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「保養」という言葉と、フクとまの思うこと[2016年06月17日(Fri)]
 フクとまが活動を始めた年、

その時の名称は

「福島の子どもたちを放射能から守ろう2012実行委員会」

という名前でした。

 そして、福島から苫小牧に来てもらうことを

「一時避難」としていました。

 その翌年、311受入全国に参加し、

そこでは「保養」という言葉を使われていることを知り、

その理由が、

原発事故時に避難した人が批判されたり、
(「自分たちだけ」みたいに)

「避難」という言葉のイメージが良くない
(「ふるさとを捨てた」「ふるさとが汚れている」など)

ということだと聞き、

フクとまも「保養」と言う言葉に変えました。


 しかし、ずっと違和感がありました。

 「保養」というと、

「疲れた人が英気を養いに行く」とか

「病人が身体を休めに行く」とか

なんとなく「穏やかな静かな土地でのんびりと」的なイメージがありますね。
(ともすればリゾート的な雰囲気さえ)

 少なくともそこには、

「何者かによって被害を受けた」

といったイメージが湧きません。

 要するに、

「現在の生活状況にした者は誰か(原因者)」と

「なぜ保養(一時避難)を行うのか(理由)」が

消えてしまうのです。


 昨年の冬、

1回めと2回目の保養に参加してくれた人5名に

その後の生活等のお話をうかがいに福島に行きました。

 その中で「保養」という言葉について

今のイメージに合うか、

これに代わる言葉があるかなど尋ねましたが、

「何か違う気がする。でも代わりの言葉もすぐには思いつかない」

といったところでした。


 「保養」という言葉、

確かに「避難」より抵抗感が無く、

入り口としていいのかもしれません。


 先日、いわき市と郡山市で行われた「ほよ〜ん相談会」でも、

「今まで気にしていなかったけど、最近、そういうのに取り組んでいる人を知り、ここに来た」

というような人も少なくなかったようですから。


 一方で、事故から時間が経つごとに人の意識も変わり多様化して行きます。

 ある保養では、

「福島はもう大丈夫です。それが言いたくてこの保養に参加しました」

という発言があったそうですし、

今回の相談会終了後の受け入れ団体の交流会では、

2つの受け入れ団体から

「親の意識が変化してきて、保養をやる意味があるのか考えてしまう」

という悩みが提起されていたそうです。

 その団体は、みんなで議論した結果、

「親はどうであれ、子どもは守らなくちゃならないから」

と結論して、保養事業を続けることになったそうです。


 意識が多様化するのは、

保養受け入れ側でも同じです。

 新しいスタッフが入らないと、

続けて行くのが難しくなりますけど、

1回目の受け入れの体験を共有していないと

意識の乖離があったりします。


 フクとまは2016年から

「保養とは一時避難のことである」と明確に示すことにしました。

 本当は「一時避難」一本でいきたいのですが、

すでに定着している「保養」を無視することもできず、

保養(一時避難)と表記することにしました。


 「一時避難」と表示することで、

福島の方々に対しても、

フクとまのスタッフに対しても、

最初の方で述べた「原因者」と「理由」を

明確に示し続けたいと思うのです。


 なお、原因者には

東電、政府、そして

「原発爆発事故時に成人していた全ての人たち」も含まれています。

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