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『ふみハウス〜徒然の心に残る日々』 [2021年07月23日(Fri)]

DSC_3472.JPG徒然なるまゝに硯に向ひて心に移りゆくよしなしごとを書きつくれば…徒然草のように。私は旅するようにゆったりと、かつ鵜の目鷹の目で日常をとらえます。ふみハウス〜徒然の心に残る日々は、Yahooジオシティの閉鎖により2019年3月31日をもって消滅しました。
[ふみハウス リンク集]
貢献しそれらをもって人となす [2020年09月29日(Tue)]

DSC_1075~2(1).JPG≪人間にとって成長ないし発展とは、
 何に対して、何をもって、
 どのように貢献すべきかを
 自らが決定できるようになることである≫
       (ピーター・ドラッカー)

人間それぞれ自己を中心に同心円を描きながら世界は広がっていく。貢献は英語でcontribution。ラテン語の参加するが語源で、部族の構成員に寄与することだそうだ。〈貢〉はみつぐ。金や物を与えて助け、支配者に金品を差し上げること。〈献〉は捧げ奉る。生け贄や音楽を神仏を祭ることであるから、contributionとは感じが違うが、ともあれ、自分中心の勝手気ままではなく、他人のために自分の力と時間を使う発想ができるようになって、人間の成長は早まる。なかには年齢を経るにつれて後退していく人もまま見られるようだが・・。

(水染みのついた壁もまた、貢献する。暑さ寒さを遮り、安全と安心を守る)
クリックしあれよと国勢調査なり [2020年09月28日(Mon)]

20200927_194003.jpg今年は五年に一度の国勢調査。そろそろやってしまおうと思って、調査員から渡されていた調査票を手に取った。家人の一人ひとりについてマークシートを塗り込んでいくのか、それともネットで記載するのか。ネットにしてみた。IDとパスワードを説明用紙にあるとおりに入力し、マウスでクリックする。ものの5分であっけなく終わった。ああ!楽チン楽チン。
秋の風運動日和に変えないで [2020年09月27日(Sun)]

20200425_182255_resize_71.jpgきのうまでの曇りがちで時折強い雨が降る天気は一転し、風のない爽やかな秋晴れとなった。きょうは楽しい地区運動会………というのは仮の話で、気分は子供の頃までの話。新コロナのせいで運動会は数ヵ月前に中止が決まっている。

何年ぶりかで会う知り合いと言葉を交わす。同級生と年をとったねと笑顔で楽しく話す。自治会の代表が奮闘する姿に声援を送り、労をねぎらう………去年も雨で中止、一昨年もそうだったと思う。残念な一方で、ホッと安心する気分もある。選手決めの調整、当日のテント準備から慰労会に至るまで面倒だと思ってしまう。そうした気分は多くの人に共有されているようで、運動会など止めてしまえばいいと言う人も増えている。時代は徐々に変わってきている。

きのう、振り返りのPDCAには、Please, don’t change anything(どうか何も変えないでください)というパロディがあると紹介した。変えないで!と望んでも変わるものは変わる。構成が替わり、時代は変わる。保守的な姿勢で損するのは自分である。
変えないで変えたつもりが元木阿弥 [2020年09月26日(Sat)]

20200921_224417_compress54.jpg先日、振り返りの手法を三つ書きました。PDCA(計画→実行→評価→改善)、KPT(継続点+問題点→改善点)、YWT(やった→わかった→取り組み)ですが、PDCAサイクルにはパロディがあります。

Please, don’t change anything.(どうか何も変えないでください)。略して「PDCA」。

「改善したらいいかもしれないけど、それまでの労力を考えると…」そんなボヤキや言い訳が聞こえます。わたしだって、この一週間何かしら意識してやったかというと、自信はないですね。

(ニラの花も盛りを過ぎ、小さな花びらがちらほら欠けて陰りが見える)
仕事師に読まれ方など気にしない [2020年09月25日(Fri)]

20200921_224159_compress14.jpg「菅原さん」は、〈すがわらさん〉又は〈すがはらさん〉と読めるのに、「菅さん」のことは〈かんさん〉と読んでしまいがちです。

菅 直人(かん なおと)という爽快な響きで分かりやすい名の総理大臣(名前は爽快だがイラ菅と呼ばれた)がいただけに、新総理は間違えられやすい。名前も義偉(よしひで)で読みづらいですね。しかも第99代の内閣総理大臣ときたから、記念すべき100代は誰だろう?と期待されてしまうのも玉に瑕。

基本的に安倍政権を継承し、各論を実行する仕事師内閣だとも称されています。目立つキャッチも使わない。それはそれでよし。新コロナ収束後の日本をいかにつくり、世界に発信していくか。健康に気をつけてがんばってほしいですね。

(菅総理は安倍色を残し、マリーゴールドは夏の名残りの紅色を陽光にさらす)
明日には風が吹く吹く如何にせむ [2020年09月24日(Thu)]

20200921_224136_compress19.jpg【あしたはあしたの風が吹く】
成るようになるさ、と無責任を絵に描いた言葉のように思われているが、まんざら悪くない。

じっと止まっていれば風を感じることはない。が、歩けば弱いながらも風を切る。すなわち何かに着手すれば風は起きる。変化がある。開き直って覚悟をもって「明日の風」に臨む決意を説いた諺だ。

明日の風はわからない。大きな嵐に巻き込まれてしまうかもしれない。そんな世にあっても、小さな動きであっても自ら動けば風は起こせる。明日は明日の風を吹かす!

(明日も風に吹かれて揺れるであろうメタセコイヤ)
やったことわかったことを振り返り [2020年09月23日(Wed)]

20200809_131358_compress68.jpg何事も振り返りが大切だ。出来事や実行したことを整理して客観的に反芻する。終わった、やれやれで済ませてしまうと、次につながる学びは得られにくい。

昔から言われるのが、PDCA(Plan-Do-Check-Action)。短くしてPDS(Plan-Do--See)。計画し実行したら評価して、また実行の繰り返し。その振り返りによって業務を改善していく。プランや目標を具体的に設定することは言うまでもない。

KPT法という手法もある。Keep(継続すべきこと)、Problem(問題だと思うこと)。二つに分類し、それからTry(改善していくこと)をまとめる。この順で振り返っていくといものだ。

最後がYWT法。これは日本語の頭文字のイニシャルなので憶えやすい。Y(やったこと)、W(わかったこと)、T(取り組むこと)。この3つのステップで振り返る。日本能率協会が提唱したのだそうだ。わかりやすいとはいえ、実践し続けていくのは難しい。

Y(やったこと)をすべて書き出す。終わったことにひと安心し、何をやったか思い出せないことは、ままあること。

それを踏まえて、W(わかったこと)。何を学んだのか、どんな気づきがあったのか。書き出すのは面倒くさい。微に入り細を穿つようにして深掘りするのは面倒くさい。

最後にT(取り組むこと)。Wでしっかり洗い出せていれば、あとは易しい。

振り返り ※※※※ 続けることが大事だ。ボッーとして忘れがちなんだな、これが。本気で振り返ろうとしたときには、メモすることを忘れないようにしたいものだね。

(振り返るとそこには灯りに透けたカーテンがある)
でェすゥまッすゥと語尾を変えたらいかがかな [2020年09月22日(Tue)]

20200419_130448_resize_8.jpg昨年あたりから気になる語尾がある。「・・です」「・・ます」に違和感があるのだ。〔で〕や〔ま〕を強く発音し、〔す〕に向かって力を抜く。表記すれば、「でェすゥ」「まッすゥ」という感じになる。

同類の言い方で、「・・であり、・・」と連用形でつなげていく場合、「あァりィ」の両音とも強める発音をしているようだ。

ふつうの会話で使われない。会議や朝礼などオフィシャルであらたまった感じでしゃべる場での話ぶりである。

一昔前は語尾を上げるイントネーションが流行った。体言止めでも上げる。謙譲の面持ちと自信なさげな言いぶりで、相手に受け入れやすい雰囲気を出したいという意図が感じられた。

島根県の児童相談所と関係する職場の職員から発せられるのを発見したので、児相由来の発音だと思っていた。しかし、わかたけ学園改築工事の説明会で建設事業者が話をされて、うち一人がその語法を使っていた。テレビでもどこかの地方の誰かが使っており驚いた。すでに全国区? どなたか、この言葉使い、気になりませんか。そんなことどうでもいいですか? わたしには、気になりまッすゥ。
日常に漢字の真価どこにある [2020年09月21日(Mon)]

20200602_112929_compress91.jpg国連総会が始まったようである。コロナ時代にあって国連のシンカが問われる、とニュースは伝える。シンカはどの漢字が当たるのか。

進化、深化、新化、臣下、新価、神化、神火(神聖な炎)、心火(激しい怒りや憎悪)、真仮(まこと&かり)、真果(子房が肥大した果実)

もちろん正解は「真価」だが、同音異義語が多いのは日本語の難しいところだ。もし漢字を無くして、表音文字のひらがなとカタカナだけにしたとしたら、言葉の区別がつかなくて、真意を図りかねて誤解を招くばかりか、やがて使用頻度の少ない言葉そのものが消えていくだろう。文字と共に概念まで無くなって、語彙は乏しくなる。

同じことを韓国はやった。かつてはハングル(表音文字)と漢字(表意文字)を並記していたのだが、もう何十年も漢字教育をしなくなっている。若い世代で李承晩ラインの頃の“古文書”を読める者は少なかろう。反日の当局の言うままに洗脳されていく。いいことなのか、悪いことなのか。
客席は倒す残すで気をつかう [2020年09月20日(Sun)]

DSC_1627~2(1).JPG夜行バスを運行するある会社が、リクライニングシートを倒す・倒さないでトラブルを起こさないよう、どんな知恵をしぼったかとクイズ番組に出た。答えは、あらかじめシートを倒しておくこと。家族の中でわたしだけ正解したので鼻が高い。

今は思う。いっそのこと、特急列車も新幹線も、リクライニングシートを使うすべての客席でやったらいいと思う(飛行機は除く)。始めから倒してあれば倒して使いたい人は安心だし、立てたい客は遠慮なく立てればよろしい。忖度無用、声かけ無用ですべては丸く収まりそうなものだ。
幸福にアランの言うこと聞いてみよ [2020年09月19日(Sat)]

20200506_192920_compress76.jpgアランは『幸福論』(串田孫一・中村雄二郎訳)で述べている。常に上機嫌であれと。

≪私は上機嫌をおすすめしたい。これこそ、贈ったりもらったりすべきものだろう。これこそ、世の人すべてを、そしてまず贈り主を豊かにする真の礼儀である。それこそ、交換することによって増大する宝物である。
(中略)親切な言葉、感謝の言葉を言うことだ。冷淡な馬鹿者に対しても親切にすることだ。
(中略)こうして、上機嫌の波はあなたの周囲にひろがり、あらゆる物事を、あなた自身をも、軽やかにするだろう。その影響するところは限りない≫ 

ふとした他人とのやり取りで腹を立てることは茶飯事である。悪意もあれば誤解もある。陰気なさざ波が広がり、むっつりと苦虫を噛みつぶしたような顔つきをする。無愛想は連鎖する。相手にも、自分のこの瞬間にも。さっき抱いていたはずの幸せ感は跡形もない。

アランの言うとおりだ。幸福になりたいのなら、作った笑顔でもよい。上機嫌であれ! 鬱憤を晴らして積もった怒りを表に出す代わりに、まずニカッと口角を上げてみよう。
脱線し列車でなければ楽しかろう [2020年09月18日(Fri)]

20200513_211322_compress57.jpg話が本筋から離れて脱線することがある。悪いことだろうか。

目的を持ってまっしぐらに結論まで行かせることは意義あることだし、効率もいい。ビジネス会話はそれでなくてはならない。反対にギスギスして潤いがなくなるという要素もある。ビジネスライクにだって遊びがあってよい。そう、脱線は楽しいことなんだ。

脱線から思わぬ展開となって新しい発想が生まれる場合もある。本筋が重要なものでなければ、話はどこにでも転ぶ。そしてワクワクして止まらなくなる。ジェンダー論を振りかざすつもりはないが、女性は脱線を楽しみ、男は振り子を元に戻そうとする傾向にあるものだ。

話の脱線。時と場合によるが、本筋をおろそかにすることなく、適度に楽しもうではないか。コロナコロナでつまらぬ世になりつつあるからして、会話で楽しみたいものだね。
亭主とは元気で留守がいいものさ [2020年09月17日(Thu)]

20200715_210111_compress78.jpgNHKの『所さん!大変ですよ』で取材された人が、こう言った。

「亭主元気で留守がいい」というコトワザのとおり・・・

笑った。あの言葉は諺に昇格したのだな、と笑ってしまう。何十年か前のキンチョーのCMで大流行りしたコピーである。

夫は財布となって家にお金を入れてくれるだけでよい。夫は家にいない方が妻にとっては都合がいいという意味だ。名言中の名言と言えるのかもしれない。諺化してるのかもしれぬ。わたしはそう言われないようにガンバる!
自虐して神の世界も三密と [2020年09月16日(Wed)]

DSC_1535~2(1).JPGコメディ『秘密結社 鷹の爪団』による島根自虐カレンダー2021が出来た模様。題して「神在月は神さまたちが三密状態」。今年も笑えそうな気がする。

