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主催者発表の魔力 [2007年10月29日(Mon)]






    日本の最南端・波照間でみたお墓。高さは2m50cm
   以上ある




 9月29日に行なわれた沖縄戦の沖縄県民大会に参加した人数についての話である。

「集団自決」に関する教科書記述についた検定意見の撤回を求めるとするこの大会の出席者数を、主催者は「11万人」と発表した。そしてその数字が鵜呑みにされ、新聞各紙の1面に大きく打ち出された。

 この数字を見た私は、沖縄本島の人口からしてこの「10人に一人」というのは、ちょっと多過ぎやしないかかと直感した。

 仕事中の人は大勢いるはずだし、老人、子供、病人、留守番はもちろん、この種のものには一切参加しないという「人生観」の人や立場の人もいるに決まっている。

 遠距離で交通手段や駐車場に困るといった現実的な理由もあろう。また、会場だってスペースや音響設備に限界はある。

 人口10倍の東京都のような交通手段の発達したところでも、10万人を集めるにはオリンピックの開会式でもしなくては無理である。

 ところが、この数字に驚いたのか、町村官房長官や渡海文部科学相が、早々に県民の「気持ち」に配慮して記述修正をすべく働きかけに動こうとした。
 
 そこに、産経新聞が最初に疑問を呈した。

 県警幹部の証言から「4万人強」と主張し、「11万」と繰り返し報じる朝日新聞に噛みついた。

 朝日は「あの数字は多すぎるな」と感じたのか、「産経だって11万と書いたではないか」と反撃に出た。
 
 最後に、専門家が科学的な手法で数字を提供した。東京の大手警備会社が、県民大会の俯瞰写真を分析し、参加者一人ひとりにマークを付けて数え上げ、「1万8179人。多めに推定しても2万以下」「11万はイデオロギーの入った数字」と断言した。

 ところで、まもなく南京事件の70周年を迎える。例の「30万人」という数字は、昨年の年頭に私が南京を訪問したとき、南京師範大学の専門家が「あれは政治的な数字であり、われわれは学術的な数字を極めねばならない」と発言したように、その後、さすがの中国も言わなくなった。科学的に説明がつかないからだ。

 但し、私は「30万という数字が問題ではない」という意見だ。

 戦時であろうとも、民間人(非戦闘員)に対する不法な殺害は、一人であっても「殺人罪」なのである。戦闘員が戦闘員を殺せば英雄、戦闘員が非戦闘員を殺したら、その人は単なる殺人犯になるだけだ。

 その上で、日本軍が行なった行為はきちんと論証され、詫びるべくは詫びなくてはならないと思う。
 
 それはさておき、沖縄での集会の参加者数が初めから「2万」だったら政府はどう反応しただろうか。

 数とは別の次元で問題の本質をしっかり考えて対応しないと、また「主催者」や「被災者」は、「11万人」や「30万人」という数字を弄んで、事実を拡大せざるを得ないのである。

 理屈に合わない数字を挙げたり弄んだ側に猛省を促すとともに、その数字を受け取る側もまた、「主催者」や「被災者」がそういう数字を掲げたくなる誘惑を断ち切ることのできる、落ち着いた対応をしたいものである。それが成熟した民主主義社会というものであろう。
夫人が初当選 [2007年10月29日(Mon)]





   アルゼンチンの国旗




 毎日新聞ほかによると、所沢市長選で当選した女性の夫が市議を辞職したという。

 10月21日投開票の所沢市長選で当麻よし子氏(58)が初当選した。このため夫で同市議の当麻実氏(64)が、「同じ屋根の下で暮らす市長と議員ではなじまない」として29日に市議を辞職した。

 実氏は現在、市議4期目。「議員は首長をチェックする立場。議場で『市長はこの問題をどうお考えになるか』などと質問しても有権者には違和感がある」と話した。よし子氏も市議3期を経て県議を3期途中まで務めた。よし子市長も9月の出馬会見で「当選したら夫は市議を辞職する」と述べていた。

 当麻夫妻は旧社会党系の労働関係団体で知り合い、結婚し、民主党所属議員として活動した。市長は29日に離党するが、実氏は「今後も民主党員として活動する」といっている。

「法の前の平等」であり「選挙で選ばれた市議」であるから、何もそこまでしなくともと凡人たる私は愚考するのだが、いかがなものだろう。これで、「常勤市長顧問」のような形で市政に関与するなら、そのほうがおかしなものではないか。

