CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

<< 2022年07月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
検索
検索語句
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新コメント
ふみハウス
心地よし父の胸にて寝入る子よ (02/05)
心地よし父の胸にて寝入る子よ (01/27) ふみハウス
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/26)
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/23) 駅伝ワクワクをとこ
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02)
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02) 食欲のをとこ
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (11/02) 正中館道場
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (10/28) 計算苦手をとこ
筋力と宇宙の闘い空間で (06/29) 計算する者
筋力と宇宙の闘い空間で (05/15)
https://blog.canpan.info/fumihouse/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/fumihouse/index2_0.xml
最新トラックバック
『ふみハウス〜徒然の心に残る日々』 [2026年04月01日(Wed)]

DSC_3472.JPG徒然なるまゝに硯に向ひて心に移りゆくよしなしごとを書きつく…徒然草のように。私は旅するようにゆったりと、かつ鵜の目鷹の目で日常をとらえます。2021年4月から勤務する社会福祉法人つわぶきでは、二つのこども園、小児クリニック、病児保育、発達支援センター、放課後デイサービス、一時預かり保育でもって、子育てを支援しています。
[ふみハウス リンク集]
様子見て何もしないの言い訳に [2022年07月02日(Sat)]

DSC_0123~2.JPG【しばらく様子を見る】
何もしないで置いたままにすることと同義。もしくは、気にかけておこうと思っているうちに、いつの間にか忘却の彼方に消える場合も多い。日薬でもって、日にちが経つことで治っていく、癒えていくケースもあるにはあるにしても、何らかの対処はしておいたほうがよい。

いつするか? 今でしょ、今しかないでしょう。何かやっておけば、あるいは忘れないうちにメモしておけば、一歩は進んだことになる。それはしばらく様子を見ると同義にはならないはずだ。

(テイカカズラの様子をしばらく見るうちに、盛りを過ぎてしなびていった)
マスク付け顔の一部が強迫か [2022年07月01日(Fri)]

DSC_0127~3.JPG職場ではひとに呼びかけられたらマスクを付ける。もちろん自分から話しかけるときもマスクをしている。それが終わると外す。駅では改札を出たらすぐに取ってポケットに入れる。もちろん戸外を歩くときにマスクを付けたままなんて、とんでもない。

まだ春のころ、クルマが多い通りを歩いているときは、粉塵を吸い込まないよう、マスクを付けていた。花粉防止のためにも有効だった。今はもうどうでもいい。口の周りに熱い空気をまとうなんて嫌だ。

強迫的にマスクを付けている人がいる。どんなに暑くても、他人が近くにいなくても、自分がしゃべっていなくても、強制されたかのように付け続ける。それもかなり多い。マスクが身体の一部になったかのようだ。私には耐えられないが、これがフツウになった。もう3年前には戻れそうにない。

(マスクをしたまま歩いていると、クチナシの香りも逃してしまう)
ゴールとは苦労の果てにあるでなし [2022年06月30日(Thu)]

DSC_0129~4.JPG≪いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。一歩一歩がゴールであり、一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない≫ (ゲーテの言葉/手塚富雄訳)

さすがゲーテ。碩学にして、偉大なる文学者としての作品を残し、社会生活でも業績を上げ続けた人の言葉にふさわしい。

リズミカルで着実な一歩がある。豪快にガシッガシッと前進する一歩がある。反対に、ヘロヘロで消え入りそうな歩みでも一歩は一歩・・・バスに乗ると眠気が襲ってくる。ヘトヘトではある。きょうの一歩はどんな一歩? いや待て! きょうはまだこれからだ。価値のある一歩を目指していこう。まだ、いける!

(アガパンサスよ咲け。夏空を映して青々と咲くんだよ)
夏が来たうんざりしても夏は来た [2022年06月29日(Wed)]

DSC_0117~4.JPG夏が来た。
むろん今までも夏ではあった。
これからは怖い夏。
猛暑日と熱帯夜に悩まされる。
梅雨明け宣言を受けて、
太陽はきょうも堂々と臆面もなく照りつける。
きょうの松江は35℃予想。
外で運動や作業するには危険な気温。
湿度も高そうで熱がこもる。
ご注意あれ!

(欅の並木も灼熱の太陽を待ち受けている)
オークション満足したら高く買う [2022年06月28日(Tue)]

DSC_0129~3.JPG二人のアメリカ人が悪戯心もあって、1ドルほどの物をネットオークションでどれだけ高く売れるかを比較実験したそうだ。

一つは普通に売った。当然といえば当然、1ドル程度でしか売れなかった。もう一つ(もちろん同じ物)は、メッセージを加えることによって、50倍以上の値で売れたという。

メッセージとは商品のストーリー。 架空だが商品の開発秘話やその商品に込められた思いを何人もの作家が秀でた表現でストーリーに書き下した。その結果が50倍以上のオークションでの落札。同じようにして100個以上の商品で実験したところ、いずれも何十倍もの差が生じたという。ネットオークションによって欲望の火が灯り次々と拡散していったのだ。「ストーリー」は商品の価値を高める。

個人の日々にあっても同じことだと思う。そのためにも言葉が重要だ。スカスカの空言は虚しいが、心をこめた温かみのある言葉は、物語となって相手の満足度を高める。それは自分へも返ってきて人生を潤していく。言葉を見つけよう。言葉を発しよう。

(このワイヤープラントに地味な花が咲く写真も、物語によっては高く売れるかもしれない。私がワイヤーを崖から下ろして決死の思いで撮影した写真だ(ウソ)
もりもりと91歳元気なり [2022年06月27日(Mon)]

DSC_0110~3.JPGもりもり元気の出る講演会、藤岡大拙氏による『出雲の現郷(げんきょう)・神庭の郷(さと)〜私たちのふる里は古代出雲の首都だった』を荘原コミュニティセンターで主催した。

藤岡先生は少年時代のエピソードを話してくださった。祭りのときに、出東の境を越え荘原に入ったあたりから緊張した。なぜか? 荘原の同世代の者たちからセゴされるのではないかと恐れたという。セゴとは、出雲弁で痛い目に遭わさせること。いわば「他国」から来た侵入者への制裁である。旧村の村境で起きる若者どうしの諍(いさか)い。今であれば大問題となる人権侵害やイジメもあったはずだが、古きよき時代のこと・・・昭和は遠くなりにけり。

藤岡先生は荘原が元気だったころを懐かしまれた。さらにさかのぼって、荘原には華があったと。神庭にあった出雲の政権。その郷が、中央政権の倭健命(ヤマトタケルノミコト)にだまし討ちされて、大将を討ち取られ、軍略に敗れて勢力をそがれた悲しい歴史があった。

確かに負けはしたが、誇り高き出雲は今にある。その中核だったのが荘原地区であり、田園が延々と拡張され、船便でも交通の要衝であった荘原。ラフカディオ・ハーンも訪ねてくれた華のある荘原の商店街。灯火が減って寂しい。私の目の黒いうちに勢いのあった荘原が蘇ることを願っていますと、91歳元気いっぱいの藤岡先生は話を締めくくられた。

(荒神谷遺跡公園の二千年蓮。大昔の栄華を伝えるか)
蚕さん豆の如くに天を衝く [2022年06月26日(Sun)]

DSC_0170~2.JPG【蚕豆】
「そらまめ」と読むことを知った。音読みでは「さんとう」。空豆のことである。大きさが蚕くらいの大きさであること、サヤが直立している風情が桑葉に立ち上がるようにして蚕が上から下へ食らいつく様子に似ていること、そこから蚕豆と付けられたのだろうか。一般的には上を向いているから空豆。天豆という向きもあるらしい。塩ゆでが一番好きだ。

(空豆の花の写真はないが、代わりに空色の矢車菊をどうぞ)
友ありて語り讃えて善き時間 [2022年06月25日(Sat)]

DSC_0122~2.JPG少し下の世代のご夫妻と交換する機会があった。失礼なことながら、わたしは予告もせず訪問して驚かれたが、快く受け入れていただいた。珈琲やお茶を頂戴して、楽しく時間を過ごすことが出来た。お二人とも仕事での接点であるが、接したのは別々の職場でのこと。それぞれ異なる時と場での接点が話を進めるにつれ、線となり面に広がっていき、ワクワクした。懐かしい思い出話、今の職場での話、子どもたちの話・・・弾む話に時間を忘れる。また再会を期してお別れした。

もちろん相互に歳を取る。肉はたるみ、白髮が増え、シミも出来る。それでもそれぞれが懸命に生活を営み、人生に向き合っていることを確認出来た。大きな収穫であったと思う。人間とは素晴らしきもの、友とは善き哉。

(島根県で開発された紫陽花・万華鏡。シーズンは過ぎて色褪せはしたが、別の色合いで楽しませてくれる)
一昼夜よりを戻してまた明日へ [2022年06月24日(Fri)]

DSC_0127~2.JPG【よりが戻る】
あるいは主体的に、より(縒り)を戻す。面白い言葉である。縒りはひねり、ねじり。よれることにも通じよう。

布でも紙でも薄い金属でも、縒りを入れるとシワができる。紙や金属だと容易に元に戻らない。布でも長くそのままなら、湿っているとなおさら、解いただけではシワのままだ。物事が元通りになるのはたやすいことではない。

よりが戻るというと男女の仲が元通りになることを一般的には意味するが、何ごとにつけ、よりを戻すのは大変だ。ストレスの溜まり過ぎた状態でよれよれになる。不規則な生活が高じて体調をボロボロに崩す。組織的なメンテナンスを怠ると瓦解する。精神的にも肉体的にも社会全般において、縒りが縒りを生んで不自由さが増す。辛い状況に追い込まれていく。

できるならば縒りはその日のうちに解消したほうがよい。できなければ、まとまった休みのときにそうしよう。だから休日には昼間で寝るのさ、という人がいる。それでは逆効果。リズムが崩れてパリッとせず、ますます縒りが深くなるという。

てなもんで、明日は休み。今夜は早く寝て、よりを戻すことにしましょうぞ。

(我が家にはないが、クチナシの香りを嗅いだらより一層よりが戻ると考える男より)
これ如何にあれよという間に過ぎる日々 [2022年06月23日(Thu)]

DSC_0132~3.JPGロシアは侵略しつつ 祖国防衛と言うが これ如何に
専守防衛から強力な反撃力で抑止せよ これ如何に
梅雨入り後 雨の予報はハズレ続ける これ如何に
客に早く乗れとクラクション鳴らす運転手 これ如何に
何でも反対投票 実績は横取り政党 これ如何に
罹患しないことが目的化するコロナ対策 これ如何に
友には手厚過ぎる人情 他人には冷淡冷血 これ如何に
食べても満腹を知らず 美味しい毎日 これ如何に
一山越えた 次々峰が先にある これ如何に

(濃いピンク 赤いのにタチアオイ これ如何に)
指痛め身体の大事を思い知る [2022年06月22日(Wed)]

DSC_0132~2.JPG握る、挟む、柔らかくつまむ、撫でる、指先で突く弾く、爪で引っかく、拳をつくって叩く、袋を切り開ける、持ち運ぶ、ぶら下がる、引き戸を開ける、ボタンを開け閉めする、バレーボールをスパイクする、シートベルトを締める、ギターのネックを握る、左の運指を支える、右で爪弾く・・・親指は実に多機能である。主に人差し指、中指、薬指が仕事をしているように見えるが、親指は重要である(もちろん小指だって大事だ)。

親指の左付け根を捻挫した。ちょっとヤンチャをしてしまったが、身体が思うように動いてくれず、左親指を損傷。4日経った今でも少し腫れている。第一と第二関節を動かすと痛くて、動きが止まるし固い。しばらくリハビリに時間がかかりそうだ。

親指は大事。もちろん指の全てが大事。手も、腕も、首も、頭も、胸も、腰も、尻も、太腿も、ふくらはぎも、足も、趾も、足裏も、どこもかしこも大事でないところなどない。ケガをするたびに身体を慈しむ気持ちが湧いてくるものだ。この程度ですんでよかった。気をつけましょうぞ。

(夏ツバキだって大事に大事にされたがっているぞ。柔らかくて細かいヒダが心地よい)
異世界の怪なる声や鷺の声 [2022年06月21日(Tue)]

DSC_0119~2.JPGアオサギが近くを飛んでいた。羽根を広げるとわたしの身長くらい、いやもっとあるかもしれない。灰色の羽根の先は黒く縁どられて堂に入っている。田んぼにゆったりと降り立った。首をすぼめていつものチマチマした感じに戻った。「アオ」とは言い難い、ドブネズミ色がかった汚れた感じ。だから嫌われるのかもしれないな。

糞害がなかなかのもの。ひとを狙って糞を飛び散らす。わたしも散々な目にあったことがある。クルマもよく被害を受ける。しかも、怪なる声。夜中に飛びながら大きく鳴いているが、怪なる声というにふさわしい。怪鳥である。

(怪なる鳥ではなくて、優美な曲線を持つヤマボウシをどうぞ。島根県立美術館のものだ)
同じ服使い回しも同じ服 [2022年06月20日(Mon)]

DSC_0136~2.JPGバスに乗っていると、不思議な男を見かける。着ているのは毎度同じウインドブレーカー。ネイビーブルーと空色でコーディネートされた地味なものだ。フードが付いている。生地の中身は厚いのやら薄いのやら、よくわからない。前開きのジッパーを胸まで上げている。

毎度同じスタイルで徹底している。寒い日も、涼しい日も、穏やかな日も、風雨のひどい日も、暑い日も、冷房や暖房が十分効いている日も、いつも同じウインドブレーカー。下に着るもので温度を調整しているのかもしれないが、不思議な人物である。

なぜだろう。荒唐無稽に想像してみた。
・大切な人からブレゼントされた(肌身離さない)
・上着はこれしかない(今は暑かろうに)
・寒暖に極めて鈍感(ありそう)
・ゲン担ぎで何かに賭けている(着衣に賭けなくても)
・巣ごもり気分で落ち着ける(バスの中は家気分?)
・魔法使いが魔法の杖を持つのと同じ(魔法の上着)
・内ポケットに全財産を入れている(旧時代の遺物)
・ウインドブレーカー業界の回し者(ならば日替りで)
・着衣と身体が一体化している(そんなバカな)
・同じウインドブレーカーを5着所有(はて?)

