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ブログがヒントで週刊新潮が日赤批判 [2011年08月22日(Mon)]






















 東日本大震災発生以来の
日本赤十字社の対応については、
小欄では早い時期から
憂慮を示してきましたが、
さしたる改善も見られません。

この車内広告、
被災地・仙台の地下鉄の
中吊りであることは先日、ご紹介しました。

無神経といわれても仕方ないでしょうね。
通学用自転車200台を贈呈 [2011年08月22日(Mon)]





自転車200台を受け取った5校を代表して、石巻市立女子高校の
後藤 葵さんが謝辞を述べてくれた。後藤さんの後ろで着席しているのが、三国清美石巻市立女子高校長。右は、ロレックスジャパナンのベーリー社長










5校の校長、教頭、担当教員、生徒そして、
スポンサーであるロレックス・ジャパンの
ブルース・ベリー社長などでの記念写真。
8月19日、宮城県石巻市立女子高校で撮影。




 認定NPO法人難民を助ける会では
被災地支援プロジェクトの一環として、
このほど自転車200台を石巻市内の
5つの中高校の生徒に贈った。

 19日、その贈呈式が石巻市立女子高校で
行われ、私も出席した。


以下は、5校の生徒たちを代表して
石巻市立女子高校の
後藤 葵さんが述べた謝辞。

  ❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀

ただいま、各学校に自転車支援の目録を
いただき有難うございました。

 寄贈いただきました石巻市立女子高校、
石巻高校、石巻好文館高校、石巻北高校、
石巻市立稲井中学校の生徒を代表しまして、
御礼の言葉を述べさせていただきます。

 さて、3月11日におきました
東日本大震災により、
多くのものを失った被災地である石巻の学校に
200台の自転車を支援いただき、
大変有難うございました。

この支援にあたり、
ロレックス・ジャパン、
AAR・JAPAN(難民を助ける会)、
自転車メーカーのブリジストンサイクル、
宮城県ライフル射撃協会、
稲井オヤジの会をはじめとする
お父さん方の会など、
多くの関係する団体の
皆様方のご協力をいただき、
実現したことに本当に感謝申し上げます。

 震災後、4月23日より新学期が
はじまりましたが、
石巻地域の被災をうけた幼稚園をはじめ、
小学校・中学校・高校は、
他校に間借りをしたり、
学年別に分散授業をおこなったり、
いまだ将来が見えない状況にあります。

通学についても、JRが一部不通であり、
自転車通学生徒も増えております。

今回の支援は私たちの
通学の足を確保する上で、
たいへん助かりました。

 自転車の支援の資金は、
難民の子供たちの一年間の
授業にかかる費用の
約8人分に当たるものとのお話を聞き、
その背景にある重要な意味を
知ることができました。

今後は、私たちも学習に、
部活動に専念し、
有意義な学校生活が送れるよう
努力していきたいと思います。

あわせて、被災地の復興のために
自分たちができることを
ひとつひとつ取り組んでいきたいと思います。

 将来、復興後、
これまで自分たちがいただいた支援に対して、
難民の子供たちをはじめ、
新たな被災地の皆様方にも支援ができるよう、
この感謝の気持ちを忘れずに
進んでいきたいと思います。

 最後に、本日は贈呈式のために
遠方より多くの皆様方に
石巻に来ていただき、
誠にありがとうございました。

 平成23年8月19日

   代表 石巻市立女子高校2年
             後 藤 葵
日本語生活70年でも言葉は難しい [2011年08月22日(Mon)]










熊「おい八、おめぇ、何年日本語しゃべってんだ?」

八「ま、ざっと70年てとこ。それがどうした?」

熊「じゃ訊くがな。八は皇室崇拝者だったよな。

八「なんてほど方に力は入っちゃいねぇが、
まぁな。おめぇもそんなもんだろ?」

熊「うん。そこでいったん、話は変わるが、
<雨がひっきりなしに降っている>てぇ言い方、
おかしいかい?」

八「いや、別に」

熊「おかしくないだろ?」

八「<蟻がひっきりなしに動いてる>
もんな」

熊「けどな、夏休みにおいら
戦時中、香淳皇后が、
奥日光に疎開しておられた
今上天皇に…」

八「おい、もっとわかりやすく
言えんのか」

熊「そうだな、おめぇの日本語の
理解力に合わせりゃ、
<前の昭和天皇の時の皇后陛下>」

八「それがどうした?」

熊「自分の息子である、
当時の皇太子殿下、
若いころの
今の陛下にお手紙を書かれたんだ」

八「ふ〜ん、それで?」

熊「その中で、B29」

八「なんだったっけ、それ?
<若いおいら>にゃ、わからん!」

熊「嘘言うな。日本を空襲した
米軍の主力爆撃機だろが」

八「そうそう、で、それが?」

熊「<この手紙を書きながら頭をあげて
外を見るだけで 何台 
大きいのが通ったか わかりません
しっきりなしです>と書いておられるんだよ」

八「熊は、よくそんな雲の上の人の手紙、
しかも皇后陛下の私信を読んだりするね」

熊「いやいや、種明かしをすりゃ、
今の陛下のご学友である橋本明という人が、
昭和61(1986)年5月号の『新潮45』に
それを紹介してるんだよ」

八「そんなことだとおもったよ。おめぇがそんな
大それた手紙を読めるわけねぇもんな」

熊「ま、それはおいて。その<しっきりなし>が
気になってしょうがねぇんだよ。
おい、70年も日本語しゃべってきた八よ、
<ひっきりなし>じゃねぇのかい?」

八「辞書、辞書。そういうときのために辞書があると
小学校の先生が言ってただろが」

熊「そうだなと、よいしょこれだ」

八「日本語大辞典(金田一春彦ほか)だな」

熊「<しきりに>はあっても
<しっきりなし>はないね」

八「ん、どれどれ? 
<しきり>とか<しっきり>は
<仕切り>じゃねぇのかい?」

熊「<しきりに>とは、<頻りに>と書く」

八「で、意味は?」

熊「@何度も、たびたび。A熱心に、
B絶えず、引き続いて。このBの意味かな?」

八「(香淳)皇后様のはそうかもね」

熊「では<しきりなしに>というのは変かも」

八「<ひっきりなし>は?」

熊「<絶え間がない様子、立て続け>」

八「するってぇと、畏れ多くも皇后様が
変な日本語を使われたってぇことか」

熊「おいらも<引ききりなし>とか
<ひきちぎりなし>とかが
詰まったもんだと思ってたんだが…」

八「その<おいら>はどうでもいいが、
広辞苑(新村 出)ではどうかね」

熊「どれどれ…<ひっきりなし>だけだぞ。
<引っ切り無し>なんだってさ。で…」

八「で、どうした?」

熊「<ヒキキリナシの音便>だって!」

八「熊もなかなか勉強するな。おまえ
何年、日本語使ってんだい?」

熊「お互い70年、人間やってきたよな、
日本人ちゅう。それでも依然、
日々これ学習だね」

八「でもな、あの日本の母のような皇后様が
変な日本語を書くわけねぇし、
どこかで、何かのミスがあった
ということかな?」

熊「日本語も時代で変わるってぇことかもよ」

八「夏休みは終わった。勉強しようっと」。
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