絶体にお上に守ってくださんしぇ [2018年07月15日(Sun)]
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お上は転じて、公権力や行政一般のことを示します。苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)に年貢や税を取り立てる冷血な代官や徴税官を恨んだり、お役所仕事に対する揶揄的な言い回しです。日本人がいかに役所(気象庁も含む)を頼るかを証明したのが、今回の西日本大豪雨でした。 防災無線の避難誘導放送が聞こえなかった、命を守る行動をと言われても具体的指示がなかったから動かなかった、危機感が伝わるような警報が出されなかった、避難指示が夜中だったのでためらったなど、避難勧告は気象の特別警報に相当し、もうあとがない絶体絶命状態にあるにもかかわらず動かなかったのです。避難できない相当の理由があるケース(寝たきりで動けないなど)に責めを負わすのは酷ですが、ノー天気だったと言われても仕方ありません。 役所の言うことを聞かなかったから、「役所に頼る」と断定するのは誤りでしょうか。そうでもないのです。正常化の偏見という災害心理用語があります(正常性バイアスとも)が、このせいで被災した多くの人が動かなかったのです。 こうあって欲しいという願望が、当然かくあるべしと変化し、やがてそうであるに違いないと断定するに至る心理です。誰でも都合の悪い情報は過小評価したいものですから。 絶体絶命な状態であることはわかった。それでも、じゃあ、どうすればいいのか。自分に対して指示を待っていたというのが正解でしょうか。刻々と状況が変わる最前線にある行政に個々の家庭ごとに指示をさせるというのは酷というものでしょう。自分でどうにかする前に、答えを誰かが教えてくれると思ってる人が多いのです。 いつでも災害は、行政に頼る心理と正常化の偏見が積み上がって起こることが多いように思うのです。 (どこか原初の森を感じさせる奥入瀬渓流。散策道のすぐ横をバスが行き来できる道路が走っている) |