どれかの理由を合わせた複合型かもしれないが、実に不思議だ。

(花菖蒲も水を欲しがっている。明日は雨になるだろうか)
ロマンスは仕事絡みで雲散霧消 [2022年06月19日(Sun)]

DSC_0127~2.JPG年明けに国際ロマンス詐欺のことを書いた。Facebookで友達リクエストが来ても無視すると書いたが、近ごろは返信している。

相手方からメッセンジャーメールが来る。たいていは「あなたの投稿は素晴らしい。写真も美しい。あなたの友達になりたいが、うまくいかないので、私に友達リクエストしてほしい。 あなたのような友達ができたら嬉しい」と褒めちぎって誘ってくる。わたしは次の文で返信している(返信するだけで、リクエストは送らない)。

「あなたはどんな仕事をしているのですか」

これに対して返信があったためしがない。きっと諦めるんだろうね。
流れては戻っていくよ星中に [2022年06月18日(Sat)]

DSC_0132~2.JPG【戻り星】
流れ星の対義語と言えるだろう。流れ星の元となる塵芥が大気圏に突入するときの入射角が、3.21°から3.26°に収まっている場合には、一旦燃え始めて光った流れ星が大気に弾かれて再び宇宙圏に戻る。それを戻り星という。3.26°より入射角が深いとそのまま最後まで燃え尽きる。ものによっては隕石となって地上に達する。3.21°より浅いと燃えることなく、大気をすり抜けて宇宙の暗闇に埋没していくそうだ。

・・・てなことはない。嘘っぱちである。第一、弾かれた光る流星を地上から見上げて、弾いたかどうかなど判断できるわけがない。

蛍が飛んでいるのを見ていると、上空に舞い上って消えたようになってしまうことがある。それはまるで、戻り星と言える。わたしのお遊び造語である。

今夜はウオーキングして夏の星座を楽しんだ。さそり座の斜め上にあるてんびん座も始めて確認できた。夏の大三角形が勇姿を表してきた。歩くと汗が吹き出てくる。昨日から蒸し暑さを感じるようになって、夏本番である。今日は島根県内でも避難指示が出されるほど酷い雨になったところもある一方で、平野部では一滴も雨は降らなかった。

(次々と色を変えていくランタナ。のぎこども園に咲いているこのランタナ。撮影から一週間経って変わっただろうか)
持ち帰り何もしないで翌朝を [2022年06月17日(Fri)]

DSC_0128~2.JPG仕事を持って帰ることがある。作りかけの書類をクリアホルダーに挟んで帰り、家で書き込んで翌朝職場に持っていく。読み込んでおきたい書類を鞄に詰め込んで、夕食のあとで読み進める。何らかの構想を紙に書き上げて、翌日職場で成案とする・・・仕事上のいろんな不安を持ち帰って、翌日までには解消しようとする目論見だ。

ところが、ちゃんと出来たためしがない・・・眠くなる。面倒になる。明日は明日の風が吹く気分になる。広げもせず、手も付けないで翌日そのまま職場に行くことがいかに多いか。単に安心料として持ち帰ったとしか思えない。かさばるし重いし、ムダじゃないかと思うのだが、たまにやってしまう過ちである。そんなことなら、三十分早めに職場に着いてササッとやってしまうに限る。確かに始業前の三十分は金の時間なり。

(時間がなくて焦りがつのるときには、時計草にタイムリミットでも聞いてみるがよろしかろう)
カタツムリ目を片方閉じてるぞ [2022年06月16日(Thu)]

DSC_0107~3.JPG唱歌『でんでん虫』はこう歌う。

 でんでん虫々 かたつむり
 おまえの頭はどこにある
 角出せ槍出せ 頭出せ

槍ってなんだろう。アタマがニョキッと出てくる様を槍と表現しているのか。いや、「頭出せ」とも言っているから違うと思う。

検索すると「恋矢(れんし)」と呼ばれる白い槍状の器官があるようだ。興奮したり生殖時に出すもので、ネットの画像では、まさに槍そのもので → の形をしている。少し透明感がある。

じっと見ていても、なかなか進まぬ、のんびりムードのカタツムリ。それに槍を出すような猛き面があるなんて、思いもよらなかった。

梅雨入りしたものの、来週初めまで雨はお預け。でんでん虫くんたちは、どこにいて乾きをしのいでいることやら。

(梅雨といえば紫陽花。小雨にしっぽり濡れた様が調和している)
何ごとも調整するって大切だ [2022年06月15日(Wed)]

DSC_0131~2.JPGギターはチューニングが大切だ。練習中にも怠ると、不協和音になって気持ちが悪い。弦交換から1か月経っても、音は微妙にズレていく。

放置したままだと、どうしようもなくなってしまうというのは、何にでも言えることだ。仕事しかり、家庭生活しかり、友人関係もまた同じこと。

自分では放置しているつもりはなくとも、気にしないでいるうちに事態はおかしな方向にズレていく。いつの間にかズレが大きくなって後悔する。ズレまくって取り返しのつかないところまでいく。ギターだけではない。何ごともチューニングが大切だ。

(闇の中、懐中電灯2個で照らしてもピントはズレる。でも闇に浮かぶザクロの花が撮れた)
雨降って晴れ時々曇りなり [2022年06月14日(Tue)]

DSC_0131~4.JPG梅雨に入った模様。朝から、まばらに雨がポツポツと降っていた。明日の予報は天気回復。週末にかけて再び雨となる。

霧雨やしとしと降り続く程度の雨が長引くのは、なんのことはない。適度な湿り気を、大地と田畑と緑に与えてくれたまえ。旱天続きの空梅雨になったとしたら、水不足で災害となる。それは困る。晴れ間と雨の日が、空気を適当に湿らせてほしい。適度な潤いはクラシックギターにも適していると思う。

しかし、我々の望みを天がテキトーに受け流して、豪雨を降らそうものなら恐ろしいことになる。ゲリラ豪雨も含めて、日本全国、晴れ時々曇りと適度な雨であるように願う。

(スモークツリーが煙幕を張っている。雨が降ってもこの程度の視界が保たれれば適切だ)
前のめり型にはまってサヨナラさ [2022年06月13日(Mon)]

DSC_0152~2.JPG前のめりで話す人がいる。早口で間を置かずにマシンガンのようにして喋る。返事を返して、こちらなりの反応をしようと思っても、返しが待てなくて先を急ぐ。当然ながら話が先走って食い違ってくる。時折修正を入れるのが面倒だ。

もちろん私だって、つんのめって話すことはある。時間がないとき、手持ち材料を目前の人に一秒でも早く伝えたいときはそうなりがちだ。一気呵成にまくし立てるのはせいぜい30秒まで。あとはひと息つけて相手からの質問なり、意見を待つ。

前のめりで常に話す人は、気が短い。そして気が回り過ぎている。だからやたらと自身を腑に落ちるようにさせて話を進すめる。誤った推測のもと話を進めるから食い違うのは当然だ。そんな人は少々苦手なので、早めに切り上げて、またねーサヨウナラ。

(小判草は小判を厚くした形状。というよりは、虫に見えてしかたがない)
短くてあれよという間にすぎる日々 [2022年06月12日(Sun)]

DSC_0153~2.JPG一日は短い。
やりたいこと、やらなくてはいけないこと、
とても多い。
傾向として、これも出来なかった、あれもまた。
不全感を抱えたまま、職場を出る、床につく。
悲しいじゃないか。
出来たことに目を向けよう。
これは出来た、課題の一つもやり遂げたと。
引き算ではなくて、足し算でいこうじゃないか。
さあ、また新しい週が始まる。
今年も折り返し点をまもなく迎える。
良き2022年の後半の半年であれ。
いや前半だって悪くない、あっぱれじゃよ!
ひたひたと梅雨が近いぞ蛍恋 [2022年06月11日(Sat)]

DSC_0159~2.JPG海のかたへ消えてゆきたる蛍かな 久保田万太郎

 上へ上へ蛍消えたるあまた星 ふみハウス

蛍とび夫婦おろかに老いしかな 久保田万太郎

 ウォーキング妻とたゆたうほうたるや ふみハウス

(西洋松虫草と蛍。なんの関係もないが、両者とも梅雨空をほんのりと照らして、悪くない)
有限の時にロボット囚われて [2022年06月10日(Fri)]

DSC_0105~2.JPG≪ぼんやりと物思うことがなくなった。 書物や新聞が、SNSやゲームに入れ替わっただけではなく、多くの人が物思う時間を掌の中の小さなロボットに奪われてしまった。
 今や通勤電車の車窓から、沿線の風景を眺めている人も少なくなった。いわゆる「歩きスマホ」は危害予防上の禁忌ではあるが、人間は本来、歩きながらさまざまの想像をめぐらしている。そうした貴重な時間まで、掌の中のロボットに捧げているように思える。≫
(浅田次郎エッセイ集「見果てぬ夢」より「考える葦」)

今もわたしは「小さなロボット」に時間を奪われている。この長いツイートを書いている。他人のツイートは長々と見ているつもりはないが、積もり積もれば莫大な時間となる。それなりに楽しい。自分だっていいね!がもらえると嬉しい。だから、たまに見る友人のツイートにはいいね!を返しておきたい。義理の世界で生きている。義理だけではなく、面白いから読み進めてしまうのだから、明らかに我が命と同じ価値を持つ時間を「掌の中のロボットに捧げている」ことは間違いない。もっと本を読みたい。ギターだってもっと腕を上げたい。人にも会ってたくさん語り合いたい。酒を飲んでくだも巻きたい・・・やっぱりその延長で友人のツイートも気になる。読んでおきたい。多くの欲に囚われている。それでも人生は有限だ。

(我が家の玄関先に咲いているヒメフウロは何に自分を捧げているのだろうか。何にでもない、ただ自身のために咲く)
何でだろう如何にやり遂げ工夫せよ [2022年06月09日(Thu)]

DSC_0109~2.JPG≪何かが達成できない時、思わず口にする言葉で、似ていても、心の向きが全く逆になるものがある。それは「何でできないんだろう」と「どうしたらできるんだろう」だ、と▼前者には自分には“できない”という先入観と諦めの気持ちがにじみ、後者には“やってみせる”という自身の可能性を信じ抜く信念と執念を感じる。失敗の原因究明は大事だが、どんな状況でも、できる方途を見いだそうとする前向きな気持ちが、より価値的な結果を生む場合がある≫ (聖教新聞 名字の言,2022年3月15日付け)

他人に対しても、組織内でもそうだ。思わず「なんで?」。常套句である。上司から部下にその言葉を向ければ、反発心が湧いてやる気が失せる。自分自身に向けていけば飛躍は望めない。たとえ気持ちは前向きであっても、つい「なんで?」と口走ってしまいがちだ。周囲にその言葉が持つ負の空気を伝えてしまうので、注意しなくてはなるまい。

「どうしたらいい?」と折り返し、諦めの気持ちをプラスに転じよう。気を萎えさす時間があったら、考えて工夫して動こう・・・辛いときはあっても捨てたもんじゃない。何のために今を頑張るのか、初心はどうだったのか・・・口角を上げて、無理にでも笑顔を絞り出し、前進して行こうじゃあないか。1ミリの進歩、なんてケチなことは言わない。あとで振り返れば長足の進歩を遂げてきるに違いない。