 もとより比ぶべくもないが、私は還暦まで長年、難民を助ける会(相馬雪香会長)の、ナンバー2のポストにあった。

 事実上の継承者は理事長になっている愚妻である。

 もちろん、総会で理事が選出され、理事会で理事長が互選されるという民主的プロセスを経たものだ。

 私は特別顧問となっているが、特段のことがない限り、同会の運営(特に人事や財務)には口を出さない。たまに役員会を覗かせていただき、求められれば意見を言うこともあるが、できるだけ黙っている(つもりだ)。ときたま関わるのは、人や役所を紹介したり、資金づくりの応援くらいだ。

 翻って世界を見渡せば・・・古来、夫を殺害して皇帝になった例もあれば、夫にかしずいた女王もなしとしないし、女王の顧問役的存在の父君もいる。さらには、身代わりもいれば夫婦で政権をたらいまわし?したような例もなしとしない。

 そんなことを思い浮かべていたところに、読売新聞からこんな記事が流れてきた。

☆ .。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

任期満了に伴うアルゼンチン大統領選が28日に投開票が行われ、中央選管の中間集計(開票率46・3%)によると、キルチネル現大統領夫人で上院議員の中道左派クリスティナ・フェルナンデス氏(54)(正義党)が得票率43・7%でトップとなり、2位候補を20ポイント以上引き離した。

 同日夜、ブエノスアイレス市内のホテルに設けられた会見場に姿を見せたフェルナンデス氏は、感極まった表情で「歴史的な大勝を飾ることができた。国民の皆さん、ありがとう」と高らかに勝利宣言した。

 同国での女性大統領誕生は、ペロン元大統領の3番目の妻イサベル夫人に次いで2人目だが、選挙で選ばれるのは初めて。夫婦間で民主的に政権が引き継がれるのは、世界でも極めて珍しい。

  ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆  ★★★

 この最後の「夫婦間で民主的に政権が引き継がれるのは、世界でも極めて珍しい」という点を大いに注目したい。

 まさか、ロシアでプーチン大統領のリュドミラ夫人が、台湾で陳水篇総統の呉淑珍夫人が、韓国でノムヒョン大統領の権良淑夫人が次期大統領ということはないだろうが、
アメリカではクリントン元大統領のヒラリー夫人が次期大統領として最有力候補である。

民主主義というのも、時々、粋な計らい?をするようだ。



採るべき施策 [2007年10月29日(Mon)]





     






 対露関係改善のために採るべき施策の第1は、
まず、政官民とも不退転の決意を固め、
「四島返還平和条約」という不動の姿勢を継続することである。

 実際の返還の時期については
「時差」があってもやむをえないが、
「四島一括」で
返還の時期を決定しなくてはならない。

 第2は、そのためには対露政策について、
最終的には最高首脳が決断し、
外務省が担当するとしても、
戦略的見地から学者・専門家、外務省以外の省庁との連携が
もっと図られてしかるべきである。

 従来、独立行政法人北方領土問題対策協会(北対協)に
学者・専門家、外務省OBらによる研究会が設けられ、
一部、そうした機能を果たしていたが、
「行革の視点」から
昨年度より廃止されたことは遺憾である。

 第3に、日本国内の啓発、
対外広報のありかたについても統括的に戦略を立てる
「司令塔」を構築すべきである。

 現状はあまりにバラバラであり、ムダも多い。
パンフレットなど広報啓発の資料一つをとっても、
内閣府北方対策本部、
外務省、
北対協、
北海道、
根室市、
社団法人北方領土復帰期成同盟、
北方領土返還要求運動連絡協議会などなどが
ほとんど連携することなく、しばしば同じようなものを
製作しているほどである。

 より効率的かつ効果的にこれらの関係者が創意工夫し、
知恵を出し合うような場の設定が重要であると考える。

 微力ながら、
わがユーラシア21研究所は日本財団の全面的な助成により、
ロシア語によるホームペイジを開設し、
また、『ロシアへの反論』(自由国民社)を出版して、
内外の啓発にあたっている。

 その反面、北対協の研究会が主体になって、
内外の専門家を集めて30年近く継続してきた
国際シンポジウムも「予算の都合」で廃止された。
これまた納得できないといわざるをえない。

