シュッシュッと岩を上らせシシュポスよ [2019年05月15日(Wed)]
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≪休みなく岩をころがして、ある山の頂まで運び上げるというものであったが、ひとたび山頂まで達すると、岩はそれ自体の重さでいつも転がり落ちてしまうのであった。無益で希望のない労働ほど恐ろしい懲罰はないと神々が考えたのは、たしかにいくらかはもっともなことであった≫ (アルベルト・カミュ,清水徹訳『シーシュポスの神話』新潮文庫) シシュポスは全身全霊を打ち込んで、重さに耐え、山頂を目指す。山頂につくと同時に岩は麓まで転げ落ちる。永久に繰り返す。成果の見えない苦役である。 さて、労働や家事はシシュポスの岩だろうか。大きなこと、小さなこと、すぐに終わること、手順を踏んで段取りが必要なこと・・・私たちの心を悩ませるものは次々と押し寄せてくる。解決したかと思うと、たちまち新課題が出てくる。片付けてもやり終えても、永遠に続くかのように私たちにまとわりつく。 それを苦役と考えるか、工夫のしどころと考えるかで、精神的には相当違う。そもそも人生の多くは雑事に追われるのである。いかに雑事を楽しめるか。そうできれば、人生の苦楽はプラスに梶を切る。 面白くない単純作業に思えても、仕事や家事の土をより深く掘ってみよう。いままで気づかなかった新しい魅力を発見できるにちがいない。 (シシュポスにも美味しいアップルパイを食べさせてあげたい) |



