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«忽然と秋は来た来たここにある | Main | 自虐して神の世界も三密と»
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新しい生活様式姑息かな [2020年09月15日(Tue)]

fumihouse-2020-09-15T07_25_20-1-thumbnail2.jpg朝日新聞の先週末の記事に、「新しい生活様式」に絡めて50代女性のこんな意見があった。

「恒久的に続くことを正当化するような『新しい』という言葉を使う姑息なお上のやり方が気に入らない」

中身はともかく、わたしが気になったのは【姑息】である。卑怯だと言い切るまでいかなくても、こせこせと意地の悪い性根を非難している。字感として、意地の悪い姑が息を潜めて嫁の様子を探りイビるような感じがある(そんな姑は絶滅?)。

本来は誤用だが、いまやほとんどの人が悪い意味で使う。姑はしばらく、息はやむという意味であり、一時しのぎして解決を先伸ばしにすることだ。古い習慣を改善せずにだましだまし物事を行う「因循姑息」には本来の意味が宿る。

「おのれ姑息なマネを……」と言って卑怯者を罵る時代劇の場面があったのかもしれない。言葉は時代につれ、流行に従い、移ろいゆく。
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