 第4に、国内問題ではあるが、
喫緊なのは北方領土返還運動の原点ともいうべき
根室市の疲弊を支援することである。

 北洋漁業の最盛時には5万4千を超えていた
根室市の人口が3万930人(2007年9月末現在)にまで
激減している。また、その市立病院が
北方領土から緊急な患者を受け入れて医療を提供し、港は
「旅券・査証なしによる往訪(ビザなし訪問)」の拠点となっているが、
市勢の衰退は目を覆うばかりで、
これが市民の領土意識にまで影響しつつある。

第5は、その「ビザなし訪問」を実施するための専用船の建造
である。これまでの傭船は船歴40年を超えたもので、
いつ事故が起こってもおかしくない航行上の危険性を孕んでいる
といっても過言ではないシロモノだ。

 オホーツク海やカムシャツカ方面では、原子力船を含め、
ロシアの最新型の船舶が何隻も航行している。

 また、現地の港湾も未整備で、高齢化の進んでいる元島民にとっては
「里帰り」は至難になりつつある。

 ここは政府(海上自衛隊または海上保安庁)が
保有する専用の船をあてることが肝要である。
 
 また、その船には、見本市的な機能や
船内交流を可能にするようなスペ−スを設けること、
岸辺に接岸できるような構造や小型船を内蔵することなどが
望ましい。
停滞している日露平和条約交渉ではあるが、
日本は矜持を保ち、
堂々と「固有の領土」の返還を求め続けてゆくべきであり、
小手先は悔いを残すほかの何物でものないことを
肝に命じるべきである。
領土問題の解決策 [2007年10月29日(Mon)]




  プーチン大統領


 日露関係改善のためと称する「思いつき」の
主なものは以下の3つである。

 その非なるを簡潔に説明したい。

 前回@として挙げた「2島返還論」で済むならば、
「共同宣言」は「平和条約」となっていたもので、
この50年の返還要求は何であったかということになる。
敗戦から10年そこそこの当時と今とでは、
彼我の立場と力関係は比ぶべくもない。

 Aとして挙げた「とりあえず2島論」。

 これはロシアという国を信頼しすぎる愚を侵している。
これまでも領土問題は「解決済み」とか、
領土問題は「存在しない」と言って交渉の場を避けてきた国であり、
現在なお、
日露間では誠実に領土交渉が行なわれていないという
状況を鑑みるなら、
「とりあえず」というのは、
「これでおしまい」という話になる。まして、
そこでひとたび平和条約が結ばれでもしたら、
ロシア側は自国の憲法をタテにして、
ロシアの領土の割譲には国民投票が必要として、
実行不可能な結論になってしまうであろう。

 とりあえず返還される色丹、歯舞の「2島」は
「北方四島」全体の面積の7%に過ぎない。

Bの「等面積論」は、
中露両国の国境問題の解決にあたって
最終的に採られた解決法である。

 両国間には数百に及ぶ河川の中州の帰属を巡って
珍宝(ダマンスキー)島事件まで起したが、
最後まで未解決だった3つの中洲についてのみ、
等面積で2分することで決着した。

 島の面積、居住者の有無、問題発生の経緯など
いずれも北方領土問題とは大きく異なっている。

 以上3案に共通な問題点は、
これらを交渉の俎上に上げることは、
「東京宣言」で確立された3つの原則を
日本が放棄することになるという危険が
含まれているということが重要だ。

 すなわち、3つの原則は、
日本側にとって交渉の大きな足がかりになるものであって、
これを橋頭堡にして対露交渉を進めることこそが、
最善の策であるからだ。

 今日のロシアは、
原油価格の高騰を最大の理由に、
急速な経済発展を遂げつつある。
「モスクワは世界で最もベンツが売れる都市」
とまで言われている。

 しかし、この石油や天然ガスといった
資源に依存しすぎる社会経済の体質が「ものづくり」を
破滅させ、モスクワなど一部の都市に人口が流入し、
貧富の差を拡大している現状の深刻さを、
ロシアの中枢にいる人々が共通に憂ひている。

 シベリアには中国からの人口圧に対する恐怖感さえある。

 ロシアにおけるエネルギーの制御や環境保全、
生産技術の近代化といった分野の立ち遅れは目に余る。

 そうした分野に最も補完性を持つ国が日本であることを
クレムリンはよく知っている。

 日本を必要とする時期が必ず到来する。

 ただ、私はそれまで、漫然として待つべき
であると言っているのではない。
とるべき策を次に挙げることにする。

学力テスト,やったね秋田 [2007年10月29日(Mon)]