(なんで?と呟く前に桑の実でも食べてみたらいかがかな? めったに見つからないけどね)
歩くこと調えて弾く楽器かな [2022年06月08日(Wed)]

DSC_0119~3.JPG≪「楽器の演奏」という運動を行う上で、リズム良く演奏するためには、まず「歩行」のリズムを正すことです。人間の最も基本的な動作は歩行です。歩行時に正しいメカニズムで身体が使えていなければ、さらに複雑な動作である楽器の演奏動作で正しく身体を使うことは難しいでしょう。歩くときに本来使うべき筋肉が使われないような身体の状態では、演奏フォームのバランスを崩し、骨格の歪みや身体の痛みを引き起こします。さらに日常生活にも悪影響を及ぼしてしまいます。ストレッチやウォーキングなど定期的な運動をすることで、身体のリズム感を高めること、それが正しいメカニズムで身体を動かす練習になるのです。≫(荻山悟史著「演奏者のカラダストレッチ」)

なるほどなるほど。ギターを夢中になって弾いていると時間を忘れる。時計を見ると1時間が過ぎている、なんてことはよくある。尻が痺れていることもあるが、15分に一度は立つのがいいと言われるものの、なかなか実践できないでいる。それがひいては、体の歪みにつながり、歩くリズムが崩れ、「身体が使えていな」い状態になったならば悔しい。長らく弾くことのできる身体を保っていこう。

歩くこと、ストレッチすること。歩くのが速いとひとには言われる。身体も年の割には相当柔らかいと思う。もっと「リズム感を高め」「正しいメカニズムで身体を動か」せるようになりたいものだ。リズム感に溢れた、美しく響くギターの音を楽しみたい。そして楽しませたい。

(金糸梅は晴れた日も、雨の滴る日も、リズム感のある鮮やかな黄で楽しませてくれる)
紳士ヅラプーチンノーメン暗くらし [2022年06月07日(Tue)]

DSC_0060~2.JPGプーチンはナチズム的な旗振りをしない。紳士的に静かに煽動する。ヒットラーのように手を振り上げ、声を荒らげることもない。理詰めで聴衆を説得しようとする。しかし、ナチズムの色は濃い。全体主義のもと民族の主張を誇示し、国家として他国を犯すことを正当化する。

プーチンはノーメンクラトゥーラそのものである。ノーメンクラトゥーラとは、ソ連の幹部登用のための人事制度に乗っかった、一党独裁共産党が支配する闇の支配体制。それを構成するエリート層を指す。

「能面」のように無表情で、心に「暗」い闇を抱え、幸せを求める民衆を「通ら」せないように道を塞ぐ・・・てなシャレが通用しそうな、陰鬱な色がある。プーチン的なファシズムをノーメンクラリズムと名付けよう。新たな帝国主義に警戒せよ。ロシア国民よ、抵抗せよ。紳士ヅラしたプーチンに騙されてはいけない。
ビタミンは滋養の効き目明日思う [2022年06月06日(Mon)]

DSC_0120~2.JPGビタミンA、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンEまで続いて、中抜けしてビタミンK。人体の機能を保つために不可欠なビタミンだが、わたしたちは自産できないからして、食べ物から体に取り入れる。

ビタミンにFはない。だのに物語の名前は『ビタミンF』。重松清の小説は、≪ひとの心にビタミンのようにはたらく小説があったっていい≫という思いで記された物語の束である。

Fでわたしが思い浮かべたのがフューチャー(Future/未来)とフォーチュン(fortune/幸運)であったが、著者が言うように、ファミリーも、ファイトも、フレンドも、ファザーも詰め込まれている。イジメを題材にした「セッちゃん」は読み進めるのが悲しかったが、家族の愛と父の成長によって光明が見えてきた。どの短編も胸に染みてくる。

今を懸命に生き、フューチャーを投げ出さずに進めば、きっとフォーチュンはやってくる。もちろん満面の幸福に囲まれるなんてことはない。しかし、一つの幸福を紡いでいけば、次の幸福の種を撒く。きっと芽は出る。そんなビタミンが心に滲み出る小説群だった。

(ナガミヒナゲシを眺めてもまた、ビタミンのように効いてくるかもよ)
北斎を見たくば松江に来るがよし [2022年06月05日(Sun)]

DSC_0116~2.JPG島根県立美術館がリニューアル。新コレクション展には豪華なる葛飾北斎コレクションの一部が展示された。故永田氏から寄贈された膨大な作品群を加えて1600もの北斎作品があるということだ。毎月模様替えするというが、全部見るためには3年かかる勘定になる。

初回展示でわたしの目を引いたのは『赤壁の曹操図』。赤壁の戦にあって曹操は大敗するわけであるが、直前の曹操は機嫌が良い。長い槍を持って戦船でポーズをとっている。この戦いでは一敗地にまみれるが、やがて戦国の世を駆け上って覇者となり、多くの国を従える。この絵では曹操は王者としての風格も見せる。

新しい試みとして「かぞくの時間」が設けられていた。子どもが大きな声を出してもよし、とする家族優待時間である。何人かの子どもが父母とともに楽しげに展示物を眺めていた。ねぇねぇと母を呼ぶ子の姿が微笑ましい。

新しいのは他にもあった。入場料を払ってもらうのは半券のチケットではなく、QRコード付きの紙。入口で読み取り機にかざす新システムが導入されている。でもキャシュシュレスではなく、キャッシュのみの決済。ここはなぜか旧態依然。

(美術館横の湖畔に出た。この日の宍道湖は凪いで透き通っていた)
靴紐を締めると世界は変わるもの [2022年06月04日(Sat)]

fumihouse-2022-06-04T18_45_16-1-thumbnail2.jpg靴紐を締めてみた。新しい革靴を買って1か月。少し靴紐が緩んだ。履くたびに紐を解いて結び直せばいいのだが、面倒くさい。必ず靴ベラを使うにしても、やっぱり緩んでしまう。ザクザク早足で歩くと足裏が滑るというか、横ズレするようになったので、足を止めて紐を結び直した。

変わった、世界が変わった。足指のグリップが効く。ズンズン歩みが進む。おそらく歩幅は5センチくらいは伸びただろうと思う。さっさとやればよかった。でも、再び靴を履くときにキツくなった。靴ベラをズンと挿し込んでグイッと押し込まなければ足が入らない。

まっ、面倒だと思わずに靴を履くたびに紐を結ぶんだね。ほんの30秒ほど余裕をもって出かけることだ。

(靴紐を結んぶと、ラベンダーの香りが漂ってきたら楽しみだろうに)
掲載に心の歌は歌えたか [2022年06月03日(Fri)]

fumihouse-2022-06-03T19_26_26-1-thumbnail2.jpg■胸や腹に心が宿るとするならば、クラシックギターは「心の歌」を表すにふさわしい。胸に当て胴で支えて爪弾けば、豊穣な歌がロマンチックに響く。その心の歌を先日米子で聴いてきた。門脇康一氏と細川卓也氏によるジョイントコンサート。バロック時代から現代ポプュラー音楽まで、魅力ある弦の歌を楽しんだ。

細川氏は弱音に真骨頂を発揮する。空気の層を串刺して透明な音がまっすぐ届く。門脇氏は低音に力がある。親指が蝶のように舞い高音を引き立てる。門脇氏は細川氏の師匠だそうだ。二重奏では師弟の会話が聞こえるかのようだった。特にラルゴ&ロンド(カルリ作曲)では、見事な掛け合いに引きこまれる。

「ごきげんよう」「調子はどう?」「そこそこです」「その音いいね!」「でしょ?」「私もなかなかだよ」「お互い精進してきたねえ!」二人の声が聞こえてきそうだ。音楽とは楽しむことなり、と改めて感じる。

クラシックギターは他のギターに比べて地味だが、多彩な表現ができる。繊細でクリアな音、緊張を呼ぶ硬い音、毛色の異なるドラム音、くぐもらせた音、ネックを叩いて不思議な音、絡めた弦で打楽器風、高速のトレモロ。オクターブ高いハーモニクスには静寂な宇宙を感じられる。消え入って儚さを表したあとに、ダイナミックに相手を震わす演奏もできる。透き通る甘い音色には恋する過去を思い出し(もちろん今の恋でも)、色彩感ある音色でもって内面を豊かに表現する。

聴くだけでも十分魅了されるものだが、自分で音を出すと魅力は倍加する。難しくて歯噛みする一方、上手になっていく喜びは何ものにも代えがたい。ギターでもって「心の歌」を奏でる人が増えるよう願っている。■

以上、『ギターで心の歌を』と題して日本海新聞が『散歩道』という投稿欄に載せてくれたものだ。新聞社は著作権は当社にある、とホームページ上で言うが、わたしにも同等に権利はある。ので、ここに掲載する。謝礼として送られてきた図書券が過剰包装の上に、添付文の一つもないことが印象深い(働き方改革か?)。
焦りつつ破れかぶれか日々のこと [2022年06月02日(Thu)]

fumihouse-2022-06-02T18_27_31-1-thumbnail2.jpg【破れかぶれ】
クソったれ! ふん、もうどうにでもなれっ!というやけクソ感のある言葉。そんなふうに物事に対すると成功しないことが多い。反対に開き直って正面から丁寧に取り組めば、なんとか道は開けるかもしれない。

自暴自棄である。何かを破ったり、失敗する様が見えてくる。この言葉には思いどおりにいかない焦燥感がある。やってもやっても、前に進んだ感がない一日。物事が悪い方向へ向かっているんじゃないかという徒労感。午後になるとグッタリと疲れていく。

もうこうなったら居直るしかない。明日は明日の風が吹くと諦めて、今日の仕事を終えてきた。電車の揺れが眠りを誘う。寝るが一番、目を閉じよ。

(こんな日は、夕方の陽に照らされる松葉菊がやけに眩しく見えるもんですぜ)
サクサクと煮豆放ってワルツなり [2022年06月01日(Wed)]

fumihouse-2022-06-01T18_22_43-1-thumbnail2.jpg煮豆を食べるのは面白い。なかでも大豆の煮豆。箸で一口ずつ口に放り込む。サクサクというか、クニュクニュと、歯に潰されてペースト状になっていく。口中に豆がいっぱいになるのもかまわず、どんどん口に入れる。口から溢れるんじゃないか? 心配ご無用。潰された端から喉の奥に移動して、ゴクンと飲み込めばよろしい。箸でつかむ、箸を上げる、口に投げ込む、再び繰り返す。三拍子でワルツの曲を聞きながらやったら面白かろうね。

(大豆ではないが、マメ科のハナズオウ。春の盛りにたわわと花を付けている)
駄目じゃない折る前告げよ父に向け [2022年05月31日(Tue)]

fumihouse-2022-05-31T18_06_37-1-thumbnail2.jpg≪「喜びや感謝の言葉は、母さんに伝えればいい。反対に、お前が“俺はもう駄目だ”と心が折れた時は、必ず、父さんに連絡をよこしなさい」と▼順調な時よりも、苦悶の渦中の時こそ、必要としてほしい――そう思い思われるかは、人間関係の深さを測る一つの物差しだろう≫ (聖教新聞「名字の言」2022年5月30日)

わたしは、息子や娘にそう言って送り出してやれなかった(そんな考えすら浮かばなかったが)。この文に出会って、なるほどな、さすがだなと思う。

子どもたちの様子は直接聞くよりは妻から間接的に聞くことが多い。面と向かって、最近どうだ?と聞いても会話は弾まない。意に反して警戒されるのがオチだ。そもそも会話の糸口を掴むのが下手なのだ。正面切って状況を尋ねるのは少々気恥ずかしいこともある。

その点妻は、世のお母さんにも言えることだと思うが、会話のキャッチボールを愉快にやり取りする術に長けている。そのひと言に真髄を読み取って的確に状態を把握する。さすがである。その妻から話を聞いて子どもたちの様子を知るのである。

「苦悶の渦中の時こそ、必要と」されるか否か、父としての試金石となる。次回会ったときに「心が折れそうなときは」と告げよう。よっぽど肩肘張った会話になるとは思うが・・・。

(疲れたときはハーブの黄色を眺めるもよし、煎じて飲むもよし)
障害と健常の違い考えて [2022年05月30日(Mon)]

fumihouse-2022-05-30T19_09_29-1-thumbnail2.jpg【障害者と健常者】
前から違和感を持っている。障害のことを、障碍と書こうが、障がいと漢字と仮名で混ぜ書きしようが、同じこと。健常者とは「常に健やか」なのか。反対に障害者は「健やかでない」のか。そもそも障害の故に、健康な状態にはなりえないのだろうか・・・。

障害者基本法においては、障害者を「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」と定義している。

障害者権利条約の定義は、「長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な障害を有する者であって、様々な障壁との相互作用により他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げられることのあるもの」としている。