八百万の神々に身体はない。目にも見えない。声もない。言葉もしゃべらない。したがって人間的なコミュニケーションはできない。それでは、なぜ三密状態なのか。そんなことわからない。でもそこにある。そこにいる。だから三密にちがいない。

やがて来る神在月。この11月15日が新月で、旧暦十月の始まりである。ちと寒くなって観光客も少なめで寂しくはあるが、遠慮せずにGo To トラベルキャンペーンに乗ってやってきてほしい。客も引き連れて出雲へどうぞ。病疫はごめんこうむりますが・・・。
新しい生活様式姑息かな [2020年09月15日(Tue)]

DSC_1542~2(1).JPG朝日新聞の先週末の記事に、「新しい生活様式」に絡めて50代女性のこんな意見があった。

「恒久的に続くことを正当化するような『新しい』という言葉を使う姑息なお上のやり方が気に入らない」

中身はともかく、わたしが気になったのは【姑息】である。卑怯だと言い切るまでいかなくても、こせこせと意地の悪い性根を非難している。字感として、意地の悪い姑が息を潜めて嫁の様子を探りイビるような感じがある(そんな姑は絶滅?)。

本来は誤用だが、いまやほとんどの人が悪い意味で使う。姑はしばらく、息はやむという意味であり、一時しのぎして解決を先伸ばしにすることだ。古い習慣を改善せずにだましだまし物事を行う「因循姑息」には本来の意味が宿る。

「おのれ姑息なマネを……」と言って卑怯者を罵る時代劇の場面があったのかもしれない。言葉は時代につれ、流行に従い、移ろいゆく。
忽然と秋は来た来たここにある [2020年09月14日(Mon)]

20200914_180804.jpgこの梅雨は長かった。幸いに出雲は大雨の被害には遇わなかったけれども、各地で災害が続いた。7月末にやっと梅雨が明けたから、それまで灼熱に悩むことはなかった。この夏は酷暑に苦しめられる時間は少ないだろうと思った。

ところが暑かった。暑過ぎた。太平洋高気圧とシベリア高気圧が重なりあった上に、高い海水温で空気は熱くなった。地獄の沙汰も高気圧次第という夏だった。もう秋は来ないのじゃないかと疑いたくなるほどだった。

しかし秋は来た。忽然とやってきた。すっかり秋だ。空気が違う。雲が変わった。空に叙情的なムードがある。短いかもしれない。去年のように長いかもしれない。ともあれ秋を楽しもう。
声優にプロと素人違いあり [2020年09月13日(Sun)]

20200602_113455_compress57.jpg映画『2分の1の魔法』のウェブの感想に、日本語吹替えの声優として素人を使うって感心しないというのがあった。コントやバラエティに出演する芸人を使ってほしくない、本物の俳優や声優がよいという意味だろう。わたしはその考えには与(くみ)しない。

日常私たちが生活する上で名優が演じるように会話をし、絵のような立ち居振舞いをするだろうか。そんなことはない。棒読みあり、気のない返事あり、相手に伝わらないコミュニケーションあり・・・不完全である。映画やドラマなどフィクションでは、そうあったらいいなあという最大公約数、たいていは監督や演出者のイメージで作られていく。完璧さを求めるのも一考だが、それはそれでよい。

コントや漫才は面白くしゃべくり続ける印象が強いが、実際は絶妙なリズムと間合いで出来ている。演技力も相当必要だ。そこに爆笑が生まれる。バラエティでもコメント内容と間合いの悪い芸人は淘汰されていく。出演の多い者は優れているということなのだ。つまり彼らは持って生まれた才能と近年の鍛練とによって、俳優や声優としての十分な技能も身についている。と、わたしは思う。

(花もまた、種としての才能と咲き誇ろうとする鍛練とによって人間を喜ばす)
新用語コロナ時代が到来す [2020年09月12日(Sat)]

DSC_1544~2(1).JPGNHKニュースで「コロナ時代」という言葉に出会った。まさにそのとおり。

この5月23日に書いたのは、今年をA.D.元年と名付け、去年はB.C.1年とするということ。A.D.は西暦ではなく、新コロナ後、すなわちafter disease(病患のあと)。B.C.はキリスト誕生前ではなく、新コロナ前、すなわちbefore Corona。

新型コロナウイルスという病原によって引き起こされる疾患が社会を不健全にし、世界を震撼させるようになって早くも半年。

日本で一日の感染者数が千人を下回りはしたが、油断はできない。日常が戻るには相当の期間がかかる。マスクを着けて不要不急の移動を避ける新しい日常も定着した。もう昔には戻らない、戻れない。コロナ以前とコロナ以後、まさに「コロナ時代」は到来した。
ジトジトとブルブル人はナゲクもの [2020年09月11日(Fri)]

20200911_084741.jpg雨がジトジト、二日でも降り続こうものなら、もう十日も雨模様が連続した気がして陰鬱になる。

極寒でブルブル、凍りつく手をさすって三日でも過ごそうものなら、一ヶ月も経った気がしてこの世の終わりかと嘆きたくなる。

猛暑でジンジン、炎天下と熱帯夜に苦しめられて一週間も経とうものなら、二ヶ月も耐えてきた気になってくしゃくしゃする。

不快になる天候が一定期間続くと、人は誰でも(わたしだけ?)マイナス感情がつのって天候を過大評価して悲観的になる。

反対に、春うららかな日射しに包まれると、この天気がずっと続いてほしいと願う。だが、二日たって雨が降りだすと、たった二日しか続かなかったと嘆く。

爽快な秋の空気に誘われて戸外を歩くと、元気が満たされて、いつもこうだったらよいと望む。だが、三日目に天気が崩れると、その短さを儚む。

人間とは勝手なものだ。が、それが人間だ。

(島根県自治研修所の空は、3週ぶりの雨でけぶっている)
その昔魔法に満ちた世界あり [2020年09月10日(Thu)]

20200609_181935_compress39.jpg「はるか昔、世界は魔法に溢れていた」というテープメッセージを父は幼子に残して死んだ。16歳になったとき、少年イアンへ渡された父のプレゼントは魔法の杖。邦題『2分の1の魔法』のとおり、魔法は半分失敗して父は下半身しか蘇らなかった。効力は24時間。宝石アイテムを手に入れ父を復活させて、父と語り合いたい。イアンは望みをたくさんリスト化した。

□車の運転練習をする
□散歩する
□いっしょに笑う
□人生をともに生きる ・・・・・

おずおずとコミュニケーション障害と言えるほどのイアン。一方で兄はハチャメチャ冒険とゲーム好き。はた目には注意欠如多動症の極めつけに見える。周りに迷惑をかけてばかりの兄をイアンはろくでなしと表現した。兄のせいで父の復活は失敗に終わろうとしていた。リストを全て横線で消したイアン。

しかし彼は気がついた。父と母の愛を一身に受けて自分が大きくなってきたこと。そして兄は自分の成長を温かい目で見守ってくれていたこと。兄の恩は深い、ろくでなしなんかではない。兄にはいつも励まされていたじゃないかと感謝の思いが湧いてきた。リストは全てチェックすることができた。

父との出会いはほんのわずか。父との離別の儀式は終わったが、イアンは大きく変わった。友と語り友をリードし自信をもって生活を切り開いた。そこには感謝の念がベースにあった。

エンディングに流れたスキマスイッチの『全力少年』の歌詞が染みとおった。
  ♪あの頃の僕らはきっと
  全力で少年だった
  セカイを開くのは僕だ♪
映画見て本を読んだらスマホ無し [2020年09月09日(Wed)]

DSC_1619~3(1).JPG映画をひとり見るために家を出た。スマホを忘れたことに気がついたが、財布はあるので気にしないでいた。

映画を終え、ショッピングセンター内を歩く。昼食をとり珈琲を何杯もおかわりして文庫本を一冊読み切った。ふだんなら映画評を書くためにスマホに向かうが、今回はない。本読みに集中できた。

腕時計をつけることはめったにないので、時間がわからない。時間を忘れて買物に興じてほしいという意図だろうか、ショッピングセンターには時計がない。時計店まで行くか、店員にでも聞かない限り時間がわからない。スマホがないのはとても不便だ。

時計代わり、メモ、辞書、SNS投稿、個別メール送信、電話機、電卓、カレンダー、気象情報、メトロノームなど、スマホはライフラインのトップに躍り出ている。

(ときには煌々と宵闇を照らす灯火のように時計が必要な場合もあるだろう)
弾き始めイメージ指置き息をする [2020年09月08日(Tue)]

DSC_1615~4(1).JPG楽曲の弾き始めは難しい。発表会や練習会で、出だしの音でつまずいて弾き直す人の多いこと(わたしも含め)。ギターに限らない。人前で演奏するのは緊張する。特に弾き始めは失敗しやすい。こんなはずではなかったと焦り、進むにつれて腹が据わるどころかますます緊張して運指を忘れ、テンポが無茶苦茶、曲にならないこともある。

プロギタリストの山口莉奈氏が、曲の弾き始めに心掛ける3つのポイントを述べている。その上で、本番では練習でやった以上は出せない。よって毎日の練習でやることだと。習慣になると緊張した場面でもできるという。目指せ、弾き始めの安定感!

【1】テンポや曲の雰囲気をイメージ
唐突に弾き始めてはいけないようだ。曲の出だし、特にテンポを心の中で刻むこと。するとテンポに不安を抱えることがないという。

【2】右手、左手を準備をする
左手は弦に置いても、右指は宙にあるまま弾き始めることの多いこと。第一音で空振りしたことがある。右手もセットしておこう。

【3】息を吸う
弾き始めは必ず呼吸をしてから始める。無呼吸でスタートすると、最後までブレスを忘れがち。ギターは吹く楽器ではないから意識しないとブレスを忘れる。音楽に呼吸は不可欠。

(未来を見据えて今日も一歩前進)
見えなくて怖いものならいっとくれ [2020年09月07日(Mon)]

DSC_1532~3(1).JPG見えなくて怖いものって何だ?
今どきクイズにもなりゃしない。新型コロナウイルスに決まってる。
まっそうだな。まだあるだろ?
ほかのウイルスや病原菌だって怖いよね。
そうそう、人類の医学は感染症との戦いだ。それから?
うーん、風も怖いぞ。風に吹かれてビシビシなびく。
確かに、この台風10号の風は強かった。それから?
まだかい? 吹き返しの風が怖くて今日はすっかり疲れたよ。
疲れをとるために頭の体操だ。
そうだな〜。悪意なんてどうだい?
そのココロは?
根っからの意地悪は虎視眈々とターゲットを狙うと思わない?
そうねぇ、表向きはニコニコと愛想よく陰では害意の塊。
だろ、見えないだろ。
それから?
まだかい。怒りなんてどうだ?
なるほど、さっきまで機嫌よくしていた者が手のひらを返したように立腹する。見えないなあ。
だろだろ? 命の底に隠れていたんだよ。深呼吸して数を数えて6秒待つ。すーっと消えていくよ。
すーっと消えると言えば、見えないけれど怖いもの。お化け、これに決まり!

(この目に見えて美しいものをたくさん見たいものだね)
ガム噛んで口と心身鍛えよう [2020年09月06日(Sun)]

DSC_1122~2(1).JPGガムを噛む。力一杯噛むのでアゴが疲れる。味がなくなっても噛む。心身両面で効能があるという。

10分以上噛むと唾液が分泌する。口内をきれいにして口臭を予防する。せっかくキシリトールガムを噛んでも甘みを残したまま捨てると、別の糖分が歯に残ってしまうという。噛むなら10分以上を心がけたい。現代人の咀嚼は少ない。柔らかい食べ物も多く、早食いする。筋肉と脳を活性化するためにガムが有効だ。

アメリカのスポーツ選手が試合中にガムを噛むシーン。行儀が悪いととらえがちだが、脳の運動野を刺激して筋力もアップする。抗重力筋を鍛えバランス感覚を高める効力もある。ガムを噛みながら勉強したり仕事をするのも悪くないようだ。満腹中枢を刺激するので、食事前に空腹で困ったらガムがよい。ダイエットにもつながるし、表情筋を動かし口周りの筋肉を鍛えることもできる。

ガムを噛んで脳に血液が流れ込むと、脳は反射神経・記憶力・判断力・集中力を高める。認知症予防にも効果があるという。副交感神経を刺激しリンパ球が増えると免疫力もアップという具合にいいことずくめである。

咀嚼することで、幸せホルモンと言われるセロトニンが分泌される。落ち着いた穏やかな状態を保ったり、人に共感する脳の働きにもよい影響がある。

一日何回くらい噛むのがよいのか。3、4回がベストだという。口の片方に偏らないようにして歯に負担をかけないこと。10分噛むと1日30分以上。ながらガムを実践しよう。

(ガムの実ではない。オリーブの実)
ストレッチ数を重ねてからだ成る [2020年09月05日(Sat)]

20200825_011342_compress34.jpgわたしの体はストレッチで出来ている。朝起きて後ろ手に組み、ゆっくりと身体を沈め痛くなる直前まで屈める。腕は真上まで上がって心地よい。身体が目覚めていく。

さらに後屈をして、左右の曲げ、上体のひねりを数種、股関節や大腿部、下腿部の伸ばしを前後左右に数種、足首や膝、手首の屈伸もやる。座って曲げた足を絡めて尻を伸ばして終わり。15分弱かかる。

