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もりもりと91歳元気なり [2022年06月27日(Mon)]

fumihouse-2022-06-27T08_08_45-1-thumbnail2.jpgもりもり元気の出る講演会、藤岡大拙氏による『出雲の現郷(げんきょう)・神庭の郷(さと)〜私たちのふる里は古代出雲の首都だった』を荘原コミュニティセンターで主催した。

藤岡先生は少年時代のエピソードを話してくださった。祭りのときに、出東の境を越え荘原に入ったあたりから緊張した。なぜか? 荘原の同世代の者たちからセゴされるのではないかと恐れたという。セゴとは、出雲弁で痛い目に遭わさせること。いわば「他国」から来た侵入者への制裁である。旧村の村境で起きる若者どうしの諍(いさか)い。今であれば大問題となる人権侵害やイジメもあったはずだが、古きよき時代のこと・・・昭和は遠くなりにけり。

藤岡先生は荘原が元気だったころを懐かしまれた。さらにさかのぼって、荘原には華があったと。神庭にあった出雲の政権。その郷が、中央政権の倭健命(ヤマトタケルノミコト)にだまし討ちされて、大将を討ち取られ、軍略に敗れて勢力をそがれた悲しい歴史があった。

確かに負けはしたが、誇り高き出雲は今にある。その中核だったのが荘原地区であり、田園が延々と拡張され、船便でも交通の要衝であった荘原。ラフカディオ・ハーンも訪ねてくれた華のある荘原の商店街。灯火が減って寂しい。私の目の黒いうちに勢いのあった荘原が蘇ることを願っていますと、91歳元気いっぱいの藤岡先生は話を締めくくられた。

(荒神谷遺跡公園の二千年蓮。大昔の栄華を伝えるか)
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