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熱量の消費は歩きに比例して [2014年05月13日(Tue)]

fumihouse-2014-05-13T19-02-05-1-thumbnail2.JPGかつて歩いたり走ったりすることが移動するための唯一の手段であった頃、カロリー消費量と移動距離は比例しました。交通機関を利用することが当たり前の現代にあっては、比例しないのです。

馬に乗ったり駕籠に乗るという手段もありましたが、馬と共に呼吸しながらの乗馬は相応にエネルギーを使うといいます。乗馬は今でもれっきとしたスポーツですから。駕籠はかつぎ手の息づかいの波動が伝わって、さぞやしんどかったことでしょう。揺れもすごい。乗り物酔いたるや相当のものだったようです。歩くことと同様、熱量消費と移動距離は比例したのです。

電車やバス、飛行機といった公共の交通機関に長い時間乗り続けると大いに疲れます。それは肉体的に爽快な疲れを感じることとは異質なものなのです。体の奥に黒くて重いものがくすぶっているような感覚です。当然、カロリー消費と移動距離とは比例しません。重い疲労だけが残るのです。しかもその疲れは取れにくくてやっかいです。

それでも公共交通機関は駅や停車場に行くために、歩いたり階段を上り下りしたりするものですが、自動車はいけません。家の駐車場から目的地までまっしぐら。ハンドルを握り、アクセルとブレーキペダルを操作するだけで簡単に移動ができるのです(昔の人が見たら幻術だと思うでしょう)。

ドア・ツウ・ドアは便利です。しかし、信号待ちにイラつき、他車の危険な運転にヒヤリとし、単調な運転操作にあくびをかみ殺す。大変に神経をつかい体も心もくたくたになります。カロリーを消費するどころか、眠気覚ましに喰うチョコや甘いガムのためにむしろカロリーオーバーになってしまうでしょう。カロリー消費量と疲れは全然比例しないのですね。これがまた…。

コンピュータを使うのも同じことが言えるかもしれません。電子頭脳は外部脳ですが、これに頼り続けると脳そのものの使用頻度は落ちてきます。コンピュータに面倒な作業をやらせておいて、ひとは創造的な仕事に精力を振り向ける、と格好いいことをいうこともできますが、意外と頭を使う作業は多くはないかもしれません。自ずと頭は古ぼけて、簡単な計算を間違えたり、他人の名前が思い出せなくなったりしてしまうのかもしれませんよ。歳のせいばかりではないのです。

コンピュータの使用頻度と頭の使いようもまた、比例しないのかもしれませんね。

(花の名前を覚えるのもいい頭の体操でしょうね。この花の名前…知りません)
2014.5.21追記/ガザニアというそうな。
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