繰り返して数十年。元はと言えば、ゴルフの飛距離を伸ばしたいと始めたことだ。体が柔らかくなると関節の可動域が大きくなり、小さな筋肉の強化にもつながるという記事を読んだからだ。距離は伸びた。ラウンドで歩き続けても疲れにくくなった。当然スコアは飛躍的に良くなった。付随的に風邪をひきにくくなった。足をくじいてもダメージは少ない。体も軽くなって健康になった気がしている。

いまはゴルフはしない。しかしストレッチは残る。ゴルフのおかげでストレッチを始め、今わたしの体はストレッチで出来ている。

(しなやかなセーターの繊維はよく伸びて心地よい)
大変だタイヘンたいへん大変だ [2020年09月04日(Fri)]

20200506_193056_compress49.jpgそのとおりだ、なるほど、と思える言葉を聞いた。

  「大きく変わるチャンスを大変という」

【大変】というのは大きな異変や大事件を元は意味するが、ほとんど目にすることがない。事が重大であったり、大きく危うい様を示すことが多い。あるいは「仕事が大変だ」というふうに、苦労が甚だしかったり、普通の程度を甚だしく超えている様子を表す。別に甚だしくなくても、ちょっとキツイ程度の意味合いでも使われるから語彙としてはけっこう軽い。

大きく変わるから大変、それはチャンスの時。なるほどそのとおり。大事件なんてものでなくてもいい。小さくてもいい。めんどくさいと思ったり、気が乗らないと感じたり、やること多すぎでパニックになりそうなとき。それは大変大変、そこが踏ん張りどころ、大きく変わる好機となって明日を変えていく。ガンバろう!
答えとはいつもあるとは限らない [2020年09月03日(Thu)]

20200726_080521_compress33.jpgわかたけ学園の食堂には書の額がある。見事な筆で箴言(しんげん)が書いてある。

   答えが
  なくても
 問うことを
 やめること
 はできぬ

誰の言葉かは知らない。日本の学校教育に慣らされた私たちは、問われれば答えようとする。でもその答えは用意された絶対の正答である。自分で導くことができなければ答えを求める。しかし、答えなんてどこにも無い。そんなことは日常茶飯だ。答えがなければマルをつけてもらえない。褒美がないなら骨を折るまでもないと思いがちで、おのずと考えなくなる。

相手の意見を聞いたら、当たり障りなく「なるほど」と同意しておく性向もこうした私たちの姿であろう。考えを深めたり、新しい思考を産み出すためには「私は違う意見だね」「ホントにそうなの?」と応じてディスカッションすることが、正解のない問いを見いだし、未来を拓く元になるはずなのだが、私たちはそうした軋轢を好まない。

大人になってからの問題の多くは最適解が見つからない。箴言の主は「問うことをやめることはできぬ」と決意している。問うことは未来に向かうこと。現状に満足せず、自分を磨いていく営みである。

ネット検索して正解が出たように思えても、正解は実は遠い。その人の思考や判断の力を経て、答えのない問いを考えていくこと、諦めずに立ち向かって答えを導き出す作業とは哲学である。哲学しよう。

(この主も考えているぞ、たぶん)
肌にくる毎日マスクの生活で [2020年09月02日(Wed)]

20200902_071001.jpgマスクを掛け続けることで肌荒れに悩む人が増えているという。夏には汗をかく。強い紫外線を避けるために日焼け止めは必須。その上からマスクをつけて過ごす。おのずと肌トラブルに悩まされるという構図である。

吹き出物ができる。紐が擦れてかぶれて赤くなる。痒くて湿疹ができる・・・。マスク内が蒸れることで雑菌が繁殖してしまうことと、摩擦が生じることが原因だ。

マスクを着けると保湿される。夏はつまり蒸れてしまう。皮膚表面の角質に水分が満ちることになるが、マスクを外したとたん、ここぞとばかり蒸発すると、必要な水分までもなくなる。そして肌が乾燥してしまう。冬によくあるように、肌のバリア機能が下がり菌が繁殖しやすくなる。菌ばかりか紫外線の影響も受けやすくなるようだ。

マスクを着けた状態でしゃべると、だんだんズレてくる。その心理的ストレスは計りがたい。擦れる摩擦がまた肌トラブルの元。

先週下がった気温が昨日から上昇気味。台風も9号10号のせいか、湿気も多い。難儀な日が当分続く。ご自愛ください。

(不織布マスクのプリーツは冬場には何のことはないのだが、もう見たくない気分)
秋口はやはり暑くて閉口し [2020年09月01日(Tue)]

20200602_112952_compress34.jpg9月のカレンダーが開いた。新コロナに明け暮れたこの半年。年末までの4カ月も同じことが続くのだろう。この1ヶ月もまた暑いと予報されている。マスクを着けることのプレッシャーが続く。台風9号に代表される強烈台風も来続けるのだろうか。関東大震災は1923年9月1日のお昼どき。地球の機嫌はわからない。いつなんどき来るかも知れぬ。備えようにも覚悟のしようがない。それでも、成るようになると諦観して生きる。
慣れ親しみコロナコロナと呼ぶ人よ [2020年08月31日(Mon)]

20200830_132532_compress37.jpgコビッド-19と名付けられた新型コロナウイルス。初期症状は風邪症候群。鼻水や咳、発熱、筋肉痛や倦怠感を伴い、嗅覚・味覚障害がときに生じる。サイトカインストーム(免疫系大暴走)を招いたり、重症急性呼吸器症候群を起こすと死に至る。

このウイルスや感染症のことを「コロナ」と呼びならわすようになった。人びともマスコミも、コロナ、コロナと言う。犬のポチや猫のミケのように親しげだ。そもそも製造メーカーのコロナに失礼ではないか。語源たる太陽のコロナだって悲しんでいるかもしれないぞ。

わたしは「新コロナ」と言っている。前にも書いたが、新ゴジラと呼ぶようにして恐ろしさをイメージできる。コビッド-19は目に見えない恐ろしい難敵である。運命共同体たる地球号において、人間と新コロナは共に生きざるを得ない。激闘は続く。

(美味しい茶粥を食べて夏バテを防ごう。もちろんこれだけでは不足だ。副食をたっぷり食べることだ)
自覚して想像をして行動す [2020年08月30日(Sun)]

20200826_195504_compress35.jpg聖教新聞「名字の言」に大きな問題に人類が向きあう際の共通項として、長崎原爆資料館に今年から掲載された文を紹介していた(8月18日付け)。胸打つ言葉である。

「核兵器、環境問題、新型コロナウイルス…世界規模の問題に立ち向かう時に必要なこと その根っこは、同じだと思います。自分が当事者だと自覚すること。人を思いやること。結末を想像すること。そして行動に移すこと」

自分は当事者であること、すなわち大きなくくりに対して、影響を及ぼさない小さな存在などではない。自分は主体者であると考えること。Think Globally , AcAct Locally(地球規模で考え、地域で行動する)という言葉のとおり、一人一人が地球環境や核、新コロナへの処方は描けないまでも、想像を逞しくして思いやりを持ち、いま自分に出来ることを実行すること。いわば地球に対して責任を持つこと。

待ったなしの状況は続く。30年経っても今の文明が維持できているかどうか。瀬戸際に立つ人類の一人として、高くて広い鳥の目と微細な蟻の目を持つときが来た。

(瑠璃柳は暑い夏に咲く。爽やかな瑠璃色)
猛る日に心尽くして生きたいよお [2020年08月29日(Sat)]

fumihouse-2020-08-28T13_28_39-1-thumbnail2.jpg【猛】とは、勢いが盛んであることを表す。荒々しい状態もまたそうだ。あちらこちらに猛る(たける)の字が浮き上がる。

鳴りを潜めていた猛虎だが、甲子園高校野球交流試合以降、復調の兆し。猛打復活だ。猛攻撃で、巨人を猛追せよ! 猛牛だったはずの近鉄バッファローズは猛将ならずして指揮官が交代した。野球界自体に猛勢がないだけにコロナ禍の入場制限が解かれてほしいところ。

夏休みは天王山。受験生よ、猛勉せよ、がんばれ! これから猛チャージだよ。二学期も始まった、猛スピードで猛然ダッシュだよ。健闘を祈る。

猛反発を食らったアベノマスク。あちこちで猛炎となって燃え上がった。当の安倍さん、元気がない模様。病がぶり返したのだろうか。猛勇を奮って政治が活躍すべきときなのに。いたずらに在位日数を誇ることなく猛省してほしい。

猛烈な暑さである。先週少し秋が見えたかと期待させておいてこの迫る猛暑。忍び寄って人間を羽交い締めにして、臆面もなく悩まし苦しめる。猛犬か、それとも猛毒か。島根では連日日本列島一の暑さを記録する。

これなら猛吹雪や猛雨がましだと思いがちだが、それならそれで猛襲されると人の命が左右される。台風由来の暖気と大陸と太平洋の高気圧が、猛威を奮う。猛ることは、適度な加減で済ませてほしいものだ。

(猛き夜には温かく安らぎの灯り)
断腸の思いと痛み悲しいね [2020年08月29日(Sat)]

20200819_224948_compress26.jpg【断腸の思い】
腸がちぎれるほどに激しく悲しむこと。中国の故事、春秋時代の晋に由来する言葉だ。捕まえられた子猿を長路追い掛けてのち母猿は死んだ。母の腸はずたずたに千切れていたいう。

安倍首相の辞意表明。潰瘍性大腸炎が再発し、職務の継続が難しくなったと。首相は「体力が万全でないなか、政治判断を誤ることがあってはならない」と述べた。多くの政治課題を残したまま「志半ばで職を去るのは断腸の思いだ」と語った。

大腸に炎症が起こり、潰瘍となるこの疾患。下痢や下血、痙攣、発熱。完治の難しい難病だそうだ。まさに断腸の思い。まっ不支持率54%にもなってるし、総理在位最高記録もつくった、もういいか!という感覚かな?

世はポスト安倍に。次の自民党総裁、すなわち総理大臣となるのは誰か。虎視眈々と総理の座を狙うのか、それともわずか1年の任期はスルーして新コロナも落ち着く次の座を狙うのか。駆け引きが始まっている。

(総理の座は針のむしろ、いが栗の痛みかもしれないよ)
抗議にて出場するかボイコット [2020年08月28日(Fri)]

fumihouse-2020-08-28T07_23_26-1-thumbnail2.jpg大坂なおみが、ウエスタン・アンド・サザン・オープン女子シングルス準決勝に一転して出場を決めた。大坂は、あい続く警官による黒人男性銃撃への抗議として棄権を表明していたが、大会主催者も同様の趣旨から27日の試合を中断していた。両者の協議の結果、プレーすることになったという。

「不平等と社会の不正に抗議」する考えを世に問うこと、立派なことである。しかし、単にボイコットするよりは、続けて勝って、優勝インタビューで堂々と抗議したほうが遥かに効果的だ。さらに、全米オープンでも強さを示して覇者となれ! 多くの人が耳を傾けてくれるだろう。
オショクジケン美味しさと危険悩ましき [2020年08月27日(Thu)]

fumihouse-2020-08-27T05_59_09-1-thumbnail2.jpgオショクジケンは美味しいようだ。

昨夏の参院選で首長や県議に票の取りまとめを依頼して現金を渡したとして逮捕された河井議員夫妻の公判が始まっている。現金は提供したが選挙運動の報酬ではなかったと、見え透いた抗弁をしている。夫は衆議院議員、妻が県会議員から参議院議員に格が上がる(本来議員に貴賤上下はないはず)ことで得られる美味しさとはどんなものやら。汚職事件が引きも切らないのは、美味しさの表れか。

わたしの手元にあるのは「出雲の飲食店応援プレミアム付き食事券」と「しまねプレミアム飲食券」。新コロナの暴風を受ける業界の一つが飲食業である。お食事券をせっせと使ってカネを回そうではないか。大人数の飲み会ができないから、大枚をはたくことにはならないが、ちょっとずつお食事券を使って、美味しい思いをいたしましょう。

(サルスベリが紅色のフリル状の花を咲かせるのも暑さの残る頃までだ。でもいつまで続く?この暑さ。出雲では初めて37℃を超えた)
もののけの姫に殿なり人となり [2020年08月26日(Wed)]

fumihouse-2020-08-26T12_54_51-1-thumbnail2.jpg『もののけ姫』を映画館で見る。オーケストラのサウンドが響き渡った。冒頭、コントラバスの低音に心を揺さぶられた。太古の森の守り手の強い意思を感じた。それはヒトではなく、地球そのものの雄叫びだ。

ヒトという破壊者を静めるために数々の予兆で示す。収奪者と化したヒトを諌めることができないと知った地球は牙をむいてヒトに襲いかかる。物の怪とは地球の変身した姿。怪奇なる物は地球の分身。モノに付いた怪奇なるコトが人間界に混乱をもたらす。

怪奇なるはヒト。ホモ・サピエンスが怪奇そのものなのだ。地球の資源を収奪し、他の生物がそれぞれ適した環境で生きている価値を優先しない。映画『もののけ姫』を見たらそんな気持ちになってきた。ジブリ渾身の名画である。
染められて令和2年は過ぎ行きて [2020年08月25日(Tue)]

fumihouse-2020-08-25T12_05_00-1-thumbnail2.jpgずっと思っていた。なぜ平成を30年でお仕舞いにしなかったのか。31年の、しかも4月末で途切らせるなんて変だ、区切りが悪過ぎる。政策立案者に悪態をつきたかった。