となると、こうした定義から除外されるが健常者となりそうだが、そうは問屋が卸さない。「相当な制限を受ける」「参加することを妨げられる」というケースはあまたあり、時間の経過や周囲の状況によって支援が必要になってくる。障害と健常の間には無限のグラデーションがある。

年をとって心身が不自由になる・・・病気やケガによって日常生活に多大な支障を及ぼす・・・。支援が必要になるのは、人の数だけあると言ってもよい。誰でも人は「常に健やか」でいることは稀だ。常になにがしかの困難に直面する。

障害に備え、障害を恐れず、障害に立ち向かい、障害と和する。健康な状態を望み、健康になるよう互いに助け合い、無限のグラデーションをより良く生きる。そうした志向で生きていくことに、尊厳ある生き方は体現されるのだと思う。

(いろんな形の花がある。いろんな色合い、大きさ、人気の具合もいろいろだ)
巡らせて見上げた先に夏が来た [2022年05月29日(Sun)]

fumihouse-2022-05-29T21_23_42-1-thumbnail2.jpg大熊座の尻尾の曲線(つまり北斗七星のヒシャクの柄の方)に導かれて、線を伸ばすと牛飼座のアークトゥルスがある。めぼしい星が少ない春の夜空にあっては、その赤さ、明るさが際立つ。さらに曲線にのせて南に目を転ずると乙女座の主星、白いスピカ。右にはひしゃげた四角形の烏座が見える。

東の空には夏のベガが見えている。琴座の主星、別の名を織り姫星。やがて天の川をまたぐ(渡ると言うべきか?)白鳥座が見えるようになり、ベガの対岸には鷲座のアルタイル、つまり牽牛星である。七夕に向かって、夏に向かって、夜の星たちも季節を巡らせていく。

(星? いやいや、島根県が開発した紫陽花の「銀河」)
前進か停滞なしの退歩かな [2022年05月28日(Sat)]

fumihouse-2022-05-28T17_06_06-1-thumbnail2.jpg≪はじめようと思えば
 はじまるナニカ。
  停滞コワイ。前進タノシイ。≫

若い女性を対象とするブランド、earth music & ecologyの店頭ポスターのコピーである。何かしら始めようかと思う。まだ着手はしていないけれど気持ちが動いた。気持ちが動けば何かが変わる。実行に移せばさらに変わる、大きな変化だ。動け、動かせと言っている。

停滞という留まる状態はないと思う。退歩しているんだ、きっと。前進するか退歩するか、その二者択一。上昇か下降か、その二者択一。進むことは楽しい。波浪を巻き起こすけれども、目的が明快であれば苦しくはない。さあ始めよう!

(オオキンケイギクも停滞していない。外来危惧種として警戒され、抜根を奨励されているが、その強さと美しさで着実に前進している)
マスク掛け規制緩和が望ましく [2022年05月27日(Fri)]

fumihouse-2022-05-27T16_41_45-1-thumbnail2.jpg「屋外で会話が少なければマスクは必要なし」との、専門家会合の意見を受けて、わたしもマスクを外している。昼は暑くなってきたが、幸いに蒸し暑さを感じることはない。しかしマスクを掛けると顔全体が真夏モードとなる。少しでも外せる時間があるのはありがたい。会合やイベントの集合制限も相当緩和されてきたので、マスク緩和でお茶を濁すことなく、次のステップに進んでほしい。

新型コロナは感染症法において、結核が位置する2類と同等の扱いである、新型インフルエンザ等感染症とされている。これを5類に格下げして、ふつうのインフルエンザと同様にしてほしいのだ。感染して熱が出たら、即休んで医師に診てもらう。治ったら日常に復帰し、周囲の人も検査を受ける必要はない……早くそうなって日常を取り戻したい。オミクロン株の重症化率は低いだけに、もう潮時と思うのだ。

入院勧告や就業制限する役目を持つ医療機関や保健所の負担は軽くなる。休園、休校が相次いで負担感が極限に達している事業者や保護者にも福音となる。一方で、公費では治療費を負担してくれない。自己負担となると受診控えが起きて、感染をむやみに広げる恐れがある。

政府の考えは、時期尚早。タイミングをどう見計らうのか。早いところ梶を切ってくれることを願う。そうしないと、島根のように濃厚接触に関する定義と疫学調査をやたら厳しくする地域では、ますます不安と不満が増すではないか。なんとかしてくれや!

(美女柳も規制が緩くなることを願っていますぞ)
日が差して春夏秋冬麗しき [2022年05月26日(Thu)]

fumihouse-2022-05-26T20_00_59-1-thumbnail2.jpg【真春日】
きのうはこの夏一番の暑さ(もう夏と言ってもよい)。摂氏29度の夏日であった。25度以上あると夏日と言うのは常識だ。真夏日は、日中の最高気温が30度を超える日で、35度を超えると「猛暑日」となるのも今や当然のこと。

反対に、冬日は最低気温が0度を下回る日のことで、最高気温までも0度を下回ると、「真冬日」というのも常識だろうが、ここ何年かは真冬日を経験したことがない。

昔は観測気温に着目することはせず、夏日とは、夏の強い日ざし、あるいは夏の暑い日を意味した。冬日も同様、冬の太陽や短い冬の一日を示した。

さて、冬日や夏日があるならば、春日と秋日もあっていいじゃないか。春らしい、うららかで散歩に出たくなるような日和が、春日だ。秋らしい、キリッと空気が締まって厳しい冬の前触れのような日。しかし日は差しているのが秋日である。なかでも最も春らしい、秋らしい一日を、真春日と真秋日と呼ぶことにする。いかがかな?

(春日に咲いて、芳しさを醸し出すセンダン)
恋と愛失うことと得ることと [2022年05月25日(Wed)]

fumihouse-2022-05-25T20_35_10-1-thumbnail2.jpg【失恋】
多義な言葉である。辞書によっては、恋する思いが相手に通じなかったり拒絶されること、としか書いてない。少年期の失恋といえば、誰かを好きになって(たいていは同級生)、告白して(周りが囃し立てる場合あり)、あえなく沈没、それが失恋・・・みたいな固定観念があるが、そんな単純なもんでもない。

愛し合う状態のままで終わるケースがある。死別もあれば、行方不明による生き別れもあるだろう。周囲の力によって引き裂かれて、分かれ別れという場合はかわいそう。多くは強いショックを受け、深い悲しみに沈む。辛い失恋である。

人によってはスレ違いが高じて別れる。ハニーな気持ちが薄れ、欠点が目について我慢ならなくなる。このままでは可愛さ余って憎さ百倍、憎悪するようになる前に、別れを選択する場合もあるだろう。気持ちは二転三転、整理のできない失恋と言える。

失恋は人それぞれ、十人十色。失恋には縁がないと言うなかれ。誰かに賭けた期待を裏切られ、信頼する人からの裏切り、好きなスターの逮捕劇・・・これらも擬似失恋なのではなかろうか。

(エゴの木の花が咲いている。エゴイズム満載の恋愛では嫌われる。与え与えられる関係であってはじめて、恋愛も高められていく)
スイートに家族を紡ぐ物語 [2022年05月24日(Tue)]

fumihouse-2022-05-24T20_02_18-1-thumbnail2.jpg題名の『スイート・ホーム』の章立ての最初が「スイート・ホーム」。ゴッホやルソーといった大家の生涯にサスペンスタッチで迫ったり、ピカソのゲルニカの生い立ちに新解釈を交えるアート探究者としての面持ちとは異なる小説であった。小さなしあわせを丁寧に積み上げて、幸福の形を見せてくれる優しい構成であった。自然と目頭が熱くなる。

次の章「あしたのレシピ」に移ると、情景が異なった。登場人物も違う。なんだ、そうか、短編集なんだ、もう別の物語なんだと気がついて、少し残念な思いがした。ところが、読み進むうちに宝塚の高台にあるケーキ店「スイート・ホーム」に関わる人々のエピソード集だということが分かって、俄然物語に没入していった。

温かい。すべてが温かい。家族の人間模様、スイート・ホームの店舗に関わる人々、困難を乗り越える姿、小さなそして深い思いやりの数々、舞台となっている宝塚の高台、夕暮れの穏やかな光景・・・。文章までも読む者を優しく整えていく。あちらこちらで涙腺が刺激された。読んで幸せ、いい物語。素敵な時間を過ごすっていいもんだ。

(カモミール・ティーを飲みながら、お気に入りのケーキを食べて読むと、さらに深い感激で満たされることだろう)
書き言葉気になるならないどっちかな [2022年05月23日(Mon)]

fumihouse-2022-05-23T19_12_52-1-thumbnail2.jpg気になる書き言葉がある。ワープロが普及して以降に散見されるようになった漢字の使い方である。

○そういう風に
辞書的には間違ってはいないが、感覚として馴染めない、カゼと読んでしまいそうだし、下の「そう言う」と同種だと思うので、わたしは使わない。。

○そう言うこと
彼はそう言った、とは書いてもよいが、ここは平仮名でいくべきでしょう。「いう」とは、話し言葉を指しているのではないのだから。

○〜して下さい
「して下さる」というへりくだった言い方から生じたのだろうか。字数の制約があって字を減らしたいと思うときにしか、わたしは使わない。

○〜して欲しい
肉欲、食欲、読書欲……そうした具体的な何かが欲しいというときに使いたいのが「欲しい」。慾と書いたほうが相応しいと思われる場面で使いたい漢字だ。あっさりと「してちょうだい」と頼むときには相応しくないような気がするんだ。なもんで使わない。

○その通りです、別紙の通り
通りとは、道筋の名前、もしくはどこそこを貫いて通る道のことをいうのであって、本町通りとか、竹下通りと使うのが相応しい。わたしは使いたくない。

(ニゲラの咲く通りに立つと、そういうふうに夏がくるのが分かる。穏やかな夏になってほしい、いや、なってください)
浦島は年をとったりうらめしや [2022年05月22日(Sun)]

fumihouse-2022-05-22T09_35_36-1-thumbnail2.jpg年を取ることは悲哀である。年少期も青年も壮年も、それなりに悲しみに満ちている。しかし、まだ伸びしろがあり、経験も十分活かせる点で救いがある。年を取ると伸びしろがない? 経験を活かせない? 一概には言えないが、心身ともに衰える、しかも日進月歩の世の中についていけないことが多くなる。

もちろん抗うことは出来るし、一筋の光に万感の思いを込めて体験して生活を深めることは出来る。それでも、体力がない、金だって思うに任せない。家族や友人も減っていく。日々格闘しても悲哀がヒタヒタと身辺を侵していく。

ラジオを聞いてきたら、「逆玉手箱」という言葉に出会った。浦島太郎にそれを持たせたらどうかという発想である。目的地に着いたので話の展開はわからないので、想像してみるに、竜宮城から帰ってきたら故郷は別世界になっていた。何世代か過ぎて誰も知り合いがいない。一人ぼっちになることは分かっている。だのに、なぜ玉手箱を与えたのか。反対に煙とともに若返る逆玉手箱を与えるべきだった・・・。

玉手箱を与えてしまったら悲哀は一層増すばかり。世話をしてくれる親族だって見つからないかもしれない。恨めしさが募ったであろう。乙姫が魔法を使うのであれば、同じことなら若返らせてあげたかった。若さはエネルギー。友を作り、家族を作る。過去は思い出として胸にしまい込み、新しい環境に馴染んでいく。浦島太郎の物語はハッピーエンドとなるに違いない。

(蛍の初見は5月18日。そろりと捕まえて指先に乗せた。飛び立った瞬間)
ワクワクの土曜は金曜取り代わり [2022年05月21日(Sat)]

fumihouse-2022-05-21T20_57_45-1-thumbnail2.jpgかつて、土曜日の夜はルンルンだった。半ドンの仕事が終わり、買い物や映画鑑賞。喫茶店で本読みに熱中するもよし。スナックで酔って大騒ぎすることもあった。心躍る時間を過ごして夜ふかしすることはざらだった。明日は日曜日。ウキウキは続く。朝から何しようかと思うとワクワクは止まらず、たいてい朝早くに目覚めたものだった。

時間はたっぷりある。ウキウキしながら過ごす。何かに没入して、ふと気がつくと夕方。焦ってくる。わかっちゃいるけど明日は月曜日。仕事が始まる。トキメキは消え失せて、テレビのサザエさん症候群なる言葉が生まれたこともある。

