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『ふみハウス〜徒然の心に残る日々』 [2021年07月23日(Fri)]

DSC_3472.JPG徒然なるまゝに硯に向ひて心に移りゆくよしなしごとを書きつくれば…徒然草のように。私は旅するようにゆったりと、かつ鵜の目鷹の目で日常をとらえます。ふみハウス〜徒然の心に残る日々は、Yahooジオシティの閉鎖により2019年3月31日をもって消滅しました。
[ふみハウス リンク集]
休んだり休ませたりで木は偉大 [2021年06月23日(Wed)]

20210618_184527.jpg『休』
人が木に寄り掛かって、ゆるりとした姿の象形が休む。転じて、心も体も休まって安息の気分となる。よって「幸い」の意味も表すようになった。

木陰に入ると、そよりと風が頬を撫でる。気持ちがよい。このまま動きたくないとは思うが、移動しなければならぬ。安息の時間は短いが、少しはエネルギーが充填される。

反対から見れば、人を休めてくれるのが「木」。日本はどちらかと言えば木を切る文化。巨木信仰もあるが、町中や人里の大木は、枝が邪魔、折れたら危ない、根っこがわるさをする……と言われて嫌われがちだ。しかし、木は人間の拠りどころなり。大切にしてやろう。

(ピークは過ぎたが、合歓木(ネムノキ)は結構な巨木になる)
踏ん張れや負けずにきっと芽は出るぞ [2021年06月22日(Tue)]

20210617_175428.jpg鬱を患う人が「頑張ってください」と言われると、「これ以上どう頑張れって言うのか」と感じるそうだ。

頑張るは、頑な(かたくな)に、頬を張り歯を食いしばって前を向こうと奮闘している状態だ。励ましや応援の言葉が「頑張れ」なのだが、両者の思いは一致しない。激励したつもりが相手を追い詰めては不幸だ。

励ますにあたって日本語は語彙が貧しい。要は相手のあるがままを受け入れて傾聴の態度を貫くことが一番だ。でも何か言葉がほしいと思っていたが、あった。

『踏ん張れ』である。踏ん張りどころで、グッと力を込めて、こらえる、耐える、負けない。くじけないよう、もう少しやってみよう。あるいは日薬で時を待つのが踏ん張れだろうか。

音では「がんばれ」だが、『顔晴れ』とあて字するのもいい。歯を食いしばると頬の筋肉が強ばるが、そこで意識してニッと口角を上げる。苦り切った笑顔になるだろう。心からの笑顔には遠い。でも、泣く行為によってますます悲しくなることと同様に、苦い笑いであっても笑う形をつくることによって、違う面が見えてきて、きっと踏ん張ろうと思えてくるにちがいない。

(大金鶏菊の黄は元気の出る色。外来種で日本の在来種を駆逐するからけしからんと言われても、呵呵大笑しているぞ)
時を集め文明集積ヒトの道 [2021年06月21日(Mon)]

20210619_144034.jpg無数の時は積み重なって時間は過ぎていく。時間とは人間が産み出した最大最高の発明であろうかと思う。動物は待ったとしても、時間を計って計略的に行動をとることはない。本能的に生きる。植物も遺伝子情報に従って花を咲かせる。

ヒトには時刻があり暦があって、時の流れを意識して生きる。それがどれだけ技術の進歩を促し、精神活動にメリハリを与えてきたことか。大変な発明であると思う。

狩猟が成功しないと家族は飢えて死ぬ。この一両日が勝負だ……締め切りに間に合わないと巨額のビジネスが失敗する……明後日には王様の元に戻らないと人質になった友は殺される(メロスだった)。ともあれ、ヒトは締め切りを意識して頑張ることによって能力を拡大してきた。時間とは文明を飛躍的に進歩させた源泉である。

一方で時間は大きなストレスの元ともなる。精神的に追い詰められて、辛く悲しいことにもなる。ヒトは時を刻んで利益を得た代わりに、多くのものを失ったのは間違いない。

(ダリアが咲いている。これも膨大な時を経て遺伝子が為した労作)
マーカーにシールを使いドレミファソ [2021年06月20日(Sun)]

20210620_073303.jpgフレット・マーカーを売ってるなんて、知らなかった。フェイスブックの投稿で知った。クラシックギターはボディまで12フレット、ボディにくい込んで、ふつうは19フレットまである。

手指の感覚で、ここは何フレットの音程は何々、というふうに身に付いているプロクラスならまだしも、我々には及びがたい。フレット・マーカーを5、7フレットに貼っておくと(わたしの場合10も)、運指のガイドとして役に立つ。

最初は100円ショップで売っている銀色丸型シールを貼っていた。やがてシリコン製の動物立体シール(やはり100円ショップ)を貼ったのだが、知らぬ間に取れたり、ずれたりしてしまう。いまはマスキングテープ状に巻いた六角型シールを使う。2センチはあって大きいが、気に入っている。自分にしか見えないものだ。好きな物を貼ればよろしいかと思う。

耐久性はどうかというと、練習するたびにクロスで拭くから半年程度で剥げてしまう。そしたら貼り直す。次はどの模様になるか、それも楽しみだ。

(わたしが使うシール。和風の図柄が気に入っている)
尻の尻尻は尻だよ尻を振る [2021年06月19日(Sat)]

fumihouse-2021-06-19T20_19_57-1-thumbnail2.jpg【尻】が気になった。体の尻ではなく、[言葉尻をとらえる]といった尻の慣用句のことだ。実に多い。

[尻に付い]て、人の後ろについていくのは楽だ。考えなくてもすむが、一人残されると[尻に火が付く]。慌てて逃げて[尻に帆を掛け]ても困る。締めくくりがなくなって[尻も結ばぬ糸]では御粗末だ。

じっと動かなければ安全か。[尻が重い]のはつまらない。[尻を押す]、[尻を叩く]、それから[尻を上げる]のでは魅力はないね。他人の[尻馬に乗る]のは無分別。他人の振り見て[猿の尻笑い]などしては意地汚い。

かといって[尻が軽い]のも、すぐに忘れる[尻から抜ける]のも、人から信頼されない。[尻を落ち着ける]、[尻を据える]そんな態度がよろしかろう。[尻が暖まる]、[尻が長い]そんな人は訪問先では喜ばれないよ。上手く運んでいても[喜んで尻餅をつく]と失敗を招く。

[尻がこそばゆい]ような誉め言葉に踊らされて、誰かのしくじりの処理を任されて[尻が来た]んじゃたいへんだ。[尻ぬぐい]はごめんだが、ときには[尻を絡げる]頑張りが必要だ。[尻を持ち込ん]で、誰かの責任を声を荒らげて問うのも大人げない。

隠しごとをしてはいずれ[尻が割れる]ことになるし、[頭隠して尻隠さず]になりがちだ。油断すると誰かに[尻毛を抜か]れることになりかねない。[尻(けつ)をまくっ]て居直って、[尻が青い]なんて言わさせまい。[酒買って尻切られ]て、恩を仇で返されてもじっと耐え、[尻の持って行き場がない]と思ったら、家族に[尻をはしょっ]てもいいから端無を聴いてもらおうよ。
 
家では[尻に敷かれ]ておとなしく、[穴の穴が小さい]と言われても穏やかに笑っている。[軽い返事に重い尻]てなことでは当てにされないよ。たまには[帳尻を合わせる]こともあってよい。たいていは[頭でっかち尻つぼみ]になりがちだけどね。まっ家では[尻の毛まで抜かれる]ことなどないから、ごゆるりと。

尻は尻でもホントの尻は、年を取ると筋肉が落ちる。なかでも尻(太股も)は目立ってしまうからだ。無理せず筋トレでもしましょうかね。

(少し尻が重そうな葵の花。赤くてもアオイ、これ、不思議なり)
考えて技術を磨き皆がよし [2021年06月18日(Fri)]

fumihouse-2021-06-18T18_42_58-1-thumbnail2.jpg考えることは難しい。思考をつなげて考える、人の関連で考える、制度や組織の変遷を踏まえて考える、経験に照らして考える……毎日は考えることばかりであるが、考える起点が「点」であるうちは、つながりにくい。せめて「線」であってほしい。「面」や「立体」であれば、なおありがたい。つながり同士の接点が少ないとくっつけない。それどころか、関係することにすら気づけないものだ。

その気づきを与えてくれるのが指導であるが、俺についてこい式では人は育たない。なぜなら指示待ちになってしまうからだ。指示待ちとは、自分では考えないこと。指示をこなすまでしか成長できない。かつての体育会系のように、頭ごなしにシゴく姿はないとは思うが、意味を理解して進まないことには伸びる可能性は低い。何ごとも必死に食らいついていけば芽は出る。

やがて楽しくなる。やる気も出る。完遂したときの達成感も得られる。相乗効果で受け身から能動へ変わっていく。そうなることを信じて奮闘する毎日である。

わたしが勤務するこども園にあって、最大のステークホルダーは子ども。次いで親御さん。子育て支援を直接行うのが保育教諭や言語聴覚士、作業療法士、看護師、医師、心理療法士などの専門職種の面々だ。彼ら彼女ら(女性率は8割を超える)がいかに力を発揮できるか、良いパフォーマンスを前面に出せるかどうか。

経営も安定させつつ、子どもたちの笑顔を満開にする。ひいては親も素敵な生活を送れる。そのための下支えをするのが事務方の使命と考える。そのためにも疲労困憊することは避けつつ、今週も頑張った(けどトホホ)。

(濃いブルーの紫陽花が雨に濡れている。彼らもまた人を喜ばすという使命に燃える)
赤と青声も雅に磯の鵯 [2021年06月17日(Thu)]

fumihouse-2021-06-17T18_26_09-1-thumbnail2.jpgイソヒヨドリが鳴いていた。ふだんの鳴きぶりよりもずっと喧しい。が、澄んだ美しい声。ビルの庇下から隣のビルへ。二羽がつるみあって鳴きあっている。恋が成就したものか。独りごちてはメスを呼び続けたオスに連れ合いができたものだろう。お二人さん、お幸せにね。似合いのカップル、がんばれや。

イソヒヨドリは美声だ天使の声だ。節を回して高らかに歌う声に心惹かれる。多彩な鳴き声、短音長音組み合わせて音程自由。リズムも多様で一つとして同じものはないかもしれない。が、イソヒヨドリと分かるあの美声。澄み切った声は遠くへ遠くへ、響き渡る。

イソヒヨドリよ、深い色彩で雅な小鳥よ。明日もまた聴かせておくれ。わたしは心洗われ爽やかになる。

(オヤジビオラは姦しいか? いや静かににぎやかだ)
最期には死ぬ必定や終わりあり [2021年06月16日(Wed)]

fumihouse-2021-06-16T17_38_44-1-thumbnail2.jpgACPという概念があることを知った。アドバンス・ケア・プランニング。別名「人生会議」という。

……大切にしていることは何か、信頼できる人は誰か、医療やケアに関わるチームに信頼できる人も交えて話し合う、その結果を周囲に伝えて共有する、心身の状態により意思は変わるので繰り返し考えて話し合う……。

厚生労働省が音頭をとって人生会議の普及を図ろうとしている。生き方や価値観、大切なことである。そんな大層などないと言うお年寄りも多いだろうが、必ずある。どこで暮らすのか、何を食べたいのか、どんな経験を積んでいまに至るのか、何が得意だったのか……考えてみることはたくさんある。そこに人生会議の意味がある。

自分らしく暮らし続ける。そして最期を迎える。自分や家族の最期だなんて縁起でもないと考えてしまう人はまだ多いかもしれない。でも、忘れてはならないことだ。人間は必ず死ぬ。100%死ぬ。となれば、それが目前になったとき、事故や病気で意思表示できなくなったとき、周囲が混乱することは必定である。元気なうちから、もしもを考えてみよう。

(ザクロの花は何を考えるのか。考えない。ただ良い実を実らすことを考える)
選ばれて買わされ買った服なれば [2021年06月15日(Tue)]

fumihouse-2021-06-15T18_35_06-1-thumbnail2.jpg服を買いにいく。目についた洋服が、買って買ってと主張する。いい感じ、試しに袖を通す、鏡に映す、悪くない、少し高いな、まっいいや。支払いを済ませる。満足することもあり、後で別なあれにすればよかったと後悔することもある。求めるものとは若干違うけれど値段も手頃だし、まっいいか。妥協する。そんなときは、たいてい後で臍を噛む。

気に入って何度も着回す服もあれば、タンスの奥に忘れてしまうものもある。最初は満足でも、やがて好みが変わることもある。第一、流行らなくなって着るのが恥ずかしいと思う代物もある(流行を追う人間ではないが)。買った後でサイズ感がいま一つで残念なときもあれば、体型の変化で着られなくなる服もある。

服なしでは一日たりとも生きられないだけに、服とは長い付き合いになる。だから、これからも買って買ってと主張する服を選んでやろうと思う。

(スモークツリーが咲いている。服の流行は煙のように移りゆく)
全身の運動前にストレッチ [2021年06月14日(Mon)]

fumihouse-2021-06-14T10_25_53-1-thumbnail2.jpg週末のギタ弾こ会(ミニ発表会)を終えた夜、左親指の付け根が痛いことに気がついた。鈍い痛みで指を動かすと不快感がある。練習のやり過ぎだと思った。その晩はギターを触らずに早く寝た。翌朝痛みは手首に移動した。

左親指はネック裏に当てる程度にして、小指から人差し指の4指の重さを生かして弦に軽く当ててリラックス!と言われるが、如何せん力が入る。ネックを握りしめてしまうのだ。力むと指使いが硬くなって動かしづらいとわかっていても、力が入る。脱力して自在にギターを操れるようにしたいものだ。

考えてみると、演奏とは立派な運動である。椅子に座って構える。実に静的でおとなしい雰囲気ではあるが、譜面や指の運びを目で確かめ、右指は小指以外は弾弦にフル稼働し、左指手は押弦するのにてんやわんやである。足は踏ん張り、腰は演奏姿勢を保つために伸びている。リズムをとろうとして体は揺れる。全身運動にちがいない。