ところが、4月30日で終わらせたのはともかく(皇室行事に配慮したとか)、平成31年と令和元年とは相性がいいことに今さら気がついた。令和2年、3年と進むうちに平成で換算すれば32年、33年となってちょうど30を差し引きすればよい。昭和はどうしようもないけれど、令和と平成の相性はいい(数字の読みだけの話ではあるが)。令和が始まってから、早くも16か月。うち7か月は新コロナに染め尽くされた。

(雛桔梗(ヒナキキョウ)というそうな。道端に咲く小さくて可憐な花。品のいい薄紫だ)
今はもう弱虫じゃないペダル踏む [2020年08月24日(Mon)]

fumihouse-2020-08-24T06_59_20-1-thumbnail2.jpg映画『弱虫ペダル』を観て、思わず足に力が入った。小野田が坂道を上る。ぐいぐい漕いで疲れを知らない。疲れはするだろう、が彼には山の神が降臨したのだ。

アニメ・マンガ好きの小野田は一人であれば、単なるオタクでしかない。しかし、人間というものは、自分を知ってあてにしてくれる誰かのためにがんばれる。思いがけず自転車競技部に入った小野田は、意外な才能に気づく。まずは周りが気がついて鼓舞する。小野田は自信喪失状態から立ち位置を替えてがんばった。いい循環が続いたのは、彼にとって幸運だった。周りがいい人ばかりだったのも幸せだ(皮肉屋はいるが)。

King & Princeの永瀬廉が小野田を純朴に、かつ伸び代タップリに演じた。伊藤健太郎は高校一年生には見えなかったけれど、クールに熱い今泉役にはまっていた。先輩たちがオッサンばかりで驚いたが、高一にとって先輩とは1年2年の違いが大きな溝があることを示していて、なるほどと思う。

千葉県大会のレースシーン。自転車の団体競技とはああしてレース運びをするんだなあ、と勉強になった。ハラハラの連続で、勝ったときの痛快さといったらない。走行場面にはCGを使っていないという。練習を重ねてたくましくなった若い俳優たちが実際に走る。これも痛快な出来事だ。
もよおして朝のスッキリ楽しげに [2020年08月23日(Sun)]

fumihouse-2020-08-23T08_49_27-1-thumbnail2.jpg朝ごはんを食べると、もよおしてくる。トイレに入ってスッキリ・・・。もちろん食べたモノが直行便で下りるわけではないが、そう思えるくらいに反応が早い。朝起きてすぐに水をタップリ飲む。15分のストレッチで身体をほぐす。ごはんを食べるころには腸の蠕動(ぜんどう)が活発になって下へ下へと押し出していく。幸いに消化器は十分健康である。

先日大腸に内視鏡を入れたときに医師が小腸の出口を診ながら言った。小腸の微絨毛(びじゅうもう)が稠密で元気そうだ。ここは栄養素を吸収する毛細血管のほかにリンパ腺も通っている。ここが元気だと免疫力も強い。新型コロナウイルスに感染したとしても症状は出ない。家でもお年寄りに移さないよう余程注意しなさいね、と。

元気に不覚をとることなく、新コロナ対策を進めていかなくてはならない。

(簾(すだれ)の向こう、出雲大社に連なる弥山山の麓を眺めながらゆっくりしている。月夜のうさぎという地元の宿だ)
気をつけてやったつもりは未確認 [2020年08月22日(Sat)]

fumihouse-2020-08-22T09_43_12-1-thumbnail2.jpg交通事故を起こしてから(いや、ぶつけられてから)、見たつもりの(実は見ていない)左右確認がなくなるように、口に出して運転するようになった。

クルマの運転に限らない。やったつもりの確認の多いこと。チェックしたことにしておく、形だけのものが、いかに多いか。ほとんどは異常なしで済む。しかし一定の割合で要注意の案件が出る。ヒューマンエラーもあり得る。「気をつけて やったつもりは未確認」というのはさっき考えた標語。

運転中の左右確認。だんだん緩んできて、口に出しているかどうか、近頃心もとない。こういうところから破綻は始まる。奈落の底に落ちていく。

(カーテンの向こうには魔物が潜んでいるかもしれないよ)
悪口は依存的なり注意せよ [2020年08月21日(Fri)]

fumihouse-2020-08-21T07_15_38-1-thumbnail2.jpgネット上には誹謗中傷があふれる。厳しく取り締まるべきだという声が増えているが、彼ら彼女らはすでに報復を受けている。人を呪わば穴二つの諺のとおり、強く嫉妬したり、他人の悪口を言う人ほど不幸になる。精神科医で作家の樺沢紫苑氏がこう述べる(週刊東洋経済プラス8月17日号)。

≪人間はついつい他人と自分を比較してしまう生き物です。
(中略)自分が劣っていると感じたときに「劣等感」を抱きます。劣等感は強烈なネガティブ感情なので、それを何とか払拭したいという衝動にかられる。
(中略)相手を引きずり下ろすことによって、自分の価値を相対的に高めることができる。それによって、内なる劣等感を緩和しようという心理が働いてしまうのです≫

氏は悪口や誹謗中傷で劣等感を解消したい人の心理を分析する。

(自己肯定感が低い人は)≪自分対相手との比較において、自分が劣っていると感じやすい傾向があります。だから、実は自己肯定感の低い人ほど悪口を言う傾向にあるのです。
(中略)なぜそれをやめられないか? それは「悪口は依存症である」と考えると、非常に腑に落ちます。誰かの悪口を言うと、やる気や快楽に関与するホルモン「ドーパミン」が放出されます。
(中略)ドーパミンはよくばりな脳内物質でもあり、一度放出されると「より大きな刺激」を求めるようになります。
(中略)悪口を言えば言うほど深みにはまってしまう。これはアルコール依存症や、薬物依存症と同じ原理です≫

さらに、悪口を言うとストレスホルモンであるコルチゾールが分泌されるというから大変だ。悪口でストレス解消、なんてとんでもない。害悪だらけ。

氏曰く。悪口を止める一番の近道は、自分を褒めることだと。ささいなことでよいから、自分の良いところとか成功体験を独り言でいいので褒めることがよいという。自慢話を他人に振りまいてしまうと、反対に害があるので注意したいものだ。

(花はそれぞれが美しい。自分は美しいとも思わず、花は凛と咲いている)
丸付けて女担任笑われた [2020年08月20日(Thu)]

fumihouse-2020-08-20T06_03_51-1-thumbnail2.jpgわたしは丸付けのマルが書けなかった。答案の正答のすぐ下に鉛筆を置いて、時計回りにぐるっとマルを書く。たいてい長丸の右上がりのマルが書けて、左下には払いが残り、出来上がり。小学2年生、そんな簡単なことができなかった。

左斜め上に向けて真っ直ぐな線を描くと、右斜め上に90°に折れて、ある所までいくと急角度に折る。そこから始点に向かって再び真っ直ぐな線を伸ばして、ぶつっと止める。担任になったばかりの中年女教師はへらへら笑った。丸じゃない!これは三角、と侮蔑的な言い回しで笑った。以来その女を嫌いになった。

隣に座る女の子が丸の書き方を教えてくれた(その子とは半年前の同窓会で会った)。マルとはそんなものだと思い込んでいたのか、不器用で書けなかったのか、全く記憶にないが、猛特訓?の甲斐あって丸が書けるようになって今に至る。遠い昔の記憶。あれはいったい何だったのだろう。

(まん丸に近い長丸のピオーネ。今シーズンはまだ口にしていない)
かまびすし季節は転じて秋に行く [2020年08月19日(Wed)]

fumihouse-2020-08-19T07_14_17-1-thumbnail2.jpg昼間の暑さは耐え難い。しかしなんとか耐えている。夜に続く酷暑も忍び難い。しかしこれもギリギリ忍んでいる。

しかし昨夜は違った。エアコンの効きが悪いような気がして外へ出てみると、思いがけず涼しい。機械が自動的に止っていたわけだ。窓を全開にして風を入れて眠る。南の山から下りてくるほのかな空気が心地よかった。

起きてからも涼しさは続いている。しかし晴天。雨など期待できないまっさらの青空。気温はぐんぐん上がる。セミもかまびすしい。しかしセミが代わった。蜩のカナカナ音で目が覚めなくなった。遅れてやってきたミンミンゼミがうるさいほど鳴くようになった。

季節は確実に転じている。新コロナの季節も転じてくれないだろうか。しかしそうは問屋が卸さない。

(白いキョウチクトウとも、もうじきお別れだ)
こそあどは適度に使いコミュニケーション [2020年08月18日(Tue)]

fumihouse-2020-08-18T13_02_09-1-thumbnail2.jpg出雲徳洲会病院に行ったら、こんな標語がありました。医療安全標語・川柳の優秀作品の一つです。

  あれ! これ! それ!
  あれ? あなたのそれは これですか?

「あれ」という指示代名詞を唐突に使われると戸惑います。これちょうだい? とか、それ何? であれば目が届く範囲にあって何とか分かっても、あれどこにある? と尋ねられて応えられる人は余程察しのいい人です。

【こ・そ・あ・ど】は、話し言葉における指示語の体系です。話し手から近いもの(近称)が【こ】、中くらい(中称)が【そ】、遠いもの(遠称)が【あ】、不明なもの(不定称)が【ど】です。

これ、それ、あれ、どれ/こう、そう、ああ、どう/こんな、そんな、あんな、どんな/この、その、あの、どの/こいつ、そいつ、あいつ、どいつ/こちら、そちら、あちら、どちら

代名詞となり、副詞や形容動詞として使われ、体言にまたがって使用頻度は高いのです。ついつい、多用しがちです。具体的な名前が口に出てこなくて、苦し紛れの「あれはどうなってる?」などは、短い一文に こ・そ・あ・どが二つも入っています。年をとるとやむを得ないこともありますが、なるべく使いたくないものですね。

(これ何の花だっけ? ダリアだよ)
含羞の憂いを含んだ葉が閉じて [2020年08月17日(Mon)]

fumihouse-2020-08-17T07_10_14-1-thumbnail2.jpg恥ずかしがると視線が下もしくは外を向き、背が丸まる。はにかんで恥じらう姿が可愛らしいのはどんな人だろうか。それは置くが、含羞草(がんしゅうそう)という植物がある。別名のほうが有名で、オジギソウ。マメ科の多年草でブラジル原産。江戸末期に渡来したそうだ。

10時10分の方向に開いて対になった葉っぱに触れると一斉にすぼむ。そればかりか、恥じらって体をよじらせるように、茎の節から折れていく。おじぎ草というよりは、含羞草がふさわしい。含羞草をいただいてから、毎日手わるさで遊んでいる。夜になると閉じたままになるのが寂しい(就眠運動というらしい)。

この葉は初夏には花咲く合歓木(ネムノキ)に似ている。子供のころ区別がつかなくて、合歓木に何度もちょっかいをかけたことを思い出す。夏になると淡紅色の小花が球状に群がり咲くという。来年を楽しみにしている。
缶を蹴りクルマ轢かせるガキがいた [2020年08月16日(Sun)]

fumihouse-2020-08-16T08_11_08-1-thumbnail2.jpg小学校高学年のころ、下校中に友達と缶を蹴って遊んだ。ただ蹴るだけでは面白くない。クルマにひかせてペチャンコにしようと企んだ。

通りでクルマを待った。タイミングを見計らって道路脇からポンと蹴り出す。上手いこといくと、タイヤに轢かれて薄っぺらい缶の残骸となった。ある時、クルマが急停止してオジサンが駆けてきた。危ないだろ、飛び出しちゃ、と叱られた。誰かが飛び出したように見えたのだろうか。反論はせず、黙って頭を下げた。オジサンが立ち去った後、二人で顔を見合わせた。以来、この遊びは封印した。

運転する立場となって思えば、とんでもないガキである。脇に子供が立っている、何か知らないがクルマに向かって蹴った・・・缶ガラだとわかっていても、小言をかましてやりたくなるぞ。このガキ野郎(>_<)
演奏し心は健康うれしやな [2020年08月15日(Sat)]

fumihouse-2020-08-15T09_31_54-1-thumbnail2.jpgある調査によると、楽器を演奏することは心の健康に大きくプラスになるという。幸福感があり、リラックスできるという点でわたしも同感だ。

ウクレレを持つ400人の英国人で、ある曲をカバーして発表するまでの水準に達した人々を対象に調査した結果、9割がメンタルヘルスに良いと感じていた。その9割のうち、6割近くがリラクゼーションに良いと思い、また5割が満足し、4割が穏やかな気分になっている。さらに3分の1以上が、音楽を演奏するという能動的な行為によって、人生における目的意識が高まったというから、楽器の演奏ってスゴいことなんだと思う。

音楽にはリラックス効果があり、ストレス解消効果があるのは自明であったが、演奏することがここまで良いとは驚きだ。もっとギターを弾かなければいけないね! もちろん上手くいかないとストレスにはなるが、音を出すこと自体を楽しもう。

