいが適切な比喩、力強く淀みのない演説。一般生徒はもちろんのこと、懲罰委員会の教師らも虜にした。
青くなったのは金持ち息子とその親。懲罰を受けないよう画策した悪ガキども。そしてチャーリーだけを切り捨てて、名門校から退学させようとした校長。無事集会を乗り切ったチャーリーの顔が晴れ晴れしかったこと。
強がりばかりで孤独な人生を自殺で終わらせようとしていたフランク。チャーリーには気の利いた言葉はないが、彼を自殺させまいとする必死さが胸を打った。
どうやって生きていける、チャーリー?
足が絡まっても踊り続けて
美しいドナにフランクがタンゴを教えようと申し出るシーン。ドナは間違えるのが怖いと躊躇する。そこでフランクは「間違えて足がもつれても、踊り続ければいい」と言った。だからチャーリーはその言葉をフランクに思い出させたのだ。だから大きな岐路に直面したチャーリーを助けたいとフランクは思ったのだ。
セント(scent)とは香り。女が立ち去った後も残り香がある香水。フランクはいつもブランドを嗅ぎ当てる鋭い嗅覚を持つ。セントは勘や直覚力。フランクは不純や不正、醜いものへの鋭い嗅覚を持っていた。許せなかった。フランクはそれらを悪しざまに罵った。何のために? それは反骨の態度で敵対する相手を打ちのめしたい自身の我欲のためだったのだ。しかしフランクはお金を使うこと、話を聴くこと、演説すること、はったりを利かすこと……自分のためにではなく、誰かのために力を尽くすことを学んだ。フランクは変わったのだ。
『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』とは、あのタンゴシーンが象徴的に表している。心騒がせるステップを踏むために不断の努力を続けよう。苦しくても楽しげに軽やかに動いて聴いて喋っていこう。漂う香りも楽しもうと思わせる映画であった。
午前10時の映画祭8はゆめタウン出雲のTジョイにて上映中。ぜひ観てほしい映画です。