にも関わらず、準備運動をしていない。これからは練習の前に、指や手首、肩や体幹を曲げたり捻ったりしておこうと決意した。ほんの1分心がけるだけで長いギターライフを楽しめるにちがいない。幸いに今は痛みは半分になった。
詩があってふと見渡せば詩は満ちて [2021年06月13日(Sun)]

fumihouse-2021-06-13T22_05_03-1-thumbnail2.jpgこの世は詩に満ちている。詩とは何か。簡潔な言葉で表現したものやこと、こころである。短歌、俳句、川柳、漢詩、自由詩、楽曲の歌詞などいろいろ。表される情景であれ、心情であれ、よい詩歌は人を豊かにし、ビジョンを示し、ほっとさせてくれて、生きるよすがとなる。人間の目を通して描くからには、そこに精神性が表れ出て文学となる。単なる記号としての言語を超えていく。韻文となってリズムを刻めば、心にも刻まれる。メロディとともに気持ちを鼓舞する。間をとって朗読すれば、想像の翼が広がる。

詩のない楽曲はどうなのか。これもまた詩である。音色や楽器の種別で詩心が表現される。その詩に励まされ、人はエネルギーに満ちていく。この世は詩に満ちている。

(詩心に満ちた?赤詰め草)
生産性落とすの簡単ひと困り [2021年06月12日(Sat)]

fumihouse-2021-06-12T22_19_30-1-thumbnail2.jpg事務仕事の生産性を落とすのは簡単だ。次のことを各部署のトップが忠実に実行すればよい。なかにはこれが最善だと信じて行う確信犯もいて始末に困る。

・前の会議で決まったことを蒸し返す
・起案文書のアラを探して書き直せと命ずる
・完璧であることが重要だと主張する
・規則を厳密にし例外を許さない
・協議するメンバーを多くし会議をやたら増やす
・ペーパーワークを増やしてうんざりさせる
・言い回しの言葉尻をとらえて文句をつける
・細かいルールを成文化し長いマニュアルを読ませる
その他たくさん

日本人が得意なのは、丁寧に隙を突かれないよう何十にもチェックをかけてたくさんの時間を費やすことだ。そのままでは組織人が本来すべき重要な仕事に直ちに着手できない。その状況をつくっていくのは管理者の仕事である。

(ホットリップスが穏やかに楽しげに咲いている)
ローマには不思議な数字あったのさ [2021年06月11日(Fri)]

fumihouse-2021-06-11T18_25_59-1-thumbnail2.jpgローマ数字は、時計の文字盤や論文の章だてに使われることが多い。オシャレではあるが、通常使うにはせいぜい X までだと思う。W と Y を間違えやすくなるからだ。絵本『たのしいローマ数字(デビッド.A.アドラー)』で初めて知ったことがたくさんある。

「T」「U」「V」「W」「X」「Y」はそれ一文字でアラビア数字の1、2、3、4、5、6を表すものだと思っていたが違っていた。TとXだけは確かにそうだが、UはTが2つ合わさっており、VはTが3つ合わさっている。要はTを足して2や3になるというのだ。

WはXの前にTがあるのでマイナス1して4。YはXに1を足すから6。ZはXに1を2つ足すので7。[はXに1を3つ足して8。\は](10)からマイナス1して9。いちいち考えなくてはならなくて面倒だ。

L=50、C=100、D=500、M=1000。これらを駆使して数を表す。桁が上がると四角で囲ったりして対応するそうだ。使い慣れたとしても、位取りのことを考えるとアラビア数字が遥かに便利である。

叡智の塊のような古代ローマではあるが、こと生活に根付いた科学や技術はアラビア、すなわちイスラム文明に軍配が上がる。

(昼咲き月見草が好きだ。淡いピンクに黄のおしべ。花肌は透き通って儚い。パラボラアンテナのような曲線がよろしい)
上着着て通勤電車にバスの旅 [2021年06月10日(Thu)]

fumihouse-2021-06-10T08_20_46-1-thumbnail2.jpgきょうの予報は気温32℃。初めての真夏日になりそうだ。上着を置いて家を出た。紺のチノパンツに黒のスニーカー、ブルーのポロシャツに紺のハンチング帽、紺のリュックの出で立ちである。外で会議をすることはなし、来客で丁重なるもてなしをする必要もなし、ポケットに詰めこむ荷物があるわけでなし。第一きょうは暑すぎて、手に持って歩くばかりだと思ったからだ。ところが、上着を着ないで歩くと半分裸でいるような気分になって落ち着かない。

電車やバスに乗ると激しい冷えがときにあって上着は手放せないが、きょうは着てこなかった。夏向きのごく薄手の上着ではあってもなくてはならない夏のアイテムとなっている。

(カーネーションは着飾って艶やかである)
陣取りに負けじ魂子の心 [2021年06月09日(Wed)]

fumihouse-2021-06-09T16_43_50-1-thumbnail2.jpg子どもの頃やった陣取りゲームがある。土の広場(たいていは誰かの家の庭)に目一杯に四角を書く。角にそれぞれが基礎陣地をつくる。角に親指を置いて小指を広げて弧を描く。手の大きな上級生が有利だった。

小さめの石を弧内に置いて順に弾く。3回で自陣に戻すと直線で結んで陣地が広がる。失敗すると次の順番を待つ。最初はちびちびと慎重に弾く。陣が広がるうちに第1投を思いきって打てる。ただし四角い境界をはみ出して外へ出たり、相手陣に飛び込むと無効となる。

境界と自陣が広げた指で届くようになればしめたもの。線を引いて狭いほうの空間は陣に組み込むことができる。あれよというまにゲームの終局は近い。

上級生相手が多かったから大抵は負けた。ときには勝った。負けじ魂でもって人差し指で石を弾く練習をしたり、良い石を拾い集めたおかげで、たまに勝てたのが懐かしい。

(スプレー菊の同心円のように、陣取りは広がっていかない)
サーバント下に上にと忙しい [2021年06月08日(Tue)]

fumihouse-2021-06-08T18_21_12-1-thumbnail2.jpg「サーバント・リーダーシップ」というあり方がある。リーダーが上から命じて組織を引っ張るのではなく、リーダー自らが社会に貢献する奉仕の姿勢を示すべきだと言うのである。まずは、部下に対して奉仕し、共に歩む姿勢を示すと。初めて聞いた。

ふつう組織はピラミッド形であらわす。上意下達で号令一下、各部署が目標に向かう姿がイメージしやすい。サーバント型は逆ピラミッド形となる。トップは部下の心を汲み取りながら、必要なサポートをしてジリジリッと目標に向かう。リーダーは頂点に君臨するのではなく、一番低い所にいて目配りして部下を支えるのである。

部下の上、逆ピラミッドの上には何があるか。社会が求める希望であり、欲求がある。それを満たすために働くのが組織体の使命であるとして、トップは部下を鼓舞する。部下は上役の顔色をうかがうことなく、社会貢献に関心が高くなる。

トップがいつも地面に這いつくばることはないだろう。ときには先頭になって進軍の先頭を行き銃弾を浴びるかもしれない。対外的に会社をアピールして社員の誇りを呼び覚ますであろう。逆ピラミッドだけでなく、一時のピラミッドも現出するだろう。資生堂は「世界中の女性を美しく」というビジョンを掲げ、逆ピラミッド組織を構築して発展したという。

どんなに組織でも同じだと思う。誰かの役に立つという喜びをミッションの軸にする。それを組織全体に十分伝えて共有する。そして迷いが出たときのために、気軽に相談できる柔らかな人間関係を形成する。こうすれば、内燃して逞しく動く組織人はできる。むろん大変な労作業ではある。

(時計の針を正確に刻むのも労作業。時計草は10時11分30秒を指している)
太陽が至る季節だ夏至近し [2021年06月07日(Mon)]

fumihouse-2021-06-07T18_37_12-1-thumbnail2.jpg朝から真夏を思わせる太陽が照りつけた。日向のクルマに乗ると熱くなった空気が体を燃やす。今年の夏至は6月21日。梅雨明けには遠いが、暑さの本番が始まる。

「夏至」とは、夏が至るのか(ごく当たりまえ)、夏を至らせるのか(誰が? 天が)、それとも、夏に至らせるのか(誰が誰に? そんなん知らん)。あるいは、夏で至らせる?(夏に喜びの極致があるのかも?反動として疲れも極致)。

もともと「至」には、1年中でもっとも日の短い日と長い日の意味があるようである。夏至と冬至を対比して書き分けただけなのかもしれない。北半球では太陽の南中高度が最も高く昼間が最も長くなる。

週末から雨になる。梅雨は長く続く。過ぎた雨降りとなりませんように。かといって日照りもひどくなりませんように。

(母の日プレゼントをターゲットに花屋では5月初旬に紫陽花を売るが、本来は今の時季がふさわしい)
行ってみてキレイマルシェで満足し [2021年06月06日(Sun)]

fumihouse-2021-06-06T22_22_46-1-thumbnail2.jpg『ひかわキレイマルシェ』は、思いのほか来場者が多かった。午前10時の開会前には二百人くらいの待ち行列ができていた。わたしの役割は駐車場への誘導。用意した4箇所が満杯になり、出るクルマを判断しながら来場のクルマを導くのに神経をすり減らした。四苦八苦の一時間であった。

みんな待ってたんだと思う。コロナ対策で出入口を限定し、検温と連絡先を登録してもらう。気温が上がるなかでマスクは外せない。制約された環境ではあったが、賑やかしがあって知人と出会い、出店者との交流がある。食べ物や小物、野菜や花が売られるお楽しみの機会を待っていたのだ。

インスタグラムで紹介して拡散もされたので若い女性や家族連れが多かった。二年前(去年は中止)と比べて出店者数は斐川町内に絞ったので21店舗と少なかったが、適度な風がある中、薄曇りで出やすい天気でもあった。

スタッフに提供された昼食は美味しいミンチカレーで、添え物としてカリフラワー(淡いグリーン)やネギ、アスパラガスの揚げたのや、ミニトマトがあって見映えも素敵な昼食で満足した。

斐川・荘原の「ここにあるモノ・ヒト・コトの良さに気付いてほしい。そして、お互いの距離が必要な今だからこそ、人と人との結びつきをなくしてはならない」。そうした実行委員さんたちの思いをくみ取った盛況な一日であった。

(荘原コミュニティセンターの構内に植えられたビオラの髭おやじも笑顔だったかのよう)
座らずに迷惑なこと立ち人よ [2021年06月05日(Sat)]

fumihouse-2021-06-05T15_38_39-1-thumbnail2.jpgバスで通勤している。座らずに立つ人がなぜか多い。しかも乗車口に近いところに立つものだから、邪魔でしょうがない。客の出入りを妨げて、背負ったリュックが座った客の(つまり私の)体に当たって不快で堪らない。雨が降ると濡れた傘がかさばんで車内はさらに狭くなる。なぜ立つのか? 想像してみた。

1 乗車口は入ってすぐにそこにある。奥に向かうのが面倒
2 座るより立つのが好きだ。揺れる車内で立ってトレーニング
3 座席に座ると、隣の人と身体接触があってイヤだ。話しかけられてもイヤだ
4 学校で立たされ続けてきたので慣れている
5 事故があったり緊急事態に一刻も速く脱出する
6 理由などどうでもいい。とにかく立ちたい

1と3がもっともな理由であろう。下車するときに邪魔でしょうがない。どんなに二人掛けの席で片方が空いていても座らない。私は背負うリュックをぶち当てて、失礼!と断りつつも、肩を押し当てて道を開けて進む。これでもやっぱり座らないんだろうなあ。

(紫陽花も適度な間隙があったほうが見目麗しい)
偶発を計画的にチャレンジす [2021年06月04日(Fri)]

fumihouse-2021-06-04T18_39_11-1-thumbnail2.jpg計画的偶発性理論という考え方を知った。ジョン・クランボルツ氏(スタンフォード大学教授)のキャリア理論である(東洋経済オンライン6月3日号)。計画と偶発という一見矛盾した概念が同居するのが面白い。

人が仕事のキャリアを積み上げる際に、8割までは予期しない出来事や偶然の出会いによって決定されるそうだ。すなわちそれは偶発性だ。ただ、偶然を消極的に待つのではなく積極的に行動する。目前に生じた偶然かもしれない出来事にエイヤッと乗りかえていく。するとその偶然は、もはや偶然ではない。自ら意図した計画的なキャリアアップとなるのである。

なるほど、と思う。キャリアでなくとも、運命を切り開く人は慎重に考えつつも果敢に行動する。宿命論として自らの人生を受け身となって嘆くのではなく、周辺の変化も取り入れながら諦めず前進する。根元的な価値観は大切にしながらも、自ら変化することを厭わない。新しいチャンスを生かす人生でありたい。

(花が咲くのは計画的か偶発か。きっとどちらもあり、だと思う。種が遺伝子に組み込んだ計画と、天気や気分に応じてあるがままに咲く)
笑顔とは無償の空気向上器 [2021年06月03日(Thu)]

fumihouse-2021-06-03T18_32_11-1-thumbnail2.jpg笑顔測定器があるそうだ。顧客と会う前にチェックして好感度を高める。あるいはメンタルヘルスのために自己診断用として使う。笑顔が増えれば幸福感も増す。自分によし、他人にもよし。

測定器のカメラに笑顔(ひとによっては笑顔らしきもの)を向けると、目や口の動きから度合いを判別する。笑顔度合が大となったら嬉しいだろうな。小の結果となったら落ち込むだろうか。

航空会社の客室乗務員が笑顔測定アプリを使い始めたという。笑顔で乗客との信頼感を形づくり、気品をも演出できる。コロナ禍が終息した暁には大きな力となるだろう。

マスクをつけると表情が乏しくなる。口許が抑えられて動かしにくい。見られていないせいか、口がだらしなく開いてしまうひとも多いという。笑い声だって抑制気味になる。アプリを作ったのは資生堂。笑顔が科学化された。おもしろい時代になったものだ。

(ドクダミの花は、これでも満面の笑顔で咲いたつもりなのかもしれないぞ)
気障かなあ人前に出て気に障る [2021年06月02日(Wed)]

fumihouse-2021-06-02T18_34_53-1-thumbnail2.jpg【気障】
「きざ」と読むとは知らなかった。通常は「キザ」とカタカナ書きにする。気障り(きざわり)の略だという。weblio国語辞典には3つの釈が載っている。

