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かくありたい願望だけが大なりて [2021年07月31日(Sat)]

fumihouse-2021-07-31T09_36_16-1-thumbnail2.jpg危機管理というものは、組織にあっても個人にあっても重要だが、危機が目前に迫ったとき人はノー天気になりがちだ。希望的観測をするからだ。第一、自分が自然災害や疾病、動乱によって心身と生活をかき乱されることを想像するなんて縁起でもない!という感覚がまず起こる。

リスクを最小限に見積もって、というか起こってくれるなよ!と単に願って様子を見るだけで動かない、もしくは漫然と動く。よくある話だ。多分大丈夫さ、という全く根拠のない希望に支配されていく。甘く目論んだツケはやってくる。災害や事故は容赦はしない。人間はあとで、こんなはずではなかったとホゾを噛むものなのだ。

≪「かくありたい」という願望は、人の心の中で「かくあるべし」と変化し、一瞬ののちには「かくある」と断定されてしまう≫(浅田次郎『真夜中の対話』SKYWARD December 2015)

(決戦に向かう柔道家もまた(偽物だが)、危機管理をして万全の態勢で臨む)