   郷土の版画家・勝平得之の「稲刈り」。





 全国学力テストで秋田、福井、富山3県の正答率の高さが目立つ。3県に共通なのは、とも日本海に面した雪国で、人口過密からは程遠いということくらいか。
 
 今回のテストでは、論述問題や応用問題の多いB問題に「都会の進学校並みの難問」との見方があり、厳しい結果が予想されていた。

 それが、小学校では秋田県が国語、算数のA、Bとも全国1位、中学では国語Bが1位、国語A、数学Aが2位、数学Bが3位となった。わが郷土・秋田が久々に「いいこと」で報道され、注目されたのは結構なことだ。
 
 県教委の幹部が得意になって?記者会見をしていた。

 その発言内容や他の教育評論家などの分析をするところは、以下の4つの要因があってのことのようだ。

@ 全国に先駆けて2001年度から小学1、2年、中学1年の3学年で少人数学級を始め、
A 2005年度から地域住民も自由に学校訪問できる「みんなの登校日」を実施するなどの取り組みを進めてきた成果、
B 非行や暴力事件で教員の時間が割かれることが少ない、
C 教育条件の改善、地域との連携、教員が授業に専念できる環境
ただ、これなら、似たような道府県がたくさんありそうなものだ。

 なぜ秋田ではこうした取り組みが進み、成果を上げられたのか。このあたりをもっと研究する必要がありそうだ。

 私は、校舎とキャンパスの広さに注目したい。

 秋田県の情報統計課によると、秋田県の公立中学校では、生徒一人当たりの平均校地面積が90平方メートルで日本1広い。

 広大なキャンパスでは思う存分野球にサッカーに励むことができるし、野菜や果樹の栽培をしているところもあれば、動物の飼育に熱心なところもある。

 西仙北町立西中学校など生徒一人当たり603平方メートルもあって、春には生徒がグラウンドで山菜を摘み取る光景が見られる。

 今回の学力テストで最下位にあったのは、沖縄、大阪、高知といった府県。生徒一人当たりの校地面積が最も狭いのが大阪府。わずか19平方メートルにすぎない。ヒヤヒヤし通しの部活動、鉢植えだけの菜園、これで健全な心の育成が図れるだろうか。また、これらの府県は若者の失業率の高いことでも知られている。

 一方、秋田県では過疎が進み、生徒数の減少は別の意味で深刻な問題である。しかし、これに対応するにあたり、

@ 空き教室を活用して学校専用の「博物館」を開設
A 総合学習に力を入れ、農作業、ボランティア活動、伝統工芸や芸能の継承などに力点を置く
B 科学実験のとために特別の部屋を活用する
などを行なって、「量より質」の拡充を図っている。

 それにしても、この学力テストの比較って、そんなに意味があるものかなと実は私は少々疑ってもいる。

 東京はじめ地域によっては、優秀な児童が私学に進学しているのが現状で、そうした私学の生徒を対象外にした都道府県別の順位であることは(ここで使いたい言葉が「片手○○」だが、なんと書こうか)「不公平」かもしれない。

でもまあ、とにかくわが故郷が1番というのは、自殺率や脳梗塞では随分言われ続けてきたが、この際、ご同慶の至りと、今夜はわが親父愛飲の銘酒「新政(あらまさ)」でも1本つけるとするか。
日露関係の停滞は心配無用 [2007年10月29日(Mon)]





 択捉島の単冠湾。連合艦隊の31隻の艦船が個々に集結して、
真珠湾に向ったことは小欄で紹介中









 日露両国の政治関係が停滞気味であることについて、
憂慮する声を聴く。

それどころか、
しばしば「これが問題解決の名案だ」とばかり小細工を用いた
「思い付き」が披瀝され、
あまつさえ、他を排斥し、誹謗中傷に及ぶことさえある。

これこそが、ソ連・ロシアが待ちに待っていた状況であることに、
なぜ気が付かないのだろうかと、
私は長嘆息するほかない。

 私がもしロシアの諜報機関員なら、
日本側にさまざまな妥協案を出させ、
政官学財など各界を分裂させ、
関係者を対立させることが大方針とする。

 それが、今、その筋が
そんなに活動していないにもかかわらず、
なぜか、仮想の「私」の思いのまま、
日本側がバカをしている。

今、日本が採るべき策は、
不動の姿勢で原則を貫き続けることである。

解決のチャンスは
そう遠くないうちに必ず再来するに違いないからだ。
 
1855(安政元)年の日魯通好交条約(下田条約)で
わが国は「北の隣国」ロシアと初めて国交を開いた。

この時に択捉島と得撫島の間を国境と定めたことから、
択捉、国後、色丹の3島と歯舞群島(以下「北方四島」)が
「わが国固有の領土」であり、
これらはサンフランシスコ講和条約で
放棄したものではなく、
速やかに返還されるべきであるというのが、
日本の主張である。

