「働き盛りの人、そしてその家族にも、『人は何のために働くのか』を立ち止まって考えてみてほしい」。過労死遺族が支え合いながら、過労死防止の啓発活動に取り組む「東北希望の会」代表前川珠子さん(51)=仙台市青葉区=の願いだ。
「家族との時間のかけがえのなさを、これから社会を支える若者にも伝えたい」と話す前川さん
前川さんは12年冬、夫を自死で失った。享年48歳。東北大大学院の准教授だった。東日本大震災で全壊した研究室の復旧のため連日、昼夜を問わず働いた。再開のめどが立った直後、告げられたのは2年後の研究室閉鎖。事実上の退職勧告から1週間後、自ら命を絶った。
どうして夫が死ななければならなかったのか―。夫のみならず過労死が繰り返され、見過ごされる世の中への怒りと悲しみを胸に13年春、会を設立した。「誰もが健全に働ける社会にしたい」との一心で、全国の遺族仲間らと共に署名やロビー活動を展開。14年冬、国は「過労死等防止推進法」を定めた。
とはいえ、過労死を許した職場への罰則は盛り込まれていない。過重労働は、労働者の正常な感覚をまひさせ、「働き過ぎ」を自覚するのさえ困難な状況に追いやる。悲劇を防ぐには、働く一人一人の意識改革はもちろん、家族や同僚が異変に気付いて対応できるよう、周囲の意識も高めていかなければならない。
あの時に気付いていれば…。遺族は自責の念にさいなまれるだけでなく、周囲からの非難や差別、経済的困窮など、苦難がつきまとう。
青葉区本町の宮城県管工事会館を会場に行われる毎月の例会には、過労死遺族や過労によりうつ病を患った人々らが集う。車座になり互いの言葉に耳を傾け合う。人はなぜ働くのか、人生で大切なものは何か―。語り合いを通じて、命を使い捨てにする社会のひずみと、過酷な状況下でも他者を思いやれる人間の慈しみの深さが浮かび上がる。
「苦しい感情も言葉にして発することで自然と整理できる。語り合いを続けるなかで、参加者の表情がやわらぐ瞬間もあり嬉しい」と前川さん。命の尊厳を確かめ合い、社会のあり様を問い続ける。
(仙台市青葉区 溝井貴久)