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身体を離して拡げる文明観 [2020年05月16日(Sat)]

fumihouse-2020-05-16T08_35_34-1.jpgWHOがソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)を言い換えている。

WHO曰く。感染防止のために人との間隔を取る意味合いであるのに、ソーシャルには「社交」の意味があることから、他人と疎遠になるという誤ったイメージが広がるのを恐れる、と。言い換えは「フィジカル・ディスタンシング(身体的距離の確保)」。

確かにそう思う。人間は社会的動物。ひと同士が助け合い、競争し合い、励まし合い、蹴落とし合い、尊敬し合い、軽蔑し合う・・・。良きにつけ悪しきにつけ、複数のひとが関わりあうことで社会を形づくり、文明を進歩させてきた。「社会的距離をとる」と表現してしまうと、社会を崩壊させて、人間が本能的に保ってきた実益を拒否するような語感があるではないか。

新しい生活様式では身体的距離を保ちたいものだが、物理的に離れることは心理的にも遠くなりがちである。幸いに私たちには言葉がある。言葉を伝える文明の利器もたくさんある。工夫して新コロナを封じ込めよう。

(道端でシラーをしかと見つめよう。ただし地下茎部分は有毒だとか。フィジカル・ディスタンスをとろう)