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答えとはいつもあるとは限らない [2020年09月03日(Thu)]

fumihouse-2020-09-03T20_30_25-1-thumbnail2.jpgわかたけ学園の食堂には書の額がある。見事な筆で箴言(しんげん)が書いてある。

   答えが
  なくとも
 問うことを
 やめること
 はできぬ

誰の言葉かは知らない。日本の学校教育に慣らされた私たちは、問われれば答えようとする。でもその答えは用意された絶対の正答である。自分で導くことができなければ答えを求める。しかし、答えなんてどこにも無い。そんなことは日常茶飯だ。答えがなければマルをつけてもらえない。褒美がないなら骨を折るまでもないと思いがちで、おのずと考えなくなる。

相手の意見を聞いたら、当たり障りなく「なるほど」と同意しておく性向もこうした私たちの姿であろう。考えを深めたり、新しい思考を産み出すためには「私は違う意見だね」「ホントにそうなの?」と応じてディスカッションすることが、正解のない問いを見いだし、未来を拓く元になるはずなのだが、私たちはそうした軋轢を好まない。

大人になってからの問題の多くは最適解が見つからない。箴言の主は「問うことをやめることはできぬ」と決意している。問うことは未来に向かうこと。現状に満足せず、自分を磨いていく営みである。

ネット検索して正解が出たように思えても、正解は実は遠い。その人の思考や判断の力を経て、答えのない問いを考えていくこと、諦めずに立ち向かって答えを導き出す作業とは哲学である。哲学しよう。

(この主も考えているぞ、たぶん)