 ご承知のように、北方領土問題については、
1956(昭和31)年の「日ソ共同宣言」と、
1993(平成5)年の「東京宣言」が最も重要な起点である。

 すなわち、
56年には「北方四島」の帰属が決まらなかったからこそ、
「平和条約」ではなく、
「共同宣言」に留まったのであり、
領土問題は未解決とされた。

 これに対して「東京宣言」では、
「北方四島」の具体的な島名を挙げ、
その帰属の決定には、
「歴史的・法的事実に立脚し、
両国の間で合意の上作成された諸文書及び
法と正義の原則を基礎として解決する」
という3つの原則までが明記された。

 この3つの原則で北方領土問題を協議すれば、
ロシア側の主張が維持できなくなる可能性が高いからこそ、
ロシア政府はあの手この手で、
この「東京宣言」を無視ないし軽視しようとしているのが、
ここ数年の傾向であり、
それゆえに、
両国関係が停滞しているのである。

 しかるに、日本国内では、
「北方4島」の一括返還ができないなら、
@色丹島と歯舞群島の「2つ」を得るだけでよしとする「2島返還論」、
A「2島」で平和条約を締結し、その後、
国後島と択捉島の返還を求め続けるべしという「とりあえず2島論」、
B「北方四島」を面積で2等分し、
両国が半分を自国領とすることで平和条約をという「等面積論」、
などが昨今、目に付く「思いつき」である。

 これらの不可なるを次回、簡潔に明らかにしておきたい。
世界の国旗に感謝 [2007年10月28日(Sun)]




  パラオの国旗は「月の丸」。
日本の国旗の影響でデザインができた例です。






この号の71頁から、遠藤ふき子アンカーによる私へのインタビュー
「世界の国旗を見る−旗にまつわる物語」が掲載されています。




「世界の国旗の覚え方」について、以前、小欄の読者である高知県の女性団体役員のTさんと大分県の教員A氏からお問合せがあり、拙著『国旗で読む世界地図』(光文社新書)を進呈しました。

 ところが、今年は、「世界一受けたい授業」(日本テレビ)や「ラジオ深夜便」(NHK)でそんな話をしたこともあり、あちらこちらから講演を依頼され、嬉しい悲鳴をあげています。首都圏のほか、近く盛岡、秋田に伺いますし、来春、大阪でというのも決まっています。

 そのほか、小学生からご高齢の方に至るまで、国旗についてはいろいろ関心があり、質問があるようで、日常的に頻繁にメールやお手紙をいただきます。できるだけ、マメにお返事をしてきましたが、申し訳なくも全部に回答できないでいます。

 そんなさなか、今、書店で発売されている月刊誌「ラジオ深夜便」(350円)に、一時間近い私の話を要領よくまとめてくださっていますので、ご購読をお勧めします。

 また、世界の国旗について話を聞きたいと言ってユーラシア21研究所にやってくる人もいますし、話に来いとお招きくださるグループもたくさんあります。

 私は、東京オリンピックのときに国旗を全部そろえる仕事をしましたし、そのとき以来、あるいはそれ以前から、国旗に教えられ、育てられ、、国旗でどんなに学びトクをした計りえません。世界の国旗には心底感謝しています。

 ですから、この知識や喜びを分かち合おうという方々がおられたら、もちろん、タダででも講義や講演に参上しますので、お声をかけてください。

捕虜第1号 D [2007年10月28日(Sun)]








赤十字を通じ捕虜名を通報

―― 収容所生活で酒巻さんは厳しく自己を律して、たとえば、戦友が死を賭して戦っているのだからということで、湯やベッドを使わなかったり、ストーブに近寄らなかったり、2年間鏡をご覧にならなかった、というようなことがあったようですね。
酒巻 これは個人的なことです。

