しんかいさん言葉の尽きぬ深海よ [2012年11月23日(Fri)]
恋愛とはなにか。ここに有名な辞書がある。
【恋愛】特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。 (新明解国語辞典 第四版 P.1379) おっと!リアルな二人の関係だ、常には一緒にいられない悲しさや悲恋を想像させる生々しい解釈である。三省堂の『新明解国語辞典』は「しんかいさん」と称し愛される辞書で、つとに有名だ。独断と偏見がいっぱいというか、思い入れが強くて説明がやたらと具体的なのが面白い。この辞書を読むと思わずニカッと楽しむことができる。編者は何人かいるが、一番の中心は山田さんという主幹である。三浦しをん著『舟を編む』に出てくる馬締光也の存在を思い浮かべればよろしい。類いまれな言語感覚をもちあわせた人であろう。 【夫妻】「[他人の]夫婦」に、やや敬意を含ませた表現。[接尾語的にも使う。例、「山田夫妻」] 【夫人】[昔、中国で天子のきさき、わが国できさきの次の位の女官の意]「奥様」の意の漢語的表現。[接尾語的にも使う。例、「山田夫人」]「夫人同伴」 山田さんとは、こうして辞書本文に自分を登場させてしまう人だ。お茶目なのか、それとも自意識過剰の目立ちたがりなのか。それはわからないが、【一気に】の語例では、「従来の辞典ではどうしてもピッタリの訳語を見つけられなかった難解な語も、この辞典で一気に解決」と自画自賛、大絶賛。この自信はすばらしい。山田さんは1995年に亡くなられたようで、今年出版された最新の第七版では山田色が薄まってマイルドになっている。 【恋愛】特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。 こんな「しんかいさん」であるから、例えば<自分>とは何かを考えたとき、 ▼よりよいあるべき姿を求めて日々思い悩みつつも、捨て鉢になったり疑心暗鬼になったり三日坊主を悔やんだりして後に、再び決意して周囲の人との関係に苦慮しつつも暮らす主体。わたくし。 こんな解釈がされているのではないかと想像して楽しみにページを開いてみれば、 【自分】行動したり何かを感じたりする、当のその人。 なんだ!つまらん! だが、そうした期待はずれやギャップも逆に「しんかいさん」の魅力なのかもしれない。 ブログに「しんかいさん」のことを書こうと決めて、図書館で第四版(1989年発行)と最新の第六版(2012年1月発行)を借りて、四版の項目だけを読み始めて二週間、やっと目的を達した。言葉の森と海は実に奥深い。第四版から私が面白いと思ったものを抜き書きしてみる。 【生きざま】その人の、人間性をまざまざと示した生活態度。[「ざま」は、「様」の連濁現象によるもので、「ざまを見ろ」の「ざま」とは意味が違い、悪い寓話は全く無い。一部の人が、上記の理由でこの語をいやがるのは、全く謂れが無い] ▼わたしはこの「一部の人」だった。なるほど〜納得。 【ウイット】気まずさや相手の無神経・攻撃をやんわりとかわして、その場の空気を和らげたり自分に有利な情勢をもたらしたりする、気のきいた言葉やしゃれがとっさに出せる才知。機知。 【ユーモア】社会生活・(人間関係)における不要な緊迫を和らげるのに役立つ、えんきょく表現によるおかしみ。[矛盾・不合理に対する鋭い指摘を、やんわりした表現で包んだもの] 【洒落】1 [その場の思いつきとして]類音の語に引っかけて、ちょっとした冗談を言う言語遊技。例、富田という男が何か失敗して、みんなが気まずい思いをしている時に「とんだ事になったな」などと言って、しらけた空気を紛らすなど。 2(略) ▼とっさに出せるのはいずれも同じだが、ほんわりがユーモアなのだなあ。洒落とウイットはいくぶん似ている。 【うじうじ】歯がゆくなるほどいつまでも思い悩んでいたり自分の要求を端的に相手にぶつけることをしないでくどくど小言を言ったりすることを表わす。 【でれでれ】1 身なりがだらしなかったり動作にきびきびした所が無かったりすることを表わす。 2 相対する女性に必要以上に親切であったり親しそうに話しかけたりして、普通の仲ではないことを他人に誇示する素振りが見えみえであることを表わす。 ▼擬態語もなかなかイケている。 【逆境】1 周囲の環境や経済的条件などが都合よくいかず、生活しにくい境遇。 2 能力が有っても認められなかったり、いつまでもうだつが上がらなかったりして、本人も早くそれから脱したいと願うような境遇。 【悔しい】自分の受けた挫折感・敗北感・屈辱感などに対して、そのままあきらめることが出来ず、どうにかして・もう一度りっぱにやり遂げてみたい(相手を見返してやりたい)という気持に駆られる様子だ。 【苦しい】1 肉体的・精神的にがまんの出来ない状態が続き、出来るだけ早くそれから抜け出したい気持ちだ。 2 困難な経済状態だ。3 (快くない状態に)耐えられない感じだ。 【励ます】もっとファイトを出して事に当たるように言葉をかけたりする。 【同情】差し迫って困っている相手の苦しみ・悩みを、相手の立場に立って理解してやり、そのうちにいい目も出ることが有るのだから、しっかり生きるようにせよと温かい言葉をかけること。 【救護】死の淵に臨む罹災者・傷病者に対して、すぐ役立つような生活援助を行うこと。 ▼救護は客観的にみれば常に「死の淵に臨む」とは言えない。だが苦しい最中の本人には死を間近にするほど辛い状態であると、情愛に満ちた解釈。新解さんは厳しい境遇におかれた人に対して温かい。 ▼だが、まじめ一方の人や努力しない人には厳しい。また先生と呼ばれる人にも警鐘を鳴らす。 【凡人】自らを高める努力を怠ったり功名心を持ち合わせなかったりして、他に対する影響が皆無のまま一生を終える人。[マイホーム主義から脱することの出来ない大多数の庶民の意にも用いられる] 【まじめ】誠実で、一生懸命事に当たる様子。「まじめ一方の人[=まじめなだけで、冗談などを解さない・(つきあって、おもしろみの無い)人。俗に、『まじめ人間』などとも言う]・どこまでがまじめ[=本気]なんだか分からない」 【先生】[もと、相手より先に勉学した人の意]指導者として自分が教えを受ける人。[狭義では教育家・医師を指し、広義では芸術家や芸道の師匠・議員などをも含む。また、けいべつ・揶揄の意を含めて言われることが往々ある。例、「先生と言われるほどのばかでなし」] ▼世の中は世知辛い。まじめな人にも苦労を重ねる人にも、あざなえる縄のごとく禍福がやってくる。 【世の中】1 同時代に属する広域を、複雑な人間模様が織り成すものととらえた語。愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。 2 現在の時点・環境を、これまで経験してきた環境となんらかの意味で比べて批評して言う語。時代。時節。 ▼これは笑える。 【快諾】相手の・申し出(申込み)を、「はい、承知しました」と言って、その場で引き受けること。 【大便】消化された食べ物のかすが肛門から出るもの。くそ。うんこ。 【合体】1 起源・由来の違うものが新しい理念の下に一体となって何かを運営すること。「公武合体」 2 「性交」の、この辞書でのえんきょく表現。 |