今は週休二日。土曜日の夜に、あと一日しかないと考えてか、残念な気分になってくる。近頃ハナキンという言葉は使わなくなったけれど、金曜日が今一番輝いている。

(初夏に咲く白いトベラは、土曜日の陽光を浴びて、鳥取砂丘コナン空港の導入路を甘い香りに包んでいた)
販促と求人の技学びたし [2022年05月20日(Fri)]

fumihouse-2022-05-20T19_00_51-1-thumbnail2.jpgあるサイトで以前、「3つもやれば十分変わります!100個の売るワザ」という販促ノウハウを紹介していた。惜しげもなく100個もだ。目下、保育士や保育教諭、看護師、言語聴覚士など求人仕事に奔走する当方にとって、物やサービスを売る仕事とは少し毛色は異なるとはいえ、とても刺激になる内容だ。近いうちに学生説明会も行う予定がある。

■五感を刺激するブランドをつくる/嗅覚を刺激して売る/心地よくなるBGMを流す/ブランドに合ったテーマ曲をつくる/ブランドメッセージを発信する/セクシーな広告をつくる/顧客の話をトコトン聞く/キラー・フレーズを持つ/雑談のスキルを磨く

ステキな園の歌はある。が、それ以上は自信がない。「社会福祉法人つわぶき」のブランド感を出すのだ。セクシー、うーん必要かも。

■ファンを社員として雇用する/臨場感あふれる写真、赤ちゃんの写真を使う/紙媒体は重く厚くする/シンプルな書体を使う/ときには複雑な表現を用いる

かつての園児が就職する年代にもなっている。どう訴えるか、表現するか、相手をその気にさせるのか。腕の見せどころ(でも腕がない)。

■必ず2回握手する/顧客には右側から話しかける/いつも笑顔を絶やさない/自信満々で説得する/最初に小さな頼みごとをする

握手か、やりたいなあ。もういい加減感染対策としては許される範囲ではなかろうか。頼みごと、うーん、つわぶきの評判でも聞いてみようかな。

■顧客の意表をつく言葉を使う/シンプルなキャッチフレーズを使う/イメージしやすいネーミングをする/形容詞で躍動感を出す/ストーリー仕立ての広告をつくる/「お客様の声」をドンドン掲載する/言いたいことは簡潔に伝える/ロマンチックなアプローチをする/最新情報を提供する/顧客の欲望を肯定する/クレームには真摯に対応する/ミスをきちんと謝罪する

私たちは真摯に児童福祉と障碍福祉に邁進していますとアピールするのはもちろんのこと、他の法人や施設とは違う味わいを持っている。それを出していきたいと思う。

■選択肢をむやみに増やさない/感情的な広告をつくる/ウェブサイトの第一印象をよくする/画像や動画をドンドン搭載する/年配者にわかりやすい表示をする/顧客の想像力を刺激する/メッセージは中央に載せる/親しみやすいキャラクターをつくる

ウェブ対策も大事だ。ホームページのリニューアルも怠ってはなりませぬぞ。まずは週末、しっかりとリフレッシュして月曜日に臨むこととしましょうか。

(アザミの花もしっかりと主張している)
読み取って出会い頭の2秒の勝負 [2022年05月19日(Thu)]

fumihouse-2022-05-19T18_35_36-1-thumbnail2.jpg2秒は一瞬だ。一瞬のようなもの。あれよと言う間に過ぎる。たった2秒の印象から、言葉には出ない相手の状態や性格を判断することができるという。確かに、そんな気がしてきた。

音声を抜き顔の表情だけにして喋る動画を、4千を超える人に見せて実験したという。あるサンプルは「親しみやすい・真面目」と一様に評価された。またあるものは誰もから「頼りにならない」と書かれた。たった2秒の動画にもかかわらず。何たる不思議さ。

メラビアンの法則ではないが、見た目は大事だ。目や頬の筋肉、口の開き方などに表れる表情によって読み取られる印象には多くのものがある。一番大事なのが最初の2秒というのだから、揺るがせにしてはいけない。2秒を見落とすと、顔や表情に操作が及んで判別が出来なくなるのだという。

誰かに会ったとき、雑談でも面と向かった話し合いをするときも、最初の2秒に注意を払おう。落ち着いて目を凝らすことで、きっと話の方向も推測できるし、リードしてウインウインの関係に持っていくことも出来るようになるに違いない。

(赤い薔薇を見た瞬間から2秒に着目しても得るところはないか。いや美しさが目に焼き付く)
月は丸欠けてもまあるい月なれば [2022年05月18日(Wed)]

fumihouse-2022-05-18T19_24_54-1-thumbnail2.jpg今夜月齢はどのくらいだろう。週末に満月だったので、だいぶん欠けてきたことだろう。唱歌ではこう歌った。

♪出た出た 月が
 まあるい まあるい まん丸い
 盆のような 月が♪

今朝は快便だった。スッキリとして職場に向かった。仕事はすっきりとはいかなかったのが残念。替え歌を作ろう。尾籠な話題で失礼!

♪出た出た ウンチ
 茶と黒 黄色の混合体
 バナナのような ウンチ♪

2番はこんな歌詞だそうだ。知らなかった。

♪隠れた 雲に
 黒い黒い 真っ黒い
 墨のような 雲に♪

再び替え歌を。失礼の二乗!

♪隠れた 病気
 黒い黒い 真っ黒い
 タールのようなウンチ♪

健診を受けよう。できれば人間ドックを2年に一回は。まずは自分のために。そして大切な人のためにも受けよう。

(パラボラアンテナを想像させるヒルザキツキミソウ。昼に咲く、確かに。月見草に似て、確かに)
クチャクチャと咀嚼の音はいかがかな [2022年05月17日(Tue)]

fumihouse-2022-05-17T17_45_09-1-thumbnail2.jpg【クチャラー】
初めて知った単語だが、誰でも経験があるあの不快さ。クチャクチャ、ピチャピチャと咀嚼音を立てて食べる人のことである。

クチャラーは嫌われる。信じがたいことに、当人は音を響かせて周囲に得も言われぬ空気を漂わせていることに気がつかない。

そうした文化でありながらも日本では、蕎麦やうどんの麺と汁を吸う際に、ズルズル、ジュジュジュと音を立てることに頓着しない。西洋人から見れはさぞや不思議に思えることであろう。

韓国をはじめとした東洋の諸国では、音を立てるのは美味しいとアピールすることになるという。また、クチャクチャの理由のもう一つは、口に空気を入れて食べると料理がより美味しくなるからだとか。三十年も前に韓国へ行き、方々と交流した際にピチャピチャする音は聞こえなかったように思う。新婚旅行でガイドさんと丸4日過ごした時にも感じなかったので、真偽の程はわからない。

(どこからか、クチャクチャ音を出しそうなドイツアヤメ)
あるのかな無いのか矛盾ばかりなり [2022年05月16日(Mon)]

fumihouse-2022-05-16T19_14_07-1-thumbnail2.jpg【矛盾なし】
山梨県の山中で見つかった頭の骨は、3年前に行方不明になった女の子と母親とが親族関係にあることに矛盾はない・・・。役所言葉で分かりにくい表現は多々あるが、今回のは初めてお目にかかった。

矛盾はないけれども、完全に肯定はしていない。母親のはるか遠い親族の誰かがそこに骨を残した可能性がないこともない。そうした否定の否定によって、女の子の親族は1億分の1もないであろう望みをつないでいた。

「ないことはない」「思わないでもない」などという否定の否定は、ズバリ「ある」「思う」と断定できるのか。そうではない。100%言い切るまでの自信がないときにそんな言い回しをする。言葉とは不思議なものよ。

頭骨のDNA鑑定では矛盾なしとされたが、次に見つかった肩甲骨のDNA鑑定によって、最終的に不明女児であると断定された。家族の心は張り裂ける。さぞや無念であろう。合唱
銀と赤超大な力天を打つ [2022年05月15日(Sun)]

fumihouse-2022-05-15T20_01_46-1-thumbnail2.jpg背に哀愁。超巨人が持つペーソスを後ろ姿に感じて気になっていた。映画『シン・ウルトラマン』を観た。

「空想特撮映画」という昭和的タイトルバック。昭和ウルトラマンは、かき混ぜたコーヒーにフレッシュが渦を巻くようにして「ウルトラQ」の文字を「ウルトラマン」へ転換させていたが、今回は「シン・ゴジラ」から「シン・ウルトラマン」に替わった。ゾクゾクした。

長澤まさみのスリット入りのタイトスーツを下から覗くカメラアングル。操られ巨大化した姿で表情はないとはいえ、演出上問題ありと思ったが、2022年の技術で描く半世紀前の時代の気分を描いたということでよしとしよう。

昭和ウルトラマンよりずっと美しいフォルムに感動した。光沢のあるシルバーに赤くて太いライン。それでいて身をかがめるときの皺が着ぐるみのようで、浅見(長澤)を助けて地面に下ろす手が手袋のようで、昔の着ぐるみの雰囲気を出している。昭和ウルトラマンへのオマージュであろう。

超人の名に相応しい。スペシウム光線は地下深くまで掘り起こす巨大エネルギー。昭和ウルトラマンが放つ光線にそうしたエネルギーはなかった。そもそも昭和だったのかあれは……。あのころ科学的特捜隊員も電磁銃なんて使っていたなあ。弾丸ではなかった。

怪獣ならぬ過威獣の対策チームである過特対の隊員はユニフォームを着ず、スーツ姿であることが面白い。もちろん戦闘もしない。戦闘は自衛隊が担当する。過威獣銀座になってしまった日本国土で出現した過威獣をいくつか倒してきた実績も示されて、ウルトラマンなどヒーロー頼みの旧作とは変化が見える。

時代は問わず、昭和も令和も遠い未来もない。ただ、目下地球を蹂躙しているホモ・サピエンスがこのままでいいのかと、問いかけられた気がしたのはうがち過ぎだろうか。そうした葛藤が、光の国からやってきたウルトラマンの心に波風を立てたのだと思う。

(すくっと立つベニバナツメクサ。シン・ウルトラマンと比べるべくもない)
美しくこの身保ってしつけかな [2022年05月14日(Sat)]

fumihouse-2022-05-14T09_10_35-1-thumbnail2.jpg【躾】という字。嫌いだ。しつけること、そのものに嫌悪感を抱くのではない。縫い物のしつけ縫いから生じた言葉だろうが、とても重要なことだと思う。漢字が嫌いなのだ。

「身」が「美」しいと書く。まずは字体が悪い。筆やペンを使うとうまく収まらない。字形が悪いのだ。いかにも後で作りました、そんなにおいがする。もちろん漢字は古代中国の産。人間が作ったものではあるが、時代を経て具合よく馴染んでいく。それを感じない。ひょっとして近代になってのちの国産かもしれない。

身を美しく。身だけじゃないよな。身支度を整え、清潔にして人前に出る。整理整頓に努めて、情報を整理し、人付き合いにおいても節度を保っていく。ガムシャラになることはあっても、依存症にまでは陥らない。幼いころから適度な教育を受けて、長じては自ら律して生活を整えていく。人の心身すべてを美しくするものが、しつけだと思う。そうしたあり方を「身」と「美」でくくっていくことに無理を感じるので、嫌いだ。

と、ここまで想像して実際に辞書で調べてみよう。

デジタル大辞泉 デジタル大辞泉より
 しつけ【仕付け】《動詞「しつける」の連用形から。「躾」とも書く。「躾」は国字》礼儀作法をその人の身につくように教え込むこと。また、その礼儀作法。

なるほど国字か。思ったとおりだ。字の考案者はどんな気持ちでこの字を考えたものやら、聞いてみたいものだね。

(しつけよく並んだガザニアの花。小雨のなか閉じて、太陽に照らされるのを品よく待っている)
衣替えやがて灼熱ハヒフ夏 [2022年05月13日(Fri)]

fumihouse-2022-05-13T18_43_25-1-thumbnail2.jpgかつて6月1日が衣替えの日であった。それまではどんなに暑くても学生服を着続けた。暑い時は脱いでワイシャツ1枚になった。社会人になってからもネクタイを締めてスーツ姿だった。ネクタイをどんなに緩めても、暑くて暑くて堪らない。

やがてクールビズが当たり前になると、衣替えはゴールデンウイークが終わるとすぐにやってきた。しかも一斉にではなく、徐々に事務所が夏色に染まっていった。ネクタイを外すだけでなく、ポロシャツが推奨されるようになり、ごく薄い夏用上着を羽織る。なぜなら冷房車内や事務室が冷え過ぎていると、風邪を引きかねないからだ。

わたしは今日からポロシャツを着ている。雨が湿った空気を連れてくると時折寒い。そんなときは職場の公用ジャンバーを着る。列車に乗って今は薄手の上着。梅雨も間近に迫っている模様。灼熱地獄の真夏にもなるだろう。大汗かいて不快さに眉をひそめる。それでも願う。適度な夏よやって来い。

(真紅の薔薇。こんな夏なら願ったり)
病院はなんで行くのかやなこった [2022年05月12日(Thu)]

fumihouse-2022-05-12T18_03_13-1-thumbnail2.jpg病院へ行くことを嫌がる人がいます。いわゆる医者嫌いですが、毎月多額の健康保険料を納めているにもかかわらず、元を取ろうとせず、病院を避ける人。まっ分からなくもないですけどね。

忙しくて時間がない……もっともです。昼間の普通時間で働く人ならば、休みをとって行かなくてはなりません。面倒で大変なことです。でも早く治したほうがいいと思いませんか?

