わたしの名前はメロディ。ダニエルに愛されている、今も昔も。彼ったら、あたしを一目見て心奪われた。まだ11才のときよ。人づてにわたしは彼の気持ちを知ったのだけど、恥ずかしいのやら、嫌悪感をもつのやら、その時はわからなかった。一途な彼の気持ちが伝わったのかしら。わたしも彼に首ったけ……。あっイヤだっ、でもそうなのよ! わたしと彼は相思相愛、燃えあがったわ。人目がなくなると手をつなぐ。彼のプロポーズは今思えば可笑しいわね。「もう一週間も愛してる」だもの。
ダニエルとわたしは『小さな恋のメロディ』。小さな、というには11才は年を取り過ぎていたかもしれないけれど、ビージーズが歌う『メロディ・フェア』とあいまって日本では大ヒットした。でもわたしの国イングランドではそれほどでもない。ただの『Melody』じゃあ、わたしの名前をなぞるだけですものね。その点日本の邦訳者は賢かったわ。歌のメロディ、そしてわたしがメロディ。二つを掛け言葉で結んでいるんですもの。さすがよね。
わたし、大学で日本文学を専攻したの。島崎藤村の『初恋』を勉強したわ。彼への気持ちがますます深まっていくのを感じたわ。
まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり
恋した11才の二人は林檎を分け合って食べた。他人の口に触れた物なんて食べられないなんて考えてもみなかったわ。ごく自然に彼の口からわたしの手へ。わたしの唇に、彼が口に含んだ温かい果実が触れる。画面には出なかったけれど、実はあの時わたしたちはキスのまねごともしてたのよ。藤村の女の人はもう少し自制心があったようだけれど……。
ダニエルは見る間に成長していったわ。オドオドして子供っぽかった彼が、権威で怒るばかりのあの石頭校長に、結婚すると言い放ったんですもの。わたしだって彼に強く同意してたの。嬉しかったわ。
ねえ? 名画『禁じられた遊び』に使われているモチーフの墓場。ダニエルとわたしのデートの場が墓場だったことと何か縁があると思いません? パブリックスクールの教師たちが許さなかった結婚という儀式だって、「遊び」ととらえてみると二つの映画がつながるようには思えないかしら? わたしたちは大人の階段をのぼる時に、偉ぶった大人をギャフンと言わせたかったのね、たぶん。
美少年だったダニエル。20年たった今もいい男よ。わたしだってまだ十分綺麗だと思う。わたしたち、二人の子供にも恵まれて幸せよ。「小さな恋」は「大きな愛」にかわったけれど、わたしたちずっと恋していきたいと思ってるの。
それとね、オーンショーは悪友だったでしょ? 映画では学校をサボって海で遊んだことで、彼にしつこく絡んだじゃない。ダニエルと殴り合いのケンカをしたよね。でもあれがあったからこそ、オーンショーは、わたしたちの思いを果たしてやりたいって考えたの。だから冷やかだった女の子のグループに掛け合って結婚式を実現しようと熱く語ってくれたらしいの。男の子たちにもよ。パブリックスクールの教師なんてクソ食らえってね。
友だちの輪からも二人は孤立して、寂しく思いかけていたわたしたち、本当に助けられたわ。オーンショーは今もステキな親友です。
(島崎藤村の初恋の女の子が着けてたかもしれない帯よ。これって日本の美よね)