「1 服装や言動などが気どっていて嫌な感じをもたせること。また、そのさま」
「2 気にかかること。心配なこと。また、そのさま」
「3 不快な感じを起こさせること。また、そのさま」

元は2から始まったのであろう。生きていると様々に気に障ることがある。自分のこと、自然現象、社会の出来事。なかでも一番の障りは他人のことであろう。やがて、跳んだ格好で表れた奴がいる。本人は洒落者のつもりで高級ブランドに身を包み、仕草や話し方も決まっているつもりでも、周囲はいけ好かない。それらを3の意味で使ったと想像する。さらに一般的に気どった人を揶揄して1になったのではなかろうか。

(ガザニアが気障に咲いている、ことはない。あるがままに天真爛漫に咲く)
青天は晴天曇天雨ののち [2021年06月01日(Tue)]

fumihouse-2021-06-01T22_05_24-1-thumbnail2.jpg大河ドラマ「青天を衝け」で徳川慶喜の重臣・平岡円四郎(堤真一)が暗殺された。円四郎ロスの声がある。ネットには番組冒頭に解説で登場する徳川家康(北大路欣也)と共演して!との願いがあるという。

過激な水戸藩士の目の敵にされた円四郎。台本にはどこまであったかはしらないが、最期まで江戸弁の気っ風のよさ、爽やかであった。未練だって実直に表現した。最後の言葉は妻やす(木村佳乃)の名前であった。慶喜は悲嘆にくれた。

天狗党という過激攘夷派。対する守旧派。両者による内乱で水戸藩の人材は枯渇した。慶喜は後ろ楯を失くし孤立していったのであろう。水戸藩が保たれていたならば幕末維新は違っていたにちがいない。

(キウイの花は幕末には咲いていない。ニュージーランドの出だと思っていたが、中国原産だとか。ニュージーランドのシンボル鳥キーウィに似た、このフルーツは戦後日本に入ってきた)
夢中なり弦の響きに書き忘れ [2021年05月31日(Mon)]

fumihouse-2021-05-31T23_28_56-1-thumbnail2.jpg今夜は夢中になってギタリストをしていたら、ブログとフェイスブックの更新を忘れていた。ということで、形だけ書いている。おやすみなさい、善き眠りを!

(ヤマボウシも眠りについたことだろう)
ネガティブは悪いばかりじゃないんだよ [2021年05月30日(Sun)]

fumihouse-2021-05-30T11_07_00-1-thumbnail2.jpg精神科医で帚木(ははきぎ)氏は述べる(聖教新聞5月29日付け「危機の時代を生きる」)。

コロナ禍によって社会全体で解決策が見えない状況にあって、ネガティブ・ケイパビリティ(負の能力)が重要であると。それは、≪難しい問題に拙速な理解で解決方法を見つけた気になるのではなく、解決をいったん棚に上げ、より発展的な深い理解に至るまで、じっくり模索し続ける――そうした“中ぶらりんの状態”を持ちこたえる能力≫だという。解決が直ちに見通せない困難に耐えるために、帚木氏は「目薬」という表現を使っている。

≪「目薬」とは、他者の見守りの目です。あなたの姿を私は見ていますよ、という眼のことです。これがあれば、苦労している人は、その苦しみに耐えられるものです。
 また、「目」から棒を一本引くと「日薬」です。時間をかけるということです。何事もすぐには解決しませんが、何とかしようとしているうちに、何とかなっていくものです。
 さらに、棒を一本引けば「口薬」です。「よく頑張っておられますね」という称賛や、ねぎらいの言葉です。≫

あるときは淡々とやり過ごし、別のあるときはルーティンをたゆまずに行い、ときには羽目を外して違うことをやってみる。誉める、誉められるという友好関係を保ちつつ、健康にも留意する。そして待つ。これがネガティブ・ケイパビリティなのですな。

(アザミの花を見るのも癒しの目薬になる?)
鬱鬱を晴らす手はこれ眠ること [2021年05月29日(Sat)]

fumihouse-2021-05-29T22_10_44-1-thumbnail2.jpg脳内の炎症が鬱病の原因だとする仮説が深まっている。数値化不能で不可解な心のせいだけで、病気が発症するのではないようだ。脳という器官が炎症を患う、つまり物理的な現象が鬱病の原因となる。

炎症を起こすのはストレッサー。ストレスが高まると炎症が起きる。炎症を治療することによって鬱症状も消える例が多いという。

問診に頼りがちな鬱病の治療と投薬効果の検証を、炎症マーカーの診断がとって代わるときが来るのかもしれない。四人に一人が生涯に一度は鬱病になるという。自殺問題にも不可避の治療である。

脳内の炎症は防ぐことはできない。毎日がストレスに満ちているからだ。しかし、睡眠でもって炎症を消去することはできる。しっかり寝ておこう。眠れる時に眠る。時間が惜しいように思えても寝る。落ち込んだら眠る。そんな心がけが必要だ。

(金糸梅をたたずんで見つめるというのもストレス解消によいかもしれないが、寝るのが一番)
静寂と厳か調べセゴビアと [2021年05月28日(Fri)]

fumihouse-2021-05-28T19_52_50-1-thumbnail2.jpgバリオスの『大聖堂〜第1楽章』。静寂が響きわたるかのよう、大宇宙の静けさを一所に集めたかのような音律。夜空は確かに静寂である。だが、喧騒の前哨を醸す(ビッグバンかも)。アルペジオのメロディが満天の星空に輝く1等星のように胸を貫く。夜景に佇む聖堂も神々しいのであろう。

バリオスの『大聖堂〜第2楽章』。厳かな和音で始まる。聖なるものと日常が交錯し、柔らかに両者が掛け合う。調和は穏やかさを表すだけではない。困難の峰が待ち構えているであろう。カオスもあるであろう。聖堂の大建築を彩るステンドグラスが、言葉にできない調べに震える。

バリオスの『大聖堂〜第V楽章』。端正で落ち着いた大人のたたずまいがある。低音を響かせて穏やかに弾き始めると、高音の速いパッセージが生きてくる。ほとんどが16分音符だが、慌てる曲ではない。静かに力強く奏でるうちに速くなってくる。でも落ち着いて、静寂と深い決意を表明するのである。やがて現れるビッグバンに全魂を込めてぶち当たる。

アグスティン・バリオスは南米パラグアイの卓越したギタリスト。よいギター曲もたくさん残している。バリオスの曲には詩心があり、芳醇な響きを醸し出す。

難曲ではあるが、バリオスの『大聖堂』に挑戦中。目標はセゴビアが弾くようなバリオスにすること。生前は確執のあった両者。特にセゴビアはバリオスの演奏も曲も認めなかったという。素晴らしい曲なのに、セゴビアが弾いていたら、曲の値打ちはさらに増しただろうに残念だ。だから私がセゴビアのように大聖堂を弾く。と夢想している。

(川辺に咲くセンダンの価値を認めよ。空を飛ぶ風車のようで美なり)
空眺め皆既は怪奇快気せよ [2021年05月27日(Thu)]

fumihouse-2021-05-27T20_03_20-1-thumbnail2.jpgスーパームーンの皆既月食は見られなかった。満月ならば普通は曇っていても、月のありかくらいは分かるが、昨夜はそれすらも判別できなかった。雨降り並みの濃い曇り空であった。

欠ける前から赤銅色に染められて月食は神秘的。ましてや大きなスーパームーンならば、眺めて飽きない1時間になったと思うが残念だ。今夜は月が見えるかな? 昨夜は騒がれて気疲れがして、いくぶん痩せ細った月が見えるかもしれないな。

(月の代わりできないが、マツバギクでもどうぞ)
星空と源氏のひかり蛍かな [2021年05月26日(Wed)]

fumihouse-2021-05-26T07_41_07-1-thumbnail2.jpg蛍の季節だ。柔らかい光をゆったりと点滅させるゲンジボタル。ゆっくり飛んで幽玄の美を伝える。23日の日曜日に初めてお目見えした。星は出ていなかったが、高く飛び立つと夜空の星に同化しそうで可愛いヤツ。誰でも守ってやりたいと思う。

日本の夏が始まった。同時に長梅雨で大雨と土砂災害に注意せよと気象台。被害が出ませんように・・・。まずは今夜、皆既月食を楽しもう。

(初夏を彩るブラシの木の花)
一瞬の静寂いとう謎読み手 [2021年05月25日(Tue)]

fumihouse-2021-05-25T17_54_33-1-thumbnail2.jpg朝の通勤電車に乗っていると、新聞を読みながら体を動かしてばかりの人を見かける。そわそわと落ち着かない。

新聞を読む。広げて半分に畳んで紙面に目をこらす。10秒もたたないうちに動く。めくって次のページにいく。置くこと数秒で動く。元に戻ったり先へ進んだりと、紙面に集中する感じがなく、見出しとリードしか読まないのではないかと思う(よほどの速読術の持ち主か)。畳んで読み終わったかと思ったら、取り上げてまた開く。かなわんなぁこりゃ。

そういう輩はたいてい半分にしか畳まない。広げるたびに新聞紙と一緒に肘も広げるから、隣に座った者はたまらない。よって、混んでいても4人掛けの隣席には敬遠して誰も座らない。隣でなくとも動きが気になって、こちらが落ち着かない。かなわんなぁこりゃ。

(紫陽花がデンと咲くように、オジサンよ落ち着いてくれたまえ)
安来にてイチゴと演奏楽しんで [2021年05月24日(Mon)]

fumihouse-2021-05-24T18_36_38-1-thumbnail2.jpg安来のアルテピアでベートーヴェンの交響曲第4番と6番(田園)を聴いてきた。なかうみ交響楽団が精力的に行う連続演奏会の三回目。初めて聴いた4番は興味深かった。

序奏部は沼にはまりそうに暗いが、やがて明るく展開しエネルギーが満ちてくる。恋人たちの掛け合いを感じさせるような愛の調べもあった。イキイキと心が弾む。気分よくなって目を閉じたら、心地よい眠りに落ちたのはご愛敬。生の音楽っていいなあ。ウトウトするのも贅沢な時間だ。

終演後オープンカフェでイチゴパフェを食べた。安来は苺の産地につき、完熟した苺をふんだんに使ってある。イチゴをたっぷり張り付けて落ちこぼれそうな外観。よく熟れて甘い半切り苺を食べ進めると生クリームに覆われた大きなアイスがお目見えする。中程にシリアルが引いてある。下には乳精で混ぜ込んだ酸っぱいヨーグルト。スライスしたイチゴを容器の壁面に目一杯張りつけてある。上で食べたイチゴとは違う味わいなのがいい。苺より甘いアイスクリームを食べた後には、スライスイチゴが酸っぱく感じる。ヨーグルトにも影響を受けて、舌の感覚が変わるのも原因だろう。税込みで千円余りと高くはあるが、演奏会も含めて贅沢な価値ある時間を過ごした。
新時代アフターコロナ早く来い [2021年05月23日(Sun)]

fumihouse-2021-05-23T15_20_09-1-thumbnail2.jpg去年のきょう、「今年をA.D.元年と名付け」ると書きました。一昨年までは、before CORONAでB.C.となり、コロナ終息後はafter diseaseでA.D.。

あの当時は今年からA.D.とするつもりでしたがとんでもない。第4波と呼ばれる波は、島根にとって格別な大波です(とは言っても1日10人を越えることはめったにありませんが)。死亡者ゼロ、感染者累計数は鳥取に次いで二番目で、全国一の安全地帯と言っていいでしょう。でもこれからのことはわかりません。

between CORONAとすると、これもまたB.C.となるではありませんか。ということでB.C.は当分続きそうです。いったん変わってしまった生活様式はおいそれと元には戻らないでしょう。B.C.から、いずれはA.D.へ。時代が転換していきます。

(紫蘭が咲いています。人間界のことなんて知らんぷりです)
砂糖入れ甘さにまみれ疲れとる [2021年05月22日(Sat)]

fumihouse-2021-05-22T21_13_24-1-thumbnail2.jpg紅茶は砂糖を入れて飲む。レモンやミルクを使ったり、ストレートで飲む場合もあるが、緑茶や麦茶には砂糖を入れない。諸外国では珈琲も含めて、茶には砂糖を入れるのが普通だと聞く。オーストラリアでホームステイした時に、日本茶のティーバッグが用意されていたが、現地の皆さんは砂糖を入れたと思う。

数世紀前まで砂糖は高価だったから、上流階級が富裕であることを誇示するために砂糖をたくさん入れたそうだ。特に紅茶についてはイギリスが発祥で、甘い紅茶や珈琲は英国貴族のステータスを示した。誰でも砂糖が手に入るようになってからも、砂糖を入れる飲み方は残った。

日本料理は総じて薄味である。日本人の舌は素材が持つ旨味を感知しやすいともいう。室町時代に中国から入ったときは薬として飲んでいたわけだし、茶の湯の文化は茶の素の味わいを楽しむ。だから日本人は苦味も含めて、珈琲(この場合コーヒーより珈琲だ)や紅茶の微妙な味わいを楽しむことができるとしておこう。

食べ過ぎ飲み過ぎはよくないが、甘い飲み物、菓子類は疲れを取ってくれる。幸せな気分になれる。わたしはたいていブラックやストレートで飲むが、たまにはミルクも砂糖もたっぷり入れるのもいいな。ついでに初体験として、緑茶や麦茶に砂糖を入れて飲んでみよっと。

(砂糖をたっぷりまぶしてナガミヒナゲシを食べることはない)
ルール無視マナーではない厳罰よ [2021年05月21日(Fri)]

fumihouse-2021-05-21T18_57_52-1-thumbnail2.jpgルールとマナーは混同される。ルールとは、一定社会の構成員が守るべき規則であり、強制力がある。罰を課すこともできる。

一方でマナーは、行儀作法や流儀をさす。強制はできない筋合いだ。やれば好感をもたれて気持ちいいよ、と言える程度のことである。「マナー違反」という言葉が使われるが、筋違いだと思う。社会の規範を守れない輩に対しては、ルール違反をとがめるべきなのだ。

大相撲夏場所で大関・朝乃山が途中休場した。新コロナ感染防止対策のガイドライン(日本相撲協会のルール)に違反し、場所前に勝手に外出して接待を伴う飲食店で酒を飲んだかどで、休場を余儀なくされた。

