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二千年古代出雲の夢をみた [2021年07月02日(Fri)]

fumihouse-2021-07-02T22_01_02-1-thumbnail2.jpg藤岡大拙氏が講演してくださった。わが地域の名士。言わずと知れた有名人。しかも謙譲の士にして人柄は温かく、話は分かりやすく楽しい。島根の宝といっても過言ではない藤岡先生の話を聞いて、1時間半はあれよという間に過ぎた。

演題は『出雲神話と荒神谷』。地方史学者としての立場から出雲神話をひもとき、ご自身の経験も交えながら、われわれ出雲人の琴線に触れるお話をいただいた。荘原コミセンまちづくり部として、先生には講演いただきたい趣旨を、次のように伝えている。

■日本の源流に連なる出雲神話。荒神谷遺跡をはじめ出雲の遺構と伝承が証明するかもしれない太古の謎。出雲神話のエピソードに大胆な仮説も交え、我が出雲の誇りを呼び覚ましてください■

無茶ぶりではあるが、先生は古事記や日本書紀、出雲風土記を引いて、いとも簡単にお応えくださった。

出雲の古代史は、大和朝廷の計略によって力を削がれていく過程である。それが神話として描かれたわけだが、出雲征伐の歴史は騙し討ちにまみれている。

大和の総司令官として倭健命(ヤマトタケルノミコト)は、九州征伐のあと出雲に立ち寄った。言葉巧みに出雲健(イズモタケル)に近づき、斐伊川で沐浴(川遊び)しようと誘いかけ、終いには騙して惨殺しする。あらかじめ自分の太刀を木刀に替え、出雲健に持たせて「いざ刀(たち)合はさむ」と斬りかかったというではないか。有力な豪族を失って出雲國は力を奪われていく。さぞや無念だったことだろう。

日本書紀では、さらに大和は神宝を奪う(剣か玉か?)。しかも謀略によって兄弟豪族であった出雲の振根(ふるね)と入根(いりね)を離間させる。終いに振根は入根を殺す。実に悔しいことだ。しかし、藤岡氏はおっしゃった。確かに敗北の歴史だが、出雲人は立派に郷土を築き上げ、今地域の可能性を最大限に発揮している、臆することはないと。

出雲國の中枢が斐伊川で川遊びできる距離だったということは、出雲風土記にえがく健部郷(たけるべのさと)は、荒神谷の近辺となる。すなわち二千年前には荘原地区の中に出雲勢力が栄えていたのだ。

荒神谷遺跡の大発見から37年。古代出雲が繁栄したことは立証された。いまだにコンプレックスを持つ向きもあるかもしれないが、荒神谷遺跡の本家だと思って堂々と自慢して、誇りをもって出雲に生きようと先生は締めくくられた。

(太古の昔もナツメの花は咲いていただろうか)