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葬式を終えて遺族を思いやる [2020年03月22日(Sun)]

fumihouse-2020-03-22T14_14_45-1.jpg詩人・谷川俊太郎がエッセイにこう書いている(『葬式考』新潮社,平成22年「ひとり暮らし」)。

≪葬式には未来というものがないから何も心配する必要がない。未来を思って暗い気持ちになることもない。(中略)未来があるのは結婚式だけで沢山だ、葬式にまで未来を持ち込まれてはあの世とこの世の区別がどこかへ行ってしまう。せめて葬式のときくらいはこの世の憂さを忘れたいものだと思う≫

葬儀に参列した。輪廻転生、永遠の生命と言っても立証はできないから、故人には「未来というものがない」。それは確かだ。遺族にとっては故人が存在しない寂しい状態での生活が始まる。当分は気持ちにぽっかり穴が開き、歳月を経ても時折空虚に思い出が頭をかすめる。

葬式とは遺族のためのもの。参列者がその場でどんなに言葉を尽くそうとも、遺された家族の助けにはならない。葬儀という一連の大行事にあって家族は気も張っており、ある面大丈夫だ。やがて葬儀の参列者をはじめ親戚の人たちが日常に戻り、周囲に人の輪がなくなる。寂しくなって辛かろうと思う。そんなときに適切に声をかけられたらいいと思った・・・。

(辛夷(こぶし)が満開だ。故人もきっとこの花を知っていたに違いない)