支援者にそそのかされて、ちょっとならいいと軽率に出かけたものだろうか。少しマナーに反したかもな、程度の甘ちゃん大関に対し、協会はルールとして厳しく対処することと思う。コンプライアンス無視の大関に手を下さなかったとあっては、相撲協会は面目丸つぶれだからだ。二場所以上休場すれば大関陥落。去年あれほど横綱に近い存在であったのに、もったいないことだ。

(薔薇はルールとして咲くのか、マナーか。どちらでもない、単に自然界の摂理に従う。摂理というならルールかも)
ガム噛んで変顔もしてマスク下 [2021年05月20日(Thu)]

fumihouse-2021-05-20T18_01_28-1-thumbnail2.jpg先日、舌の筋力を高めるために咀嚼を増やすよう書いた。ガムもいい。何度も何度も噛む。噛みすぎて時々口内まで噛んで血の味ガムになるのが玉に瑕ではあるが、ガムはいい。唾液もたっぷり出て口内がきれいになる。一石二鳥だ。

マスクをしている今、変顔するのもいいそうだ。口を開ける、べろを出す、口を歪める、鼻の穴を膨らます、下唇を突き出す、鼻の下を伸ばす・・・クルマに乗ったらさっそくやってみよう。声も出したらストレス解消になるかもしれぬ。もちろん一人のときだけにしておく。

(長いまつ毛(雄しべ)が魅力的な美女柳)
ワクチンをすぐに打つかと聞かれたら [2021年05月19日(Wed)]

fumihouse-2021-05-19T16_41_49-1-thumbnail2.jpg新コロナワクチンの対象でない者が、接種抜け駆けをしたと騒がれている。先日はどこそこの市で、選に漏れた民間企業会長夫妻に特別に接種させようとしたかどで非難の合唱が起こり、市当局は謝罪して取り消した。寄付など貢献著しい民間企業。法人税もたくさん納めているだろう。恩に着せてもっと貢献してもらおうという腹づもりは悪くないと思う。市長の裁量の範囲である。

対象年齢以下の首長や当局幹部が接種するのはどうか。島根・雲南市長や副市長が優先接種を受けて非難されている。雲南病院の設置者として出入りがあると理由を述べても世間は納得していない。

茨城県の町ではキャンセル分を埋めるために町長や副町長、教育長、役場の看護師や保健師が接種を受けて反省を迫られた。兵庫の町でも町幹部が受けて非難されている。まだ接種を受けていない高齢者などへの配慮が足りなかったと皆さん頭を下げた(一部強弁する者もいるが)。

ワクチンの供給が進まないことや、予約システムが悪いことへのフラストレーションがあるのは間違いない。ただ、誰もがこの数ヵ月のうちに受けるはずのものなのだ。一方でマスコミは予約者が現れなかったり、温度管理の不備で廃棄したというケースにも鋭い言説を浴びせる。マッチポンプはよろしくない。

優先接種、めくじら立てることか? とわたしは思う。かといって矢面に立たされたとしたら、平身低頭するだろうとも思う。ならば、ルールを決めておけばよい。ワクチンが余りそうになったら、会場の周辺で、あらかじめ登録した人や事業所(公的機関含む)に声をかけて早いもの順で接種する。文句言うなよ!と。

(ミカンの花は文句を言わない)
暗黙に数の知高めボケ予防 [2021年05月18日(Tue)]

fumihouse-2021-05-18T18_32_10-1-thumbnail2.jpgドラマ『ドラゴン桜』で桜木(阿部寛)が、算数の不得意は小学二年生に始まる、基礎計算を徹底して励み、数の暗黙知を獲得せよと、スパルタトレーニングを始めた。

わたしも高校から数学の苦手意識が強くなった。暗算が遅い、位取りを間違えてケアレスミスをする。数の暗黙知が足らなかったのだと今になって思う。年を取ると頭が鈍くなるだけでなく、パソコンに計算させることの多いこと。さらに鈍ってしまうのも無理はない。

遅いけど取り組もう。まずはクルマのナンバーを4つ足す、掛ける。さらにメイクテンという遊びがある。ナンバープレートに書かれた4桁の数字を四則計算で操作して10をつくるというものだ。少しは頭がすっきりするだろうよ。

(数の暗黙知が高まると、無数に咲いて見えるラベンダーの花の数を当てることができるかもしれない)
開けるなよ口は閉じてが体に良し [2021年05月17日(Mon)]

fumihouse-2021-05-17T18_16_11-1-thumbnail2.jpgマスクを掛け続けると呼吸が苦しくなることがある。中央部(下唇の前にある)の針金をグイッと曲げて唇との隙間を開ける。それでも暑苦しいときは、しばし外す。もちろんしゃべらない。苦しく思っても口呼吸はしない。口呼吸は良くないと聞くからだ。鼻の空気清浄機能が生かせず、病原体をいとも簡単に体に取り込む。

だいたい口半開きは間抜けに見える。半開きで様になるのはモデルさんだけだと思う。ところが、口呼吸のリスクを犯してしまうのは何故か。舌の筋力が低下しているのが原因らしい。

筋力が落ちると、卵3個分もの重みがある舌を支えられなくなって、重みで口が自然と開いてしまうのだそうだ。舌の筋力の低下は咀嚼回数が減ったことに多くの理由があるとされ、噛めばかむほど舌は鍛えられるのに、現代人は柔らかい物を好み、早食い傾向にあるから、ますます咀嚼が減る。

さらに、マスクで口元が隠れたために、会話の中で表情を作る必要がなくなっている。舌の筋力は鍛えられないでいると。習慣化すると怖いことになるぞ。

さて、今夜から咀嚼回数最低20回を目指す。咀嚼中に食べ物を追加して口に放り込むことをせずに、咀嚼して飲み込む、そして箸を口に運ぶ。そうすれば回数を稼げるに違いない。

(どこか舌を想像させる豆の花)
カメラにて過去の姿を確かめて [2021年05月16日(Sun)]

fumihouse-2021-05-16T21_00_24-1-thumbnail2.jpg職場の監視カメラ(近頃は安心カメラという呼び名もあるらしい)を確認する機会があった。小さな子を預かるこども園では、犯罪抑止のためも含めて、各所の状態を確認するには不可欠のものである。

目的の場所に設置されたカメラに目指す日時を指定して映像を確認する。職員が行き来し、子どもが遊び始めた。当たり前のことであるが、過去の一時を切り取った映像である。その時間は過ぎ去って、いまは存在しない。不思議な感覚があった。

十年、二十年経つとこの映像が残っていたとしても、誰が誰だかわからなくなるだろう。さらに百年も経てば歴史的な資料となる、一世紀前の保育の現場ということで。大きく変わっているに違いない。

過去は帰らない。未来は現在に、厳正はたちまちに過去に変わって戻らない。いまを大切にしよう。

(この菜の花はすでに終わってしまった)
さん付けてホントに敬意表すか [2021年05月15日(Sat)]

fumihouse-2021-05-15T18_27_04-1-thumbnail2.jpg女優の上白石萌歌が、自身大ファンであるバンド「スピッツ」に対して、さん付けしなかったということで賛否両論があったようだ。

「スピッツさん」ではなく「スピッツ」。上白石を非難する者は、呼び捨て呼ばわりがよろしくないと苦言を呈する。当のスピッツは「スピッツさん」と呼ばれるのが嫌なようで、上白石はそこを承知の上でそう発言したのだろうと好感を持つ者もいる。

今やバンド名だけではない。自治体の会議でも多くはさん付けをしていた。東京都さんとか、大阪市さんと呼ぶのである。わたしは嫌いだったから、東京都の方とか、大阪市の○○さんと、出席者本人に対して敬称を付けていた。地図にもさん付けが登場している。当店を示すために、セブンイレブンさんとか、農協さんと記すのである。わたしは馬鹿馬鹿しく思う。

プロ野球選手に対して放送の際に、あるいは新聞紙上でさん付けするのと同じだからである。彼らが尊厳ある一人の人間であることは間違いないが、プロ野球の世界にあっては記号であり、固有名詞である。記事や映像でそのプレーを報じるときに、さん付けは不自然で気持ち悪い。

専門とする活動以外で記事に取り上げる場合は、個人名にさんを付けることには反対しないし、対談するときに相手を呼び捨てにすることはむしろ乱暴である。その場合もグループ名はさん付けしないほうが、わたしには自然体に思える。尊敬を表現するならば、敬語をちゃんと使い、内容にも気を遣えばよろしい。

これはどのプロ選手にも言えることであり、歌手にも商店名にも自治体名にも同様のことなのだ。丁寧に言っておけば、とりあえず非難されなくてすむという安全パイの考え方は安易だ。

不必要なまでに丁寧に言葉を飾りたくる。さん付けだけではなく、「させていただく」を連発する人もそうした意識を持つのだろう。テレビのトークでも、そのオンパレードで辟易してしまう。炎上や各種のハラスメントを避ける工夫かもしれないが、使いすぎは言葉の美を損ねる。

言葉は生きている。世に連れて移り変わるものではあるが、美しく使いたいものである。

(シラーもそれなりに美しく咲いている)
雨降って記録はいらぬ梅雨入りか [2021年05月14日(Fri)]

fumihouse-2021-05-14T18_50_04-1-thumbnail2.jpg気象庁が発表した1か月予報によると、記録的に早く梅雨入りするということだ。太平洋にある夏の高気圧が強まって、梅雨前線を押し上げて、本州付近に前線が停滞して雨が増える。五月晴れにはとんとお目にかけれなくなってしまうのだ。

きょうの予報は晴れであったが、どんよりと曇る時間が多かった。しかも風が湿って、風薫る季節とはほど遠い。花が爛漫と陽光のもと咲き誇る季節をもっと楽しみたかった。

明日から雨の予報。日曜日から火曜日にかけては局地的に大雨の恐れがあるという。そのまま梅雨入りか? 梅雨前線が停滞したら、気分まで日々のあれこれまで停滞してはいけないよ。

(雨が降るとクチナシの香りはどうなるのだろう)
走馬灯影絵くるくる回ってく [2021年05月13日(Thu)]

fumihouse-2021-05-13T20_12_01-1-thumbnail2.jpg【走馬灯】
走馬灯のように脳裏を思い出が駆け巡る、と形容される。ウソである。臨終に臨んで、もしくは危急に及んで人生の情景が一瞬にして反芻されるとも言われるが、死に際に立ったことがないから、それがウソというのではない。比喩として走馬灯を持ち出したことが、そもそも誤りだと思う。

走馬灯は、内枠の影絵が回転して外枠に映るよう細工されているが、絵は単純そのものである。馬などの動くものの影が駆け回るように回転するだけだ。頭の中を駆け巡る記憶を例えたというが、記憶は単純に一様ではない。走馬灯では例えに無理がある。今で言えば、YouTubeの映像ようにと表現したほうが実体に合っている。

ただ、駆け回る影絵がロマンチックで、走馬灯という言葉の響きもよい。だから人口に膾炙するうちに慣用句となっていったのかもしれない。まんざら悪くない言葉だ。

(春は走馬灯のように駆け下り、梅雨は目前にある。白いモッコウバラもすでに終わった)
儲けたり損なったりして悲喜の相 [2021年05月12日(Wed)]

fumihouse-2021-05-12T16_19_23-1-thumbnail2.jpgトヨタ自動車が儲けている。新コロナの影響で大打撃を受けたが、アメリカや中国の需要が持ち直し、販売を回復させた。決算では最終利益が2兆円を超えるという。

一方で、日産自動車や三菱自動車は振るわず、大きな赤字を出している。続いていた販売不振に加えて感染拡大による落ち込みは痛い。日産の場合は、疫病神ではあったがゴーンが逃げてしまったのは、意外にツキまで逃がしてしまったのかもしれない。

巣ごもり需要で好景気にわく業界がある一方で、苦悩の縁に沈む業種もある。同じ業界でも百人百様。悲喜こもごもの物語が生まれている。多くの企業や法人がこの苦境を脱してくれるよう願っている。

(野外に出ると春の匂いが充満している。スダジイの花の匂いが鼻の奥を圧するが、このころに満開を迎えるのが紅うつぎ)
気を留めノマドの民よ永遠に [2021年05月11日(Tue)]

fumihouse-2021-05-11T18_38_34-1-thumbnail2.jpg放浪の民がノマド。ノマドランドの主たちは、高齢者で不景気によって住み慣れた地を離れざるをえず、車上にすべてを詰めこんで、日雇い仕事で糊口をしのぐ。金獅子賞受賞の映画『ノマドランド』はそうした生活を描き取る。

解雇故に自宅を手放さざるをえなくなった結果の放浪は哀しくはあるが、助け合いの緩いネットワークがある。主人公ファーンはすでに定住を求めなくなっていた。ファーンが気持ちを許した男がノマドを止めて家族の元に帰った。彼から家族に迎え入れたいと申し入れがあった。彼女も心地よく家族の一員として何日か過ごしたにもかかわらず、突然に出奔する。もう定住はしないと決めていたのだろう。

彼女の故郷は結婚して夫と住んだネバダの鉱山の町。産業が失くなり誰も住まなくなった町。亡夫と過ごした思い出の廃屋で気持ちを確かめる。困難は多くとも、死ぬまで車上で放浪生活を続けることに決めたのだ。

静謐で美しく広いアメリカ大陸の景色、その環境に見合った美しい音楽。心地よさにうとうとしたのは、昨夜の夜更かしのせいかもしれない。たぶん私はノマドに同調できなかった。だから眠ってしまったのかもしれない。故郷や定住を大事に思って住み続けるか、その地に魂魄は留めてもともかく捨てて放浪の旅に出るのか。故郷に対する気持ちは人それぞれだ。

(ノマドランドには、こんなに絢爛な芍薬は咲かないだろう)
基礎練は美しく弾く基本なり [2021年05月10日(Mon)]

fumihouse-2021-05-10T18_37_00-1-thumbnail2.jpgギターの基礎練習、略して基礎レン。嫌う人は比較的多いが、わたしは好きだ。単調にみえてギターの音色の深さがよく分かる。なによりも、続けるほどに上達が目にみえるのが嬉しい。ギタリストの鈴木大介氏がブログでこう述べている(「僕はなんで基礎練習ばかりし続けているのか」2020年4月18日)。