(鍵盤を上り下りする指はピアノの弦をハンマーで間接的に叩く。なぜ鍵盤楽器が生まれたか。弦楽器が難しい過ぎたから)
繊細さん考え細やか察知して [2020年08月14日(Fri)]

fumihouse-2020-08-14T10_10_48-1-thumbnail2.jpg「繊細さん」というのは初めて聞いた呼称だ。『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本』の著者・武田友紀氏がオリジナルだという。HSP(Highly Sensitive Person)という気質が原因となって、深く考えすぎる、過剰に刺激を受けやすい、感情反応が強く共感力が高い、些細なことも察知できるという特徴が繊細さんにはあるそうだ。

一見すると、繊細さんは神経が細やかで配慮が行き届き、他人から感謝される人に思えるが、過ぎたるは及ばざるが如し。生きづらいと悩む人が多いそうだ。考え過ぎて疲労困憊する。

そういう私は、共感力はともかく、軽く考えがち、刺激を察知しづらい・・・。繊細さんとは対極にある。かといって、ときには完璧主義になって煮詰まってしまうこともあるから、人間というものはわからない。

著者の武田友紀氏はおっしゃる。≪繊細さは、克服すべき課題ではありません。(中略)見方を変えると「毎日のちょっとした幸せにも気付ける」ということ。自分のままで、仕事もプライベートも、人生をより深く味わうことができると思います≫と。(聖教新聞7月31日付「Woman in Action 輝く女性」)

毎日は小さいけれど刺激に満ちている。「ちょっとした幸せにも気付ける」よう、感性と実力を磨いていきたいものだ。

(繊細な薔薇、繊細な白色。雨にさされて涼しげだったが、宿直明けの眠たい今朝は一雨ほしいところ)
連呼して飛沫を飛ばすことなかれ [2020年08月13日(Thu)]

fumihouse-2020-08-13T07_16_56-1-thumbnail2.jpgしばらく前の東京都知事選挙で選挙の様相が変わった。名前を連呼する選挙カーが走り回ることは当分なさそうだが、大昔こんなことを考えた。

応援する候補の選挙カーが近くを通ったら、手を振り「頑張って!」の声も添えて、奮闘を願う。ライバル候補者が目の前を通ることもある。そんな時、どうしたらいいのかと考えた。

結論は、手を大きく振って声援する素振りを見せる。やっていることは前者と同じことじゃないかい? いや違うのさ。「候補の◯◯でございます。皆さまのご支援に支えられて、議員を務めてまいりました。今後も誠心誠意この選挙区のために尽くしてまいります」。応えて手を振ってあげると、「手を振ってのご声援ありがとうございます。◯◯さらにこの選挙を強く戦ってまいります」。すると陣営は当たりはいい!勝てる! と油断するにちがいない。

そんな荒唐無稽なことを考えたことがある。もう大昔の話。35℃の猛暑日などない頃だった。そもそも「猛暑日」という気象用語は発明されていなかった。

(猛暑日の昼間を乗りきるためには夕立が欲しいところ。数日前の夕立あと里芋の葉に水玉)
アマガエル包んで外へ丁寧に [2020年08月12日(Wed)]

fumihouse-2020-08-12T06_16_21-1-thumbnail2.jpgアマガエルを捕まえた。というか、捕まえさせられた。昨夜ギターの練習をしていたら家人から、脱衣場に蛙がいるとSOSが発信され、現場に急行したのであるが(もちろんギターは丁寧に扱う)、なかなか捕まえられなくて難儀した。小さくてすばしっこくて、指の間から逃げてしまう。手の中で潰したくないから、ギター並みに丁重に包み込む。すると手が甘くなって、すり抜けられてしまう。挑むこと5度目にして、やっと掌に包んで外に去っていただいた。当然手にはヌルヌルが残るので、これも丁寧に石鹸を泡立てて洗う。再び丁重にギターをケースから取り出して練習を再開したのであった。ヴィラ=ロボスの練習曲第一番。練習曲といいつつも、セゴビアがコンサートのアンコールで演奏していた芸術的な名曲だ。しかも難しい。これは私にとって蛙の比ではない。当分人前では弾けそうにない。

(アマガエル君よ、オクラの花に座って鳴きたまえ。絵になると思うよ)
干しうだり日々に更新この暑さ [2020年08月11日(Tue)]

fumihouse-2020-08-11T20_06_52-1-thumbnail2.jpg昨日はこの夏一番の暑さにうだった。南からの強めの風が吹いて暑い一日が終わった。昼間はほとんど外へ出なかった。

夜になって運動がてらウォーキングをする。風で雲が吹き払われて塵も飛ばされるのか、空が澄んでいる。星が瞬く。それぞれが呼応して瞬く(なわけないが)。

北斗七星の曲線に続く牡牛座アークトウルス、乙女座スピカ。まだ春の星座は健在だが、西に傾いている。北極星の小熊座もW字のカシオペア座もくっきり見える。

圧巻は南の空。南中を過ぎた蠍座が雄大だ。大きなS字がちゃちなサソリを超えている。木星が明るい。黄みがかった土星もある。その射手座は1等星こそないが、2等星の明るいやつらで意外と目立つ。天の川の光の靄がかかって見ごたえがある。蠍座から射手座にかけて、星空の宝石箱そのものだ。

南の風はまだ強い。湿って熱くて心地よい風ではない。秋の虫が聴こえていた。ガチャガチャとクツワムシもうるさいやつらだ。盆明けまで暑いとの予報。それでも秋の足音は確実に歩み寄っている。

(今夜はすやすや眠りたいところ。昼下がりに雷雨があって涼しくなって嬉しい)
巧まずか敢えてか歩いて健康に [2020年08月10日(Mon)]

fumihouse-2020-08-10T07_17_47-1-thumbnail2.jpg電車通勤をしていると、巧まずして歩くことができる。家から駅まで歩く、駅構内を歩く、バス停まで歩く、待ち時間にコンビニへ行ったりして歩く、歩くために次のバス停まで歩く、弾みがついて昼休みにウォーキングする、帰りもバス停をいくつかやり過ごす・・・なんだかんだで1日一万歩は軽かった。ついでに歩くという点で電車通勤は貴重な機会である。

ところが今は、巧まないと歩けない。クルマ通勤となると、意図的に歩くことをしないと1日の歩数はせいぜい3千歩。この半年、通勤ついでに歩くことができなくなって、こうなると敢えて歩くようにしないと歩数は確保できない。

すると、夕食が終わってテレビタイムを止めて、歩く。家族を誘って歩く、数キロ先ならクルマで行かず歩く・・・機会を積極的に作り出すことが必要だ。この暑い時季。ついででなく、敢えて歩くことは難しい。

昨日はフェーン現象でこの夏一番の暑さにまいった。今朝も朝からクマゼミがジュワジュワと暑さを振り撒いている。少し涼しくなるまで、歩く楽しみはとっておこうと思う。
メンタルの恒常性なり成果なり [2020年08月09日(Sun)]

fumihouse-2020-08-09T08_26_16-1-thumbnail2.jpgメンタルヘルスのためのマネジメント研修を受けた。講師は総合心理教育研究所・東京セリエセンターの佐藤氏(臨床心理士・精神保健福祉士・公認心理師)。氏は、指導とハラスメントの区別を明快に定義なさった。

1/職場における優越性(上司と部下。上司であっても古参部下には優越しない)
2/業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動(感情のままに激しい言動)
3/労働者の就業環境が害される(心身のダメージ)。

「あほうとり」の態度は心理的負荷を与えるという。その代わり「やきとり」型リーダーを目指したいと。

【あ】あくびをする
【ほ】頬杖をつく
【う】腕組み
【と】時計を気にする
【り】リズム行動(貧乏ゆすり、机を爪で叩く)
  *************************
【や】優しい
【き】厳しい(仕事に)
【と】とっつきやすい
【り】理性的

働く人のレジリエンス(困難への対応、復元力)を向上させる条件も提示された。心していきたい。

ストレングスファインダー(価値を見い出し目標を設定する)/コーピング(ストレスを評価し対処する)/エクササイズ(適度な運動)/マインドフルネス(今に意識を集中させた瞑想)/ニュートリション(栄養)/サポートとコミュニケーション/認知行動療法(ものの見方や考え方の修正によって行動を変える)/笑顔の職場

研究所の名称の元となったハンス・セリエさんというのは、カナダの生理学者でストレス学の父と呼ばれるそうだ。覚えておこう。
マスクして夏の暑さにうんざりさ [2020年08月08日(Sat)]

fumihouse-2020-08-08T17_38_46-1-thumbnail2.jpg疲れている。うんざりしている。暑さに、マスクに。暑いのはこの時季仕方がないとしても、マスクには辟易している。冬季のマスクはまんざらでもない。適度に暖かく、湿り気もくれて好ましい。しかし、夏季のマスクは初体験だ。

口と鼻を覆い、耳を紐で引っ張る。圧迫感がある。顔全体どころか、身体全体にもわっとした空気を引き連れて、わたしを苦しめるマスク。出掛けるときには忘れてはいないかと、大いに気にして確かめる。周囲の人が離れているときは外していても、話すときには口許に。何度も繰り返される日々の行為に飽き飽きしている。

コロナ禍のこの時期。暑さと同様仕方のないことさ・・・と、なかなか諦観できないところは人間が出来ていない証拠。
お尻から管を入れたらあら不思議 [2020年08月07日(Fri)]

fumihouse-2020-08-07T16_59_38-1-thumbnail2.jpgボーン・ゴルファーという言い方がある。生まれついてのゴルファー。生まれた直後に「天上天下唯我独尊」と言い放った聖徳太子にはなれないが、幼児のころから手ほどきを受けて、たちまちにして高いレベルのゴルフができる。環境も才能にも恵まれている。大人になって始めたレイト・ビギナーからすれば、うらやましい限りのゴルファーのことだ。ゴルフではないが、こうした記述に出会った。

≪生まれた時にはすでにその手に内視鏡を持っていたと言われる程、内視鏡は体の一部のようです≫

このドクターに診察を受け、大腸がんの内視鏡検診を受けた。前日から消化のよい検査食を食べて、夜から絶食。朝から経口腸管洗浄剤、すなわち下剤を2リットルも飲む。排便を重ねて便が水状になっていく。経口補水液の味、砂糖と塩の混じった味は始めこそ美味しく感じたが、だんだん飽き飽きして、いらんと思う。固形物は早々に無くなったが、便の色が抜けず、結局飲み干した下剤は3リットル。ほとほと飽きた。

検査は異常無し。ほっと胸をなでおろす。たんまり飲んだだけあって、大腸のなかがキレイに見えた。これでご飯にありつける。ボーン・ドクターよ、ありがとう。

(検査後は、薫り立つ薔薇に包まれて、のんびりしたい)
日常はさりげなきかな75年 [2020年08月06日(Thu)]

fumihouse-2020-08-06T19_45_43-1-thumbnail2.jpg茂木健一郎氏はJ.S.バッハの足跡を求めて、ドイツ中部に旅した。そこで巨匠と音楽、日常を真摯に見つめることに思いを馳せた。

≪どんな人にも、生活に与えられた時間や空間は平等である。皆、その中でやりくりをしてきたのだ。当たり前のことだが、その場所に行けば、聖地は「日常」となる。そもそも、最初からこの世には「日常」しかないのだ。
(中略)私たちの世界が、生きる限りにおいて日常の繰り返しであるとするならば、私たちはほんの少しの工夫で、日常を底光りさせることができる。今日もまた、私たちの耳にはかくも美しい生命という「音楽」の響きが届いている≫ (『音楽の捧げもの〜ルターからバッハへ』茂木健一郎著,PHP文庫,2009年)

真実とは日常の延長線上にしかない。一発大逆転だって忽然と生まれるものではなく、日常の地道な鍛練の途上にある。

きょうは、広島の被爆から丸75年の日。3日後の長崎も含めて3・四半世紀が過ぎた。被爆して亡くなられた多くの方々。後遺症に悩まされ、差別に苦しんだ人々。あの日いつもの日常を過ごしていたはずの人々はたった一発の悪魔によって、平凡だったはずの日常を剥ぎ取られてしまった。核廃絶運動の原点となったとはいえ、悲しき非日常であった。

日常はさりげなく、柔らかに、ここに存在していなければならない。その日常には「美しい生命という音楽の響き」が、ここかしこに流れている。
トレモロに水滴流れ異郷かな [2020年08月05日(Wed)]

fumihouse-2020-08-05T06_04_47-1-thumbnail2.jpg名曲『アルハンブラの想い出』。これを独奏すると、イベリア半島に花開いたイスラムの栄光が感じられる。正確に言えば栄華の跡である。フランシスコ・タレガが120年以上も前にここを訪れて着想を得た。

ギリシャとローマの文明が滅び、西洋キリスト社会が暗黒に転じたあと、文明技術の精髄を継承し発展させたのはイスラム文明である。やがてヨーロッパがルネサンスを経て反転攻勢にかかる。一方でイスラム社会は宗教的原理主義が強烈となり文明は衰退する。両者の力関係が逆転するのが、アルハンブラ要塞のあるグラナダ(スペインの地中海寄り)が陥落した頃と言える。それが15世紀末。イベリア半島全体を支配していたイスラム教徒であったが、アフリカや中東の砂漠地帯にまで追われた。脱出した者にとってアルハンブラは望郷の象徴となった。

クラシックギターのトレモロ奏法で ミーレ ドーレミー と続く単調のメロディは、故郷を追われた者の無念さと滅びの哀愁を醸す。タレガはアルハンブラに旅して、追われし者たちの「想い出」や「思い入れ」に感じ入ったのかもしれない。