少々体がダルかったり痛かったりするけど、大したことない。医者にかかるまでもないさ……ごもっとも。ほんの風邪、だだの打撲と診断される可能性は高いかもしれません。しかし重病が隠れていたとしたらどうします? 後悔しますよ。

人間ドックで精密検査を要すると判定されたけど、いつもとおんなじ精検結果だし、どうせ異常なしの結論になるに決まっているさ……そうかもしれませんね。十中八九は異状なしかもしれません。しかし、残りの一、二に当てはまったとしたら大変ですよ。安心するためだと思って病院に予約を入れましょうよ。十分行く価値があると思いませんか。

病院の臭いが嫌いだと言う人いますよね。ぞんざいな対応をする医者に当たったことがあって嫌な思いをした人もいるでしょうよ。診察前に、検査のために、調剤を待って長く座ってなきゃいけない。それが嫌な人もいるでしょう。でも早期発見、早期治療が一番だと思いますけどね。

(バイカウツギもあなたの足が病院へ向くよう願っている)
見て見てとスマホの画面ゆらゆらと [2022年05月11日(Wed)]

fumihouse-2022-05-11T18_16_08-1-thumbnail2.jpgフェイスブックの画面が揺れている。見て見て!と主張して動く映像をクリックすれば、待ってましたとばかりに音付きで流れ出す。YouTubeとても同じこと。クリックしてよ!たっぷり見て頂戴な!と媚びを売る。

ハリー・ポッターで読んだ写真が動く新聞記事、映像が喋る看板が描かれて、なるほどこれが魔法というものかと思った。やがて映画になると魔法の光景がスクリーンに現れた(もちろん架空だが)。今やスマホは当たり前の光景として、魔法を現実世界に現す。魔法に彩られた日常が楽しくないはずがない。

(風に揺れて麦の穂がなびいている。もうすぐ収穫、見て見て!と注文する)
おもむろに身体捻ってトラブルよ [2022年05月10日(Tue)]

fumihouse-2022-05-10T12_13_58-1-thumbnail2.jpgクルマを運転しながら後部座席の荷物を取る(むろん停車中)。シートベルトは柔らかめに身体を締めて、いざとなるとがっちりガードするイメージがあるが、これが意外と堅く締め上げている。身体を後ろに向けにくい。腰が動かないものだから、相当捻りを入れるものだから痛い。それどころか、腰がグキッとなったり胸の筋肉がつったりする。面倒くさがらずに、シートベルトを外してから手を伸ばしたいものだ。早起きは三文の得、ベルト外しは安全の大元。

(早春の頃の葉牡丹の花芽は実に美しかった。優美な曲線とグラデーション)
春盛りナンジャモンジャの雪が降る [2022年05月09日(Mon)]

fumihouse-2022-05-09T19_22_08-1-thumbnail2.jpgナンジャカンジャと 時間が流れていく
ありゃナンジャ? ただの雲
ナンジャカンジャと 季節も過ぎゆく
忍者でまちおこし 伊賀と甲賀じゃよ
間者を雇って諜報活動したのは大昔
関ジャニが解散?は何年か前 危機を克服
ジャニーズの天下は まだまだ続く
大相撲で勝ち力士 どんなもんじゃとしたり顔
散文の選者なら こんな投稿願い下げ
ほんじゃ またね

(ナンジャモンジャ(ひとつばたご)が咲いている。雪をかぶった風貌が涼やかじゃ)
配達に無事故を期して未明かな [2022年05月08日(Sun)]

fumihouse-2022-05-08T20_29_01-1-thumbnail2.jpg≪新聞を配ることは、
 気を配ること
 毎日、誰よりも早く起きる。
 朝というより、まだ夜中だ。
 台風の朝も、大雪の朝も配り続ける。
 毎日のご褒美は夜明けの空だ。
 普通の毎日が普通に始まるために、
 配達員は今日も走る。≫

山陰中央新報社は今年、創刊140年を迎えた。地域のニュースに配信社からの大きな記事、国際記事、経済記事等を加えて毎日の紙面が出来ている。印刷がされても、配達されない限りは多くの人の目には触れない。未明から始まって「台風の朝も、大雪の朝も」配達員の皆さんが配ってくださる。なんとありがたいことか。

新聞離れはある、ネットニュースで済ます人も多い。しかし山陰中央新報をはじめとして新聞なくしては世は成り立たない。暗いうちの配達は危険である。未明バイクに乗っていた人が巻き込まれた事故の記事がある。配達員ではないかと心配になるときがある。気を配って事故を避け、どうかご無事で!
満開にもうもう少しお楽しみ [2022年05月07日(Sat)]

fumihouse-2022-05-07T19_39_33-1-thumbnail2.jpg花が満開になる。もちろん見てて嬉しい、美しい。満開とは草花、花木のピークである。梅、桜、桃、杏、雪柳、ブルーベリー、椿………満開状態よりは、開いた花びらの隣にまだ蕾状態のものもあるのが美しい。もっと開いていく楽しみもあって、次々と花開く様子が期待されて眩い。

クロッカス、チューリップ、菜の花、ネモフィラ、芝桜、勿忘草……草花もまた開ききった姿より、あと少しで満開というところが美しい。腹八分ならぬ花八分である。眩しい陽光のもと、満開に向かう花を楽しみたい。

(ナニワイバラとは難波の茨。はて、イバラのトゲトゲは見えなかったような気がするが、見目麗しい花だ)
外向と内向の差はいかにせむ [2022年05月06日(Fri)]

fumihouse-2022-05-06T16_27_41-1-thumbnail2.jpg内向的な性格か、外向的かは視線でわかるそうだ。どちらが良いか悪いかということではない。個性に良し悪しはなく、適材適所の人材配置をするのが一番大事。

まず、話している間、相手を見つめる時間は外向性の人が長いそうだ。これは十分想像できる。営業活動で多くの人にアプローチしたり、自分から何かを仕掛けていく外交的な人が、相手からそうそう目を離すわけがない。

内向性の人の視線には特徴があるようだ。伏し目で左右に目が泳ぐ。かつ泳ぐ目の位置が低いという。確かに内向性の強い人と話をしていると、目が泳ぎ伏し目がちな人が多い。わたしだってズケズケと立ち入ってこちらを食い入るように見つめる人と話すのは苦手だし、よほど相手と対抗していく場でもない限り、アイコンタクトは短くなると思う。

で、きょうの文章の結論は?と尋ねられれば、別にこれ以上ありません、と伏し目がちに応えます。

(クロバナロウバイは外交的か内向的か、なわけはない)
どうだろう家族よ聴いて正直に [2022年05月05日(Thu)]

fumihouse-2022-05-05T21_31_06-1-thumbnail2.jpg山陰ギターコンクールで審査員の一人が講評しておっしゃった。家族の前で予行演習を繰り返すと良い。なぜなら、評価が正直でダメなところをダメと言い切ることが出来るから、と。

確かに家族に聞いてもらうと、あそこはああしたほうがいい、そこは何か違う感じがすると言って、直感的に厳しい目でみる観客になってくれる。そこから音を練り直すこともあった有り難い存在だ。

こんな講評もあった。指だけで暗譜してステージに上がる人がいる。上がって頭が真っ白になったときに破綻する。自分に合った暗譜を工夫してほしいと。具体的に教えてほしかったけど、安直は禁物だよね。

そしてもう一つ。バスが鳴ると楽器が響いていく。低音を磨いてほしいと。右親指を鍛えよう。鋭く、重く、そして柔らかに。

(連休の終わりとともに、躑躅が絢爛に咲く季節は終わり、夏と梅雨がやってくる)
コンクール気温上昇熱い春 [2022年05月04日(Wed)]

fumihouse-2022-05-04T23_26_29-1-thumbnail2.jpg柔らかも硬さも快なり弦響き
  切磋琢磨に黄金週間

(小手毬の丸みも快なり春連休)
コンクールガチガチドボンフラフラよ [2022年05月03日(Tue)]

fumihouse-2022-05-03T22_14_20-1-thumbnail2.jpg第30回の佳節を迎えた山陰ギターコンクール。初日のきょうはジュニアとシニア、シルバー部門が行われた。わたしは初参加。シニア部門でヴァイスのファンタジーホ短調を演奏した。

ほんの15分前の練習では難なく弾いていた箇所を間違える。空振りしたり、違う弦を弾いたりして、こんなはずじゃない!と思うことの連続であったが、ともかく止めない、流れをブチ切らないように努めて最後まで弾ききった。

わたしなりの情念を込めて訴えるものを感じていただけたとは思うが、いかんせんミスタッチが多過ぎて賞とは無縁。3年前のプロフェッショナル部門で優勝しプロ転向した宮川春菜さんのコンサートを聴いてから(異次元の音色、強弱のメリハリに驚愕)、用事もあったので審査結果を待たずに帰路についた。

帰宅後参加者から知らせがあった。なんと奨励賞をいただいたとか。3位までの入賞ではなく、さらに精進を望むという意味合いで選外ではあるが、それなりに評価されたということだ。もっとガンバロっと。

明日は中級、上級部門とプロフェッショナルの予選と本選がある。わたしは役員の一人として皆さんのお世話をする。明日も楽しいギター漬けの一日になる。

(コンクール会場の米子市公会堂近くに咲いていた、太陽の花ガザニア。明日も良い天気)
悪役と善玉居ます魔法界 [2022年05月02日(Mon)]

fumihouse-2022-05-02T19_01_20-1-thumbnail2.jpg映画『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』を観ると、魔法界とは全地球に裾野を広げた世界であることを認識させられた。ハリー・ポッターシリーズにも黒人やアジア系の生徒がいるにはいたし、フランスなど外国の魔法学校も描かれてはいたが、イメージはヨーロッパに限定されていた(少なくとも私は)。今回はアジアのある国が舞台に選ばれた。ファンタスティックのシリーズは残り2作。どんな世界観が広がっていくのだろうか。

ダンブルドアの宿敵、グリンデルバルドの役をスキャンダルのかどで下ろされたのはジョニー・デップ。代役は老獪な政治家のような風貌で少し気を削がれた。デップのほうがエキセントリックで狂気の雰囲気をたたえており残念に思う。ヴォルデモートに続く悪の系譜がどのように今後描かれるのか。楽しみは尽きない。

(天気予報にはなかった強めの雨が上がり、夕方の松江は広い青空。連休後半への期待も広がる)
エイヤアと行動起こす思いきる [2022年05月01日(Sun)]

fumihouse-2022-05-01T19_51_34-1-thumbnail2.jpg【不足行動】と【過剰行動】
やらなければならない課題があるのに、それに向かわず、別の楽しいことをしてしまうことがある。今やらなくてもいいのに逃げてしまう。一時的に離れても気持ちは縛られている。心から楽しめない。だったらすぐにやればいいのに、気が乗らない。誰にもよくある話だ。

行動科学では、やるべきだが着手できない課題のことを不足行動(ターゲット行動)という。反対に今やらなくてもいいのにやってしまうことを過剰行動(ライバル行動)という。

過剰行動に走ることは、はっきり言えば楽しい。刹那的に楽しいことばかりやり続けたら破綻してしまうけれども、適度にやっていきたいものだ。

不足行動をやりやすくするには、何か褒美があったり、自動的に出来るよう動機付けたりする方法がある。なんと言っても、エイヤアと思い切って着手するに限る。すると不思議なもので乗ってくるのだ。まつがんばろう!

(牡丹の季節。彼らもエイヤアと咲く)
馬車馬は覆い外して外を見よ [2022年04月30日(Sat)]

fumihouse-2022-04-30T11_59_06-1-thumbnail2.jpg【馬車馬のように働く】
今や観光地にしかいない馬車馬ではあるが、実際馬車馬とはどれだけ働くんだろう、と思って調べてみたら間違っていた。過労死ラインを過ぎるくらいものすごく働く意味だと思っていたが、左右を顧みないで一目散に突進することなのだそうだ。周囲を見回す余裕がないという点では猪突猛進に近い。

馬車馬には目の横に覆いを被せて左右が見えないようにして、馭者(ぎょしゃ)の指令のままに走る、歩く、止まるを繰り返す。そこから脇目もふらずに一途に働くことを喩えたようだ。

周りの状況を見せないように目の前だけ見て働かせる。あるいは自身がそう仕向けることも含めて、状況を客観的に判断することを削いでいくのは危険な働き方である。

一時は馬車馬のように働いてでも仕事を覚え、状況打開に動き、一途に守りたい生活、支えたい何かに貢献することも必要だ。だが限度がある。一時が過ぎたら、目の覆いを取り外そう。

(白い芋カタバミ。道ばたの花を眺めて馬車馬から脱しよう)
幸あれと彼岸の方に語りかけ [2022年04月29日(Fri)]

fumihouse-2022-04-29T12_51_17-1-thumbnail2.jpg葬儀に参列できなかった方の弔問に向かった。柔らかで繊細、少し恥ずかしがり屋ではあったが、知的な笑顔がステキな人だった。遺骨の前には、わたしのイメージのままの遺影が飾ってある。仏前で追善回向のお題目をお送り申し上げた。

息子さんご夫妻と故人の思い出に花が咲き、それぞれの近況を報告しあう、よき時間が流れていく。そうした語り合いがあるのも、あの方のおかげだと感謝申し上げたい。

大宇宙にとけ込んだあの方の生命。わたしは今ここに生きている。彼此の違いはあれども、幸あれと願う。そして共にがんばろう!

