立川に行けよイケアと巨大なり [2014年05月05日(Mon)]
数十年前の立川駅前はあとかたもなく、昭和基地が米軍から返還されてからの変貌ぶりがうかがい知れる。その一角に建てられているのがイケア立川店。この4月にオープンしたばかりであった。店内のエントランスには紙製のメジャーと10センチ弱の鉛筆、商品名や番号を書き込めるフロアガイドが置いてあり、リビング、収納、ダイニングキッチン……と23区画のショールームがわかりやすく案内される。
ブルーとイエローのスウェーデンカラーのナイロン製バッグや大型ショッピングカートに客は買いたい品を入れていく。客が主体となって買物を進め、腹が減ったらレストランでもってレジャーランドのように楽しむ。商品の主体は、北欧仕様の洗練されたデザインにして低価格で機能的な家具や調度品類。イケアの商魂が日本でも支持されつつあるのを目の当たりにすることができた。 巨大な店内は溢れんばかりの客で満ち、『イケアはなぜ「理念」で業績を伸ばせるのか』(立野井一恵著,PHPビジネス新書,2014年)に書いてあることを思い出し、なるほどなと納得した。この本を読むと日本全体に蔓延し続けるワーカホリックは、もはやビョーキ状態であるように思える。公私の私を殺し、多くの人が精神的な病に苦しみ、それでいて公(企業や組織)が高い生産性をあげているかというとそうでもない。競争力も落ちて日本の地盤沈下は続く状況にありながら、仕事優先でプライベートは主張できないというブラック化が広がっているように思える。 ≪2週間程度の休暇は交代で気兼ねなく取りますし、そもそも、だらかがいないと仕事がまわらないという体制自体、 イケヤアはNGなんです≫と語る男性のフードマネージャーがいる。 また著者は、≪組織がフラットでシンプル、上司と部下の距離が近い点もイケアの特徴だろう。上司は指示を出すだけでなく、部下の可能性を見出し、成長させることが重要な役目とされ、対話を中心に1対1のコミュニケーションを積み重ねていく。人間同士の関係が構築できているから、長期休暇や産休も安心して取れるのだ。理念を共有していれば迷う時間は少なくて済み、何事もスピーディに決まっていく。コワーカー同士がしっかり結びついた組織がイケアの強みなのだ≫と述べている。かつての日本が誇った企業家族の思想はグローバル化の流れの中で破壊されたが、イケアには生きている。 入社の段階で価値観が共有できることを確かめ合うこと。上司はファシリテーターとして、仕事の取り組みについて部下とともに考え部下の可能性を引き出しながら問題を解決していくことをミッションとする。上司は部下が自発的に決めて挑戦して失敗したとしても責めずに財産として共有していく。それが「イケア・バリュー」、あるいは「違うやり方でやってみる」として共有された価値観だという。 ともに働く仲間という意味の言葉がコワーカー。フルタイム従業員もパートタイマーもコワーカーとして尊重され(福利厚生制度に差別はない)、互いに信頼しあうこの組織は強い。「より快適な毎日を、より多くの方々に」という企業理念を、イケアは客に対してのみならず、コワーカーに対しても適用する姿勢を貫いている。従業員に甘いという意味ではなく、コワーカーは残業なしで時間内に最大限のパフォーマンスを発揮することを求められる厳しさも併せ持つことに感嘆する。だから、パートタイマーであっても昇進してリーダーになる例も多いということだ。 私が買いたい商品のピックアップを終え、1階の会計カウンターに向かう長いエスカレーターに乗ると、イケアの理念を示すポスターが貼ってあった。子どもへの支援、女性への支援、難民多発地域や被災地への支援。それらがイケアが社会貢献する方向性を語っていた。 日本では船橋、横浜、神戸、大阪、埼玉、福岡、仙台、立川の8店舗が開業されているが、今後もさらに活動の幅と質を広げていくことであろう。イケアの企業理念が広まることによって、忘れられた日本的経営の良さが再び思い起こされるよう願っている。 |