≪ギターを演奏するテクノロジーは遥かに進化しましたし、楽器も格段に弾きやすく鳴りやすくなっていますから、昔のような練習は必要がないのかもしれません。
 ではなぜ僕が基礎練習をし続けるかというと、やはり昔のギタリストの様式に、より強い憧れを感じるからです(中略)アンドレス・セゴビアの絶頂期は60代でしたし、ナルシソ・イエペスも最晩年まで研鑽を積んで変化し続けていました。
(中略)
 基礎練習より曲の練習に時間をかけるべきだという意見もあります。曲から難しい場所を抽出して基礎練習に役立てることもできます。
 しかしながら、スケールやタッチ、左手の動きの正確さ、そして脱力と単純なことに秀でていれば、演奏は格段によく聴こえるようになります≫と、嬉しいことをおっしゃる。

こんなエピソードも記されている。アイスダンスショーで、あるプロスケーターが≪突出してスケーティングが美し≫かった。≪彼女はただ滑っているだけでちょっと尋常ではない美しさだった≫というのである。これは余程基礎の滑りを重ねて修練した技なのだろう。規定演技というのは失くなったが、スケーティングの甲乙を判定した。跳んでなんぼ、回転してなんぼの現在の得点構成では出てこない、美しさという目盛り。そんなスケーターは立っただけでも佇まいが絵になるに違いない。

≪やはり、演奏家であるからには、それぞれの人が持っている技量の美しさや音色の素晴らしさを伝えたいもの。ですから、その人が弾いたら何を弾いたって美しい、というサウンドの高級感、というか、スペシャルさを突き詰めるのが僕の基礎練習の目的です≫

さあ、基礎練習を続けよう。でも曲も暗譜して演奏手順を頭に入れなければ、新しい曲は弾けない。こちらもゆるがせにはできない。

(優美なクレマチス。絵のようにある宅の庭を飾っていた)
人混みにマスク防御で風邪引かず [2021年05月09日(Sun)]

fumihouse-2021-05-09T09_38_21-1-thumbnail2.jpg大型連休明けには体調を崩すことが多かったと思います。年度末や新年度早々の仕事で疲れがたまったところに、連休で羽を伸ばした反動も出て風邪をひくのでする。わたしもかつてはそうでした。咳が怒涛に喉を苦しめ、鼻水がだらだら流れてマスクを濡らす。内科や総合診療科の医師に聞いて、風邪の原因になる行動を集約したそうです。

1位/人混み 2位/疲れと強いストレス 3位/乾燥した環境 4位/手洗いしない 5位/睡眠不足

普段から疲れがたまっているところへ、人混みに出て誰かからウイルスをもらう。友人と大騒ぎして病原体を撒き散らす。マスクは付けず、手洗いや消毒はしないでしょうから、感染症を患うのは当然のことです。

コロナ禍にあって人混みを避けたり、雑踏に出たとしてもマスクで防御するようになりました。普通の感染症で受診するケースが減ったと聞きます。日本人は平均して年4回くらい風邪をひくと言われていましたから大違いです。

かつては発症者の飛沫を防ぐ制御効果はあっても、受ける方の防御効果はエビデンスがないと言われましたが、この一年で防御できると十分検証されました。それでもCOVID-19の変異種は感染力が強い。油断するとたちまちやられます。感染注意のダブルチェックです。

(タンポポの穂が風に飛ばされて種を広げる。これは感染ではない)
ついたちの気持ち保って喜ばし [2021年05月08日(Sat)]

fumihouse-2021-05-08T10_12_11-1-thumbnail2.jpg月の初日を「ついたち」と言う。ふつか、みっかと続くのに何故か。「月が立つ=つきたち」から転じたそうな。旧暦で新月の日にその月は始まる。月が無い状態から少しずつ大きくなって満月に向かって明るくなる。月が夜間照明として重要だったその昔には、月が立つ喜ばしい日ととらえたのであろう。

五月ついたちは過ぎてもう8日。大型連休はあれよというまに慌ただしく過ぎていった。忙しい毎日であっても、「ついたち」だと思って心新たに出発すれば新鮮味のある生活となるが、そうは問屋が卸さない。せめて本物の月でも眺めて、ゆるりとしやようじゃないか。

きょうは月齢が26。あと4日で新月となる。月が立つ。
余韻あり白か黒とウイルスは [2021年05月07日(Fri)]

fumihouse-2021-05-07T07_36_02-1-thumbnail2.jpg大型連休の余韻にまだ浸っています。終わって残念です。外出はしたし、外食もしましたが、マスクは極力外さず、食事中も口が動いていないときは掛けたままでした。感染のリスクは最小限にしたつもりですが、感染力の強い変異種とやら、付け入れられてはいけません。自分は大丈夫と思うなかれ。

密閉は隙間なく閉じられた環境にあり、密集は隙間なく人が集まっており、密接は隙間なくくっついている。3密とは、いずれも人間同士が高密度の状態にあります。去年までは連休帰省を控えた単身赴任者が、今年はそれをやって家族に感染させたという例もあるようです。外で感染したりさせたりするのはある面偶発的ですが、家庭内では警戒が緩む。よって3条件を満たしやすい。見えない敵を相手にするのは苦しいことですね。

ウイルスは秘かに忍び寄り人の体に宿ります。難敵に英知で挑むときは今です。ワクチン接種が未だに人口の1%に満たない現状では、当面安心した生活はできないでしょう。変異種に対して効果があるかどうかという問題もあります。英知とは忍耐の同義、今はそう言えると思います。

(島根県の農業関係者の英知が産み出した、アジサイ万華鏡)
炎天下溶けてギターの壊すまい [2021年05月06日(Thu)]

fumihouse-2021-05-06T18_19_16-1-thumbnail2.jpg炎天下の自動車内にギターを置き去りにするのは致命的である。接着剤や塗装が溶けて、ときにはバラバラになる。そんな悲劇には遇いたくない。最高気温が24、25℃にまで上がるようになったこの時季、そろそろ心配だ。

何か目安があったら教えて、とファナ店長氏に以前尋ねたら、40度を超えたあたりから要注意だと。閉めきった車内はあれよというまに温度が上がる。直射日光が当たる座席よりは、トランクの中が安全なようだが注意せねばなるまい。

それにしても半袖で過ごしたくなることが、まだない。日中外に出れば直射を浴びてそんな気になることもあるが、室内では長袖が適当である。湿度が低めであることと、風が強いことが原因だろうか。いずれにせよ、酷暑は必ずやってくる。覚悟しとこうか。

(ギターを優しく覆って熱さをしのがせたくなるような布地)
名器なり名工冴えてオリベさん [2021年05月05日(Wed)]

fumihouse-2021-05-05T16_41_14-1-thumbnail2.jpgわたしの愛器、ホセ・オリベ(カリダッド・スプレマ/米国製)がいい音を出す。2年ほど前にファナ大阪で購入した。透明感のある甘い音であることに加えて、芯のある強い音にも感じ入っている。低音から高音に至るまでバランスのとれたクラシックギターだ。わたしが、さらに良い音を引き出したいとメールで述べると、店長はこうおっしゃる。「求めると得られます」と返信があった。まるで、求めよさらば与えられん、と福音書の如し。

いい音が出る条件は大ざっぱに言って三つある(わたしの分類で)。弦も含めて楽器が良品であること、右手のタッチが研ぎ澄まされていること、左手指が確実にフレットを捉えていること、この三つである。

どんなに楽器が良くても、右手指の爪の磨きが悪かったり、左手指の押さえが甘くては良い音からは遠い。ギターの良さを引き出すためにも丁寧にかつ、しっかり弾き込んでやる。

待つだけでは良い音は降ってこない。懸命な鍛練が実を結ぶまで努力が必要だ。終わりはない。ひたむきさがなくてはならない。音を求め、練習を重ねる。こんな音を出したいとイメージすることも大事で、貪欲さを忘れてはならない。そのためにも誰かに聴いてもらおう。失敗したとしても再び挑む。

力をできるだけ少なく使って弾けるようにすると益々楽しくなりますよ、と店長氏。曲の途中でヘトヘトになるようじゃあいけないね。フワッと軽やかに素早く手指が動くようきょうも一歩ずつ進む。名器にふさわしい腕を持たねばなるまい。

(垣根の薔薇のように朗らかに演奏しよう)
オフィシャルに髭の男の歌いだす [2021年05月04日(Tue)]

fumihouse-2021-05-04T20_05_17-1-thumbnail2.jpgOffical髭男dismの歌『I LOVE...』を聴いて、その色彩感に唸った。

♪ 高まる愛の中 変わる心情の中
  燦然と輝く姿は
  まるで水槽の中に飛び込んで
  溶けた絵の具みたいな
  イレギュラー♪

水槽に溶ける絵の具。なるほど、様子を想像することはできる、しかしそんな表現をするなんて思いもよらない。透明な水槽の水にパレットから筆でとった絵の具を垂らす。水に付けてシャカシャカすると面白みはない。垂らして水の流れのままに色が渦を巻いたり水深くに落とし込んだりして広がっていくのを楽しみたい。色は何だろう。黄と紫か、赤と白もほしい。

「水槽の中に飛び込んで溶けた絵の具」と絵の具を能動的に扱っている。こりゃ大事件だ。絵の具が意思をもっている。絵の具は思いのままにうねって沈んで浮かんで、好みの色彩を描き出す。

Offical髭男dism・・・やるねっ。スゴいよ! 島根大学と松江高専出身の四人組。さらに健闘を祈る。

(Offical髭男dismの歌は、風に飛び込んで揺れる小手鞠のようにして響き渡る)
おしゃれするどこかへ誰かと出かけたし [2021年05月03日(Mon)]

fumihouse-2021-05-03T20_12_55-1-thumbnail2.jpg通販フェリシモの通販誌Live in Comfortは、冒頭に記す。

 おしゃれは
   どこかに
  連れていってくれる。

そうだね。おしゃれ大事だ。おしゃれしてどこかに出かける。出かけて人前に出るには、まずおしゃれ。自分が恥ずかしくないようにして、それがおしゃれ。いや違うな。何かするためにおしゃれするんじゃなくて、おしゃれしたから自分は動かされる。おしゃれが先か、目的が先か。ふつうは目的物が前に立つが、おしゃれは際もの。流行に応じて、気分に乗じて私を、どこかに連れていってくれる。

(黄色の服でおしゃれして出かけようか。その前に衣替えをしないとね)
セロトニンたっぷり出して勝ち誇れ [2021年05月02日(Sun)]

fumihouse-2021-05-02T22_07_52-1-thumbnail2.jpgうまくいく秘訣は何だろう。運がいいこと、素直で誠実であること、愛嬌があること、とわたしは思う。運がいいかどうかは自分では決められない? そう思うなかれ。自分はついていると思えばよい。

脳科学者の中野信子氏は言う。精神を安定させるセロトニンを放出させよう、楽観的に将来に向かっていこうと。そうだ、天気や目の前に起こったことには意味はないと思おう。というか、こちらの責任ではない。雨男だ女だとか言って、意味を付加してしまうのは人間の性というものだ。

強いポーズとストレスホルモンであるコルチゾールの値が下がる。すると海馬の働きが弱まって記憶力も低下する。男性ホルモンの分泌が減って、勝負への意欲が落ちると。そうだ、胸を張って立つ、遠く1キロ先を見据えるつもりで歩くんだ。

三日坊主であっても繰り返せば3週間たつと脳内でシナプスがつながって習慣化できるとも中野氏は述べる。弱気になってはならないと。そうだ、二日目に挫けてもまた繰り返せばよい。何度もやるんだ。強気でいけ。

(松江城に咲く雪が積もったように見えるヒトツバタゴ。別名はナンジャモンジャ。強気で満開を迎えた)
お元気で苦楽をともに気を楽に [2021年05月01日(Sat)]

fumihouse-2021-05-01T20_47_12-1-thumbnail2.jpgみなさん、元気でやっていますか?
風薫る五月です。
新緑みなぎる五月です。
新生活に入った人。もう慣れましたか?
気苦労も多いことでしょう。
どうぞご自愛ください。
五月病という言葉は聞かれなくなりました。
今は年中、その恐れがあります。
完璧は求めずに、気を楽にしていきましょうぞ。
禍福は糾える縄の如し。
苦楽ともに思い合わせてまいりましょう。

(漲る新緑の象徴はツツジだと思う。躑躅の乱舞をもって春は完成する)
浸かる湯に宇宙大なり玉手箱 [2021年04月30日(Fri)]

fumihouse-2021-04-30T18_20_09-1-thumbnail2.jpg温泉につかりながら考えた。
お湯が波となってひたひたと身体に寄せる。
人体の半分以上は水でできている。
太古の海に人間の原初はある。
人は波に漂う。人は波で出来ている。
声は音の波。
心を伝え、生きるよすがとなり、歌曲を奏でる。
音楽は全てが音の波。
波長の異なりで音の高低を生む。
波の強弱と拍動で心の扉を叩く。
心は揺らぎ、波となって宇宙を漂う。
宇宙と一体となったと感じられるとき、
人は何ものにも崩されない境地に至る。
ほんの一瞬であろうとも生きててよかったと思える。
波が機縁となって人は力強く生き抜く。
波とは感動である。

(チューリップもまた大自然と伴に、すなわち宇宙と一体となって花咲く。水分含有率はどのくらいだろうか)
若葉色露天の風呂に浸かる夕 [2021年04月29日(Thu)]

fumihouse-2021-04-29T16_53_15-1-thumbnail2.jpg露天風呂に入る。特に夕刻はいい。眼鏡を外すと温かい湯が全身を覆い、ほのかな湯気が視界を覆って、目の疲れを取り去ってくれる気がする(錯覚だと思うが)。

鶯や四十雀などが鳴いている。湯が流れ滴り落ちる音がある。時間がゆっくり流れていく。穏やかな空気が辺りを満たす。夕陽が春もみじを柔らかく照らしている。山は萌えて新緑が乱舞する。浅黄色、若葉色、若芽色、若竹色、珊瑚色、撫子色、色とりどりで見て飽きない。針葉樹ですら夕陽に当てられて千変万化の様相がある。楽しい季節がやってきた。

