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フランス側のご厚意に感謝 [2011年06月29日(Wed)]






   本番直前、日仏合同で「故郷(ふるさと)」を演奏するみなさん。指揮はエリック・オービエ氏。手前の子供が健斗くんと背中が由里子さん。




 フランスはボーヴェ(パリの北80キロ)の
大聖堂で、5月18日夜、
日仏合同コンサートを開催したことは既に書きました。

 1100人を前に110本のトランペットです。
エコー十分すぎる大聖堂でのことですから、
音響抜群、それは大いに
差し引かねばならないのですが、
それにしても、
なかなかどうして立派な演奏ぶりでした。

圧巻は、同じモーリス・アンドレイ門下の
杉木峯夫東京藝大教授と
いまや世界的な巨匠とされる
エリック・オービエさんのソロや重奏でした。

さはさりながら、13歳から79歳までという
25人の日本人だけの演奏も、
プロないしセミプロ中心のフランス側も、
そしてそのまた合同演奏も
なかなかすばらしいものでした。

最後に、日仏合同の全演奏者が
「故郷」(小林好夫編曲)を奏でた時は、
絶妙なハーモニーで鳴り響き、
サポーターとして参加したご家族はもちろん、
フランス人にももらい泣きしている人が
いたそうです。

 ところで、ボーヴェでは
エリックの由里子夫人に
すっかりお世話になりました。

 在仏20年になるフルート演奏家です。
それが、今度の場合は、
選挙にたとえるのはおかしいですが
「裏選対本部長」といった役割で、
あらゆる難問を解決してくれました。

 この由里子夫人、ご実家は宮城県の
津波被災地のすぐ近くなのです。

 ご尊父の五十嵐嘉也氏は
もう70代後半のいかにも紳士然とした
ご立派な方で、私にとっては、以前から、
いろいろご指導いただいている方です。

3月11日は、ちょうど、
趣味のライフル射撃の
全国大会開催準備のため、
石巻の射撃場に出かけていたときに
あの地震に遭遇されたのでした。

 射撃競技は山間の地で行うものらしく、
とりあえずは安全でしたが、帰宅はかなわず、
電話は繋がらず、野越え山越え、見つけた
老人ホームに救助を求めて一泊し、
そこから数十キロを歩いて帰宅した
そうです。

 その後は、難民を助ける会の
ボランティアのお世話をしてくださったり、
相談に乗ってくださいました。

救援事務所の物件を紹介していただいたり、
「被災地出身の演奏家の祈りに応える
チャリティコンサート<故郷>」の
安藤友樹呼びかけ人(東京フィル所属
トランペット演奏家)のように、
仙台・石巻間を
自家用車で送り迎えしてもらった人まで
います。

炊き出しに夢中になり、自分の食事を忘れ?
五十嵐さんのご自宅で
食事までご馳走になった
難民を助ける会の理事もいるみたいです。

しかし、フランスにいる娘の
由里子さんとは双方とも
なかなか連絡がとれず、
不安な日々を送られました。

由里子さんは、「震災後、パリ在住の友人が
いろいろとチャリティーコンサートを企画し、
また案内も頂きましたが、
音楽だけはどうしても
聴けない心理状態でした」というのです。

今回のボーヴェでの演奏会で、震災後、
初めてまともに音楽を聴く事が
できたのだそうです。

 由里子さんは当日、寺家村 博拓殖大大学教授が
用意してくれたフランス語で表示した募金箱を持って、
会場を回られました。

「休憩前にボーヴェ音楽院学長がマイクで
募金箱のある旨、
お知らせしてくださいましたが、
大合奏で演奏した、12,3歳くらいの
現地の男の子は、
僕にも日本人の叔母さんがいます、
と言って募金してくれました。

頑張ってと声をかけてくださる方々、
あるいは無言で私の目を見つめて
募金してくださる方々などいろいろで、
感極まってしまい
思わず涙ぐんでしまいました。

普段は日本とはあまり縁が無い
ボーヴェの街ですが、
この震災はこちらの人達にも何かしらの
影響を与えたようです。

休憩時間が短かったので、
3分の1ほどしかまわれませんでしたが、
後で募金箱はどこにあったのかという、
エコーを数人の方から聞きました」。

もっと積極的に募金を訴えれば
2倍以上の募金を
集める事ができたかもしれないという
声もありますが、とりあえずは、
これまでのフランスからの応援・支援に
感謝し、日仏友好を最優先にしました。

ですから、この募金の額については
いろいろ感想を
おっしゃる方もいらっしゃるかも知れませんが、
私はボーヴェ市民のご厚意と善意に、
あとで複数の人で数えながら、
思わず目が潤んだほどでした。

 このご寄附をもとに、トランペットを購入し、
エリックと杉木先生の
サインを掘り込んで、
どこか被災地の学校にあげたいななどと
夢見ています。

 被災地の学校でこのトランペットが
ほしいというご希望があれば、どうぞ
遠慮なく、ご一報ください。

 ところで、由里子夫人からはメールの最後に、
こうありました。

「21日、ボーヴェは<音楽の祭り>という日で、
街中どこでもいろいろなジャンルの音楽が
演奏される日です。

オービエは留守でしたが、
息子の健斗にと思い、
音楽院の中庭でのコンサートを聞きに行きました。

学長さんがいらして、日本の皆さんに
宜しくお伝えくださいとのこと。
大変喜んでおられました」。

さらに続けて、
「あの日、お向かいの家の一家が
聞きに来てくれましたが、
ご主人はやはり昔トランペットを
吹いていたそうです。

そこのお宅の小学校生高学年の息子さんが、
<日本の大使が日仏の旗を振っていたのが、
とってもよかった>と言っていました、と
吹浦さんを大使だと
思い違いしていたようです」。

 最後の最後は蛇足でした。

「オービエと2人で、吹浦さんが一番、
大使の風格がある、と話しておりました」
というのは、20年も海外生活を
してこられた由里子さんの。
日本語の間違いで、正しくは、
「オービエと二人で、吹浦さんが一番
貫禄がある、すなわち大きなおなかをしている」
のはずです。

 オービエご夫妻は7月にも来日し、
ヤマハの関係で演奏指導をされるようです。

 またの再会を、日本人参加者がみなさん、
楽しみにしておられるようです。
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