ガラス割れ我も割れやと数珠つなぎ [2022年10月15日(Sat)]
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割られた窓ガラスをそのまま放っておくと、さらに割られ、街全体が無法化するという理論である。ニューヨークが荒廃し、犯罪が多発していた30年前に、当時の市長が割れ窓をすぐさま修理し、落書きを丹念に消す政策をとった。軽微な犯罪もしっかりと取締りを強化した。犯罪が大幅に減ったという。 大した話ではないが、きょうはコミュニティセンターの文化祭での役員をする中で、割れ窓理論を感じることがあった。 数百人の入場者の靴を入れる下駄箱はないので、レジ袋を配って靴入れとしてもらった。コロナ対策もあり、使い終わった袋は持ち帰ってもらう。袋を置き去ろうとする退場者には「お持ち帰りください」と言葉をかける。不審な顔をする人には「ゴミ袋にしてください」と言うと、スーパーレジ袋をもらわない御時世にあって、皆さん納得してポケットに入れてくださった。 ところが、別の出口に行って驚いた。箱に袋が山積みになっているではないか。『靴袋はお持ち帰りください』と書いてあるにもかかわらず、そこの担当者が注意しないとそんなザマだった。袋はいらないと思った誰かが、手近にあった箱に入れて(捨てて)退場した。次の人が箱中のレジ袋を見て、「自分も」と思って入れて、あとは雪崩をうつように袋が一杯になったという循環であろう。 わたしはレジ袋を全て片付け、箱を裏返して底を表にした。30分後、その出口を確かめると袋は捨てられてはいなかった。割れ窓は修復されたのである。 (文化祭で小学生が上手に生けた花、ダリア) |



