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サポセン@仙台
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2015年07月22日(Wed) 防災をゲームで楽しく学ぶ


問題です。「大きな地震が来た後に来る地震は? 1巨じん、2余しん、3わしん」。地域の住民と中学生が一緒にクイズを考え、それを各地で実施する。「もしも災害にあったら」重いテーマとは裏腹に、「わしん倶楽部(くらぶ)」が主催する防災ワークショップでは、いつも笑い声が絶えない。

倶楽部は、和信興産鰍フ田中勢子さん(61)=仙台市宮城野区=を代表に2009年地元の有志6人で発足した。ゲームなどを通じて「防災を楽しく学ぼう!」と活動している。活動の参考にしているのは、阪神淡路大震災での教訓をもとに考案された防災ゲーム「クロスロード」だ。ルールは、設問に対しイエスかノーで答え、その理由を説明する。進行の約束事は「大きな声で自分の意見を言う」「自分の意見を押し付けない」「人の意見をよく聞く」「人の意見を否定しない」。正解はない、少数意見も受容する。自分のこととして考えることで、災害を生き抜く力が養われていく。

田中さんが防災への関心を深めたのは、1999年に家業を引き継いだときだ。燃料を海から陸へ荷揚げする管理監督を仕事としている。従業員が10人に満たない家族のような会社である。「沿岸部で働く従業員を災害から守りたい」と2005年には防災士の資格を取得した。

防災への取り組みは、東日本大震災に生きた。避難所へ次々に駆け込んでくる1000人近くの避難者に対し、全員に行き渡るだけの非常食はなかった。田中さんは即断即決する。「子どもと高齢者、衰弱者に限って配る」。瞬時の判断が可能だったのは「避難者3000人。物資2000食。物資を配るか。イエスorノー」の防災ゲームを経験したことにあった。

今春、仙台市であった国連防災世界会議に防災活動の事例発表者として参加した。以来、倶楽部の認知度は高まり、防災・減殺教室の要請が急増している。「命を守る防災ゲームをもっと多くの人に体験してもらいたい」。田中さんは年間100回を超える活動に手応えを感じている。

(小野恵子 仙台市泉区)


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▲老若男女に防災ゲームを通じて防災の大切さを伝えている田中勢子さん
2015年07月22日(Wed) GOZAIN 通訳ガイドで被災地発信


 東日本大震災の被災地に立ち、災禍を経験した人たちの声を世界につなぐ人たちがいる。「仙台ボランティア英語通訳ガイドグループGOZAIN(ございん)」のメンバーだ。

 「ようこそ、いらっしゃい」を意味する方言が由来。2009年の発足以来、英語に覚えのある20〜70代の男女50人が活動する。

 震災前は仙台市内や日本三景松島の観光に同行するのが多かったが、震災後は被災地の案内がメーンになった。訪れるのは、津波の被害が甚大だった仙台市若林区荒浜や名取市閖上など。副会長をつとめる関訂(ただし)さん(74)=青葉区=は、「震災で人生観が変わった」と、その重責を噛みしめる。

 発災間もない11年4月、自宅の片付けもままならない中、家に妻を残して活動を再開させた。当時はジャーナリストの取材随行が多く、被害状況を調査するサポートが主だった。「責任感でいっぱいでした」と関さん。節度に欠けるストレートな質問まで日本語に訳し、いま思えば「被害者の心を傷つけたかもしれない」。心掛けてきた「市民の国際親善」は貫けていただろうかと、自責の念が消えない。

 だからこそ、「いまなお被災地に思いを寄せる人たちには、ちゃんと通訳したい」と意を砕く。そこに住む人にとって悲しみの場所でも、訪れてもらい知ってもらうことに意味があると信じる。「被災地の現状を肌で感じる事は大切。感じたことを自国で伝えてもらいたい」と願う。

 心掛けているのは、日本人らしい気遣い、犠牲者に心を寄せる姿勢だ。被災地を訪問する際は線香を必ず持参し、慰霊碑に一緒に手を合わせてもらう。

 被災地のいまを海外に発信するサポート役をつとめて4年余り。関さんは「月日が流れ、季節が巡っても思いは同じ。訪れる人々に当事者の声を伝え続ける」と決意を新たにする。これまで関わった人の国籍は50を超える。風化に抗いながら同時に観光復興の一助にもなる。被災地で「市民の国際親善」が輝いている。

(櫻井光雄 仙台市宮城野区)


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▲ 「言葉の壁を越え、宮城、被災地のいまを発信したい」と語る関さん=仙台国際センター
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