路地歩き水の都の恋なれば [2014年09月27日(Sat)]
映画『旅情』はステキだ。わたしは旅の醍醐味は三つあると思う。景色と食べものと出会う人。そのことを余すことなく伝えてくれる映画だった。
ジェーン役のキャサリン・ヘップバーン(『黄昏』でヘンリー・フォンダの妻役の女優)がステキな装いを存分に見せてくれる。四つもスーツケースを持って何が入っているかと思いきや、日替わりのドレスの数々。合わせる靴や下着類を考えればあの荷物は当然だ。目的は恋のアバンチュール。だから彼女は一人旅。しかし、彼女はため息をついてばかりなので、恋のひとつもできてないのはすぐわかる。パリの観光では重いコートを羽織って街を歩けどもいい男とは出会えなかった(説明はないが多分そうだ)。季節は夏となったヴェニスではコートを脱いで軽い装いで一発当てたいと思っているのに……。 寂しさが頂点に達していたときにジェーンはとうとうレナートに出会った。ステキな女性ならば必ず口説くというイタリア男。その言葉どおりにキャサリンは口説かれ、イケメンの眼差しと少しシャイな口調によって虜にされた。 寂しさの故かレナートに会う前、ジェーンは8ミリカメラをひたすら観光の対象に向け続けた。歴史ある建造物などを直接目で見ずにファインダーを通してしか見ないというのはもったいないことだ。イリノイ州からやってきた金満夫妻はひたすらおみやげを買うことに熱中していた。これも金にあかせた行いのようでたしなみに欠ける。カメラ撮影と買い物に狂奔しあたふた観光地を駆け抜ける姿はどこかの国の観光客を彷彿とさせる。映画の頃の60年前には揶揄する対象がアメリカ人だったかもしれないが今は違うかも…。 オリエント急行の降り際に乗り合わせた紳士が述べたとおり、ヴェニスはうるさい。あたりかまわず呼び子の声が響きわたり、品定めをする観光客が大声を張りあげ、汽笛や警笛、教会の鐘の音、路地裏に入れば地元の人の生活音に満ちている。水の都として絶品の景観を誇るのは当然だが、そこにはよそ行きではない日常があった。それを好むもよし、イヤになる者もいる。恋したジェーンにとっては甘く響いていたことだろう。 また、ジェーンには華やかな表通りより路地裏のほうが魅力的だった。擦り切れた古い石畳をレナートとともに歩く。薄汚れた家壁の奥には縦横に路地裏が広がっている。地理不如意の彼女には入り組んだ路地は一人では歩けない。好きになったレナートとともに庶民の生活のにおいを嗅ぎながらゆっくりと路地を歩くジェーンにとっては、路地の冒険であると同時に恋の冒険が始まったことの喜びに満たされた時間だったのだと思う。 しかしレナートには実は家族があった。ジェーンにも仕事があり長期休暇は終わる。ヴェニスを去るときがきて、ベルは鳴り列車は発車した。長いプラットホームを全力で駆けるレナート。その手には二人の思い出のクチナシの花。タッチの差でジェーンに花は届かなかったが、心は届き互いは響きあった。原題は『SummerTime』。ヴェニスの夏は終わった。別れの名シーンとともに印象深い映画であった。 |