(露天風呂の脇にこんな野大根が咲いているといい)
ゆとりもち文を練ろうや車中人 [2021年04月28日(Wed)]

fumihouse-2021-04-28T18_54_06-1-thumbnail2.jpg文章はゆとりがないと書けない。ゆとりは作り出すものではあるけれど、日常はあたふたと過ぎていく。昔から三上と言われる。馬上・枕上・厠上は文の構想を練るのに適しているという。

現代に当てはめると、馬上は電車、もしくは駐車したクルマの中。バスは不規則に揺れて停車も多いから適さない。停車したクルマなら好きなだけ書ける。電車は最適。揺れにまかせて書くも自由、眠るのも自在。

枕上は眠りにつく前、もしくは目覚めてまどろんでいるとき。特に目覚めには思わぬ着想が浮かぶことがある。ただしメモを残しておかないと、どんなに素晴らしいと思っていたとしても忘れる。これは体験から言えること。

厠上は洋式便座に座っているとき。冷たくてはリラックスできない。温かい便座で、ついでにウォッシュレットが望ましい。沈思黙考、少しいきむ(過ぎると脳梗塞の恐れがある)。アイデアをメモ出しし、構想を広げるのにふさわしい環境である。だが長くなる。家人からの非難は不可避。

いずれにせよ、環境を少し変えてみることでいろんなことを思いつく。幸いにこの四月から電車通勤となった。転職先の新しい職場では悪戦苦闘の毎日であるが、電車に乗って着想を生み、休養に努めたい。さて電車の時間だ。

(藤色の甘き香なりゆとりかな)
村八分今や一分も残らぬよ [2021年04月27日(Tue)]

fumihouse-2021-04-27T18_58_24-1-thumbnail2.jpg【村八分】
村落にあって、集団の秩序に従わない者への制裁である。構成員が共謀的に交際を絶つ。現代では地域社会から特定の住民を排除したり、集団から特定の者を仲間はずれにすることも意味する。古くからの人権侵害の典型とされる。

十分の八は交流を絶ち、残す二分は葬儀と火事である。死体が放置されると腐臭は耐え難い。伝染病の恐れもある。切羽詰まる家族を助ける意味もあろう。火事も類焼する恐れがある。最小限これだけは助けるが、あとは知らんぷりというのが村八分。残り八分は成人式、結婚式、出産、病気の世話、新改築の手伝い、水害時の世話、年忌法要、旅行であるとWikipediaには書いてある。

八分のうち地域社会の協力で執り行われるものがどれだけあるだろうか。行政など公的機関のサービスや事業者に委託して行うものばかりだ。親族は参加しても地域の人々の参加する行事はない。すなわち現代は、地域社会と各家庭を明快に分ける時代となったのだ。昔と今は大いに異なる。

旧世界の集団イジメと思うかもしれないが、今でも残存している。多くは理不尽な集団圧力である。そんな不正を廃していくためにも、正義の主張をすることを恐れてはならないし、悪に同調してもいけないと思う。差別される立場になったとしたら毅然と反論する勇気も必要かもしれない。人間の本質は昔も今も大差ない。

(ウマノアシガタが春の太陽を浴びて輝いている)
宇宙にて星の人なり成果あれ [2021年04月26日(Mon)]

fumihouse-2021-04-26T12_38_36-1-thumbnail2.jpg【星】
澄んだ夜空に満天の星。春は霞みがちではあるが、暖かくなって星空を眺めたくなる季節になった。星は晶と生から出来ている。晶は星々の象形であり、生は草木が地上に伸びる形から清みきった光を放つ星の意味ができた。

星出彰彦さん。文字どおり名前から生まれたような日本人宇宙飛行士。三度目の宇宙飛行により、国際宇宙ステーションに到着した。星出さんは出迎えた野口聡一さんと笑顔で抱き合い、「メンバー一丸となってミッションを果たしたい」と語ったという。半年間の宇宙での滞在。無事と成果の多からんことを祈る。
くうを切りそらからうつろ仮姿 [2021年04月24日(Sat)]

fumihouse-2021-04-24T08_11_43-1-thumbnail2.jpg【空あり】
大都会では空が見えない。だから高層ビルに上って青空を存分に眺めよう、という意味ではない。「空きあり」である。駐車場に空きがありますよ、どうぞ借りてくださいね、と小さな駐車場の主がアピールしている。乗用車にして6、7台が入る程度、狭くて砂利を敷いた駐車場である。家一軒分、おそらく主がいなくなった古い家を取り壊して造成したものであろう。

【空】とは、「くう」なり、「うつろ」なり。何もないように見えても、かつては家族の団欒があったにちがいない。大空のもと当たり前だと思っていた家族のつながりが、やがて空を切るようになって、空をつかむように実体が失くなっていく。すべてのものごとは永遠ではなく仮の姿であることを忘れてはならない。今を大事にしよう。

(かつてはこの家の狭い庭にも、こんな隠岐シャクナゲが咲いていたかもしれないな)
ものがなく心も亡くしてんやわや [2021年04月23日(Fri)]

fumihouse-2021-04-23T08_14_22-1-thumbnail2.jpgものが失くなる。ここに置いたはずなのに、ない。パソコンのファイルが見つからない。あのフォルダに入れたはずなのにない。あちこち探すのだが、ない。検索してもヒットしない。

整理が下手なことにげんなりする。むしゃくしゃする。誰かに尋ねてみると、あるある、目の前にある。探したはずのところにある。視界に入ってなかった、色が変わったり目先の違いに気がつかなかったことも多い。おまえの目は節穴かと叱っても詮ないことだ。

置いたはずのところから移動させたことを忘れていた、大事にするがゆえである。パソコンは名前の似たフォルダに入っていた。構成が頭に入っていないがゆえである。

新しい環境ではそうなりがちだ。忙しさが極まってもそうなりがちだ。余裕がない。では余裕をつくるしかないな。

(柔らかな新緑を眺めて、気持ちを癒すことにするよ)
呼び出し音電子の声で世論聞く [2021年04月22日(Thu)]

fumihouse-2021-04-22T19_18_44-1-thumbnail2.jpg平日昼間、固定電話の呼び出し音が鳴った。女性の合成音でゆっくりと読み進む。世論調査である。

1 菅内閣を支持するかどうか。
2 衆議院選挙が秋にも予定されるが関心あるか。
3 解散された場合どの候補に投票するか、あるいは好感もっているか。
4 比例代表選挙で投票する政党はどれか。
5 回答者の性別と年代、職業。

先日、松江と出雲で市長選挙、市議会議員選挙があったばかりだが、遅くとも秋には衆議院選挙がある。その前哨戦としての補欠選挙が各地で戦われている。新コロナ対策も大詰め。安定した政治体制が今は不可欠である。大きな冒険はできまい。

(大麦の穂が揺れている。もう一週間もすると黄金に輝いて風になびくようになる)
手を入れて魔法のポケットあれこれと [2021年04月21日(Wed)]

fumihouse-2021-04-21T19_30_22-1-thumbnail2.jpgポケットからはいろんな物が出てくる。上着やベスト、コート、パンツのポケットには残された物があれこれとある。思い出の品もあるが、ゴミが多い。ガムの包み紙、噛みカスを包んで丸めた物、いらなくなったメモ、輪ゴム、レシート類、スペアのボタンが入った上着もある。

ありがちなのが探し物。ないないと騒いで鞄や心当たりの場所を探しぬいたつもりだが見つからず、諦めてしまった物がある。ひょっこりポケットから出てくることがある。以前、皮手袋が失くなって家中を探したが(誇張)、見つからず諦めた。翌冬にクリーニングに出していたコートのポケットから、丸まったその手袋が出てきたことがある。整理能力のなさにあきれてしまう。

ドラえもんのポケットからはすごい物が出てくるが、わたしのそれからは大したモノは出てこない。出てくるとすれば、悔悟の塊。せいぜい懐古にふける一時の代物にすぎない。

(僕の場合、ポケットから干からびたシャガの花が出てくるかもしれないぞ)
あたふたは余裕のありやなしなのか [2021年04月20日(Tue)]

fumihouse-2021-04-20T20_36_14-1-thumbnail2.jpg【あたふた】
落ち着かず慌てている様子である。寝坊したので準備そこそこにあたふたと出かけた、てなふうに使う。大騒ぎと説明する辞書もあるが、どちらかというとパニクって言葉少なの印象をもつ。騒ぐのはまだ余裕ある証拠。語源は、「慌て」が変化して「あた」+「ふためく」を略して「ふた」の合成であるという。

きょうはあたふたの1日であった。具体は書かないが、思うにまかせぬことに翻弄された。ばたばたと予定が狂い、自分のコントロールの範囲を越えていく。それでも辛抱強く人の話を聞いた。話すときには雄弁だった。でも冗談を飛ばす余裕は全くなかった。それでも今こうして書いている。これも余裕のうちかいな。

(山吹の黄の色よ。みんなを元気にしてくれたまえ)
健闘を祈る母なり謝する人 [2021年04月19日(Mon)]

fumihouse-2021-04-19T18_31_59-1-thumbnail2.jpg誰かを送り出すときに「健闘を祈る」と言う。このフレーズは、誰に何をどのように祈ることを意味するのか? 身も蓋もない言い方をすれば、単に頑張って!を言い替えたに過ぎない。

本当に祈る人は、祈り続ける。相手のことを思い続けて忘れない。相手の行く道が順調であることを願い、折に触れて相手の動向を気にしている。あるときは励ましの言葉を送り、差し入れすることだってあるだろう。まさに母の祈りである。我が子の幸せを祈る慈母の行動であろうかと思う。恋人同士でもなかなかそうはいくまい。

時には緊迫した祈りがあるだろう。母の愛はお手軽な祈りではない。だから上手くいっているようで、何か叶っているように見えても、棚からぼた餅にすぎないと考えて心を引き締める。

叶ってしまったらそれでお仕舞いか? いや母は感謝の祈りを忘れない。お礼参りとは本来そうしたもので、巷間ではヤクザな世界に変じてしまったが、心から謝してお礼の言葉を向ける。母の祈りは永遠である。そして尊い。

(母は鮮やかなツツジを眺めてもまた、感謝を忘れない)
蔓延の前に防げや抑えたし [2021年04月18日(Sun)]

fumihouse-2021-04-18T19_00_49-1-thumbnail2.jpgヒタヒタと押し寄せてくる。蔓延防止等重点措置が、神奈川、埼玉、千葉、愛知に追加されたことで従来の東京、宮城、大阪、京都、兵庫、沖縄と合わせて10都府県となった。第4波を押さえ込めるか否かの正念場だが、大阪は千人を連日越えて東京も後を追う。

変異株の陽性者はジリジリと増え続ける。英国型の変異株は感染力が強く、重症化するのも早い。下手すると日本中を席巻する。きのうは、出雲市民のみなさまへと題して、新・飯塚市長名でメール通知があった。島根県では297例目(全国最小、死者なし)となる新コロナ感染者が出たと。

変異株も珍しくなくなった。昨年は暗黒のゴールデンウィークだった。ことしの感染者はさらに多いが、様相は変わった。人びとが感染を恐れなくなった。いや、自分だけは大丈夫と他人事に考えて、不覚にも感染する。旅行やレジャーで往来が増えても感染防止を徹底すれば恐れることはないのだが、気の緩みがいただけない。

3つの密を避け、人と距離を保ち、マスクを着け続ける。手を洗い、顔や鼻をいじらない。島根は基本的な感染対策を引き続き行って、新コロナ対策先進地の座を守りたいものだ。
若いころ体重増えて服を買う [2021年04月17日(Sat)]

fumihouse-2021-04-17T19_35_46-1-thumbnail2.jpg若い頃、体重が増えだした。当時の厚生省に派遣されて厳しい環境で仕事をした。連日の残業で夜食を食べる毎日。飲み会も多くカロリーは過剰摂取。ジリジリと増えて過去最高になった。それまでのズボンが少しきつくなり始めていたところで、冬用のパンツを買った。ウエストに余裕をもたせて大きめのを買ってきた。妻から何てことを!となじられて目が覚めた。適正体重に戻そうと思った。幸いに体型は変わらず、以後何十年、体重はその頃を今も超えていない。

服のサイズはMサイズで同じ状態を保っている。サイズが変わると大変だと思う。きつい、着られない、十分着られるのに手放さなければならない。まっそれも流行の新しい服が手に入って楽しいかもしれない。でも不経済この上ない。

(モッコウバラが形よく咲いている。どれも標準の大きさだ)
働いて川柳詠んでああコロナ [2021年04月16日(Fri)]

fumihouse-2021-04-16T18_24_50-1-thumbnail2.jpg働くパパママ川柳の入賞作品が発表された。テーマは働きながら子育てに奮闘するパパとママの日常。わたしが気に入った句は次のものだ。

 テレワーク 九九の呼吸が 漏れ聞こえ
   西灘っこ(49歳)大賞
*微笑ましいかな。子どもと過ごす穏やか午後でありますように・・・。

 パソコンも 子もフリーズの イヤイヤ期
   夏舟(39 歳)パパ目線賞
*穏やかであり続けるわけがない。時に焦りまくってしんどいぞ!