トレモロは薬指(指記号a)、中指(指記号m)、人差し指(指記号i)で一つの弦を高速で弾いてメロディとし、親指(指記号p)はバス声部と伴奏和音を奏でる。pamiの4連符の繰り返しが最後まで続く。トレモロで途切れない噴水の粒々を表現したのだという。時おり入る装飾音が実にメルヘンチックで、細やかで幻想的な彫刻や装飾美も映し出されている。

トレモロの繰り返しはどんな意味があるのか。城が滅びたあとも水の流れ、噴水の飛沫が途絶えない。精緻なイスラムの土木建築技術が素晴らしかったことの証を表現した、とわたしは見る。繁栄は永久に続きそうに思えるのだ。

タレガが見たアルハンブラは、今のように観光客が寄せる世界遺産ではない。荒廃していたのではないだろうか。タレガは、異教徒が七百年もの間支配した、兵どもが夢の跡のアルハンブラに寄せて、繁栄が途絶えてしまった寂寥を描いた。自分個人の「想い出」というより時代の「情念」を表現した。宮殿と風景の美しさのみならず、歴史も含めた全てを包含して「情緒」をメロディに残したに違いない。

タレガは世にあるすべての栄枯盛衰、建設と破壊、諸行無常の様々を感じたのかもしれない。人が人を征服し支配する。殺し合いを経て生まれる憎しみの連鎖。それも過去の遺物となって、今ここに超然として存在するアルハンブラ。そうした叙情を見事に歌いきったのだと思う。

(アルハンブラ宮殿にはこんな花が似合いそう。スパラキシス・トリカラー。別名は水仙文目というそうな)
梅雨空とカンカン照りを比較して [2020年08月04日(Tue)]

fumihouse-2020-08-04T05_21_37-1-thumbnail2.jpg梅雨空が続いていました。出雲では大雨こそ降りませんでしたが、降ったり止んだりの日ばかりで日照時間は少なかった。各地に被害をもたらした豪雨。線状降水帯に痛めつけられました。早く梅雨が明けてくれっ!と空を恨めしく見ていたものです。

ところがこの暑さです。もちろん去年も一昨年も今頃はあまりの暑さに閉口していたものですが、今年はずっとましです。でも暑いものは暑い。エアコンなしでは過ごせません。

暑いのもイヤ、雨続きもイヤ。わがままだと言われそうですが、人間なんてそんなものです。中くらいの幸せを望むのです。かといって平凡な毎日が続いてしまうと、刺激が欲しいと言って、欲が深くなるのかもしれません。

(カーテンの向こうには何がある? わがまま放題の刺激か、それとも避けがたい艱難辛苦か)
狙うことゴルフとギターの共通項 [2020年08月03日(Mon)]

fumihouse-2020-08-03T06_52_46-1-thumbnail2.jpg今はやらないが、ゴルフで学んだことがある。狙わない的には当たらないということだ。狙ったとおりにクラブが球を芯でとらえ、思いどおりの軌跡を描いて球が飛んで落ちて転がる。十のうち一つでもそうなれば御の字だ。プロゴルファーでもそれは同じこと。彼らは抜群の精度でショットを打つだけに許容範囲が狭いのだ。

ざっと方向を定めて、当たるも八卦当たらぬも八卦状態で打つと、決まってミスショット。まぐれ当たりはあるが稀なことだ。まぐれを期待するのが習い症になってしまって、下手が下手のまんま変わらない・・・。

それを脱するために、一打一打スタンスを決めて描く球筋をイメージしてから始動する。確かにショットが良くなったと思う。多くはイメージどおりにはいかないが、気を取り直してゲームプランを練り直す。結果としてスコアもアップした。

ギターを弾くにあたって左指の押弦、右指の弾弦にも同じことが言えるのに気がついた。距離は近くてもピンポイントでフレットのすぐ外側を押さえることは難しい。指板の横から見るために立体的な視点では眺められない。ゴルフクラブのように振り回すものではないが、距離は近くても思うにまかせない。だから毎回、ここだ!と狙う。

右手も同様。これは目で見ながらでなくて、感覚で指を動かすだけにもっと難しい。見えなくても狙う。狙って弾く。優しくタッチする・・・心がけていきたい。永久に試行錯誤だが。

(クローバーがさりげなく咲く。ギターもさりげなく上手に弾きたい)
刈り払い草のいきれにムンムンと [2020年08月02日(Sun)]

fumihouse-2020-08-02T07_13_41-1-thumbnail2.jpg草刈り機を使う。刈り払い機と言うのがふさわしい。刈ったそばから遠心力でもって草が弾かれていく。ベルトを肩に掛けて持ち手をしっかり握って、90度くらいの半角をつくって進んでいく。腕力で持つとムダな力を使う。地面に歯の底を乗せ、右太股に柄を乗せてリズミカルにやれば楽にできる。

まっ平らな所ばかりではない。マウンドがある、思いがけなく石がある。畑だったら草に隠された作物がある。リズムは崩れ、機械もその度に異音を発して警告を出す。斜面を進むときは要注意。足を滑らせて鋼のチップソーが身体に向かえば恐ろしい凶器だ。

適度に休んで水分を補給しないと危険だ。草が繁茂するのは酷暑の頃。熱中症と隣り合わせの作業である。ジリジリと手指がしびれている。重い金属の棒を強く叩いて響いた時の感じ。それがずっと続く。ドリルやチェンソーを扱う仕事人は白蝋病になりやすい。強い振動によって血管が収縮して運動神経障害を来す。

メガネ型ゴーグルを外し帽子を取り、手を洗う。上下着替えて眼鏡を洗う。エアコンをつけて涼んで冷たいアイスクリームを食べる。ギターを取り出す頃には手のしびれは消えた。タッチには上々違和感があったが、仕事後の心地よいひととき。

(タンポポに似た花。春から今も咲いている。コウリゾナというそうな)
トリモチでセミを捕る夏懐かしき [2020年08月01日(Sat)]

fumihouse-2020-08-01T09_45_11-1.jpg夏休みと言えばセミ捕り。取り方はいくつかある。手を丸めて木の幹を押さえる。高い所には手が届かない。逃げられる率は高い。虫取網を使う。幹が平らでないと難しい。ズルズルと網を下ろす時に逃げられやすい。

蜘蛛の糸を使うという手もある。竹棒の先に細い枝を丸めて、いくつもの蜘蛛の巣から糸を奪って巻き付ける。蜘蛛の巣の粘着力を利用するのだが、元気がよくて大きめのミンミンゼミやアブラゼミだと、粘着を跳ね退けて逃げられることが多い。

一番確実なのはモチノキを使うこと。幹から皮を剥ぎ取る。コンクリートに乗せて石で叩いて細かく砕く。粘りけが出て、幾度か水洗いするとトリモチ(鳥黐)の完成。竹棒の先に付けて、蝉の背をそっと押さえれば逃げられはしない。

これにも難点があって、トリモチが強力で羽根から落とせないのだ。やがて何匹か捕るうちに飽きる。虫籠に入れた蝉も忘れ去られて、翌日にはご愁傷さま。哀れな夏のセミたちよ。

(あの頃はゴーヤの花なんて知らなかった。そもそも苦瓜なるものの存在すら知らなかった)
明けまして梅雨に別れを告げるとき [2020年07月31日(Fri)]

fumihouse-2020-07-31T18_16_37-1-thumbnail2.jpg明けましておめでとうございます。
ってっか、謹賀新年は5カ月も先でしょ?
いえいえ、長過ぎたけれど梅雨が明けたのです。
それを喜びましょう。
各地に惨禍をもたらす長雨でしたから素直には喜べませんが・・。
むろんコロナ禍は明けたわけでもありません。
それどころか、自分の足元がいつすくわれるのか、
戦々恐々としている人もいます。
梅雨が明けたら明けたで、容赦のない残忍な熱波が襲います。
油断もスキも見せられません。
どうぞご自愛を。
暑中お見舞い申し上げます!
ハンドルを握って力入れたれば [2020年07月30日(Thu)]

fumihouse-2020-07-30T18_08_06-1-thumbnail2.jpgクルマのハンドルを握っているとき、まれに手が滑ってバンドルから離れることがある。手の力が抜けているのであろうか。むしろ力が入っている。実験してみるとわかるのだが、力がかかるのが、肩と腕と掌と指。それぞれが分離してはいないので、全体として力が入っている。四つに分解してみた。

【肩】ガチガチになる。首がすぼまって、自ずと腕までも固くなる。じきに肩がこるだろう。意外と手には力が入っていない。
【腕】腕だけに力を入れるのは難しい。
【掌】腕から肩にかけて全体が固くなって柔軟性がなくなる。じきに疲れてしまうだろう。
【指】これが一番バランスがいい。楽に握って、かつ滑ることもない。疲れにくい感じ。

結論すれば、どちらかと言えば肩に力を入れていた時に滑るようだ。必要なところに力がかかっていればハンドルを滑らすことはない。ハンドルに限らない。力を抜く、入れる・・・メリハリをつけていければ上達する。楽器の演奏しかり、スポーツの技能しかり。

(梅雨が明けた模様。背中に当たる日差しが暑い、というか痛い。8月は太陽と灼熱とともにやってくる)
誰もかも未体験ゾーンマスク夏 [2020年07月29日(Wed)]

fumihouse-2020-07-29T18_30_58-1-thumbnail2.jpg人類史上、誰も経験したことのない夏(多分、いや絶対)が始まった。日本では梅雨が明けて本格的な酷暑がもうじき始まる。

・・・クソ熱いのにマスクを着けて過ごす夏/飛沫を避けるため距離をとって話す夏/太平洋高気圧に勢いがなく天気が不安定で大雨も心配な夏/海水浴場が開いていないか閑散とした夏/海外旅行に行けない夏(予定は元々なかった)・・・。

夏は星空、天の川。夏の大三角形が浮かぶ夏。さらに今年は惑星がそろい踏みで盛りだくさん。夜中に南中した木星と土星に、夜半を過ぎると火星と金星もお目見えし、明け方にはしばらく前に見損ねた水星も見えるということだ。肉眼では見えないが、海王星や天王星までいるらしい。惑星の座から滑り落ちた準惑星・冥王星はどこにいるのやら。雨天続きでネオワイズ彗星は見ることが出来なかったが、8月のお盆前にはペルセウス座流星群に少し期待をしておこう。

夏は星空、天の川。天変地妖のこの時代、この夏はそれなりに楽しもう。

(夏水仙はそれなりに夏を楽しんでいる)
トラックに挟まれイヤな旅路なり [2020年07月28日(Tue)]

DSC_1626~2(1).JPG一般道で大型トラックが前にいるのが嫌いだ。見通しが悪い、閉塞感があって気持ち悪い。ずっと先にある信号機を見て早めにアクセルを緩めることもできない。車間を広げる。側道から出来るなら入ってよ、と言わんばかりに30m以上は空ける。後の車に追い越されてもよろしい。

後にトラックが付くのも嫌だ。最悪の場合、前後で挟まれて哀れなサンドイッチになる。そんなときは左に寄せて、お先にどうぞ、と行ってもらう。車間を詰めるクルマも同様だ。焦ったところで執着時間は数分と違わない。安全であることが第一だ。

(雨続きで苔むしそうだ。梅雨は明けてくれるのか。苔むした道路はスリップして事故になる)
文豪のいつでも思うもう一歩 [2020年07月27日(Mon)]

fumihouse-2020-07-27T07_04_56-1-thumbnail2.jpg文豪・武者小路実篤はこう記している。

  いかなる時でも自分は思ふ、
  もう一歩
  今が実に大事な時だ。
  もう一歩

今は実に大事。確かにそのとおり。飽くなき積み重ね、諦めない粘り強さ・・・微々たる進歩は目には見えやしない。隣の芝は青き見える。それでも、その一歩をきょうも続けるのだ。現在の因で未来の果は決する。未来はまた因となって次の未来に花開く。最高峰はない。いや、今が最高潮とみなして次の峰を目指すのだ。辛い登坂であれば長続きはしない。楽しめや、歌えや、詩を誦して軽快に行こう。新しい智恵と友が生まれるであろう。

(黄色いミニトマトを伴にして、各々峰を目指そう)
現実を逃避しギターが上達し [2020年07月26日(Sun)]

DSC_1627~3(1).JPGバイオリンを弾くのは現実逃避、だとバイオリン教室を主宰するYouTuberのフミ子氏は宣う(「塾長フミ子の雑談」)。バイオリンを練習するのは癒しであり、楽しみであるが、熱心で上達が早い人ほど、現実の辛さや面倒なことから逃げているという論である。現実から逃げたいわけだから、毎日毎晩習慣化している。休まず例外をつくらない。だから上達するのだと。ギターも同じことが言えそうだ。

現実とは何だろう。仕事、地域、家庭といった自分を取り巻くやるべき事柄。人間関係、経済関係といったもののしがらみ。自分や家族の体調や病気も現実である。ありとあらゆる周囲の状況が現実となって私たちを取り巻く。完全に逃避すると、現実生活が破綻し、依存症になってしまうが、その場かぎりの現実逃避にはいいことがある。

(現実はタイルの升目のように規則正しくはない。とっても面倒くさいことなのだ)
趣味という心得求めて三千里 [2020年07月25日(Sat)]