―― 日本人とは何かを考えるため、恐縮ですが、その個人的なとおっしゃることをあえて伺いたいのです。
酒巻 捕えた敵国軍人の写真を撮って敵国に連絡する・・・・・・規則ではそうなっているわけです。正規にはそうなっていますが、われわれのほうが、写真を撮らせませんでした。それは家族へ迷惑が及ぶのを恐れ、また迷惑を及ぼさないようにと判断したからです。ハワイなどでも、昼間に番兵からタバコをもらって、一晩中タバコで顔を焼いたことがあります。そうしておいて、万一写真を撮られても誰が誰なのかわからないようにしてしまったということもありました。これは個人的な特異なことです。

――ニュージーランドである人が写真撮影を拒否し自殺を図った例がありますが、酒巻さんのような例は他にあまりいなかったのではありませんか。
酒巻 方法を違えていろいろやった人がいたかもわかりません。本来からいえば、やはりお互いにその不幸になったことは割りきって、規則は守らなければなりませんね。これは管理する側も管理されるほうの側も、常識的に国際的に決められたことを守るというのが正常だと思います。ただし、当時の日本人の考え方からいけば、敵国の捕虜になること自体が問題です。しかし捕虜になってしまったら、守るべき秩序は守らなければいけません。国際的な常識は守らなくてはいけません。

―― そうした写真は、結局、日本に送って来なかったようですね。
酒巻 少し見れば私にはわかると思いますが、現実に見ていないのです。撮られないようにしていましたが、いつの間にか写真を撮られて日本に送られていたなら分かりません。

―― 真珠湾攻撃直後に国際赤十字を通じて日本に知らせがあったのは、酒巻さんの名前だけのようです。それで特殊潜航艇で亡くなられたのが9人だけというのがはっきりしたわけですが、写真は来なかったはずです。
酒巻 そうでしょうね。写真を撮らせなかったですからね。私は非常に警戒していましたから・・・・・・。
捕虜第1号 C [2007年10月28日(Sun)]







―― 酒巻さんのお書きになられたものを読ませていただきますと、サイパンから前と、サイパンから後では同じ日本人捕虜といってもずいぶん違うという印象を強く受けます。

酒巻 というのは、軍属とか、ほんの少しの間兵隊になってすぐ捕まってしまったという人たちが、大量に加わったからです。この人たちは戦争中に、戦争にひっかけられた民間人というべきで、そういう人は、軍人の名誉とか、誇りといったそんな考えはなく「大変なところへ連れて来られた」というだけのことでね。軍隊や戦争というものに対して本音では気持よく思っていない人たちですからね。



〔注〕(サイパンでは日本人のムダ死にを防ごうとして)意気込んだ心理戦も思うにまかせなかったが、確認された民間人の死体は意外に少なく、600人足らずだった。全体の40分の1だ。それだけではない。兵隊が2,700人、つまり一割以上が無駄な死から救われた。
 この大成功は軍の上層部を驚かした。そして私たちが信じて疑わなかった日本人の人間性がはじめて具体的に立証されたことになり、私は非常にうれしかった。
<オーテス・ケーリ(米海軍大尉、ハワイ捕虜収容所長、現・同志社大学教授)『よこ糸のない日本』サイマル出版会、35頁>



―― 朝鮮半島の出身者もいましたね。
酒巻 一般的に言えば、彼らは立派でした。もちろんなかにはいろんな人がいたかも知れませんが、朝鮮人で軍人になった人は、むしろ捕虜になってもしっかりしていたケースが多いように思いました。
ダル! 日本一!! [2007年10月27日(Sat)]


  勝利の瞬間「おたけび」を挙げるダルビッシュ(時事通信)





 日本シリーズ第1戦はダルビッシュ、川上両エースの投げ合いがすばらしかった。好投した川上の1回の不運は気の毒だが、13奪三振の日本シリーズタイ記録を達成したダルビッシュの気迫の投球が良かった。

 特に、9回、4番ウッズに対する、捕手のサインに2回首を振って、眉間にシワを寄せながらの151キロという直球勝負は見事とというほかない。往年の金田、最近の工藤、明日、ワールドシリーズで投げるであろう松坂を超えそうな、若武者の気迫にしびれた。

「アンチ巨人」の私だから、せめて、中日に「ごくろうさま」とだけは言っておきたい。明日のリベンジに期待しよう。