 誰の声? 息子よそれは 部長です
   お麩(30 歳)ママ目線賞
*家庭に入り込んだ異質な声。子どもにとっては異世界がやってきた。

 コロナでも リモートできぬ 孫の守り
   とうやのばぁば(59 歳)じぃじばぁば目線賞
*子守はウェブではできません。出来たらいいかもしれぬが、さぞや詰まらん。

 さりげなく 孫自慢する テレワーク
   白房(60 歳)優秀賞
*目に入れても痛くない孫を見せるのは仕事以外の時にしてほしいもんだね。でもちょこちょこ現れる。

 俺ゆとり 親父はバブル 子はコロナ
   おとうさん(42 歳)優秀賞
*世代を越えて同じ屋根の下。世代は連面と続いていても、環境は激変している。

(ミツバツツジが咲いている。君は誰のために咲いている? パパ、ママを楽しませるため)
平舎弟チンケになるな誇りもて [2021年04月15日(Thu)]

fumihouse-2021-04-15T18_22_49-1-thumbnail2.jpg【チンピラ】の言葉が浮かんだ。前を行く人が、がに股で左右に揺れて歩いたからだろう。ポケットに手を突っこめばチンピラの完成である。チンケな平社員(舎弟)が語源ではないかと想像して辞書をひく。

チンピラ/悪党の中でも小物を意味する語。「小悪党」などと類似した表現である。まだ一人前でないのに大人ぶったり、大物らしく気取ったりする者を、あざけっていう語(Weblio辞書)

弱そうと見れば言いがかりをつけて示威する人びと。不良少年や暴力団もどきの世界にはかかわりたくはないが、無下に切り捨てるわけにはいかない。人として正当に生きる権利があるからだ。ならば、せめて真っ当に生き抜いてほしい。人間として誇りを失わないで、他をも尊重してほしいものである。

(チンケではない今朝の青空。白いハナミズキが大空に映える)
挑戦し楽器の習得人の目に [2021年04月14日(Wed)]

fumihouse-2021-04-14T18_24_22-1-thumbnail2.jpg楽器を習得するのに独習は難しい。教則本を読み進め音源も頼りにしつつ、楽器を手にして、抱えて、口に当てる。形はできても壁にぶつかる。先生がいれば小さな壁はちょっとしたコツを与えられて克服できるし、大きく見えたとしても道筋を示されて目標が明確になる。独習者にはそれが難しい。

先生から励ましを受けて技量を伸ばし、発表会の機会を得て、悔しい思いをしては、頑張ることの繰り返し。どんどん上達していく。職業的演奏家が研ぎ澄まされていく過程も似ている。格段に厳しい世界ではあるが、中野雄氏は次のように述べる。

≪音楽家はステージ経験を積まなければ一人前にはなれない(中略)他人の前で、料金をいただいてコンサートを催そうと決意したとする。するとその日から、彼や彼女等が実際にステージに立つ瞬間までの時間の密度は一変する。彼等は譜面を読み、作曲家の創作意図を理解し、曲の仕上がりを脳内にイメージして、ステージからそれをいかに正しく聴き手に伝えるべきか、技巧の練磨に心を砕く。何千個、何万個という音符で書かれた楽譜をソラで弾くために、暗譜という困難な作業にも挑む。厳しい批評家やレヴェルの高い愛好家に納得してもらい、賞賛を得るため、曲をただ間違いなく弾くテクニックの勉強だけでなく、曲想の把握−−その一手段としての歴史的背景の理解や作曲者の人間性洞察にも不可欠の研究課題として挑む。何日、何ヵ月もの間、コンサートのことが四六時中頭から離れない。日限を設けられた大きな目標に向かうことで、脳内が飽和状態になるのである。

 こういう、いわば追いつめられた状態で過ごす月日が、アーティストの解釈力・演奏能力に質的な変化をもたらす。こと音楽に限らず、技量の新保・上達はだらだら坂を登るようにではなく、階段を跳び上がるような形で実現されるものであるが、実現のための与件は目標が具体的で、しかも大きいことである。そして成功体験が本人の能力を倍加する。≫ (『モーツァルト 天才の秘密』(中野雄著,文春文庫,2006年))

長過ぎる引用で恐縮であるが(著作権上も問題ありだが)、独りで音楽演奏のレベルを高めることは無理だ。大なり小なり演奏家は他人の目や耳を介して技量を知り、相手の鑑賞眼を上回る出来映えを見せようと努力する。「成功体験が本人の能力」をぐんと高めるのであれば喜ばしい。失敗すれば目も当てられないけれども、命を取られるわけではない。挑戦の甲斐があるというものだ。

(八重桜も咲き具合を競う。挑戦して試行錯誤を繰り返す。ホントか(・・;)
演奏は脳に良いからギター弾こよ [2021年04月13日(Tue)]

fumihouse-2021-04-13T18_42_19-1-thumbnail2.jpg頭を使うと脳が動く。読書や会話、計算、パソコン作業などを行うにあたり、脳は休む間もなく働いている。音楽を聴くこともその一つ。

脳の動きを可視化すると、花火が上がるようにパチパチするという。音楽を聴くと特に、複数のエリアで花火が打ち上がる。リズムやメロディ、ハーモニーを分離して脳内処理したり、融合させて一つの音楽として聴く。音楽は多彩な脳の動きを可能にする。

音楽を演奏する場合は、さらに大きな花火となって脳中に火花が巡る。脳は大運動会のような活況を呈するわけだ。脳は複雑な情報処理を行い、べらぼうな相互作用が生み出されていく。

楽器の演奏は頭を使う。楽譜を読み、テクニックを磨き、リズムを刻み、和音にジンとくる。上手くいかなくてジリジリすることも多いが、乗り越えたときの喜びは大きい。すなわち感情的な面と理知的、技巧的な面の両方を刺激していく。

楽器の演奏によって得られるものは大きい。さて、あなたもクラシックギターを習い始めませんか? と我田引水。

(芝桜は小さな花火の集合体)
強靭でとろける音に憧れて [2021年04月12日(Mon)]

fumihouse-2021-04-12T21_35_11-1-thumbnail2.jpgアンドレス・セゴビアはホセ・ルイス・ゴンザレスの師匠であり、「良い音の出し方は彼に学びなさい」と賞賛したと書いた。

わたしが月一度通う門脇康一ギター教室の門脇先生は、ホセ・ルイスの門下である。ということは、わたしはホセ・ルイスの孫弟子だ。おこがましいが、教えの系譜を辿っていけばそうなる。さらに遡ると、わたしはセゴビアの曾孫弟子ということになるではないか。

あのセゴビア・トーンの系譜に連なるなんてスゴいことだ、てなことはない。小なりの不等号記号 > があるだけで、ほとんどゼロに近い。セゴビア・トーンの系譜に憧れても、夢のまた夢。

無駄な力を入れず柔らかなタッチで伸びる太くて豊かな音。硬質で強靭な音ととろけるような甘い音。そうしたセゴビア・トーンを多くのギタリストが目指す。色彩感にあふれた音楽を奏で、エレガンスに舞う演奏をしたい。

セゴビア・トーンとはアンドレス・セゴビアだけのもの。わたしはギターの音の奥深さを示せるよう、自分なりのフミ・トーンを求めていけばよいのだ。

(フミ・トーンは柔らかなタペストリーのような味わいか)
ゴンザレス心に届く至芸なり [2021年04月11日(Sun)]

fumihouse-2021-04-11T19_06_49-1-thumbnail2.jpg『ホセ・ルイスの至芸〜アルフォンシーナと海』を幾度も聴いた。聞き惚れた。硬質で太い芯の回りを甘い衣で包んだ音と表現したい。弦がビビるほどの強音の響き、消え入るようでも透き通った弱音。豪気さと清澄さの両者を備えたダイナミックレンジの広さ。激しい振幅とリズミカルな曲の運びにラテンの空気を感じ、胸に染み入る。

ギターは撥弦楽器である。弦を爪で弾く。ホセ・ルイスの音は足が長い。弦をこする擦弦楽器であるかのような錯覚が起こる。ギターの奥深さを余すことなく示す演奏だと思う。

現代ギターの父・セゴビアの演奏は何度聴いても飽きない。音質や音量の幅が多彩で、ミスタッチですら魅力となる。私はゴツゴツした演奏と評するが、ゴンザレスの演奏もそれに通じる。師弟関係にある二人には相関がある。

セゴビアは賞賛したという。「ホセ・ルイスの音色の美しさは無類だ。良い音の出し方は彼に学びなさい」と。ゴンザレスはあるときは土臭く歌い、転じてエレガンスに舞う。喜怒哀楽を自在に弾き分けて、聴く者の心の奥深く届ける。素晴らしい演奏だと思う。かえすがえすも、早くに亡くなられたのが残念だ。享年65歳(1998年)、7度目の来日公演の直前だったそうだ。

(ウマノアシガタもまた自然界の至芸なり。暖かい陽光に輝いて足元を賑やかにしてくれる)
トップから時代は変わる天の声 [2021年04月10日(Sat)]

fumihouse-2021-04-10T19_42_24-1-thumbnail2.jpg県職員をしている頃、【天の声】とはトップである知事からの指示であった。常日頃、幹部職員と一部のエリート職員のみが接するお偉いさんが知事であり、一般職員にとってテレビでしか目にすることのない高嶺の存在であった。いざ知事から指示が下ると最優先事項として扱われた。

中央政府(国の機関)からの通知も天の声であった。地方政府(法律では地方公共団体)とは名ばかりで、国の委任事務に縛られ、財政上も3割自治と言われて国の言いなりの存在。中央省庁の職員からあれやって、これはいつまでに!と依頼されると、事実上の命令として無視できないお家事情があった。天の声である。

逆らいがたい指示であった天の声。今や時代は変わった。別の声が主流となったと言えよう。コンプライアンス全盛。法令遵守、元の意味をはるかに超えて批判されないように予め布石を打っておく。苦情がクレイマー化しないように障害を取り除いておく。ジェンダーやセクシャリティー、各種差別への配慮のなさを指摘されないように、注意を怠らないことが不可欠とされる。

SNSも含めて人々が周りに悪評判を広げないように、炎上しないようにどう収拾するか。これらが天の声として多くの組織を縛るようになってきた。良いこともあれば、自由な動きを制約する場合もある。天の声は変わりつつある。

(天の声の化身かのようなハナミズキ(なわけはない)。なぜ花水木? 水曜か木曜日に咲くから? なわけない)
新品は嬉しきモノよ大事にせい [2021年04月09日(Fri)]

fumihouse-2021-04-09T12_44_33-1-thumbnail2.jpg新品でピカピカしたモノは嬉しい。念願の購入、思いがけないプレゼント。欲しかったモノを手に入れたとき、喜びはひとしおである。

しかしモノは劣化する。あれほど嬉しかったのは一時のものとなり、あるのが当たり前となる。喜びさえも劣化する。どんなに丁寧に取り扱ったとしても、古くなると故障もする。ぞんざいに扱って一部が破損する。どうでもよくなって、ますます雑になる。

昨夜はウオッシュレットに変調があった。修理しようと、もがくうちに水が噴出し、濡れ鼠になった。パジャマを着替えた。水栓を締めて今日は修理を頼まなければならない。

二代目の洗浄便座。当座は嬉しかった。あるのが当たり前になってメンテナンスを怠った。当然日々劣化して、今回の成り行きとなった。モノは大切にしたいところだが、いまだに消費全盛の時代にあって、なかなか難しい。
空の青明るくなって山笑ふ [2021年04月08日(Thu)]

fumihouse-2021-04-08T18_36_41-1-thumbnail2.jpg【山笑ふ】季節です。

木々は芽吹いて明るさを増します。森はほわっと明るくなって、山は粧っています。淡い春色が日々に力を増していきます。緑黄色、抹茶色、若草色、萌黄色、青磁色、薄桜色、珊瑚色、藤色、霞色。そうした春色がまずはごく薄くやがて濃くなって、艶やかな季節の到来です。春紅葉が山を染めました。

染めるだけではありません。山は膨張します。裸だった広葉樹に花や葉が広がり、体積がわずかですが大きくなります。青や緑色は寒色系ですが、色は薄い。そして明度が高くて、薄い赤やオレンジ系統、黄色などと相まって、見た目が大きくなる膨張色が山をおおっています。だから大きく見えるのではないかと想像しています。

暑さにうだる時がすぐにやってきます。いまは膨張する山々や木々を楽しもうではありませんか。

(白桃の花が青空に映えている。その次はハナミズキが目立つ時季がやってくる)
細工して骨身に染みて人情家 [2021年04月07日(Wed)]

fumihouse-2021-04-07T17_03_10-1-thumbnail2.jpg【さいくんならん】は出雲弁。細工できないほど下手くそ、出来が悪い。これが語源であろう。あんたは役に立たんと伝える意で、最大級の侮蔑と言える。先日糞害を受けた際に「くそったれ」を連発したが、その明るさに比して暗さがある。陰にこもってつぶやく趣だ。

手先を使って細かものを作る細工。器用さが必要だ。精魂込めて精巧な細工を施す。職人技である。一方で職人気質は気難しい。さいくんならんと相手に毒づく職人も多いだろう。

細工には、見た目をとりつくろったり、ごまかしたりする意もある。悪意で帳簿に細工したりすれば、大怪我を負う。へたな細工などしないほうがいい。後ろに手が回りでもしたら元も子もない。器用な人ほどなりがちな誤りだ。

要領の悪さを、細工んならんとなじられたとしても、細工して墓穴を掘るよりはずっといい。テキパキも過ぎればケアレスミスにつながる。愚直であれ、と自分に言い聞かせて!

