乱されて花の群にて人狂う [2015年03月31日(Tue)]
桜は心を乱す花、ひとを狂わす春の精。淡くてはかない薄桃色が、群をなしてや躍りだす。見るひと皆をたぎらせて、狂うそばから散っていく。花の吹雪は潔い、物の怪の影そこはかにあり・・・。
坂口安吾の『桜の森の満開の下』で、主人公の山賊は夢かとばかり輝く美女を略奪し妻とした。女に望まれるままに他人の財と命を奪いつづける。多くの生首コレクションを並べて、女は首遊びを楽しむという怖ろしい物語。桜の妖気がなせるわざであった。桜の精そのものが山賊を狂わせた。 ≪だんだん歩くうちに気が変になり、前も後も右も左も、どっちを見ても上にかぶさる花ばかり、森のまんなかに近づくと怖しさに盲滅法たまらなくなるのでした。 (中略)ほど経て彼はただ一つのなまあたたかな何物かを感じました。そしてそれが彼自身の胸の悲しみであることに気がつきました。花と虚空の冴えた冷めたさにつつまれて、ほのあたたかいふくらみが、すこしずつ分りかけてくるのでした。≫ 春は浮き立つ季節。木々や草が芽吹き、百花繚乱の舞台に誰しもが歌いだす。一方で憂き季節。新たな出会いはストレッサーとなってひとを悩まし、花粉症に目や鼻をやられ、思いがけず強い紫外線は美容の敵だ。心身の不調によって「一つのなまあたたかな何物かを感じ」、それが「自身の胸の悲しみであることに気がつ」いて、ひとはたじろぐ。春は憂きもの悪きもの、同時に楽しく弾むもの。桜は二律背反、ひと狂わせて、ひと喜ばす。 (竜のようにのた打つユキヤナギの花。目立たないけれど百花繚乱の季節の代表格だ) |