ギターとは静寂なもの心温む [2024年10月03日(Thu)]
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開演前のステージには何もない。椅子無し、足台無し、譜面台も無い。足台や譜面台がないのはわかるが、なぜ椅子がない? 氏が小さなギターを持って現れた時には目を見張った。19世紀ギター? ダボッとした短めのパンツにも目がいく。上もゆったり大きく長めのシャツを着ている。ギター以外は黒色。足元も黒のエナメル靴。へぇーこんなギタリストがいるんだ!とびっくりしながら演奏に耳を傾けた。 ギターはもともと音が小さい。しかも、氏の19世紀ギターは内部構造が現代仕様で響きが良いとはいえ、なにぶん小さい。大きな音は望めない。しかも、爪を使わない指頭奏法。指先を使うので爪で弾くほどにクリアで大きめの音は出ない。しかも、ストラップに掛けてギターを立ったまま演奏する。現代ギターは座って弾く。足台も使って安定させて演奏するようになった故、ギタリストの技量は格段に進歩したと言われる。氏は座らない。 だから半端なく違和感があった。私の未体験ゾーンに位置するギターリサイタルであった。しかし、それは演奏が始まるまでのこと。リズミカルにあるいは不規則に揺れる身体を通して、繊細で柔らかい、ギターの真髄と言えるまでの甘美な音が響く。ピアノシモに抜群の冴えというか、深淵な響きを感じる。正確な左手の押弦と右手の優しい弾弦から豊穣な音が柔らかく空気を震わせ、醸す静謐感に私は魅了された。150人ほどの聴衆も同じように思ったであろう。 氏は全て暗譜で譜面台を使わない。曲の解説もソラで静かに語る。マイクは使わない。御本人そのものが『ギターと静寂』であり、音楽を愛する静謐な姿に感動を覚えた。 曲はバッハ、同時代のヴァイス、ギター界のショパンたるタレガ、日本代表武満徹、ロマンチックで悲劇的な映画音楽を演奏された。閑静で心落ち着く曲ばかりであったと思う。来年も出雲で演奏するという(次回こそ出雲大社に行くと決意を述べた)。ぜひとも再びの演奏を聴きたい。 (静寂な佇まいで蕎麦の花が咲いている。収穫されて挽かれて麺にされて、美味しく食べられるのを泰然と待っている) |