20200724_090247_compress45.jpg英語で趣味を表す単語には、パスタイム(pastime)とホビー(hobby)がある。

パスタイムは散歩、ショッピング、軽めの音楽鑑賞や読書など、リラックスするための時間を過ごすことである。気晴らし、さらに言えば暇つぶしのことだ。

一方でホビーは少し構えて取り組む。準備や訓練が欠かせず、一定以上の知識や技量がいる。楽器演奏、絵画や書の制作、写真撮影、スポーツや武道、こだわりの蒐集、随想の執筆が例としてあげられる。本人は夢中になって楽しむ。

ホビーすること自体が楽しくて常にワクワクしている状態ならば、それはエンターテイメント(entertainment)と言ってもいい。娯楽とは、ディズニーランドのように大がかりでなくても構わないのだ。

日本語の語彙には、深甚の言葉がある。嗜む(たしなむ)である。辞書には、芸事などを習って身につける、好んで親しむ・・・と書いてあるが、「◯◯を嗜んでおります」と言った裏には、とんでもなく深い技芸と教養が存在している。

常におこないをつつしみ、身なりもきちんと整えて、技芸を心得るよう高めている。しかも、その力量は外見にはプロフェッショナル級・・・それが、嗜みである。

わたしが今「クラシックギターを嗜んでいる」と言ったら噴飯ものとなる。そうなる時が来るよう楽しみつつ鍛錬していきたいものだ。先は長い、というか終わりはない。

(スーパーマーケットに並んだ黄色い見事なパプリカ。これもまたプロの技)
教養を求められての詐欺師なり [2020年07月24日(Fri)]

20200718_185448_compress30.jpg詐欺師には教養が必要だ。刑事を「形事」と書いてはいけない。詐欺の字を書けなかったからといって「言欺」と書いては、詐欺師を名乗る資格はない。

高齢男性からキャッシュカードを騙し取った罪で逮捕された若い男がいる。府中警察の警察官を名乗っていたにもかかわらず、形〔刑〕事課特殊言〔詐〕欺防犯係という架空の連絡先メモを高齢男性に渡したことによって御用となったものだ。キャッシュカード5枚を騙し取られた男性が不審に思い、後日警視庁に連絡した。逃げられた後でよくぞ逮捕したものよ。アッパレ、警視庁。

詐欺グループは今後新入りをとる際には、一般教養テストをすることになるのだろう。そんなことより、さっさと犯罪から手を引けや。

詐欺・・騙す・・逮捕・・わたしにとって少し怪しいなあ。漢検有資格者としても、改めて練習しておく。

(白い朝顔をキャンバスに漢字練習しましょうか)
大と小遠近考え方長期かな [2020年07月23日(Thu)]

fumihouse-2020-07-23T07_21_31-1-thumbnail2.jpg地球規模で考え、地域で行動しよう。
  Think Globally , Act Locally

この言い回しが出回るようになってから、もう何十年も経つことでしょう。環境問題、地球温暖化への対策は待ったなしの状況です。SDGs(持続可能な開発目標)にも関係しますが、30年、40年後も今のように暮らしていけるかどうか、100年経ってもこの文明が維持できているかどうかの瀬戸際です。新コロナ禍で薄まったきらいはありますが、危ないと思うからこそ多くの人が取り組むようになりました。

ところで、地球規模で考え地域で行動するというのは、応用可能な考え方です。視点を広げながらも、地に足をつけて出来るところからやる・・・係長が課長補佐を飛び越えて、課長の見方で仕事を捉えて業績を上げる・・・楽譜の難しいところに囚われて音楽の全体像を忘却しない・・・目先の利益にこだわらず長期の観点で契約を結ぶ・・・高い理想があるならば、目の前の小さな技術や知識を疎かにせず習得する・・・。要は高くて広い鳥の目と微細な蟻の目を持つことです。

まっ、何でもこい!と言いたくなりますが、実行は難しいことばかりです。

(紫陽花は環境に応じて色を変えるという。梅雨にはその季節らしく花が咲く環境を保ちたいものだ)
一献を傾け人と楽しむ日 [2020年07月22日(Wed)]

fumihouse-2020-07-22T18_45_54-1-thumbnail2.jpg【一献(いっこん)傾ける】などと十何年ぶりで使ってみました。「酒を飲もうよ」と誘ったわけです。一杯やるのと同じ意味ではありますが、文学的な趣があります。一献とか一杯というと、盃です。日本酒を呑むイメージが強いですね。指しつ指されつ、献杯に返杯・・・今や濃厚接触の極めつけとしてやってはいけないことですが、情緒ある酒の飲み方です。

さて一献ですが、「献立」に近い意味があるようです。料理の種類や順序、つまりメニューです。料理は酒と合わさって完成します。あるいは酒の肴は、酒に合う添え物。酒の座を盛り上げる話題やお楽しみのことも指します。酒と料理、 座興が三拍子そろって「献」が成り立ち、「一献傾ける」のは盃を傾けるだけではなく、食べ物を盛った器を傾けるほど食べ尽くし、大笑いして身体まで傾ける。そんな楽しい場が「一つ」・・・そんな想像をしてみたところです。酒と肴と座興を神々に献上し奉ったのを起源として、酒を客に勧める際の常套句になったものかもしれません。

飲み会とはとんと縁がなくなりましたが、宴席を楽しめる日はいつになったら来るのでしょうか。今日も島根・雲南市で新コロナ感染者が見つかりました。

(梅雨の合間の晴れ。そこに咲く朝顔が清々しい。梅雨はいつになったら明けるのだ)
特別の夏の始まり7月21日 [2020年07月21日(Tue)]

fumihouse-2020-07-21T08_26_49-1-thumbnail2.jpg【7月21日】は特別な日でした、子どもの頃は・・・夏休みが始まります。今でこそ土曜日が休みだったり、海の日があったりして前倒しになることも多いですが、その昔は指折り数えて待つ一日でした。20日の終業式を終わり、友達とワクワクしながら夏休みの話をしました。ひまわりが咲き、蝉時雨がにぎやかでした。

今年は様相が違います。新コロナで春の休校が続き、遅れを取り戻すために授業を続けるところも多い。早く休みを切り上げて、熱中症の危険を冒してでも授業数を確保する学校も多いようです。幻となった2020五輪のために、海の日をずらし、体育の日を振り替えて4連休としていましたから、違和感も強い21日です。

しかも、梅雨は明けず、蒸し暑いだけの曇りか雨の一日にはなりそうですが、少年時代の夏7月21日を懐かしく思いつつ、今日も一日、笑顔でいきたいですね。

(黄色のマリーゴールドも夏の到来を喜んでいるでしょうか)
灼熱の夏の到来冬懐かし [2020年07月20日(Mon)]

fumihouse-2020-07-20T17_54_35-1-thumbnail2.jpg国道9号線に【凍結注意】の看板がある。暑いこの時季に場違いだが、半年もしないうちに危機の時はやってくる。寒い、さらに凍る。普通の道路はよほどの寒気団が来ないなら何てことはない。凍ることはめったにない。

が、橋がある。寒風が橋面の上下から吹き付けて思いがけなく凍る。飛行場の滑走路ほどの道幅なら何てことはない。しかし道路は狭い。ハンドルを取られて制御不能。対向車があれば地獄まっ逆さま。そんな環境を今は想像すらできない。

さて、今日の松江の最高気温の予想は34℃だったが、そのとおり灼熱、そして梅雨明けはない湿りっ気たっぷりの一日だった。冬の寒さが懐かしい。無論、冬になると、夏を恋しく思うのだが。
鞘に382収めて憎み293コロナを酷く659なる前に [2020年07月19日(Sun)]

fumihouse-2020-07-19T09_22_40-1-thumbnail2.jpgコロナ【に病む】世界、日本。中でも東京。この惨禍を早く〔鞘に〕収めたい。
  7月16日東京都の感染者数【286】
  全国の感染者数〔382〕

新コロナを【憎み】恐れる私たち。豪雨も〔小止み〕になったところで対策に本腰を。
  7月17日東京都の感染者数【293】
  全国の感染者数〔583〕

免疫力を高めるため【肉食おう】身体を動かそう。自身が感染して〔酷く〕辛い思いをする前に。
  7月18日東京都の感染者数【290】 
  全国の感染者数〔659〕

(ひまわりの季節が、向日葵にふさわしい夏となりますように)
信念を貫くために守れや命 [2020年07月18日(Sat)]

fumihouse-2020-07-18T18_50_25-1-thumbnail2.jpg三浦春馬のこと、テレビテロップに流れた。

我々から見れば羨ましいほどの容姿を持ち、俳優として着実に伸びている。NHK「世界はほしいモノにあふれてる」のMCを見ても、実直にして才気煥発な印象を持つ。若者は誰も悩み深きものではあるが残念だ。

以前、パパゲーノ効果のことを書いた(2019年12月18日)。モーツアルトのオペラ「魔笛」でパパゲーノは愛するパパゲーナを失って悲しみにくれる。死のうと思ったが周囲の助けで乗り越えた。タミーノ王子も王女パミーナとすれ違い絶望したがこれも死なずに、ハッピーエンドとなる。

厚労省は、パパゲーノ効果の言葉もあげて、≪自殺に関するメディア報道は、模倣自殺を最小限に留めることもあれば、そのリスクを上げてしまうこともある≫と警鐘を鳴らし、報道がやってはいけないことを列記している。

・自殺を目立つように報道しないこと。過度に繰り返さないこと。
・現場の詳細を伝えないこと。写真、映像、デジタルメディアへリンクしないこと。
・自殺をセンセーショナルに表現する言葉、よくある普通のこととみなさないこと。自殺を問題解決策の一つであるかのように紹介しないこと。

著名人の死は多くの人にダメージを与えるが、自殺の誘導となってはならない。パパゲーノ効果とは反対のウェルテル効果になってしまう。

報道よ、真実を知りたい、知らせたいと言うなかれ。情報を個人が取捨選択するにあたって、生殺与奪の特権を持つのは報道である。心していただきたい。ともあれ三浦春馬氏に合掌。

(木槿(ムクゲ)の花言葉は信念。夏空を爽やかに染める赤紫や白、ピンク)
雨は降る雨は降るやにどこに降る [2020年07月17日(Fri)]

fumihouse-2020-07-17T22_05_10-1.jpg雨が降る降る 雨は降る
雨蛙の鳴き声に 梅雨のこの時季しかたない
雨燕は 湿り気で虫の羽音が地面に届く
雨あられと雨は降る
雨あいにお出かけ 雨あいに外仕事
雨よけに つばのある帽子はいかがかな
雨傘さすより お手軽に
雨合羽着るのは ムレムレだ
雨天順延 いまはコロナで軒並み中止
雨に出会うと雨宿り やむまで待とう軒下で
習い事 根気があれば 雨垂れ石を穿つ
雨上がる あしたはどんな一日だ

(ネジバナは雨模様には似合いそうにない)
よかったら聴いてください我が音楽を [2020年07月16日(Thu)]

fumihouse-2020-07-16T06_55_41-1.jpg技術レベルはどうあれ、人前で演奏すると緊張する。こんなはずではなかったというミスをするし、連鎖して途中で破綻することもある。

≪彼女の横顔には、神々しい期待と喜びが漲っていた。これから音楽するのだ、という歓び。自分の音楽を届けるのだ、という歓びが。(中略)全身に染み入る、しなやかでみずみずしい音。心の奥の柔らかい部分を揺さぶる、どこか懐かしく、それでいて笑い声が聞こえてくるような茶目っ気もある音。少女のような清らかさもあり、成熟した女の官能もありーー≫

コンクールの入賞者コンサートの舞台に向かう三枝子の姿をナサニエルが目にして衝撃を受け、勇気を沸き立たせたシーンである。のちに二人は結婚するのだが、『蜂蜜と遠雷』のスピンオフ短編『祝祭と予感』(恩田陸著)の一節である。

プロフェッショナルや高いレベルのアマチュアは素晴らしい演奏をする。でも100%はないらしい。神がかったパーフォーマンスも時折あるだろうが、常には期待できない。100%を出すつもりで120%を目指して練習しているのだろう。

必要なことは、上手な演奏をして自分を良く見せようとする虚栄心ではない。音楽をするという歓びを聴衆と分かち合う気持ち。まずは自身が音楽っていいね!と楽しんで、よかったら聴いてねと囁くことが大切なのだ、と先の文は教えてくれる。

(柿の花も言っている。地味な私だけど、目に止めて見てちょうだいと)
付かぬこと付いたつもりも付いてない [2020年07月15日(Wed)]

fumihouse-2020-07-15T12_34_43-1.jpg【つかぬことを聞きますが…】
忽然と気になった。「つかぬ」とは「付かぬ」であろう。何に付かないのかと言えば、おそらく話の筋のこと。筋から外れるんですが、突然ですみません、聞かせてくださいますか、という感じに解する。

辞書にはこうあった(三省堂 大辞林 第三版)。
【付かぬ事】今までの話とは関係のないこと。だしぬけのこと。多く,話の切り出しに「付かぬ事をうかがいますが」などの形で,いきなりのことで申し訳ないがという気持ちで用いる。

