なんでとは子供の問いなりどこからと [2019年09月25日(Wed)]
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誰かの言葉を受けて(述べられた感想に対してだったり、こちらの質問に相手が答えたときだったり、いろんな場合がある)、「なんでそう思う?」と応えてしまうことがある。相手が饒舌ならば問題ないが、口数が少ない目下だったり、子供だと詰まってしまうことがある。反応が返ってこないから、こちらばかりが口を開く。会話の接ぎ穂が見つからず気まずい思いをしていた。 その投稿を読んで、「どこからそう思う?」という問いかけが適切であることがわかった。「なぜ?」「どうして?」と問うてしまうと重くなる。それどころか、あんたの頭の中身を吟味してやると、答を導き出した主観の痕跡を尋問するかのような気配があるのだ。 一方で、「どこから?」だと、考えの一端をさらりと示すだけでよいように聞こえないだろうか。客観的な見える事実から自分が感じるところを述べるだけで事足りる。言葉に出しやすいのだ。 対話に限らない。研修や講義、自問自答の探究にまで応用できると思う。「どこから?」と問い、具体的な答を得て、話が広がっていくと思考も高まるように思う。いい会話のキャッチボールができるはずだ。 これからは「どこからそう思う?」と聞いてみることにした。数日たつと忘れてしまいそうだから、今夜は早速実践してみようっと。 |