(さいくんならんと言われた人よ。気を落とすなよ、言った当人こそが詰まらぬ人なのだから。パンジーでもどうぞ)
咲いた花ひとを癒して春過ぎて [2021年04月06日(Tue)]

fumihouse-2021-04-06T18_35_37-1-thumbnail2.jpg蕾が開いた、一輪咲いた、開花宣言があった、五分だ六分だ満開だ、花吹雪に花筏だ葉桜だ・・・殊にソメイヨシノに対する偏愛ぶりは常軌を逸したものでした。花見の乱痴気騒ぎで風邪をひく。そんな人も多かったでしょう、一昨年までは。コロナ禍で狂気の沙汰は消えました。

サクラの花びらが葉桜に残って名残はありますが、散る花びらに栄枯盛衰を感じたりする妖しい季節は終わりました。しかし、春の花はこれからです。椿、ホトケノザ、ぺんぺん草、馬酔木、桃、木蓮、水仙、鈴蘭水仙、ムスカリ、タンポポ、ツルニチニチソウ、雪柳、木瓜、レンギョウ、樒、ストック、ラナンキュラス、花大根、菜の花、花ニラ、チューリップ・・・。サクラに気をとられがちですが、春の花がきらびやかです。

別れたと思えば、すぐに出会いがやってくる季節。希望と不安が同居する季節。不安定な気分を癒してくれるのが花です。百花繚乱を楽しみたいですね。花たちに励まされてエネルギーを満たしていきましょう。

(ツルニチニチソウは見事に螺旋状の五角を咲かす)
慣れないと異なる環境疲れるさ [2021年04月05日(Mon)]

fumihouse-2021-04-05T18_30_40-1-thumbnail2.jpg転職したばかりで、慣れない環境です。毎日へとへとになって家に帰りつきます。勝手が違って疲れます。知らないことばかり、初めて体験することばかりで疲れます。

通勤が変わりました。クルマ通勤から列車とバスを乗り継いだ通勤で、時間は4倍かかります。仕事場の作りが異なって、トイレやコピー、事務用品の置場・・・何でも迷ってばかりで思うようにいきません。その度に皆が忙しそうで悪いのですが、尋ねて解決していきます。

パソコンが違います。キーボードのタッチが異なり、ソフトも当然大違いです。日本語入力ソフトが使い慣れたATOKではなく、勝手が違います。

人間関係はと言えば、ほとんど知らない人の中に入りますから、名前を覚えることから始まります。関係先と名刺交換するたびに組織や人同士のつながりが複雑になる思いです。異なる環境とは疲れるものです。

それを承知で職に就いたのでは?と言われてしまいますね。そのとおりです。覚悟を決めてやるしかありません。謙虚にかつ堂々と、愛嬌をもってかつ毅然と進んでいくのが、今のわたしの使命です。

異なることは決して悪いことではありません。新鮮な楽しみが湧いてきます。ワクワクして好奇心が顔を出します。新たな体験は人間を適度に活性化するものですよ。

(変哲もない菫(スミレ)だって、好奇心を持って眺めれば見処がたくさんある)
肝胆を照らす仲なり苦言なり [2021年04月04日(Sun)]

fumihouse-2021-04-04T21_11_35-1-thumbnail2.jpg【苦言を呈する】ことがあります。相手のためになると思い、言いにくいけれど敢えて言って諌めてあげます。

相手の反応は大別すると3種。ああっしまった!とばかりに反省の表情で顔を歪めるケース。そんなん分かってるよ!と言わんばかりに不機嫌になるケース。違うよ、あんた!と反撃されるケース。

いずれも相手の気持ちがよくなることはなく、マイナスの感情を沸き起こします。やっぱり言わなきゃよかったと臍(ほぞ)を噛んでしまいます。相手と親しくなって、肝胆相照らす関係になったと思って苦言を述べると、意外にも不機嫌になられてショックを受けることもあります。苦言を呈するときには、余程の覚悟が必要です。

苦言を呈することで快感を得る人がいます。クレーマーです。自分を認めてほしいから強く要求する、相手より自分が格上だと思わせたい、客に対して店は丁寧に対応してくれて快感だ、クレームを言うほど怒鳴るほどに相手が下に出て謝ってくれる・・・クレーマーはつけ上がっていきます。

クレーマーは、ストレス解消を目的としているといっても過言ではありません。そんな人にはなりたくありませんが、よかれと思って苦言を呈しても、なかなかいい方向には転ばないものです。

(どうしたらいいんだろう。花ニラでも見て考えよう)
マンボウとなぜ呼んだのか教えてよ [2021年04月03日(Sat)]

fumihouse-2021-04-03T11_53_45-1-thumbnail2.jpg【マンボウ】
大手を振って広がっている。指定暴力団を扱う捜査第4課の略称「マル暴」や民事介入暴力の「民暴」に似ているから、暴力団を連想してしまうが、防止の「防」。

新型コロナウイルス感染症のまん延防止等重点措置(蔓延防止と書いてフリガナを振ってほしいところだが)の略称としての「まん防」である。ステージ3となった宮城、大阪、兵庫の3府県で発動された。

調べていくと「マンボウ」には「万引き防止」もあるようだ。青森や和歌山、宮城では県警のイメージキャラとして魚のマンボウを使っているらしい。宮城・気仙沼の道の駅では、マンボウを軸にして震災復興シンボルとしている。マンボウを扱う飲食店にとっても「マンボウ」はありがたくない呼び名となりそうだ。

(菜の花のある風景。花粉の匂いでもわっとしている)
クソッタレ糞にまみれてクソッタレ [2021年04月02日(Fri)]

fumihouse-2021-04-02T18_48_35-1-thumbnail2.jpgクソッタレ! わたしは思いきり毒づいた。あのヤロ〜ゥ。帽子を引っ張られたような感覚があって、小鳥がかすりでもしたかと思った。見るとなんと糞である。クソッタレめ! 青鷺かなにかの糞だ。帽子の糞をハンカチでぬぐう。もしやと思ってリュックを確かめた。帽子の比ではない。片手では覆えないほどの面積が糞にまみれていた。肩ベルトにも着いているということは、上着も被害を受けたはずだ。あぁやっぱり。ハンカチで落とし、べっとり汚れたリュックもそぎ落とした。元に戻るわけがない。帰ってから洗おう。この糞に汚れたものをキレイにしよう。クソッタレめ! 青鷺のヤツ。上空を飛ぶ気配はなかった。大きな交差点、高架の自動車道も走っている。聞こえないわな。それとも昨日書いた宇宙人の仕業か? いや、ヤツはこんなアコギなことをするはずがない。

(花をみて心を落ち着けよう)
エイプリルフールに困って宇宙人 [2021年04月01日(Thu)]

fumihouse-2021-04-01T06_26_23-1-thumbnail2.jpgここ10年眠れない。いや眠っていない。眠る必要がないのだ。10年前の誕生日にわたしは彼(彼女?)に出会った。毎日疲れて泥のように眠った頃だった。彼は騙されたと思って飲むがいいと勧めた。よくぞまあ、口に入れたもんだと思われるかもしれないが、私は疲れ果てており、思い余ってその粒を飲み込んだ。

はじめは捨て鉢気味だったが、その効果に目を見張った。確かに疲れない。長らくパソコン作業をしたり、読書のし過ぎで目がしょぼしょぼすることもあるが、15分ほど目をつむっていると疲れは取れる(その時は船をこいでいるらしい)。

取れるどころか、頭はシャキッとし、目は爛々と冴えてくる。覚醒剤じゃないか? と宇宙人に聞くと、ちゃうちゃうと大阪弁で否定する。以来、毎年誕生日の前後に52粒を渡されて、一週間に一度1粒飲む。

渡されるたびに、やっぱ覚醒剤だろっ? て聞くとちゃうちゃう、カフェインを強くしたようなもんやがな、と大阪弁。

私はやがて夜床につく必要を感じなくなった。なんせ眠らないのだから、1日数回の15分うたた寝で元気になれるのだから。夜の仕事をやりだした(内容はまたおって話す)。不眠不休で働くようになった。本がよく読める。ギターも練習に励む。毎日が楽しくてしょうがない。

この高揚感、覚醒効果、やっぱり覚醒剤か?と宇宙人を疑うのだが彼は答える。違うがな、ワシのこと信じられへんのかいな! だいたい覚醒剤やったら一時的で、クスリが切れて効かんようなったらごっつうえらいことになるやろ?となじる。わかった、信じたるわ!と私も関西弁。

そんなわけで私は昼も夜も働いた。金儲けができてたっぷり貯金もある。莫大な投資も始めた。ところで稼いだ金をどうするんや、使う間がないんとちゃうか? と宇宙人。まっネット通販もあるしな。何とかなるんとちゃうか! そうだ、社会貢献に役立てるってのもエエなあ。

きょうから新年度。宇宙人は柔らかに励ましてくれた。お気張りやす。おっと、京都弁!

(わかたけ学園の桜の上空。あの飛行機雲は宇宙人の乗った飛行船かもしれない)
園を去り春の日差しに武者震い [2021年03月31日(Wed)]

fumihouse-2021-03-31T16_43_04-1-thumbnail2.jpg退職の辞令交付式で、島根・丸山知事の言葉が心に残った。

 多くは昭和、平成、令和を経て、社会環境が大きく変わるなかで仕事に励み、多くの場面を経験された。
 県民のライフステージや状況に応じて、業務に全力で取り組まれたことに感謝。
 前例なき事態にも、的確に迅速に対処されたことに最大の敬意を表す。
 皆さんを支えられた家族や周囲の方々にも感謝申し上げたい、云々。

知事は百人を超える退職者に一人ずつ丁寧に感謝状を渡された。その挙措がいい。名前は司会が読み上げるのだが、必ず視線を名前に置いてから、こちらの目を見て「ありがとうございました」と述べられた。一礼に対し知事は深く礼で応答された。直接仕える経験がなかったのは残念だった。

後刻、いただいた花束と有志からの記念品を持って、児童自立支援施設・わかたけ学園の門を出た。わずか一年だったが、歩き回った園舎や本館が見えた。それなりに苦闘した一年。子どもたちとも思い出を刻んだ。グッとくる。あれよという間に過ぎた春夏秋冬を思う。

きのう後任者に引き継ぎを終えた。完璧ではないにしても、あとは任せた。十分整理できなくて残念ではあるが、もがいても仕方ない。残りは託して去ろう。感じ入る一日が終わり、わたしの県職員生活が終了した。

明日からわたしは社会福祉法人の門をくぐって、新しい環境に飛び出す。いまは武者震いしている。

(式典会場の島根県民会館からわかたけ学園に行く途中に咲いていたモクレン。気分が高揚する)
一ねんせい何時になっても一年生 [2021年03月30日(Tue)]

fumihouse-2021-03-30T20_57_33-1-thumbnail2.jpgだれもが知っている『一ねんせいになったら』(まどみちお作詞)は初々しい。友だち百人で富士の上でおにぎりを食べたい、日本中を駆けて一回りしたい、世界中をふるわせて笑いたい、とスケールがでかい。だが、その想いの陰で歌の主には不安がある。

≪一ねんせいに なったら/一ねんせいに なったら/ともだち ひゃくにん できるかな≫

「一ねんせいになったら」を二回も繰り返す。一年生だよねえ、隣に誰がすわる? 仲良くできる? 給食は食べられるかな? 勉強はわかるかなあ・・・期待に胸ふくらむ一方で不安が渦巻く。心細いことだろう。100人で打ち消そうと気張っている。大言壮語の一方で一年生は大変なのだ。

気候が不安定で心身も不調となりやすい春。この時季に新年度を迎えるのには、功罪両面がある。百花繚乱のなか新生活を始めるウキウキ気分。反面慣れぬ生活に心沈む。アレルギー症状がひどくなるのもこの季節。春のうららかさに危うさが隠されている。

ひとは誰でも一年生。新しい環境に入る機会は多い。毎日が同じ繰り返しのようでも状況は移り変わり、新たな局面が生じる。人と出会い、知らないことを学べると面白がれるひと、いつも「一年生」になって頑張れるひとは強い。

(ペチコート水仙も春を面白がっている)
先駆けて模様替えなりNHK [2021年03月29日(Mon)]

fumihouse-2021-03-29T18_46_59-1-thumbnail2.jpg3月29日月曜日。新年度が始まった。うんっ? と思うかもしれないが、新年度の模様替えなのだ。NHKのニュースが変わった。サウンド・ロゴが変わり、お天気キャスターが交代し、天気予報の細かなデザインが変わっている。小さな変化であるが、4月1日の新年度の前触れとして、3月最終月曜日のNHKの改編は楽しみのひとつである。

春は出会う季節。人と出会う、組織と出会う、あれこれと新しい環境に出会う季節。ことしは何に出会うのか楽しみだ。松江や出雲の桜も満開となった。春は嬉しい。

(アーモンドの花。薔薇の仲間、もちろん桜の仲間。ソメイヨシノに先駆けて咲く)
めくるめく景色は代わる桜咲く [2021年03月28日(Sun)]

fumihouse-2021-03-28T11_02_28-1-thumbnail2.jpg【めくるめく】
この言葉を「めくる・めく」と区切って読んでいた。ページをめくるようにして、めくってもめくっても楽しみが尽きない印象からだ。恋人同士が水入らずで過ごす楽しい時間、終わってほしくないこの瞬間を表現するのにもぴったりである。

ところが、「め・くるめく」なのだそうだ。とんと知らなかった。目が眩く(くるめく)。眩くとは、目がくらむこと、めまいがすること。目眩く心地がするとは、目の前の現実が自分にとって信じられないほど、溺れてしまいそうなほど、快楽である状態を意味するわけだ。

何かの展開が刻々と動き、極めてせわしい状態も眩めくというが、目が回るほどの忙しさであっても一時のこと。じっと耐えて落ち着くのを待とう。さすれば、めくるめく至福を噛みしめるときも来るというものさ。

(2日ほどめくるめく日差しが暖かい日が続き、桜は喜んでいる。人に観てもらう快楽に身を委ねる)
満開へ桃色小山が異質なり [2021年03月27日(Sat)]

fumihouse-2021-03-27T22_54_58-1-thumbnail2.jpg松江気象台がソメイヨシノの開花宣言をしたのが、3月14日。明日で二週間たつが、満開に至っていない。開花以降寒い日が続いたこともあるが、わたしの印象として、ことしの桜は華やかさに欠ける。

普段なら(変動の激しい昨今の気象にあっては“普段”という表現に重みはないが)、宣言があるや否やぐんぐん花開き、数日で見頃を迎える。一週間経つか経たないかのうちにハラハラと散り始め、満開となる。桜木は淡い淡いピンクの小山となる。林立する桜の景色は、この世のものとは思えない桃源郷(桜だけど)である。

ことしは華やかさに欠けるというのは、花が開ききる前に、萼(がく)の濃いピンクが目立ってしまっている。しかも葉まで出る木が散見されて薄緑色が混じる。つまり淡いピンクの小山に異質な色が入ってしまっている。桃源郷の夢から覚めてしまいそうなのだ。

ともあれ、この数日暖かさが続き、出雲地方でも8分咲きになった。明日あたりは満開になるのだろう。天気が崩れてしまうのが残念だ。
腹一杯湯の町桜に染まりゆく [2021年03月26日(Fri)]

fumihouse-2021-03-26T23_34_36-1-thumbnail2.jpg週末のミニ家族旅行を楽しんでいる。週末だけでなく、年度末の慰労、夫婦で近い誕生日祝いも兼ねての一泊である。

温泉は気持ちがいい。美味しい料理に舌鼓をうち、久方ぶりの酒に酔い(近頃ノンアルコールビールばかりだった)、退職祝いのケーキを平らげ、昼の桜に加えてライトアップされた夜桜まで楽しんで、うたた寝で爆睡した。次は、本格的に二度目の眠りを楽しむこととする。

(玉造温泉でソメイヨシノは6分咲き。これは違う品種だが、縁を彩る淡いピンクが頬を染めた少女のようだ)
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