忍びあい甲賀と伊賀がイガみあう [2017年06月28日(Wed)]
今朝伊賀市と甲賀市が観光連携するため協定したとするニュースを聞いた。へー今さらかと思った。忍者の里に残る忍びにまつわる文化財が日本遺産に認定されたことが機縁となった。甲賀は滋賀県、伊賀は三重県で県境をまたぐとはいえ山一つを隔てた隣り同士なのに、なぜ?という気分である。忍者という同業者が協力できなかったのはなぜだろう。
「忍者ハットリくん」では、伊賀のハットリくんのライバルはケムマキ。甲賀忍者であった。甲賀は悪役で両集団は対立している。伊賀は善玉のイメージが定着している。調べてみると両者には不幸な歴史があるようなのだ。 まずは織田方が伊賀の里を包囲して攻撃をした際に、甲賀方が寝返って伊賀を攻めた。豊臣と徳川が争う世になると、伊賀は徳川について豊臣を牽制し、甲賀は豊臣側から徳川を見張った。やがて伊賀は服部半蔵によって徳川の世を泳ぎまわる。 両者が天下統一の代理闘争をめぐって血を流した歴史はあるだろう。もう400年も前のことなのだ。大平の時代となって武力が不要となると忍びも用なしになる。忘れられて姿を消したもの同士なのである。確執があるというのが不思議だった。150年前に維新を戦った会津側が長州に心を開かないこととは違うと思うのである。 ともあれ、伝説化した忍術が科学技術と社会科学の力によって解き明かされてほしいと思う。でも忍びのように私の生活が監視されてしまうとしたら恐ろしい。 (忍者のように一株から違う色の花を咲かせ、時の移ろいとともに色を変えるランタナ) |