ADHD(注意欠如多動性障害)という発達障害。周囲のものに関心が広がり、エネルギッシュに取り組む反面、整理整頓やスケジュール管理を苦手とするタイプである。

「つかぬことを…」、わたしはよく使う言葉だ。そんな調子で話を外すこともしばしば。わたしにも多分にADHDの傾向がある。

(夏空に映えるムクゲの花。早くこんな空が戻って来てほしい。ついでに爽やかであれ)
雨の雨雨よ雨るな雨わすりょ [2020年07月14日(Tue)]

fumihouse-2020-07-14T12_24_23-1.jpg雨雨雨・・・いいかげんにしてくれや。大雨洪水警報、県内の川の氾濫危険情報、各地で出された避難指示情報でもって今朝は受信メールがいっぱいになった。九州の熊本など大雨が降り始めてもう十日。梅雨前線に高温の海面から大量の水蒸気が提供されて線状降水帯が次々と生まれる。

童謡『あめふり』は北原白秋が作詞した。のほほんと楽しい歌だ。もう95年も前に発表されている。

 あめあめ ふれふれ かあさんが
 じゃのめで おむかい うれしいな
 ピッチピッチ チャップチャップ
 ランランラン

 かけましょ かばんを かあさんの
 あとから ゆこゆこ かねがなる
 ピッチピッチ チャップチャップ
 ランランラン

「ふれふれ」とはやし立て、「チャップチャップ」と楽しむ梅雨期。梅雨末期には集中豪雨がよくあるものだが、今の降り方はあまりに極端だ。

雨の擬音語はたくさんあっても、激し過ぎる雨はない。「ザアザア」はどしゃ降りの一歩手前。「ザンザン」だと激しくはあるが明るさを感じる。「ジャンジャン」とすればどんちゃん騒ぎの賑やかさで、イメージが違う。

「ンドンドンドド」「ギョボボボボ」「ズギャドガン」・・・漫画で使われる擬態語のように奇天烈にしてしまっても、ちと違う。炎熱で焼き尽くす真夏が早く来いとは言わないが、せめて雨よ、いいかげんに矛を納めてくれや。

(変幻花のランタナも、雨に打たれて思案中)
日本語に変化起こしたワカメなり [2020年07月13日(Mon)]

fumihouse-2020-07-13T20_33_53-1.jpg海藻の「若布」のアクセントは、高・低・低である。サザエさんの妹「ワカメ」のアクセントも同じく、高・低・低。きのうはラジオを聞いていたら、思いがけない話を聞いた。

木の「若芽」のアクセントは、低・高・低。海藻の若布だって同じ植物であるから本来は、低・高・低。それがなぜ、高・低・低となったかというと、サザエさんのワカメの影響であると。漫画から始まって、国民的アニメとなったサザエさんが、日本語を変えたというわけだ。

サザエさんの名字はフグ田。旧姓は磯野。ワカメもカツオも磯野である。登場人物全てが海由来かどうかは知らないが、日曜日夕方のアニメは今も続いている。偉大なことではないか。アクセントの話の主は、長谷川町子美術館の副館長。日本語って面白い。

(桔梗は日本語を変えたか? それは知らない)
舌をだし目をひんむいてあっかんべー [2020年07月12日(Sun)]

fumihouse-2020-07-12T11_40_10-1.jpg【あっかんべー】は、相手に向かって下瞼を指で引き下げ、充血する瞼の裏を見せて蔑む態度である。多くの場合、舌を大きく出したり、強く口を結ぶ。

子どもは嫌いな相手に直接あっかんべーをするが、大人はそんな失礼はまずしない。その代わり相手が立ち去って後ろ姿に向けて、目をひんむく(子どもより陰険)。

あかんべえとは、本来赤目のことだそうだから、目を裏返すだけで足りる。「べえ」をベロの意味と解して、舌を出す人もいる。眼科検診なのに「あっかんべーして」と指示された子どもがベロを出すという話もある。

江戸時代には、すでにあったというあっかんべー。日本語は面白い。

(ノウゼンカズラは瞼裏のように赤い葉脈が走る)
神の子が神と対戦神トーク [2020年07月11日(Sat)]

fumihouse-2020-07-11T08_51_40-1.jpg藤井聡太七段がイベントで神トークをしたそうだ。ファンからの質問は次のとおり。「将棋の神様にお願いするなら、なに?」と。藤井と同門の中沢女流初段は順当に「すべての対局を勝てますように」と応えた。一方で藤井の答えはこう。「せっかく神様がいるのなら一局、お手合わせをお願いしたい」。会場からは驚きの声が漏れたということだ。

飽くなき前進への意欲。半端ではない。神の子と称されるだけある。将棋の神から生まれた神の申し子。その手合わせは師弟対決ではない。親子の対決はどんな結果になりますやら。子は人工知能の力も借りて大成長を遂げ、神に対峙する時が来るだろう。

(神の子・藤井のように爽やかに咲くアガパンサス)
運転は飲んだらダメよ酒は避け [2020年07月10日(Fri)]

fumihouse-2020-07-10T18_44_14-1.jpg交通事故が悲惨なのはもちろんですが、飲酒運転で検挙されると職を追われます。酒が入るほどに事故率は高まり、死亡事故の可能性は高まります。心してハンドルを握りたいものです。

酩酊状態だと、飲酒なしに比べて50倍以上の率になり、4割が事故るようです。まっ当たり前ですね。酒に強い!と自信を持つ人よ。飲酒後の反応時間を計ったところ、強い弱いでの違いはなかったようです。狂気の車は凶器となって歩行者を襲います。

以前はアルコール20gを1単位としていましたが、今は10gを「1ドリンク」として換算するようになったそうです。20gでは量が多いので半分にしたそうで、諸外国にもならったようです。

○ビール(アルコール度5%)500mL×5%×0.8(アルコール比重)=20g=2ドリンク
○日本酒(15%)1合(180 mL)×15%×0.8=22g≒2ドリンク
○ウイスキー(40%)ダブル(60 mL)×40%×0.8=19g≒2ドリンク

2ドリンク飲むとアルコールが消えるまで4時間以上(島根県警の推奨は5時間)。体重や肝機能に左右されますが、相当時間がかかります。仲間と気勢を上げると酒が進むものです。家飲みでも長時間チビリチビリやると、あれよという間に多量のアルコールを摂取します。

10ドリンク(100g)飲むと抜けるまでに20時間から25時間。深酒の翌日は丸一日運転を控えましょう。飲酒後に仮眠を取ってもアルコールは抜けません。過信して運転すれば検問に引っかかって御用となり、事故を起こし奈落に落ち、社会的制裁を受けてしまって周囲を不幸にします。

罰則が重過ぎると思っても、人間の命に換えがきかないと考えれば当然です。

○酒酔い運転/5年以下の懲役又は100万円以下の罰金に加え、免許取り消し(3年間)。仕事は免職でしょう。
○酒気帯び運転/3年以下の懲役又は500万円以下の罰金に加え、免許取り消し(呼気中アルコール濃度0.25mg/L以上は2年間、0.15mg/L以上は90日)
仕事が停職で済めば御の字です。
○酒酔い者に車両を貸すと、5年以下の懲役又は100万円以下の罰金
○運転者に酒を飲ませると、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金
○酒酔い者の同乗者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金

酒は百薬の長。同時に気違い水です。気をつけましょう。
日を暮らし夏を呼び寄せ蝉の声 [2020年07月09日(Thu)]

fumihouse-2020-07-09T18_13_55-1.jpgきのうはヒグラシ1号
日が暮れてヒグラシ
日を暮れさせるのかヒグラシ
夕方に穏やかな寂寥感
一日ごくろうさんと慰められる
安らぐ感じが実に好ましい
カナカナカナカナ・・気持ちのよい夏夕暮れ
ニイニイゼミも当たり前に鳴き出した
第1号が6月29日
錐で差し込むように鋭く鳴く
これもまた夏の使者が来たのだ
線状降水帯よ これ以上暴れるな
太平洋の強力な高気圧よ 適度にやって来い
新鮮に歩きに歩きトトロかな [2020年07月08日(Wed)]

fumihouse-2020-07-08T20_59_46-1.jpgラジオから、となりのトトロが流れてきた。主題歌は『さんぽ』というのだそうだ。

 あるこう あるこう わたしはげんき
 あるくのだいすき どんどんいこう
 さかみち トンネル くさっぱら
 いっぽんばしに でこぼこじゃりみち
 くものす くぐって くだりみち
  (中川季枚子 作詞/久石譲 作曲)

歩きたい気分。リュックを背負って荷物は持たず、手を振ってずんずん歩く。視線を正面に向けて視野を広々と保ってかんかん歩く。路傍の木々や花に目も向けてかつかつ歩く。歩くの大好き、だいだい好きだ。やがて見えてくる。だんだん目的地が大きくなって、きょうの歩みも終わってく。気持ちはトトロたんたと。
哀憫の情にすがらず一千万 [2020年07月07日(Tue)]

fumihouse-2020-07-07T07_01_24-1.jpg数字【1510】が気になった。22名の候補が静かな激戦(コロナ禍のため街頭に出られなかった)を繰り広げた結果、現職が東京都知事に再選された。

驚くことがある。多くは泡沫候補である。それでもそこそこの票を獲っている。最低得票者で1510票。思いのほか票があることに驚く。小さな町村議会選挙であれば当選できる数ではないか。

家族や友人だけでは得られない数だと思う。それぞれが思いを語り、都知事になった暁にはこれこれを・・・という主張に有権者がうなずいたのだ(哀憫(あいびん)の情もあるだろうが)。有権者数は約一千万、大東京には実に多様性がある。
油断すな注意一秒事故はくる [2020年07月06日(Mon)]

fumihouse-2020-07-06T20_29_31-1.jpg事故は一瞬。つい10秒前には鼻唄を歌っていたはずなのに、突然奈落の底に落ちる。注意一秒 事故一瞬と言っておこう。

幸いに冷静に対処することができた。200m先の信号は赤でアクセルから足を離し、時速40キロほどで走行中、夕方になり天気は小雨で見通しはそれほど良くない。視界右手に黒い物が見えたときにはもう遅かった。車後部に衝撃を受け、クルマの尻が振れた。急ブレーキは避けて急いで停止。幸いに後続車も対向車もない。安全な場所に駐車した。相手が一時停止を怠ったばかりか、前方不注意の事故であった。

相手方は事務制服を着た女性。恐縮している。あなたは保険屋さんに連絡をお願いすると指示して、私は110番。両者とも怪我はないこと、道路と事故の状況など、細かに事情を話した。同時に事故処理の警官もそちらに向かっていると安心させてくれる。保険会社とクルマのディーラーにも連絡して対処してもらった。

タラレバを探せばキリがない。私が職場を出るのが数分、いや数秒でも早かったり遅かったら、事故は起こらなかった。彼女が家を目の前にして油断していなかったならば・・私が信号から目を横に転じていたならば・・雨が降っていなかったら・・・探せばいくらでもあるが、悲しくも厳然と事故は起こった。

もしもっとスピードが出ていたらどうか? 後続車に追突されていたとしたらどうか? ガードレールのない川沿いの道だったとしたら? 物損事故ではすまなかっただろう。私だって入院の憂き目に遭っていたかもしれない。保険の査定次第では保険料が上がるなり、負担金は生じるが、こうしてそれをネタにして文章を書いている。この幸せに感謝したい。
線上にアリア歌わず雨降らす [2020年07月05日(Sun)]

fumihouse-2020-07-05T08_31_50-1.jpg集中豪雨が来た。熊本県の球磨川で大氾濫。濁流が堤防を越え崩し、市街地が濁水に浸かり、道路や線路が水没し、土砂崩れが森と住宅や施設を押し流す。

深夜の豪雨。さぞや不安だったろう。雨音に眠れやしない、逃げようにも動きようがない、夕方避難しておけばよかったと思っても、後悔先に立たず。水害タイムラインはあったけれども、気象台の予測を遥かに超える雨が降った。避難所に逃げた人も不安は尽きないだろう。密な状態で感染症の恐れもある。雨の予報は続いている。

次々と襲い来る線状降水帯がもたらした大洪水。農地や林地の保水力も落ちている。どこに住んでいても自然災害はやってくる。今回は無事でも次は分からない。他人事ではない。まずはお亡くなりになった方に合掌。
練習は焦らずゆっくり慌てずに [2020年07月04日(Sat)]

fumihouse-2020-07-04T21_20_34-1.jpgフランシスコ・タレガは、有名な『アルハンブラの想い出』の作曲者であり、稀代のテクニックを持つギタリストである。そのタレガが愛弟子ホセフィナ・ロブレドへの手紙で、こう述べている。

≪根気よく基礎を練習すると、どこまでも上達します。ゆっくり練習することが上達の近道で、もしそれを怠ると、たとえ3世紀生きたとしても良い演奏を身に付けることは不可能です≫
 (手塚健旨著『ギター名曲ミステリー』)

タレガは、サロンの主役の座をピアノに奪われ、伴奏楽器に成り果てていたギターを再興させて、独奏楽器としてのギターに再び光を当てた、1世紀前の人である。

その名手が上達の秘訣はゆっくり弾くことだと言っている。上手なプロの演奏がイメージにあると、練習でも速くなる。失敗を繰り返してそれが定着していく。自ずと上達しない。ギター以外でも同じことが言えよう。

さて『アルハンブラ』を人前でも恥ずかしくない程度に練習しよっと。ゆっくりゆっくりとね。

(薔薇もまた慌てて咲くことはない。季節を感じて温度や気候に合わせて咲く)
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