(今あの方には、ホットリップスの一組を贈りたい気分。以前亡くなられたご主人と、仲の良いご夫婦だった)
きょうあした少しはあたま空っぽに [2022年04月28日(Thu)]

fumihouse-2022-04-28T19_57_54-1-thumbnail2.jpg【明日】
「あした」と読むか、「あす」なのか。迷う場面がある。どっちでもよいことが多いが、字感が異なって面白い。さすがに「みょうにち」と読むと、堅くなってよほど格式ばってくる。

「あした」は次の日を意味する。日が明けるから明日。子どもが覚えるのは、まずこれから。翌日全部を指すのは「あす」も同じと知る。少し大人になると、次の日の朝も「あした」だと教えられる。

「あす」は次の日全体を意味する。あしたより肩苦しい感じがする。近い将来の意味でも使う。明日の日本と言ったら、十年二十年の後にも範囲が及ぶ。

常用漢字表での正式な読みは「あす」だそうだ。まあどうでもいいこと。明日(あす、あした)から連休。明日(あす)の世界のことでも考えようか。

(紅白のハナミズキは何を考える? あしたは何個の花を開かせようか)
家事に楽こどものためと思いきり [2022年04月27日(Wed)]

fumihouse-2022-04-27T19_54_50-1-thumbnail2.jpgパナソニックが食洗機を売り出したとき、売れなかったそうだ。松下幸之助のうたう「女性を家事から解放したい」という理念に沿う商品であったにもかかわらず、なかなか売れない。最新の技術が家事を楽にするという訴えが届かなかった。

調べてみると、家事がラクになると罪悪感を感じてしまう実態が実はあったのだそうだ。子育て世代には、愛情をもって子育てをやることを手抜きすると思ってしまう節があったのだ。社会全体がそのように仕向けてきた罪もある。罪というか、当時は当然のことだったのだ。

パナソニックは考えを練り直す。「子どもと一緒にいられる時間を長くする道具」とキャッチを提案したのだ。食洗機を使って楽になることは、手抜きしているどころか、子育てに力を入れている証明と転換したのである。

今やパナソニックは食洗機市場をほぼ独占しているという。逆転の発想によってどれだけ状況が変化していくか、世の中に一石を投じることが出来るか。そんなことを示す好例である。

(白いハナミズキも、何かにつけて楽をしたがっていることはあるまいか)
進化してみんなで一緒に報連相 [2022年04月26日(Tue)]

fumihouse-2022-04-26T18_24_15-1-thumbnail2.jpg「報連相」は今やだれもが知る常識となった。そこに進化形が登場しているそうだ。

ほうれんそうの「おひたし」。
 ・怒らない
 ・否定しない
 ・助ける
 ・指示する
最後の指示する段階で、ボケたこと言われたら堪忍袋の緒が切れそうになろうが、じっと我慢の子。

頑張り過ぎたと思ったら「きくな」。
 ・気にせず休む
 ・苦しいと言う
 ・なるべく無理しない
これが出来るかどうかは環境による。パワハラ環境が常態化した職場ならば、即追い込まれる。

仕事人にとって良くないのは「ちんげんさい」。
 ・沈黙
 ・限界まで言わない
 ・最後まで我慢

なるほどね。参考にさせていただきます。
吸う自由煙草なんぞは欲しがらない [2022年04月25日(Mon)]

fumihouse-2022-04-25T17_41_51-1-thumbnail2.jpgわたしに空気を吸う自由を与えてくれまいか。
どうか空気をちょうだいな。
空気を吸うのは誰でも自由って言わんでほしい。
きれいな空気を吸いたいんじゃよ。
籠もった熱い空気ではない。
不織布に隔てられた空気じゃない。
マスクをせずとも何ら後ろめたさのない環境がほしいのだよ。
きょうの松江は28℃?
外に出ると暑さに慣れない体は悲鳴を上げる。
口周りを覆うだけで体感温度はグッと上がる。
どうかわたしに自由な空気を与えてくださいな。

(木香薔薇だって綺麗な空気と水の環境のもとで、素敵に咲きたいと望んでいるんだ)
先へ行けカモンカモンと前進む [2022年04月24日(Sun)]

fumihouse-2022-04-24T22_06_53-1-thumbnail2.jpg映画『カモン カモン』はモノクロではあるが、美しいヒューマンドラマであった。日本語で「こっちにおいで!」の場面で「come on」が使われるが、その意味はしっかり行け!という感じ。私という一人称が主体ではなく、あなたが前に踏み出せ!という二人称が主体となってあなたの背中を押す感じだろうか。

ネットを見すぎると眠らないとか、甘いものを食べすぎると興奮してしまう、ADHD気味のジェシーは叔父のジョニーを困らせ続けた。信頼できる大人かどうかを試すかのように、ジェシーは周りを振り回す。二人が歩み寄り信頼関係が定まったときに、ジェシーは名言を残して母のもとに帰っていった。

「自分の思ったことは起こらない。未来は考えもしないことが起きる。だから先へ進むしかない」

前へ先へ、カモンカモン。モノクロの世界は白黒。カラーはなくても想像せよ、モノやコト、ヒトに心を置いて温かな気持ちで接しなさいと言われたように思える。良い映画であった。

(大根の花が、カモンカモン)
盗賊が恋して幻想甘い春 [2022年04月23日(Sat)]

fumihouse-2022-04-23T20_34_37-1-thumbnail2.jpgわたしが演奏したのは、バロック期ヴァイスの『ファンタジー』、そしてカタロニア民謡『盗賊の歌』の2曲。現段階の力からして7割の出来だろうか。まずまずの内容だ。

門脇康一ギター教室スプリングコンサートは、教室の生徒たちが練習の成果を発表するために設けられた機会である。半年に一回というのは少ないようにみえて、弾きたい曲を決めて、譜読みをし、何度も繰り返して定着させていく。音が違っていたり、より良いタッチをレッスンで指導されて、改めてそれも定着させる。長めの曲になると一朝一夕には身につかず、完成までにかなりの時間がかかる。試しに人前で弾いてみて思いのほか弾けない場合もあり、行ったり来たりの繰り返しだ。半年はあれよという間に過ぎていく。

自分以外の生徒の演奏を聞くのもいいもんだ。岡目八目とも言う。ああしたらいいのにな、と思う一方で自分がその曲を弾く立場になれば同じ失敗をするのかもしれない。

帰ってすぐに練習をしたくなってくる。たくさん課題も見つかった。私たちはこうして際限のない、永久に終わることのない試練に立ち向かっていくのである。だのに人生は有限なり。あーあ。

(すぐれたギターほど美しいものは他に考えられない/ショパン 優れたフラワーアレンジメントもまた他には替えられない)
記憶とはしまって出して仕舞うもの [2022年04月22日(Fri)]

fumihouse-2022-04-22T17_43_22-1-thumbnail2.jpgわたしは短期記憶に弱い。特に耳から聞くと頭に残らない。認知症予備軍にならないよう、せいぜい気をつけたいが、できるだけ聞いたことをメモするよう努めている。

聴覚からの情報が蓄積されないということは、すなわち耳学問ができないということ。耳学問ができるタイプをうらやましく感じる。聞き出した情報を頭の引き出しに整理して、思うがままに取り出して会話を潤滑に進めていく。必要ならばその場で取材をしたり、随時調べて知識を豊富にする。

ところが私はどうだ。話が展開するうちに、聞いたはずの情報が頭をスルーして残っていない。挙句果てに、えぇっと何だったかな?と聞き直したりし相手は興ざめる。聞いたこと自体を忘れていたら認知症の入口だ。短期記憶に弱いなんて言ってられやしない。

(ドウダンツツジの花の袋に記憶をしまう。しまったままで取り出せないならお仕舞だ)
そもそもが言わずとしれた非認知よ [2022年04月21日(Thu)]

fumihouse-2022-04-21T19_03_05-1-thumbnail2.jpgある保育研修会に参加した人の感想が目に止まった。
@「そもそも論」が保育の改善、向上には絶対必要ということを学んだ。

「そもそも」とは、これいかに? 講師がどう説いたのかはわからないが、親以外の他者が関わる保育というものの「発端」を解説したのだろうか。違うような気がする。保育というものの意義を改めて受講生に考えさせ、「いったい全体」何のために保育事業があるのか、その存在意義は何だろう、と説き起こしたのに相違ない。自分がやっている事柄の意味をじっくりと考えたとき、その人の思索や工夫の芽は育ち、楽しさを感じていけるのに違いない。

A非認知能力がこれからの社会を生きるのに必要不可欠ということがわかった。

認知症という病名が知れ渡った昨今、非認知能力というと、認知できないことの能力ととらえてしまって矛盾する(実は認知に非ざる能力なのたが)。協調性や積極性、コミュニケーション力といった数値化しにくい能力のことだそうだ。粘り強いかどうか、リーダーシップを発揮できるのか、レジリエンス力はどうか・・・そうした非認知能力がすべての人に必要なのだなと思った次第。

(白一色にほんのピンクを混ぜた芝桜。これに感動するのも非認知能力なのかもしれない)
夏休み宿題かかえ感想文 [2022年04月20日(Wed)]

fumihouse-2022-04-20T17_46_24-1-thumbnail2.jpg読書感想文が嫌いだった。夏休みの宿題であることが多く、その他折々に課されるやつである。読んだ感想を素直に書けばいい、主人公になって心に浮かんだ気分を描いていけばいい。簡単だよ? と教師は言った。

簡単なわけないだろ! ボクは主人公じゃないし、じぶんの気持ちなんてどう表現すりゃいいのか? いつも頭を抱えていた。

クラスの友達がアドバイスしてくれた。「最初にあらすじを書く。なるべく字数をかせいでおけよ。最後に自分の感じたことを少し書いたらいい」

「主人公の○○はとてもいい人だと思いました」とか、「ぼくもそうなりたいと思いました」などと、チンケな文を、たった一文か二文書いてお仕舞いにしていた記憶がある。中学生になるとあまりにツマランので筋などくそくらえで、心に浮かんだよしなしごとを適当にあげつらって読後感を書くようになった。その転機をわたしは憶えていない。

(私はウマノアシガタ。陽光に誘われて伸びやかに花を広げた。私を雑草と見る向きもあるが、この光沢感はなかなか高級感あるでしょ? 日持ちは悪いけど一輪挿しに刺したら気持ちがいいよ。でも気をつけて!私には毒があるから)
新鮮にさっきと今は違うもの [2022年04月19日(Tue)]

fumihouse-2022-04-19T12_29_20-1-thumbnail2.jpg 心臓から送り出された新鮮な血液は
 十数秒で全身をめぐる
 わたしはさっきのわたしではない
 そしてあなたも
 わたしたちはいつも新しい

   いま始まる 新しいいま/川崎洋

午前八時の太陽が車内を明るく染めて、暑さまで感じる。きょうが始まった。きのうと同じ太陽のようでも、異なる太陽がそこにある。血液も同じこと。一部の血液細胞が入れ替わったとしても、一見すればきのうと同じ血。しかし清新な空気や養分を取り入れて「新鮮な血液」となって体内を元気に廻る。わたしもあなたも、きのうまでのわたしとあなたではない。

(清新な血液のようなキリシマツツジの赤みも、去年とは異なる)
つがいかなツバメ巣作り春の声 [2022年04月18日(Mon)]

fumihouse-2022-04-18T18_05_49-1-thumbnail2.jpg燕の初鳴きが4月11日。一週間過ぎて、つがいができて、巣作りが始まった。高めのアルトの声(雲雀に声質が似る)、複雑な節回し、ひと節の終わりには赤ちゃんが唇を突き出してブーとするような可愛らしい声。盛んに宙を舞い、コウモリのように左右上下に方向を変えていく。電線や屋根に止まるとじっと動かずこちらをうかがっている。燕が巣を作ると泥や糞の処理など大変なケースも多いけれども、満を持して春本番が来た。

(シャガが咲いた。来週からゴールデンウイーク)
備後にて高まる鷹の物語 [2022年04月17日(Sun)]

fumihouse-2022-04-17T21_23_42-1-thumbnail2.jpgトンビが鷹を生んだと称されたヤス(阿部寛)、その子アキラ(北村匠海)の物語である。映画『とんび』では、親子ともに鷹であったとの盟友の言葉が印象に残る。盟友は母を亡くしたアキラを皆で育てた者の一人で、アキラが連れてきた婚約者ユミをヤスに認めさせるために一芝居を打つ。備後言葉で荒っぽいやり取りの後、ヤスはユミを良い嫁だと言葉にしてアキラを安心させる。はまりようがビンゴ!という感じで涙を誘われた。

親に育てられることのなかったヤスは荒っぽい運搬人である。愛妻が幼いアキラを残して死んだ。すぐに手が出て喧嘩の絶えないヤスであったが、周囲の人に愛された。失った妻への愛に代えて息子へありったけに注いだが、不器用なヤスとアニラとのやり取りはいつもぎこちなかった。それでも不器用さ故に高ぶる気持ちが伝わって、周りの者がヤスをカバーしていく人情物語は心地よかった。

エキストラの演技や北村匠海のカツラ、役者の若づくりなど不自然な点は多かったが、備後国(広島の福山あたりか、それとも岡山か)の昭和の街や人情の雰囲気をよく出していた。

(八重桜。ヤスとアキラもともに眺めたことだろう)
新学期停車混雑若葉かな [2022年04月16日(Sat)]

fumihouse-2022-04-16T21_55_27-1-thumbnail2.jpg「出入口付近は大変混雑しますので、奥までお詰めいただくようお願いします」と駅の改札やホームで放送している。ズバリ言えばよいではないか。

「あなたが、なかでも高校生くん、あなたが入口で立ち止まったままだから次の乗客が入れなくて困ってるんです。挙句の果てに時間どおり発車できない。さっさと奥に詰めて、あるいは空いた席に座って混雑緩和に協力してくださいよ」

サービス事業者としてそんな口ぶりはさすがにできないが、松江駅に向かう朝の通勤列車は新学期開始以来、遅れてばかりいる。松江の一つ手前の乃木駅で発車が遅れる。学生が戻ってきたこと、新入生が勝手がわからなくて出入りに戸惑っていることもあるだろう。松江駅への到着が3分くらいは遅くなっている。そのせいでバスへの乗り換えに余裕がない。なんとかしてやってくれ給え。

(チューリップのようにスカッとした弯曲面で電車を走らせよう)
寒空に終電ほろ酔い勇む足 [2022年04月16日(Sat)]

fumihouse-2022-04-16T00_17_21-1-thumbnail2.jpg終電に夜酒懐かし若き日の
  並み居る先輩すべて我が師よ

(数年ぶりの酒を飲んでの終電。時節柄ドンチャンはやらない。静かに語り合う。若い頃酒席で先輩や友と語って血湧き肉躍り、決意をたぎらせた頃を思い出した)
粘り勝ち冬を必ず春とする [2022年04月14日(Thu)]

fumihouse-2022-04-14T08_10_58-1-thumbnail2.jpg寒さ厳しき季節には、冬は必ず春となる。厳しき人生にあってもじっと耐えて、冬は必ず春となる。

厳しい環境や悩みをポジティブに捉えられる人は、こんなふうに言う。冬を必ず春とする。祈りも込めた強い意志の力で周りを変えていく。着実な実践と戦略、そして誠意でもって、冬を春へと転換していく。

粘り強く懸命な人の手にかかれば、冬はきっと春となる。意志と行動でもって環境は変わっていくのだ。

(桜の大木の下で風に揺れ乱舞する菜の花。三刀屋川沿いの土手に植えられた桜並木も粘り強く世間を変えてきた)
いろんな日集めて今を過ごしてる [2022年04月13日(Wed)]

fumihouse-2022-04-13T18_50_16-1-thumbnail2.jpgいろんな朝 いろんな昼 いろんな夜 集めて一日がある
様々な一日 小綺麗な一日 長くて堪らない一日 それでも 一週間は過ぎる
万全の第一週 急展開の第二週 気落ちの第三週 まあ落ち込むな 月の終わりを締めていこう
寒かった一ヶ月 寒暖差激しい一ヶ月 遊び呆けた一ヶ月 すぐに半年過ぎていく

今年もあれよという間に4ヶ月 来たる夏と秋もそうであろう
来年はどうなるのか そんなことは誰も知らぬ ましてあるとは限らぬ有限な命
一生は露の如くに消えていく 儚いといえば儚い
それでも有限だからこそ 今が輝くことを忘れまい
新入生わたしはどこの誰かいな [2022年04月12日(Tue)]

fumihouse-2022-04-12T19_32_58-1-thumbnail2.jpg世の中は 桜が咲いて 笑ひ声  正岡子規
 ときをりの 風のつめたき 櫻かな  久保田万太郎
遅月の ほのぼのとして 桜かな  原 石鼎
 徐ろに 眼を移しつつ 初桜  高浜虚子
けふまでの 日はけふ捨てて 初桜  加賀千代女
 さくら木に さくら一杯に つきにけり  室生犀星
酔人の 理屈をかしき 桜かな  野村喜舟
 八重桜 たわゝに咲いて 大月夜  高橋淡路女
さくら散る 教科書眠け 新入生  ふみハウス

(芝桜は地面をキャンパスにして、色とりどり咲き乱れる)
パーフェクト27個にあと八つ [2022年04月11日(Mon)]

fumihouse-2022-04-11T22_10_44-1-thumbnail2.jpgロッテ・佐々木朗希投手、二十歳での快挙。それ以上に凄いと思ったのは、完全試合を達成したプロ野球投手は過去に15人もいたこと。28年前に巨人の槙原が広島を相手に達成して以来だそうだが、ヒットもホームランもなし。もちろん四死球やエラーもなし。だからこそパーフェクトというのだが、全くもって凄いことだ。

20歳5カ月の史上最年少での達成。13者連続奪三振でプロ野球新記録。1試合19奪三振。もう一つ三振を取っていれば20でプロ野球史上最多記録なのだが、そもそもアウトの数は27。とんでもない記録だ。これで米メジャーが目をつける。貴重な日本の人材がアメリカに流れていく。
人はみな人間となって生きていく [2022年04月10日(Sun)]

fumihouse-2022-04-10T22_53_46-1-thumbnail2.jpg人は弱い。だから人間となった。人と人が集まって社会を形成し、人間となった。考古学的にはそうであろう。

コミュニティは単に生き延びるためにあるのではない。励まし励まされ、応援し応援される。相互の交換が生きる力を伸ばしていく。絆は、ある時は「きずな」、別のある時は「ほだし」となる不思議なもの。ヤマアラシのジレンマでもって適度な距離を保つ。

くびきとなることを恐れて個人化が進む。血縁、地縁、職場、どれもが個別化して気楽なほうに動く。一方で、いざというとき、個人は裸となってリスクに晒される。社会全体が危機に陥ったとき、「きずな」が人に安心を与える。柔らかな繋がり、ホッとできる居場所に安心を覚える。

危機が去れば都会化が再び進行し、気楽が前に出る。「ほだし」は嫌われて個人主義が横行する。決して悪いことではないが、脆弱さは免れない。道具や機械、制度や仕組みが便利になって個人は助けを受けなくても生き延びることができる。

それでは危険だ。人と人、相互の交換が生きる力となっていく。背中を押されていくものだ。伸ばる力は人間社会なくしてはありえないであろう。それが生きる喜びである。
来し方の先は短し胸いっぱい [2022年04月09日(Sat)]

fumihouse-2022-04-09T08_16_30-1-thumbnail2.jpg年配の方々と一緒に作業する機会があった。率直に言うと、お年寄りは先が短い。人生の残りは少ないのに、ゆったりと急がない。残り時間を気にせずに、のんびり緩やかにやる。四方山話に花を咲かせ、あくせくせずにエンジョイしている。急いでいるのはこっちだ。時間がないないと焦っている。

皆さん、失礼ながら心身の衰えもある。スローペースでことが進むという要素もある。しかし、ジリジリすることもなく、話をしながら作業を愛でている。

もっと楽しめや! 急いだところでどれだけ楽しみが増えるのやら・・・と考えて生きるのも悪くないと思った次第。
自画自賛膝は真っ直ぐ春速く [2022年04月08日(Fri)]

fumihouse-2022-04-08T20_28_08-1-thumbnail2.jpg歩くのが速くなった
コートの長い裾に邪魔されない
足がまっすぐに伸びていく
街路のウインドウに映して歩く
蹴り出した足先が前に行ききって着地する
そのスピードが小気味よい
膝は伸びて弾んでいる
上下動も少なく左右のブレはない
理想的だと自画自賛
風雨がないという条件で歩くに理想の季節
空は青い 宍道湖は静か
満開を過ぎた桜が長らく美しさを保っている
風がない 雨が降らない
こんな長持ちの桜を近年見ない
春を喜べないウクライナの人々に見せてあげたい
侵略の片棒を担がされ憎まれロシア人民にも哀悼
桜が持ち込む平和の空気よ 世界に広がれ

(水仙もわたしの歩みを見ている、春を楽しんでいる)
頑張りたい頑張れないや春のバテ [2022年04月07日(Thu)]

fumihouse-2022-04-07T19_30_45-1-thumbnail2.jpgこれ以上、どう頑張ればいいんだ。教えてほしい。精一杯やっている。もう頑張れそうにない・・・とは、鬱病に陥った人の率直な嘆きであり、張り詰めた緊張が崩れもがく人の言葉であるという。

幸いにわたしはそこまで追い詰められたことはない。「ガンバレっ」と声をかけられれば、激励されて背中を押された気分になる。見守ってくれる人がいると思うと力になる。口先だけと分かっていたとしても悪くない。

日本語には人を励ますための語彙が乏しい。「頑張る」は、頑な(かたくな)に頬を張り歯を食いしばって奮闘している状態だ。宛て字の「顔晴れ」はいいかもしれない。必死になって歯を食いしばるうちに顎が疲れ筋肉が強ばる。意識してニッと口角を上げてみよう。きっと異なる視点を得られるさ。

新年度の仕事疲れ、気遣いをし過ぎたことによる疲れ、寒暖差による疲れ、バラエティ番組やユーチューブの見過ぎによる疲れ・・・心身に不調を来す。春バテという言葉もある。睡眠を十分に、読書や運動でリフレッシュし、気のおけない人との会話を楽しむなどして春バテを乗り切ろう。

(花ニラを眺めて疲れをとろうよ)
シュレーゲルイソヒヨドリとコロコロコロコ [2022年04月06日(Wed)]

fumihouse-2022-04-06T19_12_55-1-thumbnail2.jpg蛙の鳴き声を聞いたのが3月31日のこと。わたしにとっての初鳴きである。桜開花は早かったのに、雨蛙は少々遅め。自然界の摂理はどんなふうに働いているものやら。コロコロコと舌を転がすように愛らしく鳴き、リズミカルに演奏するようなのはシュレーゲルアオガエル。あんなふうに軽やかにギターを奏でたい。

街中では、イソヒヨドリ(磯鵯)が声を限りにさえずってきる。声を限りに、ではないな。余裕綽々で縄張りを主張し、余力をもって美しく響かせてメスを誘っている。空気と身体を調和させて軽やかに震わせていく天使の歌声。群青色と臙脂色した磯鵯の見栄えもよろしい。あんなふうに堂々とギターを響かせたい。

(桜を遠目に見てごく淡いピンクが少し濃い目になってくるのは、花が一部散って萼の濃いピンクが目立ってきた証拠。あとは下り坂の花見となる。満開の松江の桜の下にて)
ありがとうご免なさいと声かける [2022年04月05日(Tue)]

fumihouse-2022-04-05T19_16_25-1-thumbnail2.jpgアリガトウは 奇跡の言葉・・・
誕生日 憶えてくれたの ありがとう
落とし物 届けてくれて ありがとう
やり方を教えてくれたの ありがとう
相手をほっこりさせ 自らも温かくなる

ゴメンナサイは 緩和の言葉・・・
遅れてしまって ごめんなさい
壊してしまって ごめんなさい
破ってしまって ごめんなさい
なんだか悪いことばかり 言い方次第だよ

ドウイタシマシテは、大人の言葉・・・
誕生日 忘れちまったよ どういたしまして
落とし物 お互いさまだ どういたしまして
後輩を育ててちょうだい どういたしまして

(花海棠(ハナカイドウ)は形からすると林檎の系統。艶やかなピンクでもって、ひとの目を惑わす)
| 次へ